第10章34話 Heretical Carnival 11. 桃源郷にて

「……悪かったわね……」

「いや、こっちこそ悪かったわ……」


 落ち着きはしたものの、しばらくの間は互いに警戒していたけど――やがて納得したのか、ケイオス・ロアとフランシーヌ双方が謝りあった。

 今が初対面でしかもファーストインプレッションは最悪だろうが、どちらもラビの知り合いだということを理解し、争い合ったのが『誤解』が原因だったことがわかってお互い納得したみたいだ。

 …………まさかリアルで『私のために争わないで~』をやる日が来るとは思わなかったよ……しかも相手は両方とも本体は女の子だし……。


「――つーかさ、知り合いなら知り合いってもっと早く言ってよ、ラビっちぃ」

「そうよそうよ! フレンド――ではないみたいだけど、もっと早く言いなさいよね!」

”えぇ……”


 まさかの責任転嫁!?

 いや、私が知り合いって言う前に二人ともバトってたじゃん……。

 そういうとこだぞ、って言いたい。特に恋する乙女さんケイオス・ロアには。


”まぁまぁ、とにかく誤解がとけて良かったよ”


 私のフォローになってるかどうかは微妙だけど、ミトラがフォローしてくれた。

 ……話聞かない系女子二人が『仕方ねーな』って態度を隠しもしないのには――いや、話がややこしくなるから黙っておくか……はぁ。


「とりあえず――ケイオス・ロアだっけ? 貴女がラビの知り合いだってこと、知り合いのよしみでユニットがいない間保護してるってのは納得したわ」

「うん、まぁその理解であってるわ。……フランシーヌ、貴女もラビっちの知り合いなのね」

「そうよ。実際に顔を合わせたのは――少ないけどね」


 苦笑するフランシーヌ。

 そうなんだよね。ユニットとして会ったのは『冥界』の時の1回きりなんだよね……なぜかリアルの方が顔を合わせた回数が多いくらいなんだよね、それでも2回くらい? だったと思うけど。

 ケイオス・ロアも似たようなものではあるけど、彼女の場合はリアルで結構な回数会ってる上にホーリー・ベル時代もあるからなぁ。


”それで、フランシーヌ”

「なに、ラビ?」

”君の使い魔は別行動……なのかな?”


 気になるのは彼女の使い魔であるリュウセイのことだ。

 『眠り病』の時もほぼほぼ状況把握してるっぽい感じだったし、マサクルを倒した後のピッピとの会話からしてもあの時来ていたっぽいし……。

 色々と問い詰めたいことはある。

 まぁそれ以前にフランシーヌの周囲に使い魔の姿は見えないから私と同じ状況なのかな? って気もしているが……。

 フランシーヌはちょっとだけ答えにくそうにしていたが、


「いや、実は……今ちょっとリュウセイのヤツと喧嘩しちゃってて、あいつ抜きでこのクエストに来ちゃってるんだよね……」

”は、マジで!?”


 使い魔抜きでラスボス戦に挑むとは……チャレンジャーすぎる……。

 これにはケイオス・ロアも驚いたみたいだ。


「マジで!? あんた、回復とか大丈夫なの?」


 私も驚いているけど、ケイオス・ロア的には更に驚きだろう――彼女については、以前のこともあって特に……。

 ユニットからしてみれば使い魔がいない=回復ができなくなるに等しいのだ。魔力の回復ができなくなったらほぼ何もできないも同然だしね……魔法抜きでも戦えるような肉体派でもない限りは。

 で、ケイオス・ロアにしろフランシーヌにしろ、魔法抜きでは基本戦えないのは同じだ。

 だというのに使い魔抜きで、しかも『ゲーム』攻略において最重要と言えるラスボス戦に挑んでくるというのは信じられない思いなのだろう。


「んー……まぁ、ぶっちゃけちゃうと、あたしの魔法ってほとんど魔力使わないのよね。だから、まー何とかなるっちゃなるから」


 ふむ……?

 これはもしかして彼女の持っている能力に関連しているかな?

