第10章57話 Chaotic Roar 13. 悪意の侵蝕と悪意なき洗脳
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビたちが去った後の『灼熱の大地』にて――
リスポーンの完了したケイオス・ロアが真っ先にしたことは、ミトラへの遠隔通話であったが……。
「……ダメか。通じない……生きてるとは思うんだけど……」
お互いの状況を全く把握できないのは不安ではあるものの、ユニット特有の感覚のようなもので『ミトラは生きている』ということだけは何となくわかる。
とりあえず生きてさえいれば合流さえできればいい、と割り切るしかない。
気を取り直して他のメンバーにも連絡してみるものの、やはりこちらも通じない。
「うーん……アルが返事返さないのはいつものことだから、正直異常事態が起きてるかどうかわからないわね……。
でも、BPとオルゴールから何も返ってこないってのは――」
こちらもミトラの時同様に遠隔通話自体が通じないようになっていることにすぐに気が付く。
ただし、アルストロメリアに関しては通じないのではなく、意図的に返事をしてこないだけと思っているようだ。
想像以上に自分のチームが分断され、先ほどまでのラビと同様かそれ以上――いやこの場合は『以下』か――の緊急事態であることをケイオス・ロアは改めて実感した。
――……考えていてもわかるわけないか。
――今はとにかく、ミトラたちに追いつかないと……!
今から追いかけて『出口』に到達できたとして、同じフィールドにたどり着けるかはわからない。
それでもこの場に留まる理由がない、というのは今までと同じだ。
「……『出口』がどこなのかわからなくなっちゃったわね……むぅ、仕方ない。また探し直すか……」
リスポーン待ちしている間にヴォルガーケロンたちが集まってしまい、『出口』を体内に持つものがどこに行ったのかもわからなくなってしまった。
もみくちゃになって同士討ちをしている超巨大モンスターの中に突入するのは躊躇われるが――『出口』を特定さえすれば何とかなるだろう、という思いはあった。
その思いを裏打ちするのは、リスポーン待ちの間に『黒炎竜』がどこかへと去っていったことだ。
――マジであいつ何だったのかしら……? まぁこの場からいなくなったのは助かったけど……。
『出口』に向かわなかったのはわかっているのだが、一体どこへ行ったのかが全く分からない。
その点は不安ではあるものの、少なくともヴォルガーケロンとは全く異なる方向へと進んで行ったのはわかっている。
……なので自分がまた襲われるかもしれない、という不安が残っているものの、何となく『もうこの世界にはいない』という気もしている。油断は禁物ではあることもわかっているが。
リスポーン地点が空中だったことが幸いし、いきなり赤黒いスライムに囲まれたりヴォルガーケロンに接触することもなく、『黒炎竜』がいないことによって比較的安全な場所になっている。
それがまるで『黒炎竜』が助けてくれたようにも思えるが――結局リスポーンに追い込んだことを考えれば『偶然』と言い切ってもいいかもしれない、とケイオス・ロアは思うことにした。どちらにしても『黒炎竜』の考えなどわかるわけがないのだから。
「ロード《ピクシス》、オペレーション《ダウジング:出口への道を探して》――?」
気を取り直しやるべきことをやろうとするケイオス・ロアであったが、《ダウジング》をしようと手を伸ばしたところで『異変』に気付いた。
何か
小さな違和感を無視することなく、ケイオス・ロアはそちらをまず確認しようとする。
結果――
「!? なに、これ……?」
違和感の正体はすぐにわかった。
包帯で覆われている腕の下に、包帯の隙間からわずかに『妙な色』が見えたせいだった。
慌てて包帯を解いてみると、そこには奇妙な『痣』が浮き上がっていた。
「…………あのスライムに掴まれた箇所……!?」
ヴォルガーケロンに叩き落された後に赤黒いスライムに掴まれた両腕、そして足――そこに赤黒い『痣』が現れていた。
……まるで『蛇』が絡みついているような、そんな不気味な『痣』であった。
「……身体は特に問題なく動く、けど――」
継続してダメージを受けたり魔力を漏洩させたりする効果はないようだし、痛みやしびれもなく自分の意志で問題なく手足を動かすことは出来る。
ただただ
――……ミトラに合流できたら聞いてみるしかないか……!
