第10章31話 Heretical Carnival 8. ラビとの合流

*  *  *  *  *




 吹雪の中、私と雪男たちの追いかけっこが続く。


”……くっ、振り切れない……!”


 相手は決して素早いわけではないが、視界も足場も悪い上に私との体格差が大きすぎる。

 逃げても逃げてもすぐに追いつかれてしまうのだ。

 とはいえ、全てがマイナス方向に作用しているわけでもない。

 足場は悪いが次々と雪が降り積もっていくため常に柔らかい。相手の攻撃が直撃せずとも私は吹っ飛ばされてしまうけど、地面に叩きつけられて動けなくなるということもない――もちろんだからと言って気を抜いていい理由にはならないが。

 それに、私の毛の色と周囲の色がほぼ同じで保護色となってくれているので、少し離れた位置にいる雪男からはどうも見えていないみたいだ。全然違う方向に攻撃を仕掛けている奴が結構いる。

 後は相手が大きいため、密集してくることもない。互いに近づきすぎて同士討ちになっている場面もちらほらと見受けられた。

 ……このまま同士討ちで数を減らせないか、とも考えたけどそううまくはいかないみたいだ。

 他の雪男からの攻撃を食らっても、まるで気にせず私の方へと向かって来ようとしている……。

 むぅ、やはりこういう動きは『デジタル異世界』のものっぽいな……同士討ちしてくれるようなロジックが組み込まれておらず、大型モンスターが連携とまではいかずとも協調して向かってくる。ドラゴンハンターとかもそうだけど、流石にモンスター同士の攻撃で大物の数を減らすという戦術は取れないようになっているみたいだ。




 状況は悪いとしか言えない。

 すぐに私がやられてしまうようなことはなさそうだけど、全く油断できない状況には変わりない。

 かといって安全な場所まで逃げ切れるというわけでもない。ちょっと気を抜いて足を止めたら、そこでやられてしまいかねないくらい危険な状況でもある。

 ……本当に性格の悪いクエストだ。

 おそらく、こういう『使い魔が一人になる』状況を作り出し、確実に始末したいが故の『強制移動不可』『リスポーン地点がその場になる』という制約をつけたのだろう。

 以前にピッピが言った通り『クリアを想定していない』というだけではない。

 『クリアさせる気がない』――その私の予想を裏付けるかのように、なりふり構わないクソ仕様を露わにしているとしか思えない。

 後付けでプレイヤー不利のルールを押し付けてくるって、もう完全にクソゲー・クソ運営ムーブだろう……。


 と嘆いていても事態は改善されない。どうせ『ゲーム』の運営――ゼウスが改善することはないだろうし。

 今は必死に逃げ続け、皆との合流ができるのを祈るのみだ。


”ダメだ……出口も見えない!”


 どこかにあるはずの『出口』を逃げ回りながら探してはいるが、一向に見つかる様子がない。

 いや、結構逃げているつもりでもそんなに距離が稼げていないのもわかっている。

 となると逃げながら私が『出口』を探すのは無理があるかもしれない……けど、探さずに皆を待つだけではこの局面は乗り切れない。

 最良のパターンは、すぐさま皆が『氷の世界』へとやってきて合流できることだが、正直どうなるか全く読めない。

 ……仕方ないこととは言え、この最終局面において人頼りになってしまうことを苦々しく思う。

 人頼りにならざるをえないのであれば、せめて私にできる範囲では私自身で頑張らなければ……!


”! よし、あそこなら……!”


 更に命懸けの追いかけっこを続けていると、私の行く先に大きな山……というか『壁』が見えてきた。

 かなり大きな氷の塊がゴロゴロと転がっている場所があった。

 雪男たちなら入ってこれないだろう。氷の塊を砕くことは出来るかもしれないけど、今までの攻撃の威力を見てる限りは体格に見合ったものでしかない。雪男よりも更に大きな氷の塊をあっさりと砕けるほどの怪力ではないと見ている。

 ここにいつまでも隠れているというわけではない。

 肝心なのは、雪男たちの視線からわずかな時間でもいいから逃れるということだ。

 一度視界から逃れたら、保護色となっていることを利用して姿を隠してやり過ごすということも可能――と期待している。

 延々と追いかけっこを続けていたらいずれやられる。ならば、相手から隠れる方法が見つかったならばそれを試してみるべきだと思ったのだ。




 ――だが、この選択は誤りだったことを私はすぐに思い知らされた。




 氷の壁の隙間に間一髪潜り込んだ私を追って雪男も突撃してくるが、狙った通り壁を崩すことが出来ずぶつかって転がっている。

 先頭が転び、後続も次々と巻き込んでいるみたいだ。

 よしよし、いい感じだ!


”……さて、ここから抜けられるかな……?”


 続く問題は、この壁に挟まれた道がどん詰まりになっていないかどうかということだけど、これについてはそこまで心配していない。

 複数の氷塊が林立しているのは分かっていたので、必ず複数の『隙間』があるはずだ。

 その隙間のどこかの雪男のいない場所から抜け出してひっそりと隠れる――そして、隠れつつ移動もできそうならして『出口』を探す、だな。

 ……皆の状況がわからないからどうしたものか悩むけど、一旦安全が確保できたと判断できたら連絡してみていいかもしれない。もし返事ができないようならしないでいいので、私の現状だけを一方的に伝えておくのもいいだろう。私が無事だとわかれば、皆も少しは心の余裕ができるはずだ。

 急かしたところでお互いに焦るだけでいいことなど一つもない。

 この状況では『落ち着く』ことが肝要だと思う。


”……!? ……!?”


