第10章52話 Chaotic Roar 8. 混沌の咆哮(前編)
咄嗟にケイオス・ロアが立てた作戦は、こうだろう。
ケイオス・ロアにはどういう理屈かわからないけど、《メタ・スワンプ》のように相手の動きを鈍らせることが出来る属性がある。
だからそれを使って『黒炎竜』をとにかく抑えつける。
ケイオス・ロアが時間を稼いでいる間にフランシーヌが使い魔たちを連れてヴォルガーケロンの内部へ突入、このフィールドから脱出するための『出口』へと向かう。
……この役割分担になったのは、ケイオス・ロアやミトラにとっては苦渋の選択だったろう。
でも、ケイオス・ロアはリスポーンが可能だがフランシーヌは不可能。その差が決定的だった。
言葉は悪いが、ケイオス・ロアは復活できることを利用した『足止め』に徹してもらい、その間にフランシーヌが全力で使い魔を運んで先へと進む……ケイオス・ロアは倒されても倒されても食い下がってひたすらに時間を稼ぎ、いずれ追いつければよい。
二人はそう考えたのだろう。その上でのこの作戦なのだ。
”……”
物申したい気持ちはあったが、私が口を出せることじゃない。
言いかけた言葉を呑み込まざるを得ない。
「ラビ、もっとしっかり掴まって! 更に飛ばすわよ!」
”! う、うん!”
フランシーヌの叱咤に我に返り、ぎゅっと彼女にしがみつく。
そうだ、ここで私が振り落とされてしまったりなんかしたら、ケイオス・ロアのしようとしていることが無駄になってしまいかねない。
本人たち、そして使い魔であるミトラが納得して行動しているのだから、私は彼女たちの行動の邪魔にならないようにしなければならないのだ。
「ミトラっつったっけ? あんた、うちの
だから、あんたも変なことを考えるのはやめなさい」
”……いや、別にボクは――はぁ、わかってるよ”
胡散臭さというか怪しさで言えば、確かにミトラも、会ったことはないけど事情通らしいリュウセイもかなりのものだ。
どちらも『ゼウス』の候補者であることも共通している。
とはいえ、手元に自分のユニットがいない以上、ミトラが何かをやろうとしてもやれない状況ではあるとは思うけどね。私も同じくだけど。
「それに、ロアと話したわけじゃないけど――このクエスト、
”……”
私もミトラも積極的に返事を返せないけど、確かにそんな気はしてきている。
というよりも、あの『黒炎竜』がとんでもなさすぎるのだ。あいつ一匹いるだけで、このクエストの難易度が大きく跳ね上がっているというのも過言ではないだろう。
それに加えてヴォルガーケロンのような超巨大モンスターがガイア内部を徘徊している現状、『ゴール』にいるであろうガイアのコアも一筋縄ではいかないという予感もある。
……勝利できるのはただ一組。
だが、一組だけで攻略することは不可能――他のチームとの協力が不可欠、そんな難易度なんじゃないかと思えてくるのは確かだ。
「ま、あいつ以外が大したことないっていうんなら話は別だけど――とにかく、あいつを振り切ってロアと合流するまでミトラもあたしが責任を持って守るわ。もちろんラビもね!」
彼女の言葉に嘘はないだろう。
少なくとも私はそう信じる。
「ブラッディアーツ《
とにもかくにも、ケイオス・ロアが『黒炎竜』を足止めしてくれているのを無駄にするわけにはいかない。
フランシーヌが更に強化魔法をかけ、宣言通りの超スピードで一気にヴォルガーケロンの口へと飛び込んでいく。
……ユニット不在の使い魔二匹と、使い魔不在のユニット一人というちぐはぐな組み合わせの私たちは、この灼熱の大地を脱出するべく先へと進むのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「頼んだわよ、フラン……!」
全てを語らずとも理解してくれたフランシーヌへと、聞こえずともそう声をかけるとケイオス・ロアは目の前の『黒炎竜』へと集中する。
今『黒炎竜』はフランシーヌへと向けて突撃しようとしている姿勢のまま、
「……これで時間は稼げるはず。
後は、あたしがどれくらいもつか、ね……ま、フランたちが脱出するまでは稼げるつもりだけど」
消極的なのか自信があるのか、どちらなのか自分でもわからないと思いながらもケイオス・ロアは笑みを浮かべる。
