第10章28話 Heretical Carnival 5. 黒からの脱出

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 『黒い工場』にて、オルゴールの呪縛を抜け出した三人は一路『出口』を目指して突き進んでいた。

 時間の猶予がない、ということでスピードに優れた四足獣の姿へとジュリエッタがメタモルし、ウリエラたちはそれに乗って移動する形となっている。


「……この方向で合ってるの?」


 二人に指示されるまま進んでいたジュリエッタだが、その根拠が全くわからずに少し不安になっている。

 なにせ『黒い工場』にはある程度大きな残骸もありランドマークには事欠かないが、だからといってそれがすなわち『正解』――今回の場合は出口を指し示しているかどうかまでは判断つかないからだ。


「大丈夫みゃー」

「方向は合ってるにゃー。ジュリみぇったはオルゴールやモンスターの気配に気を付けつつ、全力でぶっ飛ばしてくれればおっけーにゃー」

「……それはいいけど……」


 微妙に同時にやることが多いが、できないわけではない。

 言われた通り音響探査エコーロケーションを切らさず、周囲の地形と襲ってくるかもしれない存在に警戒しつつジュリエッタはひたすらに駆ける。


「おっと、ちょこっと右方向に曲がるみゃ……ちょい行き過ぎみゃ。……そうそう、そのまま真っすぐみゃー」

「……」


 時々、二人から方向の微調整が入っていることからして、明らかに二人には向かうべき場所がわかっているとしか思えない。

 二人のことは信頼しているが、訳が分からない状態のままというのは座りが悪い。


「むー? ジュリエッタ、全然わからない……」


 出口の方向をどうやって見つけたのか、それが気になって仕方ない。だからと言って監視を怠ることは流石にないが。


「みゅ? 多分合ってると思うみゃー」

「間違ってたら、今度はに一直線に進めば、多分出口に着くにゃー」

「……??」


 さっぱりわからない、というジュリエッタの気配を感じ取ったのだろう。

 道すがら二人は『黒い工場』の『謎』の解答を口にする。


「『影』の方向に注目みゃー」

「影……?」


 走りながらだと良く見えないが、どうやらジュリエッタたちの足元には影が伸びているらしい。

 『黒い工場』内は夜空が広がっているものの、それでも『真の暗闇』でもない限り影は必ずある。

 星明かり、月明かり……光源はなんでも構わないが、人の眼で見ることが出来る状態であればそこには必ずどこかに『光源』がある。

 光源があるということは、濃淡は別にしても『影』は必ずできるということだ。


「んで、あたちたちの影は思いっきり長く伸びてるんだにゃ。でも、その辺の瓦礫とかの影はそうではないにゃ」

「…………?」

「「正解みゃー/にゃー」」


 彼女たちの言葉によれば、ジュリエッタたちの影はまるで夕日に照らされているが如く長く伸びており、周辺の建造物の影はそうではない。これらは頭上の星明かりを光源とした時のように足元にのみ伸びているとのことだ。

 ということは、ジュリエッタの言うように異なる光源により異なる影が現れているということになる――もちろん、現実にはそんなことは起こりえないのではあるが。


「まー、スポットライトとかがあれば話は別だけどみゃ。そんなもの見当たらないみゃー」

「でも、事実としてあたちたちの影だけが変な風に伸びてるってことは、見えない何かが照らしてるってことになるにゃ」

「つまり……それが『出口』?」


 ユニットにのみ作用する『光源』がどこかに存在し、瓦礫の山すらも貫通して照らし出して影を作っている――そんな現実にはありえないことも、『ゲーム』内であれば普通に起きうる。それがウリエラたちの考えだ。

 もしここがアストラエアの世界のような『本物の異世界』ならば、物理法則は概ね現実世界と同じになるであろうしこのようなことは起こらないとは思うものの、ガイア戦のクエスト及びガイアの内部は『デジタル異世界』であると思われる。

 ならば、『起こりえないこと』も平気で起きるだろうと思い、自分たちの推測を元に行動しているのだ。


「ダメなら逆方向ってことは、光源が出口じゃない場合は影の指し示す方向が正解、ってことか……」

「そういうことだみゃー」


 光源=出口と思い今は影の反対方向へと向かっているが、もしそうではなかった場合には真逆の方向へ進めば良い。

 ……もしそれでどちらも正解ではなかった場合お手上げになってしまうが、その確率は低いと二人は思っていた。

 『デジタル異世界』であれば、意味のないことは起きない――意味深なものがあれば、必ずそこには重要な意味があると確信している。

 単にユニットたちを惑わせるだけの意地悪な仕掛けという可能性もゼロではないが、ガイア戦の難易度を考えれば無意味な仕掛けをあれこれ作り込むことはしないのではないかというのが二人の考えだ。


