第10章20話 混沌が戦場を呑み込む時
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――どうする!?
ケイオス・ロアは考える。
前にはアリスが、背後からは謎のモンスターが、同時に迫ってくる。
こんなモンスターがいるとは知らなかった――ガイア出現前に色々とモンスターは現れていたが、その全てが『大地』や『風』『雷』などの神獣……ミトラ曰く『ガイアの分身』だけであった。
しかし、背後に現れた『黄金竜』はそれらとは全く異なる存在なのは感覚でわかる。
――……ミトラがやられるわけにはいかない……か!
ケイオス・ロアの判断は速い。
アリスとの戦いを優先したい気持ちはもちろんあるが、それ以上に自分たちの使い魔の命を最優先にしなければならないとすぐに決断を下す。
ここでミトラがやられれば、ガイア内部へと向かった仲間たちの奮戦を無に帰すことになってしまう――しかもケイオス・ロアが外側に残ったのも彼女自身の『ワガママ』なのだ、そのせいで敗北確定となったら合わせる顔がない。
そうは思うものの、やれることは限られている。
今選択している『属性』ならば
……一撃すら耐えられないかもしれない、と覚悟を決め――
――……勝手すぎるけど、アリスとラビっちにお願いするしかないか……!
ここでミトラをアリスたちへと預けるしかない。そうケイオス・ロアは判断した。
……二人がミトラをどうするかは賭けにならざるをえないが、それ以外にミトラを生き残らせる手段がない。
ミトラの命を守り、アリスたちを『黄金竜』から守り、態勢を整える時間を稼ぐ――そして、整ったところで自分もリスポーンしてもらって『黄金竜』を撃破してから再度決着をつける。
余りに都合のいい展開を考えているのは自覚しているが、そうする以外に道はない……そう考えたのだ。
――まぁ……仕方ないよね。
全てが上手くいかなければ仲間を道連れにゲームオーバーになってしまうことは申し訳なく思うが、自分自身については彼女はもう諦めていた。
一度はゲームオーバーになった身だ。理由はわからずとも復活できたことは嬉しく思うし、何よりも
決着がつけられないかもしれないことだけは心残りとなってしまうが、ゲームオーバーになればそれも忘れてしまうことだろう。
『ミトラ、ごめん!』
『”! ロア!?”』
一瞬で決断を下したケイオス・ロアがモンスターへと振り返ることなく、左腕に巻き付いているミトラを強引に引きはがして前方のアリスへと投げようとする――
背後から迫る『黄金竜』の爪がその背を捉えようとし――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『黄金竜』が現れたと認識した瞬間、アリスも同様にすぐさま決断を下していた。
『使い魔殿、すまん』
アリスの視線はすぐにケイオス・ロアではなく『黄金竜』へと向けられる。
『黄金竜』こそが、この場における最大の脅威だと見做したためだ。
ケイオス・ロアよりも『強敵』と見做したわけではない。
決着をつけるにせよ、ガイアとの戦いにせよ、この『黄金竜』こそが最も『邪魔』になると判断したのである。
「ext《
ケイオス・ロアとの違いは――正面の視界に『黄金竜』を捉えていたが故に、アリスの方が判断も行動も速かったことだ。
ラビの返答を待つこともなく、アリスは独断で行動する。
《グラウプニル》の鎖が伸びた先は『黄金竜』――ではなく、ケイオス・ロアの方であった。
「!? アリス!?」
アリスへとミトラを投げようとしたケイオス・ロアの動きを鎖が巻き付いて封じ込める。
同時に、ケイオス・ロアへと迫っていた『黄金竜』の爪が鎖によって弾かれる。
当然アリスは動きを封じて『黄金竜』に倒させようとしたわけではない。ケイオス・ロアを守るために《グラウプニル》を使ったのだ。
そのまま鎖を振り回し、ケイオス・ロアを『黄金竜』から遠ざけつつ、アリスは自ら『黄金竜』へと向かう。
――こいつにとどめを刺せなかったオレの責任だ……!
