第9.5章5話 バレンタインデー・キッズ

 あっという間に週末――『眠り病』解決から一週間が過ぎた。

 この一週間……やはりというべきか、『眠り病』の続報は全くなかった。完全に解決したということになっている――どころか、という感じになっている。

 ジュウベェの時と同じだ……ただその規模は段違いだ。

 これに関しては皆疑問に思ってはいたものの、私が濁していたため特に突っ込んではこなかった。ただしあやめだけはジュウベェの時のことを私と話していたため、『あの時と同じ』と流石に気付いているようだ。まぁ気付いたところで『真相』にはたどり着けないとは思う……というより私も真相なんてさっぱりわからないわけだし。




 ともかくこれで『眠り病』についてはもう考える必要はないだろう、ということで私たちは安心して『ゲームクリア』目指して突き進んでいった。

 夜限定クエストは1日で全制覇、朝ちょっと忙しかったり時間が早すぎるとかの問題もあり3日かけることに。昼限定も昼休み全部を使うわけにもいかないので同じく3日かけることにした。

 夕方の小学生ズによる討伐数稼ぎも順調だ。

 ……ちょっと大変なのが、火龍とかの一つのクエストであんまり数が出てこない系のモンスターの討伐数だ。

 まぁこればっかりは地道に数を稼いでいくしかないとは諦めている。幸いそこまで数は多くはないので、よほどサボらない限りは2週間もかからないとは思っているけど。

 もう一つ、運次第のやつに関しては平日限定と週末限定、更に時間限定のやつがある。平日についてはもうクリア済だが、残りは週末にまとめて……って感じだ。

 ……マジで桃香がいると運よく目的のクエストが出てきてくれるんだよね……いない時は果たしてどうなんだろう? と疑問は浮かぶが、検証は不可能だしねぇ……。




 というわけで、私たちのメギストン攻略はそこまで躓くこともなく、比較的順調に進んでいると言っていいだろう。

 で、今日――土曜の午後は、『眠り病』解決の打ち上げだ。

 あやめが前に言ってたやつだね。

 場所はあやめが昔バイトしていた喫茶店――のパーティールームのようなちょっと広めの個室だった。

 予約すれば貸し切りにできるし、予約がなければ普通のお客さんも使う部屋である。まぁ10人くらい入れる部屋なので、普通のお客さんは通されてもちょっと困っちゃうかもしれないけどね。


”流石というかなんというか……”

「あやめさん、相変わらずすげーっすね……」


 元バイト先で話を通しやすいというのもあるだろうけど、部屋の予約に加えてドリンクの事前注文、更におやつの準備まで全部準備してくれていたのだ。

 もちろんお金はそれなりにかかってしまうんだが……。


「本日は私の奢りですので、お気になさらず」


 と反論は許さないと言わんばかりにきっぱりと言ってのけた。

 ……まぁ彼女からしてみれば、これも彼女なりの『お礼』なのだろうけど……。

 なっちゃんや小学生ズは言うに及ばず、中学生組だってお小遣いしかないのであまりお金がかかることはできない。

 甘えっぱなしはちょっとなぁと思いつつも、今回はお言葉に甘えさせてもらうしかないか。こっちから口出すよりも早くあやめの方で場所の確保もしちゃってたし……言い訳かもしれないけど。




「それではラビ様、お願いします」

”う、うん”


 ともあれ、全員集合したし本日の会を始めるとしよう。

 飲み物も全員分あるし、おやつも既に運んできてもらっている。

 ……なっちゃんが顔を輝かせて待っているし、さっさと始めてしまおう。


”えっと、それじゃ今更だけど――あやめの復帰、『眠り病』の解決、そしてマサクルの撃破とピッピのお願いの解決と……諸々がいっぺんに片付いたことだし、今日はそのお疲れ様会ってことで。

 皆お疲れ様でした。乾杯!”


 もうすでに私たちは『ゲームクリア』を目指す次の戦いへと移っている。

 マジで今更感は拭えないけど、区切りはつけておいた方がよかろう。

 皆もそれぞれの飲み物を手に取って乾杯。

 今回は特に話し合わなければならない擬態とかもないし、ちょこちょことおやつを摘まみつつ皆好き勝手に過ごしてもらおうという会だ。

 私はなっちゃんのぬいぐるみに、他の皆も適当におしゃべりしている。

 ……うんうん、ここのところずっと殺伐とした戦いが続いてたし、今週も『ゲームクリア』を目指してあくせくしていたから、こういうのんびりとした時間はとっても重要だと思う。


「おいしー!」

「撫子様に喜んでいただけて何よりです」


 ニコニコとチョコクッキーをほおばるなっちゃんに、あやめもニコニコと嬉しそうだ。


「……ラビ様、これがもしかして……?」

”うん……”


 察した桃香がこそっと話しかけてくる。

 そう、このチョコクッキーはお店で用意したものではなく、あやめが作ったものなのだ。


「…………お、お疲れさまでした……」

”…………うん……もうね、本当にね……私は疲れたよ……”


 このやり取り、前にもあった気がするなぁ。

 平日の昼間、自主登校期間であるあやめはだいぶ時間が余っていた。

 なので昼限定クエストに挑む時以外は、私と一緒に料理修行――今回はチョコクッキー作成をしていたのだ。

 もうね、前回教えたこととか忘れたのか? とか、応用ができないのか? と色々問いただしたいこともあったし、例によって七魅のバカたれ共がちょっかいかけてきやがるし……。


”まさか映画第二段が作れるほどのドラマがあるとは思わなかったよ……”

「ま、毎回それ仰ってますが、本当に……?」


 これがもし一週間前のバレンタインデー前で手作りチョコとかやろうとしてたら、きっと七魅一味と映画版どころか1クールドラマが作れるくらいの騒動に巻き込まれたんだろうなぁ……と遠い目をしてしまう。

 まぁそんな苦労も過ぎてしまえばいい思い出になる……なる、かなぁ……?

