第10章48話 Chaotic Roar 4. 三つ巴

 『黄金竜』との戦いは、変わらずフランシーヌが前面に立ってケイオス・ロアが後ろから援護する形となっていた。

 互いに致命傷を与えることは出来ていない……が、だからと言ってこちらが有利に立ち回れているわけでもない。

 フランシーヌの《ブルー・ブラッド・ブリード》の超強化のおかげで何とか持ちこたえられてはいるが、一撃でも直撃を食らえば危ういのには変わりない。

 対して向こう側はというと、ケイオス・ロアの魔法にフランシーヌの槍の攻撃を受けているはずなのに全く堪えていないように見える。

 傷ついていない、というわけでもない。確かに細かい傷は与えているはずなのに、すぐさまその傷が治っていってしまっているのだ。

 ヤツのタフさ加減はわかっているつもりだったが、そのタフさの正体の一角はこの『再生能力』にあると言える。

 ……これがスライムみたいな生き物とか、『嵐の支配者』みたいな自然の具現化した存在とかならわからなくもないのだけど……『ドラゴン』という超常生物であっても『生物』なのだ、この再生能力はあまりにも異常すぎる。

 多少の切り傷もすぐに塞がるし、全身の棘もすぐさま生え変わってきてしまう……一体どんな仕組みなのか全くわからないが事実としてそうなのだから、文句を言っても仕方ないけど……。


 


 それが一番正しい感想だと思う。

 ややこしいのが、だからと言って『負けるとも思わない』わけではない、なことだ。

 辛うじてこちらが攻撃を食らっていないから耐えられているだけで、すぐに逆転されかねない相手だ。

 故に有利に立ち回れていない、という結果になっている。


「くそっ!? 何でそっちに行くのよ!?」


 フランシーヌが積極的に『黄金竜』へと攻撃を仕掛けているのだが、ヤツはもう狙いを隠すことなく攻撃を回避してケイオス・ロアの方へと向かってこようとしている。

 ……マジで理由がわからないが、『黄金竜』の狙いは私……なのだろう。まだケイオス・ロアあるいはミトラを狙っているという解釈もできないではないが……ガイア外部のことを加味すると、やはり私狙いの可能性の方が高い。

 問題が山積みすぎる……!

 『黄金竜』を倒せる気がしないけど、こいつを倒しておかないと先へと進んでも延々邪魔され続けることになりかねない。

 というよりも、そもそもヴォルガーケロンの内部にあると思しき『出口』までたどり着けないかもしれない……。


「回避は出来るけど……うわっ!?」


 『黄金竜』も空中ではロケット噴射での急接近からの体当たりくらいしか攻撃方法がない。

 《ラピッドウィング》を使っているケイオス・ロアならばなんとかかわすことはできているが、こんな単調な動きをいつまでもしているとは到底思えない。

 むしろ、単調な動きに見せかけておいて隙を突いて別の攻撃を仕掛けてくると思っていた方がいいだろう。そんなことは言わずとも彼女たちはわかっているだろう。

 ……そんな私の考えを読んでいるかのように、『黄金竜』が更に動きを変えた。

 突進をかわされた後にすぐさま反転。大きく口を開く。

 あれは――!?


”ケイオス・ロア!”

「わかってる! オペレーション《バキュームウォール》!」


 ヤツの口から音無き咆哮――不可視の衝撃波が放たれる。

 が、これは外で既に一度見ている。

 ケイオス・ロアが自身の目の前に同じく不可視の壁――真空の空間を作り出して衝撃波を防ぐ。


「いい加減にしなさいよ、あんた!」


 そこへ追いついてきたフランシーヌが『黄金竜』の頭上から襲い掛かる。

 叩きつけられた槍が『黄金竜』の頭部へ突き刺さ――らない!?

 強化した槍であっても『黄金竜』の甲殻を突破できなくなっている……再生能力だけではなく、傷つけば傷つくほど硬くなるという性質も持っているのかもしれない。

 しかし、フランシーヌの攻撃は槍だけではない。


「ブラッディアーツ《業血の砲弾ブラッド・シェル》!」


 至近距離から血の塊を砲弾として叩きつける。

 その衝撃はかなりのものだったらしく、『黄金竜』が流石に揺らぐ。


「オペレーション《ストームブリンガー》!」


 間髪入れず、態勢を崩した『黄金竜』へと向けてケイオス・ロアが追撃――吹き荒れる嵐が上から下へと叩きつけるように吹き荒れ、『黄金竜』を眼下の地面へと無理矢理引きずり落とす。

 ……これで下がヴォルガーケロンの胴体でなければ、もしかしたら二度と帰ってこれないようになったかもしれないが――いや、その期待は無駄だったろう。

 ともかく、ヤツを地上に引きずりおろすことは出来た。

 何も言わずとも二人ともヤツを追って地上へと降りる。


”足場は確保できたね。後はあのモンスターを倒すだけだけど……”