もう一つ、『黄金竜』を優先すべきとした理由がそれである。
地上での戦いで仕方がなかったとは言え、『黄金竜』にとどめを刺せたかどうかの確認ができていなかった。
そのせいでこの状況を引き起こしてしまったことに、アリスは責任を感じているのだ――もちろんラビたちがアリスの責任を問うわけがないのだが。
ともかく、ケイオス・ロアがそうしたのと同様に、アリスもまた『黄金竜』への対処を優先した結果の行動なのだ。
――……こいつ……!?
だが、アリスたちは
ケイオス・ロアへの攻撃が鎖に阻まれ、更に遠ざけられたことは『黄金竜』にとって計算違いになるはずだったのだが、そうではなかった。
――
……実際に『黄金竜』がどのような表情を浮かべたのか、知る術はないが、アリスには『黄金竜』が笑みを浮かべたように見えた。
『お前のやっていることはお見通しだ』と言わんばかりの笑みに、嫌な予感を感じるものの……もはやここから止まることは出来ない。
「チッ……!」
ケイオス・ロアの安全は確保できたためすぐさま《グラウプニル》を解除。
入れ替わりに『黄金竜』へと《
しかし、その瞬間に『黄金竜』の翼から勢いよく空気が噴射し、アリスが剣を振り下ろすよりも早く懐へと飛びこまれ――
「ぐっ……クソ、が……」
”アリス!?”
飛び込んできた『黄金竜』の爪がアリスの胴体を貫き、勢いそのまま飛び、その辺にいた蛇の胴体へと叩きつける。
まだ体力は残っている。が、その身に受けた傷は致命的だ。
ヴィヴィアンの《ナイチンゲール》さえいればまだリカバリーは可能ではあるが、それが望めない以上たとえ体力を回復させたとしてもアリスはもはやまともに動くことはできないだろう。
つまり、『詰み』だ――
「cl……《
それでもアリスは抵抗を諦めない。
胴を貫かれ、瀕死のダメージを受けながらもここがチャンスとばかりに、至近距離から『黄金竜』の顔面に向けて《アンタレス》を放つ。
《……!》
当然回避することもできずに直撃を受けるものの、『黄金竜』は軽く首を傾ける程度で《アンタレス》を受けきってしまう。
「はっ……どんな、生き物だ……貴様……」
いかに身体にダメージを負っていたとしても、射撃系の魔法の威力に変化は起きない。
咄嗟の一撃とはいえ、常に全力の一撃であることには違いないはずだ。
だというのに、至近距離からの直撃を、それも生物共通の弱点であろう頭部に受けても少し揺らいだだけで済ませるとは、アリスには到底信じられない事態であった――もちろんラビにとっても同様だろう。
『三界の覇王』や神獣のような『生物』という枠組みに当てはまらない存在はともかくとして、身体的な能力ではこの『黄金竜』はそれらに匹敵……あるいは凌駕しうる、『異常』な存在だ。
だが、どんな怪物であろうとも『不死』なはずがない。攻撃を当て続ければいずれ倒せるのには違いないはず……アリスはそう思っている。
だから諦めない。
”アリス、回復を!”
それはラビも同様だった。
彼女が何を考えているのか、そして周囲の状況を正確に把握しすぐさま行動――アリスへと回復アイテムを使う。
魔力回復、ではない。
アリスの魔法の性質上、とにかくリスポーン待ちにさえならなければ大半の攻撃魔法はどれだけ傷ついていても十全に威力を発揮することができる。
とはいえその先が続かないのでは……と通常ならば思うところではあるが、『今』『この場』でだけは状況が異なるのだ。
「! アリス、すぐに行くわ!」
『今』『この場』には傷の回復ができるケイオス・ロアがいるのだ。
アリスに助けられたケイオス・ロアも、何を考えているのかすぐに理解できたのだろう。
すぐさまアリスのフォローへと向かおうとする。
いかに強大な生物であろうとも、アリスとケイオス・ロアのコンビで挑めば勝てる――最初の不意打ちを防いだ以上、必ずそうなると二人も、そしてラビも確信していた。
しかし、『黄金竜』は二人の予想の上を行った。
いや、正確には『黄金竜』の狙いは
アリスの胴体を貫いたまま、至近距離から攻撃を食らいつつも離すことはなく『黄金竜』はその場から飛び立つ。
「……っ!?」
ケイオス・ロアが迫ってこようとしているのも振り返らずともわかっていたのだろう。
超加速でその場から飛び、一気に距離を開ける。
しかも貫いたアリスを離さずである。
――こいつの狙いは……一体……!?
