第9.5章7話 またまたすず姉といっしょ(前編)

「すず姉♪」

「ありす♪」

「すず姉♡」

「ありす♡」


 …………私は一体何を見せられているんだ……?

 イチャイチャしている二人を果たして私はどんな顔をして見てればいいのか、わからないよ……。


「……っと、ラビっちがチベットスナギツネみたいな顔してるし、そろそろ……」

「んー……もうちょっとー」


 先に我に返ったのは美鈴であったが、ありすはまだまだ足りないようで今度は美鈴の膝枕の上で満足そうに横になる。

 困ったような、でもちょっとだけ嬉しそうに笑いつつ美鈴はそのままにさせておくようだ。

 ……それより、チベットスナギツネみたいな顔って……そんな顔してたのか、私……?


「ご、ごめんねラビっち。久しぶりだったからつい……」

”いや……まぁ……”


 何か回を重ねるごとにありすの美鈴への甘えっぷりが加速していってるような気がする。美鈴が嫌でなければいいんだけどさ……。




 日曜日の午後、私とありすは美鈴と会うこととなった。

 例によって千夏君を仲介にして約束を取り付け、今回は美鈴の家へとありすと共にやってきている。

 親にどう話をしたのかはわからないけど……ちゃんと親御さんとの了解は取れているそうだ。今日は不在だけれど……。

 で、なんでわざわざ美鈴の家に直接会いに来たかは、言うまでもないだろう。


”ほら、ありす。しゃんとしなさい!”

「んー……このままでいいー……」

「まぁまぁ……」


 話の内容が内容だし、万が一にも他の使い魔とかに聞かれないようにといつものマックスフーズマックではなく美鈴の家に集まったのだけど、失敗だったかなぁ。

 まるで実家のようにありすは寛いでしまっている……。

 知らない仲ではないとはいえ、ちょっと甘えすぎじゃないかとお小言を言う私だけど、美鈴の方が宥めてくる。

 うーん、あんまりよそ様の家で傍若無人な真似させたくないんだけどな……以前恋墨家にやってきた亜理紗ちゃんなんて、びっくりするくらい礼儀正しかったし。

 そういえばまだ私は目覚めた亜理紗ちゃんには会ってないんだよね。彼女がユニットだったのかピースだったのか……今となってはもうわからないけど。


”はぁ……。

 話進めようか”

「う、うん。そうね」


 今日美鈴と会ったのは、当然諸々の話をはっきりさせるためだ。

 かといって、まぁ尋問するわけでもないし彼女が話せないということについては無理に聞き出すつもりはないけど……。


”それで――はっきりさせたいのは、美鈴ケイオス・ロアとオルゴール、後BPブラック・プリンセスが同じ使い魔のユニット……っていうのは間違いないんだよね?”

「うん」


 ふむ……ここで彼女が嘘を吐く理由はないだろうし、あの時に更に別の使い魔がいたとなると話もややこしくなる。素直に信じておくことにしよう。


”結局さ、君たちの使い魔はどういう動きをしてたわけ?”


 アストラエアの世界の戦いで全くわからなく、謎のまま残ってしまったのはそこだ。

 一応私の方で予測はしていたけど、それが正解かどうかまではわからないし確認はしておきたい。

 ……今更過去のことを聞いて何になる? という疑問もあるだろうが、これはちょっと重要なことなのではないか、と個人的には思っている。


「そんなに難しい話じゃないよ?

 ミトラ――ああ、うちの使い魔ね――から連絡があって、誰か一人が『天空遺跡』に潜入……その後の流れ次第であたしたちも援軍に向かう、っていう感じだった」


 ミトラ……それが美鈴の使い魔の名前か。覚えておこう。


”『天空遺跡』のクエストが出るのを、か……”


 引っかかるのはその点だ。

 あのクエスト『救援要請』は、ピッピが私たち向けに開いたクエストだった。しかも、クエストが現れる時間をピンポイントで指定したものである。

 偶然見つけて挑む、というのはないわけではないが、美鈴の話を聞く限りミトラは最初からクエストが出てくるのを知っていたとしか思えない。

 となると、ミトラはピッピの関係者という線も浮かび上がってくるが、その可能性は限りなく低いだろう――もしそうであれば、ピッピが私に隠す理由がないし。

 だからやはり怪しいのはゼウス絡みになる。奴ならば、クエストの出現も把握できるだろうし。


「まー、まさか時間の流れが違うとか、あんな大事になるとは思ってなかったけどねー」

”私たちがいるのは知ってたの?”

