第10章60話 Chaotic Roar 16. 混沌に育まれし異形のケモノ

*  *  *  *  *




「……あたし、生きてる……?」

”……うん……何とかね……ボクも生きてるのが不思議に思うよ”

”同感……”


 降り注ぐ巨星の雨が、『死の大地』へと更なる死へと追い込んでいった。

 フランシーヌは巨星に追われながらもなんとか逃げ切り、偽ありすから距離を取ることは出来た。

 向こうも攻撃の規模が大きすぎてこちらを見失ってくれている……と思いたい。とりあえず追撃は来ないみたいだったけど……。

 今私たちは、偽ありすから結構離れた場所に出来た窪みへと身を潜めている。

 幸い、フランシーヌは直撃は食らわず爆風に煽られただけで済んでいるためダメージは受けていないようだ。


「ちょっと、ラビ……あれ何なの? 理不尽すぎない?」

”そ、そう言われても……”


 気持ちはすごいわかるけどね……。

 敵に回してみて改めて実感した。

 アリスの魔法は、他のユニットと比べて桁違いだ。

 本来なら《赤色巨星アンタレス》であっても対ユニットとしては過剰なくらいの火力だと言える。それを雨のように振らせて来るのだから、食らう相手側としてはたまったものではないだろう。

 ……まぁ巨星魔法であってもどうにかしてくる相手ばかりと戦ってきたっていうのもあって、感覚が麻痺していた自覚はあるけどさ。


”……あの偽ありす、本物のアリスよりもヤバいかもしれない”


 ただ一点、擁護……というわけではないがアリスと異なる点はある。

 《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》を即発動させたことだ。

 アリスであれば、幾つもの『星の種』をばら撒いておいてそこから発動という手順が必要だが、偽ありすは即発動させていた。しかも魔力の回復もした様子がない。

 私たちが来る前に予め準備していたという可能性もあるけど……。

 ここは『最悪』を想定しておいた方がいいだろう。

 つまり、偽ありすはアリスと同等の能力を、無限の魔力で使えるということだ。


「……どうするの? っていうか、うーん……顔見知りとは戦いづらいわね……」


 確かに……本物じゃないってのはわかっているけど、ありすの顔をした相手と本気で戦えるかと言われると、かなり厳しい。まぁ実際に戦うのは私じゃないんだけど――フランシーヌ的にも顔見知りとは戦いづらいようだ。これが変身後ならば話は別なんだろうけど……。


”彼女の言葉によればラビ君が目的らしいけど――”

「ちょっとミトラ、怒るわよ?」

”わかってるよ。仮にこの場で見逃してもらえたとしても、どうにもならないってことくらいは……”


 偽ありすの目的が明確に『ラビ』であることはわかっている。

 だから私を渡せば、宣言通りフランシーヌたちは無事に逃れることができるかもしれない。

 けど、ミトラも分かっている通りそれでこの場を切り抜けたとしても意味はあんまりないだろう。

 さっきの『黒炎竜』同様、この先でまた戦いにならないとも限らないのだ。避けながら進むのは途中までは出来るかもしれないけど、『ゴール』が1か所であればそこでぶつかってしまいかねない。

 ……色々と思うところはあるけど、やっぱり戦いは避けられないと思った方がいいだろう。

 今回は特に、『私』を狙っているわけだし、延々と追いかけられる可能性がかなり高い。『黒炎竜』の時とも違い、今はフランシーヌ一人しかいないのだから足止めしている間に先に進むというその場しのぎも使えない。

 ……って、そうか。『黒炎竜』がこの場に現れる可能性もあるのか……!

 同じことをフランシーヌも考えたのだろう、顔を顰める。


「時間もあまりなさそうだし――やるしかないか」


 『黒炎竜』まで現れたらもうどうしようもない。

 同士討ちしてくれるなんて期待は持てない。

 アリスの弱点をフランシーヌに教えてあげられれば、気分的にはどうあれ結構有利に立ち回れるんだろうけど……残念ながら話せることが何もない。

 仮定ではあるが偽ありすの魔力が無限であった場合、私の想定する弱点がなくなってしまうからだ。

 アリスの弱点というか欠点は、とにかく魔力消費がヤバいというところだ。超低燃費のフランシーヌであれば、回避と防御に専念しつつ魔力切れを狙って反撃ということもできるんだけど、偽ありすが尽きない魔力を持っているとすると魔力切れの隙を突くことができない。


”……とにかくアリスと同じ魔法なら、火力がヤバい。食らわないようにするしかない、かな……”