明らかに『敵』であることはわかるが、だからと言って普通のモンスターのような動きではない。
何か『狙い』があるのは明白だが、それが何なのかが全くわからない。
一人ずつ確実に仕留めようとしている……とは考えられるが、そうだとも言い切れないものをアリスは感じていた。
「ぐぅ、くそ……」
ケイオス・ロアから距離を取られただけでなく、貫かれたままの急加速で再び大きなダメージを受けてしまう。
もし先ほど体力の回復を優先していなければこの場でリスポーン待ちになってしまっていただろう。
そうならなかったのは幸運であったかもしれないが……かといって状況を好転させる材料にはなっていない。
アリスはダメージを受けつつも、必死に堪え至近距離から巨星魔法を放って『黄金竜』を攻撃し続ける。
これだけで倒せるとは思っていない。
少しでもダメージを稼ぐのと共に、怯ませることができれば――その隙ができれば脱出もできるしケイオス・ロアが追いつくこともできるはずだ。それを狙っての攻撃をアリスは続けている。
”な、なんてタフな奴なんだ……!?”
だが『黄金竜』はアリスの魔法を食らっても揺らぎもしない。
効いていないはずはない。現に『黄金竜』の全身を覆う棘や甲殻ははじけ飛び、その下からは血が滲んでいる。
なのに全く怯む様子も動きが鈍ることもない。
アリスの魔法を正面から打ち砕くものや防ぐもの、受け止めることができたものは過去にもいるが、明らかに直撃を受けつつも平然としているのは『黄金竜』が始めてであろう。
「ext《グラウプ――!!」
それでもアリスは抵抗を諦めない。
再度 《グラウプニル》を使って『黄金竜』の動きを封じてケイオス・ロアとの合流を行おうとするが、それを察してか『黄金竜』が再び動きを変える。
「がぁっ!?」
貫いたままの爪を勢いよく引き抜いて逃げたのだ。
流石のアリスもこの衝撃には耐えられず魔法を中断、『黄金竜』を逃がしてしまう。
アリスの魔法の効果を理解し、記憶している――そして更に状況を正確に把握して『先読み』したとしか思えない行動だ。それも、人間並みの知性と判断力ではなく、戦闘慣れした熟練のユニットのそれである。
――こいつ……考えてた以上にヤバい……!!
ユニットの力を持ちつつも使い魔の超体力を持つ相手とは今までに二度戦ってきた。
しかし、『黄金竜』はそれとも違う。
最上級モンスターの生命力と攻撃性能を持ちつつ、ユニット同等の『思考能力』を持つという相手だ。
……所詮はモンスター、とどこかでまだ考えていたことを自覚し、アリスもラビも認識を改める。
ガイア討伐を目的としたこのクエストにおいて、最大の脅威はガイア本体でも他のチームのユニットでもない。
この、謎に満ちた乱入者こそがクエスト内の最大の脅威にして『敵』である。そう考えを改めざるをえなかった。
当然ターゲットがガイアである以上、ガイアを倒しさえすればクエストは終了となるのだが……果たしてこの『黄金竜』を倒さないままガイアを倒すことができるか。
――きっとどこかで必ず『黄金竜』を倒さなければならない局面が来る。そういう予感があった。
それは『今』ではない。今倒せれば最上ではあるが、不意打ちもあって完全に態勢を崩された状態だ。致命傷を負ったアリスが首尾よく回復できたとしても、なかなか難しい話だろうと自覚している。
だから今やるべきことは、ひたすらに耐えて迎撃態勢を整え直すこと、そして
果たして状況が好転するかもわからない、分の悪い戦いなのには違いないが、他にやれることはない。
――アリスもケイオス・ロアも油断は一切していなかった。
『黄金竜』が最大の脅威であると過たず認識していたし、言葉は交わさずとも互いに『共通の敵』への対処を優先しようと連携、行動しようとしていた。
それでも特異な『黄金竜』の動きには一手遅れてしまっていた。
「拙い――」
《グラウプニル》を中断させられ、空中に放り出されたアリスは自分たちが致命的なまでの『遅れ』を犯してしまっていたことに気付く。
ケイオス・ロアからの距離も離れてしまい追いつくまでに数秒の間がまだある。
そのわずかな間で、状況は致命的なまでに変わってしまうだろうことを理解したのだ。
離れた『黄金竜』がアリスへと向かって大きく口を開く。
「くそっ……!?」
大きく開いた口からアリスへと向かって、目に見えない『衝撃波』が放たれる。
……これもまた、ある意味ではフィジカルに頼った可聴域を超えた『大声』による攻撃とも言えるだろう。
ともあれ、どちらにしても遠距離攻撃は可能だったのだ。それを『有効になる場面まで隠していた』だけであった。
「ぐっ……」
”うわっ!?”
