第10章59話 Chaotic Roar 15. 黄金の戦姫

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 自分の身に起こっている2『異常事態』について、アリスは自覚はあったものの深く気にすることはなかった。

 なぜならば、起こっていることは決してマイナスにはなっていないからだ。

 1つは『異常な魔力の回復』だ。

 これは不気味ではあるが、マイナスにはなりようのない、プラスにしか働かない効果だと言えよう――原因が全くわからないのが本当に不気味ではあるが、アリスは深く考えない。

 もう1つの方は少し気にかかるが、これも考えてもわからないこと――そして今優先して考えるべき問題ではない、と切り捨てる。

 それは――ガイア内部へと入った瞬間から感じる、強烈な『違和感』だ。

 今までにも誰にも告げなかったがそういった時はあった。

 ……かつてのアストラエアの世界で『ゲームの舞台が異世界かデジタル世界か?』の話をした時に、アリスは『違和感のある方が異世界』だと感じていたと言った。

 その時と同じだとすれば、ガイア内部は『異世界』であることになるが……。

 今までの『異世界』で感じた違和感とは、どこか異なる感じを受けているのだ。


 ――気にしても仕方ないことだな。


 そこにどんな意味があろうとも、アリスのやることに変わりはない。

 目の前の『障害』を全て薙ぎ払い、ラビと合流しこのクエストを征する。ただそれだけだ。




 敵は3体。いずれもアリスの顔見知りではある。

 しかし、能力の全貌は全く理解しておらず、マキナ=オルゴールの能力についてもアストラエアの世界で見た分しか知らない。

 それを気にすることなどない。

 相手の能力が不明なまま戦うのなど、だからだ。


「cl《黄金巨星ライジングサン》!!」


 変身したままでも魔力が急速に回復し続けるのであれば、それを利用するまで。

 アリスの初手は、自身の肉体そのものを灼熱の太陽へと変貌させ、魔力尽きるまで再生し続ける《ライジングサン》だった。

 体力自体の回復は出来ないため『無敵』というわけではないが、それでも『未知』の敵と戦う際にはこの上なく有効な魔法だと言えよう――特に今回は魔力消費を気にする必要がないためなおさらだ。


「続け、クロエラ!」

「うん!」


 数の不利はあるが、相方となるのがクロエラであれば申し分ない、とアリスは思う。

 もちろん、頼りにならない仲間など一人としていないというのが本音ではあるが。


「舐めるなです。マーシャルアーツ《村正》なのです!」


 怒り心頭と言ったマツリが魔法を使う。

 見た目の変化は全くないが、小柄なマツリがアリスに向かって突進――右手の手刀を振るう。

 魔法の効果を知らずともそれが危険な攻撃であることは一目瞭然。


「cl《赤色巨星アンタレス》!」


 迷わず《アンタレス》を放つものの、巨星はマツリの手刀の一閃によってあっさりと両断される。

 マツリのマーシャルアーツは、BPの時とは異なり自分自身の肉体に『兵器』の力を宿すようになっているようだ――この変化に気付けるのは、BPの能力を知るアルストロメリアのみではあるが。


