第10章44話 The Black Parade

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くそっ、同じ魔法……!」

「当然だろ、ジュリエッタ


 戦いの嚆矢となったジュリエッタの攻撃は、同じく加速アクセラレーションをした千夏――否、チナツによって阻まれていた。


「「ライズ《ストレングス》!」」


 すぐさま強化した拳で互いを撃ち合うものの――押し負けたのはジュリエッタの方であった。


「!? ……くっ……!」


 ダメージ自体はほとんどなくすぐに起き上がりチナツの追撃を回避する。

 今押し負けた理由をジュリエッタは痛いほど理解していた。


 ――……!


 今までも何度も、様々な相手に苦渋を舐めさせられたことと同じ理由だということだ。


 ――ジュリエッタと、あいつチナツのステータスに差はないと見た。

 ――でも、押し負けたのは……単純にジュリエッタの方が小さいから……! くそっ、またこの手の相手か……!


 なぜ格闘技の試合が体重差によって分けられているのか、『知識』としてはあったものの実感するようになったのはこの『ゲーム』に参加してからだった。

 とにかくジュリエッタは体格が小さく、同じパワーであれば体格でほぼ負けてしまうのだ。

 それでもほとんどの相手に打ち勝ってこられたのは、ひとえに強化魔法ライズによって体格差を覆すほどのパワーを一時的にでも得ていたからであることを、ジュリエッタはよく理解している。

 しかし、今回の相手だけはそうもいかない。

 全く同じステータス、全く同じ魔法を使ってくる相手である以上、体格差がついてしまったらどうすることもできない。

 ……メタモルによって身体を大きくするという方法はあるが、ライズを使っている以上メタモルもチナツは使えると思った方がいいだろう。


 ――拙い……! ガブリエラ以外、皆同じ条件だ……!


 メタモルで何とか差を埋めることができるかもしれないジュリエッタと異なり、他のメンバーはそうもいかない。

 変身後の体格差はガブリエラ以外は皆が『小さくなる』ことがほとんどだ。

 ヴィヴィアンに関してはトウカよりは少し大きいが、元々接近戦を仕掛けるような戦い方ではない。さして有利になるとも言えない。

 唯一、ガブリエラだけは元の身体よりも大きくなるが……。


「他の奴の心配をしている場合か?」

「!」

「ごめんね、ジュリエッタ兄ちゃん

「ぐぅっ!?」


 混乱と、状況を把握したことによる焦りがジュリエッタの集中をわずかに乱した。

 その隙を突いたチナツの攻撃を何とか受け止めたものの、横からユキヒコが現れ無防備なジュリエッタの胴体に鋭い蹴りを入れて吹き飛ばす。

 ユキヒコの姿も変わっている。

 全身を黒いスーツで覆っているのはクロエラの時と同様。

 ただし、その顔はフルフェイスメットではなく、ドクロを模した白い仮面で覆われている。

 そして彼の霊装は鋼鉄のバイクではなく……。


!」


 ユキヒコの声に従い、彼の影から漆黒の獣が出現――ジュリエッタへと牙を向ける。


「くっ……数が多い……!」


 人間を丸のみできそうな巨体の四足獣……漆黒のオオカミがユキヒコの霊装『ソロ』だ。

 バイク型霊装『メルカバ』とは異なり、どうやら『ソロ』は独自の行動が可能なようで、ユキヒコの命令に従い別方向から襲い掛かってくる。

 事実上の1対3――数の不利には慣れているものの、そのうち1人は自分と全く同じステータスと能力を持ち体格で上回っている相手だ。

 ……この『自分と同じ』というのが、ジュリエッタにとってはかなりの苦戦する理由だ。

 いつもならばライズ・メタモルを巧みに使って自分を上回る相手に逆転の一手を叩き込めていたのが、チナツにはそれが通用しない――全く同じ手を向こうも使えるのだから――どころか易々と上回ってきてしまう。

 それに加えて、ユキヒコと『ソロ』の攻撃も加わっているのだ。しかも、《アクセラレーション》を使っても余裕で追いつかれるほど、ユキヒコたちは素早い。


 ――きつい、けどここでジュリエッタが頑張るしかない……!


