第10章53話 Chaotic Roar 9. 混沌の咆哮(後編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケイオス・ロアと『黒炎竜』の最終決戦は、意外にも『互角』の勝負となっていた。
とはいえそれは、『時』を操るケイオス・ロアが相手になっているからこそとも言える。
――くっ、加速しても減速させても食いついてくる……!
魔力の消費が多いという欠点はあれど、大半のモンスター相手であれば完封できる能力である『時間操作』を使ってようやく互角――
もしこの能力を早めに使っていればフランシーヌと力を合わせて撃破できたのでは、と思いたくもなるがそういうわけでもない。
自分自身以外の時間操作をしようとすれば、対象ピンポイントではなく『一定範囲』をどうしても巻き込まざるを得なくなってしまう。あるいは、ピンポイントで能力を発揮したとしても、対象に触れれば巻き込まれてしまう……。
あまりにも強大な『時間』を操るという利点に対する欠点を持ち合わせているのだ。
魔力消費の量も鑑みれば、トータルではマイナスになっているとも言える。だからこその、使いどころを注意深く見極めなければならない『切り札』なのだが……。
『黒炎竜』は、ケイオス・ロアの『切り札』を身体能力一本でねじ伏せているのだ。
自身が減速したとしても、相手が加速したとしても、彼の者のにとっては関係ない。
目に映る相手へとひたすらに食いつき滅するのみ。
時間の加減速とは言っても、主観としては単に『相手の動きが速い』と映るのみである。
ならばやることに何の変わりもない。
『黒炎竜』の考えはシンプル極まりなかったが、ケイオス・ロアにとってはこの上もなく『やりにくい』相手である。
「オペレーション《ブリザードボルト》!」
動きを封じ込めるあるいは自分の補助に《クロノア》を使い、飛行能力と攻撃全般を《アラマキ》に任せるというバランス自体は悪くない組み合わせだ。
しかし、《アラマキ》の火力では『黒炎竜』には全くダメージを与えることができていない。
『黄金竜』の時よりも甲殻がなくなった分防御力が低くなったと思いたいが、全くそのようなことはないようで、以前ならば多少は揺らいだ《ブリザードボルト》も小石が当たった程度にも感じていないようだ。
――『時間稼ぎ』は出来てるけど、このままじゃ……!
最大の目標は達成できるだろうとは思う。
だが、最終的には『黒炎竜』を倒さなければならないというのに、このままでは到底勝ち目がないというのも事実。
少なくともケイオス・ロア自身とフランシーヌだけでは
勝つ方法は、とにかく『戦力を集める』以外に思いつかない。
ケイオス・ロアが知るところであれば、仲間であるBPの大火力が最低でも欲しいところだが……。
――それでも勝てるかわからない……!
BPに限らず、オルゴールやアルストロメリアのことは仲間であるし信頼している。
その実力もよくわかっているし、実際に互いに何度も助け合ったこともある。
なのに、彼女たちがいたとしても『勝てる』という気に全くならない――もはや『強さ』という次元で語れない存在なのではないか、そんな気さえ湧き上がってくる。
――……ダメだダメだ! 弱気になるな、あたし!
かつてない相手に焦燥感から弱気になってしまう自分を叱咤し、それでも単身で『黒炎竜』へと立ち向かってゆく。
――良し、時間は十分に稼げたみたいね!
ひたすら『黒炎竜』の動きを牽制し、自分自身がやられないように立ち回り続けていた時、ミトラから遠隔通話がやってきた。
ヴォルガーケロンの内部に突入、
いかに『黒炎竜』といえども、ここから追いつくにはかなりの時間を要することになるだろう。
……それはケイオス・ロア自身も同じではあるが。
――強制移動も使えないし、自力で追いつくしかないんだけど……果たして同じフィールドに行けるかしら……?