「ふん、触ると危ねーって感じだな」

「ぶったぎってやるですよ!」


 《アンタレス》を両断した勢いそのまま、マツリがアリスへと肉薄。手刀で両断せんとしてくる。

 ……が、威力はともかくマツリの体格ではどうしてもリーチが足りない。

 アリスはその場でバックステップし軽々と手刀を回避。

 同時に《赤爆巨星ベテルギウス》を放って至近距離からの爆発を狙う。


「ブラッディアーツ《業血の壁ブラッドウォール》!」


 斬った瞬間に大爆発を起こす《ベテルギウス》に対し、マツリが迂闊に突っ込むよりも早くリンコが『血』の壁を作り出してそれを防ぐ。

 更にその横からマキナの放った糸が迫り、アリスの『口』を封じようとしていた。


「エキスパンション――《幻想大海イマジナリィオーシャン》!」

「む?」

「! ドライブ《ディープ・ラン》! アリスさん、乗って!」


 周囲一帯が不可視の『海』と化しアリスは浮力を感じ取った。

 その違和感に慣れるよりも早く、以前経験したクロエラが素早く対応。水中バイクでアリスを拾い上げる。


「……い、糸に気を付けて……ください」

「おう、そういうことか!」


 後ろに隠れていたアルストロメリアの言葉に、アリスもマキナの狙いを悟る。

 浮力によって糸の動きが鈍り、アリスの顔を縫い付ける前に逃れることが出来た――これはアルストロメリアのファインプレーと言えよう。

 一時的に水中にいるのと同じことになり全員の動きが鈍るが、クロエラの水中バイクがあればそれも気になることはない。

 更に、『水中』であるためリンコの『血』が拡散していっている。

 固まる前の血であれば、ただの液体だ。

 結果的に、《イマジナリィオーシャン》はマキナとリンコにとって『天敵』となりえる能力となった。

 この隙を逃すようなアリスではない。


「ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》!」


 浮力が働いていることをすぐさま理解したアリスが選んだのは《グングニル》――これならば浮力に関係なく相手へと向かって飛んで行くため、命中させることもできるだろう。

 狙いはマキナ――彼女さえ倒せば、糸による妨害を気にせずに戦えることとなるからだ。


「スレッドアーツ《カーテン》!」

「マーシャルアーツ《大バサミ》!」

「チッ……流石に上手くはいかないか」


 《グングニル》の性質を把握しているのだろう、マキナの作り出した糸のカーテンが広がり《グングニル》を受け止めると共に、『大バサミ』同様の強力な握力を宿したマツリが飛来する槍を受け止める。

 この一撃で決められれば理想的ではあったが、流石にそう簡単にはいかないようだった。

 ……が、アリスにとってはそこまで痛手ではない。


 ――これで今の魔力回復のペースが把握しやすくなるな。


 魔力は急速回復する、であって無限に使えるというわけではない。

 だから割合消費の神装を無制限に連発はできないのだ。

 回復のペースを把握することは重要とアリスは考え、《グングニル》で試そうとしたのであった。

 余裕がある時であれば『実験』するのだが、今は戦いながら検証するしかない。


「戻れ、『ザ・ロッド』!」

「ブラッディアーツ《ブルー・ブラッド・ブリード:モデル・エリザベート》!」


 すぐさま『杖』を手元に戻し、入れ替わりに前に出てきたリンコへと応戦する。

 背中から赤い『血』で出来た触手を翼代わりに生やしたリンコが、自身の周囲に『血』から抜き出した『鉄』を凝集させた『拷問器具』を出現させながらアリスへと襲い掛かろうとする。

 《モデル・エリザベート》は《モデル・ヴラド》とは異なり、モデルとなった人物を象徴する『拷問危惧』を作り出す特殊能力を持っているようだ。

 勝手に動く拷問器具の群れと同時に、槍に血の刃を纏わせたリンコが襲い掛かってくるが、


「エキゾースト《ブラック・インク》!」


 クロエラがすぐさま『インク』を吐き出す。

 《イマジナリィオーシャン》が効いていることもあり、墨が空中見えない水中に拡散してゆく。

 すぐにばれる目くらましにすぎないが、リンコの接近を避けられればそれで十分だ。

 クロエラがアリスを引っ張り距離を取って回避。

 一旦仕切り直しの形となった。


 ――……ふむ? 大体30秒くらいってところか。マジでなんでこんな回復するんだ……?


 まだ全快はしていないが、感覚で何となく30秒ほどで魔力が完全回復するだろうとアリスは計算した。

 謎の回復量ではあるがマイナスに働いているわけではない。とりあえず引き続き恩恵に与っておくこととする。


「……屈辱なのです。マキナ、やるのです!」

「……そうだね。リンコちゃん、フォローお願い」

「チッ、仕方ないわね……ああもう、鬱陶しい魔法ね!」


 浮力は地味ながらも、かなり行動制限のかかる条件だ。

 クロエラのような水中でも自在に動ける魔法や能力を持っていない限り、最低限動きが制限されてしまうことになる。

 『血』を扱うリンコとしてはかなり戦いにくい環境なのには違いない。かなり苛立っているようだ――アリスたちに攻撃を回避されたのもあるだろう。

 一方で、マツリとマキナにとってはこの浮力が働いている状態はプラスに働くこともある。

 ――それは、『灰の孤島』での戦いで果たせなかったことでもある。


「コンストラクション――」

「スレッドアーツ――」

「「《デウス・エクス・マキナ》!!」」


 周囲の大地を材料とした、巨大なゴーレムが二人を包み込む。

 建物や兵器の残骸がないため、土を材料としたゴーレムではあるが――『土』であるが故により多くの量を材料として創ることが出来る。

 結果、『灰の孤島』の《デウス・エクス・マキナ》よりも二回りは巨大な『獅子』型のゴーレムが誕生した。

 しかも前と異なり浮力があるため腕力のみで動かす必要がない。多少ならば許容量を上回る大きさにしても、マツリ・マキナのステータスでも自在に動かすことが出来るだろう。


「……巨大化か。ふん」


 それを目の当たりにしてもアリスには動揺は全く見られない。

 

