第10章46話 Chaotic Roar 2. 混濁する戦場

 『黄金竜』――ガイア戦はわけのわからないことばかりだけど、その中でも特にわけのわからない存在だ。

 ……ガイア外部で戦った時に薄々思った――そしてアリスはほぼ確信しただろう――けど、このクエストの最大の障害となるのはこいつなんじゃないだろうか。

 他のチームのユニットとの戦いももちろん大きな障害だし、未だ姿の見えない『ガイアのコア』もすんなり勝てる相手とは思えない。

 だけど……本当にただの直感だけど、この『黄金竜』というこそが最大の障害なんじゃないかと感じられる。

 そう思う一番の理由は、『こいつとガイアは』からだ。

 私たちが見た限りだが、ガイアの分身であるモンスターと『黄金竜』は互いに攻撃を仕掛けていたと思う。

 敵対関係であると断言するにはちょっと弱いかもしれないけど……。




 もう一つ、この場において敵対関係である傍証が見つかった。


”! 良し、溶岩のダメージが通ってるみたいだ!”


 戦闘開始から数分。

 互いに致命傷をあたえてはいないが、こちらから『黄金竜』に対しては少しずつだが傷を与えられてはいる――相変わらずのタフさでちっとも効いている感じはないんだけど。

 そっちはショックはショックだけどまだまだケイオス・ロアもフランシーヌも本気の攻撃を仕掛けてはいない、これから様子見をやめて本格的に攻め始めていけば状況は変わるはずだ。

 それよりも朗報なのは、周囲の溶岩によるダメージをヤツは受けているということだ。

 これもまたそんなに大きなダメージにはなっていないようだが、溶岩に足を突っ込んで少し苦しむ様子は見えた。全身の棘も焼けて黒ずんでいっている……まぁサメの歯みたいにすぐに棘が生え変わっていってはいるんだけど……。

 ともあれこれは少しこちらにとって有利な要素と言える。これだけで倒せるわけはないが、少しずつでも削っていければ……そして溶岩で怯んで隙を突くこともできるかもしれない。


「こっちも結構危ないけど……仕方ないか」


 熱ダメージは受けていないものの、流石に溶岩に突っ込んでノーダメージであるかは検証するつもりもない。

 ただ、こちら側の方が小回りも利くし有利なフィールドであることは変わりないと思う。


”ケイオス・ロア、フランシーヌ。ここでこいつを倒して先に進もう!”

「ええ!」

「そうね、逃げ切るのは難しそうだし……そろそろ『本気』出そうかしらね!」

”……温存しておきたかったけど、そうも言ってられない状況だね。仕方ない、ケイ。ボクたちも全力でいこう”


 ミトラの気持ちもわからんでもない――結局、ここで『黄金竜』を倒したところでこのクエストがクリアになるわけじゃないしね。

 でもそうも言ってられない相手だということもわかっている。特にミトラたちも外で『黄金竜』と一度は戦って翻弄されていたわけだし。

 ……この場に私のユニットが誰もいないのが心苦しい。ぼやいても何の解決にもならないのはわかっているけどさ……。

 今の私にできることは、ケイオス・ロアたちの足手まといにならないようにすることくらいだ……特に振り落とされたりしないように気を付けないと。

 それと忘れちゃいけないのが、私のユニットたちがリスポーン待ちになっていないかの監視だね。自分が何もできない目の前の戦いに集中しすぎて、肝心の私の子たちがゲームオーバーになったりしたら、流石に悔やんでも悔やみきれない。

 気がかりなのは、さっきから話しそびれている『思いついてしまった』ことなんだけど……むぅ、彼女たちも戦闘中だしミトラだって回復に専念しなければならないから完全にタイミングを見失ってしまっている……。私の杞憂であればいいんだけど……。

