第10章51話 Chaotic Roar 7. 黒炎纏いし――

 ただでさえまともに相手にすることが不可能と思えるヴォルガーケロンが更に三体……。

 い、いや……。


”まだ他にもいる……!?”


 前方から来る三体だけではない。

 地平線のギリギリ先から、同じような火山の噴煙が見える。


”この分だと、ボクたちの後ろからも来ているかもね……”


 眼下のヴォルガーケロンの後方にも見えないけど同じようなヤツがいるかもしれない。

 『動く火山』がひしめく灼熱の大地――それこそが、このフィールドの真の姿なのだろう。

 私たちが最初に降り立ったヤツの内部に『出口』があったのは……まぁ幸運と言えないこともないが……。


「さ、流石にこれは……」


 フランシーヌも絶句している。

 近距離での殴り合いで倒すのは無理があるだろうし、『黄金竜』にやったみたいに内部からの破壊もこのサイズでは通用しないだろう。

 とにかく、これではっきりしたことが一つある。

 このフィールド――

 外で見たガイア本体と同じで、頑張れば倒せないことはないこともないが、基本的にはスルーして体内へと侵入して目的を達することを前提としていると思われる。

 『三界の覇王』みたいな『抜け道』を探って突破していくタイプの敵であり、正面からの殴り合いなんて考えない方がいい相手なのだ。


”……ケイオス・ロア、『出口』への道はわかりそう?”

「もうちょっとだけかかりそうかな?」

”わかった。

 私の考えだけど、『出口』への道が分かり次第、急いで進もう”


 このままいくとヴォルガーケロン同士が一か所に集まってしまうだろう。

 それでお互いに戦いあって、消耗したところを……となればいいんだけど、そうならなかった時が悲惨すぎる。

 大量のヴォルガーケロンを相手にするくらいなら、ちょっと無理してでも一体だけを相手にして『出口』に向かうべき――それが私の考えだ。

 ミトラたちにも否はなく、私たちはケイオス・ロアの魔法が結果を出すのを待ちつつもヴォルガーケロンの『口』を目指して進み続ける。

 希望があるとすれば、私の想像通りなら『戦いを避ける』ことが前提だしサイズ差があまりにも大きいため、向こうから積極的にこちらを襲い掛かろうという意思は少ないんじゃないかというところだ。過信は禁物だけど……火山弾の流れ弾とか怖いしね。


「……良し、分かったわ! やっぱりこのモンスターの口から内部に入るしかないみたい」

「うへぇ……ちょっと怖いけど、仕方ないかー……」


 《ピクシス》を信頼できるのはわかっているけど、やはり大型モンスターの口に突っ込むってのはちょっと怖いよね……。


「ロア、どうする? あたしも強化魔法使って全力出した方がいい?」

「そうね……《嵐装アラマキ》で全力出せばあんたを抱えながらでもいけるけど――モンスターが何もしてこないとは限らないし、その方がいいかな」


 フランシーヌを抱えながらだと、いざという時に咄嗟に行動できないしね。

 いつでも動けるようにフランシーヌも自分で飛んだ方がいいし、ケイオス・ロアの両手も空いていた方がいいだろう。

 《ブルー・ブラッド・ブリード》で再びドラゴン化、流石に今すぐ《狂黒血の徴エボル・スティグマータ》を使うのは止めておいたみたいだ。やっぱり肉体への負荷が大きいのだろう。

 二人とも全速力で飛べば、ヴォルガーケロンが何かをしようとしてもその前に突破することもできるかもしれない。

 ……あ、しまった。ちょうどいいタイミングだったからウリエラと遠隔通話で会話しようとしていたのに、ヴォルガーケロンが追加で出てきた衝撃で忘れてしまった……。

 少し時間が経ってしまったし、向こうも新しいフィールドへと移動してしまっただろう。また迂闊に声をかけられなくなってしまったなぁ……次の機会を待つしかないか。ひとまず無事なのは確認できたわけだし。


”モンスターの中に突入する時の障害は――後はあの謎のスライムかな”

