第10章45話 Chaotic Roar 1. 灼熱にして原始の世界

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――ヴィヴィアンたち一行が『黄の砂漠』から『灰の孤島』へと移動しようとしていた頃に時は遡る。




*  *  *  *  *




 ケイオス・ロアの魔法のおかげで、私たちは迷うことなく『桃源郷』の出口へと向かうことが出来た。

 フランシーヌを先頭にして次のフィールドへと進んで行く。

 ……皆の状況とか不安が尽きないどころかますます増していく一方だ。

 逐一声を掛けたい思いはあるけど、向こうの状況もわからない――下手なタイミングで声を掛けて集中を乱してしまったら大変なことになってしまうかもしれない、そう思うと躊躇ってしまう。

 多分、皆も同じなんだろう。私への声かけは必要最小限にしてくれている。

 …………いや、まぁ単に口うるさい保護者がいないし、報告が面倒なだけって可能性は……ない、とは思いたい。特に年長組はこういう報告を怠ることはないだろうし。

 一番心配なのは、やはり状況が全く見えないアリスなんだけど……遠隔通話も使えないし、待つ以外に方法がないんだよなぁ……。

 ……うじうじ考えてたって仕方ない。

 現状、ケイオス・ロアたちに頼るしかない私には、皆を信じて先に進む――かつ自分自身の安全も確保しなければならないけど――ことしかできない。

 後はまぁあんまりそんな事態に陥ってほしくはないけど、体力がゼロになっていないかを常に監視しつついざとなればリスポーン開始をすることくらいか……回復役としてすら役に立てない日が来るとはなぁ……。いや、今までも結構あったか?




 それはともかくとして、だ。

 虹色に光る出口へと私たちは入っていき――次のフィールドへと辿り着いた。

 この出口を潜る瞬間も、ガイア内部に来た時みたいな……そう、『時間が飛んだ』ような感じがしてちょっと気持ち悪いんだよね……。

 ともあれ、私たちは『桃源郷』の次のフィールドへと来たわけなんだけど――


「! ミトラ、ラビっち。二人ともダメージは!?」

”大丈夫だよ、ケイ”

”うん。私も平気……君たちの方は?”

「あたしは大丈夫。フラン、あんたは?」

「ダメージ自体は平気みたいね。魔法も――うん、問題なく使えるみたい」


 辿り着いて早々、私たちは警戒マックスで互いの無事を確認する。

 なぜならば、次のフィールドは『溶岩のフィールド』だったからだ。

 足場がないわけではないけど、あちこちに溶岩が流れている――昔テレビで見たどこかの火山の噴火の様子そのものだ。

 そんな状態の火山や溶岩が見渡す限りずっと続いている感じである。

 真っ先にケイオス・ロアが私たち使い魔のダメージを気にしたのは、もちろんこの『環境』において熱ダメージを受けないかということからだ。

 幸い、返答の通り特にダメージは受けていない。インティの時みたいな『茹でカエル』みたいな状態でもない。

 彼女たちユニットもダメージを受けていないことから、環境によるダメージはないと思っていいだろう。

 ……もし熱ダメージを受けるようなら、割と手の付けられない環境だとは思う。まぁケイオス・ロアたちと合流した氷河の世界も特に寒さによるダメージとかはなかったから、ガイア内部で環境による影響は受けないということになっているのかもしれない。楽観視はできないけど……。

 ちょっと心配だったのはフランシーヌのことなんだけど……彼女も特に問題なく魔法を使うことができるようだ。

 ……彼女の魔法は『血液』だしね。もしもダメージは食らわずとも熱による影響を受けるとなると、『血液』があっという間に固まったり蒸発してしまったりする可能性があった。

 言われるまでもなくすぐに確認する辺り、流石ここまで生き抜いてきただけはある。

 ともかく、見た目こそ地獄のような光景ではあるものの、ユニットにも使い魔にも特に影響がないであろうことは安心材料と言えるかな。流石に溶岩の中に突っ込んで無事かどうかまでは試すつもりはないけど……。


”……? 何か音が聞こえないかい?”