「つまり、対処法なしってわけね。オーケー、いいわよ、やってやるわよ!」


 フランシーヌがやけくそ気味なのは私の気のせいではあるまい……ごめんね。

 幸い、懐まで潜り込むことが出来ればフランシーヌの方が有利に立ち回れるんじゃないかという期待はある。アリスも近距離は苦手というわけではないけど、どちらかというと遠距離からの攻撃の方が得意だし威力の高い魔法が多いからね。


”ケイのリスポーンもそろそろ完了する。彼女の能力ならば、一人で移動するならかなり短時間で追いつけると思う”

「……ロアが追いつくのを期待しつつ、あたし一人で何とかするしかないってわけね。上等よ」


 ケイオス・ロアが来てくれれば、という期待は確かにある。

 が、それでも数分間はフランシーヌ一人で耐えなければならないし、彼女が来るということは『黒炎竜』がその前に来てしまう可能性もある。

 どちらにしても厳しい戦いであることに変わりはない。

 自分の使い魔のいないフランシーヌに私たちの命運を委ねるしかないという、とても歪な状況ではあるが――他に頼れる手段がない。


「よし、腹据わったわ。二人とも、覚悟はいいわね!? 行くわよ!」


 こっちの返事を待たず、フランシーヌが窪みから飛び出す。

 その理由は彼女がせっかちなだけではなく……。


”危なっ!?”

”こっちの位置がバレてたみたいだね”


 さっきまで私たちが隠れていた場所に、巨星が落ちてきたからだった。

 窪みから飛び出した私たちの前に、ぼんやり顔の偽ありすがいつの間にか近寄ってきていた。


「ラビさん、渡す気になった?」

「ならないわよ!」


 言うと同時に槍を素早く突き入れる。

 偽ありすは慌てず、《ウォール》を作り出して防御する。


「ブラッディアーツ《血吸い茨ヴァンパイアソーンズ》!!」


 受け止められたことを気に留めず、フランシーヌも魔法を発動。

 突き刺さった槍の先端から溢れ出した血が『茨』の蔦となり壁を侵蝕、内部から粉々に砕く。

 茨の蔦は止まらず、その後ろにいた偽ありすへと向かうが……。


「イグジスト《竜殺大剣バルムンク》」


 手にしていた杖が《バルムンク》へと変わり、血の茨を切り払い焼き尽くす。

 ……やっぱり持っている魔法はアリスと同等か。

 そうなると――


「んー……じゃあ、イグジスト《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》」


 そうなるよねぇ!?


”マズい! フランシーヌ、絶対に炎に触れないで!”


 対ユニットにおける最悪の殺傷能力を持つ《レーヴァテイン》をあっさりと使って来た!

 ……さっきの《エスカトン・ガラクシアース》もそうだけど、私が目的である割には巻き込むことを厭わない感じだ。

 これ、もしかして私が連れて行かれたとして、その先で始末されたりするんじゃないだろうか……。

 ともかく、一度包まれたら絶対に消えない――そして偽ありすの魔力が無限だとしたら、どう足掻いても回避不能の『死』を齎す炎が私たちに迫る。


「必殺技ってわけね! ふん、上等じゃない!」

”ちょ、フランシーヌ!?”


 私の忠告は耳に届いているはずだが、フランシーヌは一歩も退かずに何とそのまま炎へと向かって突進する。

 彼女はアリスの魔法を直接目にしたことはない。だからその恐ろしさがわからないのか!?


「ブラッディアーツ《血風演舞ブラッディストーム》――相手が必殺技を使ったってことは、ってことよ!」


 自身の周囲に血の嵐を纏わせ、恐れることなく《レーヴァテイン》の炎へと突っ込んでいく。

 これだけで終焉の炎を防げるとは私には到底思えない。

 だが、フランシーヌは止まらず前へと突進。更に――


「ブラッディアーツ《狂黒血の徴エボル・スティグマータ散血スプラッダ》!」


 身体強化系魔法の《エボル・スティグマータ》を、に対して使う。

 周囲を包む血の嵐が黒く染まり、竜巻となってフランシーヌの身を炎から守る。


「はぁっ!!」

「……っ」


 まさか真正面から《レーヴァテイン》を突き破ってくるとは思わなかったのだろう、

 わずかに片眉を上げて――こんな時に何だけど、こういう仕草見るとやっぱりありすってハーフなんだなってわかる――驚きを示すが、炎の剣を振り抜いた体勢だったため咄嗟の動きが遅れた。