 6人のうち、どこか一角が崩れればなし崩し的に全体が崩れてゆく。

 それがよくわかっているため、ジュリエッタは一人でこの場を抑えるしかない。

 ――他の5人のうち、どこかがその間に勝利を収めてくれれば状況が好転することを信じて……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタの考えていることは、当然のことながらウリエラにも理解できていた。


「ビルド《チェア》。……ふぅ」

「……」


 理解できてはいるが、だからと言って彼女に打てる手は限られている。

 その限られた手ですら、目の前にいるもう一人の自分――カエデに完全に封じられている状態だった。

 カエデは慌てるでもなく、その場に『椅子』を作り出すと腰かけてのんびりとした様子でウリエラの方へと視線を向ける。


「どうせすぐに動けないのだし、あなたも座ってゆっくりしていれば?」

「ぐぬぬ……!」


 ウリエラは悔しそうに歯噛みするが――自分が致命的にこともまた理解していた。


 ――良い……いみゃ、最悪のポジションを獲られちゃったみゃ……!


 カエデが座ったその位置は彼女たちが最初に現れた場所……すなわちである。

 最初の立ち位置的に、カエデたちがウリエラたちを取り囲むようになっていた。

 その位置のまま、カエデは腰かけたということは彼女の視点からだと全体が見渡せるようになっており、それと対峙するウリエラは背中側で皆が戦っていることになる。

 もちろん動いて良い位置を確保することは不可能ではないが、あまり現実的ではない。

 もしそうしようとしたら、カエデはそれを妨害するために直接ウリエラへと攻撃を仕掛けてくることになるだろう。


 ――……取っ組み合いになったら、わたちに勝ち目なしみゃ……!


 ジュリエッタとチナツが同じ能力であるのに体格で差がついているのと同様か、あるいはそれ以上の差がウリエラとカエデにはあるのは容易に想像がつく。

 カエデが傍らに置いている霊装は、ウリエラのものと同じ斧槍ハルバード型だ。

 それを扱って格闘戦をするとなれば――カエデ自身の戦闘力は大したことがないとしても、ウリエラも同様なのだ。純粋に長物の扱いは身長のあるカエデの方に有利に働くことになるだろう。


「私たちはただ『待つ』だけ――お互いとわかっているはず」

「……」


 しれっと言い放つカエデに、ウリエラは言葉を返せずただ悔しそうに睨みつけるのみ。

 相手も自分と同様、現在の戦況についてと思うしかない。

 サポート特化型の能力を持つウリエラがこの局面でやれることは数多い。

 むしろ、積極的にウリエラが動くことで状況が打開できると言っても過言ではないのだ――ただし、それは相手が他のものであれば、だ。

 ウリエラがやれることはカエデもやれる、という事実があまりにも重くのしかかってくる。

 例えば、この場でウリエラが【消去者イレイザー】を使ってトウカの魔法を封じ込めたとすれば、同様にカエデはヴィヴィアンの魔法を封じてくるだろう。

 それでトントン、と言いたいところではあるが最悪なことに敵側にはユキヒコがいてこちらにはクロエラがいない。

 魔法を封じて何もできなくなったとしたら、ユキヒコが瞬時にジュリエッタから狙いを変えてそちらへと襲い掛かる……そんな未来しか見えない。


「暇つぶしに本でもあれば良かったな」


 いつも通りの感情の読めない無表情で――しかし、メガネの向こう側から送られる視線はウリエラとその背後の戦場から逸らさずにカエデは独り言を呟く。


 ――……みゅー……こうして客観的に見ると、わたちって……かなり怪しいヤツみゃ……?