「……ほんとだ。何かしら……?」


 ミトラがいち早く気付いたけど、確かに何か音が聞こえる。

 噴火の音や煮え立つ大地の音に紛れているけど、微かに違う音が聞こえている……。

 いや、これは音というか、振動がそのまま伝わっているというか……物凄い重低音をスピーカーから流していて体の芯に震えが伝わってくるような……上手く言えないけど、単純な『大きな音』というわけではない感じだ。


”地面も溶岩だらけだし、一応空を飛んで行った方がいいかな?”

「そうね。フラン、掴まって」


 空中にいたら安全というわけではない――むしろ遠距離攻撃を仕掛けてくるモンスターが潜んでいたら狙撃されかねない――けど、流石にほぼほぼ溶岩の大地を徒歩で移動する気にはなれない。

 私たちはケイオス・ロアに掴まり再び空中へと上がる。


”……ラビ君、モンスターの反応は?”

”……ないね。溶岩の中に潜っていたりしたらわからないけど……”


 警戒心を全く緩めることなく、いやむしろ更に増した口調でミトラが尋ねてくる。

 正直私も彼と同じ気持ちだ。

 いかにもな場所にも関わらず、相変わらずモンスターの反応がない――自分で言った通り、レーダーが捉えられない地下とか溶岩の中に潜んでいたらわからないんだけど……。




 流石に安心よりも『不信感』の方が強くなっている。

 あまりにも『不自然』だ。

 ここに来るまでにモンスターによる妨害があまりにも少なすぎる。

 まぁ私自身については、氷河の世界で大量のモンスターに囲まれてあわや……というところまで追い込まれはしたが、それ以降はモンスターが出ていない。

 ヴィヴィアンたちに話を聞いただけでも、『黒い工場』『赤い廃墟』にはモンスターはいなかったという。クロエラのいた『白い洞窟』では何かよくわからない黒い泥に追いかけまわされたらしいけど。

 ミトラたちも私との合流前にいた場所ではモンスターに襲われ、フランシーヌも同様。

 でも、なぜか合流後には全くモンスターが出てこないという……。


”…………もしかして――”


 私の中である一つの仮説が思い浮かんだ。

 と、その時ウリエラから遠隔通話がやってきた。

 ……向こうも気を使ってくれているのだろう、返信不要で手短に状況を伝えてくれている。

 私の無事を伝えようかとも思ったけど、それより早く伝えるべきことだけ伝えてウリエラが遠隔通話を終了してしまう。

 ……うーん、ここで改めて私からまた遠隔通話をするのもちょっとアレかな、と思い、今さっき思い浮かんだ仮説については共有しなかった。

 というより、ウリエラの報告を聞いたら仮説が成り立たなくなってしまったような気がしたからだ。




 私が思いついた『仮説』――それは、、である。

 『黒い工場』ではジュリエッタたちとオルゴール。

 『赤い廃墟』ではヴィヴィアンたちとBP。

 『白い洞窟』ではクロエラとアルストロメリア。

 『桃源郷』、そして今いる『灼熱の大地』ではケイオス・ロアとフランシーヌ。

 いずれも異なるチームのユニットが出くわしている場合に、モンスターと遭遇していない。

 ……ただよくわからないのが、『白い洞窟』でクロエラが追いかけられた黒い泥なんだけど……もしかしたら私たちの知らないユニットの魔法攻撃だったのかもしれない。それこそ、アルストロメリアの自作自演という線も考えられる。

 これは割と真実に近い仮説なんじゃないか? と私は思ったんだけど……今のウリエラの話でまたよくわからなくなってきた。

 彼女の報告によれば、単独行動しているクロエラだけど、『白い洞窟』から『黒い工場』へと来た時にはモンスターに遭遇せず、『赤い廃墟』では大量のモンスターに囲まれているということだった。

 『赤い廃墟』にクロエラ一人だからモンスターが出てきたというのは納得できるんだけど、じゃあ『黒い工場』で遭遇しなかったのは一体何だったのか? ということになってしまう。


”……むぅ、わからない……”


