第10章54話 Chaotic Roar 10. "終わりの世界"と"終わりを齎すもの"

*  *  *  *  *




 私とミトラ、そしてフランシーヌはケイオス・ロアが『黒炎竜』の足止めをしてくれている間にヴォルガーケロン内部へと突入していた。

 ヴォルガーケロン内部は、半ば想像していた通り――『生物の体内』という感じはなく、溶岩滾る洞窟という感じであった。

 まぁやつの『肉』が岩、『体液』が溶岩ってことなのかな。その解釈であれば、体内であることに違和感はないが……そんな生物が存在するのかって話は置いておいて。

 心配していたブレスとか、口から吐き出すタイプの攻撃もないようでそこは一安心だ。




 ただ、妨害が全くないわけではなかった。


”数が多い……!”


 ヴォルガーケロン内部にいる『抗体』というか『寄生虫』というか……どんな関係なのかわからないけど、無数の小型モンスターが侵入者である私たちに次々と襲い掛かってきていた。

 真っ赤な甲殻に包まれ、巨大なハサミを備えた――人間大のサイズの『カニ』とか『ザリガニ』みたいな甲殻類のモンスターが非常に多い。

 それらに紛れて、かつてムスペルヘイム戦の時にも現れた『生きた溶岩』であるマグマドロンも混じっている。

 一匹ずつの戦闘力は大したことはないんだけど、とにかく数が多い上に見た目通り結構硬い。

 その上、外に比べたらやはり体内ということもあって動きはかなり制限されてしまう――それでもかなり自由に動けることには変わりないんだけど、敵はお構いなしに壁床天井……ありとあらゆる場所から湧いて出て襲い掛かってくる。

 強さではなく物量で押しつぶしてくる……やはりこのクエストの難易度は相当なものだ、そう私たちは思っていたんだけど……。


「ふん、この程度」


 全く足を止めず、フランシーヌは駆け抜けながら槍を一閃。

 振るった槍の軌道に沿って赤い『血』の刃が嵐となって一気に周囲を薙ぎ払う。

 それに巻き込まれたカニたちはあっさりと斬り裂かれていく。

 とはいえ全身を硬い甲殻に覆われた姿だ、サイズによってはギリギリ耐えているものもいるが……。


「ブラッディアーツ《血風演舞ブラッディストーム》」


 甲殻の隙間から入り込んだ『血』が、内部からズタズタに引き裂いて行く……。

 溶岩の塊そのもののマグマドロンであっても例外ではない。

 『血』そのものはあっという間に乾いてしまっているが、血液の持つ成分? が残っているためか、それらもブラッディアーツによって操られ凶器と化している。


「【吸血者ブラッドサッカー】!」


 その上、相手にダメージを与えただけで体力・魔力をギフトで吸収するため全く止まることがない。

 血の刃の嵐を常に周囲に発生させ続け、その血に触れただけでほぼアウトな即死攻撃を繰り出し続ける……。

 さっきの『黒炎竜』の血は吸えなかったみたいだけど、今回のカニとか(血が流れてるとは到底思えないけど)マグマドロンからは吸えるみたいだ。

 ……ユニット相手には使えないと言っても、バランスブレイカーにもほどがある能力だと思う。

 『黒炎竜』みたいなわけのわからない相手以外だったら、対モンスター戦だったら超巨大モンスターであっても時間をかければ単独で撃破してしまえるくらいだろう。もちろん、一撃で体力を消し飛ばすような超火力や、肉体の損傷についてはブラッディアーツといえどもどうしようもないとは思うけど……。

 若干遠距離攻撃は苦手っぽいが、ギフトの通用する相手であれば無補給で活動可能。かつ自身への強化能力も高い上に体内に血液を送り込めさえすればほぼ即死可能な能力もある……。

 ……今考えることじゃないけど、もし彼女と真剣勝負をするとなると、かなり苦戦を強いられることになるだろう。というか、下手をすると負けるかもしれないとさえ思えてくる。

 『味方』である今は頼もしいことこの上ないけど。




 ともかく、内部の敵をフランシーヌはものともせずに蹴散らしながら先へと進んで行く。

 しばらくそのまま進んで行くと――


”! ケイがやられた……!”


 ずっとだんまりだったミトラがケイオス・ロアが倒れたことを告げた。

 ……彼女一人に任せてしまったこと、他に方法がなかったからとはいえ本当に申し訳なく思う。

 が、ここで足を止めてしまっては彼女が残ってくれた意味がなくなる。


「――このまま進むわよ!」

”うん、頼む。フランシーヌ君”


 フランシーヌもミトラもわかっているのだろう。

 躊躇うことなく先へと進み続けてゆく。

 ますますもって、運ばれているだけの我が身が不甲斐なく思えてきてしまう……嘆いても仕方ない、と何度も思っているけど……。


「ロアのおかげで大分時間は稼げたわね……二人とも、後ろの警戒をお願い!」

”わかってる!”


 細かい状況はミトラも聞いていないのか私たちに伝えてこないが、十中八九『黒炎竜』によって倒されたのだろう。

 そうなるとヤツもヴォルガーケロン内部へと潜り込んで私たちを追って来ないとも限らない。

 流石に外よりはヤツも自由に動けないだろうけど、こちらはフランシーヌ一人で戦わなければならないのだ。さっきよりもかなり苦しい戦いになるのは目に見えている。

 希望として、このままヤツが追いつけないうちに『出口』へと到着して先へと進む。

 一番いいのはケイオス・ロアがリスポーン後に追いついてきてから一緒に……なんだけど……。

 ミトラが最速でリスポーンしたとしても、『黒炎竜』を追い越して私たちに追いつくは流石に不可能だと言わざるをえない。

 ……『黒炎竜』に追いつかれないかという心配はあるが、それ以上にこの先誰とも合流できなかったらフランシーヌ一人に任せなければならないという不安の方が勝る。

 背後からヤツが追って来ないかをびくびくしながら監視しているが、未だ姿は見えない。

 時間稼ぎが実ったこと自体は嬉しいが……。


「! 見えた!」


 そのまま更に進み続けていると、『出口』の光が見えてきた。

 結構進んだとは言え、空中で移動した距離に比べれば大分短いと思うんだけど……いや、まぁモンスターの体内のことを言っても仕方ないか。普通だったら消化されてしまうだろうしね。


”……あのモンスターは追って来る様子はない。けど、ケイも流石に追いつけないか……”

「……待っていても先にあいつが来る可能性の方が高いし――どうするの? あんたたちの決定に従うわよ」


 どうやらフランシーヌは決断を私たちに委ねるようだ。

 彼女は使い魔もいないし完全フリーだ。

 かといって一人で戦い抜くことは不可能ではないかと思っているようだし……本当にどうすればいいのか迷っているのだろう。


”……ボクとしてはケイを待ちたいところだけど――流石にちょっと無理があるからね。他の仲間と合流できることを願って、先へ進んだ方がいいと思う”

”だね。私も進むしかないと思うよ。

 でもちょっとだけ待って。皆に連絡してみる”


 そう、『お祈り』しておく以外にやれることがないのだ。

 これで誰とも合流できず、ガイアのコアとの戦いになったり、あるいはこの灼熱の大地みたいに超巨大モンスターが闊歩していたりするようなら厳しいけど……。

 もうそろそろ終点なのではないかという確証はないが予感はある。

 他の皆も結構進んで来たはずだし、終点で集合できる可能性は少なくはないと思う。

 フランシーヌには突入は少し待ってもらい、私は遠隔通話をしてみることにした。

 ――が、様子がおかしい。


”…………通じない……?”


 返事がない、というのとはちょっと違う。

 以前にも何度か似たようなことがあったが、携帯電話で例えるなら『電波が入っていない』時みたいな感じかな。

 ガイア内部に入っても今まで通じていたのにこのタイミングで、というのが物凄く嫌な感じだ……。

 果たしてこれがガイア内部固有の出来事なのか、それとも皆の身に何かが起こっているのか……どっちなのかも判断が付かない。


”ラビ君の方も? ボクもオルゴールたちと連絡が取れなくなっている……”

”そっちもか……”


 ふーむ?

 ……あ、そうだ。


『”クロエラ、今会話できる?”』


 私が呼びかけたのはウリエラとサリエラだったが、彼女たちに通じないということは一緒にいたヴィヴィアンたちも同じだろう。

 だったら、まだ合流していなかったクロエラならばどうだろうと思って声を掛けてみたんだけど――


『ボス? う、うん。今は大丈夫だよ』


 クロエラには通じるのであった。

 ……となると――ヴィヴィアンたちの方に何かが起こったと考えた方がいいだろうか? それとも、ヴィヴィアンたちが大分先に進んでいて、終点に近づいたことで私と彼女たち間で連絡が取れなくなっているのか……。

 考えてもわかることではないが、こういう場合は『悪い方』を想定して動いた方がいいだろう。


『”良かった。簡単に状況を共有しておくね”』

『了解。ボクの方も伝えておくね』


 いつ『黒炎竜』が来るかわからない。

 折角稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない、と手早く情報交換をする。

 私のことと、ヴィヴィアンたちと連絡が取れなくなったこと……。

 クロエラの方はというと、モンスターに囲まれた『赤い廃墟』から抜けて毒沼に覆われたフィールドにやってきたとのことだった。

 そしてそこでアルストロメリアと再合流した……とのことだ。

 むぅ……ちょっと詳しく話を聞きたい気持ちもあるが、お互いそこまで時間のない身だ。これと言って問題が発生したわけでもないようだし、『わかった』とだけ言っておくしかない……クロエラからも特に付け加えてくることはなかったし。


『……ボクの方ももしかしたら連絡がつかなくなっちゃうかもしれないね……』

『”うん……何があるかわからない。気を付けて”』

『わかった。というより、ボスの方こそ気を付けてね』


 仰る通り……。

 まぁ気をつけようもないってのが正直なところなんだけどさ……。


”ごめん、時間を取らせちゃったね。遠隔通話が通じる仲間と話はできたよ”

”ボクもだ。どうやら、ラビ君のユニットと一緒にいるようだね”


 ミトラの方もアルストロメリアと話していたみたいだ。まぁ当然か。

 ……となると、オルゴールとは通じずアルストロメリアとは通じる……私と似たような状況ってことになる。

 個人の問題の可能性もあるが、フィールドそのものの問題の可能性も高くなってきたな……やっぱり考えてもわからないんだけど。


”そういえば、フランシーヌの仲間の方は?”


 今更ながらにそのことに思い至る。

 彼女も使い魔はいないにしても、他のユニットと共に来ていないということはないはずだ。もしかしたら単独で来たのかもしれないけど……。


「無事、だと思いたいんだけど……うーん、あの子のよねー……だから遠隔通話はそもそも持ってないのよ」

”そ、そうなんだ……”


 言葉を話せないってことなんだろうか? デリケートな話かもしれないし、深くは突っ込むのはやめておこう。

 ともかく、フランシーヌの方の仲間については全く状況がわからないということだ。


「じゃあ、あいつが追いかけてこないうちに先に進むわよ? いい?」

”ああ、頼む。フランシーヌ君”

”うん。お願い!”


 これ以上ここに留まってあれこれ考えても話は進まない。

 覚悟は決まった――という程のことではないが、『進む』以外の選択肢はどっちにしてもないのだ。


「よし、行くわよ!」


 このクエストの終わりは近い……。

 それは希望的観測でもあるかもしれないが、その予感があった。




 ……『神々の古戦場』――そのワードの意味は相変わらずわからないままだったが……。




*  *  *  *  *




 灼熱の大地の『出口』の光を潜った後――私たちは新しいフィールドへとやってきていた。


「……なに、ここ……?」


 さっきのようにフィールドそのものが危険な場合もある。

 フランシーヌは強化魔法を解かずに『出口』へと飛び込んだのだが……。

 特に危険はなさそうではあるが、さっきまでとは違う意味で『異様』なフィールドだった。


”『月面』……? いや、違うか……?”


 ミトラも、もちろん私も困惑している。

 彼の言う通り、私たちがやってきたのは正に『月面』とでも言うべき場所だった。

 延々と灰色の大地が広がり、空には星一つない夜空が広がっている。

 視界は悪くないし暗くて物が見えないなんてことはないんだけど……寒々しい、『死』の世界……とでも言う感じである。

 角度の問題なのか、それとも他の星同様に存在しないせいなのかはわからないが、『月面』から見る地球もない。

 ……だから『月面』に似てるけど違う場所だということは想像がつくんだけど……。


「今までの傾向からすると、これも星の歴史の一部だとは思うんだけど……」


 フランシーヌの困惑は別のところにあるようだ。

 灼熱の大地での推測――ガイア内部のフィールドは『星の歴史』を象ったものであるというものだ。

 その推測が正しければ、この何もない『死の大地』もまた歴史の一部なんだろうけど――確かにこんな状況、私の知る限りの歴史には存在していないと思う。

 砂漠化どころの話じゃない。大地そのものが『死』んでいる……そんなように感じられる。

 ――でも、何だろう……? 私、……。

 『ラビ』として転生する前に見た三途の川的な何かとか……? いや、もっと最近に見たような……?

 くそ、このクエストに入ってからこんなことばかりだな……!


”何が来るかわからない。『出口』を早めに探そう”

「そうね。ロアがいないから足で探すしかないか……」


 ……? 今、何かがあったような……?


「…………は?」


 違和感の正体を探る余裕すらなかった。

 進もうとしたフランシーヌが足を止め、呆然と前を見ている。


”……え!?”


 同じく、私たちも目の前に集中し――を見た。


”あ――!?”


 そう……そこにいたのは、私の良く知るありすそのものであったのだ。

 一体いつの間に現れたのか――いつか私がありすに感じた印象『影法師』のように、目の前に現れていた。

 でもがありすであるはずがない。

 なぜならば、彼女の特徴の一つでもある薄い紫の瞳ではなく、禍々しい黄金の瞳をしているからだ……!


「恋墨ありす――じゃないわね。あんた、一体……!?」

「……」


 私たちの前に立ちはだかるありす――いや、偽ありすは問いかけには答えず、私にとってを取り……。


「エクストランス」

”!?”


 その姿が変わった。

 いつもの変身の掛け声だが、現れたのはいつもの『アリス』の姿ではない。

 ありすの見た目は変わらないまま、着ている衣装が変わっている。

 真っ黒のとんがり帽子に、同じく真っ黒のマント。手には丸くて赤い宝石のついた杖……。

 絵に描いたような『魔女』の姿である。

 ……そういえば以前『アリス』の由来について聞いた時、『魔女』の姿があったと聞いた覚えが……。


「……!? 拙い、わね……ラビ、ミトラ! 絶対にあたしから離れないで!」


 見た目だけなら『ハロウィンのコスプレ』でしかないのだが、フランシーヌは何かを感じ取ったらしい。

 すぐさま槍を構えながら後ろへと飛び退って距離を取り、油断なく偽ありすと対峙する。

 ……いや、フランシーヌが感じているものが私にもわかった。

 偽ありすのマントから地面へと伸びた黒い影が、まるで炎のようにゆらゆらと揺らめきながら徐々に広がっていた。

 こちらまでは伸びて来ず途中で止まりはしたものの、偽ありすの周囲を守るように黒い炎が揺らめいている。


「ん、

”……っ”


 偽ありすの黄金の瞳が、私の方を真っすぐに見つめている。

 ……瞳の色が変わっていても、その顔、表情は私の知るいつものありすそのものだった……。

 そして、偽ありすが左手を前に伸ばし、言う。


「わたしと一緒にきて。

 そうすれば、

”……!”


 いつもの感情の読みづらいぼんやり顔のまま、偽ありすはそう言った。

 言葉の意味はわかる――わかるけど……!


「悪いけど、偽物にはラビは渡せないわね!」


 フランシーヌは怯まない。

 『他の人は見逃す』――つまり、戦っても勝つ自信があるということだ。

 ……ある意味で挑発ともとれるだろう。

 それを聞いてフランシーヌも少し頭にきているのかもしれないし、言葉通り私を渡して自分だけが助かるというのを良しとしていないのかもしれない。

 偽ありすは槍を向けられていても表情は変わらず、かくんと首をかしげる。

 ……その仕草は、どこからどう見ても私の知るありすそのものだ……!


「んー、わかった。じゃあ『じつりょくこーし』する」


 へ……?


「ちょっ……!?」

”こ、この魔法は……!?”


 偽ありすの呟き――魔法の発動キーワードと共に、真っ暗闇の空に無数の星々が輝き出す。

 この魔法に、私は見覚えがあった。


”ふ、フランシーヌ! !!”

「《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》」


 わ、私ごと吹っ飛ばすつもりかよ!?

 アリスのものと遜色のない、煌く破壊の星々が――死の大地に更なる死を齎さんと降り注いできた……!!

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