第10章19話 "殲滅の狂姫"アリスvs"混沌の咆哮"ケイオス・ロア(後編)
「くっ……使い魔殿、大丈夫だな!?」
”う、うん!”
爆発の衝撃で互いに吹っ飛ばされ距離が開いた。
お互いにガイアの背に墜落した状態ではあろうが……ごつごつとした岩場のようなガイアの背は視界が悪い。
……というか、もうこのガイアの背中自体が一個のステージとなっていてもおかしくない感じだ。
ともあれ、そんな『岩場ステージ』とも言うべき場所にあって、お互いの姿を見失ってしまった状態である。
「そんなに離れた位置には落ちてないはずだが……」
どちらも空を飛ぶことができるしね。
爆発の規模はそれなりではあったけどアリスもダメージを負ったわけではない。
だからそんなに遠くまで吹き飛ばされたというわけではないだろう――特にケイオス・ロアは自分の魔法だしね。
これで見失ったから、で諦めてくれるような相手であれば話は楽なんだろうけど……。
”! アリス、上!”
「!? マジかよ……」
やはりそうはいかないみたいだ。
上の方を見ると、雷が地面……いやガイアの背から上へと向かって放たれていた。
ケイオス・ロアの鎖だろう――しかもおそらく『雷属性』へとエクスチェンジしたものと思われる。
雷の鎖、いや雷の龍が舞い、あちこちへと降り注ぐ。
そのうちの一匹が、私たちのすぐ傍へと落ちてきた!
”諦めてはくれないか……やっぱり”
「当然だな。
ふん、ますますあいつをガイアの中――ヴィヴィアンたちの元へと行かせるわけにはいかないな。ここで仕留めるのがやはりベストだろう」
……やはりそういう結論になっちゃうよね……。
何というか、クリアドーラやジュウベェみたいな『必殺』の攻撃力を持っているわけではなく、こっちの魔法を力業でことごとくを封じてくるというわけではない。
かといってナイアやエキドナみたいな反則レベルの特殊能力を持っているというわけでもない。
でも、ケイオス・ロアがだからと言ってあれらより『弱い』とは到底言えない。
むしろ己の能力を十全に把握し発揮し続けるという点では、今まで以上に恐るべき『敵』であると言えるだろう。
加えてプラムやジュリエッタのように、ユニットの性能を自身の能力で補うことだって出来てしまう――これはクリアドーラたちピースにはできない芸当だ。
……後はまぁ、私たちのことを能力だけでなく性格や戦い方まで含めてよく知っている相手、というのもやりにくいところではあるだろう。
正直、ケイオス・ロアみたいな万能型の能力を持ちつつ、本人も戦闘巧者である相手とは戦いたくない。
今回は避けられないから仕方ないけど、せめて彼女をヴィヴィアンたちのところに送るようなことだけは避けたい――ヴィヴィアンたちだと勝てないというわけではないが、アリス以外にケイオス・ロアの能力は対抗できないんじゃないかと私は思う。その辺りはアリスも同じことを考えたのだろう。
BPやオルゴール、そして能力不明のアルストロメリア――少なくともこの3名はガイア内部に向かっているはずだ。
彼女たちだって一筋縄ではいかない相手だ。そこにケイオス・ロアという『万能』を加えたくはない。
「何にせよ、ここでオレたちが勝てばそれだけ後が楽になる。もう一度行くぜ、使い魔殿!」
こちらからはわからないが、どうやら向こうは私たちの位置を捕捉したようだ。
降り注ぐ雷の照準が大分正確になってきている。
このまま隠れ続けているわけにもいかないし、自ら撃って出なければいずれ直撃を受けてしまうことは目に見えている。
私たちは再度ガイアの背から空中へと飛び上がり、雷の発生地点――ケイオス・ロアがいるであろう地点へと向けて攻撃を再開する。
向こうも岩場に隠れながらだったようだが、周辺ごとアリスの巨星魔法で吹き飛ばそうとする。