 多少環境が違うだけで、アリスにとっては驚くようなことではないのだ。


「おい、クロエラ。この……海を作る魔法は、あの人魚の魔法だよな?」

「え? う、うん。そうだよ」

「よし、ならば――おい、そこの人魚! オレの合図でこの海の魔法を解除だ! いいな!?」

「!? ひ、ひゃい!」


 アルストロメリアが《イマジナリィオーシャン》を使っている意図はわかる。この魔法がなければ、マキナの糸によってアリスの口は塞がれることとなるだろう――《ライジングサン》を使っている今ならば強引に自分の身体を引きちぎって逃れることはできるだろうが、体力の消耗は避けられまい。

 だが、《デウス・エクス・マキナ》を見たアリスは、《イマジナリィオーシャン》を維持することのメリットよりもデメリットの方が大きいと判断したようだ。

 自分の合図に従って《イマジナリィオーシャン》を解除することを指示する。

 その意図をアルストロメリア自身は全く理解できていないが……。


 ――う、うぅ……の言うことなら……きっと、私なんかよりもいい考え、なんだよね……?


 流されるまま、アリスの言うことに従うことに決めたようだ。

 ――アリス=恋墨ありすであることを、アルストロメリアは……。

 ともあれ、後ろで守られているだけのアルストロメリアは指示に従うだけだ。きっと、自分よりもその判断は正しいと思って。


「……ゼラちゃん?」


 その時、ゼラがプルプルと震え、『自分も戦う』という意思をアルストロメリアへと伝える。

 傷ついたゼラに何が出来るかはわからないが、アルストロメリアはそれを止める言葉を持たなかった……。




『叩き潰してやるですよ!』


 一方、完全に頭に血の昇ったマツリに操られる《デウス・エクス・マキナ》がアリスたちを言葉通り叩き潰すために動き始める。

 本来ならばかなりのパワーを必要とする超質量だが、浮力が働いている今はかなり余裕をもって動かすことができる。

 奇しくも、ミトラのユニットたちの最強の布陣が、敵味方にわかれている状態ではあるものの実現されてしまっているのだ。


「ふん、茉莉――いや、BPだったな。貴様とも真正面から戦ってみたかったが――」


 若干、寂しそうな笑みを浮かべながらアリスが呟く。

 ……現実世界でありすと茉莉は『友達』となったが、『美鈴を巡るライバル』という立ち位置に違いはない。

 BPの超破壊力を知るアリスとしては、是非とも戦ってみたい相手ではあったのだが……マツリと茉莉BPは同一人物ではない、とアリスには直感でわかっていたのだ。


との戦いはノーカンっつーことで――またいずれ戦ろうぜ」

「! 何を――」


 皮肉を含ませたアリスの言葉と笑みにますますマツリの頭に血が上るものの、『偽物』と言う言葉は――彼女たち全員に少なからず衝撃を与えた。

 

 だが、事実を突きつけられたことに、思っていた以上のショックを受けてしまったのだ。

 ……彼女たちの『有り方』について、自覚している以上の『確信』を突かれてしまった形である。

 が、それが大きな『隙』を生み出したわけではない。

 ほんの一瞬だけ、マツリたちが動揺から動きが鈍っただけであり、勝敗の行く末には


「awk《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》!!!」


 自然回復がいかに速度を増そうとも、『魔力の最大値』を必ず超えるこの魔法だけは使うことができない。

 自前の回復アイテムを使って魔力を回復しながら、アリスが最大最強の魔法を解放する。

 ――最初から、決着はこの魔法でつけるつもりであったのだ。神装を放って魔力の回復速度を測りつつも、裏で『星の種』を常にばらまき準備をしていた――極端な話、《ライジングサン》で再生可能となっている自分の肉体を少しずつ散らばらせながら、戦いのはじめから準備していたのだった。

