第10章42話 デウス・エクス・マキナ -5-
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『戦い』とは、規模の大小に関わらずに突き詰めて考えれば、その本質は『作戦の読み合い』にある。
相手の手を互いに読み合い、それを上回ることで勝利を掴む――大軍同士であろうと個人であろうとそれは変わりはない。
原則、『戦い』と呼べるような規模のものであればそれは変わることはない。
戦いの本質を覆すほどの圧倒的な『暴力』――それを実現したのが《デウス・エクス・マキナ》である。
相手がどのような作戦を立てようとも、理不尽な暴力を以て押し潰す……ある意味では、アリスがいつもモンスター相手にやっているのと同じことを、対ユニット戦で行っているようなものだ。
『無敵』ではないものの、限りなくそれに近い能力を持つ《デウス・エクス・マキナ》であれば、あらゆる作戦を無に帰すことが可能である。
加えて、操るオルゴールたちも何も考えずに暴力を振るっているわけではない。状況に合わせ、相手の作戦を読み、潰せるものを的確に潰すように行動している――だからこその『限りなく無敵に近い』能力と言える。
仲間が全員揃っていない状態でも十分に『無敵』に近い強さを持ち、仲間が全員揃えば盤石。
この『ゲーム』を征するに足る能力を備えている……そうオルゴールたちは自覚していた。もちろんそれに慢心することはなく、勝利するために絶えず研鑽を積み重ねてはいたが。
そして満を持して挑んだのが、この最終クエストなのだ。
『BP、《デウス・エクス・マキナ》の修復ヲお願いしマス』
『心得た』
ジュリエッタの攻撃により左前足を失った状態は変わらない。
オルゴールが一時的に《マリオネット》で操作可能ではあるが、いつまでもその状態ではいられないだろう。
彼女には糸による補助をしてもらわなければならないのだ。《マリオネット》で操っていては他のことができなくなってしまう。
BPも新たにコンストラクションを使い、失った左前脚を再構築させようとする。
ともあれ、ラビのユニットは全滅させた。
後はリスポーン前に先行して『出口』へと向かう――そうオルゴールたちも考えていた。
「【
しかし、戦いはまだ終わっていなかった――!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オルゴールたちが勝利を確信し、リスポーンマーカーから注意を逸らし『出口』へと向けるその瞬間を。
――これで
《デウス・エクス・マキナ》には犠牲なしには勝てない、そうウリエラもサリエラも判断していた。
……その理由の大半が、初手で最大火力であるガブリエラがやられてしまったことによるものなのだが……。
だから、本来ならばガブリエラを主軸とした超火力をぶつけることで、勝つにしても犠牲を最小限に――あるいは犠牲なしで勝つことができる、と彼女たちは考えていた。
初見殺しに見事にはまってしまった以上、どうすることもできない。
あるだけの手札で勝負に勝つしかないのだ。
「クラッシュ!!」
姿を現したサリエラが、胴体真正面側から《デウス・エクス・マキナ》中心部――BPたちがいるであろう場所へと向けて
あらゆる物質を『破壊』することに特化したクラッシュは、対象が魔法であっても変わりはない。
むしろ、直接ユニットに対して使わない以上、クラッシュは《デウス・エクス・マキナ》に対してはこの上ない『特効』であると言える。
どれだけ巨大で膨大な質量を持っていたとしても、《デウス・エクス・マキナ》は結局のところ周囲の瓦礫等を集めて作った人工物にすぎない。
そして、それは《デウス・エクス・マキナ》を操る要となる『糸』も同様だ。
『! 《マリオネット》!!』
「うにゃっ!?」
サリエラの狙いはクラッシュによって直接BPたちを狙うことではないし、《デウス・エクス・マキナ》の破壊でもない。
胴体中心部、すなわち全身を操る要の糸を断ち切り、《デウス・エクス・マキナ》を操作不能に陥らせることだった。
咄嗟にオルゴールが《マリオネット》で操作、身体を大きく振り回すようにして張り付いたサリエラを弾き飛ばす。
サリエラの霊装が深々と中心部に突き刺さり何本かの糸が千切られてしまったが、致命的なダメージには程遠い。
『BP、サリエラサンを!』
『あ、ああ!』
この咄嗟の事態の反応の速さは、流石オルゴールと言ったところだろう。
彼女がアストラエアの世界での経験を積んでいなかったら――そしてその時にサリエラたちの能力を知っていなかったら、この一撃で《デウス・エクス・マキナ》は封じられてしまっていたかもしれない。
もっとも、現状を踏まえて考えれば、たとえ《デウス・エクス・マキナ》が動けなくなっても残る敵はサリエラのみ。
ならばオルゴールとBPが直接サリエラを攻撃して倒した後で、再度 《デウス・エクス・マキナ》を作り直せば済む話ではあるのだが。
『意外な攻撃ではあったが――我らに挑むには力不足であったな』
