第9.5章4話 "戦略機動兵器"ルナホーク(後編)
……何かおかしい……。
離れた位置から見ていて、私はムーリオンに違和感を覚えた。
額に深々と剣が突き刺さったにも関わらず、全く堪えた様子は見えない。
血飛沫が上がらないのはまぁいいとして……普通生き物がそんなところに攻撃を食らったならばただでは済まないはず。
なのに、ムーリオンときたら光の粒子を撒き散らしはしているものの、頭を振り暴れまわってルナホークを叩き落そうとしているくらいだ。
……これが瀕死のダメージを受けていて最期の抵抗をしているというのであればいいのだが、そういうわけでもなさそうに見える。
ルナホークもしがみついているだけではない。
片方の足を刃へと変えているので、相手の動きに合わせてそのまま顔面を蹴りで滅多切りにして更なる攻撃を加えている。
「む。効いてない?」
「効いてないっぽいにゃー……」
”だね……”
同じことをジュリエッタたちも感じたらしい。
ふーむ……? 攻撃が通じない相手とか? いやでもさっきの射撃も今の剣も、しっかりとムーリオンに当たってはいるし……やはり『実体のない敵』というわけではないとは思う。
でも有効打となっていない。そんな感じだ。
「【
一方でルナホークの方は冷静な表情を崩さない。
暴れまわるムーリオンに剣を突き立てたまま、顔面付近を攻撃しつつそのまま【演算者】で計算を行っているようだ。
……そこまで時間はかかっていないだろう。
暴れまわっていたムーリオンが、最期に一鳴きするとその場に崩れ落ちる。
”うーん……やっぱり効いてたのかな……?”
普通に考えれば脳へと剣を刺されて無事に済むはずがない。それはモンスターだって同様のはずだ。
やはり最後の力を振り絞った抵抗だったのか、と私は考えたのだけど……。
「…………再計算完了」
今度は剣を突き刺したままルナホークがムーリオンから離れ、再度上から見下ろす。
”げ、また復活……!?”
そこからしばらく待っていると、やはりというべきかムーリオンが復活して立ち上がってきたのだ。
しかし、ルナホークは全く焦りを見せない。
「
うん?
「マスター、これよりムーリオン討伐を実行します。
パートナー・ジュリエッタ。ムーリオンがそちらへと向かうので、しばらく耐えてください」
「え!? う、うん……?」
なに、どういうこと……!?
私たちの頭に疑問符が浮かぶが、細かいことは説明せずにルナホークが装備を切り替える。
「コンバート《オービタルリンク・デバイス》」
ルナホークの周囲に奇妙な細い『輪』が出現する。
――あれは確か聞いたことがある。『封印神殿』を吹っ飛ばした超高威力砲撃だ!
それで一撃でムーリオンを吹っ飛ばすつもりなのか? と思ったが、ルナホークとウリエラはそのまま更に
「む? 殿様、ちょっと動く」
「マジでこっちに向かって来たにゃ!?」
ルナホークが何をしようとしているのかわからないけど、そんなのお構いなしに復活したムーリオンが私たちを見つけて勢いよく突進してくる。
”……格闘戦はちょっと分が悪い。ルナホークの言う通り、回避して耐えるのに専念して!”