……これでちょっとはガイアにダメージを与えられないか、とついでの期待はあったんだけど……やはりというべきか、蚊に刺されたにも感じていないようだ。ガイアは全く反応していない。
「…………これはこれで癪だな……絶対後で痛い目見せてやる」
”ケイオス・ロアの件が片付いたらね……”
デカくて巨星魔法を耐えたりする相手もいたにはいたけど、ここまでノーリアクションで受けきってしまう相手は初めてだ。
対巨大モンスターであればアリス、みたいな共通認識が私たちの中にあったしアリス自身も自覚はしていたのだろう。
だというのに、アリスの攻撃が全く通用していない――これには私も少なからずショックを受けた。
うーん、これマジでどうにもならない相手かもしれない。アリスでダメなら、あと残っているのは……ルナホークの全力砲撃か、ヴィヴィアンの《エクスカリバー》くらいしかないんだけど、瞬間的な火力では上回っていても継続火力ではアリスに劣るし、瞬間火力にしてもアリスより少し上回る程度だからな……。
何にせよ、ガイアについては現状後回しだ。
今はとにかくケイオス・ロアに勝つことを考えなければならない――ここで負けたら何の意味もないしね。
「! 見つけたぞ!」
と、ついにアリスの巨星魔法がケイオス・ロアの隠れていた岩場を捉えた。
私たちの予想通り、岩に隠れながら雷属性の魔法――変化させた鎖を放ってこちらへと一方的に攻撃をしていたようだ。
「っちゃー……見つかっちゃったか。
ま、アレで倒れるような相手じゃないのはわかってたけどね」
ケイオス・ロアの方も見つかったことにより、素直に隠れるのをやめて空へと飛び立つ。
こちらを炙り出しつつ一方的に攻撃する……上手く嵌れば必勝だったろうが、広範囲を爆撃できるアリスには通用しない戦法だろう。
「やっぱり、自分の手でしっかりと――じゃないとね」
「ああ。お互いにな」
……二人くらいの高レベルのユニットともなると、いかに強力な遠距離攻撃を繰り返そうともなかなか決着はつけられなくなるのは往々にしてある。
もちろん、強力な超遠距離狙撃……例えばスナイパーのような能力を持ったユニットなら話は別なんだろうけど、まぁおおよそのユニットであれば互いの視界に捉えられるかどうかが射程距離の限界だろう。
実力が同程度、それもかなりの高いレベルであれば、やはり決め手は近距離戦での一撃となりやすい。
アリスだって一番威力の高い神装はどちらかと言えば近距離寄りだし、ヴィクトリー・キックだって実質近距離攻撃と言える。
《
アリスが《バルムンク》を、ケイオス・ロアが『七死星剣』を互いに強く握りしめる。
「そういえば、
……ふふっ、じゃあその成果、あたしが試してあげるわ」
「望むところだ」
言うなり二人は互いに突撃――剣と剣がぶつかり合う。
……当然、本気で剣のみでの戦いをするつもりは二人ともないだろう。隙を見て至近距離から魔法を放って攻撃するつもり、だとは思う。
けど、その『隙』がなかなかできなかった。
「くっ……なかなかやるわね!」
決定打は与えられていないものの、アリスは意外にもまともにケイオス・ロアと切り結ぶことができていた。
とは言っても、アリスの技量が勝っているからというわけではない。
単純な『ステータスの差』で無理矢理押し勝っている、という感じだ。
ふむ、このあたりはホーリー・ベルの時と同じか。魔法的なステータスは彼女の方が上回っていたけど、肉体的なステータスについてはアリスの方がやや勝っていた。
ステータスの傾向もケイオス・ロアは同じなのだろう。
ましてやアリスは今や限界近くまで成長して上に《フレズヴェルグ》で超強化しているのだ。対抗しようとするのであれば、それこそガブリエラみたいなとんでもないパワーがなければ無理だろう。
