第10章33話 Heretical Carnival 10. "混沌の咆哮"ケイオス・ロアvs"鮮血の凶姫"フランシーヌ

*  *  *  *  *




 ケイオス・ロア、ミトラと共に私たちは『氷の平原』を脱出――したのだが……。


「ここは……」

”ふむ……”

”なんというか……危険はなさそうだけど……”


 これまた妙な場所に出てきてしまい、私たちは揃ってどう反応したらいいものか悩んでしまう。


”『桃源郷』……って感じかな……”


 自分で言ってなんだけど、それが一番相応しい場所って感じがする。

 さっきまでいたのが厳しいどころか厳しすぎる大自然だったので、かなり『のんびり』した場所に思えてくる。

 『桃源郷』――その言葉がピッタリな風景だ。

 語源通りの桃の木かどうかはわからないけど、何やら赤い実が生っている木が周囲を囲んでいるが鬱蒼とした森というほどでもない。視界はかなりクリアだ。

 東屋こそないものの、小さな川に分断されている穏やかな平原が広がっている。

 空を見上げると……なんだかピンク色の雲が薄紫色の空に浮かんでいるのが見える。

 ……変な色だとは思うけど、『毒々しい』という感じは受けないかな。まぁ異様だなぁとは思うが、視界が悪かったり毒ガスが噴き出したりしているわけではなさそうなので、『危険はなさそう』という感想は間違っていないと思う。


”レーダーに反応はないね”

”うん。私の方も反応なし”


 ミトラと二人でチェックしているが、さっきみたいにモンスターの反応があるわけでもない。

 地中とかに隠れている場合は話は別だけど。


「……モンスターがいたりいなかったり、って妙な感じね?」

”確かにね”


 ケイオス・ロアの呟きをミトラも肯定している。

 ふーむ? 言われてみればそうだな。

 ヴィヴィアンたちと遠隔通話してた時も、どうやらオルゴールたちと戦っていたっぽいけれど『モンスターに襲われた』という話はなかったと思う。敢えて報告する必要がないくらいの脅威だったのかもしれないが。

 今彼女たちがいるらしい『黄の砂漠』だとモンスターがいっぱいいるらしいが……。


”なんだろうね? 安全なエリアとかがあるとかなのかなぁ……?”

”……そんな甘いクエストじゃないと思うけど……”


 ミトラはそう言うものの、確証はもてないのだろう。言葉に力はなかった。

 安全地帯があるってなると私たちにとっては少しは助けになるんだけど、安全だと思ってたらいきなりやられた――なんてこともありえるし、油断することはできないか。


「ここにも仲間はいないか……ラビっちの方はどう?」

”えっと……”


 遠隔通話をしてみようかちょっとだけ考えたけど、さっきからそれほど時間も経っていない。

 まだ『黄の砂漠』にいる……と思っておいて間違いはないだろう。もし移動中に皆もここに来られたとしたら、その時にはわかるだろうし。


”いや、まだここには来ていないみたい”

「そっか。んー……エリア毎の繋がりがさっぱりわからないからなぁ……」


 安全な場所であればそこで待機して合流してくるまで待つ、というのも一つの手ではあるんだけどね。

 狙った場所にたどり着くことが出来るかどうか未確定なのだ。

 他のエリアからガイアのコア――あるいは『神々の古戦場』に先にたどり着かれてしまったら意味ないしね。


”私が言うのもなんだけど、進める時に進んじゃった方がいいと思う”

”うん、ボクも賛成だね”


 移動した先で皆がいる可能性もあるし、皆がいた場所にたどり着けるかもしれない。

 迷子になった時は、どこかで留まっていた方がいいという話もあるけど今回はそれが正解とは思いづらいしね。

 ミトラも私の意見に同意を示してくれた。


「そっか、わかったわ。じゃあまた『出口』を探してさっさと移動しちゃいましょうか」


 そう言ってケイオス・ロアが再度 《ダウジング》を使って出口を発見――移動しようとする。

 ……この能力、味方であれば頼もしいけど敵としてみたらかなり厳しいな。特に今回みたいな、ある意味で『迷路』みたいなフィールドをいかに早く抜け出すかという場合には。

 まぁガイアのコアがどのくらいの強敵なのかわからないし、一人だけ抜け出してもあまり意味はないっちゃないけどね……。


”!? 待て、ロア!”