 服装も相まって、ますます胡散臭さが増しているのを自覚してしまうウリエラであった。

 カエデの身に纏っているのは全身が深い『黒』の、いわゆる『修道女』の着るような服である。

 ただし、飾られているのは十字架でも逆十字でもなく、まるで海賊旗に描かれるドクロと骨十字だ。


 ――…………こんな邪悪なシスター、見たことないみゃ!


 仲間への手助けもできず、かといって単独でカエデを撃破する方法もなく……。

 現状の打開策を練りつつも、ウリエラはカエデから離れずにいるしかないのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 双子の姉ウリエラが動けないのと反対に、サリエラは積極的にモミジへと攻撃を仕掛けていた。

 勝算があってのことでは、残念ながらない。


 ――うりゅが動けないのはわかってるにゃ……。

 ――この状況、動ける子が動いていかにゃいと打破できないにゃ!


 今目の前に現れている相手――正体不明だが変身前と同じ姿をした謎の存在は、自分たちと同じ能力を持っていることはすぐに察知した。

 同じ能力同士であれば最悪でも『千日手』に持ち込むこともできるか、と思ったもののそれはジュリエッタとチナツの『差』で不可能である……それどころか、こちらが不利であるとも理解した。

 サリエラの相手するカエデもまた同じ長柄のドリル槍霊装を手にしており、格闘戦ともなればサリエラが圧倒的に不利なのもわかっている。

 ……が、ウリエラとは異なり自分は動かなければならない、という判断をサリエラはしていた。


 ――『差』はにゃ!


 今のところ自分たちにとって不利にしか働いていない『差』だが、きっと体格以外にも何かしらあるはずだとサリエラは信じていた。

 ……その『差』が良きにしろ悪しきにしろ、何かしらの状況を打破しうる突破口となる――それがサリエラの考えだ。

 そして、その突破口を見出すためにはとにかく動くしかないのだが、その役割をウリエラに期待することはできない。

 なぜならばウリエラ自身が考えた通り、下手に動けばユキヒコが解き放たれるという危険性があるからだ。ましてや、ウリエラがカエデに倒されたとしたら取り返しのつかない事態となる。

 言わずともそれを理解してくれていたことには感謝だが、


 ――くぅぅ、なんで使にゃ……!


 遠隔通話が使えない、というのはあまりにも想定外過ぎた。

 離れた位置にいる仲間に使えないというのは今までにもあったが、すぐ傍にいるウリエラたちにさえも使えなくなっているというのは初めての事態である。

 『自分たちと同じ姿をした敵がいる』とラビたちに伝えたいがそれも当然できない。

 何かしらの作戦を思いつても、仲間にだけ伝えることもできない。

 身体的な『差』も大きな問題だが、サリエラたちにとってはこちらの方が大きな問題かもしれない。


「にゃふふ、ごめんにゃー? うーちゃんへの連絡だけ防げればそれでいいんにゃけど――ま、仕方ないにゃー」

「……うにゃー……」


 サリエラの放つ突きを軽くいなしつつ、モミジがいつも通りの能天気な笑みを浮かべている。

 どうやら遠隔通話が使えないのは彼女たちが原因らしい――が、それをどう実現しているのかまでは流石にわからないし、考えている余裕もない。

 カエデ同様の『修道女』の姿をしたモミジもまた、サリエラの攻撃をかわしつつドリル槍を突き立てようとしてくる。


「ステータスは全く同じだけど……うーん、こうも身体が小っちゃいと当てづらいにゃー」


 ――良く言うにゃ!?