 ミトラも少し気を取り直したみたいだが、まだまだ安心はできないのはわかっているみたいだ。

 足場が出来たことでこちらも戦いやすくはなったが、それは向こうも同じ。

 特に大きく有利に傾いたわけではない。

 それでも、近接攻撃に優れているフランシーヌにとっては戦いやすい環境になったと言えるだろう。

 幸い、私たちが当初に狙った通りヴォルガーケロンの首にあたる部分に降りることができ、周囲に溶岩はない。

 ……『黄金竜』に溶岩でのダメージが与えられないのはマイナスではあるが、ヴォルガーケロンの操る溶岩だとこちらもダメージを受けるだろうから……まぁない方がトータルではいいか。

 私たちと『黄金竜』、そしてヴォルガーケロンの三つ巴戦だ。

 ヴォルガーケロン本体は果たしてどこまで私たちのことを『敵』と認識しているかはちょっと怪しいけど……サイズが違いすぎて小さな虫がいるレベルですらないのかもしれない。油断は禁物だが。


「全力でぶっ倒す!」


 ……割と翻弄され続けたフランシーヌはかなり切れているっぽい。気持ちはわかるけど……。

 いや、流石にここまで来ているのだ、怒りで我を忘れて隙を晒すなんてことはないだろう。


「本当はアリスに見せて驚かせたかったけど……仕方ないか」


 ケイオス・ロアもまた全力を出すつもりのようだ。

 アリスに見せて驚かせたかった、って――それはつまり、私たちの知らない能力を隠し持ってたってことか。


「オペレーション《オーバーラップ:激装ナリガミ》!!」

”! この魔法は……!”


 使った魔法はオペレーション、だが発動させたのはエクスチェンジの魔法だった。

 発動と同時に右腕の手枷だけが《ナリガミ》へと変わる。

 ……複数のエクスチェンジを同居させる『合わせ着』の効果か!

 本来ならばそれ専用の魔法がないと難しいであろう『新しい効果の魔法』だと思うが、それをケイオス・ロアはオペレーションを使って無理矢理実現させているのだろう。

 『やりたいこと』を直接やれる魔法がないなら、『今やれること』を工夫してやれるようにする……そしてそれをやってのけたのだ。

 ケイオス・ロアの弱点の一つである『複数属性を同時に使えない』は、【装飾者デコレイター】を使うことである程度解消されてはいたが回数制限がある――事前に魔法をアクセサリーに設定さえしておけば、使う時は魔力消費なしという利点もあるんだけど。

 魔法は発想力が肝心――常々私が思っていることだ。ケイオス・ロアはアリス同様にゲーム慣れしているのもあって、こうした発想力に優れているということだろう。そして、彼女の持つ魔法もそれに応えてくれている。


「オペレーション《サンダーボルト》! 手早く決着つけちゃいましょう!」

「言われるまでもないわ!」


 今度こそ『黄金竜』を倒す、二人の意気込みが伝わってくる。

 けれども――




 戦いの流れは今までと同じ、フランシーヌが前へと出て直接殴りかかって『黄金竜』の動きを止めつつダメージを狙い、ケイオス・ロアが後方から援護射撃をする。

 並のモンスターならあっという間に倒せるくらいの猛攻だ……。

 だというのに、『黄金竜』は相変わらず動きが鈍らない。

 槍で斬りつけられ貫かれ、雷撃と嵐の矢を全身に食らっても膝をつくことはなく、ひたすらに前へ前へと突き進み私たちへと攻撃を仕掛けようとしてくる。

 突進からの頭突き、前足の叩きつけ、尻尾振り回し、そして不可視の衝撃波……この連続技コンボを途切れることなく、ひたすらにフランシーヌとケイオス・ロアの二人へと向けて放ち続けてくる。

 タフなのはわかっていたが、スタミナ自体も無尽蔵なのかもしれないと思わせるほど、間断なく動き続けている。

 ……これは思っていた以上にヤバい。

 ユニットのスタミナは無限ではないからだ。『疲れ』は等しく感じるし、現実と同様に激しく動けば動くほど疲労は早く溜まっていってしまう。

 『黄金竜』の猛攻を凌ぐということは、短距離走を延々と続けているに等しい。


「くっ……!」


 一向に衰えない『黄金竜』の動きに、フランシーヌのスタミナの方がもたない……!