「がってん。サリエラ、掴まって」
「あいあいにゃー」
私を抱えている以上ジュリエッタもいつも通りには動けない。
かといって、いつも通りに戦えたからと言ってムーリオン相手に優位に戦えるかは疑わしい。
ジュリエッタの戦闘力ならば大型モンスターだって余裕で殴り倒せるだろうけど、ムーリオンには謎の『復活』という能力がある。
……この謎を解かない限り、こいつは倒せない。私はそう思う。
おそらくルナホークは謎を解いたのだろう。だから、一旦ムーリオンをジュリエッタたちに任せて何かをしようとしている――そう思うのだ。
「……結構早い」
ムーリオンは大型の割には素早い。
その上、頭部の巨大な角がかなりの攻撃範囲となっており、ライズで加速しながらようやく回避しているという状態だ。
「にゅー……クラッシュ叩き込むのも難しいかにゃー」
ジュリエッタに掴まっているサリエラでは攻撃は難しいだろう。
ライズにもメタモルにもブラッシュが効果を発揮できないため、援護すらできない。
……以前の相性確認でも思ったけど、やっぱりウリエラ・サリエラはセットの方がいいのかなー……一番の持ち味である『支援能力』が全く活かせない相手と組んでしまうのはかなりもったいない。
とまぁそんなことを考えつつも、私たちはルナホークを信じてひたすらムーリオンをひきつけ続けるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……なるほどみゃー。わたちもルナみゃんの考えに賛成みゃー」
上昇中にルナホークは【演算者】によって導き出した『解答』をウリエラにも共有する。
にわかには信じがたい『解答』ではあったものの、ウリエラも最終的には賛同した。
そうでもなければ説明のつかない事象が起きているのだ。
論理的に考えて『正しい』と思うものこそが答えである、とウリエラもわかっている。
「パートナーがウリエラで正解でした。
細かい照準はお任せします」
「あいあいみゃー」
単体で完結した能力を持つルナホークであるが、他者との協力ができないわけではない。
特にウリエラの持つアニメートであれば、レーザー等の砲撃であれば操作することは可能だ。
「それでは参ります。
オービタルレーザー照射」
「アニメート!」
ルナホークが対地攻撃用の大規模砲撃魔法を放つ。
ただし地上のムーリオンに向かってではなく、更に上空へと向けてだ。
発射された極大レーザーをウリエラがアニメートで操作、狙いを更に正確に絞る。
彼女たちの狙いは――
「!
「
アニメートに操られるまま夜空へと伸びてゆくオービタルレーザーの光を避けるように、上空の『月』が動いた。
しかしその動きはさほど早くはなく、レーザーに貫かれ――あっさりと砕け散っていった。
「目標撃破完了」
「……下の方のムーリオンはまだ動いているけど、時間の問題かみゃー?
さりゅたちに避難するように伝えたみゃー」
「
味方同士であればダメージはないが、オービタルレーザーの破壊力は『封印神殿』を吹き飛ばすほどだ。
周辺の地面ごと吹っ飛ばしてしまったら、流石に仲間にも影響は大きいだろう。
遠隔通話で避難を呼びかけ、向こうが理解したのを見てから――再びアニメートで操るオービタルレーザーが今度は地上へと向けて照射され、ムーリオンを消し飛ばしていった……。
* * * * *
……いやはや、私は《オービタルリンク・デバイス》の砲撃を直接見るのは初めてだけど、本当にすさまじい威力だな……。
こういうレーザー系の兵装については、発射ごとに魔力を消費してしまうらしいのでアイテムの数によってはちょっと使いづらい面もあると思うけど、それを補ってあまりあるくらいの威力だ。
ウリエラからの指示に従って全力でその場から避難。その直後、空から降り注いだレーザーが周囲の地面ごとムーリオンを飲み込んで一切合切を消し飛ばしてしまった。
「……ちょっと反則気味の威力」
「にゃはは、まーうりゅがいないと固定目標にしか当たらにゃいだろうけどにゃー」
サリエラの言うことはもっともだ。
確かに威力はすさまじいけど、これを対ユニットや素早いモンスターに使うのはちょっと難しいだろう。
燃費も悪いだろうし、当てづらい。あくまでも固定目標――建物とか一地点を攻撃するための魔法であって、対個人用の魔法ではないと思う。
……まぁだけどウリエラのアニメートで操りさえすれば、その欠点も大体解消されてしまうんだけどね……。
”お帰り、二人とも”
「帰還完了。マスター」
「みゃー……ちょっと目が回ったみゃー……」
ウリエラも流石にふらふらになりかけている。
ルナホークの超機動に振り回されちゃってたからね……。
特にムーリオンの顔に張り付いていた時が大変だったろう。
片方の腕と足でジェット噴射急激に身体を回転させながら、蹴りによる斬撃を何度も放っていたのだ。
”お、お疲れ様……”
そう声をかけることしかできないや……。
「ルナホーク、結局なんだったの?」
「そうだにゃ。あたちたちは全然わからなかったにゃ」
確かに。
こっちはムーリオンを引きつけてただけで、結局何がどうだったのかがさっぱりわからない。
「お答えします」
私たちからはわからなかったけど、ルナホークには『謎の正体』がわかったのだろう。
「ムーリオンの復活の
「まーぶっちゃけちゃうと、空に見えてた『月』があいつの復活の秘密だったわけみゃー」
月!?