 突き出したフランシーヌの槍が、偽ありすの左腕を貫き……華奢な腕をそのまま切断する。

 ……うぅ、『敵』だとわかってはいるんだけど、ありすの顔をした相手の腕が切断されるのを目にするのはやっぱり心に来るものがある。情けをかけてどうにかなる相手じゃないのはわかっているつもりだけど……。


「ふん、どうよ!」


 追撃を仕掛けようとしたが、偽ありすは拙いと思ったのか《レーヴァテイン》を解除して距離を取ろうとする。

 切断された左腕はそのままフランシーヌの血の嵐に巻き込まれ――消滅していった。


「……やっぱりわね。

 あんた、一体何者よ?」


 偽ありすの左腕の切り口は滑らかとは言えない無残な傷跡を晒している。

 が、そこからは血の一滴も垂れていない――かといってユニットのように、真っ白な断面があるわけでもない。

 そしてフランシーヌの攻撃でやはり吸血することが出来なかったのだろう。

 ……『黒炎竜』同様、モンスターでもユニットでも、ましてや普通の人間でもない……謎の存在であるということがわかった。

 フランシーヌの問いかけに、偽ありすはぼんやり顔のままかくんと首を傾げるのみ……。

 いや、もしかしたら自分でも自分が何者なのか理解していないのかもしれない。どっちにしても、私たちに話してくれるとは到底思えないが。


「――ま、いいわ。『賭け』にはあたしが

「……? まだ負けてない……アウェイクニング――」


 『まだ負けていない』と強がるものの、神装を無傷で打ち破ったフランシーヌに脅威を感じとったのであろう。

 再び最大火力を即時発動させて今度こそ叩き潰そうとする。

 距離は近いものの、魔法の発動前にフランシーヌが踏み込んで槍を突きつけるにはやや遠い間合いだったが――


「ブラッディアーツ《心臓破りの杭ハートブレイカー》!!」


 さっきの槍の一撃で勝負は決まっていた。

 傷口から入り込んだ血が、身体の内部から偽ありすをズタズタに引き裂いていく……。

 やっぱりショッキングな光景だけど……そうも言ってられないか。

 バラバラになった偽ありすだけど、身体はともかく頭だけは傷一つついておらず、ほんの少しびっくりしたような表情のまま固まっていた。


「くっ……」


 思わずフランシーヌも顔を逸らしてしまっていた。

 相手を倒したわけじゃないんだから目をそらさない方が……なんてことは流石に言えない。私だって逸らしたい気持ちでいっぱいなのだ。

 ……幸い、偽ありすはそのまま動くことはなかった。


”……ふむ? ユニットみたいに消えるわけでもないし、モンスターみたいに死骸が残るみたいだね”

”ミトラ!”


 この場において唯一冷静なのは助かるけど……!


「……何にしても、これで落ち着いたかしらね。はぁ……」

”多分ね。ごめんね、フランシーヌ。君に全部任せてしまって……”

「ああ、こっちこそ――ほんと、気分いいものじゃないわね」


 ともあれ、偽ありすは復活する様子はないし、これで片付いたと思っていいだろう。

 ……流石に残った身体を跡形もなく消さないと安心できない、とは私もフランシーヌも思ってもやろうとは思えない。ミトラも空気を読んだのか言い出すことはなかった。


「先に進みましょう。ここで待っていて、あいつが追いかけてきても困るしね」

”……そうだね”


 言っているのはもちろん『黒炎竜』のことだ。

 そこまで長時間戦っていたわけではないけど、ケイオス・ロアのリスポーン開始から考えると、追いかけて来たとしたらそろそろ追いついてきてもおかしくない頃合いだ。

 逆に言えば、もう少し時間が経てばケイオス・ロアが追いついてくる頃合いでもあるんだけど、待っているわけにもいかないか。


「『出口』を探したいけど――うーん……」


 『死の大地』は、とにかく

 視界を遮るものがないため、遥か彼方まで見通すことが出来るんだけど……少なくとも私たちの視界には『出口』のようなものが見当たらない。

 かなり離れた位置にあるのだろうけど、360度広がる大地のどの方向へ向かうべきかもわからないのだ。

 当てずっぽうに進んで『出口』が見つからなかったら……ここで時間を浪費してしまうことになりかねない。

 まぁそうなったら、『黒炎竜』に追いつかれるかもしれないけどケイオス・ロアも追いついてくるかもしれないという期待もないわけではないが。

 ケイオス・ロアの《ダウジング》を使えば、『出口』をすぐに見つけることもできるだろうし……うーん……。


”何にしても、ここから離れて動きながら考えるしかないね。

 ……流石にちょっと、ね……”

「そうね。ミトラもいい?」

”ああ。構わないよ”


 見た目には『ありすのバラバラ死体』が傍にあるのは、いくらなんでも落ち着かないしね……。

 私たちはどこにあるかもわからない『出口』をとりあえず探すことにした。

 ――しかし、その時だった。


「追いついた!」

「……ロア!?」


 別の方向からケイオス・ロアが現れたのだ。

 『黒炎竜』をどこかで追い抜いてきたのか、それとも『黒炎竜』はそもそも私たちを追いかけてこなかったということだろうか?