胴体を貫かれ、更に不安定な体勢だったために回避することもできず、まともに衝撃波を浴びたアリスが更に吹き飛ばされる。
衝撃波自体の威力はそこまででもないのか、アリスもラビも体力を大幅に削られることはなかったが、これでまた更にケイオス・ロアから距離が開いてしまった。
合流までの時間がわずか1~2秒伸びただけかもしれない。
しかし、その1~2秒がこの場での勝敗を決することとなってしまう。
吹き飛ばされたアリスがまず考えたのは、ラビの安全確保だ。
『黄金竜』だけではなくガイアもいる今、戦場に安全な場所などどこにもない。
ラビを放り投げて自分から離すことは絶対にできない――ケイオス・ロアに託す余裕も今はない。
――どうする……!?
しっかりと肩にしがみついていることには安心したが、そう遠くないうちにアリス自身がリスポーン待ちになりかねないこともわかっている。全く安心することはできない。
……かつて戦ったクリアドーラの言葉が脳裏によみがえる。
使い魔がいる以上、それを守るためにリソースを割く必要が出てきてしまう。それはギリギリの攻防においては致命傷になりかねない隙を作ることになってしまう――故に、使い魔は『足手まとい』だ、と彼女は言った。
――……そんなわけあるか!
アリスは全力であの言葉を否定する。
使い魔がいるからこそ全力で戦える。それがアリスの考えだ。
魔力の消耗が激しいがため使い魔からの回復に頼る場面が多いから、という実利的な面ももちろんある。
それ以上に精神的な面で使い魔が『支え』になっているとアリスは思っている。他人に上手く説明することはできないが……。
ともあれ、『ラビを庇っているから戦えない』という
そもそも今追い込まれているのは、アリス自身が致命的なダメージを負ってしまったせい――自分の責任なのだ、と思っている。
『自分のせいで』追い詰められている今だからこそ、アリスは必死に考えを巡らせ状況を打破しようとする。
――ロア……任せるしかない!
合流までほんのわずかの間しかないが、それよりも早くに『黄金竜』の追撃はやってくるだろう。
その間に『黄金竜』を倒すことはどう考えても不可能だ。
やれることはただ一つ――
「cl《
0.1秒にも満たない思考でアリスはこの場における『最善』を導き出し即座に実行。
吹き飛ばされつつも強烈な閃光で目潰しをする《フォーマルハウト》を『黄金竜』へと向かって放ち、相手の動きを止めようとする。
そして同時に自分は残された力で全力で飛翔――ケイオス・ロアへとラビを託し、リスポーンしてもらうまで時間を稼いでもらうという、ある意味では消極的な作戦だった。
消極的ではあるが、この場では確かにこれが『最善』であることは間違いない。
本来ならば『敵』に自分の使い魔を託すなどありえないが、ケイオス・ロアだけは話が別だ。
今この場において自分の仲間と同等に信じられる相手である、とアリスは信じている――いや、
「アリス、ラビっち!」
そのアリスの意図をケイオス・ロアの側も正確に汲んでくれている。
目を包帯で覆っているためもあるが、『黄金竜』から距離が開いていたことが幸いした。《フォーマルハウト》の影響を受けず、真っすぐにアリスの元へと駆け付けようとしている。
――よし、これなら……!