「――っ!?」


 その時、私たちの耳に『誰かの足音』が聞こえた。

 私は声を出さなかったが、ミトラとケイオス・ロアにも聞こえていたということは幻聴ではなかったみたいだ。

 桃源郷を囲む森――その中から、『誰か』がやってくる……!?


「エクスチェンジ《■装》」


 相手に聞こえないようにだろう、小声で属性を切り換える。

 鎖の色は『黒』――むぅ、この場で訊ねるわけにはいかないけど、どんな属性なのか気になるな……。

 ……いずれ戦うことになるのは間違いないんだし、ちょっと厭らしいけど出来るだけ情報を集めておきたいという気持ちは否定できない。まぁアリスがその情報を聞くかって問題はあるけどね……。

 それはともかく、ケイオス・ロアは新たな属性へと切り替えて臨戦態勢へ。

 対する相手は森から出てきて……って、あの子は!?


「! ラビ……!?」


 向こうははっきりとケイオス・ロアを認識している。

 その上で余裕なのか、あるいはフリースタイルなのか、右手に得物をぶら下げて真っすぐに歩いてきていた。

 彼女の姿に私は見覚えがあった。

 そして向こうもまた、私のことを知っていて驚いた表情を見せる――が、すぐに表情を引き締め、両手で得物を構えケイオス・ロアに敵意むき出しの視線を送る。

 ……あ、これまさか……!?


「あんた……大人しくラビを渡しなさい。そうすればこの場は見逃してあげるわ」


 げ、嫌な予想が当たってしまった……!


「はぁ? あんたこそ何なの? 渡すわけないでしょ? っていうか、あんたの方こそさっさと消えなさいよ。そうしたら見逃してあげるわよ?」

「……どうやら痛い目に遭わないとわからないようね」

「そっちの方こそ」


 やべぇ、完全に二人ともやる気になってる!?


”ちょ、ちょっと待って二人とも!”

”ケイ、少し落ち着いて――”

「すぐ済むから待っててね、二人とも」


 話聞けよ!?

 私の言葉もミトラの言葉も耳に入っていないようで、ケイオス・ロアが自分の霊装『七死星剣』を構える。

 それを見て相手も手にした霊装――体格に見合わない巨大な『槍』を構えた。

 二人が戦う理由なんてない……いや、まぁ異なる使い魔のユニット同士なので全くないわけではないが、少なくともこの場での『戦う理由』は明らかに間違っている。


「ラビは渡してもらうわよ!」

「ラビっちは絶対に渡さないわ!」


 ……そう、二人は互いに私を守ろうとしているのだ……!

 ケイオス・ロアからしてみれば、私のユニットでもない子が私の身柄を要求しているということは――『ラビに危害を加えようとしている』と見えるだろう。

 それは相手からしても同じだ。

 …………いやいや、二人とももうちょっと冷静になってくれよと思う。

 冷静に考えれば、どちらの考えも間違っているとわかるはずなのに……!

 私とミトラの言葉どちらも届くことはなく――ケイオス・ロアと、巨槍を構えた少女・フランシーヌの戦いは始まってしまった……。




 フランシーヌと会ったのは、去年の『冥界』の時の一回きり……その時も実際に戦っているのを目にしたことはなかった。

 だからスカウターで見た能力以上のことはわからないんだけど――これ、結構拙いかもしれない。

 というのも、フランシーヌの能力は。しかも、かなり珍しい魔法1つにギフト1つというものだ。同じ能力は……確かキャプテン・オーキッドとキンバリーくらいだったかな?

 これの何が拙いかと言うと、超シンプルな能力の構成は『一点特化型』だということだ。

 ある一つの能力をとことんまで突き詰めた構成故に、一度嵌ると凄まじい強さを発揮するタイプだと私は思う。

 それに『一つの能力』だけでありとあらゆる状況を乗り越えることができる――ここまで生き残りガイア内部にまで到達しているのだ、間違いなくできるだろう――という『一点特化型』は、相手の能力に対してメタを張れなければ上手く立ち回ることもできずに一方的に翻弄されてしまう可能性が高い。

 ……一点特化ではないが、アストラエアの世界で戦った幻覚使いルシオラがいい例だろう。あの時はサリエラが能力を見破り、かつ突破方法を見出してくれたから何とか勝てたものの、もし彼女がいなかったら為す術もなく嵌め殺しにされていたかもしれない。

 ともかく、フランシーヌはそういう危険な相手だというのが私の認識だ。


「ブラッディアーツ《血の楔ブラッドペイル》!」


 躊躇うことなくフランシーヌが唯一の魔法である血液操作魔法ブラッディアーツを発動。

 横薙ぎに振った槍の軌道から、無数の小さな『楔』――いや『杭』が出現、それらがケイオス・ロアへと襲い掛かってくる。

 フランシーヌの厄介な点は、持っている魔法が『アーツ系列』ということだ。

 私のユニットにアーツの使い手がいないので正確に理解が及んでいないかもしれないが、要するに『アーツ系列』は『ある物事』に関して万能の力を与える魔法だと思える。

 アビゲイルの射撃シューティング、キンバリーのシャドウ、オルゴールのスレッド……どれも単一の魔法なのに万能としか言いようのない効果を発揮していた魔法だ。

 ……ユニットの魔法は本人の想像力の及ぶ限り、そして魔法の枠組みを超えない限りはほぼなんでも出来るとは言え、ある一つの物事に対して様々な力を与えられるアーツはかなり脅威だと思う。


「この程度!」


 迫る血の杭を、ケイオス・ロアは手にした剣であっさりと払いのける。

 と同時に反撃の魔法を放とうとする――が、それよりもフランシーヌの動きの方が速かった。


「終わりよ。ブラッディアーツ《這い寄る血刃ニアデス・エッジ》!」

「なっ……!?」


 払ったはずの血がその場で変化――避けようのないほどの近距離から無数の刃となり、ケイオス・ロアの胸へと突き刺さった――




「オペレーション《リカバリーライト》!」

「!?」


 だが、その時不思議なことが起こった。

 明らかに致命傷を受けたはずのケイオス・ロアだったが、《リカバリーライト》を使った瞬間に何事もなく復活したのだ。

 ……いや、復活というのも違う。

 まるで《ニアデス・エッジ》が不発だったかのように――フランシーヌの放った血そのものがただの液体へと戻る。

 なんだ、この魔法……!? 確か前にピース軍団にやられかけたアリスを復活させた魔法でもあるんだけど、回復能力が異常すぎる。

 以前の《ヒール》も魔法としてはかなり例外的な『回復魔法』ではあったが、こんなに一瞬であらゆる傷を治すようなことはできなかったはず……《ナイチンゲール》さんも真っ青の回復能力としか言いようがない。

 今の一撃で終わらせるつもりだったのだろう、フランシーヌも流石に驚いているようだ。


「オペレーション《クイックタイム》!」


 その隙を逃さず、ケイオス・ロアが更なる追撃に移る。

 ……と同時に、彼女の身体が物凄い勢いで加速――


”うわぁっ!?”


 振り落とされそうになるが、慌ててしっかりと掴まりなおす。

 ……あ、いや、今落とされても良かったと後悔してしまう。

 そうすれば、お互いに戦いを一時止めてくれたかもしれない……が、今更すぎた。


「もらったわ!」


 超加速したケイオス・ロアがフランシーヌの背後へと一瞬で回り込み、一撃で首を刎ね飛ばそうと剣を振るう。

 フランシーヌはその加速についていけていないのか、振り返る様子もなく……刃が首へと吸い込まれていった……。




 しかし、再度状況がひっくり返る。


「!? 硬い……!?」


 ケイオス・ロアの剣は確かにフランシーヌの首へと命中した。

 だが、首を刎ねるには至らなかったのだ。

 ほんの少しだけ首を斬り流血してはいるが――普通の人間なら首から出血するのは致命傷に等しいと思うけど――それ以上刃が進まない。


「捕まえたわ」

「しまった……!?」


 フランシーヌがそう言うと同時に、首から溢れた血がケイオス・ロアの霊装へと纏わりつきがっちりと固めてしまう。

 ……マジで『血そのもの』を操る能力か! カサブタではないけれど、それと同じように血が固まって触れたものを拘束してしまっている。


「ブラッディアーツ《業血の鎧ブラッドアーマー》――そのままそいつを拘束しなさい!」


 更に溢れ出た血が霊装だけでなくケイオス・ロア本体をも捕えようと蠢く。

 まるで血で出来たスライムだ。


「くっそ気持ち悪いヤツね!?」


 流石判断が速い。

 ケイオス・ロアは血に触れるだけで拙いと判断、霊装を諦めてすぐさま後ろへと飛んで距離を取ろうとする。

 ……そこで《クイックタイム》の超加速も切れてしまう。


「……ふん、皮一枚とは言え――まぁまぁやるじゃない」


 振り返ったフランシーヌが全く笑っていない顔でそう言う。

 言っている間に、霊装が血に覆われ完全に固められ封印されてしまった。


「……ダメか、呼び戻せない……!」


 クラウザーとの戦いでも何度かあった、霊装を封じ込めることで手元に呼び戻すこともできなくするやつか。

 フランシーヌの血、というか魔法によって霊装は使えなくされてしまったようだ。

 とはいえ、ケイオス・ロアにとってはそこまで痛手ではないはずだ。

 彼女のロードは、ホーリー・ベルと違って武器型ではなく服型霊装の方にかかるようになっているようだし。


”…………って、そうじゃない!”


 何を考えてるんだ、私は!?

 ついいつもの癖で、戦闘中の分析を始めてしまったが今大事なのはそんなことじゃないだろう。


”二人とも、ちょっと待ってって!”

「オペレーション《ダークボルト》!」

「ブラッディアーツ《血塗れ断頭台ブラッドギロチン》!」


 ああもう! マジで話聞かない系女子二人め!


”ミトラ、どうにかならない!?”

”そ、そう言われても……ケイはともかく、相手はどうにも……”


 ――あ、そうか。ケイオス・ロアだけならミトラが強制命令フォースコマンドで止められるか。

 ならば、と私は思いついたことをミトラにお願いする。


”わかった。やってみよう。念のため言っておくけど、キミの安全は――”

”うん、わかってる。でも、ここでフランシーヌと争う意味は全くないし、ある意味私の責任だし……まぁ何とかなるよ”


 根拠なんて全くないけどね……。

 皆のことを考えれば、ここで私が自ら危険に進んで突っ込むことは避けるべきなんだろうけど、私のために二人のうちどちらか――最悪共倒れとなることだけは避けたい。

 そこには今後のことを考えた『打算』もないわけではないが、どっちも『本体』のことを知っていることもあって変な形での退場はさせたくない、という思いが強いのだ。


”――よし、ミトラ。お願い!”


 タイミングを見計らい、お互いの魔法が途切れた瞬間にミトラへとお願いをする。


”強制命令、ケイオス・ロア――移動せよ!”

「は!? ちょっとミト――」


 割と耳元で相談していたにも関わらず、ケイオス・ロアにとっては予想外の行動だったみたいだ。

 ……それだけフランシーヌとの戦いに集中していたということだろう。この集中力を学校の勉強にも……と思わず考えてしまうが、まぁ私がお説教するようなことでもない。


「!?」


 それはともかく、ミトラの強制命令によってケイオス・ロアとミトラがその場から移動。とはいってもフランシーヌから見える範囲――後方へと数十メートル下がっただけだ。

 で、私はというと、


”ふがががが!”


 当然ケイオス・ロアは私のユニットではないため、その場に取り残され地面へと落っこちてしまう。

 なるべく二人の視界から見えなくならないように、と本日二度目の必死の羽ばたきでその場にどうにか滞空を試みる。


「ちょっ、ラビっち!?」

「ラビ!」

”いいから……二人とも、矛を収めて!”

「「…………」」


 互いに距離を取りつつ、しかも私が一人でいるのを見て戦闘からわずかに思考が逸れたみたいだ。

 やっぱり互いに走りだそうとしていたものの、私の言葉に足を止め――


「……わかったわ」


 先に矛を収めたのはフランシーヌの方だった。

 槍型霊装をその場から消し、同時に魔法を解除。捕えていたケイオス・ロアの霊装も解放される。


”ケイ、落ち着いたかい?”

「……はぁ……わかったわよ……」


 相手が少なくとも見かけ上は矛を収めたのだ、こちらも収めずにはいられまい。と言った感じではあるが、ため息をつきつつもこちらも霊装を消した。


”いい、二人とも。まずは落ち着いて私の話を聞いて。いいね!?”

「「……はい」」


 矛を収めたことで一瞬で冷静になってくれたみたいで何より。

 『やらかしちゃった』ことを理解したのか、二人とも素直にうなずくのであった……。

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