第10章9話 三界制覇戦 6. "蒙昧なる虚影"アンリマユ
* * * * *
アンリマユ――私たちが戦った中で、最も特殊なモンスターと言えるだろう。
とにかく『弱い』。ぶっちゃけ、メガリスよりも弱いんじゃないかと思えるくらいだ。
しかしながら、倒した後が問題になる。
……そう考えれば、『特殊なモンスター』というより『特殊なクエスト』と言った方が正解なのかもしれない。
もしもアンリマユが普通のクエストで出てきたとしたら……ちょっと手が付けられない相手になると思う。
奴の特徴と言えば、倒した後に湧き出てくる『影絵のモンスター』の群れだろう。
これらもまたアンリマユ同様に一発で倒せるくらい弱いんだけど、とにかく数が多い上に湧き出るスピードが異様に速い。
オオカミの『八種の雷神』のように出待ちもできなくはないが、一度倒したら終わりではなく次々と現れてくるので出待ちにさほど意味がないのだ。
これが果たして無限湧きなのか、それとも限度があるのか……少なくとも私たちが何度も挑戦した限りでは『無限』としか思えないほどだった。仮に有限だとしても、私たちには倒しきることは不可能――そう結論を出さざるを得ないほどだ。
無限とも思える膨大な数の敵を突破して、どこにあるかわからないゲートを探して脱出する――『力業』で解決することのできない、私たちにとっては『難題』なクエストであると言えるだろう。
そんな難題であっても、私たちには避けるという選択肢は存在しないのだ。
運営がクリアさせまいとどんな悪辣な仕掛けをしていたとしても、それを乗り越えていくという選択肢しかない。
『三界の覇王』の二体目――今度こそクリアしてみせる!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
白と黒しか存在しない異空間にて、色鮮やかなユニットたちが進軍する。
ありえない世界においては、彼女たちの方こそが『異物』であった。
「……ふん、相変わらず弱そうだな」
空中を飛ぶアリスが、地上をのろのろと歩いているアンリマユを見てそう呟く。
巨星魔法どころか、《
厄介なのは倒した後なのだ。
それはもう痛いほど全員が理解している。
「オオカミの時と同じか。準備時間が取れるのは助かるが……いや、言っても仕方ない。
貴様ら、折角の時間だ。今のうちに準備するぞ!」
相手が姿を見せ、かつアリスたちの存在を認識して追いかけようとしている点だけは違うものの、『準備時間』として使えるのには違いはない。
そこに何か意図があるのかどうかはアリスたちにはわからないし、変に勘ぐって貴重な時間を失うわけにもいかない。
アリスの号令に従い、全員が戦闘準備を開始する。
「イエス、サブマスター。
コンバート《サーチャー・デバイス》」
アンリマユ戦の最重要ポイントは、『ゲートの位置を速く正確に知る』ことにある。
その大役はルナホークが担うことになる。
彼女が呼び出したのは両肩と背中に大きなレーダーを、頭部にはレーダーが取得した情報を分析するためのヘッドギアがセットとなった偵察・情報分析専門の
「ルールームゥ……貴女の力、使わせてもらいます。
トランスフォーメーション《セーレ-70》」
そこに更にルールームゥから引き継いだ魔法――《セーレ-70》を使用。
この魔法は独立した小型自律端末を幾つも射出し、各端末が広範囲の情報を収集するという機能を持っている。
自前のデバイスとルールームゥの魔法、その2つを重ね合わせて使って広大な異空間を把握しようとしているのだ。
ルナホークだけでなく、他のメンバーもそれぞれの準備を開始――ほどなく、全員の準備が整った。
「ルナホーク、どうだ?」
「……事前の調査通り、
ここに至るまで何度か挑戦したが、いずれもアンリマユ撃破前にゲートは発見できていない。
よって、『アンリマユ撃破』こそがゲート出現のキーである、ということはほぼ確定している。
「ふん、そこは変わりなしか。まぁいい。
ウリュサリュ、奴の動きはどうだ?」
<こっちもいつも通りみゃー>
<
既にガブリエラとリュニオンしているウリエラ・サリエラが答える。
そう、アンリマユは目的なく徘徊しているのではない。
明らかにラビの姿を認識し、そちらへと向かって歩いているのだ。
