第10章16話 宿命の戦い
* * * * *
「…………これ、は……」
風雷龍の群れを何とか掻い潜り、雲を突き抜けて更なる上空へと私たちはたどり着くことができたのだが――そこに広がる光景を目にし、私たちは共に言葉を失ってしまった。
それほどまでに、とんでもない景色が広がっていたのだ……。
「……あわよくば、と思っていたが――
”……そう、だね……”
アリスの口から『無理だ』と出てきたことに対する驚きはない。
そこに驚くよりも更なる驚きに先に塗りつぶされてしまっていたからだ。
……雲の上まで上がってきたら風雷龍はそれ以上追いかけてこなかった。
だから今は多分安全だし、自由に動けるし、ガイアの頭部を探すこともできるだろうと思っていたのだけど――
”これは――もう、一つの『世界』だ……”
そんなものは些細なこととしかいえないほど、ガイアは圧倒的だった。
雲の上に
地上で見えていたガイアの身体はほんの一部でしかなかった。
空にもう一つの大地が出来ている、としか言えないくらいに巨大なのだ。
……誇張抜きで『大陸』と言ってもいいくらいの大きさだ。果てが全く見えない……どんなに小さく見積もっても、数十キロメートル単位の大きさであることは間違いないだろう。
血液か体液かのように常に表面に溶岩が流れており、全くのどかな雰囲気ではないけど……。
「流石にこんな大きさじゃ、オレの全魔力を使っても首一本落とすことはできねぇな……」
悔しさすら感じられないほどなのだろう、呆れたようにアリスはそう呟く。
確かにそうだろう。神装を使ったとしても――正直蚊に刺されたほども感じないだろうね、このサイズだと。
”……ガイアを外側から倒そうとしたら、もう惑星を破壊する規模の魔法じゃないと無理だね……これは”
「ああ。いくらオレでもそれは無理、だと思うぜ」
星をまるごと破壊できるほどの威力――それ以外にガイアを倒す術はない。
どれだけ頑張っても、それ以外の攻撃方法ではちょっと傷をつける、程度にしかならないと思う。
そして『ちょっと傷をつける』くらいで倒せるような体力でもないだろう。
……正攻法での撃退は不可能。そう判断せざるをえない。
”やっぱり私たちも内部に乗り込むしかないね”
「ああ。あいつらにも早いところ追いつかなければならないしな。やはりさっき見た頭まで向かうしかないだろうな」
”うん……まぁあいつに飲み込まれるってのもなかなか勇気がいるけどね……”
私たちの考えが間違っていて、飲み込まれたら即死……という可能性もゼロではない。
他の皆が無事、かつおそらくガイア内部にいるんだろうということを考えたら大丈夫だとは思うんだけど……。
試す以外に道はないか。
ここで安全を考えて撤退するというのも選択肢の一つではあるけど、先に考えた通り撤退はあまり有効な方法ではないかもしれない。
「奴の頭はどこだ……?」
”た、多分あっちの方……だとは思うんだけど……”
微妙に方向に自信はないけど……。
奴もその場にとどまっているわけではないだろうし、頭を少し動かすだけで私たちにとっては物凄い距離を移動しなければならないくらいのサイズだし。
自信なしに私の指し示した方向に、躊躇わずアリスは飛び始める。
「どうせ何の手がかりもなしだしな。とにかく移動しよう」
……私の方向感覚の信頼性低いなー……自覚してるけど。
それはともかく、あまりに相手が大きすぎるし、このフィールドも広すぎる。
慎重に行動していたらいつまで経っても追いつくことはできないだろう。
だからとにかく行動するというのに反対はない。
私たちはガイアの胴体からあまり離れすぎず、しかし近づきすぎず沿うように飛行してガイアの頭部――内部への侵入路を探そうとする。
しかし――
「! 使い魔殿、ガイアが動くぞ!」
”う、うん!”
姿を現してから目立った動きをしなかったガイアが、突如として動き始めたのだ。
もたげあげた胴体がうねり、蠢き、まるで空を這うように……激しく動き始める。
多分移動しているだけなんだろうけど、私たちにとっては『大地』が動いているようなものだ。下手に近づいたらとんでもない質量の壁に衝突するようなものだろう。
あんまり近すぎると拙いけど、かといって相手のサイズを考えたら離れたところで安心とも言えない。
「動き始めたってことは……拙いな、頭もどっか変なところに行ってしまうかもしれん」
”急いだ方がいいってことかな……?”