それでもほぼほぼ互角に切り結べているのは、ひとえにケイオス・ロア――美鈴本人の剣の腕によると言える。
的確にアリスの攻撃を見切って剣を受け止め、あるいはいなして反撃を加えようとしている。
……それをアリスがステータスの暴力でねじ伏せようとしているため、結果的に『互角』の勝負になっているが故に、互いに魔法を撃つ『隙』を見いだせていない状況だ。
「おっと、距離は取らせんぞ」
このまま斬りあっていてもいずれ押し切られる、そう判断したのであろうケイオス・ロアが僅かに下がろうとする気配を察し、アリスが更に一歩踏み込んでいく。
誘い――ではなかった。パワーで劣るケイオス・ロアは、本当に距離を取ろうとしたのだ。
「……失敗だったかしらねー……」
ケイオス・ロアのその言葉は、私には本音に聞こえた。
わざと近距離戦を誘って『隙』を作らせようとしているのではないかと疑っていたけど、どうやらアリスの力が彼女の予想を上回っていたみたいだ。
得意の魔法を封じられ、『チャンバラ』を強制させられる状況はケイオス・ロアにとっては不利にしかならない。
ここで無理矢理魔法を使うことは不可能ではないけど、逆にそれは自分が『隙』を晒すことになりかねない――そんなことは互いに理解しているだろう。
だから、アリスは技量で劣っていることは百も承知で『チャンバラ』からケイオス・ロアを逃がさず、焦れて魔法を使おうとする『隙』を逃そうとしていないのだ。
……意外と、と言ったら失礼かもだけどアリスの方が優位に立てている。その感想は的外れではないと思える。
このまま押し切れそうな感じはする――が、もちろん油断はしない。ケイオス・ロアはまだまだ『属性』を隠し持っているだろうし、魔法だって大したものを使っていないのだから。
でも、だからこそ相手が全力を出し切る前に倒せれば良し……という感じだ。状況も状況だし、アリスだってジュウベェやナイアの時みたいに相手の全力を待つことはしない。
「殴り合いは貴様の得意とするところではなかろうに」
「……むぅ」
アリスが剣を教わっている、ということを聞きつけて『先輩風』を吹かせたくなってしまったのが悪かったのだろう。
ケイオス・ロアの予想よりは剣の腕はなかったが、予想以上のステータスであるが故に捌ききるのが難しい状態になってしまい『互角』の戦い――魔法が使いづらいという一点でアリスがやや優位という状況だ。
”はぁ……全く……”
ケイオス・ロアの腕に巻き付いているミトラもあきれたようにため息をついていた。
……うん、まぁ心中察するわ……この大一番で下手打たれたらね……。まぁ言って聞くような性格じゃないけどさ、お互いにね……。
ともかく、このまま勝ってしまいたい――ミトラをどうするかはまだ決めかねているけど、ともかく仲間の元に一刻も早く向かいたいという気持ちに変わりはない。
”アリス、このまま押し切ろう!”
「ああ、当然だ!」
「くっ……予想以上に成長してくれてるのはお姉ちゃん嬉しいけど――」
この期に及んでおどける余裕を見せようとしているが、それがフリだというのはお見通しだ。
徐々に相手にも『疲れ』が見え始めている。
パワーで上回る相手の攻撃を剣で受け続けているだけでも、相当体力を削れているはずだ――
疲れだけでなく『焦り』もまた見える。
……美鈴のゲームにおける好戦的な面と、ありすに対して『お姉さんぶりたい』面を見抜いてこの状況を誘った――というのは考えすぎだろうか。
意識したにせよそうでないにせよ、ともあれ現状に持ち込んだ時点でアリスの作戦勝ちと言える。
”……拙いな。ケイ、
と、そこでやきもきしながら状況を見守っていたミトラがそう呟く。
彼の言葉に思わずつられ、私が下方――ガイアの身体の方へと視線を向けてしまった。
……流石にアリスとケイオス・ロアは釣られなかったけど。
”! ヤバい、アリス!”