今ラビはリュニオンしたガブリエラの腕にしっかりと抱かれている。
「……それも使い魔の予測通りか」
オオカミとの戦い、そしてインティとの最初の遭遇時の出来事から、『三界の覇王は使い魔を優先して狙うのでは?』とラビは推測していた。
オオカミについては最後の一撃まで狙ってくることはなかったが、これはおそらくユニットと常に戦っていたためだろうと思われる。
インティも不意打ちで使い魔を狙って落下してきたものの、その後はユニットと戦っていたため確実ではない。
ならば、とアンリマユで何度か検証してみたのだが――やはり予想通り、使い魔の姿を確認すると同時にそちらへと向かって歩くようになっていることが確認できた。
……もっとも、撃破前のアンリマユの移動速度はかなり遅いため、『使い魔を狙ってくる』と推測した上で観察しないとよくわからないほどの動きではあったが……。今回は『事前準備』でそれなりの時間をかけているため、その間アンリマユがどのように動いているかをよく観察することができた。
使い魔を追跡しようとしていることはほぼ確定だ。
それを聞いてアリスも、他のメンバーも『作戦』の成功を確信した。
「――よし。やるぞ、貴様ら。今回でアンリマユ戦を終わらせる!」
もちろん、ほぼ成功するとは思いつつもこの『ゲーム』において『絶対』はないとも理解している。
油断なく、『作戦』を各自が実行しようとする――
最初に動いたのはアリス。
「mk《
相変わらず動きの遅いアンリマユへと向けて、創り出した《剣》を投げつける。
《剣》は易々とアンリマユの胸を貫き――アンリマユはどろどろと溶けていくようにして消えていく。
これでクエスト自体はクリア。
だがクエストの『本番』はここからだ。
アンリマユが消え、すぐさま地表や天空から黒い影が滲みだし始める。
「……ゲートの位置を捉えました!」
想定通り、アンリマユ撃破と同時にこの異空間のどこかに出現したゲートをルナホークが捕捉。
距離はかなり離れているが、魔法で空を飛べばすぐ辿り着ける程度だ。
……もちろん、そうはさせまいと影絵のモンスターの群れが間断なく襲い掛かってくるが。
「awk《
迫りくる影に向け、アリスが《エスカトン・ガラクシアース》を発動させ一気に吹き飛ばす。
まるで『壁』のようだった影が吹き飛ばされ『道』が出来上がる。
……が、それが長く持たないことはわかっている。
アリスの魔法が『道』を切り開くと同時に、全員がその場から全力で飛び『道』へと飛び込んで一路ゲートへと向けて全力疾走を開始する。
吹き飛ばされた影たちもまるで堪えていないかのようにすぐに再生――いや増殖を再開し、逃げたアリスたちを追いかけるように異空間を埋め尽くそうとする。
複数回の検証でわかったことの一つは、この影たちの増殖の『起点』は倒したアンリマユであるということだ。
アンリマユを倒した地点を中心に、それを包み込むように一定距離から影は湧き出して押し潰そうとする動きをしている。
なのでゲートに向かうためには、まずこの影の包囲網を突破することが必要だった。
アリスが事前に時間をかけて準備していた《エスカトン・ガラクシアース》によって包囲網は一時的に破られ、そこから脱出は成功。
ゲートへと向かうことはできるようになったが……だからと言って安心はできない。
アンリマユ起点で発生した影たちは、その後も増殖を続けてアリスたちを追いかけてくるのだから。
「……くっ、やはり速いな……!」
アリスは《
……尚、既にヴィヴィアンは影に捕らわれてしまって脱落している。
「ここからは作戦通りだ。頼んだぜ、
「う、うん。任せて!」
アリスの言葉に、背中に機械の翼を生やしたクロエラが応えた。
――そう、今回のリュニオンはガブリエラがベースではない。
かつてのナイア戦の時同様に、ガブリエラはあくまでもステータスのブースト要員となっており、今回のベースはクロエラとなっているのだ。
加えてウリエラとサリエラも加わり、とてつもない速度で飛行しているのだが……それでもまだ影の追いかける速さの方が勝っている。
このままではゲートにたどり着く前に追いつかれ、クロエラが抱えているラビごと飲み込まれてしまう、そう誰もが思っていた。
当然、わかっているからには対策を考えている。
「突っ走れ!」
ルナホークによってゲートの位置は割れている。