「待たせたわね。あのモンスターは――こっちには来てないみたいね」


 来たばかりで状況がわかっていないようではあるが、私たちが全員無事なのを確認し笑みを浮かべている。

 ……? 何だ……何か違和感があるような……?


「助かったわ。ロア、『出口』を探してくれない? 手がかりが何もなくて困ってたのよ」

「オーケー。その前に、ラビっちをこっちに渡してくれない?」

「? あぁ、まぁそうね……」


 手を差し伸べてくるケイオス・ロアだったけど――


”…………! !”


 ミトラがそう叫び、フランシーヌがぎょっとして動きを一瞬止めてしまった。


「――オペレーション《サンダークラップ》」

「!? がぁっ!?」


 その一瞬の隙にケイオス・ロアが魔法を使

 彼女の手から放たれた電撃の魔法がフランシーヌを直撃――更に電撃がミトラ、私へと伝わってくる。


”うぐっ……!?”


 衝撃でフランシーヌが吹き飛ばされ、私とミトラもダメージを受けてしまう。

 拙い……これ、ダメージ目的じゃなくて『痺れさせる』ことが目的の魔法だ……!

 ミトラはぐったりとし、巻き付いていたフランシーヌの腕から落ちてしまった。

 私も身体が痺れて力が上手く入らなかったが、辛うじてしがみつけていた――ミトラと私の大きさの差のおかげだろう。

 けど、状況は全く良いわけではない。むしろ最悪だ。


「……手加減しすぎちゃったかな。まぁいいや」

「あ、あ、あん、た……」


 電撃の直撃を受けたフランシーヌは意識は失わなかったものの、膝をついたまま立ち上がれないでいた。

 ケイオス・ロアは地面に落ちたミトラへは目もくれず、フランシーヌへと向けて再び右手を掲げる。

 ――最悪すぎる……!

 ミトラが直前で気付いた通り、このケイオス・ロアは『偽物』だ――おそらく偽ありすと同じ存在なのだろう。

 私の感じた違和感の正体……それは、これが本物であれば偽ありすの死体を見て何も思わないわけはない、ということだったのだ。

 くそっ、色々と異常事態だったからとはいえ、こんなことに気付かなったとは……!

 偽ありすが倒されたことで急遽偽ケイオス・ロアが現れ、油断させたところで私を連れ去ろうとしたがミトラに見破られ強硬手段に訴えてきたといったところか。

 ……そこまでしてどうして私を狙うのか、これが本当にわからないが――ともあれ、これはかなり拙い事態だ。


「こ、の……!!」


 全身を電撃で焼かれ、まだ痺れているであろうフランシーヌだったが、無理矢理身体を動かし槍をケイオス・ロアへと向けて突き出す。

 力の入っていない突きだ。あっさりと槍はかわされる。


「んー、不意打ち失敗」

「……は?」


 別の方向から、のんびりとした声が聞こえて来た。

 その声は倒したはずの偽ありすのものであった。


”そ、そんな……”


 偽ありすの生首だけがふわふわと宙に浮かんでこちらを見ていた。

 ……マジかよ……普通の生き物ではないとはわかっていたけど、これはもうそもそも『生き物じゃない』――モンスターですらないとしか思えない……!

 1対2――いや、でも偽ありすはまともに動けないわけだし……と思ってたら、


”…………は?”


 偽ありすが、を使った瞬間、バラバラになった肉体が一か所に集まりはじめ――偽ありすの身体が元通りに戻った。

 バカな……今のはアリスの魔法ではなく、ジュリエッタの魔法のはず……!?


「う、ぐっ……拙い、わね……」


 ただでさえ数の不利があると言うのに、フランシーヌはまだ身体が上手く動かせない状態。

 その上ミトラが離れてしまっている。もし彼を人質に取られてしまったら……と心配したけど、彼女たちは全くミトラの方に注意を払っていない。

 あくまでも目的はブレないというわけか……ミトラの身の安全は考えなくてもいいかもしれないが、状況は別に良くなっていない。


「――ミトラ! フラン!!」


 と、その時聞きなれたケイオス・ロアの声が聞こえて来た。

 今度こそ本物のケイオス・ロアだ!


