第10章4節 秩序無き狂乱の宴

第10章38話 デウス・エクス・マキナ -1-

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビのユニット6人に対して、ミトラのユニット2人――数の上では3倍差もあり、普通に考えれば勝負にもならない一方的な蹂躙に終わるだろう。

 しかし、数の差が絶対的な優位になるとは限らないということは誰もが理解している。

 とりわけアストラエアの世界で絶望的な差で戦うことを強いられたジュリエッタとオルゴールについては身を以て経験している。

 その二人の想いは、立場の差が真逆なのに対して奇しくもものだった。


 ――相手を押し切れない……!


 ジュリエッタからすると、手応えを感じないわけではない。

 けれども決定打を全く与えられていない、そう感じている。

 6人による同時攻撃、しかもそのうち1人は無数の召喚獣を呼び出せるヴィヴィアンだ。実際には6以上の手数となっている。

 だというのに相手に有効なダメージを与えられていないのだ。


 ――どちらも厄介……。


 BPについては、とにかく火力が高い。

 要注意なのは右拳の一撃だ。もし直撃を受ければ、体力の低いジュリエッタやウリエラたちは一撃でリスポーン待ちにさせられてしまうだろう。

 その火力をコンスタントに、しかも広範囲に放ち続けるのだ。もはやアリスの巨星魔法の連打を受けている気分になってしまう。

 ただし隙がないわけではない。

 一撃放つごとに多少のクールタイムが必要なのだろう、間断なく砲撃が飛んでくるというわけではないのだ。

 その隙を埋めるように、オルゴールの糸が巧みに援護している。

 迂闊に近寄れば糸で拘束され、あるいは投げ飛ばされ、遠距離からの攻撃は糸を編んだ『布の盾』で受け止め、いなす。

 霊装並の強度を持ちつつ布のしなやかさを併せ持った、ある意味では《イージスの楯》以上に厄介な楯であると言えよう。

 一番厄介なのは、ジュリエッタやガブリエラが近接攻撃を仕掛けようとすると『布の盾』で攻撃を防ぐと同時に、カウンターで糸を絡ませて来ようとするところだ。

 防御と妨害、そして拘束を兼ねている楯を突破することが出来ず、クールタイムの終わったBPの砲撃が飛んでくる……この繰り返しで、少しずつジュリエッタたちは体力と魔力を削られていっている。


 ――ウリエラがいなかったら、ジュリエッタたちは負けている……!


 一見互角のこの攻防は、全てウリエラの【消去者イレイザー】のおかげであると理解していた。

 【消去者】によってオルゴールの刺繍魔法ステッチを封じていなければ、一人ずつ動きを封じられてあっさりと終わってしまっていただろう。


 ――……向こうもそれはわかっているはず。だったら……!


 この戦い、鍵を握っているのはウリエラとオルゴールの2人。そう考えたジュリエッタは『先』のことを考え始める――




 一方でオルゴールもまた同じことを考えていた。


 ――なかなか押し切れませんネ……。


 数で劣るはずのオルゴール側であったが、『BPと二人で戦えば勝てる』と事前に予想していた。

 オルゴールの糸による拘束、そしてBPの火力が合わさればいかにジュリエッタたちといえども下すことは容易いと思っていたのだ。

 しかし現実は違う。

 オルゴールの知らなかったウリエラの【消去者】の新能力によってステッチが封じられ、糸による拘束がかなり弱まっている。

 スレッドアーツで相手を縛り付けて封じることは可能だが、ステッチのように『口を縫い付けて魔法を封じる』ようなことは流石にできない。

 結果、相手の動きを一時的に縛り付けることは出来ても長時間の拘束は出来ず、BPのクールタイムを稼ぐのみに留まってしまっている。

 BPにしても、火力は高いが単発攻撃では相手を仕留めることは難しい――特に相手は一騎当千のユニットたちだ。互いに互いをカバーしあいながら攻撃を回避しつつ、反撃を狙ってきている。


