第10章39話 デウス・エクス・マキナ -2-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ガイア戦よりも前、『三界の覇王』のクエストを出すべく33体の悪魔メギストン攻略を行っている時のことだった。


”そういえばさ、結構色々な敵と戦って来たけど……今までで一番ヤバいと思った敵って何だった?”


 休憩がてらの雑談である。

 ラビのユニットたちは、参入した時期にかなりの開きがあり必ずしも同じ敵と戦ってきたわけではないが、それでも相手にしてきた種類で言えば間違いなく全使い魔中トップクラスであろう――本人たちに自覚はないかもしれないが。

 モンスターもユニットも、様々なものがいた。

 中には直接戦うことよりもクリアのために『条件』を満たさなければならないという、『面倒』な敵も多く含まれている。

 ラビの問いかけに嬉々として思い出を振り返るように子供たちは口々に名を挙げていく。

 ……尚、ナイアとジュウベェだけは暗黙の了解で挙げることはなかった。アレらは例外的すぎる。


「…………勝てたは勝てたけど、もし『条件』が違えばナイア以上にヤバいと思う敵はいた」

「…………あー、アイツのことかにゃー? 確かにアレだけは二度と戦いたくないにゃー……」


 様々なモンスターやユニットの名が挙げられる中、楓と椛は心の底からそう呟いていた。


”それって?”


 この二人をしてそこまで言わしめる相手――ラビ自身が直接対面していない相手もいるだろうが、ピッピのユニットだった時代の話も一通り聞いている。

 楓と椛であれば、撫子ガブリエラのパワーは必要であろうがナイアたちのような相手でもない限りは『ヤバい』『どうにもならない』と思うようなことはない、とラビは思っていたのだが……。

 しかも楓が言うには『ナイア以上』の脅威となりうる可能性を秘めていたという相手だ。

 雑談ではあるが聞いておきたい情報ではある。


「アストラエアの世界で戦った、

「あいつがもっと頭良かったら、マジであたしたち勝てなかったと思うにゃ」


 椛もいつも通りの能天気な笑顔を浮かべてはいるものの、冗談を言っているわけではない。

 ナイアたちとの最終決戦時、地上に残っていたガブリエラ・ウリエラ・サリエラが戦った結晶蟲ダムナティオアトラクナクア――それこそが、二人が『ヤバい』と思うナイア以上の脅威だ。


「もしもあいつの頭が良かったとしたら――ううん、もっと早くに生まれて経験を積んでいたとしたら、たとえブランたちが駆け付けてきてくれたとしても勝てなかったと思う」

”う、うーん……まぁ確かにね。二人から話を聞いただけだけど、あんな滅茶苦茶なの二度と現れないとは思う”


 無数のラグナ・ジン・バランの残骸をベララベラムの魔法ボーンアーツを使って操作、誰も手出しできない『要塞』と化して何もかもを踏みつぶしていく……。

 言われてみれば、ある意味でナイア以上に手の付けられない怪物だった、とラビも思う。

 だが、二人がそこまで言う相手かどうかは、実際に目にしていないこともあっていまいち実感ができていない。

 確かにガブリエラのパワーでもどうにもならない要塞と化したのは脅威ではあるが……。


「ま、そうならなかったことに感謝だにゃー。何にしても、もうアトラクナクアはいないし、ベララベラムも二度と現れることはないから気にする必要もないにゃ」


 椛の言う通り、アトラクナクアにしろベララベラムにしろ例外的な存在だ。

 どちらも二度と現れることはないのだ、考える意味はないだろう。

 そうこの時は誰もが思っていたのだった。




「……勘弁してほしいみゃ……」

「……なんでこういう嫌なことだけ当たっちゃうにゃ……」


 オルゴールとBPの同時使用した魔法――《デウス・エクス・マキナ》を見て、呆然と二人は呟く。

 魔法の詳細な効果自体はわからないにしても、だけ見て二人は理解してしまったのだ。


 ――は、最も恐れていたアトラクナクア以上の脅威である。


 と。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ミトラのユニット――その中において、オルゴールとBPは(本人たちがどう思っているかは別として)であった。

