第10章58話 Chaotic Roar 14. 英雄参上!

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アルストロメリアと再合流したクロエラは、彼女と謎の黒い泥――ゼラと共に『紫の毒沼』上空を進んで行った。

 『出口』を探す道すがら、クロエラはアルストロメリアから今まであったことを聞き出していた。

 アルストロメリアもそれが助けてもらう『代価』だという認識なのだろう、包み隠さず自分の知る限りのことをクロエラへと伝えようとする。

 しかし――


「…………わからないなぁ……」


 話を聞いてクロエラは首をかしげる。

 わからない点は主に2点。

 『白い洞窟』の終点でクロエラを倒したはずの『何か』の正体。

 そして、クロエラとの合流前のフィールドで二人を追い詰めた『何か』……。

 『何か』――そう、『何か』。そればかりだ、とクロエラは嘆息する。

 どちらも確実に起こったはずのことなのに、記憶に全く残っていないというのがとても気持ち悪い、と思える。

 特にアルストロメリアたちが襲われたことに関しては気持ち悪いどころか『不自然』だろう。

 リスポーン待ちとなったクロエラとは異なり、ダメージは受けただけで済んではいる――ゼラについてはあわやというところまで追い込まれたようではあるが、リスポーン待ちにならなかったのは同じだ。

 だというのに『覚えていない』というのは釈然としない。

 とぼけている可能性はゼロではないが、そうする理由がクロエラには思いつかない。

 クロエラのリスポーン待ちの件について誤魔化そうとするだけならともかく、自分たちが危機に陥った原因を誤魔化す必要はないだろう――『助けてもらう』ということを考えれば、どんな脅威が存在しているのかをあらかじめ伝えておく方がいいに決まっている。

 ……『敵』の存在を隠してクロエラを襲わせる、というのもまずないだろう。そうするのであればクロエラに見つからず『敵』からも隠れていればいいだけの話だ。

 結論として、アルストロメリアから情報を聞き出しても『何もわからない』ということがわかった。


「ご、ごめんね……本当にあたしも覚えてなくて……。

 ただ、物凄く『怖い』思いをしたってことだけは覚えてる――そしてあたしもゼラちゃんも、逃げることしかできない相手だった、ってことくらいで……」

「あ、うん。多分何かしらの異常事態が起こってるってことだとは思う。ボクの時のことも全然覚えてないしね……」


 正しくは、『何かわけのわからないことが起こっている』ことだけはわかったということになる。

 アルストロメリアの言うことが正しいとすれば、クロエラと共に『記憶の欠落』が起きているということ。

 そしてそのどちらもリスポーン待ちになる、あるいはその直前まで追い込まれるような目にあっているということ――その記憶自体が抜け落ちているということだ。

 原因は不明だが、異常事態が起こっておりそれに巻き込まれている。

 おそらく『敵』がそれに関係しているのだが……これ以上は考えてもわからないだろう。


「あ、クロエラ君。もうすぐ出口だと思う」

「わかった。ありがとう」


 上空を飛びながら時折地形を確かめ、アルストロメリアが方向を指示する。

 彼女自身は当然初めてきたフィールドではあるものの、事前に訪れていたBPたちが一方的に自分たちの訪れたフィールドの『出口』への道を伝えてきてくれていたおかげだ。

 要不要に関わらず情報を常に与え続けてきたことは、結果的に正解だったと言えよう。


「見えてきた!」


 そのまましばらく進み続け、クロエラたちは『紫の毒沼』の『出口』を発見した。

 他に比べてかなり広大な毒沼の中心にポツンとある小さな地面――その上に『出口』はあった。

 フィールド自体がかなり広く、この毒沼にたどり着くまでの目印も少ないため、BPたちからの情報がなければかなり時間がかかっただろう――実際には、毒沼に挟まれている道をひたすら進んで行けばたどり着けるようにはなっているのだが、人間の心理としていかにも危なそうな毒沼は避けて通ってしまい大回りすることを強いられたはずだ。