”そうだね。あんまり触れたくないけど……”


 じわじわとスライムの量が増え、ヴォルガーケロンの頭部へと向かってきているのは間違いない。

 この様子を見る限りだと、ヴォルガーケロンと赤黒いスライムは敵対関係にあると思ってよさそうだ――けど、だからといって私たちにとってそれが有利に働くかというと微妙だ。

 『敵の敵は味方』ではないのだ。『自分たち以外全部敵』というのが今の状況なわけだし。


「あれ、何が効くのかしらね……スライム系なら炎がいいかしら……?」


 『黄金竜』に比べれば脅威度は低そうだけど、とにかく物量がとんでもないからなぁ……。

 迫ってきたら炎で焼き払いながら突き進むしかないかな。あるいは『雷』とかも有効かもしれない。

 それ以前に追いつかれる前に先に進んでしまえば話は早いけどね。そして、このペースでいけば赤黒いスライムがヴォルガーケロンの顔に到達するよりも早く、私たちが突入できそうだ――フランシーヌも全速力で飛べるようになったわけだし。




 ヴィヴィアンたちも先へと進めているし、私たちも『ゴール』が見えてきた……ということで心に余裕は出来たと思う。

 けれども、そんな簡単に済む話ではない――わかっていたけど、実際にそうなるのであった……。




 ――オォォォォォォォォォォォンッ!!!




 突如、大気を震わせるほどの咆哮が轟いた。

 ヴォルガーケロン……!?


「嘘でしょ……!?」

「あ、あいつあれでも死なないの!?」


 と思ったら、ケイオス・ロアたちは背後を振り返っていた。

 そこにいたのは、ボロボロになりつつもこちらへと視線を向ける『黄金竜』の姿であった……!


”マジで……!?”


 確かに死んだかどうかは確認できなかったけど、『生物』であればほぼ確実に死んでるくらいの傷を受けていたはず……。

 現に『黄金竜』の身体は内部からズタズタに斬り裂かれており、身体の各所は辛うじて繋がっているといった状態である。

 首も半ば断ち切られぶらぶらとしている……が、その視線からは力は失われておらずこちらをはっきりと睨みつけている。


「……ど、どうやったら倒せるの、こいつ……!?」


 手応えは感じていたであろうフランシーヌが心の底から驚いたように言う。

 アストラエアの世界で戦ったベララベラムゾンビ少女でも、流石にここまでタフじゃなかったぞ……!? あっちは致命傷を受けた後に復活するという別の意味でのタフさではあったが……。

 この調子では、首を切断したところで本当に倒せるか怪しい気がしてきた……なにせ『心臓』どころか内臓ほぼ全てをズタズタに引き裂かれて尚絶命していないのだ。

 ……『生物』では到底ありえない。

 とそこまで考えて私はあることに思い当たった。

 

 ありえない、とは思わない。

 ……アリスとかジュリエッタとか、普通なら死んでるような肉体のダメージを受けても反撃してるのを目にしたことがあるから、納得はできる。

 流石に『黄金竜』みたいな傷を負ったことはないし、あれだけのダメージでは体力ゲージは消し飛んでるだろうけど……。


”! ケイ、フランシーヌ君! 防御を!”


 ミトラの警告の声と同時に、『黄金竜』の全身に亀裂が走る。

 砕け散って死ぬ――なんて誰も思わない。


「ブラッディアーツ《業血の壁ブラッディウォール》!!」


 フランシーヌがすぐさま前に出て『血』の壁を作り出しケイオス・ロアを後ろに庇う。

 直後、『黄金竜』が


”じ、!?”