 私がスカウターで見たのは血液操作魔法ブラッディアーツ、それとギフト【吸血者ブラッドサッカー】だ。

 どちらも『血』に関連した能力だし、その辺りが関係しているのかもしれない――例えば、吸った『血』を消費するタイプの魔法であって、魔力の消費が少ないとかなのかな? まぁ流石に能力の詳細については聞くわけにはいかないけど……。


「『血』さえ吸えれば体力も魔力も回復できるしね。正直使い魔いなくてもあんまり困らないんだわ」


 自分でバラしてるし……。

 んー、でもそうなのか。かなり特殊だけど、滅茶苦茶強い能力なのは間違いないな。

 スカウターで見た【吸血者】だけど、ジュリエッタの【捕食者プレデター】にかなり近い感じではあるが少し違う。

 【捕食者】が『倒したモンスターを吸収する』というのに対して、【吸血者】は『相手の血を吸う』となっている。

 ということはつまり、倒す必要もなく戦闘をしながら相手の血を吸って回復することが出来るということになるだろう。

 この『血』ってのが曲者で、ジュリエッタの『肉』に相当する役割を持っているだけでなく、フランシーヌ自身のエネルギーにもなるらしい。この場合、エネルギー=体力・魔力に相当するみたいだ。

 いや、ぶっちゃけ滅茶苦茶強いと思う。戦いながら回復もできるってことだからなぁ……。

 ただまぁ無条件に『血』を吸い放題というわけでもないようで、『自分の攻撃を当てる、かつ与えたダメージの数%分のみ』が吸えるようだ。後は、完全に息の根を止めたモンスターからは吸い放題になるとのこと。

 ……対モンスターにおいては、複数に囲まれて一気に倒されるということがない限り、回復して戦い続けることが出来る能力と言えるだろう。

 反面、ユニットに対しては吸血は不可らしい。これでユニットもギフトの対象となったら反則級の強さだろう。


”ま、まぁフランシーヌの回復について考える必要はないっていうのはわかったよ”

「そうね。自分の面倒は自分で見るから気にしないで大丈夫よ」


 特に他意はないだろう。捉え方次第ではあるけど、他のユニットを揶揄するようにも聞こえちゃうけどね。


「それはそうと――ラビ、あなたどうする?」

”うん? どうするって……ああ”


 このままケイオス・ロアに運んでもらうか、それとも使い魔のいないフランシーヌに運んでもらうかか。

 うーん……どうしよう……?


「このままあたしが責任持って運ぶわよ。ラビっちも慣れてるし、それに――あんた、身近に使い魔抱えていない方が戦いやすいんじゃない?」

「……」


 こちらはこちらで挑発する意図はない……とは思うけど、『隠している能力を見破っているぞ』的なアピールをしているなぁ……。

 まぁでも、これは同意かな。

 フランシーヌの能力は『血』――さっきの戦いでやったように、自分の体内の『血』を操ることもできるみたいだ。

 そうなると確かに使い魔を抱えていると全力を出せない可能性は十分にあるかな。


「っていうか、そもそもあんたこれからどうするの?」


 ふむ、その問題もあったか。

 というかその話をまずしなければならなかったね。


”私たち――ここにいるミトラ、ケイオス・ロアと私限定だけど、今は『協定』を結んでいる最中なんだ。私のユニットと出会って、私を引き渡すまでは戦わないってね”


 そもそも私一人じゃ何もできやしないけどさ……。


”……ラビ君とはもう少し落ち着いた、いやお互い仲間と合流できたら提案しようと思ってはいたんだけど、ガイアのコアに到達するまで不戦の協定は続けようとボクは思っている”

”そうなの? それはありがたいかな”


 ミトラの突然の提案に驚きはするものの、私としては大歓迎だ。

 私をユニットに渡すまで、そしてそれまではケイオス・ロアとアリスは戦わないというだけの協定ではあったが、それを更に延長――ガイアのコアつまりはこのクエストの『撃退』条件を満たす『何か』に到達するまで延長しようということだ。

 ここまで黙っていたのは、まぁ私のユニットと上手く合流できるか未知数だから……かな。


”さっきは話しそびれちゃったけど、このクエストにおける事情が変わったからね”

”? それは……?”


 そういやそんなこと言ってたっけ。


”ガイアの内部へとボクたちは入り込めたわけだけど、正直このままだとクリアすることは難しい――ボクたちだけ、というわけではなくラビ君やフランシーヌにとってもね”

「……そうね。今のところ苦戦するような敵はいないけど、ボスのところに辿り着ける気がしてなかったのは確かよ」


 フランシーヌもミトラの言葉に同調する。

 今のところの最大の脅威は、何気にガイア内部のモンスターじゃなくて他のチームのユニット、という感じなんだよね。

 後は一体いつまで続くのかわからない複数のフィールド……正直、私も『先に進んでいる』という実感が得られないままだった。


”流石に今いないユニット同士で争わないようにしよう、とまでは言わないよ。お互い監視できるわけでもないし、ボクたちの間にそこまで信頼関係が出来たとも思わない”

”うん、まぁ……”


 何より出会ったばかりだし――私がミトラに対して色々と疑念を抱いているのは本人も見抜いているんだろう。

 これがトンコツたちならば流石にもう信頼してお互いに戦わないようにしよう、とあっさり話が着くんだろうけどね……。


”だから、あくまでも休戦の条件はボクたち使い魔と合流した上で、だ。もちろん、キミがまだ合流できていないユニットに戦わないようにって指示するのは止めないけど”


 ……この野郎、そう言いつつ自分は言うつもりはないって遠回しに……。


”うん、それでいいと思う”


 どっちにしても、ミトラたちのお世話になっている私には頷く以外の選択肢はない。

 無防備な私をチャンスとばかりに攻撃してこないだけでありがたいと思わなくちゃね。


”フランシーヌの方はどうする?”


 ここでミトラが再びフランシーヌの方へと話を振る。

 内容はちゃんと理解しているのだろう、フランシーヌは躊躇うことなく頷く。


「ええ、私もその協定に咬ませてもらうわ。もちろん、途中で分断されない限りはあなたたちと一緒に行動させてもらうわ」

”結構だよ”

”うん、よろしくね、フランシーヌ”


 ここでフランシーヌが同行してくれるというのは非常にありがたい。

 もちろんケイオス・ロアが私を攻撃してくるとは思わないけど……ミトラが何を考えているかわからない。

 最悪のケースだと、『どうせこれでゲームクリアなのだから』と割り切って強制命令とかで私を始末して、ラスボスを倒して『ゲームクリア』してはいさよなら、ということもありえる。

 だから第三者であり、かつケイオス・ロアとも互角に戦えるフランシーヌが傍についていてくれるというのは、私にとっての保険となりえるのだ。

 ……もちろん、同行を許可したってことはミトラだってそれはわかっているんだろうけど……。

 後ろ手にナイフを持ちながら笑顔で握手する関係は変わりなし……で、ユニットが身近にいないことを考慮すると、ミトラが後ろ手に持ってるのはナイフじゃなくて拳銃ってところかな……。

 フランシーヌがいることで『抑止力』として働いてくれるかもしれないが、これも無条件に任せるわけにもいくまい。

 彼女も私を害する気があるとは思わないけど……どこまでいっても、言い方は悪いが『他人』なのだ。

 裏切る裏切らないということではなく、結局のところ『自分の使い魔ではない』というのが引っかかってくるということだ。

 フランシーヌについては使い魔不在ではあるけど、リスポーンできない状況でいざという時に私を庇って……とは流石にならないだろう。ていうか、そんなことになって欲しくはない。

 ガイアの攻略にしたって、自分のチームが勝者となるためにはどこかで私たちと対立しなければならないのだ。

 『不戦協定』は結ばれてはいるけど、分かっている通りずっとというわけではない。状況次第では仲間との合流前に破棄するようなこともあるかもしれない。

 だから、やっぱりナイフ片手の握手――それを見てる第三者が加わった、っていう状況なのだ。


 ……ま、その危うい状況を綱渡りしなければ、そもそも私は終わってるっていうのは一番良く理解しているつもりだけど……。


「それじゃ、気を取り直して『出口』を探しましょうか」

”だね。あ、フランシーヌ。もし良かったら君がガイア内部でどういうフィールドを進んで来たのか教えて欲しいかな”

”ああ……先が見えないし、辿ってきた道を考えたら何かわかるかもしれないね。ボクの方も共有しよう”

「いいわよ。あたしは――」


 ケイオス・ロアが《ピクシス》で出口を探す間を使って、私たちはガイア内の各フィールドの情報を共有することにした。

 ちょっと迷ったけど、素直に私の知る情報もこの場に出すことにした。おそらくはミトラもわかっている情報だろうし、下手に隠そうとして心証を悪くしたくはない。




”…………うげ、これ結構ややこしいことになってるね……”

「そうねぇ……」


 で、三人で情報を出し合った結果なんだけど……正直ガイア内部が訳の分からないことになっていることがわかった、としか言えないのがわかった。


”まず、フランシーヌが辿ったのはジャングル、次に石が敷き詰められた川……”


 『濃緑の密林』→『石の川岸』→『桃源郷』って感じか。後者は『三途の川』ってイメージだけど。


”ボクたちが通ってきたのは、海の通路、その次がラビ君と会った雪原だね”


 『青の通路』→『氷の雪原』→『桃源郷』……どちらも2つのフィールドを経由してからこの桃源郷へと辿り着いている。

 ……むーん? なんで私だけ途中の『氷の雪原』に出てきたのかはわからないなぁ……ランダムって線が濃厚だけど。


”後は、まだ合流できていない私のユニットが『黒』→『赤』→『黄』って順で進んでいるみたい。後、孤立してる子が一人いて、『白い洞窟』? にいるみたい”


 ヴィヴィアンたちから続報はないが、まだ『黄の砂漠』にいるのかな? そういえば、ヴィヴィアン・ルナホーク・ガブリエラも途中の『赤い廃墟』からスタートだったっけ。やっぱりランダムなのかな?