こちらの注意を引きつけるためのブラフではなかった。
本当にガイアが動きだしたのだ。
体表を流れる溶岩が激しく噴き出し、固まると共に新しい『蛇』の身体を作り出す。
本体に比べれば大分小さいが、それでも私たちを余裕で丸呑みにできるだけの分類としては超大型モンスターに値するであろう巨体の蛇が、ガイアの背中から何体も生えてきたのだ。
そして蛇たちは一斉に私たちの方へと攻撃を仕掛けてこようとする。
……あいつらに吞み込まれたら皆のところへ行けるかもしれない、という期待はあったが……。
「――ふん、邪魔が入ったが……まぁいい」
迫る蛇たちを見ることもなく、アリスは鍔迫り合いの状態で思いっきり腕力にものを言わせてケイオス・ロアを突き飛ばすと同時に、巨星魔法を放つ。
「ぐぅっ!?」
蛇ではなくケイオス・ロアを狙った巨星魔法を不安定な体勢で回避しきれず、初めてケイオス・ロアへとダメージを与えることができた。
そして蛇は《フレズヴェルグ》のスピードで回避。
まるで巨木が林立するかのような戦場を飛び回り、アリスは追撃を仕掛けようとする。
「……エクスチェンジ――」
一方、先手でダメージを受けたケイオス・ロアはエクスチェンジで属性を切り換えようとしていた。
間に新しい蛇が現れたことでどんな属性に切り替えようとしていたのかは聞き逃してしまったが……これは仕方ない。
今までのようにどっしりと構えて動かないガイア本体と違って、蛇たちは止まることなく動きこちらを狙ってくる。
ケイオス・ロアたちも同じように狙われはしているので条件は同じだが……有利な態勢だったのを崩されてしまった分、こちらにとってマイナスだと言えよう。
それはともかく、蛇たちは遠距離攻撃は仕掛けてこず、体当たりとこちらを呑み込もうとする動きしか見せていないので与しやすいと言えばそうなんだけど……とにかく巨体過ぎて動き回るだけで厄介だ。
回避するにせよ、こちらは全力で飛ばなければ回避しきれない。それはケイオス・ロアも同じだろうけど。
アリスにとって優位な態勢を崩すのは痛いけど、かといって鍔迫り合いをするような戦い方を蛇たちが襲ってくる中でするのは自殺行為に等しい。
……ガイアに呑み込まれたからと言って、ケイオス・ロアと同じ場所にいけるとも限らないし、吞み込まれずに体当たりを食らってしまったら一巻の終わりだ。
だから敢えてまた離れての戦いをアリスは選んだのだろう――目先の有利よりも、身の安全優先だ。
「さて、これであいつもまた全力を出せるだろうな」
…………前言撤回。
楽しそうに笑って言うアリスの言葉に、私は確信した。
どうやらアリスはケイオス・ロアが接近戦では十分に力を発揮できないだろうと判断し、敢えて全力を出せるように一度距離を取った……という理由の方が大きいようだ。
まぁもちろん蛇を警戒してという理由がゼロとは思わないけど……。
アリスらしいっちゃアリスらしいけど……。
”アリス、状況はわかってるよね?”
「当然だ。とはいえ、ロアとの決着が不本意な形で終わってしまっては――互いに後悔も残ろう。ここでしっかりと決着をつけておけば、まぁ使い魔の方はともかくロアは納得するさ」
なるほど?
どちらもゲームに熱中するタイプではあるけど、後には引きずらないタイプでもある。
今この場で決着がつけられれば、その後は無茶な戦いを仕掛けてくることもない――後顧の憂い、というほどでもないけどそれは断てるとアリスは考えているわけか。
もっともアリス自身も言っている通り
ともあれ、状況は変わったが方針に変更はなし。
ケイオス・ロアをガイア内部――皆のところへは行かせず、この場で決着をつける、だ。
一度白黒はっきりさせておけば、ケイオス・ロアなら話してわかってもらえるだろう。お互いのユニットに攻撃を仕掛けず、ガイア撃退を競うことにしようとかなんとか……そういう感じに話は持っていけるとは思う。
「! 来るぞ!」
上下から蛇の顎が迫るのと同時に、左右、そして正面からケイオス・ロアの『鎖』が伸びてくる。
何の変哲もない鎖にしか見えないが、直前でエクスチェンジを使っていたのだ。何かしら特殊効果を持っていることだけは確実だろう。
蛇たちと鎖を回避しながら、アリスも反撃で巨星魔法を撃ち込み続ける。
しかし、流石にこれだけではケイオス・ロアを捉えることは出来ない。
互いに攻撃が当たらないまま、蛇に追い立てられるように次々に戦場を変えていくこととなった。
”アリス、どうするの?”