 そうとしか言いようのない爆発が『黄金竜』を中心に起き、全方位へと体の破片――砕けた甲殻や棘を無差別に撒き散らしていた。

 フランシーヌの魔法で防がなければ、誇張抜きのハチの巣にされていたかもしれない……。

 自爆による最後の悪あがき……だったら良かったんだけど――


「…………アレがってこと……?」


 硬い甲殻を脱ぎ捨てた、『黄金竜』の真の姿が露わになった。

 いや、ですら『真の姿』ではないのかもしれない――そんなことさえ思わせてくる。




 剥がれ落ちた甲殻の下にあったのは、生物らしい『肉』……ではあった。

 人体模型みたいな、皮膚のないむき出しの筋肉の塊……そうとしか言いようがない。

 角は残っているが顔の甲殻もなくなり、瞼もなくなった眼球がぎょろりとこちらを睨みつけ、剝き出しの牙がずらりと並んだ口からは青黒い涎? がぽたぽたと垂れ落ちている。

 背中の翼も骨組みだけになっている――それでどうやって飛んでいるのかさっぱりわからない――が、それがまるで悪魔の手のようにも見える。

 身体こそ一回り以上小さくなったが、ヤツから感じる『異様さ』というか『圧迫感』は増している……としか言えない。

 ……いや、まだだ!?


「これは……!?」


 剥き出しの肉体を黒い『何か』……炎のような揺らめきの『オーラ』が包み込む。

 こちらから先制で攻撃する余裕すらなく、瞬きする間に『黄金竜』の全身が黒炎に覆われた。

 『黄金竜』改め『黒炎竜』――というところか。

 黄金の名残は、ヤツの眼の部分くらい……爛々と金色の輝きを放つ眼の光以外、全てが揺らめく黒炎に包まれたドラゴンだ。


《……》


 いずれにしろ、四つ巴の状況に変化なし……ってことかよ……。

 しかも、『黒炎竜』の危険度はまだ未知数だけど、『黄金竜』の時よりも危険な感じを受ける。

 どうする……!? ここで戦うしかないか……!?


「…………仕方ない」


 『黒炎竜』はすぐさま襲い掛かってくる気配はなくこちらへと視線を向けているだけだ。

 が、いつ襲い掛かってくるかわかったものではない――ジェット噴射以上の速度で一瞬で攻撃を仕掛けてくるかもしれないし。

 そんな睨みあいの最中、ケイオス・ロアが何かを決断しように呟く。

 何を――と問いかけるよりも速く、状況が動いた。


「来るわよ!」


 懸念通り、一瞬で間合いを詰めてきた『黒炎竜』の突撃をフランシーヌが弾き飛ば――せない!


「!? 前より細くなったのに……!?」


 逆にフランシーヌが弾き飛ばされることもなかったものの、両者の力は完全に拮抗していた。

 ……いや、わずかに『黒炎竜』の方が押している……!?


「ミトラ、?」

”……ああ、もう以外に方法はなさそうだ”

”? 二人とも、何を――”


 問いかけるよりも前に、私はケイオス・ロアにがしっと掴まれ――


「フラン、頼むわ!!」

「!? ちょ、ロア!?」


 自ら前へと出てフランシーヌの援護……ではなく、フランシーヌの前へと立つ。

 そして、


「オペレーション《オーバーラップ:刻装クロノア》!

 ……ここはあたしが引き受ける! あんたは二人を連れて先へと進んで!」

「はぁっ!?」

《……》


 横入りされた『黒炎竜』が不快そうにケイオス・ロアへと視線を向け直すが、すぐに私の方へと視線を戻す。

 や、やっぱり私の方を狙ってる!? さっきの突撃もフランシーヌが防いだとはいえケイオス・ロア側へと向かって来たみたいだし。

 そして今はフランシーヌの方へと明確に敵意が向けられているのがわかる。


「オペレーション《メタ・スワンプ》!

 ――急いで!」

「……っ、わかったわ!」


 二人は多くを語らずとも『作戦』を理解しあったみたいだ。

 《メタ・スワンプ》――アストラエアの世界でアリスの救援に駆け付けた時にも使っていた、相手の動きを遅くする魔法を使っている間にフランシーヌが私とミトラを連れて先へと進む……そういう作戦だろう。

 理にかなっている、というわけではない。

 という、苦肉の策だ……。


《……》

「追わせないわよ。フランたちがこのフィールドを脱出するまで、ね!」


 私たちを庇うケイオス・ロアの声が遠くからそう聞こえてきた……。

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