第10章56話 Chaotic Roar 12. 永遠の黄昏

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《アルトバエル-I》からのレーザーの発射直前、戦場の別の場所にて。


「……っ!?」


 カエデの顔色が変わった。

 表情そのものに大きな変化は見えないが、他ならぬウリエラだからこそ小さな変化がわかる。


「みゃふふ、動いちゃっていいのかみゃー?」

「……」


 戦場を見渡すポジションをとっていたからこそ、カエデには《アルトバエル-I》が見えてしまったのだろう。

 ウリエラからは直接見えてはいないが、ルナホークがどのような意図で動いているのか、何を狙っているのかを察していたのだ。

 状況を突き崩す一角はルナホークである――ウリエラもそう思っていた。

 目の前のカエデから注意をそらさず、自分の『目』ではなく『耳』だけを頼りに状況を把握する……普通ならば到底行えないようなことであっても、ウリエラであれば頭をフル回転させれば可能だった。

 その結果、ルナホークが考えたのと同じ結論に至れたのである。

 そして今、望んだ通りにルナホークが正に一角を崩そうとしているのだ。

 カエデならば【消去者イレイザー】でルナホークの魔法を消し、アヤメを助けることは出来るだろう。

 しかし、その瞬間にウリエラもまた【消去者】を使いトウカの魔法を消してそちらを勝利に導くように動く。

 結局どう動こうとも、戦場の一角が崩れるのは『今』なのだ。




 《アルトバエル-I》のレーザーがルナホークごとアヤメを呑み込み――それでも止まることはなかった。


「くっ……!」


 空中から地上へと向けてレーザーを発射した《アルトバエル-I》が、そのまま空中で回転。

 カエデの方へと砲口を向けてきたのだ。

 おそらくそうなるだろうと予測していたカエデがついに動き、その場から逃げようとする。

 ――が、それが無意味なことであることは本人もわかっていた。


「ナイスすぎるみゃ、ルナみゃん! アニメート!!」


 ルナホークの放ったレーザーをアニメートで操作、逃げようとするカエデへと確実に命中させようとする。

 ……もしカエデがアニメートを使ったとしたら、おそらく逃げ切ることは出来たかもしれない。

 だがカエデにはその

 自分の知らない『敵』の情報は不確実だ。不確実なものに賭けるわけにはいかない。

 きっとそんな『理性的』な判断をしたのだろう、とウリエラは思う。


 ――みゅー……ま、気持ちはわかるんみゃけどなー。自分のことみゃし。


 仮に自分がカエデの立場だったとしても、きっと同じ判断をしただろうとウリエラは自己分析をする。

 考えても意味のないことだ。

 カエデは未知の敵ルナホークを恐れ、ウリエラは仲間ルナホークを信頼していた。その差だけは決して埋められるものではない。


「そのままやっつけるみゃ!」


 戦場の一角どころか、を倒せれば残りの戦場が一気に片付くかもしれない。

 逆に言えば、カエデを逃してしまったら戦いは長引く――ウリエラだけでなくルナホークもそれはわかっていた。

 だからこその《アルトバエル-I》によるアヤメとカエデの両取り――『少し欲張った』のである。

 ただのレーザーならば回避される、あるいは《ゴーレム》等で防御されるかもしれない。

 しかしウリエラがいる以上それは無理な話だ。アニメートによってレーザーの軌道を自在に捻じ曲げ、確実にカエデへと命中させることが出来る。




 ……この戦いの趨勢は、この一撃によって決まる。

 そうウリエラも、狙われている当事者のカエデも思っていた――




「!? な、なんみゃ!?」


 だが、もう少しでレーザーを当てられるというその時、突如横からウリエラへと飛び掛かる影が現れた。


「パートナー・ウリエラ!」


 現れた影は明確にウリエラを狙っていた。

 その正体が何であるかを推し量ることもなく、アヤメが消滅した瞬間にルナホークは全力でウリエラの元へと駆け付けようとしていたためギリギリ間に合った。

 『爆破モード』によるダッシュでウリエラにほとんど飛び掛かるような勢いで迫り、抱きしめると同時にその場を離脱。

 ほぼ入れ替わりに、現れた影の攻撃が先ほどまでウリエラのいた地面を深く斬り裂いた。


「……みゃ!?」