 ――……となレバ……。


 オルゴールもまた、ジュリエッタと同じく戦いの鍵はウリエラの【消去者】と自身のステッチだと正確に理解している。

 ……同様に、ウリエラとサリエラも理解しているだろう、と。


『BP、マデもうしばらくお待ちくだサイ』

『承知。もう少し火力を上げて良いか?』

『……魔力ヲ使い切らナイように注意していただけレバ』

『心得ているさ』


 ステッチで動きを封じ、BPの火力で一人ずつ潰していく――彼女たちの『必勝』とも言える構えは崩された。

 ならば、『奥の手』を使うまで。

 ジュリエッタたちの奥の手――ガブリエラのリュニオンによる強化は既に知っている。

 知っている上で、尚自分たちが上回ることが可能と考える『最大最強の一手』、それを撃つ機会をオルゴールは窺う――




 攻防は続く。

 BPが構造構築魔法コンストラクションを使って魔法に反応して迎撃するドローン――『赤い廃墟』でヴィヴィアンたちを閉じ込めたものだ――を展開、更にオルゴールも近くの瓦礫や兵器の残骸を糸で操り叩きつけようとしてくる。

 それに対抗してルナホークが即座に迎撃カウンター兵装へと換装し、ドローン同士で互いに動きを封じ合う。

 オルゴールの糸に対してはガブリエラのパワーとヴィヴィアンの召喚獣で対抗し、残ったジュリエッタ、ウリエラ、サリエラで攻撃を加えようと試みる。

 ……が、BP本体の火力がそれを遮る。

 攻め手が体力低めの3人のため、万が一にも攻撃を食らうわけにはいかない。BPの火力では一撃必殺になってしまう。

 オルゴールの糸も要警戒だ。一番危険なステッチは【消去者】で封じ続けられているものの、他の魔法は止めることはできない。

 死角からの攻撃を的確に狙うオルゴールの攻撃の方が長期的に見て危ういと言えるだろう。

 オルゴールの攻撃によって体勢を崩されたところにBPの攻撃の直撃を受ける……それが最悪のパターンだろう。

 もしも一人でも欠ければ、そこをきっかけにラビのユニットたちは総崩れになってしまうことは明らかだ。反面、ミトラのユニット側は片方が倒れても即どうにかなるようなバランスではない。

 この戦い、人数の優位を覆すほどに状況的にはオルゴールたちが優勢なのである。


 とはいえ、その優勢がいつまでも続くとは互いに思っていない。

 時間をかければかけるほど、ラビ側の方に優勢が傾いていく――魔法の迎撃さえされなければ、ヴィヴィアンの召喚獣とウリエラのゴーレム軍団が着実に数を増し、次第に覆しようのない数の差を生み出していくことになる。

 なによりもラビ側には全てを覆す最強の暴力……ガブリエラと、一瞬の間に状況を覆しかねない瞬発力を持ったジュリエッタがいるのだ。

 BPとオルゴールの手数では埋められない数の差が出来た瞬間、2枚の『鬼札』が牙をむくことになるだろう。

 ……もっとも、互いに『時間をかける』という展開は望んでいないのも確かなはず。

 故に、早々に動く機会を狙っている、とジュリエッタたちは読んでいた。

 その動きを見逃さず、かつ先制して潰すことが出来れば勝てる――そう確信もしていた。


 確かにオルゴールもBPも強い。

 流石にラスボス戦まで勝ち抜いてきた、それもラビ側よりも少ないユニット数で『三界の覇王』を制してきただけはある。

 とはいえ、だからと言って彼女たちがこれまで戦ってきた強敵よりも強いかと問われれば、決してそんなことはないと返さざるを得ない。

 『個』としての武力であればジュウベェクラウザーを上回るものは存在しないであろうし、『群』としての武力はアビサル・レギオンが極致であろう。

 どちらもいんちきチートの産物であることに目をつぶれば、『ゲーム』のシステムの限界を超えた強さを持っていたことは間違いはない。

 オルゴールたちの強さは、あくまでもシステム内での話だ。

 ならば数で勝る側がいずれ押し潰せるという道理は、『時間をかければ』覆ることはないはずである。


 ――……おかしい……?