どうする、とはこの状況をどうするという意味ではない。
何を使ってケイオス・ロアを倒すか、という意味だ。
「ああ……考えているさ」
……『既に案がある』という意味なのか、『今考えている最中』という意味なのか……どちらともとれる回答ではあったが、どちらであっても変わりはないか。
”わかった。魔力は今まで通り回復するから、急速に回復したい時は言ってね”
「おう、頼んだ」
私にやれることに違いはないのだ。
あ、後一つある。
ガイアに呑み込まれた皆の状態の監視だ。
アリスの死角を補うことも忘れないようにしていたため、常に監視していたわけではないけど――うん、今のところ大丈夫そうだ。
皆の状態チェックを忘れないようにしつつ、目の前の戦いにも気を配らないとね。
……そんな感じで空中戦を繰り広げていた時、一匹の蛇が私たちの元へと向かって来た。
他よりも少し小さい感じがするが、その分素早く――だが、まるで苦しんでのたうち回ってるかのような滅茶苦茶な不規則な動きでこちらへと顎を広げ呑み込もうとしてくる。
それに合わせるかのように、離れた位置にいたケイオス・ロアが魔法を放ちつつこちらへと接近しようとしているのが見えた。
「ふん、蛇の動きを待っていたか」
どうやら狙いをアリスに絞った蛇が現れるのを待っていたのだろう。
蛇との同時攻撃をケイオス・ロアは狙っていたらしい。
「だが、
そう言ってニヤリと笑うアリス。
「使い魔殿、頼む!」
”! わかった!”
敢えてアリスが私に回復を頼んだ理由はわかる。
急激に魔力を減らすという合図だ。つまり、これから大掛かりな魔法を使うということだろう。
……アリスの狙いは私には全てはわからないけど、ある程度想像はついた。
今までの戦い、激しく空中を移動しながら戦っていたように見えて
アリスは確かに移動こそしていたが、ある一点を中心に『球』を描くように動いていたのだ。
その範囲が結構広いため私はすぐには気付けなかったが……ともあれ、おおよそ一つ所に留まるように動いていたため、蛇が狙いを定めたのは想像に難くない。
果たしてケイオス・ロアは気付いているだろうか……? 仮に気付いていたとしても、蛇との同時攻撃を仕掛けることを狙っている以上、今動くより他にないのだ。
「行くぜ、ロア! ext《
魔法発動と同時に、周囲に密かにばら撒いておいた『星の種』が起動――だが発動させたのはあの最強魔法ではなく別の魔法だ。
星の種同士が連携する連星魔法――形作られた連星の範囲に光の結界が張られる。
突進してくる蛇は私たちから見て真下の方向から突進してきており、そのまま真っすぐ連星魔法の結界へと衝突……勢いそのまま連星魔法を破ってアリスを呑み込もうとしていたが、
「!?
不自然な角度で蛇の首が曲がり、私たちではなく遠くから迫ろうとしていたケイオス・ロアの方へと頭が向かっていったのだ。
新たな連星魔法 《アルゴル》――これはアリスの魔法の中でもかなり神装寄りの特殊な魔法と言える効果を持っている。
効果としては、連星の範囲の『空間を歪める』というものだ。真っすぐに《アルゴル》へと突っ込んだとしても、おかしな方向へと必ず曲がるという効果となる。
……《
要するに、これは『防御魔法』なのだ。
アリスはケイオス・ロアへと直接攻撃する隙を窺いつつ、相手の大技を《アルゴル》で無効化することで更に大きな隙を生もうとしていた。
が、それより先に暴走する蛇が現れたことにより作戦変更。ケイオス・ロアが蛇を利用するのを見越して、アリスもまた蛇を利用――準備しておいた《アルゴル》を蛇相手に使って突進を自分からケイオス・ロアへと逸らしたのだ。
防御、そして使いようによっては反撃も可能。それが《アルゴル》の真骨頂だ。
当然何でもかんでも歪められるほど都合よくはない。
《アルゴル》の範囲を広げれば広げるほど、歪曲空間の強制力は落ちる……つまりは突進の勢いを殺せなくなる。星の種をその分多くすれば効果は高まるが、そうなると今度は魔力消費量が跳ね上がり結局『攻撃した方が効率がいい』ということになりかねない。
また、《アルゴル》の範囲に収まらないようなものもダメだ。