肯定ですアファーマティブ。そしておそらくアレは――」


 漆黒の狼――それが

 『狼人間』という表現は近いが正確ではない。

 先の言葉通り、本来四足で動く狼が無理矢理二足で直立しているのだ。


「危ないところだった……ありがとう、

「しまったみゃ……! 千載一遇のチャンスを……」


 突然の狼人間――自らの霊装『ソロ』と融合魔法ユニオンで一体化したユキヒコの乱入によって、アニメートで操作していたレーザーを外してしまった。

 カエデには掠りもしていない。

 彼女の言う通り、千載一遇のチャンスを逃してしまったと言えるだろう。

 もっとも、ルナホークが助けに入らなければよくて相打ち、最悪でカエデが生き残りウリエラが倒されるという取り返しのつかない状況になったであろうことを考えれば、ベストではないがベターではある。


「! ルナみゃん、離れるみゃ!」

「イエス、パートナー」

「ふぅ……ユキヒコも無理に追わないで」

『……わかった、姉ちゃん』


 すぐにお互いに距離を取り迂闊に攻めることはしない。

 下手に深追いすれば、隙を突かれる――特に単独での戦闘力の低いウリエラとカエデは、互いに攻撃の『手札』を手に入れた状態だ。

 互いに危険を冒す必要はない。特に、戦場の一角を崩したウリエラたち側はこれから押していくことができるのだから……。


「――いみゃ、違う!? ユキヒコがこっちに来たってことは――!?」


 ルナホークの策が上手くいったことが僅かな気の緩みとなってしまったことにすぐにウリエラは気付く。

 チナツと共にジュリエッタと戦っていたユキヒコがこの場に現れたこと、その意味をも。




「ふん。おらよ、こいつジュリエッタは返すぜ!」


 少し離れた場所でチナツがそう言うと、片腕で捕えていたジュリエッタを放り投げ捨てる。


「ジュリみぇった!?」


 投げ捨てられたジュリエッタはそのまま受け身を取ることもできず、地面へと倒れ伏す。

 全身はズタボロになっており、メタモルでの回復も追いついていない状況だった。


「くぅ~……!! みんみゃ! 集まるみゃ!!」

「こっちも全員集合ー」


 状況がかなり変わった。

 ルナホークがアヤメを倒したこと自体は朗報なのだが、ジュリエッタが敗北したことはそれを打ち消すほどのマイナスだ。

 数の上では相変わらずウリエラたち側が負けている。

 そして、表面上『互角』で戦えていたのは、ジュリエッタが一人でチナツとユキヒコを抑え込んでいたからに他ならない。

 肝心のジュリエッタが倒れた以上、もはや分散して戦っていても勝ち目はない。

 ウリエラ、そしてカエデが互いの仲間に集合を呼びかけると、全員が状況を把握。素直に集合する――ナデシコだけは若干怪しいところはあったが。


「うぐ……ごめ……皆……」

「喋らないでください! サモン《ナイチンゲール》!」


 ウリエラたちは倒れたジュリエッタを中心に集合。カエデたちはそこから離れた位置に集まっている。

 体力が辛うじて残っている、と言った状態のジュリエッタだがまだ意識は残っていた。

 メタモルで治すにしても『肉』が不足し始めているのだろう、と判断したヴィヴィアンは迷わず《ナイチンゲール》を使いとにかく治療を始める。

 ジュリエッタがリスポーン待ちになったわけではない、そのことは朗報ではあるのだが――


 ――……みゃ……!?


 そこに不自然さをウリエラ、そしてサリエラは感じ取っていた。

 とどめを刺す時間がなかったというわけではない。

 チナツであれば、ジュリエッタを放り投げる前にとどめを刺すことは簡単にできただろう。

 とどめを刺さなかった。そうとしか思えないが、意図が全くわからない。

 ここからジュリエッタが復帰したとしたら、数の上での不利もなくなり『仕切り直し』になるだけだ――そして、ルナホークが自由に動けるというアドバンテージはかなり大きい。彼女の能力であれば、ユキヒコを抑えつつ各種兵装で仲間の援護を並行して行うことも可能だ。


 ――余裕? それとも…………?


 とどめを刺さなかっただけではない。

 今、わざわざ互いに合流を許す必要もなかったはずだ。

 相手を倒すのであれば、ジュリエッタが欠けた『穴』をチナツが突きつつ戦闘を続けた方が圧倒的に優位に立てたはずである。


 ――こいつら……、ってことみゃ……?