「多分な。いや、あるいは向こうからこっちを見つけてくれるか……? あまり期待はしない方がいいかもしれんが」
ガイアの方から私たちを見つけて飲み込んでくれるというのであれば楽ではあるけど……こっちを認識しているかどうかすら怪しいし、アリスの言う通り期待はしない方がいいだろう。
こっちを認識して襲い掛かられたら、それはそれでひとたまりもないしね……。
何にしても私たちの置かれた状況が良くなったわけでもない。下手すると体当たり――という認識は向こうにはないだろうが――で一発でアウトになりかねない。
「下手に離れるより、むしろ胴体にくっついた方が安全かもしれんが、そうなると――」
”移動するのが難しくなるよね……うーん……とりあえずは頭を見つけるまでは、接触しないように距離を取りつつがいいかな”
胴体にしがみついていれば、とは確かに思うけどきっと大地震みたいな感じになってしまい動くに動けない状態になりかねないしね。
体当たりの危険性とどっちを取るかだが、まぁ自由に動ける方がメリットは大きい。
「了解だ。とにかく頭を探すか」
クエストに時間制限はないけど、あんまりのんびりもしていられない。
皆がリスポーン待ちになっていないか常に気を配りつつ、私たちも合流すべくガイアの頭部を探す。
……まぁ他に侵入できそうなところがあればそこから入ってもいいんだけど……一応『生き物』ってことを考えたら、口とか鼻以外だとお尻しかないからねぇ……ガイアの胴体の大部分は未だ地中の方にあるっぽいしあんまり考える必要はないだろうけど。
ともあれ私たちも立ち止まることなく行動を開始する。
何となくの記憶を頼りに、さっき見たガイアの頭があったと思しき方向へとひたすら飛んで行く。
”……見れば見るほどとんでもない相手だね……”
どれだけ飛んでも果てが見えない。
何というか、本来ならば地上にある『大陸』がそのまま胴体となっている……そんな気さえしてくる巨大さだ。
ガイアが動き回らないのであれば、奴の身体の上で生物が住めるのではと思えるくらいだ――まぁ現状絶え間なく溶岩が流れ出しているからほとんどの生き物はダメだろうけど。
「倒し甲斐はあるが、魔力がもたないしなぁ……」
”倒す気なの!?”
「できればな」
それが不可能であることはわかっていながらも、アリスは真正面からガイアの『撃破』を諦めてはいないみたいだ。
仲間全員と合流できていて無事を確認できている時なら考えなくもないけど、流石に今回は無理かな……どっちにしても、全員揃っていても勝ち目は見えないけど……。
「――む?」
しばらく飛行をしていた私たち。
景色も変わらずガイアの胴体か雲しか見えないような状態が延々と続いていたんだけど――
”あれは……!?”
その景色に『異物』が映った。
……いや『異物』呼ばわりは失礼か。
私たちと別方向から飛んできたのは――
「ケイオス・ロア!」
「お、やっぱりアリスだった」
……そう、現れたのはケイオス・ロアだったのだ――
* * * * *
『常時乱入対戦』であるにも関わらず、アリスもケイオス・ロアも互いにいきなり襲い掛かるようなことはしない。
二人は空中である程度の距離を保ったまま向かい合う。
「ふん、やはり貴様だったか」
別のチームもやってきているのはほぼほぼ確定だったけど……こうして改めて対峙するとなると割と信じられない思いはある。
……ガイア戦に参加しているということは、ケイオス・ロアたちも『三界の覇王』を倒しているということを意味している。
『ゲーム』のシステムの限界を超えた『8人』というメンバーで散々苦戦させられたあの『三界の覇王』たちを、ケイオス・ロアたちは4人で征しているということだからだ。
「あれ、アリス一人?」
「ああ。そっちも貴様一人か」
隠れている――とは思わない。普通のクエストならばともかく、ガイアの胴体部分に誰か潜んで不意打ちをしようなんてまず考えないだろう。
そもそも、ガイアの『外側』にユニットが残るなど普通は考えないような難易度だろうし。
…………あれ? ちょっとおかしいぞ?
私は一つの疑問を抱いた。
ガイアは外側を『撃破』するか、内側へと入り込んで『撃退』するか――多分この考えに間違いはないと思う。
じゃあ、ガイア出現と同時に皆が内側へ入り込んでいけたのは……どうしてだ? 見たところ、ケイオス・ロア以外のメンバーもいないようだし、おそらくは私の仲間と同じ状況なのだろうとは思う。
だから……もしかしてだけど、普通に戦っていたら『内側へと勝手に送り込まれる』ようにこのクエストはなっているんじゃないだろうか、そんなことを私は思った。
根拠としては、ガイア出現の直前に皆を拘束していたあの『手』だ。
あれに捕まってしまえば安全にガイア内部へと入れる……そんなギミックなんじゃないかなって思う。
私たちは謎の少女に気を取られてその機会を逃してしまい、外側へ残ることになったんだけど……ケイオス・ロアも同じなのだろうか?