『黒炎竜』の動きを完全に封じること自体は可能だ。
相手の時間を完全に停止する魔法が《クロノア》にはある――時間停止した相手に対しては、一切の干渉ができなくなるので本当に足止め以上の効果はないのだが。
しかし、停止可能な時間は完全回復している状態であってもわずか10秒程度。
10秒で追いつかれないほど距離を離すことは不可能であろう。
では《クイックタイム》で加速か《メタ・スワンプ》で減速している間に……とも思うが、それも不可能だ。
あえて選ぶのであれば加速の方だが、こちらもやはり魔力消費量の問題で追いつけないほどの距離は稼げない。
結局、一人残って足止めを選んだ時点で合流は諦めるしかなかったのだ。
――賭けではあるけど、少なくともフランは信用できると思うし……後は運を天に任せるしかないか。
本来ならば絶対に選ばない選択肢ではあるが、それ以外に道はなかった。
短い時間の共闘ではあったが、フランシーヌに任せても良いだろうとまでは思っている。ミトラも結局は反対しなかったのだ、きっと同じ気持ちでいるだろう。
先へと進んだフランシーヌが別のモンスターや障害に阻まれる可能性はゼロではないが、それはいくら考えてもわかる話ではない。
だからケイオス・ロアは、目的を達成した今は自分自身のことを考える他ない。
最悪リスポーン待ちになっても構わない――ミトラが復活させてくれさえすれば、数分間のラグはできてしまうが先へと進むことが出来る。
その数分間で『黒炎竜』が先行したとして、追いつくことは不可能ではないだろう。ヴォルガーケロンの内部は外に比べれば狭く、『黒炎竜』のジェット噴射で進み続けることはできないだろうとミトラから聞いてもいる。
――ここからはこいつを邪魔しながら、あたしも『出口』を目指す……それしかないか。
ここまでの攻防で、やはり『黒炎竜』を倒しきることはケイオス・ロア単独では不可能だと結論付けざるをえなかった。
悔しいと思う気持ちはあるが『拘り』はない。
クエストのクリア――それこそが最優先なのには変わりないのだ。
……ただ、クエストのクリアのためには全員で協力が必要なのではないか、というフランシーヌと同様の考えがないわけでもない。
いずれにせよ、この灼熱の大地を抜けた先で考えるべきことだろう、とケイオス・ロアは頭を切り替える。
『出口』の先が1つしかないとしても、『黒炎竜』だけを先に行かせて自分が踏みとどまる理由などないのだ。
「あんたとの決着――また今度ね」
アリスにしろ『黒炎竜』にしろ、そしてフランシーヌにしろ、後回しになっていることがどんどんと増えていくが仕方のないことだと割り切る。
アリスたちについては後日改めて邪魔の入らない形で、ということはできるが……。
《……オイツケナイ、カ》
「……くっ……こいつ、どこまで……!?」
『黒炎竜』はまるでミトラたちの現在位置がわかっているかのように『追いつけない』と呟いた。
言葉を発することからして異常な存在だ。
しかも何もかもを見透かしているような雰囲気も感じられる。
だが、それ以上にケイオス・ロアには引っかかることがあった。
――こいつのこの雰囲気……
声が歪んでおり聞き覚えはないものの、その口調や雰囲気に何か引っかかりを覚えているのだ。
その引っ掛かりの正体を探る余裕はない。が、無視し続けていいものかは心の底では迷っている。
《ケッチャクハ、マタコンド――オマエ、ニ、
「!? 何を――」
《■■■■■■■ 《■■■■■■》》
「…………は?」
『黒炎竜』の言葉に一瞬ケイオス・ロアは呆気にとられ――
「!? な、
その意味も、自分が何をされたのかも理解する間もなく、瞬時に間合いを詰めてきた『黒炎竜』の強烈な一撃を受け……。
「――ッ!!」
ケイオス・ロアは足元のヴォルガーケロン胴体へと叩き落されていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くっ……
直撃を受け、高所から叩き落されたケイオス・ロアではあったが意識を失うことはなかった。
それが幸いし、落下の直前に自身に《リカバリーライト》を使うことで回復――落下のダメージだけで済むことは出来た。
しかし、体力は大幅に削られてしまった上に衝撃で全身がバラバラになりそうな痛みを受けてしまっている。
苦しそうに喘ぎながらも、必死に立ち直ろうとするケイオス・ロアへと向かって、『黒炎竜』――
