第10章15話 ガイア顕現
「使い魔殿、他の奴らはどこらあたりかわかるか?」
とにもかくにも、厄介な『黄金竜』は一旦いなくなった――とどめを刺せたかはわからないが――ことだし、今後のことを考えればまずは皆と合流するのが最善だろうことは違いない。
”うーん……ちょっと待って……”
今更ながらに気付いたけど、レーダーに皆の反応が見えないってことは、やっぱり全域を覆うくらいにガイアの反応があるってことなんだよね……。
散々ポンコツ呼ばわりしておいてなんだけど、しっかりとレーダーさんは仕事をしていてくれたわけなのだ。使い手の私たちの方が今回はポンコツだった。
ともあれレーダーは頼れない。
皆に遠隔通話をかけて状況は大丈夫か、どのあたりにいるかを問いかけてみる。
幸い、誰もモンスターにやられたりはせずむしろ返り討ちにして合流に向けて動いているとのことだ。
”拙いな……私たちだけ随分離れたところにいるみたい”
あまり上空に飛ぶと風雷龍に襲われるかもしれないということで、比較的地面に近いところにいるため俯瞰して見ることができない。
ざっくりと皆の位置と目に見える
まだ全員合流は出来ていないが、ガブリエラ組には既にヴィヴィアンが、ジュリエッタ組にはルナホークが合流済みだということで、まずは私たち以外の合流を優先してもらう。
「むぅ……裂け目の向こう側か……この上を飛んで行くのはちょっと躊躇われるな」
”そうなんだよね……”
底の見えない巨大な裂け目とは言え、飛んで行けばもちろん簡単に乗り越えられるだろう。
けど、さっき見たようにこの裂け目の下にガイア本体がいるっぽいのだ。突然攻撃してくることも考えられるし、そうなった場合地面に着地して安全を確保……とかもできないのが悩ましいところだ。
まぁそれ以前に風雷龍に襲われたらっていう心配もあるしね。
かといって裂け目を迂回していくのも難しい。
”……星が真っ二つに割れるんじゃない、これ……?”
「かもな」
最初に現れ、今も尚広がり続ける一番大きな裂け目はもはやどこまで広がっているのか想像もつかないほどだ。
少なくとも私たちの視点から見えるだけの地平線の向こう側まで伸びている。
……クエストの舞台、かなり広いのは間違いないけど今や地上のほとんどが裂け目になってしまっていると言っても過言ではないだろう。
こんな大きな裂け目は迂回するのも難しいというか不可能なんじゃないかな……。
そうなると――
”…………危険かもだけど、やっぱり飛んで行くしかなさそうだね”
「ああ、そうなるな」
それしか手はなさそうだ。
他の皆にも相談したけど、同じ結論だった。
ただしアリスと私が裂け目を越えようとするのではなく、皆の方からこちらへと向かうという意見ではあった。
それはそれで皆の身が心配なんだけど……。
「馬鹿者。使い魔殿以上に大事な存在などないだろう」
と、アリスを始め皆に一蹴されてしまった……。
確かに私がやられてしまったら、もうリスポーンもできないしそれどころか仮にガイアを倒せたとしても『ゲームクリア』はできないのだ。
……皆に守られっぱなしってのは大人としてどうなんだっていう想いはあるけど……ここで意地を張っても意味がないか……。
”仕方ない。皆、敵襲には気を付けて。特に裂け目の下から何か出てくるかもしれないし”
結局、皆の言う通り向こうからこちらへと向かってきてもらうことになった。
それはそれで心配なのは変わりないけど……『いざ』という時のリスクが低い方を選ばざるを得ないしね……。
作戦としては単純で、皆が裂け目を可能な限り高速で移動して渡り切ってしまう。
それで私たちを見つけられれば良し、手間取るようなら……少し危険だけどアリスが魔法を空に向けて撃って目印にする、というものだ。
風雷龍や裂け目の下のガイアに気付かれないように《ハーデスの兜》を使うという案もあったが、人数が多すぎることとヴィヴィアンの魔力消費が危ないのでこれは取りやめ。代わりに、ルナホークの持つ
後は向こうが合流してくるまで、こちらも警戒しつつ待つだけ……かな。
「さて……奴らが来るまで少し考えるか」
”そうだね。
……ちょっとこのクエスト、想像以上に酷いしね……”
いくら文句を言ったところで運営側が修正してくれるわけないのはわかっているけどね……。
だからこの酷いクエストを何とか頑張ってクリアするしかない。
”今のところ新しい敵は現れてない……みたいだね”
「ああ。溶岩の恐竜も地割れに飲み込まれたりで姿は見えないな」
『黄金竜』を倒すきっかけとなってくれた溶岩恐竜だったが、奴らは地上から現れてくることもあり裂け目が広がってしまったことによりほぼ無効化できていた。
まぁ全くいないわけじゃなくて、私たちの足元にまだ残っている地面から出てくる可能性は考えられるが……とりあえずはある程度空を飛んでいれば無視できる相手かな、とは思う。
”雷は止んだけど、あの龍たちがやっぱり脅威かな……”
目に見える脅威は上空に浮かぶ風雷龍だ。
かなり上を飛んでいるため気付かれてはいない。多分こちらも上空へ昇ればそれに反応してくるのは想像に難くない。放っておいてもいずれ襲い掛かってくるかもしれないけど。
……あいつら、まだ戦っていないから実力はわからないけど……。
「そうだな。ヴォルガノフとかと同じだろうな……」
”やっぱりそう思うよねぇ……”
図鑑に載らないから詳細はわからないが、あれはおそらく『風』と『雷』の神獣……だと思う。
まともに戦うとしたら、クエストの大ボスを務めるくらいの強敵だろう……正直ガイア戦を控えている状態で戦いたくはないかな……。杞憂に終わってくれればいいけど、まぁそんなわけはないだろう。
……いや、そもそもあいつらと戦う必要も本当はないはずなのだ。
あくまでも目標はガイアのみ。その防衛に湧いてきたモンスター……だと思うし、無視できるなら無視してしまった方がいいはずだ。
そう考えると『黄金竜』の存在がますますわからなくなるけどね……。
「ふん、敵を全滅させるのは流石に無理があるか。
……仕方あるまい。ガイアを倒すことに専念しよう」
…………割と本気でアリスは言ってるだろう。
出来ることなら全部倒したい、と本気で思っているに違いない。まぁ流石に今回はそういうわけにはいかないけど……それもわかっているはずだ。
そういう『やりこみ』的なことは『ゲームクリア』してからだね。『三界の覇王』との真正面からの撃破も含めて。
”あいつらを無視するにして――ガイア本体はどうしたもんかな……”
「うむ……未だに姿を現さないしな……」
地下にいる、とは思うけどそれも確実ではない。
私たちが見た『目玉』が本当にガイアそのものであるかはまだわからないのだ――確かにモンスター図鑑には載ったけど……。
とにかくガイア本体を引きずり出す必要がある。
「ヴィヴィアンたちと合流したら、地下へ降りてみるか?」
”……怖いけど、それしか今のところ方法ないかもねぇ”
地下から這い出てくる条件があるのかもしれないけど、それが何なのかわからない。
現状やれることと言えば、こちらから積極的に裂け目から地下に潜っていくことくらいだろうか。
オオカミみたいに地下に常に潜んでいるようならば、地上でいつまでも待っていても意味がないだろうし……少なくとも地下ならば風雷龍の脅威はあんまり考えないでいいはずだ。
”召喚獣と、ルナホークのドローンを使って調べつつ、がいいと思う”
ヴィヴィアンの召喚獣は言うに及ばず、ルナホークもアンリマユ戦で使ったレーダー機能……のオプションで、無線で動くドローンを使うことができる。
その辺りを上手く活用して情報収集しつつ、私たちも地下へ降りていくのが現状のベストかな。
私の言葉にアリスもうなずく。
「ああ。そうだな……向こうが顔を出したくなるくらい魔法を叩き込むという手もあるが――」
”……あんまりやりたくないかなぁ、それは……”
「だな。魔力がもったいない」
ここまでの戦いだけでも、ぶっちゃけ普通のクエスト1回分どころか数回分は戦った気分だ。その大部分は『黄金竜』のせいではあるんだけど……。
地下に向けて魔法を撃ち込んでそれが無駄骨に終わってしまったら後に響く。
やはりまずは偵察しつつ、私たちから乗り込む――その方が安全だし確実だろう。
「……お、あいつらが見えたぞ!」
”本当だ!”
そうこうしているうちに、裂け目を乗り越えようとしている皆の姿が見えてきた。
迷彩をかけているとは言っても私たち仲間にはもちろん位置がわかるようになっている。
風雷龍に絡まれることもなく、無事に裂け目の上を進んでこれたようだ。
私たちの方はというと、地上近くで溶岩恐竜に絡まれないように隠れているため向こうからは見えていないだろう。
こちらの居場所を遠隔通話で伝えつつ、私たちも姿を現して合流するとしよう。
”行こうか、アリス”
「ああ」
油断はしていないが仲間の無事な姿を見てほっとした。
私たちも姿を見せて合流することにしよう――そう思い、アリスも飛び立とうとしたその時だった。
「!?」
飛び立とうとしたアリスがはっとして振り返る。
”どうしたの、アリ――!?”
アリスが自分の後ろ……というかスカートの裾の方へと視線を向け驚いた表情をしている。
思わず私もそちらへと視線を向け――言葉を失った。
《……》
”なっ……!?”
「貴様は……何者だ!?」
アリスのスカートの裾を、
少女の手を振り払い、アリスが油断なく『
い、一体いつの間に現れたんだ……!? 『黄金竜』の時と同じく、何の前触れもなしに唐突に現れたとしか思えない出現の仕方だ。
年のころは――多分、ありすとかと同じくらい、10歳前後と言ったところだろう。
アリスのような黄金の髪に深い紫色の瞳――顔立ちも何となくありすに似ている気がする……。
一糸まとわぬ裸体のその少女は、感情の見えないぼうとした表情でアリスのことを見つめている。
…………あ、あれ? この子、
「……敵か?」
”い、いや――
レーダーに映っていないのはまぁともかくとして、ユニットであるかどうかすらわからない。
何しろ、スカウターも反応していないからだ。
……いや、ということは少なくともユニットではないはず。ましてやピースでもない――と思う。あれはあれでスカウターは名前だけでもわかるようになっていたし。
でもこの少女はそのどれとも違う。
まるでその辺にある石ころに対してスカウターを使った時のように、何の反応もないのだ。
かといって幻というわけではない。私とアリス両方が見えているし、アリスのスカートを掴んだことから実体があるのも間違いない……はずだ。
おかしい点は他にもある。
私たちは地震や地割れと、あと溶岩恐竜に襲われるのを回避するために少し浮いていたのだ。つまり、少女もまた同じように浮いていることになる。
……アリスのように《スレイプニル》のような魔法を身に纏っているわけでもなく、ガブリエラたちのように翼が生えているわけでもない。
まるで彼女の足元に見えない地面があるかのようだ……。
《……》
何なんだ、一体……!?
たくさん現れるガイアの分体もそうだし、『黄金竜』もそうだし……この少女は極めつけだ。
わけがわからないことばかりが起こるクエストだな、本当に……!
「貴様が敵だというのであれば、容赦はしないぞ」
《……》
脅しではなくアリスは本気で言っている。
……だが、それが通じているのかいないのかすらもわからない。
相変わらず無表情のまま、少女は私たちの方へと顔を向けていた――と思ったら、すっとある方向を指さす。
私たちの後方――ヴィヴィアンたちが飛んでいた方向だった。
それに気付いた私たちは、思わずそちらの方を向いてしまう。
……少女が敵かどうかはわからないけど、突然現れて危害を加えて来なかったことを考えたら視線を外しても大丈夫だと思っていたこともあるが、迂闊な行動だったかもしれない……。
「!?」
”拙い……皆、
ともあれ、振り返ってしまった私たちは見てしまった。
裂け目の上を飛んでいる皆の下――地の底から何本もの青白い『紐』……のようなものが伸びてゆくのを。
……いや、あれは『手』か!?
まるで怪談にあるような、生者を引きずり込もうとする霊界からの手だ。
私の警告を受け、皆も下から伸びてくる『手』に気付いた。
が――
「クソっ!?」
一瞬で全員の身体のあちこちに『手』が絡みつき、抵抗する暇もなく全員が地下へと引きずり込まれていってしまう。
慌てて駆け付けようとするアリスだったが、
「……また貴様か!?」
《……》
再び謎の少女がいつの間にか接近、同じくスカートの裾を掴んで引き留めようとしてくる。
……大して力があるようには見えないのに、アリスはその動きに逆らえないみたいだ。もちろん、最初の時みたいに手を振り払っちゃえばいいんだけど。
”……待って、何か……来る!?”
「こ、これは……チィッ、しっかり掴まってろ!」
最初に『目玉』が出てきた時のような、大気さえも震わせる振動がフィールド全体を襲ってきた。
これ自体にはダメージはないけど――最初の時よりも激しい震えだ!
同時に、裂け目が広がる……どころか私たちの足元の大地までもが一気に崩壊していった。
……これはもう地割れどころじゃない。大地そのものが崩壊しているとしか言いようがない……!
アリスが焦っているのはそれだけが原因ではない。
「うおわぁっ!?」
”うわぁっ!?”
……『何か』が昇ってきた、なんて生ぬるいものじゃなかった。
まるで火山の噴火のような……猛烈な勢いで『何か』が地下から昇り――私とアリスはその衝撃で吹き飛ばされて行ってしまった……。
* * * * *
「くぅっ……使い魔殿、無事だな!?」
”うぅ……うん……なんとか……”
魔法で飛んでいる時よりも遥かに強い勢いで私たちは吹っ飛ばされたものの、何とか無事で済んでいた。
下から現れたものの隅っこ付近にいたため直撃は免れた……という感じだ。
……もしも皆の元へと飛ぼうとしていたら、まともにカチ上げを食らってしまっていたかもしれない。
”!? あの子は!?”
無事かどうかを心配するわけではないが、一緒に吹っ飛ばされた……はず?
あれ? いない……?
「…………わけがわからんが、どうやら奴に助けられたみたいだな」
アリスも釈然としない顔をしているが――うん、まぁアリスの言う通りなのだろう。
あの子が突然現れてアリスの気を惹かなければ、私たちも――あ、そこまで考えてようやく私は皆のステータスを確認する。
”! 皆無事みたい!”
「……むぅ、そこは心配していなかったが……」
”?”
「遠隔通話はつながるか?」
”……!? つながらない……!?”
皆は無事、それは間違いない。全員のステータスは正常だし、誰一人としてリスポーン待ちにはなっていない。
けれども遠隔通話が通じないのだ。これは明らかにおかしい。
……気絶している、とかなら『通じるけど応答がない』という感じになるけど、今は明らかに『通じてない』状態だ。
私たちはこうした状況を何度も経験している。
”……
そういうことになるだろう。
遠隔通話さんのポンコツなところはここだ。私たちからは判断しづらいけど、『別マップ』にいる場合には遠隔通話が通じなくなってしまうのだ。
……ただ、まぁ単純に距離が離れているだけなら問題ないのもわかっている。アストラエアの世界では、宇宙と地上間でも通じたことだしね。
ともあれ、遠隔通話が『通じない』という事実は確かだ。
”……まさか、
「多分な」
私たちは揃って目の前――先ほどまでいた位置へと視線を向ける。
そこには
「……どれだけデカいんだ、これ……」
流石のアリスも唖然とした表情で『壁』を見上げている。私も同じ気持ちではある。
私たちがいた場所だけではない。
正確には私たちのいたクエストの領域全てが『壁』によって遮られてしまっている。
……横方向もはっきり言ってどれだけの大きさか想像もつかない。誇張抜きで地平線の彼方まで伸びているとしか言えない。
上方向も見上げてみても果てが見えない……上空に渦巻いていた黒雲を突き抜けているのだけは確かだ。
正直あまりに大きすぎて全貌は全く掴むことはできないくらいだ……。
『壁』は人工物ではなく、地面が隆起したもの……であることは間違いなさそうだ。
黒ずんだ土や岩の塊で、まるで血を流すかのようにあちこちから赤熱した溶岩が垂れている。
火山の噴火に似てはいるけど、噴火の規模があまりに大きすぎるけど噴火のような被害とも違う。何よりも『壁』がせりあがるだけで終わるのはあまりに違いすぎる。
「あいつら、この壁の向こう側……なのか?」
”わからない……”
「うーむ、この壁を乗り越えるにしてもな……」
アリスも思案顔だ。
そうなんだよね、壁の向こう側に行こうとしても……飛んでいってもどうにもなりそうにない。
左右に飛んで行けばいずれ壁の切れ目が見えるのかもしれないけど、地平線の彼方まで伸びていることを考えると……どれだけ飛べばいいやらわからない。
上方向も同じだ。少なくとも雲よりも高いところまで伸びているのは確実だし、雲の上まで行けばすぐ越えられるとも限らない。何よりも、上に飛べば風雷龍に確実に絡まれてしまうだろう――あいつらは未だに健在だ。
地面の方を見てみると、『壁』の周囲は底の見えない大きな穴となっている。下から潜るのは、まぁ無理だろうね……。
”でもここで留まってるわけにもいかないし、どうしよう……”
体力が増減していないことを考えれば、まだ皆に危険は迫っていないのだろう。
だからと言って安心はしていられない。
わけのわからないことばかり起こるこのクエストだ、大丈夫だろうと思った次の瞬間にいきなり……ということも十分起こりえる。
何にしても合流優先という方針には変更はない――ただ頼みの遠隔通話が使えないというのが想定外ではあるけど……。
「あのチビも消えたし、わけがわからないな」
”そうだね……なんだったんだろう、あの子……”
味方とは到底思えないが、かといって明確な敵ともちょっと思えない。
あの子がアリスの気を惹かなかったら、私たちはあの『壁』に下から突き上げられただろうしね……。
かといって、皆とあの場で合流できていたかもしれないという想いもあるし……正直なんとも言えない感じだ。
ともあれまた姿を消してしまったし、考えるのは一旦後回しでいいだろう。
今は仲間との合流を考えるべきだ。
「うーむ……一番乗り越えられそうなのは、やはり上だが……」
下は論外、左右は全く果てが見えない。
となると雲の上まで登れば……と期待のもてる上しかないが、風雷龍の存在がネックなんだよねぇ。
”……行くしかない、かな”
「だな。覚悟を決めて……一気に駆け抜けるか」
後一個、壁をぶち抜いて……という案もちらりと脳裏を過ったけど、流石にどれだけの厚さかわからないし魔力も持たないだろうなぁ……アリスもそれは理解しているだろうし、この案だけはなしだ。
二人で覚悟を決めて上空へ――となった時、目の前の『壁』が動いた。
「!? なんだ……!?」
何が起こるかわからない、アリスはすぐさま後ろへと飛んで『壁』から距離を取る。
出現した時のような猛烈な勢いではないが、確かに『壁』全体が動いていた――更に『上』へと伸びるように。
”…………は……?”
「…………な……!?」
と同時に私たちは気付いた。
「な……なんだ、アレは……」
……遥か彼方の空から、とてつもなく巨大なものがゆっくりと降りてきているのが見えた。
”……『蛇』……!?”
遥か彼方ではあるが、それが『蛇』の頭だというのがわかる。
……つまりそれくらい巨大な『蛇』だということだ。
雲を突き抜けて頭を下ろしてきた蛇の顔が、私たちの方を向いていた……。
蛇の額にあるのは巨大な三つ目の目――私たちが最初に見た、地下に潜んでいたあの『目玉』と同じ赤い目だ。
”まさか――ガイアって……!?”
ガイア本体と思われる『目玉』、それと同じであろう蛇の第三の目――
つまり、あの『蛇』が……。
「!? こ、この『壁』は……まさか、あの蛇の胴体!?」
多分、そういうことなんだろう。
ずりずりとゆっくりと動く蛇の胴体こそが、私たちの目の前にある『壁』――あの蛇の頭の胴体部分なんだろう。
あまりにもスケールが違いすぎる……!
”…………冗談じゃない……! こ、こんな奴……どうやって戦えばいいんだよ……!?”