ある程度の大きさに《アルゴル》を保ちつつ、ちょうど範囲に収まるくらいの大きさの攻撃を曲げる――ずっと使い続けられるような万能の防御魔法ではないけど、使いどころを見誤らなければとても効果的な魔法になると言えるだろう。
進行方向を曲げられた蛇の顎が、ケイオス・ロアへと襲い掛かる。
これは完全に予想外だっただろう。突然の蛇からの攻撃に、ケイオス・ロアも攻撃を中断して回避に専念せざるをえない。
それは大きな『隙』となった。
「cl《
その隙を見逃すアリスではない。
《アルゴス》を展開し蛇の突進を曲げると同時に、蛇の胴体へと掴まってそのままケイオス・ロアへと接近。
まだ少し距離はあったものの構わず巨星魔法を撃ち込んでいく。
「くっ……オペレーション――」
「させるか!」
今のケイオス・ロアの属性は『不明』だ。何をしてくるか全くわからない。
巨星魔法を放つと共にアリスはケイオス・ロアへと全速力で接近。手にした《バルムンク》で斬りかかり、あるいは蹴りを放って魔法を使わせまいとする。
蛇の登場により一旦終わったはずの近距離戦が、再び開始されたのだ。
しかも今度は蛇自体に近づいた状態である。他の蛇が仲間ごと――というか自分の身体ごと?――とならない限り、さっきよりもかなり安全な場所になっているのではないだろうか。もちろん、安心していいような状況ではないのは承知しているが。
「ext《
「し、しまった……!?」
ケイオス・ロアが近距離戦を続けるか、それとも自爆覚悟の大魔法で距離を再び取るか、その選択をさせるよりも速くアリスの《グラウプニル》が捕らえる。
……鎖対決、とはならなかったか。まぁ別にそれを望んだわけではないけど。
「おらぁっ!!」
《グラウプニル》で動きを止めただけでは飽き足らず、アリスはそのまま強引に振り回してケイオス・ロアを鎖ごと蛇の胴体へと叩きつける。
「ぐ、くぅっ……」
《グラウプニル》がある程度衝撃を吸収してくれてはいるが、それでもノーダメージというわけにはいかないのだろう。苦しそうに呻いていた。
とはいえ、これでは大したダメージは与えられない。削って倒す、なんてやろうとするわけがない。
ひとまず相手を捕らえ、蛇に押し当てて動きをほんのわずか封じることが目的だ。
「ext《
「! や、ヤバ……っ!?」
アリスが何をするつもりなのかは明白だ。
《グラウプニル》で動きをギリギリまで封じ込めつつ、必殺のヴィクトリー・キックを叩き込もうとしているのだ。
相手の動きを封じつつ、必殺の一撃を確実に当てる――敵にやられたらとても嫌なやり方だけど、卑怯とはお互いに言うまい。
『相手の嫌なことをやる』、戦いの鉄則だ。
今回はケイオス・ロアに得意なことをさせず、速攻でアリスがとどめを刺す……そういう展開になったけど、一歩間違ったら逆にこっちが追い込まれた可能性だってある。
……アリスたちにとっては若干不満の残る結末になったかもしれないけど、まぁ状況が状況だし今回は我慢してもらうしかないな。
そんなことを考える私だったけど……。
「!? 何っ!?」
”えっ!?”
ヴィクトリー・キックは確かに命中した――
ほんのさっき、アリスが鎖を解除する前まで確かにいたはずのケイオス・ロアの姿が煙のように消え失せてしまっていたのだ。
蛇の胴体が大きく抉れ、流石に痛みを感じたのかより激しくのたうち回っているが……肝心のケイオス・ロアには命中していない。
「もらった!」
「! ちぃっ!?」
消えたはずのケイオス・ロアがいつの間にかアリスの背後へと出現し、七支刀を振りかざしていた。
瞬間移動……いや、それとも何か違う感じがする……。
けどその正体を今考えている余裕もない。
振り返りざまアリスも躊躇わず《バルムンク》を振るってケイオス・ロアの一撃を受け止める。
先ほどはこちらが優勢だった近距離戦を、敢えて向こうから挑んでくるとは――その答えもすぐにわかった。
「これは……くっ!?」
「ふふふっ、今度は負けないわよ!」
アリスと互角、いや体勢のせいもあるかもしれないけどケイオス・ロアの方が押している!?