時間稼ぎ――ラビの推測通り、ケイオス・ロアの狙いはそれだった。
『黒炎竜』を倒さなければどうにもならない、そんな想いはあるが、かといって倒せるとも到底思えない。
少なくともケイオス・ロアとフランシーヌの二人だけでは倒せない……そのことは悔しく思うも紛れもない事実でもあると理解している。
故に、今出来ることは『時間稼ぎ』しかない。
ミトラたちが灼熱の大地を脱出し、その先で仲間と合流できることを祈り――あるいは『黒炎竜』が追いかけていったとしても、同じタイミングでなければ別のフィールドに飛ばされることを願って。
――ま、その時はあたしもミトラに追いつけないかもしれないけどね……。
『黒炎竜』を足止めしながらもなんとか先行し、再度ミトラたちに追いつければ理想ではあるが難しいだろうとも思っている。
――ミトラが
全員が協力しなければ勝てない、そのことはやはりケイオス・ロアも薄々理解していた。
『ゲーム』の勝利自体、特に拘りはない――もちろん勝てるなら勝ちたいが――ため、このクエストを『クリアできなかった』よりは協力してクリアする方が良いと彼女自身は思っている。
ミトラも同様に理解していないとは到底思えないが、本音ではどう思っているのかはわからない。
フランシーヌの言葉ではないが、ケイオス・ロアもミトラのことは『胡散臭い』『怪しい』とは常々思っている。
……本来ならば『ゲーム』に復帰することができないはずの
特にアストラエアの世界での動きは確実に『裏』がある。オルゴールを通していたとはいえ、あまりにも事情を知りすぎていた。
それでも『恩』は感じているし、何よりも『再び「ゲーム」に参加したい』という自分自身の欲求があった。そのことを多少は後ろめたく思う気持ちもある。
だからこそ、ラビたちのためにも――そしてミトラに『余計な事』をさせないためにも、この場は自分で抑えるということを選択したのだった。
「……ほんと、あんたの方がよっぽど『混沌』だわ」
もう間もなく《メタ・スワンプ》の効果範囲から『黒炎竜』が脱出する。
そうなればすぐさまフランシーヌたちを追いかけることになるが――既に彼女たちはヴォルガーケロンの内部へと突入した後だ。
『黒炎竜』の視界から消えていれば、おそらくはケイオス・ロアを無視して動くということもないだろう、と予想している。
無視するのであれば、無視できないようにするまでだ。
それはともかく、『黒炎竜』を見てケイオス・ロアは呟いた。
『混沌』――全てがないまぜになり境界のない状態を指す言葉。
転じて、秩序のない乱れた状況を指す言葉でもある。
『黒炎竜』は正に混沌をこのクエストに齎す存在であった。
こいつさえいなければ、おそらくは誰がガイアのコアへと早く辿り着いて倒すか、という単純な話に終わっただろう。
しかし、『黒炎竜』が乱入したことで状況は常に『混沌』の方向へと進み続けている。
ガイア外部での乱入がなければ、ラビとアリスが分断されるということもなかったろう――ケイオス・ロアが知ることではないが、ガイア本体出現以前のこともある。あれがなければラビのユニットたちも分断されることはなかったかもしれない――し、今ユニット不在の使い魔と使い魔不在のユニットという異様な状況も起きえなかったはずだ。
――……狙いがわからないのが不気味だけど、やることには変わりないか。
ラビを狙っているのではないか、という疑いはあるものの確定と言えるほどではない。それに
意図はわからずとも、だからと言ってケイオス・ロアが今やるべきことに違いはない。
フランシーヌたちのために時間を稼ぐ、そうすることこそがクエストのクリアへと近づく『正しい道』なのだと信じて。
「オペレーション《クイックタイム》!」
『黒炎竜』が《メタ・スワンプ》の範囲から外れ、再び高速移動をしようとした瞬間を見極めケイオス・ロアが自身へと強化魔法をかける。
「行かせないっつってんでしょ! オペレーション《ブラックボルト》!!」
《……!?》
『黒炎竜』の超加速を上回るスピードで回り込んだケイオス・ロアが黒い矢を何本も放ち牽制する。
異常なスピードに驚いたのか、それともフランシーヌを見失い目の前の目標に集中することにしたのか、『黒炎竜』がケイオス・ロアへと注意を向ける。
