第10章37話 秩序なき狂乱の宴
* * * * *
状況がまた変わった。
遠隔通話で他の皆の状況も聞いたので、それを含め全員の状況を改めて纏めよう。
まず私自身だけど、ケイオス・ロア、ミトラ、フランシーヌと共に『桃源郷』の出口を目指しているところだ。
……何か釈然としないけど『桃源郷』内にモンスターは現れず、特に妨害はない。
ただ出口が結構遠いところにあるみたいでまだ移動中だ。
ちなみにフランシーヌだけど、飛行能力がない――というか飛行するのに結構手間がかかるということで、ケイオス・ロアの魔法で運んでいる最中だ。
相変わらず私が『敵』のお世話になっているという不安定な状況ではあるけど、ミトラたちと結んだ不戦協定もあるし当分の間は大丈夫なんじゃないかなと思ってる。
ヴィヴィアン、ジュリエッタ、ガブリエラ、ウリエラ、サリエラ、ルナホークの6人は合流済み。
今は『黄の砂漠』を抜け出すためにモンスターを蹴散らしながら進んでいる。
こっちにはなぜかモンスターが現れているし、何か『条件』があるのかもしれない……が、検討するための材料が少なすぎてウリエラたちも仮説を立てられないみたいだ。
本人たちも言っているけど、6人揃っていることもあって一番安定しているところかもしれない。
クロエラは『白い洞窟』を抜けることは出来たみたいだが、今は『赤い廃墟』でモンスターに囲まれているらしい。
心配ではあるけど、彼女の速さで逃げられないほどではないらしく、何とか頑張って先に進もうとしているとのことだ。
『黄の砂漠』で上手く合流できればいいんだけど……。
もう一つ不安なのは、クロエラが『白い洞窟』でリスポーン待ちになっていたことだ。
何かが起こったのはまちがいないのだが、本人も何が起こったのかがわからないらしい。
……私自身にも起きている不自然な『記憶の欠落』がクロエラにも起こっていた、その上リスポーン待ちにまで追い込まれた――このことは気にすべきだと思う。まぁ考えてもわからないんだけどさ……。
最後にある意味で一番心配なアリスだけど――
リスポーン待ちにはなっていないのは確かではあるが、相変わらず遠隔通話が通じない。
ということはまだガイアの外にいるってことになる……とは思うんだけど……。
ちょっと気になる点が一つある。
それは、
体力魔力は上限からちょっと減ってはいる。それは問題ない。
問題なのは、そこからの増減が起こってないことだ。
……戦闘をせずに様子を窺っている、とは思わない。
なぜならば変身中であってもわずかではあるものの魔力は自動回復するからだ。だから、全く魔力の増減がないというのはありえないのだ――満タンになっているのであればともかく。
それにガイア外部にいるのであれば、アリスなら何かしらのアクションを取るはずだ。そうしたら体力はともかく魔力は使うはず……。
…………ただ一人状況が全くわからず不安で仕方ない。
けど、今は信じて待つしかない――アリスならばきっとガイア内部へと自力でやってくるだろう、と。
さて、皆の状況はこんな感じだ。
……うーん、正直このクエスト、『訳が分からない』というのが一番の印象かなぁ……。
ガイア本体の規模とか考えたら『最終クエスト』と言うのも納得の難易度だと思うんだけど、ガイア内部はそうでもないという感じだ。
広大なフィールドが幾つもあり突破することは大変だけど不可能というほどではない。
『面倒』という感じかな? 大変ではあるけど『困難』だとは到底思えない。一番の障害は他チームのユニットとぶつかり合うこと、くらいかな。
モンスターもいたりいなかったりだしなぁ……いざ出てくるとかなりの数が一気に湧いてくるので大変と言えば大変だ。けど、『三界の覇王』どころか
イメージとしては『冥界』が一番近いかもしれない。
あれもあちこちに仲間が分断されて、合流するまでがかなり大変だったクエストだった。
ただあの時と比べてこちらも強くなっているし、『冥界』の
……いくら考えても答えは出てこない、そんなことはわかっている。
でも皆から一人離れてしまっている私としては、考えることしかできないのだ。
たとえ明確な答えが出ずとも、考えることを辞めるわけにはいかない――もしかしたら私の考えや気付きがヒントとなってウリエラたちが答えを導き出すかもしれないし。って、彼女たちに頼りっぱなしになるのはアレだけど……。
「お、出口が見えて来たわよ!」
そうこうしているうちに、私たちは『桃源郷』の出口へと辿り着いていた。
初期位置からかなり離れた、木々の中にひっそりと隠されている虹色の光――空を飛んでいると木に紛れて結構見えづらい。
