第10章25話 Heretical Carnival 2. 失われゆく秩序
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……あの辺り、でショウか」
ジュリエッタたちの動きを封じ込めた後、オルゴールは躊躇わずにその場を離れ『黒い工場』から脱出する術を模索していた。
ミトラのチームは今まで仲間全員で一つのクエストに挑むといった経験は少なかった。
それは単に都合が合わなかったり、全員で挑むまでもない難易度だったりと様々な理由はあるのだが……。
ともあれ、オルゴールが参加したクエストにおいて、こういった場合に行動指針を出すのはいつも彼女の役割だった。
――ああ……満たされる……!
学校の成績は悪くはなく、かといって良くもなく――それでも上から数えた方が早い程度には優良であり、座学だけでなく体育等の技能系教科も平均以上の成績ではあるのだが。
特段目立つ生徒でもないし、かといって嫌われるわけでもない。学内に仲の良い同性の友人もいるが、人と比べて友達が多いとも言いきれない。
それが、自他ともに認めざるを得ないオルゴール――
けれども『ゲーム』の中では違う。
――オルゴール、任せたわよ!
――…………頼んだ。
――キミにしか頼めない仕事だ。よろしく頼むよ、オルゴール。
ケイオス・ロアが、BPが、そしてミトラがオルゴールを頼りにしている。
言葉だけでなく、実際に頼られているというのをオルゴール自身も実感している。
特にアストラエアの世界への潜入、およびその後の戦いにおける経験は大きなものとなった。
あの時のことを除いても、割と猪突猛進なところのあるケイオス・ロアに寡黙ゆえに誤解されがちだが年齢もあってあまり深く考えないBPを
……本来ならば司令塔となるべきミトラが不在がちなこと、同様に最古参のユニットであるアルストロメリアもあまりクエストに参加しないこともあって、自然とオルゴールが『リーダー』となっていった。
もちろん、何もかもを自分の好きなようにコントロールできるわけではない。あまりに正しくない指示であれば、流石にケイオス・ロアたちも従うことはないだろう。
だが、奥手で引っ込み思案な性格もあってか、オルゴールは一歩引いた立ち位置から全体を良く俯瞰しているため、その指示はかなり的確であると言えた。
だから自然とケイオス・ロアたちもオルゴールのことを『リーダー』と認め、指示には従うようになっていった。
『BP、どうでスカ?』
『……貴殿の言う通りだった。
――ふ、ふふっ。やっぱり私の思う通りだった!
ガイア内部の訳の分からない世界に放り込まれ、ラビのユニットたちと遭遇してしまい少なからずオルゴールもBPも混乱してはいたのだが、すぐさまオルゴールは指示を出していた。
事前のミトラのオーダー通り、敵ユニットは可能な限り『リスポーンさせずに動きを封じ続ける』こと。
そして、分断されたならば合流を優先すること――問題は合流のためには『赤い廃墟』『黒い工場』のどこへと向かえば良いのかだが、オルゴールは割とすぐにその『謎』を解き明かしていた。
BPにも『謎』の解答を与え、お互いに合流に向けて動き出し、そして彼女の考えた通り『出口』を見つけることができたのだ。
『すぐに合流できるかは不明だが――進むしかあるまい。もしかしたらアルと合流できるかもしれない』
『そうデスね。アルも無事だといいのデスが……』
アルストロメリアについては、遠隔通話で一度だけ状況を聞いたが――正直よくわからない状況だった。ひとまずリスポーンするほどの危機ではない、とは判断できたが……。
『……ケイオス・ロアとミトラもこちらへと来たようだし、そちらとの合流も優先したい』
『ハイ。モチロンです』
彼女たちもガイア内部へと入り込んでいることは、つい先ほど聞かされている。
……ガイアの外で彼女たちがラビたちと戦っていた時間を考えれば、そこに
『ともアレ、急ぎまショウ。ラビサンのユニットたちモ、いつまでも封じラレてはいないデショウし』
『……ケイオス・ロアといい、貴殿といい、随分と評価しているようだな――いや、いい。実際に良く知っているのだろう』
ほんのわずか、BPが不貞腐れたように思えたのは気のせいではないだろう、とオルゴールは内心で微笑ましく思う。
それはともかくとして、オルゴールが自身で言ったようにいつまでもジュリエッタたちが大人しく封じられているとは考えない。
必ず、そう遠くないうちに復帰して追いかけてくるはずだ。
少なくともリスポーンの待ち時間よりは長く足止めをしたに過ぎない、とオルゴールは思っている。
この足止めして稼いだ時間こそが、今回のクエストでは大きく響く……そう思う。
――ガイア内部を先に進めば進むほど、有利になるはず……!