 結局、仮説は仮説でしかなく、証明する術がない。それに、クロエラの件もあって仮説は成り立たなくなってしまっているし……。

 うーん、でもこれ結構正しいんじゃないかなって思いも捨てきれない。

 クロエラの『黒い工場』のことを除けば、全部に当てはまっていると言えるしなー……。

 まぁ、ただこの仮説が正しかったとして、それが良いことかどうかというと微妙なところだ。

 なぜならば、他のユニットと共に行動していればモンスターに遭遇せずに楽して先に進める――これが『親切』でそうなっているわけがないと思えるからだ。

 皆で仲良く先に進んだとして、最終的にこのクエストの勝者となれるのはただ一組だけ……どこかで決着をつけなければならなくなる。

 その決着のタイミングが『どこ』になるかがかなり微妙なのだ。ガイア最深部、ラスボスを目の前にしてという場合もあるし、『ここら辺でいいか』と適当なタイミングで決着をつけたとして先がまだあるかもしれない……。

 ……つくづく意地の悪いクエストだ。ほんと、製作者の性格の悪さが感じられる。


 『協力して進めば楽できるよ』


 と言っておきながら、


 『でもどこかで戦わないと勝てないよ。クエストの勝者になりたかったら戦ってね』


 とオチをつけているのだから……。

 まぁ戦わずに相手を出し抜いて、っていう方法もないわけじゃないけど……戦うにしても出し抜くにしても、タイミングを見極めることも難しいのがガイア内部の意地悪いところだ。


”どうしたんだい、ラビ君?”


 ミトラが不審そうに尋ねてくる。

 ……思いついた仮説を話すかどうかちょっとだけ悩んだけど、


”あ、いや……本当にこのクエストの終わりが見えてこないなって”


 結局話すのはやめておいた。

 別に彼に情報を共有したくないということではなく、私の中でも確証が持てていない話を迂闊にしてしまうのはおうかと思っただけである。

 仮説が正しければそれはそれで良い――さっき挙げた問題点ははっきりとしてしまうけど――が、間違っていた場合に彼らに悪い意味での影響を与えかねない。

 いくらクエスト攻略のライバルとは言え、意図せずであっても騙してしまうようなことにはなりたくない。

 ……情報を隠すのとどっちが気分的にマシかという話だ。今回は不確定な情報なので、出さない方がいいかなと思う。


”……まぁいいけどね”


 う、ミトラはやっぱり勘付くか……。

 でも話すにしてもなぁ……。


「…………妙ね……」


 そんな私たちの話にはおかまいなしに、ケイオス・ロアが呟く。


「確かに。何か変な感じがするわ。ラビ、気をつけなさい」

”う、うん……?”


 地鳴りのような音は気にかかるが、それ以外に特に変なものは見当たらない……とは思うんだけど、二人は何かを感じ取っているらしい。

 空を飛びつつ油断なく周囲への警戒を行っている。

 レーダーにモンスター反応はないし、熱の影響は受けないけど……それとも、私たちの把握していない4チーム目がいる、とか?


”ケイ、警戒しつつ出口を探して早めに脱出しよう。キミたちの『勘』を信じる”

「そうね。すぐに探すわ」


 流石、ミトラは判断が速い。

 ケイオス・ロアも再び《ダウジング》で出口を探し始め、フランシーヌが代わりに警戒を行う。

 まぁ確かにモンスターなり他のユニットなりがいたとしても、さっさと出口から脱出してしまえば済む話か。

 運ばれるだけの私に出来ることはあんまりないけど、それでもレーダーの監視と一応目視での確認を怠らないようにする。


”――!?”


 《ダウジング》の発動中、私も違和感に気付いた。


”ミトラ、あっち!”

”……? ……っ!?”


 私たちからそこまで離れていない地面――その表面を流れる溶岩に違和感があった。

 明々と燃える溶岩のように私たちは思っていたけど、……!?