ケイオス・ロアの魔法がなかったとしたら、見つけるのにかなり苦戦しただろうことは想像に難くない。本当に彼女と一緒に行動できて良かった……そう心の底から思う。
「やっと出口ね。ロア、あんたの魔法すごいわね!」
「そ、そう? えへへ……」
ファーストインプレッションは最悪だったものの、道中に色々とおしゃべりをしているうちにケイオス・ロアとフランシーヌは大分打ち解けてきたみたいだ。
リアルの話は流石にしないものの、同性の同年代だしね。共通の話題があれば打ち解けるのは早いだろうとは予想していた。性格もどちらも割とさっぱりしている方だと思うし。
……ただまぁ、『共通の話題』が互いの使い魔の『うさん臭さ』についてというのは……。この場にいないリュウセイはともかく、ミトラも気まずそうにだんまり決め込んでた。もちろん、私もその話題に乗っかるわけにはいかないのでだんまりだけど。
「さて、ここではモンスターは出てこなかったけど……次はどうかしらね……」
「そうね。あたしも今まで通ってきたところはモンスター出て来たのに、ここだけ出てこないってのはちょっと引っかかるのよね……。
ま、出るなら出るであたしが前に出て戦うわ! ロアは自分の使い魔とラビをしっかり守ってちょうだい!」
……ほんと、打ち解けたら早いなー……。
フランシーヌはやる気満々で手にした物々しい槍型霊装をぶんぶんと振るってアピールしている。
”……そうだね。悪いけど、フランシーヌ君。キミにお願いしたいかな”
ミトラも少し考え込んだ後にフランシーヌにお願いをする。
まぁ割り振りとしてはそうなるか。
使い魔を守るという役割もあるけど、ケイオス・ロアはホーリー・ベルと同じく少し下がっての攻撃の方が得意みたいだし、フランシーヌの後ろから誤射しないように気を付けつつ援護するのが一番いいかな。
「決まりね。じゃ行きましょうか」
フランシーヌを先頭に、私たちは『桃源郷』の出口から次のフィールドへと向かうのだった。
……これで次のフィールドがゴールだったりすると、微妙に困るようなそうでもないような……難しいな、ほんと……。
■ ■ ■ ■ ■
――さぁ、理性など捨て去り秩序なき『宴』に興じましょう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クロエラがモンスターに襲われている、と聞いたヴィヴィアンたちは少しの間どうするかを相談していた。
結果、クロエラを信じて6人で先に進むという結論に至った。
「心配は心配みゃけど、ここでわたちたちがまた分断するのにメリットは全くないみゃ」
「だにゃー。くろが『赤い廃墟』からここに来れるかもちょっと怪しくなってきたみたいにゃし……」
意外にもウリエラ、サリエラが真っ先に『先に進む』ことを主張していた。
しかし、彼女たちの言うことはもっともだろう。
『黄の砂漠』に留まり続けていて、クロエラが来れるのであればいいがその保証もない――『赤い廃墟』がモンスターの巣窟に変わったことから考えて、『同じように見えるけど実は違うフィールド』ではないかという可能性も出て来たからだ。
それに、合流までの時間が延びれば延びるほど、ラビとの合流が遅くなるのだけは確実なのだ。
であれば、即時合流が望めなくなった現状、先を急いだ方が結果的に良くなるはず――ましてや、数人を『黄の砂漠』に残して先に進むという分断は論外だ。
忘れてはならないのはガイア戦は未だ続いていること。そして、他のユニットたちもいて先へと進んでいるであろうことだ。
「うーん……まぁクロなら大丈夫ですよ、きっと」
『何か』が見えているのか、それともただ信頼しているだけなのかはわからないが、ガブリエラまでもがそう言ったことが決定打となった。
クロエラはとにかく自力で何とかしてもらう。
その間に6人は進んでラビとの合流を目指す――モンスターを振り切りさえすれば、同じルートを辿る限りはクロエラならば追いつけると信じて。
「それじゃ、覚悟はいい?」
クロエラからの連絡後、相談しながらも出口目指して移動していたため、ほどなくして到達することが出来た。
変わり映えしない風景の中にポツンとある虹色の光を前にして、ジュリエッタが覚悟を問いかける。
……ギリギリまでクロエラの連絡を待ちたい、という気持ちがあることは否定できない。皆もそれは理解しているだろう。
「――参りましょう」
後ろ髪が引かれる思いを断ち切るように、代表してヴィヴィアンが答えた。
ウリエラたち残るメンバーも無言でうなずく。