 そして彼女が耐え切れなくなった後に待つのは――ケイオス・ロアを含んだ私たち全員の『敗北』だ。

 ……他の使い魔のユニットに命運を賭けるというのはお互いに不本意なところはあるが、そうせざるをえない状況が続いてしまっている。


「ほんと、化け物ね……こいつ!?」


 フランシーヌの援護のために、ボルト系を連射、更に隙をみて大魔法を放ち続けているケイオス・ロアだったが、こちらもこちらで拙い。

 スタミナ自体はそこまで消耗していないが、魔力の消費が激しすぎる……この短時間でミトラが既に2回は回復しているのを見た。

 このままだと魔力切れを起こしてしまうかもしれない――仮に『黄金竜』を無事に下せたとして、その後に控えているであろうガイア本体との戦いに影響しかねない。

 拙い……何か状況を変える『一手』がない限り、彼女たちがここでリタイアすることになってしまいかねない。

 私が言わなくても皆わかっているだろう、『焦り』が見え始めている。


《……》


 そんな私たちの内心の焦りを読み取っているのか、『黄金竜』が微かに嗤ったように見えた。

 『外』で戦っていた時にも感じた通り、やはり野獣のような動きとは裏腹に確かな『知性』がこいつにはある。

 相手の攻撃が対して効き目がないとわかった上で、地上に降りてからは敢えてフランシーヌの方に攻撃を集中させているように思えた。

 ……きっとフランシーヌのスタミナ切れを狙い、その後にケイオス・ロアを仕留める――そんな計画を立てているのだろう。

 歯がゆいが、それはこの上もなく有効な戦い方だと認めざるを得ない。


「フラン、!?」


 と、ケイオス・ロアがそう叫ぶ。

 『黄金竜』の猛攻を何とか凌いでいるフランシーヌだったが、振り返ることもせずにこちらも叫び返す。


「何をいまさら!」


 ――この二人、初対面の印象は最悪だったろうけど、本当に性格の相性は良さそうだな……。

 フランシーヌ凛子と顔を合わせた回数はそんなに多くはないけど、ぶっちゃけ桃香が恐れているほど傍若無人な悪い子ではなさそうだし、むしろケイオス・ロア美鈴同様に結構さっぱりとした子だというのが私の印象だ。

 お互い、状況次第ではあるものの過去のことはあっさりと水に流して目の前の状況に立ち向かう、という割り切りは早い。

 フランシーヌの返答を受け取り、再度ケイオス・ロアが叫んだ。


「じゃあ、一度だけなら――! だから全力でお願い!」

「――了解!!」


 一体何をするつもりなのか、きっとフランシーヌは理解していなかっただろう。

 しかし『信じる』と彼女は言った。だから、ケイオス・ロアの言葉を信じ、全力を出して『黄金竜』へと立ち向かうのだ。


「マジの切り札行くわよ! ブラッディアーツ――《狂黒血の徴エボル・スティグマータ》!」


 フランシーヌの新しい強化魔法が上書きされる。

 全身を覆っていた鮮血の鎧や翼だけでなく彼女自身の身体が、禍々しい『黒』い血管のような文様に覆われていく。

 これは――かなりヤバい気配がする!?


「ジェアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」


 飛び掛かろうと身体を沈みこませた『黄金竜』へと、その動きよりも速くフランシーヌの方が飛び掛かると同時に槍を振るい横面へと叩きつける。


《……》


 今までとは明らかに異なる。

 『黄金竜』の巨体をフランシーヌの細腕が力任せに殴り飛ばしている……。

 しかも、不意を突いた形とはいえ速さでも一時的に上回っているのだ。


「……後先考えないパワーアップってことか。これなら……」


 ケイオス・ロアの言う通り、『後先考えない』――おそらくは何かしらの代償を支払う系の超強化魔法、というところだろう。

 肉体に物凄い負荷がかかるか、魔力の消費が激しいか、あるいは時間制限があるか……。

 詳細を訊ねる余裕はないが、あのパワーがいつまでも発揮できるとは思わない方がいいだろう。


”ケイ、ボクたちも続こう”

「もちろんよ! ラビっち、かなり激しくいくわ。振り落とされないように気を付けて!」

”う、うん”


 超高速移動をするフランシーヌが『黄金竜』を滅多打ちにしてその場に釘付けにしている今がチャンス、とケイオス・ロアも動く。


「ロード《七死星剣:禄存》!」

”!? そっちにも使えるの!?”


 七支刀のような形状の霊装『七死星剣』の形が『弓』の形状へと変化する。

 確か……そう、《フェクダ》だ。効果は魔法の射程距離延長だったかな?

 ……服型霊装の『鎖』だけでなく、やっぱり武器型霊装の変化もできたんだ……さっきの《オーバーラップ》といい、外でアリスと戦ってた時にはまだまだ能力を隠してたんだな……いや、別に文句はないけど。


「まぁね。隠し玉はとっておきたかったんだけど――フランにばかり手札切らせるわけにもいかないからね」


 言いつつ、射程を強化した魔法を連射――しかも前の時とは違い、射程だけでなく威力も強化され、しかも放った魔法の軌道を自由自在に変えることができるみたいだ。

 フランシーヌの動きを邪魔しないように、それでいて『黄金竜』の死角を的確に突く魔法の雨……。

 そちらに気を取られたらフランシーヌの刃が容赦なく抉ってくる。

 ……これなら、このまま押し切ることができるかもしれない……!

 希望が見えてきた、と私もミトラたちも思うのであった。

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