 溶岩とは異なる流れ……動き方をしているものがそこにあったのだ。


「……何、あれ……?」


 私たちの声にフランシーヌが反応。同じくそちらを見て違和感の正体に気付いたみたいだ。


「赤い……スライム、みたいなものかしらね……気持ち悪い」


 《ダウジング》待ちのケイオス・ロアもそちらを見て、本当に気持ち悪そうに顔を歪めて吐き捨てる。

 ……そう、地面を流れているのは溶岩だけではない。

 溶岩よりも暗い――そう、が這っていたのだ。

 一つではない。溶岩とほぼ同じ、つまり地面を覆うくらい大量に……!


”レーダーに反応がない……モンスターじゃないってこと、かな?”

”わからないね……どっちにしても近づかない方が無難だとは思う。ケイ、手出しは無用だ”

「……わかった」


 遠距離から魔法を撃ち込んでいけばいいとは思うが、何をしてくるか――そもそも『敵』なのかもわからない存在だ。下手に相手しない方が得策だろう。出口を見つけて脱出を優先するのに変更はなし。

 ――でも、何だろう……?

 あの赤黒い膿を見ていると、胸の奥がざわざわとするような、物凄い不快感が湧き上がってくる。

 気持ち悪い虫とかを目にした時の不快感ともちょっと違う……これは、そうまるでナイアやエキドナの邪悪さに直面した時のような――心の底から同時に怒りが湧き上がってくるような嫌悪感に近いものだ。

 ……ただそれとは別に私は既視感も覚えていた。

 あの赤黒い膿を……そんな気がしている。あんな気持ち悪いもの、一度見たら忘れそうにないんだけど……。


”ふむ……生き物のように見えなくもないが、やはりレーダーに反応はなしみたいだね”

「うぇ、あんな生き物……モンスターであってもゴメンだわ」


 全く同感である。

 それはともかく、ミトラの言う通りレーダーにはアレは映っていない。

 うーん……肝心な時に頼りにならないことに定評のあるレーダーさんだから元よりあてにならないってのはあるけど、明らかに見えている範囲の『異常な生き物?』であっても反応しないとは――ん??

 そこで私はふと思いついた――いや、


「あ、出口の場所がわかったわ!」


 その思いつきを口にしようとした時、《ダウジング》の結果が出たみたいだ。


「……あれ? あたしたちのほぼ真下……?」

「真下って言われても……何も見えないわよ?」


 私たちがケイオス・ロアに掴まってそこそこ上空に浮かんでいるのを差し引いたとして、それでも彼女の言う方向に出口はみえない。

 というか、そもそもそれならこのフィールドにやってきた時点で目の前に出口があったことになる。

 ……いや、そうか。


”……、かな?”

”そういうことだろうね”


 ミトラも同意する。

 《ダウジング》が出鱈目な場所を指しているというのなら話は別だけど、私の知る限り過去2回は正確な答えを出していた。今回に限って不発とは考えにくい。

 となれば、私たちに見えない下方向……つまり地下に出口があると思って間違いないはずだ。


「うーん、まぁそうよね……」


 ケイオス・ロアは渋い表情で歯切れ悪く返す。

 彼女が何を懸念しているのかはわかる。


”ケイオス・ロア、前の――えっと《鉄装ガンテツ》みたいな属性で《ディスインテグレーション》使って掘り進められないかな?”


 ダメかな、と半ば私も思いつつ念のため提案してみるが、


「出来るっちゃ出来るけど――いや、流石に穴掘るのは危険だと思う」


 首を横に振って否定される。

 ……まぁ、そうだよね……。

 《ディスインテグレーション》そのものが使えないのかもしれないけど、似たような魔法は新しく創ることは彼女なら可能だろう。

 けど、迂闊に地面に穴を掘って進もうとしたら、周囲の溶岩や赤黒いスライムがなだれ込んできてしまうかもしれない。

 もしそうなったら逃げ場がなくなる――そういう懸念だろう。


「ふーん? じゃあどこかに洞窟の入り口とかあるんじゃないの?」

”……うん。フランシーヌ君の言う通りだとボクも思う”

”だね。いくらなんでも地面を掘らないと辿り着けない、なんて変なフィールドじゃないとは思う”