辿り着く前に追いつかれるかどうかの『鬼ごっこ』――最速であるはずのクロエラ+ガブリエラであっても、影の侵食の方がわずかに早い。
そこへの対抗策は――シンプルだった。
「……コンバート《オービタルリンク・デバイス》。皆様、ご武運を」
ヴィヴィアンに続いて脱落したのはルナホークだった。
ゲートの位置を割り出した時点で彼女の主たる役割は終えている。
後は、
ナイア戦でもやった『仲間の切り捨て』――本来ならばあまりやりたくない戦術ではあるが、そうしなければならないような相手と全員が判断した。
残ったルナホークの衛星砲撃が影たちを薙ぎ払い、一瞬だけ進攻を遅らせる……が、一瞬は一瞬だ。
「……これでも押しとどめることすらできないとは……」
拠点破壊用の衛星砲撃ですらも影を倒しきることは出来ない。
足止めにしてもほんの一瞬だけにしかならない――そのことを考えたら、タフさについては間違いなく過去最強の敵である。
無念そうにつぶやきつつ、ルナホークが影に飲み込まれてゆく……。
「! ゲートが見えてきたよ!」
先頭を行くクロエラがついにゲートのを視界に捉えた。
しかし、距離はまだまだある上に背後から迫る影たちは今にもクロエラたちを捕らえようとする勢いで増殖している。
「ふん、先へ進め、クロエラ!」
ルナホークの次はアリスが殿を務める。
常に移動し続けていたため『星の種』はばら撒くことは出来ない――故に《エスカトン・ガラクシアース》で吹き飛ばすことは不可能だ。
よって、自力で巨星魔法を連発することで影たちを打ち払い、引きつけていたのだが……ほんのわずか進軍を遅らせただけで終わり、アリスもまた影に飲み込まれてゆく。
「……ジュリエッタじゃあんまり時間稼ぎできないかなー。でも、やる。後は任せた」
クロエラの背中にしがみついていたジュリエッタはそう言いながら飛び降り、《
これもまたほんのわずか動きを遅らせただけで終わってしまう。
「――くっ……もう少し……!」
今までの挑戦の経験から、ゲートに近づけば近づくほど影のスピードが速くなることはわかっていた。
だからこそ、ここまでクロエラはドライブを温存していたのだ。
「ドライブ《フォーミュラ・エクシーズ》!」
リュニオンでステータスを増幅、そこから更に全防御力を機動力へと変換した超スピードで一気にゲートとの距離を詰めようとする。
このままのペースならばゲートにたどり着くことができる――と思いたいが、
<やっぱり速くなったみゃ!>
<もう無茶苦茶すぎるにゃ!>
クロエラが加速すると同時に影もまた加速する。
『絶対に逃がさない』という意思を以て影は増殖――異空間を埋め尽くす勢いで増え、加速したはずのクロエラへと迫る。
「あとちょっと……!」
<ぐぬぬ……オープン!>
ここでリュニオンを解除してアリスたち同様に足止めをするという選択はない。
リュニオンを解除してしまったらステータスが下がる――そうなれば確実に追いつかれてしまうからだ。
【
「だ、ダメか……!?」
ゲートまで残り10メートル……ほんのちょっとだけ、先に進めればゲートへとたどり着けるといったところで、ついにクロエラの足に影が巻き付く。
「こうなったら……!」
最後の手段とばかりに抱きかかえていたラビをゲートに向けて放り投げようとするが……。
「うわぁっ!?」
それすらもさせまいと影が一気にクロエラをラビごと引き込み――
――ついにラビたちは全員影に飲み込まれて消えていった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『敵』を全滅させたと思ったのだろう、影たちが来た時と同様に引いていく。
しかし――どこか戸惑っているように影は震えている。
ラビが推測した通り、『三界の覇王』は全て『デジタル異世界』の存在だ。
だからクエストが成功失敗に関わらず、終われば全て元通りになるはずなのだ。
今回の場合ならば、影は全て消え、ゲートも消滅、アンリマユだけが異空間に存在する状態へと戻るのだが――
つまりクエストが終了していないことを示しているのだ。
……アンリマユも影たちも、果たして生物のような『思考』があるかはわからない。
彼らにとって不可解なことが起きているのは間違いないが、『デジタル』の存在であるがため事前にプログラムされたこと以外の事象に対して柔軟な対応ができないのだ。