「うん、良し。次のフィールドへ――っと、ごめん。アルストロメリア。ボスから連絡が来たからちょっと話してるね」

「う、うん……」


 『出口』へと降りたとうとした時、ラビからクロエラへと遠隔通話がやってきた。

 特に戦闘中というわけでもないし、向こうからも『今話せるか?』と問われたので返事をすることにした。




 そこでクロエラはラビの状況を伝え聞き、また自分の状況を伝える。

 ヴィヴィアンたち6人と連絡がつかなくなったということはクロエラの背筋を冷やすのに十分な情報ではあったが、今のクロエラはそこまで動揺しない。


 ――ゼラを助ける。


 その強い感情が、クロエラを衝き動かしているからだ……。


『……ボクの方ももしかしたら連絡がつかなくなっちゃうかもしれないね……』

『”うん……何があるかわからない。気を付けて”』

『わかった。というより、ボスの方こそ気を付けてね』


 自分のユニットが一人もいない状態というのは気にかかるが、すぐに解決できる問題ではない。

 むしろ、自身が急いで先に進めば解決するかもしれない、と割り切るしかない。

 一通り必要な情報を交換し終え、クロエラは遠隔通話を打ち切った。


「お待たせ。ボクの方は終わったよ」

「あ、うん。あたしの方も終わったから大丈夫」


 同じタイミングでアルストロメリアも使い魔ミトラと話をしていたようだが、クロエラとほぼ同じタイミングで終わったようだ。


「ゼラは? ……って、この子、遠隔通話できるのかな……?」

「……どうなんだろう……?」

《……》

「『気にしないで』、だって」


 少しずつ回復しだしたらしいゼラだったが、まだ元の姿には程遠い。

 ともあれ、『出口』前で立ち止まっていても仕方ないとばかりに先へと進もうとするが――


「ん? クロエラ君、ちょっと待って。ゼラちゃんが少しやりたいことがあるって」

「? いいけど――毒の沼地の真ん中だし、なるべく急いで欲しいかな」

《……》

「『わかってる』って」


 『出口』のある小島へと降り立った後、ゼラが待ったをかける。

 『ゼラを助ける』という感情に突き動かされている二人は、ゼラの言うことを否定せずやりたいことをさせてあげようとする。

 ……やはり共感魔法エンパシーは使い方次第では『敵を味方にする』ことも出来る、無自覚の洗脳魔法に近いと言えよう。

 それはともかく、ゼラはアルストロメリアの腕の中から這い出ると、迷うことなく毒沼の中へと飛び込んでいく。


「!? ゼラ!」

「ゼラちゃん!」

《……》


 慌てて追いかけようとする二人に向かって、ゼラは身体を『手』の形に変えて『進むな』というように合図する。

 特にダメージを受けている様子もなく、身体を変化させているのを見て問題ないのだろうと理解した二人はそのままゼラの好きなようにさせるしかない。

 やがて、数秒した後にゼラが毒沼から上がってくる。


「……なんか、ちょっとゼラが大きくなってない?」

「うん、あたしもそう思う……もしかして、水分とかで身体を補えるのかな?」

《……》


 ゼラが何かしら答えたようだが、アルストロメリアには上手く伝わらないようで首を傾げたままだ。

 正確には『水分』だけではゼラの身体は元に戻らない。

 ゼラの持つ3つ目の魔法――他2つと同じくこれも自動発動魔法パッシブスキルだ――を応用して、失った分の『泥』を補充したのである。

 ただし、これはあくまでも『失った泥の補充』でしかなく、補充したものは完全にゼラの肉体と同一ではない。あくまでも一時的な応急処置にすぎない。

 当然失った体力も回復することはなく、文字通りの『一時凌ぎ』でしかないのだが、少しでも体積を増しておかなければ何もできないとゼラは考えたのだろう。


「まぁいいや。じゃあ、アルストロメリア、ゼラ。二人とも行くよ!」

「うん、お願い」

《……》

「ゼラちゃんもおっけーだって」

「わかった。じゃ、バイクにしっかり掴まっててね!」


 気を取り直し、三人は今度こそ『出口』を潜り次のフィールドへと向かう――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 そして、『紫の毒沼』の次に辿り着いたフィールドは――