私の考えが正しければ、
星獣ガイア――こいつはおそらく、
すなわち、
「マジかよ……」
私の予想を聞いたアリスも否定できず、呆然と遠くの蛇の顔――ガイアを見つめることしかできない。
ガイア自体はこちらにちらりと視線を向けたかと思ったら、すぐに興味を失ったかのように鎌首をもたげ雲の向こうへと消えていってしまった……私たちの近くの胴体もずりずりと動き始めている。
眼中になし、ということだろう。
……いや、そもそもたまたま頭を自分の胴体の方に向けただけで、そもそも私たちの姿を認識していたかどうかすら怪しい。
象と蟻、なんてもんじゃない。
ガイアにとって私たちなんて、小石にすら満たない……文字通りの塵芥のごとき存在でしかないのだろう。
『巨大』とか、そんな言葉で表すことのできない――
「…………! おい、待て使い魔殿……まさかとは思うが、あいつらは――」
”! ……そうなのかもしれない……!”
アリスと共に私も気付いた。
ガイア出現と同時に遠隔通話が繋がらなくなった、つまり別マップへといつの間にか移動した仲間たち……。
皆の行方はわからないままだったが、ガイアのこの威容を見て最悪の可能性に思い至ってしまった。
「ガイアに飲み込まれた、か……!」
きっとそういうことなのだろう。
最悪すぎる……!
皆が無事なのは喜ばしいが、合流は絶望的と言える。
ガイアの体内に入り込むには――まぁ当然のことながら奴の口なりから入る以外に方法はないだろう。
でも、それをするにはあまりにガイアは大きすぎる……! しかもこっちの存在を認識すらしていない状態だ。頑張って飛んで追いついて口の中に飛び込む以外の方法がなさそうだ。
……そうか、ガイア出現前に皆が『手』のようなものに絡めとられていたけど、あれは攻撃とかではなくガイアの体内へと誘導するためのものだったかもしれない。だから皆はダメージを食らうことなくガイアの体内へと入り込めた……ということなのだろう。
”ど、どうする……!?”
「……オレたちは外側からこいつを攻撃しつつ、できるなら内部に乗り込む……だな」
うぅ、それしかないか……。
――ああ、
私は今更ながらに理解した。
このクエストのクリア条件――『ガイアの撃破または撃退』について、その違いはわかっていたものの『撃退』の条件がよくわからなかったのだが……。
おそらくは、『ガイア体内へと侵入し「コア」のようなものを破壊する』……とかそんな感じでガイアにダメージを与えることができれば『撃退』になるんじゃないだろうか。
で、このとてつもなく巨大な蛇を外側から倒せば『撃破』になる……と。
……いや、これは幾らなんでも無理だろう……確かに魔法の力は理屈を超えているけど、だからと言って惑星規模の効果は発揮できない。
私が知る中で最も規模の大きな魔法は……多分ルールームゥのあの空中要塞だけど、あれであっても街とかはともかく星そのものを破壊するには到底届かない威力だった。
”本当に、クソゲーだな……!”
いつも内心で思っていたことを、ついに私は口に出して言った。
いつだったかピッピが言っていたような記憶がある。
『このゲームはクリアを想定していない』と。
……本当にその通りだと思う。
正直、全ユニットの力を結集してたとしても、ガイアを倒すことは
そのための救済策として、内部に潜り込んでの『撃退』を用意しておいて、ゲームとしての体裁を辛うじて整えているって感じに思える。
うん、まぁ……普通のゲームだったら大炎上不可避の仕様だ、これは。
「文句を言っても始まらねぇな。
……では、さっきの考え通り『上』を突っ切るぞ!」
”うん! 皆も心配だし、急ごう!”
内部に入ったと思われる仲間が『撃退』してくれるのを待つ、という選択肢はない。
どっちにしても皆の状況が不確定だし、このまま外で待っていてガイアが何もしてこないとは限らないしね。
私たちも覚悟を決め、上空を突破――ひとまず雲の上まで出てガイアの頭部を目指すことにする……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ガイアが出現した大地の裂け目――その深奥から、黄金の巨体が這い上がってきた。
《……》
片方の翼を失った『黄金竜』だ。
一体地下でいかなる目に遭ったのかはわからないが、アリスに倒された時よりも全身の傷が増えている。
しかし、その眼から力は消えておらず――
《……》
聳え立つ『壁』――雲を貫く山の如きガイアの巨体を見上げ、『黄金竜』はそれへと飛びつきまるでアリスたちを追うかのように駆けあがっていくのであった。
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