そういえば、月光平原だというのに今見上げてみても『月』は見当たらない。
あぁ、月光獣――そういうことか。
”空に浮かぶ『月』が奴の本体ってわけか……”
「
”なるほど……”
月光から力を得て復活を繰り返す、そういうモンスターだったってわけか。
「あのまま獣を倒し続ければいずれ力尽きたかもしれませんが、効率がよくありませんでしたので」
「手っ取り早く片をつけるために、月の方を吹っ飛ばしたみゃー。まぁ『月』って言っても本物の月じゃなくて、ムーリオンの一部だったけどみゃ」
どうやらルナホークは戦闘中に【演算者】で様々な情報から計算。結果、『月』からエネルギーを得て復活していると見抜いたみたいだ。
で、その『月』も本物ではないとわかったため、手早く倒すためにまず『月』を破壊して復活の元を断ってから獣のムーリオンを始末した――そういうことなのだろう。
「最初の復活時、よく『観察』をしてみたところ飛び散った光の粒子は徐々に上空へと還っているように見えました。
そして二度目に復活する際にほんのわずか『月』の輝きが増したことより、『月』こそが復活の原因だと【演算者】は計算結果を出しました」
「で、わたちもそれを聞いて納得したみゃ。『月』を破壊して、それでムーリオンごと倒せたら『月』が本体、生き残っててもとりあえず復活は止められる……そう思ったみゃ」
なるほどねぇ……。
『月』の輝きが少し増した、とか全然気付かなったよ、私は……。
そうしたちょっとした『違和感』を【演算者】は変数として組み込みんで計算、考えられる可能性を幾つも提示してルナホーク自身がどう判断するかって感じか。
すごいのは【演算者】もそうなんだけど、ちょっとした『違和感』を見逃さずにきちんと認識していたルナホーク自身だと言える。
たとえルナホーク本人に意味はわからないにしても、『情報』として集めておけば【演算者】が勝手に処理してくれる……。
うーむ、地味だしデメリットも大きいけど、かなりとんでもない能力だ……。
直接敵にダメージを与えたり、妨害したり、味方の補助をしたりするわけではない。計算結果だって確定した事象ではないし、どう扱うかを考えるのはルナホーク自身だ――上手く扱えなければ何の意味もないギフトだが、逆に上手く扱えればどんな能力よりも強力にもなりうる可能性を秘めているだろう。
「加えて、復活するたびに自分を倒した攻撃を無効化していくと推測しました。
よって必要なのは一撃で倒す火力――そう判断し、あのような行動にでました」
”……わかった。流石というかなんというか……とにかくお疲れ、ルナホーク。それに皆も”
全部が全部完全にわかったわけじゃないけど、ルナホークの言うことは理解できた。
それに、ともかく彼女が滅茶苦茶『強い』ということも。
「みゅ、想像以上だったみゃー」
「うーにゃんの護衛問題を何とかできるにゃら、ルナにゃんソロも結構アリな感じだにゃー」
「あ……肉残ってない……」
……なんかジュリエッタだけちょっと感想が違うけど……。
”と、とにかくクエストは無事クリアできたし、マイルームに戻ろう”
今回の主目標――メギストンの内の1体であるムーリオンの討伐は成功。
副目標であるルナホークの全力での戦闘能力もおおよそ見えた――と言いたいけど、正直まだまだ秘めた力を持っている、と思わせられる。
「イエス、マスター。帰投します」
何にしろクエストはクリアだ。さっさと戻ることにしよう。
* * * * *
……で、マイルームに私たちは戻ってきたわけだけど。
「ふむ……ラビ様、このまま夜間限定のクエストを消化してしまう、というのはいかがでしょうか?」
戻るなりあやめがそう提案してくる。