「! 見えてきた!」


 二人の考えに納得し、全力疾走を続けていたジュリエッタが『光源』を発見した。

 周囲に比べれば少し低い瓦礫の丘の上に、クエストゲートのような虹色の輝きが見えている。


「お、正解だったみゃー」

「……だにゃー……」

「うん。待ち伏せは……多分しないとは思うけど」


 ジュリエッタたちを足止めしていたくらいだ。

 わざわざ足を止めて不意打ちを食らわせるために待ち伏せをする必要はないだろう。

 同様に、オルゴールがこのゲートを見つけて先に潜っていたとして、その先で待ち伏せをする意味もない。


「みゅみゅ……見つけてないだけってこともありえるかみゃー……?」

「ううん、それはないと思う。

 ジュリエッタたちの動きを封じた後、オルゴールは迷いなく動いていた――だから、きっとウリエラたちと同じように謎を解いていたんだと思う」


 呪縛を解くまでの時間を考えれば、ジュリエッタが全力疾走をしたとしても追いつける距離だとは思えない。《アクセラレーション》で加速し続ければ話は別だったが、ウリエラたちを振り落とさないように気を付けつつだったので何度も加速はできていない。

 ここに来るまでにエコーロケーションにも引っかからなかったことから、オルゴールは既に『黒い工場』から脱出したのだろう、とジュリエッタたちは判断した。


「さっきの『謎』、他の皆には?」

「……伝えるかは微妙だと思うみゃー。全部が全部そうとは限らみゃいし……」

「遠隔通話できる状況かもわからにゃいから、連絡が来た時に推測を話す、でいいと思うにゃ」


 ――ここが、オルゴールとウリエラたちとの違いだった。

 オルゴールは迷うことなくBPに『黒い工場』の謎を伝えた。『赤い廃墟』も同じ謎なのではないかと根拠はないが思い、手がかりを与えている――そして実際に『赤い廃墟』も同じ謎であったのだ。

 ただし、これは思慮の深さの差というわけではなく、サリエラの言う通り『状況』の差が大きい。

 ラビのユニットたちはそれぞれ何かしらの『危機』に追われている。その最たるものが一人でいるラビなのだが……。

 状況次第では遠隔通話をすることによって集中を切らし、より危機へと追いやってしまうかもしれない。それを危惧し、相手から連絡があれば……と消極的な判断をせざるを得なかった。


「……とにかく急ごう。殿様に合流するのが最優先」

「だみゃー」


 最も正解に近いことはなんなのか、いくら考えてもわかるわけがない。

 だから優先すべき『ラビとの合流』を三人は選んだ。

 ラビと合流できれば他のユニットの状況もステータスから判断することができる。

 もしその時まだ各々が脱出できていないのであれば、参考情報として『黒い工場』の謎について共有すれば良い。


「んじゃ、行くにゃー」


 仲間たち――特にラビとガブリエラについては心配ではあるが、この場で足を止める意味だけは全くない。

 三人は不安を抱きつつもゲートをくぐり『黒い廃墟』から脱出を試みるのであった。




 ……そんなジュリエッタたちは、先行していたはずのオルゴールがリスポーン待ちとなってしまっていたことに気付く由もなかった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「! ウリエラ、サリエラ、いる!?」

「いるみゃー」

「良かった、分断されなかったにゃー」


 ゲートをくぐってすぐに互いが同じ場所に来ていることを確認。

 最も恐れていた事態――『同じゲートをくぐったのに別の場所に出る』というのは避けることができたことに、三人は安堵する。

 が、すぐに引き締め直し周囲へと警戒を向ける。


「ここ……ヴィヴィアンたちのいた『赤い廃墟』!?」


 そしてすぐに自分たちが『赤い廃墟』にいることに気付いた。

 話で聞いただけではあるが、明らかに周囲一帯が赤く染まった廃墟だ。よく似た別の場所という可能性もないわけではないが、それを考え出したらきりがない。


『ヴィヴィアン、ルナホーク!』

『りえら様、いるかみゃ!?』

『あたちたちも「赤い廃墟」に来たにゃ!』


 声を掛けたら状況次第で集中を切らして窮地に追い込んでしまうかもしれない、という思いは吹き飛んでしまった。

 合流の可能性があることは喜ばしいことではあるが、それ以上に拙いことがある。

 それはラビとの合流が遠のいてしまったということだ。

 『黒』→『赤』→『?』の順が確定。しかも『赤』の次にどこにたどり着けるかは全くわからない――ラビのいる『氷』へいければまだマシだが、クロエラのいる『白』あるいはまだ誰も行ったことのない場所に行く可能性も高い。

 そして、もう一つ。ジュリエッタたちはオルゴールが先にこの『赤い廃墟』に来ていると思っているため、ヴィヴィアンたちがここを抜け出していなければ遭遇してしまう可能性もある。