 アリスの魔法発動と共に、無数の星々が《デウス・エクス・マキナ》とリンコの周囲を取り囲む。


「人魚!」

「は、はい!」


 アリスの合図とともにアルストロメリアが《イマジナリィオーシャン》を解除。

 浮力を失った《デウス・エクス・マキナ》だが、多少動かすためにパワーを費やす必要が増えただけで支障はない。

 ……しかし、そんなことは

 浮力がなくなったことによりリンコが動けるようになったことよりも――アリスの作り出した無数の巨星が自由に動けることになったことの方が大きい。


「ぶっ潰れろ!!」


 ――障害浮力が無くなり、魔力の枷から解き放たれたアリスの魔法を止めるものはなにもない。

 物量を物量で、理不尽を更なる理不尽で蹂躙する最大最強の攻撃魔法の雨が、あらゆる抵抗を許さず何もかもを呑み込んでいった――




 ……この光景を見たら、本家の《デウス・エクス・マキナ》に全滅寸前まで追い込まれてようやく勝利したウリエラたちが何と思うだろうか。

 材質の違いはあれど、アリスはほぼ単独で一方的に《デウス・エクス・マキナ》を破壊したのだ。条件は五分ではないが、あまりにも圧倒的な差であったと言えよう。


「ふん、『偽物』ならこんなものか」


 叩き潰され、ボロボロと崩れ去ってゆく『土人形』たちを見てもアリスにはそれ以上の感想はなかった。


「……た、助かった……?」

《……》


 言われるがまま《イマジナリィオーシャン》を解除したら、次の瞬間には戦いが終わっていた――アルストロメリアには何が何だかわからなかったろう。

 それは彼女自身の戦闘経験のなさから来るのだが――アリスたちがそれを知る由はない。

 動く敵は全ていなくなり危機は去った……アルストロメリアが実感し始めた時だった。

 彼女に抱かれたままだったゼラが、突如腕の中から飛び出し――


「!? 貴様……っ!?」


 アリスの方へと飛び掛かる。

 ……が、狙いはアリスではない。


「…………無念、なのです……」


 アリスの背後から、身体が半分崩れ去ったマツリが襲い掛かろうとしていたのだ。

 飛び掛かったゼラが全身を『拳』のような形状へと変え、更にその表面が金属質の輝きを帯びる。

 硬くなった『拳』がマツリを殴り飛ばし、今度こそ完全にとどめを刺したのであった。


「む、すまん。助かった。残心が甘かったか」

《……》


 アリスは素直に自分の失態を認め、ゼラへと礼を述べる。

 ゼラは何を考えているのかわからないがプルプルと震えている――おそらくは『気にするな』とでも言っているのだろう。

 ――マツリへととどめを刺したのは、ゼラの第3の魔法――コンクリーションの効果だった。

 ゼラの泥状の肉体に様々な『鉱物』を取り込み、泥の粘性と硬度を上げるという単純な強化魔法である。

 攻撃魔法を持たず、自身の肉体のみで戦わなければならないゼラにとっては、唯一の攻撃魔法であるとも言えるだろう。

 3種全ての魔法が自動発動魔法パッシブスキルという変わった構成なのも、ゼラの大きな特徴だ。

 ともあれ、襲い掛かって来た3体の『敵』に関しては今度こそ本当に倒せた、とアリスたちは判断。今後のことへと考えを移してゆく。


「クロエラ、敵は他にはいないか?」

「あ、うん。偵察してみないと何とも言えないけど……ボクたちが襲われた相手は全滅したみたい」

「そうか。では、とりあえず警戒は続けつつ――状況がさっぱりわからん。説明しろ」

「わかったよ」


 ひとまずは安全は確保できた。それは間違いないだろう……追撃が来ないとは限らないが。

 唐突にガイア内部へと現れたアリスは全く状況を把握していないようで、クロエラからまずは色々と話を聞くことに決めたようだ。

 ……仮に新たな敵が現れたとしても、彼女さえいれば何の問題もなく蹴散らすことができる。そうアルストロメリアにも思えるほどだった。その点は安心ではあるのだが――


 ――……『あの人』の言ったことが本当なら、この人が…………。


 アルストロメリアは顔には出さず、心の中で呟く。

 彼女には『目的』がある。

 ゼラがリュウセイに幾つかの指示を受けてこのクエストに臨んでいるのと同様、アルストロメリアもから指示を受けそれに基づいて行動をしているのだ。

 『たとえ失敗しても構わない』と事前に言われているものの、アルストロメリアは指示をこのクエスト内で成功させたいという事情があった。


 ――……恋墨ありす――『アリス』、やっぱり彼女が一番の候補者かな……。

 ――うぅ、でも一緒に行動しちゃったら、使い魔に見つかっちゃうかも……?