”……黙っていようかとも思ったけど、やっぱり言っておこうかな。

 ラビ君。キミのユニットたちが辿った道だけど、どうやらボクのユニットはに入ったみたいだ”

”え!?”

”『黒』→『赤』は同じなんだけど、その次に出たのは毒々しい煙を噴き出す沼地――さしずめ『紫の毒沼』という場所らしい”


 むぅん……遅れての開示とは――いや、突っ込んでも仕方ないか。


「? ということは、同じフィールドにいたとしても同じルートには入らないことがありえるってこと? ……厄介ね……」

”そうだね……”


 ややこしいのは、私たちの辿ったルート――『合流』と、ヴィヴィアンたちのルートである『分岐』があること。

 特に分岐側で『なぜ分岐するのか?』の理由がわからないことだ。

 だから下手したら、私たちも『出口』を通った瞬間にまた分断される可能性もゼロではない……。もしそんなことになり、また私一人になったとしたら――かなり拙いことになる。まぁだからと言ってこちらから何かできるわけでもないけどね……。


「逆にすんなりと合流できるってこともありえるわよね、それは」

”ケイ……確かにそうなんだけど……”

「ふふん、貴女なかなかいいこというじゃない。あたしも同意ね」


 ケイオス・ロアの意見は確かに一理ある。そうなってくれたらどれだけありがたいか……。


「どうせミトラもラビっちも、先のこと心配してうじうじ悩んでるんでしょ?」

”……”


 反論できないね。


「もうさ、悩んでたって意味ないわよ。あたしたちはとにかく前に進んで行く以外の選択肢はないの。

 ここで足を止めて事態が好転するっていうんならいいけど――そんなわけないでしょ?」


 ……確かにそうだね。

 いや、まぁここに留まるなんて選択肢は当然頭にはなかったけど……。


”ケイオス・ロアの言う通りだね。少し弱気になっちゃってたけど、先に進む以外の選択肢がない――その通りだ。

 ……君たちにおんぶにだっこしてもらってる私が言うのもアレだけど、先に進もう。正直、このクエスト……考える意味があるとは思えないし、とにかく行動すべきだと思う”


 ほんと、私が言えた立場じゃないのはわかっているけどさ……。

 私一人だけなら、この『桃源郷』なら安全っぽいしミトラたちの足を引っ張らないように残るという案もないわけではないが、それでもやはりケイオス・ロアの言うことの方が正しいと直感が告げている。

 ……本当に正しいかどうかはともかくとして、だけど。

 自分の直感を信じ、世話をかけるのを承知の上で私は進むという選択肢を取るべきだと思うのだ。


”……わかった。ケイ、元々進むつもりではあったけど、改めて決意が固まったよ。

 『ゲーム』クリアのためにも、ボクたちはここで止まっているわけにはいかない。済まないが、これからも頼らせて欲しい。ラビ君ともどもね”

「ふふっ、もちろんよ、ミトラ!」

「あたしは使い魔もいないし――ま、さっきの協定通りボスまではちゃんと協力するし、頼ってくれていいわ」


 ……本当に世話になりっぱなしだ。

 この恩には必ず報いたい――だからと言ってこのクエストのクリアを譲るわけにはいかないけど。

 なんて、そんなことを考えられる程度には二人、いやミトラを含めて三人のおかげで気持ちの余裕が戻ってきたみたいだ。


”ありがとう、皆”


 今出来ることはお礼を言うくらいだけど……いつか、必ず。


「なによ水臭いわね。照れるじゃないの……。

 ……っと、『出口』の場所がわかったわ。ミトラ、ラビっち、フラン、行きましょ!」

「! ええ、ロア」

”うん。念のためモンスターの警戒はしておくよ”


 そうこうしているうちに《ピクシス》が雪原の時同様に出口を見つけたみたいだ。

 私たちは次のフィールドへと向けて突き進んで行く。

 ――とにかく、それしかやれることはないのだ。そうする以外の道はないのだ……!

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