「平原……夕方? いや、それとも明け方……?」


 太陽は見えずとも空が一方向から明るく輝き出している『黎明の平原』であった。

 視界を遮るものは何もなく、穏やかな草原が延々と続いているだけの――穏やかではあるがどこか不自然さを感じさせる、明らかに『作り物』の世界である。


「モンスターはいないみたいだけど……ここ、多分誰も来たことのない場所だよね……?」

「多分。あたしの仲間の情報にもないし……」


 先ほどの『紫の毒沼』以上に目印のないフィールドだ。

 視界は良好だが、逆に『出口』を探すのに苦労しそうだと誰もが考える。

 ――しかし、『出口』を探すような時間は彼女たちに用意されていなかった。




「――え?」


 周囲を見渡し、さてどう動こうかと考えたクロエラだったが、その視界に『異物』が写り込む。


「な、なんで!?」


 ほんの一瞬前まで何もなかったはずの場所に、突如として人影が現れたのだ。

 その数は『3』――そして、そのうちの1つにクロエラは見覚えがあった。


「ま、……!?」

「……っ!?」


 アルストロメリアもクロエラと同じものを見、驚きに目を見開く。

 そこに立っていた3人は、マキナ、茉莉、そして凛子――この場にいるはずのない人物だったのだ。


……!?」

《……》

「うっ!? ゼラちゃん、どうしたの……!?」


 凛子の姿を見たゼラが激しく震え、再び感情を溢れ出させる。

 その強すぎる感情が一体何を訴えかけているのかアルストロメリアにもわからず、あまりの感情に頭痛さえしてくるほどだった。

 ……が、クロエラもアルストロメリアも、それ以上の衝撃を受けることとなる。


「…………!!」

「そ、そうだ……あたしたちを襲ったのは――!」


 顔見知りと同じ姿を見た瞬間、クロエラとアルストロメリア、そして言葉には出せないがおそらくゼラも――全員が思い出した。


 ――そうだ、ボクを『白い洞窟』で倒したのは…………!!


 クロエラの記憶にかかった靄が一瞬で晴れる。

 『白い洞窟』最奥――『出口』のあった広間で待ち構えていたのは、クロエラ自身……『雪彦』の姿をした『何か』だった。

 その姿に驚き、戸惑っている間にユキヒコが『変身』し、クロエラをスピードで圧倒――立て直すこともできずに倒された。それが『白い洞窟』で起こったことの真相である。


「――まずい!?」


 思い出した事実に衝撃を受けるものの、それ以上に拙い事態が起きようとしていることをすぐに悟る。

 現れた3人――、と。




 3人が無言のまま光に包まれ――その姿が変わった。

 マツリは全身を和風の甲冑に身を包んだ、『五月人形』のような姿に。

 マキナは顔を黒い布で覆い、全身も黒一色の『黒子』の姿に。

 そしてリンコは黒いマントを羽織った西洋の貴族……いや、彼女の能力を考えれば正しく『ドラキュラ伯爵』のような姿に。


 クロエラが知るのはオルゴールマキナのみだが、知っているからと言ってどうなるというわけでもない。

 でなければ、『白い洞窟』でユキヒコにクロエラが倒されることはなかったのだから。


 ――人数は3対3、だけど……!


 人数だけならば同数だが、戦闘力の差は歴然としている。

 アルストロメリアの全能力は判明していないが、今までのことから考えてほぼ戦闘力はないと思っていいだろう。支援能力も、直接クロエラの能力値を上昇させたりするものではないため期待できない。

 ゼラは全くわからないが、先ほどある程度回復したとは言えほぼ瀕死の状態だったのだ。過剰な期待はしない方が良いだろうことは明らかだ。

 しかも、ゼラに関してはリンコ――クロエラは知らないが――に対して、


 ――怖い。

 ――違う。

 ――でも、戦えない。


 とネガティブな感情を発していることがわかっている。

 おそらくはゼラの仲間のユニットがリンコなのだろう、とは流石に推測できた。

 ……仲間の本当の顔と同じ『敵』と戦えるかどうかは性格にもよるだろう。ともかく、ゼラは戦えないタイプのようだ。


「くっ……ゼラ、アルストロメリアをお願い!」


 そうなると、戦闘力のないアルストロメリアをゼラに任せて自分一人で戦うしかないという結論になってしまう。

 『ゼラを守る』という目的の優先度が高まっているため、普段のクロエラならば絶対に取らないであろう選択肢を選んでしまう。


 ――相手の能力はほとんどわからないけど、ボクのスピードで攪乱していけばゼラを逃がすことくらいは……!


 かつてのアストラエアの世界での戦いは、確実にクロエラを成長させ『自信』を持たせていた。

 人は、『自信』を得ることで大きく成長する生き物だ。それが原因で失敗することがあるのもともかくとして。

 何者にも追いつけないスピードであれば、たとえ攻撃が通じずとも生き残りそしていずれ勝つことができるはずだ。


「……一人で戦うつもりとは、舐められたものなのです。マツリは激おこなのです」


 一番小柄ながらも、一番前に出てきたマツリが不満げに呟く。

 傍目には五月人形が喋っているようにしか見えないので、『呪いの人形』としか言いようがない。


 ――ボクが引きつけているうちに、『出口』を探して先に進むしかないか……!


