第10章21話 レアル・ホライズン

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「!? ……外れ!? それとも……」


 蛇へと飛び込んだケイオス・ロアは、一瞬だけ意識が途切れるような気色悪い感覚を味わったものの、すぐに覚醒。

 周囲の状況を見て焦りを強める。

 彼女とミトラがいるのは、『青の通路』とも言うべき場所だった。

 巨大な『筒』状に水が渦巻き、それが通路のように伸びている――まるで渦巻の中に取り残されたような、現実には絶対にありえない場所である。


”空が飛べないと、詰みだね。これは……”


 ミトラがポツリと漏らすが、全く同感だった。

 周囲の渦には足場が全く存在しない。飛行能力がなければどうにもならないだろう。仮に泳いだとしても、いかにユニットの身体能力であっても渦巻く水の勢いに呑み込まれて溺れてしまう可能性が高い。


「どうしよう……ラビっちがもしこんな場所に来ちゃってたら……」


 使い魔ならば溺死することもないとは思うが、ユニットですらどこまで流されるかわからない急流だ。使い魔の小さな身体だとあっという間に底に引きずり込まれるか、あるいは渦の勢いでバラバラに引き裂かれてしまうか……何にしても無事で済むとは思えない。

 青褪めるケイオス・ロアに対して、ミトラは冷静に答える。


”いや、おそらくラビ君はここにはいない”

「? なんでわかるの?」

”対戦依頼が出せないからね。ラビ君が近くにいれば、このクエスト内でも対戦依頼は出せるけど今はその表示がない――もっとも、遥か遠くに流されたり既に斃れてたりしたらその限りじゃないけど”

「うぐ……」


 ガイア戦のクエストは『常時乱入対戦』モードではあった。

 しかし、だからと言って使い魔同士の対戦依頼やメッセージ送信ができないわけではない。対戦依頼については意味のないものではあるが。

 外で戦っていた時も、ミトラはそれを確認していた。ラビはすっかりと忘れていたようだが、『別の使い魔がいる』という可能性がある場合、そうしたチェックをしておくのは『常識』だとミトラは思っていた。

 だから『青の通路』に入った時点でミトラはラビの存在を確認し、この場にはいないと判断したのだった。

 とはいえ、彼の言う通りラビが遠く離れている場合や、最悪の事態が起こっているとしたら……流石にミトラにもそれは判別できない。

 ケイオス・ロアは言葉に詰まるものの、気を取り直す。


「――ラビっちが呑み込まれたタイミングと、あたしたちがここに来るまでの時間はそんなに空いていなかったはず。

 だったら、ここには来ていない……別の場所にいると考えるわ」

”……そうかい。まぁ、なんにしてもボクたちもこの場に留まる意味はない”

「わかってるわよ。ラビっちを探しながら、オルゴールたちと合流も考えるわ」


 ――きっと君は、ラビ君の捜索を優先するんだろうけどね……全く。


 内心でため息をつきながらも、ミトラはやはりケイオス・ロアの行動を制限しようとはしなかった。

 いずれにせよガイアの内部へとやってくることはできたのだ。

 何の手がかりもないラビの捜索は難航するだろう――しらみつぶしにガイア内部を探索するのも無理がある。

 ならば、彼女が望む望まないに関わらず自然と仲間との合流、そしてどこかにある『ガイアのコア』を目指すことになってくれるはずだ。


「……! ミトラ、戦闘準備!」

”! ああ、こちらでも反応を捉えた”


 どこにあるかもわからない『出口』を探して『青の通路』を進もうとするケイオス・ロアたちだったが、モンスターが迫っていることに気付いた。

 気付くと同時に、周囲の渦から巨大な影がケイオス・ロア目掛けて飛び出してくる。


「サメ!?」

”……にしてはちょっと大きすぎないかな?”