見ると、ケイオス・ロアの両腕に枷から伸びた鎖がまるで鎧のように巻き付いている。
……身体強化魔法か!! くそっ、ホーリー・ベルの時は使ってなかったけど、やはりそういった魔法は持っていたか……。
しかも《フレズヴェルグ》を使ったアリスをわずかに押すくらいの強化とは――ギリギリまで隠して不意打ちで片を付けるつもりだったか。やっぱり一筋縄ではいかないか。
一転して不利になったにも関わらず、アリスはますます嬉しそうな笑みを深める。
「あっさりと終わるかと思ってたが……安心したぞ、ロア」
「ふふふ、遊びは終わりよ!」
……微妙に悪役っぽいセリフを冗談めいて言ってるけど、確かに『本気』とは程遠かったのだろう。
なんだかんだでアリスよりは脳筋度は下がる――というか普通に考えれば『まとも』な方だし、やはり『この後』のことも考えてしまっていたのではないかな。
でも反対にアリスは最初から全力だ。
『本気』を出す前にアリスの全力に押し切られて負けてしまったのでは意味がない……そういう意味では、確かに『遊びは終わり』にすべきではある。
相変わらず蛇たちが乱舞する中、二人は今度は互いに離れず近距離での斬り合いを行う。
さっきはアリスのステータスが上回っていたが故に、技で劣る分をカバーできていたが、今度はケイオス・ロアも強化を行っている。
必然、アリスの方が押されることとなっていた。
「流石……だな」
隙を見て発生の早い星魔法や《
一方でケイオス・ロアの方もそれは同じなようで、思った以上にアリスに食い下がられていることで決め切れていない感じだ。
……あるいはこれは魔法の性質が関わっているのかもしれない。
以前と持っている魔法は同じなものの、明らかにホーリー・ベルとケイオス・ロアでは使っている魔法の性質が異なる。
小回りの利く魔法だとアリスの強化を貫くことは出来ないし、大魔法には何か『制約』があるのか使って来ない――剣型の霊装といい『鎖』といい、その辺りがどうも魔法の制約に関わっていそうだが……詳細は今はわからない。
ともかく、ヴィクトリー・キック回避からの不意打ちを決められなかった時点で、再び戦いは膠着状態に陥りかけている。
……それでもややアリスの方が不利、かもしれない。
強力な魔法を使わせないように近距離戦を仕掛けざるを得ないが、その近距離戦では地力の差があるため頑張っても互角にしかなれない。
遠距離からの魔法の撃ち合いはまだしてないからどうなるかわからないけど……見たことのない大魔法のことを考えればあまりやりたくはないかな。
”うん……やっぱり強いね、彼女”
今のところ派手さはないが堅実。そして堅牢。
一撃必殺で相手を破壊するような戦い方ではなく、着実に削ってとどめを刺す――しかも自分自身の身を守りながら――という感じか。いや、これもまだわかったものじゃない……ホーリー・ベルと似た魔法を使うのであれば、とんでもない威力・範囲の魔法をまだ隠し持っているはずだ。
特にさっきの絶対に当てられるはずだったヴィクトリー・キックを回避したのには要注意だ。何かしらの魔法だとは思うけど、全く正体がわからない。
互いに少しだけ距離を取って剣を構え合っている状態――だけど互いに迂闊に動くことはなく睨みあっている。
発生の早い魔法を撃つこともできるが、その隙に懐に飛び込まれるというような距離だ。
ここでどう動くかで、一瞬で決着がついてしまうかもしれない……アリスたちも、そして私もそんな予感がしていた。
――が、事態は私たちの思うところ以外でいきなり進行していった。
”蛇たちが……拙い!”