これを放置していていいものかどうか判断がつかない。
こういった『謎』についてはミトラが結構詳しいので、そちらに聞くしかないと疑問を呑み込み包帯を巻きなおす。
そこで、《ダウジング》の結果が出て、どのヴォルガーケロンに突入すれば良いかが判明する。
「まずは合流――そうしなきゃ、何も始まらない、か」
《
試す価値はあまりなさそうだ、と一旦やめておくことにし、ケイオス・ロアはミトラたちの後を追って『灼熱の大地』から脱出を試みる――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
更に時は遡り、『灰の孤島』『灼熱の大地』でそれぞれの戦いが行われていた頃――
「はぁ……やっと抜けられた……」
『赤い廃墟』から次の『紫の毒沼』へと辿り着いたクロエラが、心の底から安堵したように息を吐く。
彼女は『赤い廃墟』内に突如発生したモンスターの群れをひたすら避け続け、ようやく脱出することに成功したのだ。
一匹ずつの戦闘力は体格の割には然程ではなさそうだったが、とにかく数が多すぎる。
元々好戦的でもないクロエラは体力と魔力の温存を考え、自身の最大の強みである『スピード』を活かして何とか突破したのだった。
……そのせいで数値では計れない『精神的疲労』だけは溜まってしまっているが……。
「うーん……皆は『赤い廃墟』の次は砂漠に来たって言ってたけど……どう見ても砂漠じゃないよね、ここ……」
ともあれモンスターの群れを突破したことで少し気を取り直したクロエラは、改めて自分の現在地を見渡してみる。
毒々しい紫の煙を噴き上げている、これまた毒々しい紫の沼が点在し、ところどころに枯れた樹木や変色した岩の転がる――控え目に言っても『地獄のような』光景だった。
これを『砂漠』と称するには無理があるだろう。
「モンスターは――いないのかな? さっきみたいに隠れるとしたら、毒の沼の中だろうけど……」
ボコボコと泡立つ沼に目を向けるが、とてもではないが生物の棲める環境ではないとしか思えない。
もちろんモンスターであれば、毒が平気なものもいるだろうが……。
「どっちにしても、沼には近づかない方がいいかな。うん、空飛んで行こう」
超慎重派のクロエラは絶対に危険を冒さない――『賭け』に挑まざるを得ないような場合を除いて、基本的にはやはり臆病で慎重なのだ。
沼の隙間を縫って走ることは可能だが、モンスターが潜んでいないとは言い切れないし何よりも紫の煙を吸い込みたくない。
《エア・ストライド》を使って空を飛んで進むことを決めた。もし飛行型のモンスターがいたら、その時はその時だ。毒沼だらけの地上を進むよりはリスクは低いはずだと思い、空を進むことを決める。
そうして上空へとあがりより広い視点でフィールド全体を見渡すも……。
「……モンスターいない、かな……」
他に動くものが全く見当たらない。
上空からでは見落としてしまうくらいの小型モンスターがいる可能性は捨てきれないが、それはそれでクロエラの敵ではないレベルであろう――特殊能力だけには警戒が必要だが、どちらにしても地上にいるのであれば気にする必要もない。
「うん、良し。皆と早く合流したいし、このまま『出口』を探して抜け出しちゃおう!」
……若干『焦り』があることは本人もわかっている。
何しろガイア内部に来てからずっと仲間と会えず、一人で彷徨っていたのだ。
とはいえ、今は現実ではなく『ゲーム』の中だ。現実なら到底敵うはずのないモンスター相手でも互角以上に戦える、あるいは容易に逃げることができる。
心細くとも泣いている暇はない。
クロエラは気を取り直し『出口』を探そうと周囲を移動しながら見回してみた。
「……ん? あれは……?」
移動してすぐ、少し離れた地上に『異物』があるのが見えた。
毒々しい紫か枯れ果てた灰色と黒色しかない世界にあって、色鮮やかな深い青色――それにクロエラは見覚えがあった。
「………………うーーーん……見つけちゃったし、仕方ないか……」
数秒の間悩みに悩んだ結果、クロエラはその青色の元へと向かうこととした。
色々と尋ねたいことが『彼女』にはあった。
「あ――クロエラ君……」
「やっぱり君か、アルストロメリア……」
毒沼を避けるようにして地面で蹲っていたのは、青い髪の人魚――アルストロメリアであった。
「! それは……!?」
顔を上げたアルストロメリアを見てクロエラは咄嗟に警戒を強める。
彼女の胸元に抱えられた『黒い泥』――『白い洞窟』で追いかけまわされた謎尾存在を認めたのだ。警戒するのも無理はない。
しかし、アルストロメリアはその『黒い泥』がモンスターではなくユニットであることを既に知っている。
「ま、待って! クロエラ君! お願い……この子を――ゼラちゃんを助けて!」
「え……ゼラちゃんって――その黒いやつ!?」
ゼラのことを知らないクロエラは混乱するものの、アルストロメリアは泣きそうな顔で真剣に訴えかけてくる。
よく見ればゼラ――『黒い泥』は『白い洞窟』の時のような不気味な恐ろしさは微塵もなく、本当にただの『黒い泥』にしか見えないほどに衰弱している。
そしてアルストロメリアもまた、大きな傷は負っていないものの小さな傷はあちこちにあるしかなり疲弊しているようにクロエラには見えた。
「……助けるって言っても……」
正体不明の『黒い泥』にしても、アルストロメリアにしても、クロエラには治療系の魔法はない――アストラエアの世界で《ナイチンゲール》から得たものは、