 飛び出してきたのは、ミトラの言う通りありえないほど巨大なサメだった。

 人間どころかもっと大きな海洋生物すらも丸のみできそうなほどの大きさである。

 飛び出してきたのはそれだけではない。


「ちょっ……!? これは……!?」


 サメの突進を回避したものの、サメはすぐに周囲の渦へと入り再び向かってくる。

 そして更に他の巨大な生物が幾つも渦から飛び出してきたのだ。

 同じようなサメ、更に大きなクジラ、ありえない大きさの頭足類、果てはトカゲのような頭部をした『魚竜』……。


”……古代の海に棲む怪物オールスターって感じだね”


 ケイオス・ロアはそこまで古生物に詳しいわけではないが、ミトラはある程度は知識があるようだ。

 渦から現れ襲い掛かってきているのは、巨大サメメガロドン肉食クジラレヴィアタン・メルビレイ頭足類ダイオウイカ、それにモササウルスetc……時代も生息域も無視した、古代の海に存在した様々な『怪物』たちであった。


「くぅっ……構ってられないわ! ミトラ、しっかり掴まってなさい!」

”ああ、もちろんだよ”


 上下左右、全てが水でできた通路だ。あらゆる方向から怪物たちがケイオス・ロアを捕食せんと向かってくる。

 特殊な能力を持ってはいないが、巨体自体が脅威だ。倒すことは不可能ではないにしろ、数があまりに圧倒的すぎる。

 いちいち倒していたらキリがないし魔力も持たない。


「エクスチェンジ《激装ナリガミ》!」


 『切り札』である属性はこの場では無意味だ。

 ケイオス・ロアがエクスチェンジをすると共に、両手足の枷が黄金の輝きを宿す。

 その身に纏うは『雷』の属性――


「全速力で行くわよ! オペレーション《プラズマスラスト》!!」


 激しい雷光を撒き散らしながら、正しく『雷』の如き速さでケイオス・ロアがその場から飛翔する。

 かつての《羽装ハゴロモ》の『風』の能力を改良し、『雷』をメインとした属性が《激装》である。


”方向はこれでいいのかな?”

「わかんない! 違ったら逆走すればいいわ!」

”…………そうだね……”


 時間のロスはあるかもしれないが、雷光のような速さで空を翔けることができるのだ。そこまで気にする必要もないだろう。

 敵を全て無視し――撒き散らす雷撃が意図せず迎撃しているが――ケイオス・ロアはひたすらに『青の通路』を翔けぬけて行く。




『”……オルゴール、BP、アル。そっちの状況はどうだい?”』


 一方、移動を完全にケイオス・ロアに任せたミトラは、先に内部に侵入したユニットへと遠隔通話を試みる。

 外にいるときは通じなかったが、同じ内部にさえ入れば通じるはず……と予想していたのだが、


『ミトラ、こちらへ来ましタカ』


 思った通り通じるようになっていたことに安堵する。

 応答があったのはオルゴール、BPのみ。


 ――アルは……まぁ体力は残ってるし、応答する余裕がないだけかな。


 アルストロメリアだけ返事がなかったが、ミトラはそう心配はしていなかった。

 、そう確信しているからだ。


『”無事で何より。こちらもケイと一緒に内部に入って――とりあえず進んでいるところだよ。

 それで、そっちは?”』


 全員の体力が安全圏であることはステータス画面からわかっていた。

 ラビのことで頭がいっぱいになっているであろうケイオス・ロアに任せたままでは、いつまで経っても合流できないかもしれない。

 それにミトラも内部の状況は全く把握していないのだ。

 オルゴールたちの現在位置、何かしら掴んだ情報等を聞き出そうとする。


『こちらは交戦しまシタが、。現在、合流に向けテ移動中デス』

『…………

『”ふふっ、オーケー。ラビ君が焦った様子はなかったし、ボクの指示通りに収めてくれたみたいだね”』


 満足そうにミトラは笑う。

 ケイオス・ロアが半ば『暴走』とも言える単独行動を行ってしまったり、『黄金竜』という意味不明の存在に翻弄されはしたが、何も問題はなかった。

 ガイア討伐計画は滞りなく進行している。

 そうミトラは思うのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――……強すぎる……!