先ほどのヴィクトリー・キックを食らった蛇が激しくのたうちまわっていたかと思えば、急に動きを止める。
それと同時に他の蛇たちが一斉に私たちを食らおうと向かってくるのが見えた。
「ふん、どうする? 逃げた方がいいんじゃないのか?」
「そっちこそ」
アリスたちは互いから視線をそらさずに睨みあったままだ。
……チキンレースじゃないんだから、と呆れたいところではあったが、蛇を避けようとしたタイミングを狙って互いに攻撃を仕掛けようとしているのはわかっているのだろう。
もちろん蛇に呑み込まれるのを良しとするわけではない。どこかで動かないといけないわけだが――
その時だった。
ヴィクトリー・キックを食らった蛇が、ぶるぶると震えだし……。
「!? こいつ!?」
激しい痙攣と共に私たちの方へと倒れ込んできた。
……しかも迫ろうとしていた他の蛇たちを薙ぎ払いながら……。
完全に私たちの予想外の動きではあったが、これがきっかけとなった。
アリスとケイオス・ロア、二人とも驚きはしたもののこれを『好機』と捉えたか、どちらも同時に前へと出て剣を揮う。
刃同士がぶつかり合い激しく火花を散らし、
「cl《
「ロード《アンドロメダ》!」
接近と同時に魔法を発動。
ケイオス・ロアの足枷から鎖が伸び、アリスの脚へと巻きつけられる。
「うおっ!?」
《ブラックホール》を強化したステータスと霊装で受け止めるケイオス・ロアではあったが、流石に受け止めきることはできず吹き飛ばされてしまう。
が、鎖でつながってしまったアリスもその勢いに引っ張られて体勢を崩してしまう。
「……今!」
「なめんなっ!」
アリスの攻撃を利用し、膠着状態を抜け出しつつアリスの体勢を崩してチャンスを作る。それがケイオス・ロアの狙いだったのだろう。
《ブラックホール》は直撃こそしなかったものの、完全に威力を相殺することはできなかったようでダメージを受けはしたが、それでもこの一瞬はケイオス・ロアの方が完全に優位に立った。
横薙ぎに払われたケイオス・ロアの剣へと、無理矢理な体勢から《バルムンク》を叩きつけて弾き飛ばすと同時に、
「cl《
「うぅっ!?」
至近距離からナイア戦でも使った目潰し魔法を放ち相手の視界を奪う。
……ケイオス・ロアの目って包帯で隠れてて見えないんだけど、それでも外を認識できていたことから普通に視界は効いているっぽい。
この閃光目潰しで一時的にではあるが完全に視界を潰せたみたいだ。
「ext《
そしてこここそが千載一遇のチャンスと見たか、アリスが《レーヴァテイン》を『
燃え盛る炎の魔人と化したアリスの攻撃は、もはや防御は不可能――触れただけであらゆる魔法防御すら貫く炎のダメージを受けてしまうのだ。
アリス自身にかかる負荷も大きいが……身を切らずして倒せる相手ではない。
鎖でつないだことが仇となってしまった形だ。
すぐに逃げることができず、ケイオス・ロアへと火炎が襲い掛かり体力を削ってゆく。
「くっ……オペレーション……!」
「させるか!」
この場を切り抜ける魔法があるのか、使おうとしたがアリスはそれをさせまいと妨害する。
何とも泥臭い戦いになってしまったが、このままいければ勝てる――私もそう思った。
しかし――
「!? な、に……!?」
「え、何こいつ!?」
アリスとケイオス・ロア、どちらにとっても予想外の事態が起きた。
倒れ込んできた蛇の胴体――をやり過ごした後、突如
と同時に巨大な影がこちらへと向かって飛んできたのだ。
”ま、また
ケイオス・ロアの背後へと一瞬で回り込んできた巨体――それは、倒したはずの『黄金竜』だったのだ……!
『黄金竜』――確かにとどめを刺せたかは確認できていなかったけど、まさかここで現れるとは……!
現れるにしても、もっと状況を選んで欲しかった……奴に言ったところで通じはしないと思うけど……。
どういうわけかはわからないけど、地割れの底へと落ちていったあとにガイアの内部へと入り込んで体内を抉りながら私たちを追いかけてきたみたいだ。
……思い返せば、確かにこいつが出てきた蛇は他の蛇に比べて妙な動きをしていた……と思う。体内で暴れる『黄金竜』に苦しんでのたうっていた、と考えれば納得いく。
「な、なにこいつ……!?」
「ロア!!」
状況は一変した。
突如現れた『黄金竜』がケイオス・ロアの背後から急襲――鋭い爪を振りかざす。
完全に不意を突かれた形のケイオス・ロアはそれをかわすことは出来ず――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます