第10章36話 Heretical Carnival 13. "モンストルム・マテリアル"ゼラ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガイアのクエストにはある『
そのギミックを上手く利用することが出来れば、広大なガイア内部の迷宮を比較的楽に進むことが出来る――はずだった。
しかし、現在ガイア内部にいるユニット・使い魔のいずれもそのギミックの存在に気付いていない。
故に相争いながら、迷宮に翻弄され続けることになっている。
《……》
『黒い工場』の出口付近――無造作に置かれた鉄骨の影から『黒い泥』が溢れ出し、やがて歪な『人型』へと成る。
黒い泥――使い魔リュウセイのもう一人のユニットであるゼラだ。
《……》
人型になったゼラは、言葉を発さずどこか戸惑うようにその辺りをウロウロし、首(に当たる部分)をかしげてみたりしている。
やがて、目の前の出口を無視して別の方向へとゆっくりと歩んでゆく……。
ゼラはユニットの中でもかなり特異な部類に入ると言えるだろう。
姿形もそうだが、それ以上に特異な点は『会話ができない』ことである。
他人に話しかけられた言葉は理解できる。
しかし、ゼラから他人へと言葉を伝えることができない――たとえ
かつてラビたちが戦ったベララベラムと似てはいるが、あちらとは異なり他人が『怪物に見える』というようなペナルティはない。
これはゼラに纏わる『ある事情』が原因であり、『ゲーム』として何かをしているわけではない。
ともかく、ゼラは言葉によるコミュニケーションを行うことが出来ない、それは事実である。
では、遠隔通話すらできないゼラが今までどうやってフランシーヌ、そしてリュウセイとやり取りをしていたというのか? 相手からの一方的なコミュニケーションしか取れなかったというのか?
答えは『否』である。
言葉を交わすことは出来ずとも、ゼラの持つ魔法の効果によってある程度は『ゼラの考えていること』を伝えることが出来るのだ。
《……》
それはともかくとして、出口から少し離れ瓦礫の隙間――隠れ場所になっているような場所へとやってくると、ブルブルとゼラが震える。
すると、ゼラの胴体がぐばっと開き、その中から、
「……ふはー……」
人魚姫――アルストロメリアが転がり落ちて来た……。
「ありがとね、ゼラちゃん」
《……》
アルストロメリアの言葉にプルプルと震えて応えるゼラ。
相変わらず言葉は通じないが、恐れることなくアルストロメリアがゼラに触れると――
「……ふふっ、『お互い様』か。そうかもね」
アルストロメリアにゼラの考えていることが伝わってくる。
あくまでも感情を伝えるだけであって『考えていること』そのものを伝えるわけではない。故に、フランシーヌたちに対しても『わかった』『いやだ』『うれしい』『かなしい』といった単純な意思疎通しかできない――とはいえ、ゼラ自身それで特に困ったことはない。基本的にはリュウセイの指示に従い、フランシーヌと共に行動しているだけだからだ。
今はアルストロメリアに対して『お互い様』……と解釈できるような感情を伝えているらしい。
「最初はびっくりしたけど、君いい子なんだね」
《……》
「ふふふっ、かわいい」
恐れることなくゼラの頭を撫でると、ぷるぷると小さく震えている。
エンパシーはパッシブスキル故にゼラの意思で止めることは出来ない。だから、撫でられた時の感情もアルストロメリアに伝わってしまっているのだ。
その感情を受け取り、アルストロメリアはゼラに対して微笑ましいものを感じていた。
「さて……ここからはどうしようか?」
『白い洞窟』を脱出できたはいいが、ここから先どうすればいいのか見当もつかない。
やるべきことはわかっているものの、それを実現する方法がわからないのだ。
……『白い洞窟』で起きた出来事はそう複雑なことではない。
クロエラと共に中心部へとやってきたアルストロメリアであったが、そこで遭遇した『敵』――彼女はどんな姿をしていたのかをはっきりと思い出せないが――によってクロエラは倒されてしまう。
その戦闘の最中、アルストロメリアは背後から密かに迫ってきていたゼラに呑み込まれてしまったのだ。
しかし、それはアルストロメリアを攻撃する意図ではない。
むしろ逆に彼女を『守る』ための行動だった。
ゼラのギフトは【
泥状の自身の肉体で包んだ対象を、ある種の『異空間』に格納するという効果であり、ゼラの体力がゼロにならない限りはゼラ自身がどれだけダメージを受けても格納しているものに影響を与えないという効果である。
このギフトの効果でアルストロメリアを格納し、更に泥となって隠れたのだ。
その後、『敵』がいなくなりクロエラがリスポーンした後、呼び出されたバイクのパーツの隙間に入り込み『白い洞窟』から脱出した……という流れだ。
そもそもゼラは、クロエラたちに危害を加える気は全くなかったのだ。
とにかく触れさえすれば『敵じゃない』と伝えられる、と思って迫っていたのだがクロエラが想像以上に速かったためゼラには追いつくことができなかった――が、一人で『白い洞窟』を脱出するのは難しいと考えていたため、ゼラも必死になって追いかけていたというのが真相である。
結局、『白い洞窟』中心部でクロエラに追いつくことができ、また彼女のバイクに(黙って)相乗りすることでゼラが到達するには難しい空中の出口へと連れて行ってもらうことになった。
【格納者】は異空間に格納するとはいえ、内部にあるものの時間を停止するような効果はない。
だから匿われているアルストロメリアは、その中にいる間にゼラと色々情報共有をしていたのだ――ゼラからはエンパシーを通じてなので明確に伝わったわけではないが。
そこでの会話により、ゼラに敵意がないこと、使い魔から言われた『目的』のためにガイア内部を進まなければならないが一人では難しいこと、だから協力したいということを聞く。
一方でゼラ側もアルストロメリアの事情をこの時聞いている。
彼女もまた『目的』がありガイア内部を進む必要があるが、一人では先に進むことは不可能だともわかっている。
かといってクロエラと協力して……とするわけにもいかない理由があるのだ。
ゼラとしては、クロエラと協力するのは吝かではないのだが、自分に敵意がないことを証明する術がない。接触さえできればエンパシーで伝えることは一応可能だが、接触する時間が短ければほとんど伝えることができないし、そもそもクロエラを捕まえることはできない。
リスポーン直後のタイミングにこっそり……ということは出来たが、アルストロメリアの事情からしてどこかでクロエラと離れなければならないということがあった。
よって、ゼラとアルストロメリアはクロエラを利用して『白い洞窟』を脱出――その後はクロエラからこっそりと離れて二人で進むという『協定』を結んだのであった。
……しかし、ここから先どうすればいいのか、についてはノープランなのである。
「進むしかないよね……うーん、でもまたクロエラ君と合流するかもしれないし……」
時間を置いて出口を潜れば大丈夫かも? とは思うが確証はない。
クロエラが何かしらの理由で次のフィールドを然程進めていないという状況だと、合流する可能性はある。
合流自体はいいのだが、また離れることを考えなければならないのがネックとなる。
《……》
「え? ゼラちゃん?」
悩むアルストロメリアの腕を掴み、ゼラがくいくいと引っ張る。
『先に進もう』という意思がエンパシーを通じて伝わってくる。
何か考えがあるのかどうか、そこまでは伝わってこないが……。
「……そうだね、少し時間も置いたし、行ってみようか」
アルストロメリアも先へと進むことを決めた。
他のユニットたち同様、『留まる』ことに何の意味もないのだから。
意を決し、アルストロメリアはゼラと共に『黒い工場』の出口へと向かう――
そして『黒い工場』を抜けた先は、『赤い廃墟』
「ここは……荒野フィールドに似てる、けど……」
《……》
「そうだね、ちょっと違うね。あっちに大きな裂け目――谷? かな? があるし」
クエストでよくある荒野フィールドに似た、荒涼とした荒地が広がる場所であった。
遠くには大地の裂け目があり、深い谷になっている。
『茶の渓谷』――とでも言うべきフィールドであった。
直前に『黒い工場』を脱出したクロエラの姿を探すが、アルストロメリアたちには少なくとも見えない。
当然だろう、クロエラは『赤い廃墟』へと出てきてしまっているのだから。
同じゲートを比較的近いタイミングで潜ったにも関わらず、なぜ違う場所に出たのか――そもそも違う場所に出たこと自体をアルストロメリアたちは認識していないが……。
「ゼラちゃん、出口の場所とかわかる?」
《……》
「だよねー……うーん、
『白い洞窟』のように道を辿って行けば、という構造でもない。
彼女たちの知ることではないが、『黒い工場』のように影の元へと向かえばというわけでもない。
広い荒野を足で探すしかない。
幸運なのは、いかにもなフィールドな割にはモンスターの気配がないことだ。
襲われる心配がないのであれば、戦闘力の低いアルストロメリアであっても何とかすることはできるだろう。アルストロメリアからは詳細な戦闘力はわからないが、ゼラという『用心棒』もいてくれるのだ。いざとなれば、先ほど同様に【格納者】で匿ってもらいつつ泥になって潜ったりで逃げることもできるだろう。
《……》
「え? ふふふっ、ゼラちゃんありがとう」
プルプルと震えるゼラから『だいじょうぶ、まかせて』と言う意味の感情が伝わってくる。
エンパシーの効果からして、ゼラは『嘘を吐く』ことが出来ない。
そこまでアルストロメリアは魔法の仕様を知らないが、それでもゼラが見た目の不気味さとは裏腹にとても『純粋』で『素直』だということはもう理解できている。
……いずれ『敵』になるだろうが、そこまでは信頼しても良さそうだとも思っている。
「よし、行こうか、ゼラちゃん」
《……》
奇妙な縁で結ばれた二人は、出口を探しに『茶の渓谷』を進もうとする――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゼラは会話をすることが出来ない。
けれども、相手の言葉を理解することは出来る。
そんなゼラに対して、使い魔のリュウセイはあることを語っていた。
”ゼラ、最後のクエストに行くに当たって君に頼みたいことがある――フランシーヌとはちょっと喧嘩中だしね……”
ゼラはリュウセイの言うことはフランシーヌとは違って素直に聞く。
なぜならば、ゼラにとってのリュウセイはただの使い魔ではなく、『恩人』であるからだ。
リュウセイがいなければ今のゼラはいなかったし、
ゼラは『ゲーム』のクリア自体には特に興味はない。しかし、『ゲーム』をすることには興味はある。『ゲーム』をするだけでゼラの願いは満たされているのだ。これ以上求めることはない。
とはいえ、『恩人』のお願いを無下に断るつもりもない。
少し迷ったが、エンパシーで『わかった』旨をリュウセイに伝える。
”ありがとう、ゼラ”
ゼラが少し迷った理由は、ただ一つ。
リュウセイは『恩人』ではあるが、ゼラにとってのフランシーヌは『主』であるためだ。
よって、ゼラの優先順位はフランシーヌ>リュウセイとなっている。
そして主であるフランシーヌと恩人であるリュウセイが、アストラエアの世界での戦い後からぎくしゃくとしていることも理解している。
恩人からのお願いが、主のやりたいこと・やることと衝突するものであれば背かねばならない、そう思ったから迷ったのだ。
ただ、二人は仲違いしてはいるものの、お互いに『ゲームクリア』を目指すという目的自体は共通している。それもわかっている。
だからきっと大丈夫だろう――迷いつつも頷いたのはそれが理由だ。
”ゼラ、君に頼みたいことは――”
了承したのを見て、リュウセイはゼラへの依頼内容を語る。
それを聞いてフランシーヌの目的と衝突することはないだろうと判断。改めてゼラは『わかった』とリュウセイに伝えた。
”ボクは今回はクエストに
リュウセイの微妙な言い回しにはゼラは気付けなかった――言葉はわかるとは言っても、ゼラには難しいあるいは遠回しだったりの微妙な表現は伝わらないのだ。
それはともかく、リュウセイがゼラに依頼したことはそう難しいことではなかった。
……実現可能かどうかという意味ではなく、内容自体が単純であるという意味ではあるが。
『最後のクエストは、おそらく単純にモンスターと戦えば済むという流れにはならないと思う』
『きっと分断されるケースもあるだろうし――他の使い魔のユニットと遭遇することも考えられる』
『ゼラ、君に頼みたいのは2つ。
まず他の使い魔のユニットとはなるべく戦わないこと。
もう1つは、
1つ目については問題はない。
ゼラの持つもう一つの魔法――
2つ目は少し問題だ。
リュウセイの言うユニットと首尾よく遭遇できるかもわからないし、遭遇できたとして大人しくついてきてくれるかはわからない。
それはリュウセイ自身もわかっているのだろう、続けてこう言っていた。
『2つ目については運も絡むし、目標のユニットを追いかけてるうちにゼラがやられる――とかなったら目も当てられないからね。これについては可能ならでいいよ』
それならいいか、とゼラは納得した。
『人魚』というのが
……ただ一つ不幸だったのは、『難しい話はわからない』というゼラにとってリュウセイの発言の裏の意味を察することができなかったことだ。