「オペレーション《ブラックウェイブ》!!」

「おっと」

「んー……ざんねん」


 私たちの後ろの方向からやってきていたケイオス・ロアが、広範囲に黒い魔力の波動を放つ。

 まともに食らう気はないのだろう、偽物二人は大人しく後ろへと下がって回避する。


「間に合った……? わよね」

「ギリギリ、ね……」

「おっと、今治すわ。オペレーション《リカバリーライト》!」


 どうやら今使っている属性が《リカバリーライト》を使えるものらしい。1回限りなのは【装飾者デコレイター】でのものだったのだろう。

 フランシーヌごと、私のダメージも回復してくれたおかげで身体は大分楽になった。

 近くに落ちていたミトラをケイオス・ロアが拾い上げ、霊装を構えて目の前の『敵』に対峙する。


「……一体何がどうなってるの……? もう一人のあたしに、ありす……?」

「あたしにもわかんないけど、気を付けて。こいつら、さっきのドラゴン並に厄介な相手よ」


 偽ケイオス・ロアよりも、偽ありすの方に衝撃を受けているようだ。まぁ、ケイオス・ロア美鈴ならやっぱりそういう反応になるよね。つくづくさっきの違和感の正体にすぐ気付けなかったことを悔やむ。

 それはともかく、ミトラは《リカバリーライト》の範囲から外れてたので気絶したままだが、形としては2対2で仕切り直しはできた。

 ……ただ、偽ありすがメタモルを使ったことを考えると――正直、拮抗しているとは言い難い。ただでさえ偽ありすの魔力が無限大の可能性が高いのだから……。


「さて、どうしようか、ありす?」


 不意打ちの失敗を特に気にするでもなく、変わらず笑みを浮かべたままの偽ケイオス・ロアが偽ありすへと尋ねる。

 問われた偽ありすは、「んー」と考え込む素振りを見せるが、視線を私たちから逸らし何もない空へと向ける。


「――


 何が、と返答なくとも問いかけたくなる私たちだったが、その正体はすぐにわかった。


「!? フラン、下がるわよ!」

「ええ!」


 私たちの上の空に、『ヒビ』が入った。

 空間そのものがまるで割れるかのような――あれ……? こんな光景、最近どこかで見たような……?

 それはともかく、異常事態なのは明らかだ。

 ……ほんと、これ以上の異常事態が重なるのは勘弁ってところなんだけど――

 空に入ったヒビが次々と広がり、空間そのものが砕け散った。

 その直後。


「……来た」

「ええ、来ちゃったわね。ももう無理ね」


 私たちと偽ありすたちの間に、黄金の光が降り注ぎ――そこに現れたのは……。


「ふん、やっぱり最短距離だったな」

「……し、死ぬかと思ったよ……」

”あ――アリス! クロエラ!?”


 アリスとクロエラだったのだ!


「お? 使い魔殿! ようやく追いつけたぞ」

「ボス! 良かった……!」

「きゃっ!? ……ゼラ!? あんたも一緒に来たのね」


 クロエラのバイクから飛び出してきた黒い泥がフランシーヌに嬉しそうに飛びついていた。

 ……そういえば『冥界』でもあの黒い泥見かけたな……もしかして、アレがフランシーヌの仲間のユニットなんだろうか? こそっとスカウターで覗いてみたら、『ゼラ』という名前のユニットだということはわかった。


「色々と話したいことはあるが――まずは『敵』を片付けるか」


 アリスはすぐさま偽ありすたちの方へと警戒を向ける。

 不意打ちしようとしても、こちらにはスピードキングクロエラがいる。向こうも不意を突けずに合流を許すしかなかったみたいだ。

 ……それにしても、アリスたちは偽ありすの姿を見ても特に動揺していないみたいだ。肝が据わっているというのか、それとも同じようなことを別のフィールドで経験していた……?