 体格差が一点だけ有利に働いていることがある。

 それは、あまりにもサリエラの身体が元より小さすぎるため、すばしっこく動き回っていればたとえ同じステータスであったとしてもなかなか攻撃を当てることができないというものだ。

 とはいえこれが有利に働いてくれるのはサリエラくらいのものだろう。

 ジュリエッタは能力の都合上、格闘戦を仕掛けざるを得ず同ステータス・同能力のチナツと殴り合いをしなければならない。そうなれば体格差は純粋なウェイトの差となって不利に働くだけだ――事実その通りになっている。

 サリエラも遠距離攻撃を持たない、という意味では同様なのだが、ジュリエッタとは異なり破壊魔法クラッシュという必殺の魔法があることが違いだ。

 生物に対して使うには魔力の消費量が跳ね上がるというデメリットはあるが、当てさえすればステータスに関係なく大ダメージを与えることが可能なため、小さくて素早く動けるサリエラの方がモミジよりも利点があると言える。

 ……もっとも、その『当てさえすれば』という条件はモミジの方も同様だ。

 互いに一瞬たりとも気の抜けない攻防となっていた。


「――状況が動くのはどっちが先かにゃー?」

「ぐぬぬ……!」


 ある程度は先が読めているのであろう、モミジの挑発にサリエラは呻くことしかできない。

 状況が動く――それはすなわち、6つの戦場のうちどこか1つで決着がつくことを意味している。

 どこか一角が崩れればそれだけ他の戦場が有利になる。

 一か所が崩れたら後は雪崩のように状況が動くことになるだろう。

 その一か所が自分サリエラが担うつもりではいるのだが、やはり自分自身との戦いは分が悪すぎる。

 頼みの綱の【贋作者カウンターフェイター】による、本来は持っていない能力をコピーして不意を突く、という戦い方も封じられてしまっている。

 サリエラが何かをしようとすればモミジも当然同じくカウンターをすることができる。逆もまた然り。

 故に、この二人は不意打ちを互いに封じられた状態で、自分自身の能力だけを使って戦うことを強いられているのだ。


 ――あたちカエデもクラッシュ一本で戦うしかない以上、どっちが先に当てられるかなんにゃけど……。


 状況を打破する突破口――本来不利なはずの体格差を活かした戦いで、戦場のうち一角を崩す。

 それ以外に今のところ勝ち目がないと読んでいるためにサリエラはひたすらに槍を打ちこむしかない……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 サリエラと真逆で、体格差で有利を取れているはずのガブリエラは苦戦を強いられていた。


「くっ……!?」

「あははははっ!」


 『可愛らしい』と言っても自分自身だ。

 そこに頓着はないのかガブリエラは躊躇いなく全力でナデシコへと殴りかかっているのだが、全く当たらない。

 余りにもサイズの差がある上、ガブリエラと同ステータスを持っているため凄まじく素早く、上手く攻撃を当てることができない。

 それどころか、ナデシコ側は小さな体を活かして懐へと潜り込み攻撃を仕掛けようとしてくる。

 ……もっとも、ナデシコも巧みな戦い方をしているというわけではなく、ガブリエラ同様の力任せな動きなため互いに攻撃を当てられていないという状況ではあるが。


 ――雪ん子さんフブキのことを思い出しますね……危険度は桁外れですが。


 攻撃が当たらず翻弄されるのは、エル・アストラエアで戦ったフブキとよく似ている。

 しかし、全く同じではない。

 フブキは反運動魔法アンティによってガブリエラの動きを封じ込めていたが、今回のナデシコは自分と同等のスピードでちょこまかと動いているため単純に『当てられない』のだ。

 そして相手の攻撃力も雲泥の差と言える。


「それー!」

「うわっと!?」


 まるで遊んでもらっているかのように楽し気な笑顔を浮かべつつ、ナデシコが手にした得物を突き出す。

 ナデシコの霊装はガブリエラのものとは全く異なる形状――三叉の『フォーク』である。

 自身の鍵型霊装神鍵ハロウィンとは違い、明らかに『突き』に特化した形状だ。それを自分と同等のパワーで放っているのだ……もし食らったら身体に穴が開きかねない、とガブリエラでもわかる。

 そんなナデシコの姿だが、『天使』のガブリエラとは真逆の……『悪魔』の姿をしていた。

 まるで幼児向けの虫歯予防のイラストに出てくるかのような『悪魔?』である。真っ黒のタイツのようなぴっちりとしたスーツで全身を覆い、背中からは小さなコウモリの羽、頭からは二本の触覚のようなもの、先端がハート型の尻尾が生えている。


 ――……ジュリエッタが『自分の姿をしたヤツと戦って』と言った理由がよくわかりますね……!