ギリギリだが間に合う。アリスもラビも、ケイオス・ロアもそう確信していた。
しかし――
”!? ガイアが来る!?”
ここにきて再度予想外のことが起こった。
いや、本来ならば予想してしかるべきことだったのだが、『黄金竜』が目潰しを食らうと同時にガイアがまるで呼応するかのように動き出したのだ。
蛇が積極的にアリスとケイオス・ロアを呑み込もうと狙いを定めだした。
回避しきれない動きではない。が、回避しようとすればするほど、二人の距離が縮まらなくなる。
かといって無理矢理突っ切ろうとすれば呑み込まれかねない――いっそのこと呑み込まれてガイアの体内へと避難するというのも手かと考えられるが、内部で首尾よく仲間と合流できるかはわからない――『黄金竜』を倒すためには、仲間との協力が不可欠だというのが考えだ。
だからこの場で、アリスとケイオス・ロアの二人が力を合わせてまずは『黄金竜』を排除するというのが、長い目で見て『正解』であると二人は考える。
そのためにはとにかくラビの安全を確保して、傷ついたアリスを癒すあるいはリスポーンさせて万全の態勢を整え直す必要がある。
――……こいつら、やはり仲間なのか……? いや、それにしては――
ガイアと『黄金竜』が別個のモンスターであることは間違いない。図鑑にそう記されているからというのもあるが、地上での戦いでは明らかに敵対……とまではいわずとも連携はしていなかった。
今の動きは連携はしているものの、だからと言って共通の目的があるようには見えない。
ガイアは自らに呑み込もうとする動きを、『黄金竜』は明確にアリスを殺しに来ているようにしか思えない。
だから『仲間』とは流石に思えない。せいぜい、『利用しあう』関係止まりであろうか。いずれにせよ拙い状況であることに変わりはないが。
ともあれ、ガイアの呑み込みを回避しつつ二人がようやく合流できそうな距離まで来た時であった。
「……な……!?」
”え……っ!?”
《……》
ケイオス・ロアとの間に割り込むように、突如として地上にも現れた『黄金の少女』が現れたのだ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ケイオス・ロアは表には出さないものの、内心で物凄く焦っていた。
――嫌だ……この状況、まるで……!
彼女の脳裏によみがえるのは、かつてホーリー・ベルだった時の記憶。
目の前で為す術もなくアリスがテュランスネイルに潰された時の記憶だった。
あの時と状況が似てしまっている。しかも、あの時よりもアリスは深いダメージを負ってしまっている。
「二度と、あんなことはさせない……!」
”……ケイ”
使い魔たるミトラはケイオス・ロアの過去も知っている。
『人』の感情の機微には疎いが、知識としてはどういうものかは持っているし想像は付く。
――……
ミトラは冷徹にそう思うものの、口には出さない。
下手にここでケイオス・ロアを制止しようとすれば、それが致命的な隙となってしまうだろう。
それが原因でアリスたちが倒されてしまえば彼女との関係は相当に悪化してしまうのは、いかに感情に疎くても簡単に理解できる。
最終局面に至ったとは言え、まだガイアが健在な状況で主戦力たるケイオス・ロアとの関係悪化は絶対に避けたい。
それ以上にアリスと
ケイオス・ロアの邪魔をせず、この場でラビがガイアあるいは『黄金竜』に倒され、自分たちは無傷のまま残る……これが彼にとっての『最良』の結果だ。
先はまだ長い。とりあえず『最悪』の結果にさえならなければそれで良いのだ。そこまではケイオス・ロアの好きにさせた方が『活用』できるであろう――『最悪』に至ろうとするのであれば、その時には
ミトラはそう考える。
……そんなミトラの考えは、ケイオス・ロアにもわかっている。
一度ゲームオーバーになった自分を再度『ゲーム』へと復帰させたことに恩義は感じているが、ケイオス・ロアはミトラのことを全く信用していない。
以前、ありすとラビに語った通り、前の使い魔以上に『信用できない』相手であると自覚している。ミトラの方もそれはおそらく理解しているとは思うが……。
故に、ミトラが今何を考えているのかは想像がついた。
――くっ……いいわよ、やってやるわよ!