「なっ……こいつら……!?」
存在を忘れていたわけではなかったが、いつの間にかヴォルガーケロン外部をほぼ完全に覆うまでに増殖していたことには気づいていなかった。
そして、自分たちではなく『黒炎竜』とヴォルガーケロンに対して積極的に襲い掛かるものだとばかり思い込んでしまっていた。
考えの迂闊さに内心で舌打ちするものの、状況は最悪なのには変わりない。
すぐさまその場から飛び去ろうとするが、
「ぐぁっ……!?」
飛ぼうとした瞬間、見た目からは想像もつかない俊敏さでスライムが伸び、ケイオス・ロアの足を掴んで地面へと叩きつけてくる。
――……
掴まれた部分が異様に熱い。
火に近づいた時のような熱さではなく、傷口が熱をもっているかのような……体の内側から痛みを伴う熱を感じている。
しかも、柔らかそうな見た目に反して赤黒いスライムの力は異様に強かった。
「この……っ!?」
振り払って逃げようとしても、掴まれた足を動かすことができない。
上空の『黒炎竜』がすぐに迫ってくるであろう状況で、その場から動けないというのは『最悪』としか言いようがない。
赤黒いスライムを焼き払うにも、今の属性ではできない。
咄嗟に《
「くっ……ぐぅ……!?」
手から腕、肩へと這い上がろうとするスライム。
身体を襲う熱を伴う激痛に堪えようとするが、すぐに『異変』に気付く。
――両腕の感覚が……消えていく……!?
激痛はわずかな時間だけ。
すぐに痛みは消え……同時に両腕の感覚そのものが消えていくことにケイオス・ロアは気付いた。
――まさか……
その事実に気付いた瞬間、ケイオス・ロアの全身に怖気が走った。
『攻撃される』『喰われる』というのとは次元の違う――『自分の身体』が全く別の存在に取り込まれ、いや
身体が根本から作り替えられてゆく、しかしそれは痛みを全く伴わず自覚症状もない。それが何よりも恐ろしく感じられる。
「逃げ、ないと……!!」
この赤黒いスライムから、そして迫りくる『黒炎竜』から――
しかし、ケイオス・ロアは身動き一つとることもできず――
《――ッ!!》
声なき『黒炎竜』の咆哮が赤黒いスライムの海を激しく震わせる。
それと共に、全身を激しい衝撃に襲われ――次の瞬間、ケイオス・ロアは自分が宙を舞っていることに気付いた。
――これは……流石にもうダメか……。
上空から飛び込んで来た『黒炎竜』がケイオス・ロアをカチ上げたのだ、とはすぐにわかった。
赤黒いスライムの拘束を手足を引きちぎる勢いでカチ上げて解いたのである。
……もちろん、四肢をもがれたケイオス・ロアにはもはや為す術はなく、体力もギリギリ残っている状態だ。
度重なる衝撃と痛みでもはや口を開く余裕すらない。
『ミトラ、リスポーンお願い……!!』
『”! ケイ……わかった”』
それでもまだ何とか頭は回る。
最後の力を振り絞り、ミトラへとこの後のことを託すしかない。
《オワリ、ダ……!》
そして宙を舞ったケイオス・ロアの胴体を鷲掴みにした『黒炎竜』が至近距離で咆哮――防御も回避もすることが出来ず、ケイオス・ロアは消滅していった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケイオス・ロアが消滅し、しばらくしてからリスポーンマーカーが空中に現れたのを確認した後、『黒炎竜』はその場から飛び去って行った。
まるでリスポーンの仕組みを理解し、ケイオス・ロアのリスポーンを確認していたかのように……。
そして、飛び去った方角も奇妙であった。
眼下の、ラビたちが突入していったヴォルガーケロンには目もくれず、まるで見当違いの方向――別のヴォルガーケロンが来てはいるがそれを狙っているわけでもない――へと……。
《また・けいかく・が・おくれた》
《……シカタナイ》
超高速飛行をする『黒炎竜』の背に、黄金の髪の少女がいつの間にか現れていた。
《でも・
《……ソノトオリ》
《らび・は・もう・もんだいない。あとは――》
灼熱の大地の空を舞う『黒炎竜』、そして黄金の少女は唐突にその姿を消した。
まるで最初から存在していなかったかのような不自然さで……。
後残ったのは、ヴォルガーケロンが噴き上げる溶岩の轟音のみであった。
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