オルゴールの指示に従い、吹き飛んでいったサリエラへとBPが各種兵器を放とうとする――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――あ、危ナイところでシタ……! マサカ、サリエラサンが残っていたとハ……。
表には出さなかったものの、内心ではオルゴールは冷や汗をかく思いだった。
リスポーンマーカーの数は
今ならそれがわかるのに、なぜさっきまで不自然に思わなかったのか――オルゴールはフェードイン・フェードアウトの詳細な効果は理解していないため知ることはないが……――そこについては不思議には思うものの、『サリエラなら何かやってくる』ということで納得せざるをえなかった。
――……意外でシタが、これでコチラの『
サリエラを最後の切り札に残す、というのは意外性はある。
そして確かにクラッシュであれば《デウス・エクス・マキナ》にとって有効打を効率的に与えることは出来る。
しかし、BPの言う通り『力不足』に過ぎる。
奇襲以外ではサリエラには絶対に勝ち目はないはずだ。
現に吹き飛ばされ、霊装も手元から失ってしまった以上サリエラに為す術はない――これがウリエラならば、まだゴーレムを作り出す等で対抗は可能だろうがサリエラの能力からして単独ではクラッシュ以外に攻撃方法がないのだ。自分の身を守ることすらできないはずだ。
仲間を犠牲にしてどうにか接近、奇襲を以て《デウス・エクス・マキナ》を征す――サリエラの作戦はこれで完全に潰しきった。
オルゴールは今度こそ自分たちの勝利を確信し、それでも油断せずにサリエラに確実なとどめを刺そうとする。
『!? ジュリエッタ……!!』
サリエラの反対方向、《デウス・エクス・マキナ》から見て右前足の方向に動く影があるのをオルゴールは見逃さなかった。
『チッ……やはりデスか!』
『! オルゴール!?』
目の前の相手に集中してしまうBPは気付かなかったようだが、オルゴールの目は誤魔化せない。
すぐさま《マリオネット》で制御を奪い、サリエラではなくジュリエッタの方へと攻撃目標を変更する。
――ソウデスよネェ! 決めるのは、ヤハリ貴女デスよネ!!
一度は倒したと思ったジュリエッタが復活し、冷や汗をかかされたのだ。
同じことを二度繰り返す……そうオルゴールは心のどこかで『期待』していた。
彼女の知るジュリエッタであれば、きっと最後の最後――本当にラビのユニットを全滅させたと確定するまで抵抗し続けるだろう、そういう『期待』があった。
決定打に欠けるサリエラが最後の切り札の
サリエラは注意を惹くための囮であり、きっとジュリエッタが最後の最後に逆転を狙ってくるはずだ。
オルゴールはそう思っていたし、実際にその通りになった。
『今度コソ、終わりデス!』
『ま、待て、オルゴール!』
迫るジュリエッタへと向け、サリエラに発射しようとした各種兵器の弾幕をオルゴールは浴びせかける。
絶対に逃げ場のない弾幕……たとえスライム状に変化したとしても回避しきれない圧倒的な面制圧攻撃がジュリエッタへと向かい――
『……ナッ……!?』
「これで『
必殺のはずの攻撃がジュリエッタに通じなかったことに、オルゴールも、兵器の製造者であるBPも驚きを隠せなかった。
が、その理由をわざわざ解説する義務はサリエラにはない。
「【贋作者】――」
距離を置いたまま、サリエラが再度【贋作者】を使用する。
と同時に、両手を前へと突き出し、掌をまるで獣の顎のように開く。
……この状況において、サリエラにとれる『一撃必殺』の方法はそう多くはない。
多くはないが、皆無ではない。
サリエラが選んだ魔法は、彼女の知る限りで最も凶悪かつ強大な威力を誇る攻撃魔法――
「――《
【贋作者】の欠点は、元の魔法の7割の威力にしかならないというところだ。
しかし、条件次第ではあるものの利点がある。
それは
これはアリスの魔法を【贋作者】で使う際に顕著に顕れる利点だと言えよう。
《
同様に、本来は《
威力の7割という点を差し引いても『即発動』という利点は大きいと言える。
……もっとも、《トール・ハンマー》に限っては7割であろうが何だろうが、対ユニットにおいて問題となることはないだろう。
《
間近に現れたブラックホールに対し、BPもオルゴールも何の抵抗もすることができなかった。
奇しくも《デウス・エクス・マキナ》で身を守っていたがために、すぐさま逃げることができず、またBPの内側にオルゴールが入っていたため二人同時に攻撃を食らうこととなってしまった。
二人は為す術もなく《トール・ハンマー》に呑み込まれ――2つのリスポーンマーカーが現れると同時に、《デウス・エクス・マキナ》はガラガラと崩れ去っていくのであった……。
「……うにゃー……課題は多かったけど――」
一人生き残ったサリエラはため息混じりにそう呟く。
確かに勝ちはしたものの、自分以外の仲間全員を犠牲にするというお世辞にも褒められたものではない勝ち方だ、とは自覚している。
そうしなければ今回は勝てなかったという事情もあるし、再戦した時に勝てれば良いとも思えなかったので致し方ないと自分に言い訳するしかないのだが……。