「……わかった。念のため、またジュリエッタに皆掴まってて」
ここでまた分断されるのだけは避けたい、とジュリエッタがメタモルで大型の四脚獣へと変化。
全員がそれに乗りしっかりと掴まったのを確認し、意を決し出口へと飛び込む――
そして6人がたどり着いた先は、今までに見たことのない場所だった。
「ここは……建物の屋上、でしょうか?」
「みゅみゅ? ……戦場跡って感じに見えるみゃー」
到着したのは、少し崩れかけた石造りの建物の屋上と思しき場所だった。
縁から遠くを見てみると、少し離れたところにかつては建物があったと思われる瓦礫の山、そしてそこら中に散乱する剣や槍、鎧、戦車etc…の残骸が見える。
ウリエラの言う通り、『戦場跡』と言えるだろう――戦闘の結果、滅び去った街だろうか。
「……ちょっと遠くの方は海……?」
「
「うにゃー……絶海の孤島に都市かにゃー……実際にそういうところもあったみたいにゃけど、そんなとこに作んなって感じだにゃー」
ぼやくサリエラだが、ここが現実の世界ではなくガイア内部――『ゲーム』の用意した舞台である以上、どんな不自然な構造だろうが文句をつけても仕方ない。
「海上国家とか、まぁわからないでもみゃいけど――って、まぁそんなことどうでもいいみゃ」
『ゲーム』の用意した舞台の背景に思いを馳せることもなく、さっさとウリエラは現実へと目を向ける。
彼女たちの立つ砦の屋上は比較的見晴らしがよく、島のほぼ全体を見渡すこともできた。
海上から切り立った文字通りの『孤島』の上に、今立つ砦を中心とした街があった……しかし、何かしらの戦争の結果滅びたのだろう。
空はどんよりと曇っており、全体的に陰鬱な雰囲気の漂うフィールドであると言えよう。
「さしずめ、『灰の孤島』と言ったところでしょうか。
わたくしたちの見える範囲に出口はないようですが――召喚獣とルナホーク様のドローンで出口を探しましょうか?」
島全体の大きさは今までのフィールドに比べれば大したことはない。
しかし、島の中に出口があるとも限らない――もしかしたら、海を渡って似たような孤島を探索することで出口を発見するタイプの可能性もある。
ヴィヴィアンの提案に少し考えた後、ウリエラとサリエラは決めた。
「一旦やめとくみゃー。またモンスターがいっぱい出てきたら撃墜されちゃうかもしれみゃいし」
「まずはあたちたちでこの近くを見回ってみるにゃ。んで、モンスターがいなさそうなら偵察開始、かにゃ」
「かしこまりました。ですが、周囲の警戒はしておきましょう。
ルナホーク様もよろしいでしょうか?」
「
「うみゃ、それでおっけーみゃ」
ラビが近くにいないためウリエラたちの『レーダー共有機能』は意味をなさない。
出口探索のためではなく、死角を塞ぐ役割で召喚獣たちを出しておくことにする。
ジュリエッタの
6人は周囲を探索するため、現在いる砦屋上から降りて移動しようとする。
だが、その時――
「! 【
『黒い工場』での反省から常に【消去者】に意識を向けていたウリエラがいち早く『敵』の存在に気が付いた。
しかも、その『敵』は最も警戒していた――
「……っ!」
ウリエラの言葉と同時にジュリエッタが即駆け出し砦から飛び降りる。
彼女もまた音響探査でその存在を捉えていたのだ。
「オルゴール……!」
砦の外――滅びた街の中に、オルゴールとBPがいた。
向こうはジュリエッタたちの存在に気付いてはいなかったようだ。
……ならば不意打ちをするという手もあったが、それを良しとは考えなかったようだ。
それに、近づいてみてジュリエッタは理解した。
オルゴールの糸が周囲に張り巡らされており、更にそれが蜘蛛の巣のように段々と広がっていっている。
迂闊に入り込めば罠にかかったであろうことは容易に想像できた。
「ジュリエッタ……やはり来ていましタカ」
ジュリエッタに続いて他の仲間もやってくる。
お互いに正面から向き合っている以上、もはや罠を張る必要はない。
オルゴールは蜘蛛の巣を解除する。
「……ステッチはもう使わせないみゃー」
「…………ソウですカ」
特に表情を変えずにオルゴールはそう言うが――目に見える蜘蛛の巣と同時に、見えづらい位置に細い糸を出してステッチを使う機会を狙っていたのだろう。
ウリエラの【消去者】の新たな効果により、ステッチは完全に使用できなくなってしまっていることにオルゴールも気付いたようだ。
「……その能力は、知りまセンでしたネ」
「なんでもかんでも見せてるわけじゃないみゃー」
もちろん、オルゴールが知っているのはアストラエアの世界での戦いまでの能力だ。