 いや、その辺りの確認も、この場を切り抜けてからだな。

 アリスたちが加わったことで人数の差はこちらが有利。偽ありすの魔力が無限だとしても、アリスが数発なら相殺することが可能。『黒炎竜』が乱入してきたら……という不安はあるけど、人数差はキープできるから何とかなるかもしれない。

 アリスの言葉に、ユニットの子たちは揃って頷き『敵』へと向かい合う。


「……んー……しかたない」


 それでも、偽ありすの表情は変わらない。

 ポツリと彼女が呟くと共に、偽ケイオス・ロアがボロボロと崩れ落ちていく。


「――やはりこいつらも同じ、土人形か」


 それを見てもアリスは動じない。

 口ぶりからして、やはりここに来る前に似たような経験をしていたのだろう。

 気にはなるが……いや、むしろ気になるのは、ここで偽ケイオス・ロアを退場させたことだ。

 どう転んでも向こうにとって不利にしかならないと思うのだけど……。


「何を――!?」


 偽ありすが呟くと共に、その姿が更に変わっていった。

 誰も、その変化を止めることができないくらいに――あっという間に変わってしまったのだ。

 ほんの瞬きする間に、偽ありすが大人の姿へと変わっていた。

 アリスと同じくらい――10代の後半くらいだろうか。きっとありすが成長したらこうなるだろうな、という予想通りの黒髪の少女だ。

 着ている服は魔女の時と似てはいるが、より豪奢なローブ……と言うのだろうか。

 頭にかぶっていたとんがり帽子は無くなり、替わりに宝石をはめ込んだ頭冠サークレットを被っている。

 ぼんやりとしたありすの表情から一変、きりっとした目つきのちょっと冷たい雰囲気を纏った和風美人だ……。

 ただ一点、変わらず目は禍々しい黄金の輝きを放っているが……。


「ライズ《ストレングス》、イグジスト《瞬動クイックムーブ》」


 姿が変わったのを驚く間もなく、偽ありすがジュリエッタの魔法とアリスの魔法を使い、超高速で動く。


「くっ……!」


 そのスピードについていけたのはクロエラだけだったが――


「うわぁっ!?」


 腕力強化ストレングスの前に為す術もなく弾き飛ばされてしまう。

 ようやく他のメンバーが迎え撃とうとするも、偽ありすの動きは止まらず……。


「オープン、ビルド《ストーンスネーク》、ブラッシュ」


 ガブリエラの魔法でアリスを弾き飛ばし、ウリエラとサリエラの魔法で作り出した岩の蛇でケイオス・ロアの全身を締め付ける。


「この……っ!?」


 ヤツの狙いは変わらず『私』なのだ。

 唯一逃れたフランシーヌだったが、これはわざと偽ありすが何もしなかっただけだというのは本人もわかっていただろう。

 ブラッディアーツで対抗しようとするも、


「サモン《イージスの楯》」

「硬っ!?」


 槍をヴィヴィアンの魔法で弾くと共に、


「スレッドアーツ《キャプチャー》、コンバート《ランチャー・デバイス》」

「――ッ!?」

”ぐぅっ……フランシーヌ!”


 どこからか現れた糸が反撃も回避も封じながら、『杖』を榴弾砲へと変化させて私ごと爆弾で吹き飛ばす。


「チィッ!? こいつ、仲間の魔法を――!?」


 さっきもメタモルを使ったけど、勘違いではなかった。

 この偽ありすは、使、そういうことなのだろう。

 しかも私のユニットだけではない、少なくともオルゴールとBPの魔法も使っている……。

 オープンで弾き飛ばされたアリスだったが、すぐに立ち直りフランシーヌを助けに駆け付けようとする。

 ケイオス・ロアも魔法で拘束を砕き、クロエラも立ち直り、フランシーヌに纏わりついていたゼラもまた偽ありすへと向かおうとする。

 しかし――


「マーシャルアーツ《エンフィールド:グラヴィティ》」


 偽ありすの周囲を取り囲むように、強烈な重力が発生。

 全員を揃って地面へと叩きつけ押さえつける。

 くそっ、反則もいいところだ、こんな能力……!

 似たようなのでジュウベェクラウザーがいたけど、アレと違って全員の全魔法を使ってきている。しかも、アリスの魔法さえも使ってくるのだ、脅威度は桁違いと言える。


「約束通り、他は見逃す。

 じゃ、ラビさん。いこ」

”く、うぅ……!”


 身体が押し潰されそうな重力場の中、偽ありすだけは影響を受けていないのか軽やかな足取りでフランシーヌ……いや、その背中の私に手を伸ばし――


「渡さない、わよ! ブラッディアーツ《狂黒血の徴エボル・スティグマータ》!」

「……」


 近づいてきた偽ありすの脚を、身体強化して無理矢理身体を動かし握り潰そうとする。

 《エボル・スティグマータ》を使っても尚、腕を動かすのがやっとな程の圧力だが、それに必死に抵抗しようとしている。

 他のユニットは未だ動けないままだ。というか、直接的に肉体を強化する魔法を持っているのは――ここにいる中だとフランシーヌしかいないのか!