――が、先ほどまでケイオス・ロアがいた位置に、既にその姿はなく……。
「ロード《七死星剣:巨門》、オペレーション《ブラックウェイブ》!!」
いつの間にか『黒炎竜』の真横へと移動していたケイオス・ロアが、今度は範囲攻撃を仕掛け『黒炎竜』を吹き飛ばす。
瞬間移動したとしか思えないほどの速さに、同じく速さに優れた『黒炎竜』は完全に翻弄されていた。
「……魔力、どこまでもつかな……ま、限界までやってやるわ!」
もしこの状況を続けられるのであればケイオス・ロアが一方的に攻撃し続けることは出来るだろう。
しかしそうはならないであろうことは、本人が一番良く分かっている。
今使用している《
ケイオス・ロアの『切り札』の一つである《クロノア》――司る属性は『時』。
つまり、『時間操作』を行う規格外中の規格外の能力を持っているのだ。
あまりにも強力な力故に、代償として魔力消費も桁違いとなっている。
ラビが思った《リカバリーライト》に対する違和感――それは正しい。
傷の治療ではなく、肉体の復元。すなわち、
だからアストラエアの世界でアリスの危機を救った時、ダメージだけではなく魔力をも回復させていたのである。
《メタ・スワンプ》は一定範囲内の時間を『遅くする』魔法だ。範囲内に収まっていればあらゆる動きが遅くなったように見える――外側から攻撃を仕掛けようとしても、範囲内に入ればケイオス・ロア自身であっても同じく遅くなってしまうのであくまでも妨害用にしかならない。
今使用している《クイックタイム》は自分自身の時間を加速させ、相対的には機動力が上がったように見える魔法だ。
ラビの抱いた疑問は、ケイオス・ロア――いやホーリー・ベルの頃から本人は抱いていた。
そして、ケイオス・ロアになった時にエクスチェンジで纏う衣装を決める際に、以前の《
その結果、回復・補助の属性ではなく『時間』を操る属性という、ユニット個人が持つにはあまりにも強力な能力を得ることとなったのだった。
――……これでも、こいつにとどめを刺すことは無理、でしょうね……。
とはいえ、『切り札』ではあるが決定的な攻撃力を持つわけではない。
相手の時間を遅くしたり、魔力を限界まで使えば『時間停止』すらも可能ではあるものの、『都合よく一方的に』行動することはできない。
例外となるのが、自分自身の肉体の『時』を加速する《クイックタイム》、そして『未来に消費される運動エネルギーを前借する』ことで全能力を強化する《ゴッドブレス》等である。
いくら『黒炎竜』の動きを鈍らせ、あるいは止めたとしても、決定的な攻撃を叩き込むことはできないのだ。
それでも『時間稼ぎ』には最適の能力であることには変わりない。
「来なさい、もう一人の『混沌』――あたしが相手してあげるわ!」
フランシーヌを見失ったことにより、狙い通り完全にケイオス・ロアへと標的を変えた『黒炎竜』へと挑発的な言葉を投げかける。
もっとも、挑発の言葉など通じないだろうが――自分自身を鼓舞する意味で吐いた言葉のつもりだった。
《……オマエ、ハ……
「…………へ?」
ひび割れた――まるで変成器によって歪められたような、そしてたどたどしい『声』が聞こえた。
「ま、まさか……
この場にいるのはケイオス・ロアと『黒炎竜』、離れた場所にヴォルガーケロンと赤黒いスライムがいるだけだ。
他に言葉を発する者が隠れている、とは思わない。
今の言葉は、目の前の『黒炎竜』から発せられたものなのだ、とケイオス・ロアは理解せざるをえなかった。
その理解が合っているとでもいうように、黒に染まった『黒炎竜』の口元が嗤うように歪む。
《ダケド、
「何を……!?」
流暢ではないが、確かに『言葉』を発している。
それも意味のわからない異界のものではなく、
『混沌』の名を冠する少女と、『混沌』を齎す災厄の獣――この戦いが『ゲーム』におけるある重要な位置づけとなることを、本人たちは知る由もない。
……あるいは、混沌の獣は知っているのかもしれない。
だからこそ、避けようもなく混沌同士の決戦は行われるのであった。
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