 戦いながらジュリエッタは相手に対して不信感を抱き始めていた。

 彼女たちの狙いは読めているつもりだった。そして、その狙い通りに動かなければいずれ敗北するであろうことは、何度考えても変わらないし彼女たちの『唯一の勝ち筋』だとしか思えない。

 だというのに、その『唯一の勝ち筋』がわかっていないとしか思えない動きをオルゴールたちは続けている。

 オルゴールたちの『唯一の勝ち筋』とは、すなわちである。

 ウリエラがステッチを封じていることは理解できているはず。

 ステッチさえ使えるようになれば、ガブリエラ以外を即時封殺することができ、残ったガブリエラが救出に入るよりも速くBPが下すことが可能なはずだ――実際に『赤い廃墟』での最初の戦いは、足止めが目的だったとは言えBPとガブリエラの戦いはBPの勝利に終わっている。

 ジュリエッタの動きもいつまでも封じていられないのは理解しているにしても、今度は足止めではなくとどめを刺せばいいだけの話だ。ジュリエッタがステッチの拘束を解くよりも早くにとどめを刺せるはず。

 だからオルゴールたちが狙うべきはウリエラであるはずなのだ。


 なのに、二人はウリエラを積極的に狙わない。

 『ウリエラを狙うはず』と読んでいるため、当のウリエラも身を守る素振りを見せつつも時折攻撃を誘うように隙を見せている――当然、そこを狙えばジュリエッタかガブリエラの痛烈な反撃を見舞うつもりでいるのだが……。

 その隙が『罠』だと見破っている、という可能性はあるものの、あまりにものだ。

 『何か』を狙っているのは間違いない。だが、その『何か』はジュリエッタたちの読みとは全く異なるもの――狙うことのメリットがわからないものである。

 そもそも、積極的に攻撃をする様子が見えない。

 こちらの動きを止めようとする意志は見えるものの、体力を削り切ろうとすることも前のように動きを完全に封じようという意思も見えない。


 ――……『時間稼ぎ』? でも……。


 考えられるのは『時間稼ぎ』ではあるが、それが良い手であるとは到底思えない。

 ここの戦場で時間を稼いで合流を遅らせるというのは一つの手としてはありえる。ラビとの合流ができない=ラビがクエストクリアはできないを意味しているのだから、ユニットと一緒にいるミトラの勝率は高まるだろう。

 ……ただ、それはラスボスが少数のユニットで勝てる程度の相手である、という前提で成り立っているものだ。

 それに足止めするにも限度はある。ここで数分稼げたとして、それで絶対に合流を防げるというわけでもない。

 ガイア内部の各フィールドの繋がりが全くわからない以上、次のフィールドに行ったら合流できたということもありうる。

 狙いが読めないのは不気味だが、このまま押し切ることはいずれ出来る――時間をかけるのは望ましくないが、一度戦闘が始まった以上止めることはもはやできないのだ。勝てるのであればそれで良し、と思うジュリエッタたちであったが……。




 やがて、戦況が一気に動いた。

 BPの迎撃ドローンを召喚獣とルナホークが抑え、フリーとなったガブリエラが単独でBPへと攻撃。オルゴールとの分断に成功する。

 一度戦況が傾けば後は速い。

 糸による拘束に気を付けつつ、ジュリエッタがオルゴールへと張り付き手を緩めることなく攻撃をし、それをウリエラとサリエラがサポートする。


 ――このまま押し切れる……!


 ジュリエッタだけでなく、他のメンバーもそう確信した。

 確信した上で手を緩めることなく勝ち切ろうとするが――


「ウィーヴィング《シュラウド》」


 突如オルゴールの動きが変わった。

 オルゴールを穿とうとするジュリエッタの拳に対して糸で『幕』を造って防ぐと同時に、そのままジュリエッタを包み込もうとする。


「おっと、クラッシュにゃ!」

「逃さない……ライズ《アクセラレーション》!」


 すぐさまサリエラのクラッシュが『幕』に叩きつけられ破り、ジュリエッタが加速して下がろうとするオルゴールを追い詰める。


「……!? 偽物!?」


 ジュリエッタの拳がついにオルゴールを捕えた――が、その姿がバラバラと解けて糸へと変化する。

 エル・アストラエア防衛戦時にボタンに対して使った《マスター・オブ・パペッツ》による身代わり人形だ。

 ……この魔法をジュリエッタは見ていなかった。だから、『糸で変装できる』とは知っていても『糸の人形を造る』ことは考えていなかったのだ――人形を作るくらいは想像がついたかもしれないが、『本物同様に動く人形』までは想像が及ばなかったのは仕方のないことであろう。