「……う、まぁね……ミトラは『高確率でいる』とは言ってたけど……」


 ……その上私たちが挑戦するであろうことまで把握していた、かー……。

 うーん、クエストに入った後ならばゼウスが知ってて当然な気はするんだけど、事前に私たちが行くか知ってたとなるとピッピ側の線が濃厚になっちゃうんだよなぁ……。


「でさ、ラビっちたちがいるかも? ってなったから、誰が行くかでちょっとだけ相談してマキナパイセン――オルゴールに任せたってわけ」

「ん……すず姉でも良かったんじゃ……?」


 顔見知りだからね。

 とはいっても、あの時点では美鈴が『ゲーム』に復帰していることをありすは知らないと思ってたし、美鈴も気付かれてないと思ってたわけだからなぁ。


「うーん……パイセンから色々と向こうでのこと聞いたけど、あたしよりパイセンの方が向いてたんじゃないかなって思うよ。主に能力的に」

”BPは?”

「あはは、あの子……ちょっと恥ずかしがり屋で口下手だから、絶対ラビっちに怪しまれちゃうだろうからね」

”…………否定できないなぁ”


 結果論ではあるけど、美鈴の言う通りオルゴールが適任だったかもしれない。

 単独での生存力もあるが戦闘力もそれなりにある。しかも、『糸』を使った割と万能型の能力で要所要所で私たちのサポートをしてくれたし、オルゴールには本当に助けられた。

 ケイオス・ロアだったら、まぁ実力はホーリー・ベル同等――レベルアップを重ねた分更に強くなっていることは想像に難くないし、ぶっちゃけ彼女一人に強敵を任せても良いと思えるくらいだ。

 ……ただ、『天空遺跡』に到着した直後にケイオス・ロアと遭遇していたとしたら、本題をすっ飛ばしてひと悶着あったかもしれないし、その時間が割と致命的なロスになってしまったんじゃないかとは今になって思う。

 んで、BPは――正直『塔』でちょこっと会っただけだからどんな子なのかわからないけど、美鈴の言う『恥ずかしがり屋で口下手』となると上手く会話できなかったかもしれない。

 そうなるとあのゴツイ見た目を警戒してしまっただろうことは否めない。


「本当は後一人、『アル』ってのがいるんだけど……あいつは何考えてるかわからないからなぁ……」

”? 『アル』?”


 おっと、4人目のユニットもいたのか。

 その子は私たちの誰も会っていない……かな?


「『アル』はあだ名ね。本名は――『アルストロメリア』。ミトラの最初のユニットなんだけど……戦闘力ほとんどないって本人は言ってるし、単独行動は厳しいんじゃないかな。

 あ、でも『ピース製造装置』を破壊したのがアルだから、本当に何もできないわけじゃないみたいね」

”!?”


 それは……ちょっと聞き逃せない情報だ。

 ナイアと戦っている時にエキドナがやられていたため呼び出せなかったことがあったけど、おそらく奴は『ピース製造装置』を守っていたのだと思う。

 なのに、エキドナを倒して装置も破壊したのが誰なのか……というのは気にはなっていたけど、それがアルストロメリアの仕業だというのだ。


”え、その子本当に戦闘力ないの?”

「単独だと弱めのモンスターと戦うのが精一杯だって言ってたわよ。ぶっちゃけ、あんまり『ゲーム』に参加してこないから一緒にクエスト行ったことほとんどないんだよね」

”……うーむ……”


 仲間の能力を隠そうとしている、という気配はない。多分、本当に美鈴もよくわかっていないのだろう。

 それに美鈴はエキドナのことはよく知らないのかもしれない。

 ふむ……? 詳細はもちろんわからないけど、エキドナを倒し装置も破壊したとなると――仲間にも見せていないけど圧倒的な破壊力を持っているか、それとも何かしらの強力な『特殊能力』を持っているかのどちらかかな? 個人的には後者の方……例えばルシオラの幻覚とかみたいな、嵌ったら詰みみたいな能力なんじゃないかと思う。

 ……あるいはそれ以外に何かあるのか……考えてもわからないし、美鈴を問い詰めたところで答えはないだろう。


「んー……あのBPってやつ、気になる」


 一方でありすは自分を助けてくれたBPのことが気になるらしい。

 まぁ、あの子もあの子で気にはなる。とんでもない攻撃力を持っているのは間違いないしね。


「BP? 強いわよー。まぁ能力は教えられないけどねー」

「ん、それはいい」


 ……チッ、流石にそこまでは口を滑らせてくれないか。

 ありす的には相手の能力は知らないままの方が『楽しい』らしいけど、内心ミトラ=ゼウスの可能性もある今となってはユニットの情報は喉から手が出るほど欲しい。

 ……ま、ねだったところで美鈴も話さないだろうけどさ。


”ともあれ――ケイオス・ロア、ブラック・プリンセス、オルゴール、そしてアルストロメリア……それがミトラのユニットたちってことだね”

「そういうこと。

 ……っていうか、こっちからも聞きたかったんだけど、なんでラビっちのユニットが4人以上いるの?」


 そりゃ、気になるよね……。

 実は先日の使い魔座談会の時にも、事情を知らないトンコツ以外の使い魔たちから突っ込まれたんだけど。


”いやぁ、なんか成り行きで……”

「な、なにそれ……?」


 確たる答えは私にもわからないんだから仕方ないじゃん……。むしろこっちが教えて欲しいくらいだし。

 もにょもにょととりあえず言い訳めいたことを言う私に、美鈴もあきれ顔だ。


「……まぁいいわ。ほんと、ラビっちたちって妙なことになるわよねー」


 そもそも私自身が『イレギュラー』な参加者だしね、今更って気もする……。


”それを言ったらさ、美鈴だって相当なもんだよ?”

