第10章30話 Heretical Carnival 7. 赤い廃墟の血戦(後編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……素晴らしい力だ」
《ゴグマギア》を身に纏ったガブリエラを見て、素直にBPは称賛する。
禍々しい鋼鉄の『悪魔の腕』が、更に飛来したパーツを吸収し大きさを増してゆく。
それだけならばBPにとっては『こけおどし』程度にしかならなかったが、腕の発する魔力は肌で感じ取れるほどの不吉さと凶暴さであった。
「ぐ、ぅ……!」
更に悪魔の両腕がガブリエラ自身の腕を包み込むように変化。
ガブリエラの頭部、胸部、腰部、そして両足にも鎧上のパーツが装着され――まるで巨大な両腕を持つ『悪魔』そのものの姿へと変貌する。
全身からは魔力が立ち上るだけでなく、ところどころが火花を散らしている。
……その火花が攻撃用のものではなくショートしかかっている、というようにBPには見えたが油断などしない。
限界ギリギリ、いや限界を超えた一撃を繰り出してくることは目に見えていたからだ。
「我が全身全霊を以て応えることを誓おう!
吠えろ、『ライオンハート』!」
BPの呼びかけに応じ、引き絞った右拳が赤熱する。
黒い鎧に紛れて見えにくいが、これこそがBPの霊装――
効果は
そして使う魔法はマーシャルアーツ――かつて《バエル-1》の壁をも易々と突き破った威力を誇る魔法だ。
それを一点に集中、『砲弾』として放つ一撃必殺……これこそがBPの強さの源となっている。
「マーシャルアーツ《46・トライアド・メガキャノン》!!!」
霊装と同硬度の要塞の壁をも貫く、地上最大の砲撃を模した一撃――
周囲の瓦礫ごと消し飛ばす砲弾がガブリエラたちへと向かう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《ゴグマギア》――超越兵装の負荷は、ガブリエラの想像以上の重さだった。
――これは……私をベースとして正解でしたね……!
ガブリエラの超ステータスであってもかなり苦しいほどなのだ。
もしルナホークだったとしたら、下手すると攻撃を放つ前に潰れてしまっていたかもしれない。それほどまでであった。
これならば攻撃を一撃放ったら以後動けなくなるというのも納得だ――それでも自分であれば《ナイチンゲール》に癒してもらえるだろうとも思っているが、時間のロスは避けられない。
それでもルナホークが完全に動けなくなるより、ガブリエラの方が『マシ』……そう思っている。
もう一つ、ガブリエラが自分をベースにしようと提案した理由は、単純に『やられっぱなしではいられない』という負けん気からだったのは言うまでもない。
「ルナホーク、お願いします!」
<
構えるBPに対して選択したのは全身変形魔法 《グシオン-10》の改良型――《アルトグシオン-X》。
魔法発動と同時に、ガブリエラの腕を包み込んでいた『悪魔の左腕』が激しく発光……光の壁を生み出す。
《グシオン-10》の本来の効果は、『防御特化型』の変形を行うものだ。ルールームゥ以外でも使いこなせるように、魔力をエネルギーへと変換して防御壁を作り出すように改造を加えている。
「マーシャルアーツ《46・トライアド・メガキャノン》!!!」
同時にBPもまた必殺の一撃を放つ。
互いに戦闘を長引かせることなど考えていない、『一撃必殺』での短期決着を狙っているのは明白だ。
《46・トライアド・メガキャノン》が《バエル-1》を貫いた魔法だということはラビから聞いてガブリエラたちも知っている。
真正面から受けるのは自殺行為。たとえ《イージスの楯》であったとしても、周辺ごと吹き飛ばされてしまうことは想像に難くない。