サリエラの作戦の全体像は、かなりのギャンブルだったと言えよう。
やろうとしていたことは単純で、フェードインを使うことでオルゴールたちの意識から消え去り、その間に接近。
比較的安全であろう《デウス・エクス・マキナ》の腹下にひたすら隠れて気を窺う。
そして、オルゴールたちの意識が戦いから『出口』の捜索へと切り替わったタイミングを見計らってフェードアウトで出現、霊装を突き立てて至近距離からの《トール・ハンマー》での一撃必殺を狙うというものだ。
ギャンブルだったのは、まず腹下に隠れていても本当に安全かはわからないということだ。
フェードインは『F空間』に隠れて他のユニットや使い魔から存在を認識されなくなるという、完璧な隠密能力を備えてはいるものの、かといって『F空間』内にいれば攻撃が当たらないというわけではない。
広範囲攻撃に巻き込まれればダメージを食らうし、《デウス・エクス・マキナ》に押しつぶされるという危険もあった。
そうならないように状況を見極めつつひたすら耐える――ここが第一のギャンブルだ。
もう一つは、サリエラがフェードインを使ってしまうと、ウリエラたちからも存在を認識されなくなってしまうという点だ。
フェードイン前にウリエラとサリエラの間で作戦の共有はしていたものの、フェードイン後にウリエラがその作戦に疑問を抱いてしまったら意味がない。
……結果として、ウリエラは作戦を完遂しきったのだから杞憂だったとは言うものの、ここだけはどうしても避けようのないギャンブルだったと言えよう。
アストラエアの世界でフェードインの本来の使い手と戦った際にも同様の危険はあった。
あの時はヴィヴィアンもラビも躊躇わずに――訳が分からないままであっても――作戦に従おうとしてくれたおかげで上手くいった。
しかし、ウリエラは
誰が立てたかわからない、しかも自分たちが全滅すること前提の作戦に疑問を抱き別の作戦をその場で考え出してしまうかもしれない……そんな不安はあった。もちろん、考えた結果より良い作戦を思いつけばそれに越したことはなかったろうが、手持ちの戦力ではどうにもならないとウリエラは判断し、ガブリエラの復帰まで時間を稼ぐという下策を取らざるを得なくなってしまっていたかもしれない。
そうならなかったのは、本当に『運が良かった』とサリエラは思う――が、ウリエラに言わせてみれば『魔法の効果で一時的に忘れても、さりゅと考えた作戦は絶対に正しいと心の底では思ってるからこの結果は当然みゃ』であろうが。
……最大のギャンブルは、サリエラ一人で戦わざるをえない状況そのものではあるが。
ともあれ、ギャンブルを乗り越えた時点でサリエラが勝利するまでは残り3手。
1手目はクラッシュを使い霊装を《デウス・エクス・マキナ》へと食い込ませること。
深ければ深いほど良いが、カウンターでサリエラがやられたら何の意味もない。
それにオルゴールが
だから、ここも慎重な見極めが必要な場面であった。
続く2手目は、相手がサリエラへととどめを刺そうとした瞬間に、
別にジュリエッタである必要はなかったが、オルゴールたちの注意を惹くのに最も適しているのはジュリエッタであろうとサリエラは的確に予測していた。
BPはともかく、オルゴールがジュリエッタを意識していたのは分かっている。
……どういう意味での意識かは置いておいて。
決定力のないサリエラが一人で動くとはどちらにしろ考えず、何かしらの『罠』を警戒するであろうことだけは確実だ。
そこに、決定力を持っているであろうジュリエッタの姿を見せたらどう動くか――サリエラは相手の心理を読み切って的確な幻覚を作り出し、自分にとって都合のいいように操ってみせたのだ。
幸運だったのは、ウリエラたちの特攻時に《デウス・エクス・マキナ》の片足を壊し、オルゴールが《マリオネット》で制御するようになったことだろう。
このおかげで咄嗟の判断でオルゴールが《デウス・エクス・マキナ》を操作、サリエラから
つまり、オルゴールのジュリエッタへの警戒心と、サリエラへと確実にとどめを刺せる状況にも関わらず油断せずに周囲への警戒を怠らなかったことこそが、幻覚による誘導という2手目を『
この2手目は相手の注意を惹きつつ、サリエラの魔力を回復させるための時間稼ぎでもある。
3手目――『詰み』となる手は、当然のことながら至近距離からの《トール・ハンマー》である。
1手目で首尾よく霊装を突き刺し、2手目で相手の注意を惹きつつ回復。
そして3手目で『詰み』……これこそが、サリエラの見出した《デウス・エクス・マキナ》攻略作戦の肝であった。
「――ま、勝ちは勝ち、にゃ」
今回見えた課題は『次』までに解決策を考えれば良い。
とにもかくにも、ここで一度勝利した、という成果は後々良い方向へと働くことだろう――それは精神的な余裕にも繋がり、各自の戦意高揚となってくれるはずだ。
サリエラが自分たちの勝利を宣言することで、『灰の孤島』での戦いは完全に終わりを迎えるのであった。
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