 絶対ない、とは言い切れないけどさ……。

 今まで通ってきたフィールドにしたって、特に移動能力に制限がなくてもたどり着くことが出来たのだ。

 溶岩を避けながら穴を掘って進むなんてフィールドではないとは思いたい。もしそうだとしたら、能力によっては『詰み』になってしまいかねないだろう――この場にいるフランシーヌなんかが好例だろう。

 そうなると溶岩の海を避けて地下の出口にたどり着くための『洞窟』みたいなものがどこかにあるはずだ。


「オッケー。パッと見た感じ洞窟の入口とかもわからないし……今度はそっちを《ダウジング》で探してみるわ」


 ……マジでケイオス・ロアの魔法便利だなー。

 召喚獣を放ったりで私たちも『偵察』はできるんだけど、漠然とした『フィールドの出口』『洞窟の入口』を探すことは難しい――結局、召喚獣やドローンを使うにしても『足』で探す以外にないのだ。

 でも、《ダウジング》は手がかりとか一切なしに探し物を一直線に探し出してしまうのだ。正直、破格の魔法だと思う。

 もしかしたら、どこを攻撃すればいいのかもわからない超巨大モンスターの『弱点』とかも探し出せるのかもしれない。まぁこれは戦闘中にやるにはちょっと厳しいかもだけど。

 ともあれ楽できるなら楽するに越したことはない。

 私たちは変わらず周囲を警戒しながら《ダウジング》の結果を待ってればいいかな。

 でも、さっき『思いついてしまった』こともあるし――確証は持てないけど、これは皆に話しておいた方がいいだろう。


”あ、あのさ、皆――”


 確証のないことは話さない方がいい、というのが基本的な私の考えだけど、それは内容にもよる。

 今回については『話した方がいい』内容だと思うし、仮に的外れだったらそれはそれで安心するだけのことだし……。

 そう思って皆に話そうとした時、先にケイオス・ロアとフランシーヌが気付く。

 それも




「ちょっと! 地面が大きく動いてる……噴火する!?」


 自力で空を飛んでいないフランシーヌは地上の方を見ていた。

 そんな彼女が叫ぶ――と共に、先ほどから微かに聞こえていた地鳴りのような音がどんどんと大きくなり、まるで雷鳴のような轟音が周囲に響き始める。

 正しく噴火の予兆……にも見えるが、それよりも最悪なことが起きているのではないかと私たちは予感した。




「! ……! こんなところまで……!!」


 一方でケイオス・ロアの方は向こうの空からやってくる存在に気付いた。


”『』!?”


 火山の向こう側から飛び上がり、こちらへと滞空しながら視線を向けてきているのは……ガイアの外で何度も襲い掛かってきた謎のモンスター『黄金竜』だったのだ……!

 マジか、あいつガイア内部にまで乗り込んで来たってのか!?

 向こうもこちらをはっきりと認識していやがる……! はっきりと顔をこちらへと向けている。

 流石にまだ距離があるし周囲の轟音もあって聞こえないけど、剣呑な視線からしてめちゃくちゃ唸り声上げているのは想像に難くない。


「! 来るわ! フラン、地上に降りるわよ!」

「へ? えぇ!」


 『黄金竜』が空中で前傾姿勢を取り大きく翼を広げる。

 その次の瞬間、空気を引き裂きながら『黄金竜』がジェット噴射で一気にこちら側へと距離を詰めてくる。

 ヤツと空中戦で戦うのは――ケイオス・ロア一人ならともかく自在に飛べない(らしい)フランシーヌを抱えては不利だ。

 地上も溶岩の海とかで結構危ういには違いないが、それでも『黄金竜』と空中戦をするのは避けたい。その気持ちはわかる。

 ヤツがケイオス・ロアのいた位置へと急接近するのと入れ替わりに、私たちは地上へ。

 ……結局、ほぼスタート地点に戻ってきただけ――そして、わかっていたけどやはり『出口』は付近に見当たらない。


「なんなの、あいつ? 随分警戒してるみたいだけど」


 そっか、フランシーヌは『黄金竜』には遭遇したことないのか。

 まぁ『何』と言われても私たちにもよくわからない存在ではあるんだけど……。


「……『敵』よ。あたしとアリスが戦ってる時にも割り込んで来たのよね……」

”気を付けて。あいつ、凄まじくタフな上に素早い”