 地面に転がり、身動きすら取れない状態でジュリエッタはそう思う。

 ……身動きどころか、瞬きも、口を開くことすらできない。

 なぜならば、だ。


「むぅ……むー……!」


 呻くことさえもできない。

 両目と口をオルゴールの糸で縫われて封じこめられ、魔法すら使うことができなくなったまま全身を拘束されてジュリエッタたちはあっさりとした。

 戦いにすらなっていない。

 不意打ちでジュリエッタが囚われたというのもあるが、三人揃ってたった一撃すら入れることができずに拘束されてしまったのだ。


『ジュリみぇった、動けるみゃ!?』

『……ダメ、全然動けない……!』

『うにゃー……こっちもにゃー……』


 目を開けないのでわからないが、おそらくはウリエラ・サリエラも両目と口、全身を封じられているのだろう。

 ダメージ自体は大したことはないにしても、動くことができなければ意味がない。


 ――オルゴールが強いとはわかっていたけど、こんなに強いなんて……!


 アストラエアの世界で共闘し、最終決戦では共に戦ったジュリエッタであってもここまでの強さとは思っていなかった。

 心のどこかで、いざ戦いになればオルゴールには勝てる、と慢心していたことは否めない。


『どうにか、拘束を解かないと……!』


 三人の動きを封じた後、オルゴールはとどめを刺すこともなく放置してその場を立ち去って行った。

 その意図を三人は理解していた。


 ――気だ……!


 リスポーン封じ、間違いなくそれが目的だろう。

 どんな重傷だろうと状態異常だろうと、リスポーンすれば全快する。

 もちろんリスポーンのたびに倒すということは不可能ではない……が、ジュリエッタたち自身がよく理解している通り、『絶対無敵』の能力などこの『ゲーム』には存在しえない。

 オルゴールの糸の能力は厄介だが、二度、三度と通じるかは怪しい。そして、ジュリエッタは『次』は同じような負け方はしないと心に誓っている。

 相手も同じだ。

 だからこそ、リスポーンさせないように体力を削らず、かといって脱出もできないように口まで封じたのだろう。

 いかにジュリエッタのメタモルであっても、そもそも魔法の発声ができないのであれば発動させることはできない。

 ……アストラエアの世界での共闘により互いの能力がわかっていることが仇となった。


『この借り……絶対に返してやる!』


 戦いにすらなっていないこと自体、自分自身に怒りを感じるものの――それ以上にこれまで培ってきたもの全てが『無駄』だったと言わんばかりの圧倒的敗北に対して、ジュリエッタはリベンジに燃えるのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……ガブリエラ、様……」


 両足を粉砕され、地を這うしかないヴィヴィアンは息も絶え絶えにガブリエラへと声を掛ける。


「…………」


 しかし、ガブリエラから返事はない。

 それもそのはず。


「くっ……どうにかしなければ……!」


 ガブリエラは氷漬けにされてしまっているのだから。

 氷塊の中に閉じ込められたガブリエラは、意識があるのかどうかすらわからない。

 ……リスポーン待ちになっていないということは、生きているのには違いはないが眼を見開いたまま――そしてヴィヴィアンたちを庇うように両手を広げた姿勢のまま微動だにしない。