 ともかく、目の前の脅威にケイオス・ロアたちは集中することに決めたようだ。その判断に否はない。


「エクスチェンジ《嵐装アラマキ》!」


 溶岩の海からヤツが向かってくる前に先に動いたのはケイオス・ロア。

 身に纏った属性は――


「オペレーション《ブリザードボルト》!」


 吹き荒れる氷嵐を無理矢理コンパクトにまとめた弾丸を放つ。

 《アラマキ》は氷属性……いや。


「オペレーション《ラピッドウィング》!」


 同時に両足に魔法を使い、高速飛行用の翼を生やす。

 この魔法はホーリー・ベル時代にも見たことがある。というか、今までも【装飾者デコレイター】で使っていた飛行用の魔法だ。

 どうやら《アラマキ》は『氷』だけではなく『風』の属性でもあるみたいだ。氷の嵐……ということは、ひょっとしたら『嵐』を操る属性なのかもしれない。凛風リンファの《ブロウ》に近いと私は感じた。

 『黄金竜』に《ブリザードボルト》が襲い掛かるが、全く堪えた様子はない。怯みすらしていない……。

 が、これは今までの攻防からも予測済み。


「フラン、お願い!」

「任せなさい!」


 この戦いのフォーメーションは、かつてアリスとホーリー・ベルがよくやっていたのと同じ――相方が積極的に前に出て戦い、ケイオス・ロアホーリー・ベルが後方からの援護射撃と支援を行うものだ。

 前に出るのはフランシーヌ……まだ能力を全開で使っているのを見たことはないが、アリスよりも接近戦に優れたユニットであることは何となくわかっている。

 ……まだ戦いは始まったばかりだけど、この二人はかなり良い相性のコンビなんじゃないかな? 明確な役割分担が行えるという点では、アリスとホーリー・ベルのコンビよりも優れているとも言えるし、逆に前衛後衛を切り替えスイッチできないという欠点もあると言える。

 ま、この場でないものねだりをする意味もないし、おんぶにだっこされてる私が彼女たちを値踏みするなんておこがましいか。


「……大ボス用に温存しておきたかったけど、そうも言ってられないか」


 そんなことを呟くフランシーヌだが、『黄金竜』が大ボスレベルであることは疑いようがない。


「ブラッディアーツ《ブルー・ブラッド・ブリード:モデル・ヴラド》!!」


 魔法発動と同時にフランシーヌの姿が変化する。

 頭部からは二本の角、背中から一対の翼、鋭い甲殻に覆われた尻尾が生え、両腕と両足も同じく爪を備えた甲殻に覆われる。

 これらも全て『血』で造られているのだろう、鮮血の『赤』一色に染まっている。

 見た目からして明らかに身体強化系の魔法である。

 ……『ヴラド』――確か世界一有名な吸血鬼『ドラキュラ』のモデルだったっけ? 詳細な効果はまだわからないけど、ドラキュラみたいな能力を得る魔法なのかもしれない。見た目が妙に『ドラゴン』っぽいのはわからないけど……彼女の趣味とかなんだろうか?

 ともかく、身体強化を施したフランシーヌが前に出て『黄金竜』と戦い、後ろからケイオス・ロアが適宜援護をする。

 うん、バランスもいいし悪くない。

 不意打ちの不利とかもないし、これなら今度こそ『黄金竜』と決着をつけられるかもしれない。

 甘い考えは厳禁だが、そんな期待を抱かせてくれる。


《……》


 相も変わらず憎々し気にこちらを『黄金竜』は睨みつけつつ、低い唸り声を上げている。

 両足が溶岩に沈んでぶすぶすと焼き焦がされているというのに、怯んだのは最初だけで今は全く頓着していない……。

 ダメージを受けてはいるものの、それ以上にフランシーヌたちに脅威を感じている、ということだろうか。

 ヤツが大きく口を開き咆哮。

 そして翼から勢いよく空気を噴射して溶岩の海からこちらへと向けて突進を仕掛けてくる。


「ふんっ!」


 まともに食らえばそれだけでバラバラになって吹き飛ばされそうな『黄金竜』の突進を、フランシーヌは真正面から受け止める。

 ……どころか槍の一撃で弾き飛ばし、『黄金竜』を地面に叩きつけていた。

 …………これは……何というか想像以上にすごいな……。


「あんたが何なのかは知らないけど、あたしがいる限りラビたちには指一本触れさせないわよ」


 倒れた『黄金竜』へと追撃は仕掛けず、されど油断せず槍を構えたままフランシーヌはそう宣言する。

 たったこれだけの攻防だけでフランシーヌの実力の高さはわかった。

 『強い』――間違いなく、攻撃・防御・速度の全てがハイレベルで纏まっておりかつそれを自在に制御できている……そうだな、ジュリエッタのような戦闘巧者って意味で『強い』と言える。