 流石に『勝てる』とは間違っても思わない。

 1対1でならともかく、数で上回っている――そしてまず間違いなくトップクラスの実力者だ――相手と戦って『勝てる』と思えるほど自信過剰ではないし、気持ちの問題という話でもない。

 そこで思いついたのが、クロエラとの再合流前にアルストロメリアたちが襲われた時同様、『出口』を探して戦わずに逃げる……というものだ。

 逃げまわっている間にダメージを受け、ゼラはほぼ戦闘不能になったのである。だが、『出口』の先まで追いかけてこなかったため、無事にクロエラと再合流できた。

 その時と同じように立ち回れば、無傷とはいかずとも脱出はできるだろう……クロエラはそう考えた。


「ふーん? まぁいいけど。命令だしね、ここであんたたちは終わりよ」


 ドラキュラ娘――リンコがマツリを抑えつつこちらも前へと出て、槍をクロエラへと向ける。


 ――大丈夫、ボクならかわせる!


 能力的には接近戦型だろうか、範囲拡大の魔法があったとしてもクロエラの全力ならば回避できる。そう思っていたものの……。


「ブラッディアーツ《大血嘯ブラッドタイド》」

「……ちょっ、これは……!?」


 リンコの発動させた魔法の規模は、クロエラの予想を遥かに超えるものであった。

 彼女の身体から噴き出した血液が海となり、巨大な『壁』のような大波と化す。

 ……クロエラの知るところではないが、リンコたちもトウカたちと同様に『無限の魔力』を持っている。

 リンコの場合は更に『血』でさえも無限に使うことが可能となっているのだ。

 結果、フランシーヌでは使いたくても使えない規模の大魔法であっても、何の制限もなく使えてしまう。

 溢れ出した『血』の大波が、一瞬でクロエラたちを取り囲む。

 逃げ場は――ない。


 ――……ダメだ、ボク一人しか逃げられない……!


 取り囲む『血』の大波の穴は上方向だが、アルストロメリアとゼラを連れて脱出するには時間が足りない。

 今まさに押し寄せてくる『血』の大波を3人で切り抜けることは不可能だ。


「そんな……」


 折角、折れずに戦おうとしたのに。

 ゼラを助けることもできず、仲間との合流もできず――また何も果たせないままの自分で終わってしまう……クロエラがそう諦めかけた時だった。




「……! マツリちゃん、リンコちゃん!」


 マキナがを見て鋭い声を上げる。

 釣られてクロエラも顔を上げ――そして見た。

 自分たちを呑み込もうとする『血』の隙間、黎明の空がのを。

 空間を無視し、まるで液晶画面が割れるかのように縦横にヒビが入り――そして空が砕けた。




「おぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




 そして、砕けた空の裂け目から、黄金の矢が地上へと向けて落下する。


「チッ!?」


 咄嗟に『血』の波を壁としてそれを防ごうとするが、黄金の矢を止めることは叶わなかった。

 あまりの熱量に『血』が蒸発、勢い止まらず黄金の矢が地面へと突き刺さり大地ごと周囲を爆散させる。


「あ、あ……!?」

「ん? おお、貴様か。クロエラ」


 空間を破壊し、クロエラたちを呑み込もうとしていた『血』を一掃したのはアリスであった。

 爆破に巻き込まれまいとリンコたちは距離を離している。


「む……? なんだ、急に身体が楽になったぞ……?」


 立ち上がったアリスは不思議そうに首をかしげている。

 ガイア外部で神装の4種同時使用という無茶をしでかし、魔力消費量もそうだが肉体的な負荷も相当かかっておりしばらくはまともに動けなくなることを覚悟していたのだが、

 痛みも完全に消えているどころか、まるでクエスト内で変身を解いた時のように魔力が次から次へと溢れ出してくる。

 そのことに疑問を抱いたのはわずか。


「ふん、まぁ良い。どうやらここからが本番らしいからな」


 アリスは迷わない。

 彼女の視線は、すぐにリンコたちの方へと向けられ、迷うことのない戦意が漲っていた。


「クロエラ、状況は聞く。貴様も来い!」

「う、うん!」


 アリスの発した言葉の意味がわからないものはこの場にはいない。


「……『足止め』ももう終わっちゃったみたいね」

「は、はい……とは違うけど、ここはあたしたちでやるしか……」

「勝つつもりでいやがるです。マツリは激おこ通り越してぷんすかなのです」


 リンコとマキナの言葉の意味はともかくとして、マツリはアリスの実質の『勝利宣言』を聞いて腹を立てているようだ。

 そう、アリスの言葉は『勝利宣言』に等しい。

 ここで3人を倒してからゆっくりと話を聞く――そう言っているのだから。

 マツリの怒りを受けても、アリスは笑みをますます深めるだけだ。


「悪いな、貴様ら。

 今なら

「……アリスさん……?」


 アリスの全身から、比喩ではなく本当に立ち上る黄金の輝き――溢れ出る魔力の奔流をクロエラも、そして他の誰もが目にしていた。

 しかし、それに対してクロエラは頼もしさよりも不安の方をより強く感じてしまうのであった……。

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