「ルナホーク様……」

「……」


 一方でルナホークもまた、倒れたまま動かない。

 身に纏っていた両手両足の兵装ギアも木っ端微塵に砕かれ、意識を失っているのか新しくコンバートする様子もない。


「ぐぅ……サモン《ナイチンゲール》……!」


 自分自身の傷は《ナイチンゲール》で治療可能な範囲だ。体力も減らされはしたものの安全圏ではある。

 だというのに未だにヴィヴィアンが手をこまねいている理由は――


「! ……やはり、ダメですか……!」


 召喚した《ナイチンゲール》がその場に現れると共に、強力な熱線が放たれ消滅してしまう。

 彼女たち三人の周囲に、計10機のドローンが浮かんでいた。

 それらがヴィヴィアンが動けない理由だ。


 ――あのBPという方……とてつもない強さですわね……。


 そのドローンは、BPがこの場に残していった魔法だ。

 ヴィヴィアンたちに直接攻撃はしてこないものの、魔法で迎撃しようとすると容赦なく攻撃をしてくる。

 かといって這って逃れようにも、あっさりと捕まえてダメージを与えないように注意しつつ包囲網へと戻してくるのだ。

 召喚獣も呼び出した瞬間に迎撃され、傷の治療すらできない。


「わたくしがどうにかしなければ……!」


 今動けるのはヴィヴィアンだけなのだ。

 この場にいつまでも封じられるわけにはいかない。

 必死にヴィヴィアンは方法を考える――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 リスポーン待ちになっているユニットは、リスポーン地点から動くことはできないが外の状況を把握することはできる。


「…………クソったれが……!!」


 復帰したアリスの第一声は、誰に向けたものかも定かではない『怒り』を込めた悪罵だった。

 ……おそらくはその大半は『自分自身』に向けてのものだろうことは想像は難くない。

 リスポーン待ちの間、全ての状況を見ながら振り返り……否、『反省』をして、ほぼすべての『ミス』の原因が自分自身にあるとアリスは分析していた。

 例えば、『黄金竜』に腹を貫かれた後に選択すべきは《黄金巨星ライジングサン》の方が良かった、とか態勢を整え直すためにひたすら《天魔禁鎖グラウプニル》で相手を封じ続けた方が良かった等だ。


「次は負けねぇ……!!」


 『次』があること自体、幸運以外の何物でもないと自覚はしている。

 ラビが蛇に呑み込まれたことにより一応後に続くことはできたが、あの場で全てが終わっていてもおかしくない状況だった。

 だからこそ、に気が付いてもいる。

 まるでラビだけをガイア内部へと送り込むことが目的のような……そんな動きを『黄金竜』もガイアもしていたようにしかアリスには思えないのだ。

 しかし、『黄金竜』とガイアが協力関係にある……とも思えない。

 色々な出来事が起こっており、それらが指し示す事実がチグハグでまるで噛み合わない。

 それでも、アリスは足を止めることはない。


「ロアだけに任せるわけにはいかねぇな。オレも行かなければ――」


 ケイオス・ロアの残した言葉から、彼女がラビを守るために自らガイア内部へと乗り込んで行ったのはわかっている。

 であるならば、ラビのユニットである自分が動かないわけにはいくまい。

 どちらにしても外側からガイアを単独で撃破するのは、たとえ使い魔がいたとしても不可能だということも理解しているのだ。

 ここで一人でガイア撃破を狙う意味はもはやない。

 何よりも、自分の使い魔を守ることを他人に任せっぱなしにするわけにはいかないだろう。


「…………ふん、そう簡単には行かせてくれないか」


 最大の脅威である『黄金竜』は既にどこかへと行ってしまっていた。

 ラビとケイオス・ロアたちがガイア内部へと取り込まれたのを確認すると、どこかへと飛び去ってしまったのだ。リスポーン待ちで動けないアリスには、行先を見届けることはできなかった。