 ……どうしてそこまで――と思うものの、きっと彼女は『私をユニットに渡すまで守る』という約束を守ろうとしているのだと気付く。

 偽ありすは雰囲気こそ変わっているがいつものありすのようにかくんと首を傾げ、それでもフランシーヌに構わず私を拾い上げると――


「コール《赤色巨星アンタレス》」


 至近距離から動けないフランシーヌへと巨星魔法を放ったのだった……。


「……」


 この一撃で消滅はしなかったものの、フランシーヌは完全に意識を失ってしまったようだ。


”くっ……フランシーヌ! 皆!”

「ぐぐ……使い魔、殿……!」


 アリスも必死に動こうとしているけど、押し付ける力には抗えず――


「ん。目的達成」

”うわぁっ!?”


 偽ありすの身体からあふれ出るが私を包み込み――何も見えなくなってしまった。

 この黒い炎のようなもの、見覚えがある……まさか、こいつって……!?




 ――だが、そこで強烈な浮遊感が私を襲い……外は見えずとも、私は連れ去られてしまったことを悟ったのであった……。




*  *  *  *  *




”う……ここは……?”


 スリープした時のように意識が一瞬途切れた感覚があった。

 目覚めた直後、さっきまでのことを思い出すが――


《……》

”き、君は……!?”


 それ以上の衝撃が私を待っていた。

 私は偽ありすの腕に抱かれ……いや、がっちりとホールドされている状態で動くこともできない。

 そんな私の目の前に、一人の少女の姿があった。

 彼女の顔を見た瞬間、今まで靄がかかっていたように思い出せなかった幾つかの記憶が蘇る。

 ――一糸まとわぬ金色の髪をたなびかせた小さな少女……『小さくなったアリス』あるいは『金髪になったありす』とも言える、ありすの面影があるこの少女を私は以前にも見ている。

 そうだ、ガイアの外で二度私たちの前に現れた子と同じだ……!


《やっと・あえた・

”……っ”


 そうか――『黒炎竜』たちが私を狙い続けていたのは、彼女の差し金か……!

 となると、さっき思った通り、私をホールドしているこの偽ありすの正体は――

 私が内心で正体を理解したことを察知したかのように、偽ありすの姿が変わる。

 とはいっても『黒炎竜』そのものの姿に変わったわけではない。

 背中から黒い炎が噴き出し漆黒の翼へと変じる。

 ……その形状は、羽ばたいて飛ぶための翼ではなく、『黒炎竜』『黄金竜』同様の翼の先端から勢いよく空気を噴き出して飛ぶためのロケットのような翼ではあった。


”こいつ……『黒炎竜』か……!”

「ん? わたしのこと?」


 偽ありすはかくんと首を傾げるが、そうか……『黒炎竜』って私が勝手に言ってただけだったか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


”い、一体何が目的なんだ!?”


 ガイア外部のころから散々付け回し、『死の大地』ではありすの姿を取りしかもユニット皆の力を使い圧倒的な力でアリスたちをねじ伏せ、ついに私を攫って行った……。

 その目的は、彼女にあるはずだ。

 私の言葉に金色の少女は答えず――


《ずっと・まってた・あなた・の・こと》

”ちょっ!?”


 無表情のまま少女は偽ありすの腕から私を取り上げて抱きしめる。

 力は全然強くないはずなのに、全く振りほどけない――いや、……。


《さぁ……これ・で・さいご》


 私を抱きしめたまま少女は振り返り偽ありすに背を向ける。

 その視線の先にあるもの――そして私が今いる場所全体を見て、私は言葉を失いつつも確信した。




 ――『ゴール』なのだ。




 私たちのいる場所は――全てが白と黒、そして灰色だけのモノトーンの世界だった。

 広さはかなりある。今まで通って来たフィールド同様、『外』と言っても差し支えないくらいの広さだ。

 けれども、明確に今までとは違う特徴がある。

 それは、この世界は……つまりは『球の内側』にいるような感じなのだ。

 遥か彼方は地平線ではなく『壁』のようになっているのがわかる……上を見上げれば同じく遥か彼方に『天井』が見える。

 そして、その球状のフィールドには無数の『武器』がまるで墓標のように突き刺さっていた。

 大きなものだと高層ビルのような大きさだったり、小さなものでも一軒家を軽く超えるくらいの――剣や槍、様々な武器だ。


 ――『神々の古戦場』


 なぜか私の頭の中にあった謎のキーワード……それが示しているのが、正にこの場所なんじゃないかと思えてくる。

 かつて神々が相争った、あるいは悪魔の軍勢と戦った、巨人の軍勢と戦ったetc……様々な神話で語られる戦いの跡――『ガイア』がギリシア神話の神だったことを考えれば、ここはさしずめ『巨神大戦ティタノマキア』かあるいは『巨魔大戦ギガントマキア』の跡か……。