そして、ガブリエラたちはBPがこれを高確率で使ってくると予想していた。
一刻も早く仲間、そして使い魔と合流してガイア戦の勝率を上げる――それを目的としたが故の『足止め』だったはずなのだ。
『足止め』が成功したはずなのに、わざわざガブリエラたちを待ち構えていた……その事実から、BPが今度は足止めを考えずに攻撃を仕掛けてくるだろうと予想していたのだ。
……まさか待ち構えているとまでは思っていなかったが……。『赤い廃墟』から脱出し、追いついた後に戦うことになるとばかり思っていたのだが。
とにかく、『初撃』にBPが全力を込めてくるのは想定内だ。
「こ、のぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
左腕に全ての魔力を集中。『光の壁』を盾として地上最大の砲撃を受け止めようとする。
防御特化の
『光の壁』で砲弾そのものを受け止めているものの、相手の攻撃は魔法なのだ。
勢いを殺すこともできずじわじわと破壊の力がガブリエラの腕へと伝わり――左腕を覆う《ゴグマギア》にヒビが入る。
「ぐぅ……!?」
<パートナー・ガブリエラ!?>
『砲弾』と言いつつも結局は魔法だ。勢いは減衰することなくガブリエラを滅しようと前進を続ける。
このままでは《アルトグシオン-X》は砕け、ガブリエラ自身の身も危うい。
それでもガブリエラは一歩も退かない。
「だい、じょうぶ……! 私
<……! イエス、レディ!>
『危険だと判断したらルナホークの方で解除する』とは言っていたが、ここで解除はしなかった。
……危険は危険だが、その種類が違うという理由もあるが、何よりもガブリエラの『覚悟』がルナホークの『理性』を上回ったのだ。
リュニオンしているからこそ、互いの感情は伝わってくる。
たとえどんな『痛み』があろうとも、ガブリエラは決して退くことはない――BPを前にして退くのは、たとえ命が助かったとしても二度と取り返しのつかない『敗北』を意味するのだ、そういう想いを感じ取っている。
だからルナホークは止めない。止める言葉を持たない。
しかし――想いの力だけで戦いの結末は変わらない。
「くっ……!」
BPの放った三発の砲弾のうち、二発までを《アルトグシオン-X》はギリギリ防ぐことはできた。
しかし、最後の一発を受け止めた時点で限界が来た。
左腕全体に大きく亀裂が入り、その下にあるガブリエラの腕にまで反動がやってくる。
流石にギアごと腕が千切れ飛ぶということはないが、それでも腕が潰されるような――実際に潰れているのかもしれない――激痛がガブリエラを襲う。
それでもガブリエラは止まらない。
すぐ眼前に迫った三発目、これが直撃すればたとえリュニオンしていたとしても体力が消し飛ばされてしまうことは確実だ。
――左腕は、もう
この土壇場において瞬時に下した決断は、このまま左腕を捨てる覚悟での防御だった。
《アルトグシオン-X》の残った全ての力を掌へと集中。小型ではあるが最高強度を持つ光の壁を作り出して砲弾を受け止めようとする。
……が、既に限界を迎えようとしていた《アルトグシオン-X》は、いかに防御力を集中しようとも砲弾に耐えることなど出来はしない。
防げたのはほんの一瞬――限界を超え左腕が砕け散る。
その刹那、
<トランスフォーメーション《アルトウァサゴ-III:DL》>
ルナホークの側で新たな魔法を使う。
変形の対象は両足……下半身のギアだ。
両足を覆うギアが大きくスカート状に膨らみ、その内部に無数の『ロケット』が現れる。
宇宙空間を進むことが出来る《ウァサゴ-3》は、当然重力を振り切り大気圏を突き抜けるほどの『加速』を発揮することが出来る。
――流石、ルナホーク!