ちなみに、この時の経験を活かしてクロエラが回復能力を得られないかは実験していたのだが、《ナイチンゲール》の特殊治療系……状態異常回復かつ散布系のものは
それはともかく、クロエラの使える魔法で癒せるダメージではないことは見てすぐにわかる。
アルストロメリアもクロエラの全能力は把握しておらずとも、回復系能力が希少なことは知っている。
「い、一緒に連れてってくれるだけでいいから……お願い……」
「……」
連れて行くだけならばバイクに同乗させれば済むし、アルストロメリアとゼラが増えたところでクロエラのスピードが落ちることはない。
それは構わないのだが、彼女は一度黙って姿を消したことが引っかかっている――しかもそれがクロエラがリスポーン待ちになったのと同タイミングなのだ。
彼女にやられたとは思っていないものの、その点だけがかなり気がかりではある。
「――アルストロメリア、最初の洞窟でボクが倒された時のこと覚えてる?」
「……ご、ごめんなさい……何か『ヤバい』敵と遭遇したことだけは覚えてるんだけど、それがどんな姿だったかとかは覚えてないの……」
――むー? 嘘はついてないとは思うけど……この子も覚えてないってのは……。
もしもアルストロメリア、あるいはゼラに襲われて自分が倒されたのであれば『覚えていない』ということはまずないだろう。それがたとえ背後からの不意打ちだとしても。
記憶に靄がかかったようにはっきりとはしないが、『白い洞窟』の中心まで辿り着いたことまでは覚えている。
そこで『何か』を見た記憶はあるのだが、それが『何』だったのかがどうしても思い出せない。
――……のんびりもしてられないし、道すがら話を聞ければいいか。
成果はあまりなさそうだが、自分の知らないことを知っているかもしれないという期待、というか打算もある。
何よりも、
「……わかった。君たちもバイクに乗って」
結局、クロエラはアルストロメリアたちの同乗を許した。
「あ、ありがとう! クロエラ君! そうだ、あたしたちが今までどうしてたかとか、色々話すから……」
「うん。色々と聞かせてもらうよ」
――それが運賃代わりってことで……まぁいいか。
流石に彼女たちの身の安全を優先することはしないが、同乗するだけならばさして邪魔にはなるまい。
情報と罪悪感を打ち消すために、クロエラは再びアルストロメリアたちと行動を共にすることになった。
「……このゼラ? って、何なの? ユニット?」
「う、うん。ユニット……みたい。言葉は喋れないんだけど、触るとこの子が何を考えているのかわかるみたい」
「へぇ?」
プルプルと震えるゼラに対して、『白い洞窟』の時のような危機感は抱かなかった。
抱きかかえたゼラを差し出すアルストロメリアにつられて、クロエラも恐る恐るゼラに触れてみる。
――それが、決定的だった。
「……っ!?」
クロエラがゼラに触れた途端、自分のものではない感情の渦にクロエラは呑み込まれてしまった。
――痛い。
――怖い。
――助けて。
――フランシーヌ、会いたい。
――助けなきゃ。
――アルストロメリア、着いていく。
「…………助けてあげなきゃ……」
ゼラに触れた途端、クロエラはどうしても『ゼラを助けなければ』という気になってきた。
もちろん、自分の仲間とラビのことが最優先であることは変わりないのだが――クエストのクリアよりもゼラを助けることの方が大事なことのように思えてきてしまっている。
しかし、『ゼラの感情を伝える』というこの魔法には、本人にも――そしておそらく『ゲーム』運営にも――意図していない隠された効果があった。
ゼラの抱く感情が強ければ強いほど、エンパシーを通じてそれが触れたものへと伝染していく。
今ゼラは激しく傷つき、恐れと不安、そして
また、ゼラ自身が自分の感情をコントロールすることが全くできておらず、全ての感情がないまぜになり激流と化して触れた相手へと止まることなく押し寄せていく。
「……ボクが助けてあげなきゃ……」
「そうだよね……あたしたちがゼラちゃんを助けてあげないと……」
もしもこの場にいたのが、ジュリエッタやウリエラたちであればこうはならなかっただろう。
感情を強烈な理性で抑え込めるものでなければ、エンパシーはゼラの感情を無理矢理他者に押し付けることとなってしまう。
感受性が強く、他者への共感能力の高いもの――言葉を選ばずに言うならば、『とても優しく』『他人の痛みを我がことのように感じる』傾向の高いものほどゼラへの共感が増していく。
この魔法に抗うには、感情ではなく理性を以て常に『合理的』に判断・行動することができなければならない。
……要するに、
「良し、アルストロメリア、ゼラと一緒に乗って!」
「うん。ありがとうクロエラ君。ゼラちゃん、あたしたちが守ってあげるからね……!」
《……》
震えるゼラから伝わる『感謝』の気持ち。
それが二人の心に染みわたり――ますます『助けなければ』という気持ちが強まってくる。
一度ゼラの感情に『感染』してしまったら容易に抜け出すことは出来ない。
共感し続けることによって延々と感情の無限ループにはまっていく――それこそがエンパシーの隠された効果である。
ゼラに悪意は一切ない。
他者を操ろうという意思も全くない。
なぜならばゼラ自身もエンパシーの効果を理解していないからだ。
しかし、ゼラの意思とは無関係にエンパシーは感情を伝染させる。
――これは、もはや悪意なき
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