むー……? 確かにクエストボードを確認してみたところ、他の夜限定クエストが出現してはいる。連続で挑戦することは可能だけど……。
「時間は――大体22時30分くらい、かな?」
「部屋に戻って時計見ないと正確な時間はわからないけど、だいたいそのくらいだと思うにゃ」
「……どうっすか、アニキ?」
最終判断は私に委ねられるみたいだ。
うーん、どうしようかな……あんまり夜遅くになるのはちょっとなぁと思うけど、チャンスと言えばチャンスでもある。
迷う私にあやめが追撃を仕掛けてきた。
「夜間の対象は計3体――これを3日かけて攻略しても良いですが、やれる時に一気にやってしまった方が時間の短縮になると思われますが、どうでしょう?」
「そうっすよ。チャート通りいくにして、まぁ結局1日縮むかどうかかもしれないっすけど……その1日が重要なんじゃないすかね?」
「……私も賛成かな。この後、朝と昼のクエストも控えているし、一日でできる限り進めてしまいたい」
「あたしもかにゃー。限定クエストはさっさと終わらせて、あーちゃんたちと手分けして討伐数稼ぐとかで短縮狙った方がいいと思うにゃ」
むぅ、皆して賛成か……。
確かに夜限定のメギストンは、さっき倒したムーリオン含めて3体――ちなみに朝昼も3体ずつだ――1日1体ずつ倒すというのはあまり夜遅くになりたくないという私たち側の都合だ。
彼女たちの言う通り一気に片を付けてしまった方がいいのかもしれない。
……縮められるのは1日だけかもしれないけど、その1日が私たちにとっては貴重なのだ。
”…………よし、わかった。遅くなってごめんだけど、今日中に夜限定クエストをやれるだけやってしまおう!”
迷った末に私も彼女たちの判断を尊重することにした。
その方が効率的だ――『夜遅くなる』というのだけが気になるけど、それ以上に重要なのは『時間』……そしてそれが何のために欲しているかと言えば『ゲームクリア』のためだ。
……その目的のために優先順位を間違えてはいけない。
「では、残り2体――今晩で終わらせるつもりで参りましょう」
残る2体は『星光蝶ステラミスタ』『暗黒戦士ゾスト』。
当然どちらもどんなモンスターかはわからないが、それでも引くという選択肢はない。
年長者組は戦意旺盛――あやめの言葉に互いに頷きあっている。
ならば、私の勝手な思いで止めるわけにもいかないだろう。
私たちは続けて夜間限定クエストへと挑んでいく……。
……そして、敵の特殊能力に苦戦しつつも、私たちは予定よりも前倒しで夜間限定クエストを全制覇したのであった。
うーむ、ちょっと想像以上にルナホークが強いのに助けられた感はあるな。
もしもルナホークがいなかったとしたら、ジュリエッタ・ウリエラ・サリエラに任せるしかなかったけど……そうなると私の護衛も考えると十全に戦えたかはかなり怪しい、というかほぼ戦えなかっただろう。
いつぞやの剛殻竜みたいな相手ならともかく、今回のムーリオンとかみたいな特殊能力持ちは流石に厳しかっただろう。
でもルナホークが加わってくれたことで、メインアタッカーとして動けるようになった。逆にジュリエッタがアタッカーに、ルナホークが援護に徹して私の護衛をするということもできる。
私の想定以上にルナホークが私たちのチームになじめることに、素直に喜びを感じるのであった。
……ま、以前に言った通り、ルナホークというかあやめはずっと前から私たちの仲間という認識だったしね。ようやく『あるべき姿になった』が正しいのかもしれない。そんなことを思うのであった。
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