ミトラの身を守りつつ、彼の願う『最善』には至らぬよう――ケイオス・ロアの思う『最良』の結果、すなわちアリスとラビを守って『黄金竜』を倒して決着をつけるを目指す……半ばヤケになりつつも、それを目指すしかない。
幸いにも前回と違うのは、ケイオス・ロア自身もそうだがアリスも当然以前よりも力が増していることだ。
反対に不幸な違いは、敵の強大さが比ではないということだ。
自分たちの伸び幅と相手の伸び幅――どちらが上かに勝負はかかっている。
そしてケイオス・ロアは確信している。
アストラエアの世界での戦いを勝ち抜いてきたアリスたちの底力は、自分の想像以上の成長を見せているはずだと。
――よし、これなら……!
アリスとの距離が大分詰められてきた。
『切り札』である属性へのエクスチェンジはもう済んでいる。
あと少し近づければ、アリスの傷ついた肉体を瞬時に修復できる『回復魔法』の射程へと入ることができる。
とにかくまずはアリスを回復させて態勢を整え直す。それが敵わずともラビの安全だけは最優先で確保さえすれば、時間はかかってもアリスを復活させることができる。
……そうならないように最大限努力するつもりではあるが。
「くっ……うっとうしいわね……!」
『黄金竜』だけでなくガイアの分体の動きも激しくなってきた。
もちろん回避は可能ではあるが、その分だけ距離を縮めるのに時間がかかってしまう。
グズグズしていたらアリスがやられるかもしれない――当然、自分自身も不意打ちを食らって倒れるようなことがないように気を配る必要もある。
焦る気持ちを抑えつつ行動、そして二人がもうすぐ合流できるという距離に至ることができた。
「……!? アリス、ラビっち……?」
だがそこで不可解なことが起こった。
アリスとラビが空中のある一点を見つめ、動きを止めてしまったのだ。
――え、なに……? どうしたの、二人とも……!?
一見するとこちらを見ているようだが、二人の視線はケイオス・ロアとの中間地点へと向けられていた。
その表情はまるで『幽霊を見ている』かのようだ、とケイオス・ロアには思えた。
……ケイオス・ロアには
アリスが動きを止めたのはほんの一瞬だろう。そんなアリスの様子を見て訝しんだのも一瞬。
二人の合流までの時間が一瞬伸びただけ……のはずだったが――
「ヤバい!?」
”まずい、ケイ。逃げるんだ!”
一匹の蛇がとてつもない勢いで二人に向かって倒れ込んできたのだ。
……正確には、倒れ込んだのではなく、
――あのドラゴンの仕業……!?
『黄金竜』が直接追撃をしなかったのには理由がある。
それは、比較的細めの――つまり『黄金竜』の腕力で投げ飛ばせるだけの大きさの蛇を見つけ、二人の予想を上回る速度で体当たりさせるように投げつけるためだったのだ。
「アリス!」
一瞬とは言え、それは致命的な隙だったのには間違いない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――しまった……!