「そうなの?」

”一度ゲームオーバーになったのに、もう一度ユニットになることってないらしいし”


 だいぶ前にトンコツに聞いただけだけど、まぁ真実だとは思う。

 あいつの言う通り、ユニット解除→再ユニット化で何度でもノーリスクで復活できちゃうしね。

 そのことを美鈴に話すと、


「た、確かにそうね……そうよね……」


 と今更ながらに納得したみたいだ。


「んー……でも、わたしはすず姉がまた『ゲーム』してくれて、嬉しい」

「ありす……」

「すず姉……」

”はいはい、私も嬉しいよ”


 またいちゃいちゃし始める気配を感じたので適当にインターセプト。

 私も嬉しいというのは嘘ではないけどさ。


”うーん……美鈴が特別なのか、それともミトラが何かしているのか……”


 何とも判断がつかない。

 前までだったら、『プロメテウス』の島出身の人間の血を引く美鈴が特別だから、と思ったかもしれないけど……今となってはどちらかといえばミトラの方が怪しいかなって気はしている。

 証拠もないし証明もできない。納得のいく屁理屈すら作れない状態だけど……。


”何にしても――美鈴、それにありす”


 ここではっきりとさせておかないとならないことがある。

 ……ある意味で本日の一番重要なことでもある。


”『ゲームクリア』に向けて、私たちとミトラたちは今後『敵』になる……そう思っていいんだよね?”


 言いにくいけど、敢えて確認しておかなければならないことだ。

 『嵐の支配者』の時にケイオス・ロアが言っていた通り、『いずれ敵になる』――その『いずれ』がやってきたと私は思っている。

 ……ぶっちゃけ、ミトラのことは私は到底信用できない。『ゼウス』側の容疑者の一人であるし、下手にフレンドになってしまったらこちらの情報を吸われるだけになってしまうのではないかと懸念している。

 だから、残念だけど前みたいに美鈴と協力して『ゲーム』に挑むということはできないのだ。

 これは美鈴へというより、どちらかと言えばありすに向けての発言になる。


「うん、そうね。そうなると思う」


 あっさりと美鈴はうなずいた。


「まー、前みたいにフレンドになれば……とは思わないでもないけど、あたしが言うものアレだけどミトラは胡散臭いしね。ジュジュの比じゃないくらい」

”ははは……”


 何というか、美鈴も使い魔に恵まれないな……マサクルとかに比べればまだマシかもしれないけど、比較対象が悪すぎるか。

 それはともかく、私が思っていることは美鈴も同じく思っていたらしい。


「ん、じゃあ――今度はすず姉とバトる」


 意外にもあっさりとありすも納得してくれた。

 ――いや、違うな。

 ありすは最初から納得していたのだろう。

 ありすの言葉に、美鈴もニヤリと笑う。


「ふふっ、いいよー。あたしもそのつもりだったし、何より対戦前にホーリー・ベルは終わっちゃったしね。

 だから、ありすアリスあたしケイオス・ロア――どっちが強いか、勝負しましょ」

「ん、望むところ。すず姉に負けないもん」

「お? あたしだって負けないからねー!」


 …………『ゲーム』の裏で色々と蠢いているものはあるけど、この二人にはそんなことは全く関係ないようだ。

 クリアを目指すことはもちろんとして、それはそれとして『ゲーム』をゲームとして純粋に楽しむことを忘れていない。

 そして、お互いが『最初の仲間』であり『どちらが強いか?』をはっきりさせたいと思っているみたいだ。

 なんだかんだ二人とも嗜好が似ているし、結局のところ脳筋バーサーカー同士なのだろう。


”……私たちは今ラスボス目指して戦っている最中だから、対戦はまぁ後回しかなぁ。そっちは?”

「うん、こっちもようやく動き出したところよ。早ければ来月の半ばくらいにはいけるんじゃないかな?」

”げ、マジで!?”


 これはちょっと予想外だった。

 ピッピから情報を得て私たちは他よりも先行できていると思っていたけど、ちょっと認識を改めないといけないな……。


「じゃあ、どっちが早いか競争?」

「ふふふっ、受けて立つわよ」


 これは案外とミトラたちとぶつかるのはそう遠い未来じゃないかもしれない――下手したらラスボス戦真っ最中になりかねないな、そう私は思うのであった……。

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