リュウセイの言葉は『~思う』と予防線を張ってはいるものの、そうなるであろうことを前提にしたものであることを……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして最終クエストへとやってきて、ガイアに呑み込まれフランシーヌとは分断。
その後『人魚』のユニットにあっさりと会えたことでゼラのやるべきことはほぼ終わった。
後は『人魚』と共に進み、可能であればフランシーヌに合流して彼女の助けとなる――ゼラはそう考えていた。
アルストロメリアと名乗る『人魚』と共に行動することに何の意味があるのか、ゼラにはさっぱりわからないがそれが『恩人』のお願いならば可能な限り叶えるだけだ。
……あくまでもゼラの最優先は『主』であるフランシーヌだ。もしこのアルストロメリアと共に行動することでフランシーヌに不利益があるようならば、ゼラは躊躇わずに切り捨てるつもりだった。
とはいえどうしようもなくなるまでは、言われた通りアルストロメリアを守りつつ行動するつもりではある。
――そのどうしようもない事態は、唐突にやってきた。
二人で『茶の渓谷』を進んでいたが、アルストロメリアの提案で裂け目――谷の方へと向かおうとしていた。
特に根拠があるわけではないが、荒野部は何の目印もなくただただ広いだけだ。フィールドとしての特徴は、どちらかといえば渓谷の方だろう、だからそちらに沿って進んだ方が出口にたどり着ける可能性が高いのではないか、というのがアルストロメリアの意見だった。
ゼラにはよくわからなかったので、『ついてく』と消極的な同意を示す。
そんなこんなで二人で渓谷の方へと向かっている最中のことだった。
「!? え……?」
《……》
突如、何の前触れもなく二人の目の前に人影が現れた。
前からいたのではない。
確実に、数秒前まで存在しなかったはずなのに、唐突に現れたのだ。
その人物の顔を見て、アルストロメリアが呆然……そして驚愕の表情を浮かべる。
「と、
そこに立っていたのは、紛れもなく『桜桃香』だった。
ふわふわのドレスを身に纏った小柄な10歳の少女――がニコニコと可愛らしい微笑みを浮かべ、アルストロメリアとゼラへと視線を向けている。
……が、彼女たちを見る目は、黄金の異様な輝きを放っている……。
《……》
その姿を見た瞬間、ゼラは全身に寒気が走るのを確かに感じた。
確かに見覚えのある少女だ、以前『冥界』で目にしたことを記憶している。
だが
あの時の少女と根本的に異なっている――ゼラの『感覚』全てがそれを訴えている。
咄嗟に【格納者】でアルストロメリアを包み込むと、そのまま泥状に姿を変えて逃げようとするが――
「あら? 折角会えましたのに……もう少しわたくしと遊びましょう?
《……》
『桃香』がヴィヴィアンと同じ魔法を使う。
しかしその結果が全く異なる。
出来損ないのポリゴンのような召喚獣ではなく、黒い靄の塊のような――人型となったゼラよりも大きな人型が現れる。
手に当たる部分にはまるで鎌のような鋭い爪が生えている。
それが合計12体。
12体1セットの召喚獣――厄災の爪の名を持つ悪魔たちが出現すると同時に、一斉にゼラたちへと向けて襲い掛かってくる。
《……》
『え、え!?』
【格納者】の中でアルストロメリアがパニックになっているがそちらに構っている余裕がない。
『敵、にげる』とだけ伝えてゼラは必死に迫る爪から逃げ回ろうとする。
「うふふっ♡ おいかっけっこでしょうか? でしたら、サモン《アンズゥ》」
更に続けて召喚――獅子の頭を持つ巨大な鷲が現れ、『桃香』がそれに乗り込む。
「ふふっ……うふふふふふっ……」
《……》
この『敵』には
ゼラの本能がそう告げている。
もし戦うのであれば先手必勝で相手が魔法を使う前でなければならなかった。
12体の《マレブランケ》、更にゼラに手の出せない飛行能力を持つ《アンズゥ》に乗られてしまってはどうしようもない。
……リュウセイの指示である『他のユニットとは戦うな』が足を引っ張ってしまった形だ。
攻撃せず、どのようにして回避するかをわずかな時間考えてしまったことにより、事態は取り返しのつかないまでに一気に悪化してしまっていた。
正体不明の『敵』と遭遇したことで、ゼラとアルストロメリアは必死に逃げ回ることしかできなくなったのだった……。
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