 単独での戦闘力もさることながら、互いの魔法を合わせた時にこそ『真の力』を発揮する協調ジョイント型の能力を持っているのだ。

 チームワークがいい、というものとは次元の違う話である。

 同時に魔法を使うことで最大のパフォーマンスを発揮する、あるいは威力を最大限にまで高めることが出来る――そういう能力だ。

 逆に言えば、単独ではさほど力を発揮することが出来ない能力である、とも言えよう。

 ……ただし、ラビのユニットたちが身を以て実感するように、オルゴールとBPはどちらも単独での戦闘力は決して低くはない。むしろ高い方であると言えるのだが。

 そんな二人が協力ではなく協調した魔法――それは紛れもなく彼女たちの『奥義』とも言えるものであった。




 魔法発動と同時に、周囲に転がっていた瓦礫や兵器の残骸が形を変じる。

 それらがBPの身体を包み込むと共に、オルゴールの放つ糸が『繭』となり攻撃から身を防ごうとする。

 咄嗟に走りだそうとしたジュリエッタとガブリエラも、迂闊に『繭』に触れればオルゴールに拘束されるだろうことは理解している。

 魔法発動前に止められなかったことを悔やむものの……基本的に魔法は発声直後に発動してしまうのだ。止めるのは難しいものではある。

 ともあれ、もはや二人の動きを止めることは出来ない。

 であれば、やれることは発動した魔法を真正面から叩き潰すことだけである、とすぐさま思考を切り換える。

 ……だが、数秒後現れたモノは、彼女たちの想像をはるかに超えた――そしてウリエラとサリエラにとっては『最悪の想像』に合致するものであったのだ。


「……勘弁してほしいみゃ……」

「……なんでこういう嫌なことだけ当たっちゃうにゃ……」


 まだ動いてはいない、出現しただけではあるが――彼女たちの知る『オルゴールの能力』を考えれば自分たちの想像が外れていないだろうことを二人はわかっていた。

 頭がいいが故に能力の全貌がわかっておらずとも、知っている範囲だけでも十分に『ヤバい』ことになることがわかるのだ。

 それでもを見るだけで、自分たちの想像が間違っていないことが理解できてしまった。




 《デウス・エクス・マキナ》――それはBPとオルゴールが異なる魔法を同じ名前で使ったことにより現れた、一言で表せば『巨大ゴーレム』である。

 四本の脚で身体を支え、長い首と尻尾を持つ超大型モンスターにすら匹敵する『岩のドラゴン』、それが見た目の印象であろう。竜脚類の恐竜が一番近い見た目であろうか。

 BPの構造構築魔法コンストラクションによって周囲の瓦礫等を身体を構築する材料として使われている。

 コンストラクション自体、ウリエラの構築魔法ビルドに近い性質を持っている。周囲の物質を使う被造物という点では同等の魔法とも言えるのだが、明確に異なる点がある。

 それは、ビルドは『周囲の物質を使う』がコンストラクションは『周囲の物質を使う』ということだ。

 もしウリエラが同じように《デウス・エクス・マキナ》を作ろうとすると、大小さまざまな瓦礫等の残骸を無理矢理繋ぎとめて作るしかないだろう。

 だが、コンストラクションの場合は材料として使うものを『再構築』し直して作ろうとする被造物に適した形へと変えてくれる――その意味ではビルドの上位互換とも言えるだろう――結果、瓦礫を積み上げただけのドラゴンではなく、様々な物質を適宜組み替えた『スマートな』形状のドラゴンとなっている。

 そのうえで、オルゴールの糸操作魔法スレッドアーツによって全身の各部位を糸によって繋ぎ止め、本物の生物同様の関節の柔軟さを保っている。


 ……なるほど、BPが作りオルゴールの糸が動きを補助する巨大ゴーレムか。

 ジュリエッタたちはそう理解したことだろう。

 それは

 そのことをウリエラとサリエラだけが理解している。


「デカくなったけど――ムスペルヘイムに比べたら」

「アトラクナクアに比べたら全然ですね♪」


 ジュリエッタとガブリエラが速攻を仕掛けようと《デウス・エクス・マキナ》へと突撃する。

 どちらもかつて絶望的なまでのサイズ差の相手と戦ってきた経験がある。

 その時に比べれば《デウス・エクス・マキナ》は絶望するほどの大きさではない――特にアトラクナクアの《フルメタルエグゾスカル》には遠く及ばない大きさではあるし、何よりも材質が鉄よりは柔らかそうな石がメインだ。

 いかに魔法の産物であろうとも、彼女たちのパワーで砕けないものではない。

 何より、巨大化した……それも周囲の物質を使って造られた身体なのだ。そこには『重さ』が存在する。

 これがアリスの魔法のような『本来存在しない物質』であれば、『ゲーム』のシステムのいい加減さにより重量の存在が無視されることが多々あるのだが、ウリエラのビルド同様に『存在する物質』を使った場合にはそうはいかない。

 故に《デウス・エクス・マキナ》は見た目通りの『重さ』が存在するはずなのだ。であれば、ユニットの力が人間の域を超えているとは言ってもビル丸ごとを持ち上げるようなものなのだから、動きはかなり鈍い。そうジュリエッタたちは読んだ。