それ以後に会得した【消去者】の新モード『特定魔法を封じ続ける』は知るわけがない――が、ウリエラがそれをわざわざ説明する必要はない。
『黒い工場』の時のようにステッチで全員の動きと魔法を封じ込めることはできない、とも理解しただろう。
もっとも、この場に
状況は6対2――それでも油断できる相手ではないことはわかっている。
しかし、ジュリエッタたちはここで方針の変更を考えていた。
『……うりゅはそのまま【消去者】でステッチを封じ続けておいて欲しいにゃー』
『交渉はジュリエッタとサリエラでやる』
若干不満そうなガブリエラを黙殺し、ジュリエッタとサリエラが代表して前に出る。
『黒い工場』の時の借りを返したい、と思わないでもないがそれ以上に優先すべきことがあるのだ。
自分の使い魔が実質『人質』にされているような状況だ。
相手と交渉して戦闘を避ける、というのも『有り』なのではないかと『黄の砂漠』を進んでいる間に相談していたのである。
「オルゴールにBP、だったかにゃ? 自分の使い魔の状況はわかってるにゃ?」
「無論」
「エエ、ミトラより聞いておりマス」
「なら話が早い。殿様とそっちの使い魔の間で、『ボスにたどり着くまでは戦わない』っていう協定が結ばれている……ジュリエッタたちもそうしない?」
戦わずにボスまで進めればそれに越したことはない。
その考えもあるが、何よりも共に行動して使い魔と合流できればお互い迂闊なことはできないだろうという思いがある。
ジュリエッタたちとしては、ユニット不在の使い魔の命を握られている状態。
オルゴール側としては、ユニット数での不利がある。
だから、お互いに争わずにこの場を収めて決着は叱るべき場所で……と考えているのだ。
そのことはオルゴールたちもわかっているはずだ、交渉が成功する確率はかなり高いと考えていた。
「――
だが、ジュリエッタたちの予想とは裏腹にBPがそう断じた。
BPの独断専行か、とオルゴールへと視線を向けるが、
「……ソウですネ。状況はお互いにわかっているかと思いマス。ソチラの交渉も理解できマス。
けれドモ――
「……!!」
オルゴールも戦う気を見せている。
確かに使い魔同士の協定は、『使い魔の目の届く範囲での不戦』でしかない。
ここでジュリエッタたちと戦ったとして、その結果がどうであろうと表向きは協定に影響はない――負けた方が報復で、という可能性はないわけではないが……。
メリットは、勝った方が大幅な時間的有利を得ることが出来る、だろう。その間に使い魔と合流出来ればその後はかなり有利に立ち回ることが出来るはずだ。
デメリットは、メリットが期待通りになるか全くわからないということだろう。時間はある程度は稼げるだろうが、あくまでも数分間だ。フィールド次第では容易に追いつくことも可能だろう。
オルゴールたちはそのメリットを取ったのだ――とはいえ、彼女たちにとって数の不利は特に問題ではなく、ここでジュリエッタたちを倒して時間を稼ぎ先に使い魔と合流する。その方が大きなメリットだと考えているのだろう。
……その考え自体、ジュリエッタたちも理解できている。『黒い工場』『赤い廃墟』での戦いの顛末からして、3対1で互角だったのだ。この交渉、蹴られてもおかしくはないとも理解していた。
「構えよ、勇者たち」
厳かに(可愛らしい声で)BPが言うと共に構える。
完全にやる気だ。
「不意打ちは厭いまセン。そのママで良ければ、ドウゾ――楽ができマスので」
「! ……よく言う……!」
明らかな挑発の言葉にジュリエッタがそれと知りながらも反応した。
『皆、戦うしかないっぽい。準備はいい?』
戦わずに逃げる、という選択はない。
オルゴールの糸にしろ、BPの火力にしろ、後ろから撃たれたら致命的なダメージを受けてしまうだろう。
相手が戦う意思を見せている以上、自分たちが背中を見せるわけにはいかない。
ジュリエッタの問いかけに、ガブリエラは嬉しそうに、ウリエラとサリエラはため息混じりに賛同する。
「ここでお前たちを止める――ジュリエッタたちは負けない」
「コチラの台詞デス。ワタクシたちが先へと進まセテいただきマス」
戦わずに進めるのであればそれに越したことはないが、いずれ戦う時が来るのも確実。
であれば、ここで決着をつけて先行することが出来れば――ラスボス戦を征することも出来るかもしれない。
互いに使い魔不在のユニットたちにとって、ここでの戦いがこのクエストの勝利の行方を左右するものだと確信しているのであった。
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