 だから急いで先にいた三人の状況を確認する必要があった。


「……! ダメだ、返事がない……!」

「でも、こっちの遠隔通話は通じてるみたいみゃし、返事してる余裕がないだけっぽいみゃ!」

「つまり、戦闘中……ってことかにゃ!?」

「多分そう。急ごう!」


 ジュリエッタはまだ変身を解いていない。

 ちらりと自分の影を確認すると、『黒い工場』と同じように影が長く伸びている。

 ということは同じロジックで進めば『出口』にたどり着ける可能性は高い……が、ヴィヴィアンたちが出口に向かって進めているかはわからない。


「【贋作者カウンターフェイター】《グリフォン》にゃ!」

「と、とにかくわたちたちは出口に向かって進んでいくみゃ!」


 ウリエラとサリエラにとっては苦渋の決断だろう。

 ガブリエラと合流できる可能性が高まったにも関わらず、場合によってはスルーしてラビとの合流を選ばなければならないのだから。

 ……とはいっても、ラビとの合流が出来ないまま倒されてしまったら全てが『終わり』なのも理解している。

 これが現実世界での出来事ならガブリエラを優先するかもしれない。

 が、ここは『ゲーム』の中なのだ。ならば『ゲーム』の論理ロジックに従うことが結果的に一番良くなるはず、と感情を論理で押し殺す。

 もし出口へと向かって進んで行って、その途中で合流できれば良し――そのくらいに考えておくのがいいだろう。あるいはこちらの遠隔通話に気付いて向こうから合流を試みてくれることを祈るしかない。

 走り始めて数秒経っても返事はなし。


「……うみゅー……やっぱり心配みゃけど……」

「状況わからにゃいのは不安すぎるけど、信じるしかないにゃー……」


 ジュリエッタは迷わず出口へと向けて駆けている。

 優先順位は決して見誤ってはならない。反対にヴィヴィアンたちが自由に動けて先に『黒い工場』に来ていたのであれば、同じようにしていたはずだとジュリエッタは思う。


「……『黒い工場』よりも影が見やすくてわかりやすい」


 基本的に夜空だった『黒い工場』に比べれば、『赤い廃墟』は目に痛い色合いではあるが夕日の中にいると思えば影は非常に見やすい。

 これならば影の謎はすぐに解けたかもしれない――尤も、ここにきているヴィヴィアンとルナホークであれば、謎を解かずとも偵察能力を使って『出口』を発見することは容易いであろうが。

 それはともかく、更に進んでいった時だった。


「!? 二人とも、しっかり掴まって――うわぁっ!?」

「みゃみゃー!?」

「ば、爆発にゃー!?」


 『赤い廃墟』内に突如凄まじい轟音が響いたかと思った瞬間、周囲の瓦礫を吹き飛ばすほどの爆風が襲い掛かってきた。

 踏ん張って堪えようとしたジュリエッタだったが、足元の瓦礫が吹き飛ばされてしまったらどうしようもない。

 ……三人は揃って大きく吹き飛ばされることとなってしまった。


 ――この爆発……まさかヴィヴィアンたちの戦闘の余波……!?


 飛ばされながらもジュリエッタはそう直観した。

 というよりも、それ以外に原因が思い当たらない。


 ――い、一体どんな戦いをしてるんだ、三人とも……!?


 まるで『赤い廃墟』そのものを壊すかのような、とてつもない衝撃――このような衝撃を起こせる魔法を三人が持っているとは思えない。

 いや、ジュリエッタが知らないだけで新しく作り出した魔法なのかもしれない。

 最悪なのはこれが『敵』の攻撃によるものだということだろう。だとしたら、アリスの全力をも超える恐るべき破壊の魔法が炸裂したことになってしまう。

 ……そんな攻撃を相手にしなければならない事態は出来れば避けたいが……。


「ふみゃー……ま、拙いかもしれないみゃ」

「うにゃー……爆発はあたちたちが向かってた方向――『出口』の方からっぽいにゃ」


 サリエラの言う通り爆風は正面、向かっていた『出口』の方から襲い掛かってきていた。

 多少のずれはあるだろうが、ほぼ間違いなく『出口』へと向かう最中に戦闘地点にぶつかることになるだろう。

 これがヴィヴィアンたちの戦闘であることはほぼ確実、そしてもし今の爆発で決着がついていないのであればジュリエッタたちも戦いは避けられないかもしれない。


「うん……急ごう!」


 かといって立ち止まっている暇はやはりない。

 吹き飛ばされながらも態勢を立て直し、ウリエラサリエラを回収していたジュリエッタはすぐさま駆けだす。


 ――ほんと、一筋縄にはいかない……!


 今更ながらも、ジュリエッタたちもまたこのクエストが『クリアを想定していない』『バランス崩壊』の難易度であることを実感し始めていたのであった。

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