 血液操作魔法ブラッディアーツ一本で今まで戦い抜いてきたことで、更に自分自身に出来ること・出来ないことを見極めているのだろう。前に考えたように、本当の意味で『特化型』――それも自分自身の実力と能力を完全に把握し制御しきっている『完成形』だ。


「ブラッディアーツ《業血の槍ブラッドスピア》」


 肉体だけでなく、自身の霊装にも更に魔法で強化を施す。

 『血』の刃が槍の穂先を大きく、鋭く拡張。

 もはや穂先そのものが『剣』と言えるくらいにまで大きくなっている。

 アリスやケイオス・ロアみたいなド派手な攻撃魔法をガンガン使うのではなく、ジュリエッタみたいに着実に格闘で相手を仕留めるタイプなのだろう。


「悪いけど、わよ」


 その宣言と共にフランシーヌの姿が消えた――いや、消えたように見えるスピードで、一瞬で『黄金竜』へと飛んだのだ。

 フランシーヌに対抗して同じく飛び立とうとした『黄金竜』が、頭上から槍によって再び溶岩へと叩き落される。


「……なんだ、フラン飛べるんじゃん」


 ケイオス・ロアはそう呟くが、まぁ《ブルー・ブラッド・ブリード》を使わないとダメという条件付きなのだろう。移動のためだけに使うにはちょっと大げさすぎるかな。それに明らかに戦闘特化の魔法だし。


”ケイ、もう少し攻撃寄りにしても大丈夫そうだ。温存しておきたかったけど、ボクたちも少し本気を出そう”

「そうね。フランだけに本気出させるのも不公平だしね」


 ……わかってはいたけど、ケイオス・ロアもまだまだ『底』が見えない。

 私たちも大分強くなったはずなのに、すぐに追い上げられてしまう――それどころか私たちの方こそ追いかける側なんじゃないかと思えてくるくらいだ。

 まぁ顔見知りだし、彼女たちの成長を喜ばないわけではないんだけど……『ゲーム』の勝者となりたい事情を考えると結構複雑な思いでもある。

 それはともかく、この場においては彼女たちの実力の高さはこの上もなく頼もしいのも事実。

 ここでこの『黄金竜』を倒しておくことに損は全くないのも変わりない。

 そしてケイオス・ロアとフランシーヌの二人であれば、それも叶うのではないか……そんな期待があった。


「くっ……また!?」


 しかしその時、地面が再び大きく揺れ動く。

 どちらも空を飛べるためそこは不利ではない。

 問題なのは、今度は揺れるだけで済まなかったことである。


”拙いな……ケイ、向こうの動きに注意しつつ空へ”

「わかってる! フラン!!」

「ええ!」


 空中戦は避けたい、とは言いつつも……そうも言ってられない。

 さっきの揺れと同時に大地が大きく裂け、そこから次々と溶岩が溢れ出してきているのだ。

 溶岩に触れても大丈夫かまでは実験できていないしするつもりもない。

 この状況を上手く利用し、『黄金竜』だけをひたすら溶岩に叩き落して削っていくというのも一つの作戦だろう。

 何にしてもまずは自分たちの安全確保だ。

 そう私たちは思い、ひとまず上空へと浮かび上がろうとした。

 ――が、


”!? これは……!?”


 今まで地上に溢れていた溶岩が、突如動き始めた。

 それも揺れに合わせてではなく、意思を持っているかのように――まるで『蛇』のようにうねりながら、重力に逆らって空中にいる私たち目掛けて襲い掛かってきたのだ。

 ……う、これはもしかして『思いついてしまった』ことがやはり正しかったのか……?

 無数の溶岩の『蛇』は私たちだけでなく、『黄金竜』にも襲い掛かっている。それ自体はいいとして……。


「ちょっ、どうなってるのこれ!?」

”……ラビ君、これはもしかして――”


 ああ、ミトラもか……そして私と彼の考えが一致しているということは、おそらくはそれは正解なのだろう。


”う、うん……もしかして、と思ったけど――私たちがいるのは地面じゃなくて、……!”

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