 だからこその速攻だ。

 BPたちは《デウス・エクス・マキナ》の内部に入り込んでしまったため、引きずり出さなければならない。

 速攻で砕き、BPたち本体を狙う――それ以外に勝つ方法がないのだから。


「! ダメみゃ!」

「二人とも待つにゃ!」


 ウリエラとサリエラの警告よりも速く、


「ライズ《アクセラレーション》、《ミリオンストレングス》!」

「クローズ!」


 一瞬で間合いを詰めた二人の攻撃が《デウス・エクス・マキナ》の胴体中心部――首の付け根付近へと叩き込まれようとしていた。




 もしもウリエラたちの心配が杞憂に終わってくれていれば、この攻撃で一気に相手を追い詰めることが出来ただろう。

 しかし、




「!?」

「あれっ!?」


 二人の攻撃は確かに最速で放たれ、本来ならば《デウス・エクス・マキナ》の胸部を打ち砕くに足るものであった。

 だが、その最速の一撃を《デウス・エクス・マキナ》はしたのだ。

 二人とも攻撃目標から視線を逸らすことなどない。

 なのに、間合いを詰めた瞬間に《デウス・エクス・マキナ》の巨体が消え一瞬見失ってしまう。


みゃ!!」


 戸惑いは一瞬。

 ウリエラの叫びに疑うことなく二人はその場から離れようとするが……。


「――ッ!?」


 それよりも速く、上から落ちてきた《デウス・エクス・マキナ》の足が二人を無慈悲に押し潰していた――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ――それは舞台劇において収拾のつかなくなった事態脚本を一気に終わらせる、創作における『禁じ手』とも言える手法のことである。

 現代風に言うのであれば、『夢オチ』『爆発オチ』であろう。

 当然、BPとオルゴールが使った魔法は同じ名であっても全く同じものではない。

 しかし魔法が齎す結果は……ある意味では同じであるとも言えるだろう。




『……ふむ、久しぶりに使ったが――以前よりも威力が上がっているようだな』

『エエ、かの世界での戦いデ、ワタクシたちも成長したようデスね』


 踏みつぶしたジュリエッタとガブリエラのいた場所に、リスポーンを示すマーキングが出現している。

 ただの一撃で二人は体力を削られ切りリスポーン待ちへと追い込まれたのだ。

 その様子を見ても、BPたちに特に昂揚は見られない。

 なぜならば、《デウス・エクス・マキナ》を使った以上ことは予想がついていたからだ。

 予想と違ったのは、たった一撃でガブリエラまでをもリスポーン待ちに追い込めたことであった。

 ……その点については、オルゴール自身が言う通り様々な経験によって『成長』したというのが正しいであろう。

 得たジェムでステータスを伸ばしたのも当然あるが、何よりも『相手の無防備な隙を突いて致命的な一撃をあたえる』という戦闘においては必須となるスキルを戦いの中で磨いた結果である。


『ともあれ、これで2人――残り4人か』

『リスポーンされる前に片付けたいデスが、マァいいでショウ』


 示されているリスポーンのマーキングは『リスポーン中』を示している。

 ラビが気付いたのだろう、すぐさま二人の復帰は開始されていることから3分後には戻ってくることだろう。

 その3分の間に全滅させる――あるいは、復帰した直後に再度リスポーン待ちに追い込んで時間を稼ぐ。それがBPたちの目的だ。

 仮にここで時間を稼いだとして、次のフィールドで追いつかれたりしても問題はない。

 フィールドを跨いでも使用している魔法は継続する、それはもうわかっている――ただし、遠隔操作するタイプの魔法だと操作することができなくなってしまうが。

 《デウス・エクス・マキナ》が継続している限り敗北はない。

 そもそも、二人がミトラよりも互いとの合流を優先していたのは《デウス・エクス・マキナ》を使うことを狙っていたからだ。もちろん、ミトラとケイオス・ロアが一緒にいるから安全だという前提はあるが。

 彼女たちの狙いは単純明快。


 合流して《デウス・エクス・マキナ》を使って全てを蹂躙する。


 それだけのことだ。

 『三界の覇王』レベルのモンスターであっても、《デウス・エクス・マキナ》を使えば力任せに突破することは可能だ。

 加えて、アルストロメリアとケイオス・ロアが加われば、おそらくはガイアすらも倒すことが可能だろうとも。

 ……ただしこの魔法にも『制限』はある。

 その『制限』故に、この『灰の孤島』に来るまでは使わずに温存していたのだが、一度発動させた以上もはや解除するつもりもない。

 ミトラたちとの合流もそう遠くない――どちらもガイア内部をかなり進んで来たという実感がある――だろうという予想もあった。

 ここから先は魔力を惜しむことなく、ユニットだろうがモンスターだろうが全てを薙ぎ払ってゆくだけだ。




 全てを唐突に終わらせる機械仕掛けの神……その名を持ったこの魔法は、『ゲーム』においてもほぼ同様の意味を齎す『禁じ手』であると言える。

 すなわち、何もかもを力任せに薙ぎ払う圧倒的な『暴力』による幕引きを実現する魔法なのだ。

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