”……初めまして、だね。ミスター・イレギュラー”
”! 君は……”
訂正。ケイオス・ロア一人ではなかった。
彼女の左腕に巻き付いていた包帯――に紛れた奴がいた。
……真っ白い『蛇』の姿をした使い魔……。
”えっと、ミトラ――だよね?”
”うん。ボクの名前はミトラ。短い付き合いになるとは思うけど、よろしくね”
以前美鈴から名前を聞いて知っていたけど、向こうも当然のように私のことを知っているらしい。そのこと自体もう突っ込む気もおきないけど。
”ふぅ……お互い苦労するね。ミスター・イレギュラー”
”……そ、その呼び方はちょっとやめて欲しいな……私は『ラビ』って名前があるんだし”
ぶっちゃけ、マサクルのことを思い出すので『ミスター・イレギュラー』は嫌だなぁ……。以前だったら気にもしなかったけど。
”ふふっ、わかったよ。ラビ君”
君付けもそれはそれで――いや、まぁいいか。
それよりもお互い苦労するって……?
「何よ、結果的には正解だったでしょ? あたしの言った通り、絶対に誰かしら外側に残ってるだろうって」
”まぁそうだけどさ……”
――なるほど。
どうやらケイオス・ロアは敢えてガイアの内部に乗り込まず、外側に残るようにしていたみたいだ。
で、ミトラもそれに付き合わされている……私とアリスも同じ状況だと思っているのだろう。
ふむ……さっきの疑問の解消にはなっていないけど、ガイア内部へと誘われるのは『強制』ではないってことか。
「どうやら貴様らは意図して外に残っているようだな」
……私たちは偶然残っちゃっただけなんだけどね……それはまぁ説明する必要もないか。
ここでケイオス・ロア、そしてミトラと遭遇してしまったのが吉とでるか凶とでるかは――正直なんとも言えない。
お互いガイア戦に参加しているのであればいずれ、とは思っていただろうけど、まさかこんな状況で遭遇するとは思っていなかっただろう。
「さて――どうする?」
アリスの問いかけは、私にではなくケイオス・ロアへと向かってのものだった。
その真意は――彼女であればすぐにくみ取れるだろう。
「ふふ、それ聞く?」
「……だな」
笑って答えるケイオス・ロアに対し、アリスもまた笑みを浮かべる。
『”……やるんだね?”』
『ああ。ここでケイオス・ロアを倒す――
…………どうしたものか少しだけ私は悩んでいたのだが、アリスは全く悩む様子はなかった。
アリスとケイオス・ロア――どっちが強いか勝負する、とは二人は確かに話してはいたが……それが『今』であるべきか、私は悩んだのだ。
ガイアとの戦い、つまり『ゲームクリア』を優先すべきではないかと思ったのだけど……。
『どちらにしろ、ロアがここにいて他の奴らの姿が見えないということは――』
『”……オルゴールたちはガイア内部、つまり皆と遭遇するかもしれない”』
『そういうことだ。
ふん、ロアと決着をつけると同時に互いの使い魔を倒せればクリアしやすくなるというところだな。まぁ使い魔にとどめを刺すかどうかの判断は、使い魔殿に任せるが』
な、悩ましいことの決断を私に投げられてしまった……。
使い魔をゲームオーバーにまで追い込むかどうかの選択の是非は正直なんとも言えない。
でも、今回に限っては――皆の安全を確保する意味でも使い魔を倒しておくというのはありと言えばありだ。
……何よりもミトラは、私の中ではゼウスである容疑者の筆頭格なのだから。
『”……わかった。どっちにしても、ケイオス・ロアを放置してガイアの中に乗り込むってのは難しそうだし、アリスの言う通りここで全力を出して戦おう!”』
ガイア戦においても、『ゲームクリア』を目指す上でも、そしてアリス自身のためにも――この戦いを避けるわけにはいかない。私も覚悟を決めた。
私の決断を受け、アリスはいつものように笑みを浮かべると『
「行くぜ、ロア」
「ふふふっ、そうこなくっちゃね!」
対するケイオス・ロアも笑みを浮かべ応戦する意思を見せてきた。
……ミトラはあきれたように小さくため息をついていたけどね……。
ゼウスの可能性はあるとは言え、まぁ普通の使い魔として考えれば……ここで全力で戦うってのはあんまり好ましいものじゃないと思うのはわかる。
だからと言って、今更前言を翻すつもりもないけど。
ガイアが世界を覆う中――アリスとケイオス・ロア、どちらが『強い』かを証明する戦いが始まった。
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