予想外のことが起きたからとはいえ、自分が致命的なミスを犯したことにはすぐに気が付けた。
だが、もはやどうにもならないほど状況は『最悪』へと向かおうとしていることを、アリスは理解していた。
投げつけられた蛇の体当たりをまともに喰らい、真っ逆さまに墜落していく自身の姿勢を制御することすらできない。
元から受けている傷も含め、どうにもならない『致命傷』を負ってしまったのだ。
こうなってしまったらもはややれることはただ一つ。
「う、ぐっ……使い魔殿……すまん……!」
ラビをどうにかしてこの場から逃がし、ケイオス・ロアへと託す。この一択しかない。
安全な場所などどこにもないのはわかっている。
だから、自分とラビを離した後、残された全力で暴れまわって『黄金竜』とガイアの注目を自分に集める――その間にケイオス・ロアがラビを拾い上げてくれることを祈るのみだ。
地面……いや、ガイア本体の背へと叩きつけられる寸前に何とか体勢を変え激突を回避。
その周囲の岩陰にラビを隠して最後の突撃をしようとしたアリスであったが、『敵』はその行動を見越していた。
「バカな……!?」
『黄金竜』がいつの間にか回り込んでいたのだ。
最初に現れた時のような、まるで瞬間移動したとしか思えない――ジェット噴射とも異なる異様な速さだった。
「くそっ……ext――!!」
ラビを逃がす暇さえない。
即座に神装を放って『黄金竜』へと対抗しようとするアリスだったが、それよりも速く――待ち構えていたのだから当然だが――『黄金竜』の突進、いやぶちかましがアリスを吹き飛ばした。
”くっ、アリス……!”
「使い魔殿……!」
そのぶちかましの衝撃で、ついにラビがアリスの背から放り出されてしまった。
慌てて互いに
”!?”
眼下のガイアの胴体より突如生えてきた蛇が、放り出されたラビを呑み込んでしまったのだった。
「く、そぉぉぉぉぉっ!!」
すぐさま追撃を、いや自分も後を追おうとするアリス。
しかし『黄金竜』もまた止まることなくアリスを追撃し――ついに、アリスは体力が尽きその場から消滅してしまったのだった。
「アリス……ちくしょう! また……また間に合わなかった……!」
ケイオス・ロアが駆け付けた時には、既にもう終わってしまっていた。
ラビが呑み込まれるところを目撃し、アリスもまたリスポーン待ちに。
あの時と同じ――いや、ラビがガイアに呑み込まれてしまったためにより悪い結果になったと言わざるを得ない。
”ケイ、悔やんでいる暇はない”
「…………わかってるわよ」
どこまでも冷徹に現実を突き付けてくる
自分たちが致命的な選択ミスを重ね続けたことはもう自覚している。
もはや取り返しのつかないと思えるほどのミスだ。
けれども、だからと言って簡単に諦めがつくほど、ケイオス・ロアは物分かりのいい少女ではなかった。
「ミトラ、悪いけどこのまま付き合ってもらうわよ!」
”……しかたないね”
ケイオス・ロアがこれからやろうとしていることが何なのか、ミトラにもわかっているのだろう。
不承不承と言った感じではあるが、特に止めようとはしない。
結果的に、ミトラの望む『最良』であるかは微妙なところではあるが、概ね彼にとって望ましくない方向には向かっていないことがわかるためだ。
「ラビっちを呑み込んだやつは……ああ、くそっ! どれだかわかんない!」
”ごめん、ボクも見てはいたんだけど……”
やろうとしていることはただ一つ。
そして無防備なラビをアリス、あるいはラビの他のユニットと合流するまで守り切る。
呑み込まれたラビが最初から仲間の元に合流できているのであれば問題はないが、そうではない可能性は高い――どころか十中八九違う場所にいるだろうと予想している。確たる根拠があるわけではないが、『入口』が違う以上そうなるだろうと思っているのだ。
先に内部へと乗り込んだオルゴールたちの状況も不明だが、間違いなく無防備な使い魔一人でうろついて無事で済むような場所ではない。
――せめてラビっちだけでも守らなきゃ……!
ミトラがどう思うかは知ったことではない。
自分のミスのせいで窮地に陥ってしまったラビを守る――リスポーン待ちとなったアリスはもうどうにもならないが、ラビの安全だけはまだ取り返しがつくはずなのだ。
……そう信じ、
「ごめん、アリス。あたしは先に行くわ!」
リスポーン待ち中にきっと聞いているであろうアリスに向けてそう言い残し、ラビを呑み込んだ……と思われる蛇の口へと自ら飛び込んでいった。
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