 気にはなるが、出てきたら出てきたで対応する以外にない。

 そう思っていたのだが、別の『脅威』がアリスの前に立ち塞がってきたのだ。




 ガイア本体から生えてきた無数の蛇は、まるでラビたちがいなくなったのに呼応するかのように姿を消していた。

 その代わりに現れたのは――最初に現れた大地の腕、のだろう。

 腕だけではなく全身が露わになっていた。

 ……この出現タイミングを考えると、やはりアリスたちの動きをガイアと『黄金竜』が見越しているとしか思えないが……。

 腕の数と同じ、合計12体の大地の巨人……1体ずつが超巨大モンスターと遜色ないほどの大きさだ。

 天を衝く巨体がアリスを取り囲んでいる状態だ。巨体故に距離感が掴みづらいものの、『隙間』自体はかなり広くなっているようには見える。

 しかし、『敵』はそれだけではない。


「……マジでオレを行かせないつもりか……」


 12体の巨人に比べてかなり小さな――しかしそれでも10メートルあろうかという巨人が複数出現している。

 それらが計60体。

 12の巨神ティターンと60の巨魔ギガースに囲まれ、足元には惑星サイズのモンスターであるガイアが控えている。

 その上、蛇がいなくなってしまったことでガイア内部へと乗り込むには、ガイア本体の顔へと辿り着かなければならない。

 どこかへと消えた『黄金竜』もクエストから完全にいなくなったわけではないだろう。

 加えて最悪なのは、もはやガイアの外部にはただの一人も『味方』がいないという点だ。


 ――……さっきまでとは全く違うな……どういうことだ……? いや、オレが考えてもわからねーか。


 今までの『ガイア』の行動は、『自分の内部にユニットたちを呑み込もうとする』ものだったように見えた。

 しかし今は明らかに『アリスを内部へと行かせないように妨害している』としか思えない。

 ガイア本体の頭部も既に遠く離れ、蛇は消え、替わりに巨神と巨魔というモンスターを遣わせているくらいだ。

 何かしらの意図はあるようだが、当然ガイアと言葉が通じるわけもないし表情を読むこともできない――そもそもガイア本体の顔はどこにあるのかもわからない。

 ともあれアリスにやれることはただ一つだ。


「上等だ。貴様ら全員薙ぎ払ってでも、使い魔殿の元へと行かせてもらうぞ!」


 孤立無援、強制移動で合流することもできない。

 ならば自分一人でラビたちへの道を切り開くしかない。




 アリスはたった一人でガイアとその眷属へと挑むしかない――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスがリスポーン待ちになったそのあと、『黄金竜』はいずこかへと去って行った。


《……》


 しかし、アリスが予想した通りにクエストから消えたわけではない。

 ジェット噴射を利用した驚異的な飛行能力を駆使し、『黄金竜』は一路ガイア本体の頭部を目指して進んでいた。

 彼の者の速度であっても、ガイアの頭部は未だ見えないほどだ。

 『惑星規模のモンスター』は誇張でもなんでもない。例えるなら、日本列島を縦断するような距離が離れているのである。

 ――だから、たとえアリスが巨神たちを振り切ったとしても、到底ガイア頭部へと辿り着くことは無理な話なのだが、それはまだ彼女が知ることではない。


《……なにか・が・……けいかく・が・くるった》

《……》


 その『黄金竜』の背に、一人の少女が跨っていた。

 黄金の髪の、一糸纏わぬ少女――ラビとアリスの前に現れた謎の少女だ。


《……けど・まだ・だいじょうぶ》


 そう少女は呟くと、現れた時と同様にまるで最初からいなかったかのように姿を消した。


《……》


 彼女の言葉を理解しているのか、『黄金竜』は低く唸り声を上げると共に更に勢いを増して飛行を続ける……。




*  *  *  *  *




”こ、ここは……!?”


 以前、『嵐の支配者』に呑み込まれた時とは違い、私自身意識が途切れた感じはなかった。

 ……けど、ほんの一瞬だけ、何というか……テレビのチャンネルを切り替えた時みたいな『あ、今何か変わった』という感触はあった。

 おそらくそれが、ガイアの『外』と『内』が切り替わった瞬間なんだろうとは思う。まぁだからどうしたって話だけど。

 ともかく、私は意識を失うことなく『ガイア内部』へとたどり着いたことになる。

 目にした光景に驚きつつも、すぐに頭を切り替えて全員のステータスを確認。

 ……やっぱりアリスがリスポーン待ちになっていた。

 他の皆はというと、体力や魔力が削れているのが見えたけどリスポーン待ちになってはいないみたいだ。

 とりあえずアリスだけリスポーン開始をしておいて、他は今まで通り注意して見ておくしかない――アリスだってまたリスポーン待ちになるかもしれないし。もちろんそんな事態に陥ってほしくはないけど……。