 咄嗟の判断の速さは流石としか言いようがない、とガブリエラは感心する。

 襲い掛かってくるナデシコはあまりにものだ。『敵』だとわかっていても思わず躊躇ってしまいそうなほどに。

 これではウリエラとサリエラだけでなく他のものも攻撃することは出来ないだろう。

 ガブリエラ本人だからこそ戦える――ナデシコ以外にも、顔見知りと同じ姿をした『敵』とは戦いづらいこともあり、ジュリエッタは咄嗟に『自分の姿』と戦うことを言ったのだ。

 もっとも、ジュリエッタの真意としてはそれだけではなく、能力の相性を考えてマッチングする時間の余裕もないためそうしたという理由もあるのだが。

 本来であれば、ナデシコの超ステータスによるゴリ押しをジュリエッタが抑え、ガブリエラがカエデ・モミジの特殊能力コンビを超ステータスでゴリ押し等の相手からしてみたら『苦手』となる組み合わせにすべきだったのだが――それを指示する余裕もなく、また戦いづらいという理由もあり、ジュリエッタの判断はこの場においては『最善』だったとは誰もが認めるところだ。

 ……それで勝てるかどうか、というのは別問題ではあるものの。


「……うゅ?」

「! クローズ!」


 と、ナデシコがふと別の方向を見てそちらに気を取られる。

 その隙を逃さず――ではなく、ガブリエラはクローズで引き寄せて攻撃を仕掛ける。

 ガブリエラの攻撃を軽々とかわすが、ナデシコの興味は再びガブリエラに戻ってきたのか手にしたフォークで反撃を仕掛けてくる。


 ――ああ、もう! 目が離せない……!


 自分のことを棚上げにしてガブリエラはそう思う。

 とにかくナデシコから目を離すことが出来ない。

 目を離した瞬間に自分が倒されるから、という理由もないわけではないが、それ以上に『ナデシコの興味が他の戦場に移る』ことを防ぐためだ。

 もしもナデシコが他の仲間のところへと向かってしまったら――あっという間にその戦場は崩壊することになるだろう。

 それがわかっているため、ガブリエラはとにかくナデシコから目を離さず、他に興味を向けないようにし続けることしかできない。もちろん、ナデシコを『倒す』ことこそが最大の目的であることも忘れてはいないが。


「それーっ!」

「わっ、ちょっ……!?」


 一方のナデシコはどこまで状況を理解しているのか――ガブリエラと同じなら理解できているはずなのだが――再び楽しそうに笑いながらガブリエラへとフォークを揮う。


「全く……フォークを人に向けちゃいけないって、習いませんでしたか!?」

「うゅ?」


 ――以前、撫子ガブリエラがふざけてフォークで楓のお尻をツンツンとしたことがあった。

 その時、楓は軽く怒った程度であったが、椛が烈火の如く怒り散々に叱られた思い出がある。

 ……それ以来、撫子ガブリエラは絶対にフォークで遊ぶことはしなくなったし、むしろフォークがちょっと苦手になってしまったというエピソードがあるのだが――ちなみに、撫子がフォークに苦手意識を持ってしまったことに椛が激しく自己嫌悪に陥ってしまった――目の前にいるナデシコはそうではないようだ。


 ――……やっぱり同じ姿、能力を持っていても、


 細かいところで、特に『内面』には差がある。そうガブリエラは確信した。

 ウリエラが予想した『差』について、ガブリエラがいち早く確信を抱いたのだが……。


「……とはいえ、これだけではまだどうにもなりませんね……!?」


 苦手意識のないフォークを平気で振り回してくる以上、有利になる『差』とは到底思えない。

 ともかく、今はナデシコが他の仲間のところに向かわないように食い止めつつ、状況を打開する『何か』が起こるのを待つしかない。

 ガブリエラは理屈ではなく本能を以て、状況を正確に把握していた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 一方で、トウカと対峙するヴィヴィアンは『差』を強く感じていた。


「うふふっ♥ いかがでしょうか、わたくしの召喚獣は」

「…………」


 穏やかな、余裕の笑みを浮かべるトウカに対してヴィヴィアンは虚勢でも笑うことが出来ない。


 ――……この方トウカの魔法は、……!


 体格や内面だけではなく、能力そのものにヴィヴィアンは『差』を感じてしまっていた。

 それだけトウカの魔法が凄まじかった。

 魔法そのものの性質は、ヴィヴィアンと全く同じ――召喚獣を呼び出すというのに変わりはない。

 問題なのは、召喚獣自体に『差』が開いているということである。

 ヴィヴィアンの召喚獣は、武器型を除いたものは概ね出来損ないのポリゴンのような結晶で形作られている。見た目はともかく、能力自体が落ちているわけではないのだが……。

 対するトウカの召喚獣は、全てが想像通りの魔獣の姿をしている。

 これだけなら『見た目』だけの問題と思えるものの、実際にはそうではない。

 この『ゲーム』においては『見た目』も重要な要素となる。

 生物同然の姿をしているということは、可動部も同様であるということ――つまり、トウカの召喚獣の方がより柔軟でしなやかな動きができるということを意味している。

 例えば同じ《ペガサス》を召喚したとしても、トウカの《ペガサス》の方がより『馬』に近い動きができることを意味している。

 突進による体当たりしか攻撃方法のないヴィヴィアンの《ペガサス》とは異なり、トウカの《ペガサス》は体当たりに加えて後ろ足による強烈な蹴りなども行えるということだ。


「他の方は拮抗しておられるようですし、わたくしたちは早めに終わらせることとしましょう。

 リコレクト《ペガサス》、サモン《アンズゥ》」

「!」


 その上で、あえてトウカはヴィヴィアンとは異なる召喚獣を呼び直す。

 獅子の頭を持った巨大な鷲――『ズー』とも呼ばれる飛行型魔獣に乗って空へと舞いあがるトウカを、ヴィヴィアンは《ペガサス》で追わざるを得ない。

 ……ヴィヴィアンも全く同じ《アンズゥ》を呼び直したとしても、勝ち目がないのはわかっている。

 であれば、『差』があることは承知の上で異なる召喚獣で上手く立ち回るしかないだろうと。


 ――インストールは……いえ、やめておきましょう。


 ヴィヴィアンが使える魔法はトウカも使えるのだ。

 インストールで強化して戦うというのは一つの手ではあるが、今回の場合は仲間からの援護も求められない上に魔力の回復ができないという致命的な弱点がある。

 不利な『差』を呑んででも、今回はインストール以外の手段で戦わざるを得ない。


 ――さて、どうしましょうか……。


 ヴィヴィアンの中に『諦める』という選択肢はない。

 は今までにも何度もあった。

 違いは、相手の能力が自分と全く同じという点だが、それを考慮したとしても『諦める』だけはない。

 とはいえ、積極的に打てる手が現状思いつかない。


 ――この場はまず足止めに専念するしかない、ですわね。


 思いついたのは消極的ではあるが、おそらくは『最善』であろう手だった。

 現れた『敵』の中で、おそらく最も危険なのはトウカ――もっと言えば彼女が呼び出す召喚獣の群れである。

 魔力の回復は必要になるものの、同じことをヴィヴィアンもできるのだ。危険視するのは当然のことだろう。

 『冥界』の最終決戦で行ったように騎士型召喚獣を複数呼び出して他の仲間の援軍に向かわせる――ということをトウカもヴィヴィアンもできる。

 それを今しないのは、お互いに同じ手を打って防ごうとするから……ウリエラが能力を実質使えないのと同じ理由である。

 直接戦闘力の乏しいウリエラとカエデはお互いに機を窺いつつ睨みあうだけに留まっているが、ヴィヴィアンとトウカのは戦闘力召喚獣がある。

 しかもその戦闘力はトウカの方が上回っている……。

 ヴィヴィアンに出来ることは、召喚獣を他の仲間へと向かわせないように、かつ自分自身が倒されないようにトウカの足止めに専念するだけである。




 ――……、ですわね。


 ……いかに理解不能、回避不能、そして絶対的不利な状況であろうとも、考えを止めるヴィヴィアンではない。

 ヴィヴィアンにはもう一つできることがある。

 それは、トウカたち出現前に出口を探るために召喚獣を既に放っていたので、それをというものだ。

 つまり『出口』を見つけてトウカたちを無視して逃げ切る――全員揃っては叶わずとも誰か一人でも先へと……ラビの元へと向かうことを優先するという手である。

 わけのわからない状況だが、少なくともトウカたちを倒すことは最終クエストのクリアにとって何の意味もない、それだけはほぼ確実だとわかっている。

 ならば優先すべきはラビとの合流だ。邪魔者を倒すというのは確かにありえるが、戦わずに逃れられるならばそれに越したことはないだろう。それに、勝てるかどうかもかなり怪しい相手である、戦うことに利が一切思い当たらない。


「……わたくしの趣味ではなかったですが、『黒』のドレスも似合ってますね。一考の価値ありです」

「うふふっ♥ わたくしも同意ですわ♥」


 トウカがヴィヴィアンの真の狙いに気付いているのかわからないが、判断する術もない。

 とにかく『気付いていない』ことを前提に、トウカの気を逸らすことも兼ねてヴィヴィアンは軽口を叩く……が、割と本心でもあった。

 トウカが身に纏っているのは、いつものふわふわのドレス――だが色はいつもの明るい桃色ではなく『黒』一色である。名もなき島で出会ったキンバリーのドレスが一番近い、とヴィヴィアンは思う。

 普段は着ることのない、そしてクローゼットに入っていないタイプの服ではあったが、意外に似合っていることに軽く驚きを覚えたことは事実。

 このクエストが終わった後、試してみようか……と本気で思っている。

 もちろん、無事にクエストをクリアして――その上で自分が『ゲーム』の記憶を保持したまま――ではあるが。

 『出口』を探り最終手段である『脱出』のための道を作ろうとしつつ、ヴィヴィアンは次々と凶悪な魔獣を呼び出すトウカの足止めを懸命に行う……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ヴィヴィアンと同じく出口を探すためのドローンを放っていたルナホークだが、取った行動はヴィヴィアンとは異なっていた。