 何にしても、子供たちに喜んでもらえればなによりだ。


「撫子様にチョコは早いかとも思いましたが……」

「あんまりいっぱいでなければ大丈夫。このチョコクッキーくらいなら平気」


 幼児だからね。

 おやつのイメージは強いけど、チョコは刺激物だしね。何かで聞いた覚えがあるけど、チョコレートって人間以外の動物には『毒物』だって言うし、小さい子ならあんまり量を食べさせない方が良いだろう。

 その判断もあって、クッキーの上に少しチョコを塗った『チョコクッキー』にしたというわけだ。

 最初はチョコレートケーキにしようかなとも思ってたんだけど――クリスマスの時の経験が活かせるだろうという考えだ――ちょっと甘すぎるし量が多いかな、と思ってチョコクッキーにしたんだよね。

 今日は泊まりではなく、夕方まで集まるだけなのであんまり食べ過ぎて各自の家で夜ご飯が食べられない、なんてなるわけにはいかないし。


「じゃあ、お姉ちゃんたちからも皆にバレンタインのプレゼントにゃー」


 楓と椛からも皆へとおかしを持ってきてくれたみたいだ。

 こちらはシュークリームだった。


「プロデュースはハナちゃん、作ったのは私一人だけどね……」

”そ、そっちも大変そうだね……”


 とは言いつつも、楓も楽しそうな顔をしているので、多分姉妹二人できゃっきゃしながら作っていたのだろうと思う。もしかしたら雪彦君もお手伝いしてたかもね――なっちゃんは……まぁうん、仕方ないよね……。




 そんな感じで穏やかに打ち上げは進んで行った。

 ある程度は自由に話してもらった後、自然と話題は今後のことへと移っていった。


「んー、今日はどうするの?」

「折角皆さま集まれたのですし、クエスト進めたいところですわね……」

「ただ場所がなぁ……貸し切りの部屋にしてるけど、店の人に見られたら拙いから全員は無理じゃねーの?」


 そうなんだよね……そこが悩みどころなんだよね……。

 なのでここである程度話した後に解散するかして、それからクエストかなぁなんて私は考えていたんだけど……。


「問題ありません、


 あやめがそう言うと何やらスマホを操作した。

 そして待つこと数分――


「うぃーっす、お邪魔するぜ」

「ど、どうも……」

”キム君に蘭子ちゃん!?”


 パーティールームの扉を開けて、顔見知りの二人がやってきたのだ。

 あやめのクラスメートだし、皆して『誰?』という顔をしていたが――蘭子ちゃんだけは桃香も知っているけど。


「初対面の方がほとんどでしょう。私のクラスメートの樹村悠星ゆうせいと霰三崎蘭子です。

 ラビ様はご存じでしょうが、この二人も『ゲーム』の関係者となります」


 ……確か1月に会った時にはあやめの方はわかってなかったようだけど、この1週間でお見舞いでもして互いに話し合ったのかな?


”二人とも、ごめんね……”

「ははは、まー気にすんな。ラビたちにゃまだ借りを返し終わったつもりねーしな」


 そう言ってもらえると助かる。


「んで、さっきタカ子さん――鷹月あやめから紹介されたが、一応自己紹介だな。

 俺は樹村悠星。気軽に『キム兄さん』とでも呼んでくれ」

「あ、あたしは……蘭子、です。その、桃香ちゃんとは会ったことあるけど、他の子は初めまして……だよね? よ、よろしく……」

「この二人には、私たちが『ゲーム』に参加している間の誤魔化し役として来ていただきました」


 そういうことだよね……。

 いいの? と目線で問いかけると、キム君はにかっと笑ってサムズアップで応えてくる。


「俺らも試験自体はそう近くもないし、受験勉強でもしてるから気にすんな」


 子供もいる中で見知らぬ男に見張りをやらせるってのはちょっとアレだけど、男女両方揃っているのであれば……まぁ、大丈夫か……? 別にキム君が信用ならんってわけじゃないけど、お姉ちゃんズくらいの歳ならそういうの気にするだろうし。


”……皆もいいかな?”


 念のため皆の意思を確認するが、全員一致でオッケーが返ってきた。

 ふーむ、キム君たち受験生の時間を使ってしまうのは気が引けるけど、ここで私が渋っても仕方ないか。

 というかこうなることを見越して、私に相談せずにあやめはキム君たちに話を通していたに違いない。もしかしたら、事前に楓たちにも話していたのかも。


”じゃあ――二人とも、悪いけどお願い”

「飲み物や軽食代くらいは出しますので」


 流石にそのくらいは払わないとね……。

 その後、今度はこっち側がキム君たちに自己紹介をしてしばし歓談。


「ラビ様、そろそろ向かいましょうか」

”うん。じゃ皆、今日のクエストに行こうか。二人もよろしくね”


 キム君たちに後のことを任せ、私たちは揃ってマイルームへと移動したのであった。

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