 ともかく、人形から糸に戻ったのを見てジュリエッタは咄嗟にその場から飛び退ろうとする。

 至近距離で大量の糸に襲われたら、ステッチではないにしろ動きを数秒封じられてしまいかねない。この戦いにおける数秒は致命的な隙を晒すことになりかねないと思ったからだ。




 ……という考えをするだろう、と

 糸人形が解けたことで現れた大量の糸は、ジュリエッタを拘束しようとすることもなくその場で四方八方へと広がる。

 その糸の向かう先は、周囲の瓦礫……だけでなくのだ。


デス」


 そう言うオルゴールの声は、から聞こえてきていた。




 ――BPは全身を漆黒の甲冑で身を包んだユニット……というのは間違いではないがある意味では誤りである。

 この『ゲーム』のいい加減な仕様によってラビたち――特に死生人リビング・デスとなったクロエラ――が救われた面が多々あったように、そのいい加減な仕様をオルゴールたちは利用していた。

 BP自体に中身がないわけではないが、それは鎧型霊装が破壊されるまで露わにされることはない。

 また、この『露わにされる』の判定がかなりいい加減で、『外部から見えていなければ』『露わにされていない』とされることにオルゴールたちは以前から気付いていた。

 外から見えていなければ、実際に存在しているはずのものなのに存在しない扱いになる――普通のゲーム的に言えば、グラフィックとして描画されないが設定上のみ存在していることになる。


 この仕様の穴をオルゴールたちはたびたび利用していた。

 BPとオルゴールを『幕』で包んで外部から見えないようにし、その隙にBPを『鎧』としてオルゴールが着こむ――あるいはBP内部にオルゴールが隠れる。

 そして糸人形を操ってあたかもオルゴールがそこにいるかのように見せかける……そういう、ある意味では『バグ技』とも言えることをしたのだ。

 では、

 BPの内部にオルゴールがいた、というのは相手にとって不意を突くことではあるがそれ以上の意味をなさない。

 糸人形を素直にひっこめてしまったら不意打ちにもならない。

 なのにBP内部にオルゴールがいなければならなかった理由――そこに、オルゴールたちの『本当の狙い』はあった。


「我が妹よ、先ほどとは逆だな」

「……どういうことですか?」


 『赤い廃墟』での《ゴグマギア》を出した時のガブリエラと同じ問いかけを、逆の立場でBPはする。


「降参するなら今の内だ――とは言え、今回は足止めではない。貴公ら全員、大人しくリスポーン待ちになるか、という意味ではあるが」

「……ふふっ、冗談でしょう?」


 BPの降伏勧告をガブリエラは涼し気な笑みで返す。

 その返しはもちろん想定していただろう。

 特に気にした風もなくBPは小さく頷く。


「意気や良し。

 改めて言おう――全力で来るが良い、勇者たちよ。さもなくば貴公らの道はここで閉ざされると思うがよい」


 身体に糸を纏わりつかせたBPが厳かに宣言する。

 それをガブリエラも、ジュリエッタたちも『脅し』とは全く思わない。


 ――不意打ちは……いや、拙いか……。


 状況が状況だ、不意打ち騙し討ち上等で速攻撃破を狙うことをジュリエッタも厭わないが、今のBPに迂闊に攻めるのは拙いとわかっている。

 内部にオルゴールがいる上に、自身の身体を糸で覆っているため触れた瞬間に捕らわれることになるだろう。

 ……ただ、それでも『的』がBP一人にほぼ絞られる状況だ、自分たちが不利になったとは到底思えない。むしろ、より追い詰めたというようにしか思えない。


「……ジュリエッタ、それにウリエラさんたちもワタクシたちを追い詰めたと思っているでショウが――」

「敢えて言っておこう。だ」


 オルゴールとBP、二人の言葉の真意を探るよりも前に……。


「!? 拙いみゃ!? ……ああ、【消去者】じゃ消せないみゃ!?」


 その真意を、ジュリエッタたちは身を以て知ることとなる。


「スレッドアーツ――」

「コンストラクション――」


 二人の魔法が同時に発動する――




「「《デウス・エクス・マキナ》」」

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