 導き出される結論としては、そうとしか考えられない。

 つまりは、『時間稼ぎ』だ。

 ……そうすることに一体何のメリット、否『目的』があるのかは全くわからないが、不可解で不合理な動きの理由はそれで説明がつく。

 一番の謎が全く解けないのは相変わらずではあるが……。


「――さて、残念だがここまでだな」

「!? 何を――」


 向き合いつつも動こうとしていなかったチナツがぽつりと漏らす。

 彼の言葉に、他のメンバーも小さく頷くと共に陣形を変える。

 モミジを守るように他のメンバーが『壁』となる。


「「……あ」」


 その陣形を見て、ウリエラとサリエラは自分たちのにようやく気付いた。

 敵の中で最も警戒すべきは、【消去者】を持つカエデでも無数の召喚獣を呼び出すトウカでもない。

 ことに……。


「にゃはは。まー、ちょこっとだけ『ズル』かとは思うんにゃけどにゃー」

「最後の最後だからネタ晴らしすると――私たちは貴女たちと違って、使

「つかえるー!」


 その言葉を聞いて、ウリエラたちは自分たちの考えが正しいこと、そしてを確信してしまった。


「悪いな。からかってたわけじゃねーんだが……結果的にそうなっちまった」


 チナツが申し訳なさそうに――演技ではなく本気で申し訳なく思っているのであろう、最後にそう謝罪する。


「だが、これも『マム』の命令なんでな。

 ――俺たちも含めてな」


 そう言ってモミジへと合図を送り、モミジが頷くと共に右手を真上へと掲げ、叫ぶ。


「【贋作者カウンターフェイター】――《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》にゃ!」


 無数の星々が周囲に現れ、ウリエラたちを取り囲む。

 【贋作者】ということは元の7割の威力ではあろうが――それでもユニットを倒すには十分すぎるほどの威力と物量なのは間違いない。


「う、うりゅ……どうにかならないにゃ!?」

「無理だみゃー……ギフトは【消去者】で消せないみゃ!」

「くっ、こんな……!?」


 本来であれば、サリエラは【贋作者】を使っても《エスカトン・ガラクシアース》を使うことはできない。

 なぜならば単純に魔力が足りないからだ。

 アリスの全魔力を超える量の魔力を使って実現しているため、7割に減ったとしてもサリエラの魔力量を優に超えてしまうからである。

 しかし、モミジにはそれが使える――なぜならばこちらは使から。

 ……なぜモミジこそが最優先で倒すべき相手であったか。

 その理由は、モミジが最強の攻撃魔法の使い手であるアリスの魔法を再現できるから、である。

 流石に魔力無限までは想像していなかったが、神装を使われれば危ういことになるのはわかりきっていたはずだ――が、全員がバラけて戦っていたこと、モミジの【贋作者】をサリエラが相殺できるから……と無意識のうちに警戒を緩めてしまっていたのだ。

 結果、無限の魔力を実は持っていたモミジは、彼女たちの想像を超える最大最強の魔法をも【贋作者】で再現してきた……。


「うふふっ♥ それでは皆様、良きを」


 トウカの一礼と共に、無数の星々がウリエラたちへと殺到し――




「終わったな」


 ウリエラ、サリエラ、ガブリエラ、ルナホーク、ヴィヴィアン、そしてジュリエッタ――

 6人は地に倒れ伏し完全に意識を失っていた。

 ガブリエラとルナホークがわずかに抵抗したものの、《エスカトン・ガラクシアース》によって完全に沈黙していた。

 細かい策も何もかもをも踏みにじる圧倒的暴力の前に、誰一人として為す術はなかったのだ。


「うん。終わった。後は――」

「『マム』に全部お任せにゃー♪」

「本当に……本当に残念だけど……」

「ええ、残念ですわね。けれど、これも全て『マム』の意思――わたくしたちは従う他ありませんわ」


 そう最後に言うと共に、5人の身体が崩れ――土塊へと戻っていく。

 その直後、彼らの足元から黒い『影』が地を覆いはじめ、気絶したウリエラたちを呑み込み――




 『黄昏の荒野』にはただ静けさだけが残るのであった。

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