さくっ、さくっ、と白い砂漠の上に小さな足跡が付く。
「ふふっ、それでは皆様――ごきげんよう♡」
そしてゲートのすぐ近く――影たちがいなくなり完全にフリーとなったゲートの手前で足跡は止まり……。
* * * * *
はぁ……心臓に悪かったけど、
”……うん。ちゃんと『魔』のクエストクリアになってるね”
マイルームへと戻ってきて、ちゃんとクエストクリアになっていることも確認。
かなり苦戦させられたけど、ともあれこれで『魔』のアンリマユも制覇したことになる。
残るは『天』のインティだけだ。
「ふふふっ、ありすさんの作戦が上手くいきましたわね♡」
「ん」
”まぁね……いや、本当に心臓に悪い作戦だったけどさ……”
ぶつぶつと文句を言いたいことは色々あったけど、まぁ成功したんだし結果オーライか。
仲間を『囮』にする作戦はあんまりしたくないんだけどね……もちろん今回の作戦は皆が了解しているから私がごねても仕方ないんだけどね……。
ありすの提案した対アンリマユの作戦とは、今述べた通り要するに『囮作戦』だ。
もちろんルナホークがゲートの位置を確認するというのが大前提ではあるけど、これについては何度か試して見つけられるのは確認していたのでそこまで心配していなかった。
で、ゲートの位置を確認後全員で突撃――というのが『囮』。
影の大群を『囮』部隊が引きつけている間に、本命である私とヴィヴィアンがこっそりとゲートへと別ルートで向かうというものである。
……これも何度も試したんだけど、正直何をやっても影の大群を振り切ることは不可能だと思った。
最速のクロエラをベースにリュニオンして、なおかつ《フォーミュラ・エクシーズ》を使っても振り切れないのだから、もう私たちにはどうすることもできないと判断。
だから『囮』作戦でいくことを決めたのだ。
『囮』の方は必死にゲートに向かう振りをしつつ、影をひきつける。
ヴィヴィアンと私はというと、《ハーデスの兜》で姿を隠したまま影に触れないように慎重に進んで行く……というのが作戦の内容だ。
この作戦の肝となるのは、オオカミ・インティ戦で気付いた『使い魔を狙っている』という『三界の覇王』の習性だ。
クロエラが私の偽物をさも本物のように抱えておき、本物はヴィヴィアンと共に最初から隠れておく――ユニットの数も把握しているかもしれないし、念のためヴィヴィアンのダミーも作っておく。
クエスト開始してすぐにその準備をした後、アンリマユが偽ラビの方へと向かっていくのを確認したら、作戦はほぼ成功だ。
後は影が偽ラビを追いかけていくのを横目に、ヴィヴィアンと一緒に姿を隠したまま――そして一言も発さず、慎重に……――ゲートへと向かっていくだけである。
「使い魔を狙うとは言っても、多分見た目だけで判断しているっぽいかな?」
「そうだにゃー……見た目に釣られないようなら、アンリマユはお手上げだったにゃ」
全くその通りだ。
ただ、オオカミ戦で《シン》の幻覚に向かって最期の一撃を放っていたことからして、『見た目』こそが重要なんだろうとは皆思っていたけどね。
相手がアンリマユでなければ、アリスの《
”ともあれ、何とかこれでアンリマユも制覇――皆、怖かっただろうけどありがとう。
残るはインティのみだね!”
「ん、ラスボス戦が見えてきた……!」
「まだ勝ったわけじゃねーんだから、油断はできねぇけどな」
千夏君の言う通り、油断できるような状態ではない――まぁ皆『油断』なんて今更する子たちじゃないけど。
逆にありすの言う通りでラスボス戦がついに見えてきたのも間違いない。
だからこそ、インティを確実に倒さなければならない。
「……インティだけは未だに『力業』しかないんだよね……」
雪彦君がちょっと不安そうにそう呟く。
そうなんだよね……楓たちが作戦を考えてくれたんだけど、『力業』以外に今のところ対処法がないんだよね……。
けど、だからと言って恐れるわけにもいかない。
”不安はあるけど――後少しだ。皆、よろしくお願い!”
不安を吹き飛ばすように私は皆に向かって言い、皆もまた力強く応えるのであった。
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