対ガイア戦の仕掛けについては、ラビたちが推測したのと同様のことにオルゴールたちも気付いていた。
優先すべきは敵ユニットの積極的な排除ではない。
より早くガイアの
リスポーンさせないというのは、より長く足止めをするための策でしかない。
足止めを長くすればするほど、先行することができよりガイア戦で優位に立つことができる――そういう考えである。
『ではこれより「出口」へと向かう。以上』
『ハイ、ご武運ヲ』
『リーダー』と認められてはいるものの、やはりまだBPと
まぁこれは単に自分の『可愛らしい声』とのギャップを他人に見せたくない、という微笑ましい理由であることはオルゴールもわかっているが。
「サテ……」
発見した『出口』と思しき場所――小高い瓦礫の丘上にあるクエストゲートに似た虹色の光までまだ距離がある。
が、オルゴールならばそう時間はかからずたどり着けるだろう。
足止めを考え、『出口』を瓦礫で隠すか……と少し思案するものの、瓦礫の操作には時間がかかるしさっさと進んだ方が良いだろうと判断。
糸を操り足場の悪い瓦礫の上を駆け抜けようとする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オルゴールとの遠隔通話を終えたBPは、宣言通り『出口』と思しき場所へと向かおうとする。
……おそらく自分一人ではここにたどり着くまでに相当な時間を無駄に費やしたことだろう、と素直に認める。
――マキナもやるときはやるのです。少しは見直してやってもいいのです。
ただ……微妙に素直に褒める気は起きない
それはともかく、BPもやることは理解している。
オルゴールの助言で発見した『出口』から、この『赤い廃墟』から脱出。仲間との合流を目指しながらガイアの核を撃破するために行動する。
ガブリエラたちといきなり遭遇したのは予想外ではあったが、首尾よく『行動不能』に追い込むことはできた――別の敵ユニットと遭遇したとしても、同じように行動不能にすることは自分にならば可能だ、とBPは確信している。
ミトラの4人のユニットの中で、彼女こそが真正面からの戦闘においては『無敵』を誇るのだ。
豊富な魔法はケイオス・ロアが、搦め手も含めた変幻自在多種多様な能力はオルゴールが優れているが、敵を倒す『決定力』についてはBPが抜きんでている。
ラビのユニットで言えば、アリスやルナホークらの火力をガブリエラのステータスで振るい続けるようなものだ。
完全無欠にも思えるユニットではあるが、ある致命的な欠陥があった。
「……ふっ、突破したか」
火力に大きく偏った魔法のため、移動系の能力は一切持っていない。
自らの足で瓦礫の山を乗り越えてゆっくりと『出口』へと向かっていたのだが、その時何かに気付いたように今まで来た道を振り返る。
全身を黒い鎧で覆っているため表情はわからないが――その声音には『嬉しさ』が含まれていた。
「思ったよりも速いか。流石は
完全に歩みを止めて振り返ると、その場に腕を組み威風堂々とした態度で今まで来た方向……すなわちガブリエラたちがいるであろう向きへと視線を向ける。
彼女の残してきた『拘束』――迎撃型ドローンが撃墜されたことを察知したのだ。自分自身の魔法が破壊されたのだから、理解できるのだろう。
となれば、動けなくしたはずのガブリエラたちがこちらへと向かってくるのは間違いない。
「来るが良い、戦士たちよ。我が剣にかけて、貴殿らをここから先には通さん」
――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
未だかつてないほどの充実感、そして『ゴール』へと向けて自分たちがあのラビのユニットたちを出し抜いているという達成感――そして、
「ふ、フフ……ジュリエッタ。コレで、ワタクシに……!」
少し心苦しい思いはあったものの、ジュリエッタを為す術もなく動きを封じたことで
そういった諸々の正の感情が多幸感をオルゴールに齎していた。
やがて、そう時間が経たずにオルゴールは『出口』付近にまで到達。
仲間と合流できるか、それともまた一人で突き進まねばならないのか、どちらになるかはわからないが彼女に恐れはなかった。
――しかし、その歩みはここで止まることとなった。
「……えっ!?」
「…………」
『出口』の近くに、いるはずのない人物の姿を認め、オルゴールの足が思わず止まってしまう。
「ば、
そこにいたのは、
エル・アストラエア滞在中にずっと目にしていた、黒髪の少年――見間違いようもない、紛れもなく千夏の姿がそこにあった。
――な、なんで!? もう抜け出して先回りしてきた!? でも、変身してない!? どうして!?
余りに予想外の展開にオルゴールも混乱してしまった。
仮に拘束を思った以上に早く抜け出したとしよう。それはいい。
抜け出した上に『謎』を解いて先回りした。それもいい――ライズを使えばオルゴールよりも早く移動できるのは間違いない。
先回りした上でガイア戦よりもオルゴールへのリベンジを優先し待ち構えていた。それもまぁいいだろう。
だが、変身を解いた上で待ち構えている――これはわけがわからない。
そんなことをする理由は何もないし、不意を突くならディスガイズで瓦礫に潜む等の方がよほど効果的だろう。
「
「……ッ、ば、蛮堂、君……?」
訳の分からない状況に加え、その『千夏』はニコリと微笑みオルゴールへと近づく。
……諸々の状況によってオルゴールは混乱の極致へと至り、わずかな時間ではあるものの致命的な隙を晒してしまった。
そしてもう一つ、本来ならばありえない『違和感』にも気付けなかった。
「
「がっ……!?」
混乱から立ち直るよりも早く、『千夏』の腕がオルゴールの胸を貫いていた。
「ナッ……ぜ……」
『千夏』の腕は魔獣のそれへと変化していた。
鋭い爪に棘、甲殻、獣毛……様々な魔獣の要素を無秩序に取り込んだ異形の兵器と化した腕に貫かれ、再びオルゴールは混乱に陥った。
いや、それだけではない。本来ならば髪の色と同じ黒目が、怪しくも禍々しい『金色』に輝いていた。
――
彼女が混乱から立ち直るよりも早く胸を貫いた腕がそのまま膨張、体内からオルゴールの身体を爆散――ただの一撃でリスポーン待ちへと追い込んでいった……。
「バン君」
「バンちゃん」
オルゴールが消えた後、瓦礫の中から更に二人の姿が現れる。
二人の瞳もまた、『千夏』と同じ『金色』の輝きを放っている。
「……行くぞ」
『千夏』は魔法を解き腕を元に戻すと、そう『楓』と『椛』へと告げ『出口』へと向かう。
二人もまた、無言でうなずき『千夏』に続き――三人はそのまま『黒い工場』から姿を消すのであった。
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