 放ったドローンを出口の捜索ではなく、戦場の把握に用いていたのだ。

 特に打ち合わせをしたわけではないが、召喚獣が出口捜索を継続しようとしていたのをすぐに悟り、ルナホークは仲間の補助にドローンを回すことが良いと判断した結果だ。

 とはいえ、攻撃性能のないドローンだ。出来ることと言えば情報収集しかないのだが……。


 ――……状況把握。ですね。


 他のメンバーとは異なり、ルナホークだけは自分たちの勝利の可能性を明確に見いだせていた。

 勝機を見出すための、敢えての出口捜索ではなく状況把握にドローンを費やしたのである。


 ――相手は、同じ姿をしていても決して同じ存在ではない。それは確定……。


 ルナホークも目の前で襲い掛かってくるアヤメに困惑はしているが、すぐに頭を切り替えている。

 この辺りの切り替えと割り切りの速さは、『ゲーム』における経験が少なくともルナホークあやめ本人が持つ資質・能力であると言えるだろう。

 ルナホークの分析では、体格の差こそあれど能力が全く同じなのが、チナツ、カエデ、モミジ、ナデシコの4人。

 同じ能力だがなぜか明確に上回っているのがトウカ。

 そして能力自体は同じはずなのだが差ができているのが、ユキヒコとアヤメであるとなっている。

 特にこの中でユキヒコとクロエラとの能力の差がかなり大きい。

 クロエラの場合であれば霊装は独立して動くわけではない――動くにしても無人である程度走らせることが出来る程度だ――のだが、ユキヒコの霊装『ソロ』は見た目通りの『生き物』のようで自由自在に動きジュリエッタへと攻撃を加えている。

 実質1対3の戦いで持ちこたえられているのも、ひとえにジュリエッタの『実力』のおかげで言えよう。

 ただし、当然のことながら危ういのもジュリエッタだ。

 同様に能力で上回られているヴィヴィアンも危うい。

 この2人が持ちこたえられている間に、状況を有利に傾けることができれば勝機がある――逆に言えば、この2人が先に崩れれば自分たちは一気に窮地に陥ることをルナホークは理解している。


「……敵機確認。撃破します」


 

 それが思い違いではないことをルナホークは確信していた。

 もしも自分がアヤメを撃破し、かつ仲間全員が健在という状況になったらを【演算者カリキュレーター】で計算してみると、それでようやく5割を超える程度に持っていける状態だ。

 だが、そこからルナホークが仲間を援護して各個撃破できる確率は8割を超えていた。


 ――ここで当機がいち早く勝利できれば、パートナーズの勝率が高まる……!


 そして最も重要な点は、ユキヒコとクロエラの差と異なり、アヤメとルナホークの差はということだ。

 他の者と同じく、アヤメもまた元の姿を維持しつつ『変身』している。

 その姿は、目にはゴーグル、タンクトップのシャツに迷彩柄のズボンと『女兵士』を模したものだ。

 注目すべき点は衣装ではない。

 アヤメの装備している兵装である。


 ――『マム』とやらが何者かは不明ですが……。

 ――その者が彼女たちを『創った』と考えて間違いはないでしょう。

 ――『見た目』『能力』『口調』『性格』……信じがたいことに色々とコピーしているのには驚かされますね。

 ――ただし、『見た目』に拘ったことが仇となっていると判断します。


 アヤメの兵装は、ルナホークで言うところの『モジュール』に近い。

 換装魔法コンバートを使っているのは同じだ。

 しかし、呼び出された兵装、特に『ギア』に関してはルナホークと異なり手足へと防具のように装着するようになっている。

 もちろんそれで性能に差は出てこないが、この『差』は致命的な――ルナホークにとって有利な、アヤメにとっては不利な『差』となりうるとルナホークは考えていた。

 ……唯一の懸念は、同じ【演算者】を持つアヤメがそれに気付いているのかいないのかというところだが……。


 ――……アヤメの言葉はある意味で正しい。


 目の前で起きている現実を見る――そして現実に対処する、それが自分であるとルナホークは改めて思いなおす。

 今までだってそうしてきたし、あれこれと考えることはあれど『行動しない』ということはなかった。

 そうでなければ、(割と何をしでかすかわからない)桃香を守り続けることはできなかっただろう、そう思う。


 ――故に、当機は動かなければ……!


 これ以上は考えたところで答えは出ないだろう。

 とにかく戦い、アヤメに勝利することで状況を変えるしかない。

 この戦場の鍵となるのは自分である……そうルナホークは確信していた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ガイアを巡る戦いは、当人たちの気付かぬうちに既に最終段階へと入っていた。

 いち早く最終段階へと到達したヴィヴィアンたちの前に立ち塞がるのは、自分たちと同じ姿をした謎の存在。

 彼女たちの運命を決める戦いが始まるよりも少し前、別の場所にて彷徨うラビ、クロエラの前にもそれぞれの『試練』が立ち塞がっていたのだった――

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