 ――でもでも……。


 他の使い魔に遭ってはならない、とはミトラの方の指示でもある。その理由がを本人も理解している。

 要するに、アルストロメリアの能力をスカウターで見られるのを避けよ、と言うことである。

 しかし、アリスとクロエラはきっとこの先共に行動するであろうし、アルストロメリア単独――ゼラは着いてきてくれるだろうが――で進むのはこれ以上は不可能だろう。

 かといって二人に着いていったら、彼女たちの使い魔に見られてしまうかもしれない。


 ――このクエストで『あの人』の指示通りにやれれば…………!


 『終わり』は近い――アルストロメリアはそう感じていた。

 その『終わり』を自分にとって最良の形にするためにも、まだ我慢を続けなければならない。

 アルストロメリアは怯えた表情の裏で本心を隠し、ひたすらに耐え続けるのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「…………、これは」


 クロエラからの話を聞いたアリスはしばらく考え込み、そう結論を出した。


「オレがここへやって来たのは、オレの主観だとそんなに時間が経っていない。

 そして、貴様らがガイアに呑み込まれてからオレが突入するまでも、そこまで長時間――貴様らが今まで戦って来たような時間は経っていなかったはずだ」

「っていうことは――アリスさんが突入しようとして、ガイア本体を貫こうとして……で、ここに来るまでの間の時間が飛んでるってことかな?」

「多分な」


 ガイア本体出現に伴い、まずラビ・アリス、ケイオス・ロア・ミトラを除く全員がガイア内部へと移動。

 細かい時間経過を常にカウントしていたわけではないが、ガイア内部での様々な出来事にかかった時間を振り返ると時間が飛んでいる個所はおそらく2か所。

 ラビ、およびその後にケイオス・ロアたちがガイア内部に突入するまで、おそらく

 クロエラたちが比較的早くにラビと連絡がつくようになったため、そういうことではないかと推測できた。

 もう1か所が、アリスが単独でガイアの胴体を貫いて内部に侵入しようとした時だろう。

 ここはアリスの主観では《奈落に嗤え始原の混沌ギンヌンガガップ》を放ち、胴体を抉った後に『黎明の平原』へと辿り着いたことになっているが、クロエラたちはかなりの長時間ガイア内部で活動していた。

 だから、ここも時間が飛んでいる――おそらくは、のではないかと考えられる。


「――『時間稼ぎ』、かな……?」

「ああ、オレもそう思う。しかし、なんでオレだけなんだって感じではあるがな」


 最初の1回目の時間が飛んだのは、『参加しているユニットがガイア内部で揃うまで待つ』という仕様があるのではないか、とは考えられるし説明可能だ。

 確認するのは不可能だが、もしかしたらアリスが《ギンヌンガガップ》を使って乗り込むまで時間停止していた可能性もある。

 そしてその後、『黎明の平原』にたどり着くまで長時間止まっていた理由を考えたのだが――『時間稼ぎ』が目的ではないかと二人は考えた。

 ガイアの身体を抉っていく分時間がかかる、ではないだろう。そうであればアリスの主観でもっと時間がかかっているはずだからだ。

 そうなると『なぜ時間稼ぎをするのか?』という疑問が湧き上がってくるのだが……そこまでは考えてもわかるものではないだろう、と二人はそれ以上は考えない。


「……魔力の急速な回復が関係しているのか……?」


 思い当たるところはその点しかない。

 これもまた『なぜ?』という疑問があるのだが、事実そうなっているのだから仕方ない。

 そこにアリスたちの知らない何かしらの意味があり、それを理解しているガイアがアリスをなるべく遠ざけるようにしていた――というのが理屈としては成り立っているが、何の確証もない。


「考えてもこれ以上は無駄だな」

「そうだね……こういうのはボスとかウリュたちにお任せだね」

「だな」


 …………ウリエラたちがチームに参加してからというもの、こういった『謎』に関する考察などはすっかりと丸投げにする癖がついているアリスたちなのであった。その分、個々の戦闘に関することに集中できるようになっているので、決して悪いわけではないのだが。


「で、クロエラ。あいつらはどうするんだ?」


 悠長にしている暇はないが、情報は必要だ。

 必要な話は聞けたと判断したアリスは、同行者――アルストロメリアとゼラについて尋ねる。

 先ほど助けてもらったこともあり無碍にはできないが、かといって戦闘力がないのであれば連れて行くのは躊躇われる。

 ……ここから先、同行者を庇いながら戦える相手であるとは限らない。むしろ、自分の身を守ることさえ難しいほどの強敵しかいないとアリスは考える。


「あ、あ、あの……あたしは……」

《……》

「置いていくのはちょっと……」


 未だ共感魔法エンパシーの効果が抜けきっていないクロエラは、ゼラが着いていきたそうな気配を察する。

 ……その意味では、実はアルストロメリアは置いていっても構わないとなっているのだが。クロエラの性格上、置いていくという選択は決して取らないであろうが。


「! そうだ、ゼラちゃん。あたしを格納して! そうすれば、足手まといにはならないから……さっきみたいに必要であれば、援護するから」

《……》

「ゼラのギフトでアルストロメリアを格納しておけば……まぁゼラを運ぶだけだから大丈夫かな」


 『ゼラを助ける』という衝動は未だ収まっていないが、ゼラ自身の目的が『助けられる』ことと相反する。

 ゼラはアルストロメリアに着いていく、という目的がありそれを叶えたい――というのを、クロエラとアルストロメリアは助けたいと考えている。

 結果、アルストロメリアはゼラの邪魔にならないようにゼラに格納してもらい、先へと進むことを選択。それならば『アルストロメリアに着いていく』というゼラの目的は達成されるだろう。


「まぁいい。着いてくるというのであれば構わん。クロエラ、貴様が面倒みるんだぞ?」

「う、うん!」

《……》


 まるで捨て犬を拾って来た親子の会話だが、クロエラへと伝わるゼラの感情は『うれしい』だったので特に突っ込みはしなかった。


「さて、会話は終わりだな。

 貴様の言う通り、使殿――ここからは急ぎでいくぞ」


 クロエラとの話で一番気になったのは、遠隔通話ができなくなっていることだ。

 『黎明の平原』前はクロエラもラビと話せていたのだが、戦闘終了後にアリスと合流できたことを伝えようとしたら繋がらなくなっていた。

 ラビの身に何かが起こっている――それは間違いなさそうだ。

 ただ、ラビはまだ無事である。それも何となくだがわかっている――ステータスが見えない使い魔だが、『いる』『いない』は感覚でわかるようになっているのだ。


「そうだね。『出口』を探さないと……」

「? 探す必要なんぞあるまい」

「へ?」


 そう言って獰猛な笑みを浮かべるアリスは、神装を解放する。


「神装4発分――大体2分ってところか。少し時間もらうぜ」

「あ……もしかして……?」


 アリスのやろうとしていることを理解したクロエラは、アリスから少し距離を取る。

 仲間であるクロエラには(おそらく) 影響はないが、別使い魔のユニットであるゼラとアルストロメリアには被害が及ぶかもしれないからだ。


「いちいち道なんて探してられねー。最短距離でブチ抜く!!」

「…………やっぱり……」


 ここにやって来たのと同様、無理矢理ガイアを貫いて強引に先へと進むということだ。

 ガイアの身体を無理矢理進もうとすると、また時間が飛ぶという可能性はあったが――ここまでのクロエラたちの話を聞いて、アリスは『ガイア内部のルールに付き合う』こと自体が無駄であると判断した。

 もしも時間稼ぎを考えているのであれば、『出口』を通ってもまた遠回りさせられ、下手をすると延々と無限ループさせられる可能性もある。

 それならば、一直線にとにかく進んでいった方がいいだろうという考えだ。


「待ってろよ、使い魔殿」


 ゼラに触れていないアリスは、クロエラのようにゼラへと共感していない。

 だからブレない。

 ラビと合流する。

 そしてこのクエストの『ラスボス』を倒し、クリアする。

 その目的にひたすらに邁進するのみだ。




 ――2発目の《ギンヌンガガップ》を発動させ、アリスが『黎明の平原』の地面を抉り、そのまま地下……否、ガイア内部の空間を突き進んでゆく……。

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