 それと、遠隔通話を試みたけど、誰にも通じない……。

 皆が返答できない状況にあるというわけではなく、ガイアの外側にいた時と同じ感じだ。

 じゃあ私はガイアに呑み込まれなかったのか、というとそれも違う――アリスがリスポーン待ちだからまだ確認はできないけど、それを待たずとも明らかに『外』ではないことだけはわかる。

 なぜならば――


”………………だよ、ね……ここ……”


 私がいまいる場所……どこをどう見ても、楓たちの神社――星明しょうみょう神社の境内だからだ。

 ……そういえば、私がこの世界に初めて来た時に目覚めたのも星明神社だったな……そこに何か深い意味があるのかどうか――




 とにかく、皆の様子に気を配りつつ私は自分自身のことも考えなければならない。

 私が呑み込まれる前にアリスから離されてしまっていた。ということは、アリスもこの場には来ていない……と思っていいだろう。リスポーンしている痕跡も見当たらないし。

 わけがわからない……ガイアの内部に星明神社がある? いや、それだけでなく桃園台町自体がある……? アリスはまだ『外』だろうか、先に呑み込まれた皆は一体どこに……?


「ほほーぅ、ほうほう? に客が来るとはのう」

”!?”


 色々と混乱してて考えが纏まらない私だったが、突然背後から声を掛けられた。

 慌てて飛び退りながら振り返ってみると、そこには見たことのない女性の姿があった。


「ふわぁ~ぁ……あ゛~……なかなかゆっくり休めんなぁ……」


 大欠伸をしつつそう言う女性。

 ぼさぼさの赤毛――比喩ではなく本当に染めたように真っ赤だ――に眠そうな顔、だらしなく着崩した和風の着物……っぽいものを着ている。

 ……何というか、時代劇に出てくるだらしない素浪人って感じの女の人である。


「ふむ……ふーむ……?」


 首や腕を回したり、大きく伸びをすると少しは頭がしゃっきりしたのだろう。

 さっきよりはしっかりとした顔つきで私の方へと視線を向ける。

 ……あれ? この人、ちょっとだけガブリエラに似ている……ような? ぼさぼさ髪なので印象が随分違うけど……顔立ちはよく似ている気がする。

 それもあるが、どうにも危機感が湧いてこない……逃げた方がいいのかどうかもわからない状況だというのもあるが。

 というか、私の前にしゃがみこんでじろじろと見ていて、逃げようとしてもすぐ捕まるのが目に見えている……。

 やがて……。


「! そうか、其方が『らび』じゃな! どうじゃ、当たってるじゃろ?」

”う、うん……そうだけど……”


 もう一つ、彼女に全く『邪気』が感じられない。文字通りの『無邪気』な様子を見ていると、自分に対して敵意があるように思えなくなってしまうのだ。


「おお、やはりか! ふふーん、流石余! 記憶力もばっちりじゃ! 全く、■■■め……なーにが『お前は鳥以下の記憶力』じゃ」

”え、えっと……?”


 何やら一人で納得して鼻高々になったと思ったらぷんぷんと怒り始めてる……。

 どうしよう……状況がマジで掴めなさすぎて、どう行動すべきか頭が回らない……。


「――ん? おお、すまんな。■■■以外と口を利くのも久しくて感覚が掴めなんだわ。

 余は完璧じゃからな! 『対人関係』もばっちりじゃぞ!」

”は、はぁ……”


 ……ヤバい、悪い人じゃなさそうだけど、かなり変な人だぞ……。


「『対人関係』もばっちりじゃからな! こういう場合は――えーっと……?」


 二回言った割にはやっぱり曖昧じゃないか……。

 いやそれはともかく、おおそうだ、と言わんばかりに何か思いついたのだろう。ぽん、と手を叩くと私へと改めて向き直り、


「其方にまだ名乗ってなかったわ。

 余のことは『ミカエラ』――遠慮なくミカちゃんと呼ぶがよいぞ、ラビ」


 相変わらずの無邪気な笑顔を浮かべつつ、そう名乗るのであった。

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