 逃げている間にもチラチラとステータスの確認はしていたのだが、危ない時とかも多く集中してはいなかった。

 一旦落ち着いたと判断して改めて見てみたら、クロエラがリスポーン待ちになっていることに気付いた。

 慌ててリスポーンを選択。受付時間にはまだ余裕があったけど、あのまま雪男に追われ続けていたらもしかしたら見逃してしまっていたかもしれない、と冷や汗が出る思いだ。

 他の皆は――うん、大丈夫っぽい。ヴィヴィアンの体力が少し下がっているけど……まだ大丈夫だし、どのみち私から回復できる状況じゃない。推移を見守るしかないか……。

 なんて少し人心地ついていた私だったけど、異変に気付いた。


”あ、あれ……?”


 ごご、ごご……と何かがこすれるような音が響いている。

 雪男たちが氷塊に攻撃している音とは少し違う。

 それに聞こえている方向も、私を追って来た雪男たちの方ではなく前方……いや、左右? ともかく前の方向から聞こえてきているように思える。音が小さく更に反響していてわかりづらいけど……。

 ……いや、だんだんと音が近づいてくる!?


”や、ヤバい!?”


 気が付いた時には、もう音は間近に迫っていた――どころか音の正体が見えてきていた。

 それは『氷のマンモス』だった。

 オオカミのように体毛が鋭い氷柱で形作られた、文字通りの氷でできたマンモスだ。

 その大きさは周囲の氷壁と同じくらい――雪男たちよりも大きいだろう。

 ……それが氷の壁を砕きながら私の方へと向かってきていた。

 さっきから聞こえていた音は、マンモスが氷を砕き、あるいは押しのけている音だったのだ……!


”しまった……!”


 雪男からの追跡を振り切れたと思ったら、マンモスからの逃げ場がない……! 狭い場所ならデカい敵は入ってこれないだろうと思ったのに、その狭い場所をゴリゴリと削って向かってくる奴がいるなんて……。

 こっちに気付いていないという可能性に賭けたい気持ちはあるが、音が迫ってきている以上そんな甘い期待はしない方がいいだろう。

 仮に気付いていないとしてもマンモスの巨体にうっかり踏みつぶされるか、押しのけていく氷に潰されるかのどちらかの未来しか見えない。


”こうなったら――上だ!”


 このまままごついてたらマンモスにやられるし、かといって戻れば集まってきてしまった雪男たちに潰される。

 迷う暇はない。

 私は活路を『上』――氷塊の上へと見出す。

 とにかく必死に耳を羽ばたかせて身体を浮かせ、氷の上を目指す。

 ……これが普通の岩壁とかならまだ自力で走って昇ろうという気にもなったけど、流石に氷は無理だろう。

 結果、私の狙い通り潰されるよりも前に氷の上へと昇り切ることが出来た。

 もちろんだからといって油断はできない。

 今度は足場となっている氷塊がマンモスに砕かれるなりする可能性があるのだ。それに、雪男たちだって昇ってくるかもしれない。

 とにかく急いでこの場を離れなければ――そう思い、できるかぎりマンモスと雪男から離れるように移動を開始した私であったが……。


”…………マジかよ……”


 どうやらこのクエストの意地の悪さは私の想像を上回っていたようだ。

 今までは慌てていたのと吹雪に紛れてよく見えていなかったが、上空――雪雲の中に巨大な『何か』がいた。

 うねうねとうねるようにして空を飛ぶそれは、間違いなく外で見た風雷龍の同種……きっと『風雪』の神獣だろう。

 それが雪雲の中にうようよといるのが見えてしまった……。

 しかもそいつらは風雷龍とは異なり、私が氷塊の上へと来るなり地上へと向けて降下を開始してきたのだ……!

 次から次へと……!

 思わず泣きたくなるのをぐっと堪え、私は走り続ける。

 それしか私にやれることはないのだ。

 とにかく逃げて逃げて逃げ回って、皆と合流するまでの時間を繋ぐ――それ以外にやるべきことなんてない。

 ……いつだって皆これ以上の絶望に立ち向かって来たのだ。私だって……!




 ……そう決意し、必死に逃げ回っていたけれども、流石に分が悪すぎた。


”……くそぅ……!”


 風雪龍たちは明確に私を狙っていた。

 雪男たちと同じくサイズ差があまりにあるため狙って潰すということはできていなかったが、それでも近くへと寄ってこられただけで私にとっては致命的だ。

 身に纏った吹雪が私を吹き飛ばし、雪のつぶてが弾丸となって襲い掛かり体力を奪う。

 更に近づかれて吹雪の勢いが増すだけで雪が次々と積もってゆき、移動の自由すらも奪われてしまう……。

 逃げようとしても身動きが取れなくなった私へと向けて、上空から顎を広げた風雪龍が襲い掛かってくる。

 ダメだ……捕まる!?

 仮に雪に足をとられなかったとしても、全力で走っても尚間に合わないくらいに風雪龍の口が大きく開いている。

 諦めるわけにはいかない――けども……!


 地面ごと齧り切ろうとしているのか、私に覆いかぶさるように風雪龍が辺りごと食らいつき――私の目の前が真っ暗になった。




 ――その次の瞬間。


”へっ……?”


 急に視界が開けた。

 以前の『嵐の支配者』に呑み込まれた時みたいに『別世界』へとやってきたわけではない。

 私の目の前には相変わらず猛吹雪に包まれている世界が見えている。

 ということは、私に食らいついた風雪龍が顎を閉じる前に離れたってことになる……? でも、なんで……?

 混乱する私へと向けて、聞き覚えのある声が届く。




「――お待たせ、!」




 声のする方……頭上へと目を向けると、そこには吹雪を物ともせずに赤く燃え上がる『炎』の姿があった。


”ケイオス・ロア!!”

「ふふん、間に合って良かった♪」


 そう言ってケイオス・ロアは微笑むのだった……。

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