激痛に苛まれながらもガブリエラは心の中で称賛の声を送る。
ルナホークとのリュニオンで、ガブリエラをベースとした理由は先に述べた通りであるが、実のところルナホークも『その方が良い』と内心理解していた。
なぜならば、ガブリエラを『主』ルナホークを『従』とした場合、『従』の側は身体を動かすことを考えずに
ルナホークが観察に専念できるということは、すなわち【
【演算者】によってガブリエラとギアの耐久力を管理、ギリギリのところで新たな魔法を使って変形し致命傷を防ぐ。
それこそがルナホークが『従』となった最大のメリットなのである。
はっきりと頭で理解できていたわけではないだろうが、ガブリエラも本能でそれを理解していたのかもしれない。
特に打ち合わせをしたわけではないのに、ルナホークが的確に《アルトウァサゴ-III》を使ってくれた。
そして、それにガブリエラは合わせることが出来た。
「弾き飛ばします!」
「!?」
《アルトウァサゴ-III》の超加速によりガブリエラの身体がその場でスピン、受け止めた砲弾を身体ごとねじることであらぬ方向へと弾き飛ばす。
同時に負荷に耐え切れず《アルトグシオン-X》は完全に砕け散ってしまうが、引き換えにガブリエラは《46・トライアド・メガキャノン》を完全に征することが出来た。
それだけではなく、前方へと加速――一気にBPの懐に攻め入ろうとする。
「見事――だが」
BPは既に左拳を構えていた。
「マーシャルアーツ《46・トライアド・メガキャノン》!!」
全力の一撃が更にもう一度……今度はかわしきれない距離とタイミングでガブリエラを真正面から襲う――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
BPのマーシャルアーツは、要するに『軍事兵器』を自在に操る魔法である。
コンストラクションを使って何かを造り出せばそれに兵器としての力を与えることが出来るし、彼女自身を『砲台』とすることで自らを大量破壊兵器とすることも出来る。
霊装『ライオンハート』を使用することで肉体にかかる負荷もほぼないという、破格の性能であると言えよう。
ただし、『ライオンハート』を通さずに使った場合にはその限りではない。
発射した魔法相応の反動がBP自身に襲ってきてしまう――特に最大火力の《46・トライアド・メガキャノン》の反動は凄まじく、『ライオンハート』を使わずに発射すれば回復するまで腕を動かせなくなってしまう。
そのことを理解した上で、『全力』を尽くすために敢えてBPは二発目の魔法を左腕で使ったのだ。
――これはかわせぬぞ!
一発目を完全に受けきったこと自体は称賛に値する。
どんな防御魔法を使ったとしても、着弾と同時に巻き起こる爆発により普通なら防御魔法ごと吹き飛ばされることになる。
……それを防いだのだ、《アルトグシオン-X》の効力は想定以上のものがあった。
最後、砲弾を弾き飛ばしたと同時に前に向かって来たことも驚かされはしたが、これは想定内だった。
もしもガブリエラが反撃できるのであれば、きっとそうするだろうと思っていたのだ――受けるだけで精一杯で反撃できないというのであれば、何の問題もなく二射目でとどめを刺すだけだ。
最大火力の砲撃を受けきった相手に対し、BPは絶対に油断などしない。
故に、自らのダメージを顧みない《46・トライアド・メガキャノン》の連発だった。
相手も動いているため命中するかは怪しいが、たとえ直撃でなくても相当のダメージを与えられることは確実だ。
もし生き残ったとしても、今度は『ライオンハート』を使った三射目で確実にとどめを刺せる。
そう思ったBPは、自身の勝利を確信した。
……が、
「!? 何っ!?」
真っすぐに自分に向かってきていたはずのガブリエラの姿が消えた。
――いや、不自然な軌道で
砲弾は全て外れてしまう。
――なぜ!? 明らかに前にしか飛べない体勢で上へと動ける!?
BPにはその理由はわからなかっただろう。
なぜならば、ガブリエラもどうしてそんなことになったのか全く理解していなかったからだ。
「……悪く思わないでくださいまし」
状況を理解していたのは、離れた位置で隠れていたヴィヴィアンと、
<パートナー・ガブリエラ、最後の一撃です>
「は、はい!」
【演算者】を使い続けていたルナホークの二人だった。
ゴグマギアを纏う時、ルナホークはヴィヴィアンの召喚獣がついてきていたことに気付いていた――ガブリエラは気付いていなかったようだが。
小型の《グリフォン》たちが、密かにガブリエラに張り付いていたのだ。
そして際どいタイミングで召喚獣同士が接触、ガブリエラの身体を弾き飛ばして砲弾を回避させた。それが真相であった。
当のガブリエラも、相手取るBPも全く予想だにしなかった動きは、二人共に大きな『隙』を作ってしまったが……。
<トランスフォーメーション《アルトアモン-VII:RA》>
二人の決定的な差は、頼れる仲間がすぐ傍にいるかどうかだった。
「これで――終わりです!」
残されたガブリエラの右腕へと《アモン-7》――近接格闘特化型変形の力が収束する。
鋭く伸びた悪魔の爪が、手首ごと高速で回転……あらゆる物質を抉り削り取る『ドリル』と化す。
「く、くくく……ふはははははははっ!!」
頭上から迫りくる『死』に、BPは高笑いする。
諦めたわけではない。
避けようのない『死』が迫っていてなお、BPは相手を称賛し、それでも自分の勝利を諦めない。
魔法を使う余裕もなく、回避も間に合わない。
BPはただひたすらに、『ライオンハート』を装着した右腕一本でガブリエラへと対抗しようとする。
「……見事、だ……我が妹よ……!」
《アルトアモン-VII》と『ライオンハート』がぶつかり合い、拮抗したのはわずか一瞬。
通常ならば砕けることのない霊装が、悪魔の爪によって抉り削られ――BPは自らの敗北を悟った。
次の瞬間、《アルトアモン-VII》に蓄積された膨大な魔力がはじけ飛び、周囲一帯を吹き飛ばす大爆発を巻き起こし――BPを完全に消滅させたのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「! いた!」
「りえら様!」
ジュリエッタたちがガブリエラたちを発見した時、既に戦いは終わっていた。
『赤い廃墟』に来た際の大爆発は、《アルトアモン-VII》最後の一撃だったのだろう。
「……ジュリエッタにうりゅ、さりゅ……」
リュニオンを既に解除しており、ガブリエラは大分疲れた顔をしてはいるものの、心配していたような深刻なダメージを引きずっている様子はなかった。
「りえら様……またなんか無茶したみゃー?」
「う……」
周辺が爆発によってほぼ更地と化しているのと、ぐったりとして動けないガブリエラの様子を見て戦闘の激しさとその戦闘を征するためにどれだけの無茶をしたのか……ウリエラたちは流石に一言物申そうとしたが、
「お待ちください、ウリエラ様、サリエラ様。
まずは移動をしましょう」
ヴィヴィアンがそれを制する。
「ジュリエッタに皆乗って。ヴィヴィアン、ガブリエラの治療は――」
「ええ、わかっています。貴女の背中の上で移動しながらやりましょう。ルナホーク様、ガブリエラ様を」
「
戦いが終わったばかりで、予想通りガブリエラが負荷を負ったため動けず、やむを得ずこの場で治療するしかないか……と思っていたのだが、ジュリエッタたちが合流できたことで移動しながらの治療が可能となった。
BPを倒すことは出来たが、このクエストではリスポーンが可能なのだ。いつまでもこの場に留まるわけにもいかない。
ウリエラたちも、状況把握にしろ説教にしろ移動しながらの方がいいに決まっているのはわかっている。
大人しく全員が揃ってジュリエッタに乗って移動を開始する。
「あとはうーみゃんとくろとアーちゃんだけ……」
「はい……一番心配なご主人様との合流を急ぎたいですが……」
ジュリエッタたちが『黒い工場』から『赤い廃墟』に来れたということは、合流そのものは可能なはずだが彼女たちも思ったようにラビの元へとすぐにたどり着けるかはわからない。
最悪中の最悪のケースだと、ラビのいる『氷』→『黒』というルートしか存在しないこともありえる――そうでないことを祈るしかない。
「皆、ゲートが見えてきた!」
ほどなく『赤い廃墟』の出口が見えてくる。
BPを倒し合流してから数分も経っていない――おそらくはまだリスポーン待ち、あるいはリスポーン中であるはずだ。
「……にゃー……あの女狐がいないのは気になるけどにゃー……」
「そうだみゃー。同じ出口から出ても、同じ場所にたどり着けるとは限らみゃいのかもしれないみゃー……」
「うん。ジュリエッタたちは一緒にゲート潜ったから大丈夫だっただけかもしれない。
皆、念のためジュリエッタの身体にしがみついてて」
ウリエラたちが気になっているのはオルゴールの存在だ。
『黒い工場』にいないのは明らかだったし、BPのように戦闘して倒したわけでもない。
であれば、先行していたオルゴールが『赤い廃墟』にやってきていてもおかしくはないのだが――ウリエラの言う通り、同じ場所にはたどり着けない『ランダム』なのかもしれないと疑う。
……彼女たちがオルゴールが既にリスポーン待ちだったことについては知ることはできないので、当然の疑問ではあるが……。
気にはかかるが、仲間と合流出来たのだ。
この調子で分断された他の仲間との合流が出来れば……戦うにしてもそのあとでいいはずだ。
全員がそう思い、疑問を呑み込んで『赤い廃墟』から脱出していくのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………BP」
「……オルゴール……貴公か」
ラビのユニットたちが『赤い廃墟』から脱出してから更に数分後、リスポーンしたBPとオルゴールが合流した。
「ふふふっ、貴公らの評価は間違いではなかったな。
普段ならば自分の可愛らしい声を気にしてオルゴールの前では余り喋らないが、BPは珍しく自分から話始める。
『完敗』――たとえ3対1であったとしてもそれを言い訳にはしない。
1対1で戦えばおそらくは自分が勝つと確信してはいるが、かと言ってこの戦いはスポーツや武道の試合ではないのだ。
幸いなのは、通常の乱入対戦と異なりリスポーンで再挑戦できるということだろう。
今回の敗北は痛いが、かといってクエスト攻略にとってはまだ『致命的』とは言い難い。
「ハァ……」
オルゴールは小さくため息を吐く。
『出口』から少し離れた位置でBPが戦っていたということは、
その結果リスポーンしてしまい、ラビのユニットに先に進まれたという点について、一応の『リーダー』として注意すべきかどうか悩むが……。
「ふふん、だがここで貴公と合流することが出来た。
ならば次は
「…………そうデスね」
お小言は飲み込んだ。
確かにBPの言う通り、ここで合流できたこと自体は喜ばしいことだし、揃って戦えばラビのユニットたちとも互角以上に渡り合うことができるという確信はある。
――ミトラのユニットは単独の戦闘力も相当なレベルではあるが、その本領は『他者との協力』をした時に発揮されるものなのだ。
これは単純に『チームワーク』が優れている、というものとは質が違う。
奇しくもガブリエラのリュニオンのように『他者と連携すること前提』と言えるだろう。
「そういえば、貴公もリスポーンになったのだろう?」
ふとBPはオルゴールにそう尋ねる。
特に揶揄する意図はない。都度ミトラから状況を伝えられていたので何となくの確認程度のつもりだった。
……が、そう聞かれた時に予想以上にオルゴールの表情が曇っていったのを見逃さなかった。
そんなに敗北を気にしているのか、と自分が迂闊な発言をしてしまったかと後悔するBPではあったが、オルゴールの答えは全く違っていた。
「……そうなのデスが、
「……?」
負け惜しみの言い訳――と一瞬思うが、この状況でそんなことをオルゴールが言い出すとは思えない。
事実オルゴールは『何者か』によって倒されたことは理解しているのだが、その『何者か』が一体誰なのかをはっきりと思い出せないでいたのだ。
ジュリエッタたちと同じ『黒い工場』にいたのだから、普通に考えればジュリエッタたちに倒されたということになるのだが……だとしたら思い出せないということはないと思う。
『何者か』にやられたことだけは覚えている。やられた瞬間も覚えている――何の抵抗もできずに一撃で胸を貫かれて倒されたことも覚えている。
だというのに、それが『誰』なのかがわからない。
明らかに異常な事態が起きているという、正体の分からない焦燥感がオルゴールの中にある。
「ふん、まぁ良かろう。我らのすべきことに変わりはない」
「……そう、デスね……」
BPは軽くオルゴールの言葉を流す。オルゴールも自分で上手く説明できないのでこれ以上は突っ込んだ話はできない、と判断してそれに追従する。
一応状況はミトラに遠隔通話で伝えてはいるが……当然、ミトラもオルゴールの言うことがよく理解できないのでジュリエッタたちにやられたのでは? と軽く流してしまっていた。
いずれにしてもここで歩みを止めるという選択はない。
オルゴールはBPと共に先へと進むことにし、自分の中の焦燥感と疑念を押し殺す。
「すみまセン、時間を取らせまシタ。急ぎまショウ」
「ああ。ケイオス・ロアとミトラの方も
であれば、我々が先行して道を切り開こうぞ!」
先ほどの敗北も、オルゴールに起きた不可解な出来事も、ミトラたちの『面白い状況』も全部適当に流してBPは出口目指して進み始める。
オルゴールも諸々を呑み込みその後に続く。
やるべきことに変わりはないのだから……。
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