 わかってることと言えばそんなくらいだ。

 特にタフさ加減は尋常じゃない。体のサイズに比して異常としか言いようのないタフさである。

 ……外で戦った時に結構ダメージを与えたはずなんだけど、全く堪えた様子はない。

 むしろそれどころか、外の時よりも更に力を増しているであろうことが容易に想像できてしまう。

 全身を覆っていた黄金の鱗は鋭く逆立ち、全身にナイフが生えているかのような……触れるだけですべてを斬り裂きかねない危うさが見て取れる。

 それだけでなく体格も更に一回り以上大きく膨れ上がり、角、牙、爪……その全てが剣、いや槍のように鋭くなっている。

 突撃を回避されたことに苛立っているのか、私たちへと敵意を漲らせる視線を向け見下ろしている……。


「拙いわね……戦いながら《ダウジング》はやれないわ……」


 だよねぇ……。

 フランシーヌ一人で『黄金竜』を抑えつけてその間に、というのもできなくはないだろうがそれが通じる相手ではないと思う。

 ほんの少し気を緩めただけで一気にこちらが全滅しかねない……そんな相手だと思う、『黄金竜』は。

 ヤツを無視して出口へと向かうか、それともヤツを今度こそ倒して後顧の憂いを断つか――


「きゃっ!?」


 迷う私たちだったが、状況はこちらの意思を無視して動き出す。

 突如として地面が大きく揺れ、ケイオス・ロアがバランスを崩してしまう。

 地震……それも大地震レベルの振動が襲い掛かってきたのだ、それ自体は仕方ない。

 ケイオス・ロアがバランスを崩したのを見逃さず、『黄金竜』が再びこちらへと突撃――いや『落下』してくる。


「させない!」


 その突撃を『血の刃』で武装したフランシーヌが『黄金竜』の突撃を受け止める。

 無茶だ、と思ったけど、フランシーヌは見かけ以上にパワーがあるのか吹き飛ばされることもなく『黄金竜』を受け止めていた。

 ……『血』の能力が関係しているのか、それとも強力な自己強化魔法も持っているのだろうか。今尋ねる余裕はないけど。

 突撃が不発に終わった『黄金竜』はそれ以上深追いせず、素早くその場から飛び退り私たちから距離を取る。

 逃げるにしても、こいつのスピードだとすぐに追いつかれてしまうか。となるとやはり戦って倒す以外に道はなさそうだ。


”……私が言うことじゃないけど、二人とも、ここであいつを倒さないと先に進めないみたいだ”

「同感。後ろから襲われたらひとたまりもないわね」


 ケイオス・ロア、フランシーヌ双方とも戦う気満々みたいだ。

 ミトラは特に何も言わないけど、反対意見を出すわけでもないし『黄金竜』から逃げられないというのはわかっているのだろう。

 ガイア外部の時みたいに不意打ちで襲われたのとは違う。

 二人とも万全の状態だし、ここでヤツを打ち倒してから先へと進む。そう私たちの意見は一致していた。


「くっ、何なのさっきから!?」


 ここで再度地面が大きく揺れる。

 しかも、今度は止むことなく延々と……強くはないが決して無視できない程度に揺れ続けている。

 周囲の火山が噴火する予兆か? とも思ったけど――そこで私はさっき『思いついてしまった』ことに思い当たった。

 『黄金竜』の登場で言いそびれてしまったことを、私は今言わなければ……。


”『黄金竜』も厄介だけど、もしかしたらこのフィールドって……”

「! ラビっち、話は後で!」

「来るわよ!」


 ……完全に話をするタイミングを見失ってしまった……。

 揺れにも構わず飛び掛かってくる『黄金竜』を二人が迎え撃とうとする。

 くそぅ、ほんとに邪魔者すぎる……!




 揺れ動く灼熱地獄の中で、私たちと『黄金竜』の三度目の戦いは避けようもなく始まるのであった……。

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