 いずれにせよ、フランシーヌたちが推測した『地上の歴史』では絶対にありえない、巨いなる存在たちの戦場跡――それがなのだと思う。

 ……だが、私がこここそが『ゴール』と感じた理由はそれらではない。


”…………『地球』……?”


 球状のフィールドの、おそらく中心地点。

 私たちの前方の上空付近に、唯一モノトーンではない存在があった。

 ――『地球』。そうとしかいいようのない、青と白の鮮やかな球体が浮かんでいた。

 宇宙から見た地球の写真とそっくりだ。

 ……なぜだろうか、そういう写真とかではなく、アレに似たものを私はどこかで見たことがある気がする……。

 とにかく、『神々の古戦場』の中空に浮かぶ『星』――ここがガイアの内部であり、ガイアが推測通り『星の神獣』だとすれば……あの『星』こそがガイアの『コア』なのではないだろうか。


《おねがい》

「ん、わかった」

”? 何を……”


 金色の少女が合図すると共に、偽ありすが私たちの前へと出る。

 それに呼応するかのように、地鳴りのような低い音が響き――


”!? 赤黒いスライム!?”


 『星』から突如として『灼熱の大地』にも現れていた赤黒いスライムがぼとぼとと絞り出されるように落ちてゆく。

 そして赤黒いスライムたちが地上に落ちると共に集合――巨大な人型へと変貌する。


《あれ・が・ラビのめざしていた・

”え!?”

《でも・いまは・

「ん。どうでもいい。が追いつく前に片付ける」

”え、ちょっと!?”


 待って! 頭が追いつかない!?

 アレ――赤黒いスライムの集合体、『赤の巨人』がこのクエストのラスボスだっていうこと!?

 でも、黄金の少女と偽ありすはそれを『どうでもいい』『片付ける』と言っている……?

 ……訳がわからない。

 じゃあ、!?




 ……そこから始まったのは、一方的な蹂躙だった。

 偽ありすの圧倒的力は、『ラスボス』を遥かに上回っており全く寄せ付けることもない。

 無数の魔獣を召喚魔法サモンで呼び出し、構築魔法ビルドで無数の《ゴーレム》を作り出し、それらを洗練魔法ブラッシュで強化し、あるいは改造魔法カスタマイズ構造構築魔法コンストラクションで新たな武装を付け加え数で圧倒する。

 『ラスボス』が何とか抜け出して攻撃しようとしても開錠魔法オープンで弾き飛ばし、あるいは逃げようとしたところで閉錠魔法クローズで引き寄せては強化魔法ライズで強化して殴り蹴り飛ばす。

 遠距離から反撃しようとしても糸操作魔法スレッドアーツで雁字搦めに動きを封じられ、あるいはあらぬ方向に攻撃を放って無駄に消費させる。

 ……そして、無限の魔力から放たれる破壊の星々が抵抗も防御も無駄と言わんばかりに、無慈悲に打ちのめしてゆく……。

 な、なんだこれ……理不尽すぎる……!

 魔力無限、かつ皆の魔法を自在に操れるとか、『理不尽』としか言いようがない……!


「ん、終わった」


 ほんの数分――いや、もしかしたらもっと短い時間かもしれない――で、このクエストの『ラスボス』は偽ありすによって粉砕され、完全に消滅していってしまった……。

 ……なんてことのなかった、と言わんばかりの表情の偽ありす……。

 私はようやく理解した。

 『黄金竜』『黒炎竜』、そして偽ありす――様々な姿と名前を持ち、ありとあらゆると言っても過言ではない様々な魔法を操る存在。

 それは、正しくあらゆるものが入り混じった『混沌』を体現している存在だ。

 『混沌』が形となり、意思を持って動いている存在――それが彼女なのだ、と。

 少女に抱かれた私へと彼女は視線を向け、ちょっと考えた後にこう言った。


「『黒炎竜』とかも悪くないけど、わたしの名前じゃない。

 わたしの名前はゼノケイオス。『マム』の作った子供ティターンたちが集まって出来たもの」


 ……と。

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