第9章77話 エピローグ ~Grand Finale

*  *  *  *  *




 翌日、日曜日――

 体感ではアストラエアの世界に長期間いたせいでなんだか半月くらい経っているような気がするけど、現実世界ではまだ1週間しか経っていない。

 ……ちょうど先週の日曜に演習場でのお泊り会、で翌朝にあやめが目覚めず『眠り病』が発生し始めた――本当につい最近のことなのに、すごい前のことのように感じられるなぁ。

 ま、それはともかくとして……。

 一晩経ってニュースをチェックしていたけど、『眠り病』患者が全員目覚めたという報道がされて以降、特に続報は出てこない。

 流石に全員がいきなり退院になれたかどうかは微妙なところだ……『ゲーム』関係者以外には『原因不明の奇病』なのには違いない。検査とか色々あってなかなか退院できないんじゃないかなって気はしている。




 ……私の想像を裏付けるように、昼頃にトンコツから連絡があった。

 『眠り病』となった和芽ちゃんの友人が、なんともう家に帰ってきたというのだ。

 あまりにも不自然な動きだが、これについては一切ニュースになっていなかった……。

 ……どうやら私の想像が当たってしまっているみたいだ。トンコツの歯切れの悪い態度を見ても、おそらく同じことを考えているのだろう。

 ともあれ、この件については今のところ私たちからどうすることもできないので一旦放置だ。

 トンコツも私が何に気付いているのかは理解できたようで、深くは突っ込んでこなかった。

 この件についてはまた後ほど使い魔座談会で話そうということで終わらせておいた。




 で、昨夜から今朝……昼にかけては皆自由行動だ。

 とはいっても、昨夜ピッピから教えてもらった『33体のモンスター』の情報を思い出しながら書き出したりがほとんどだったみたいだけど……。

 楓と椛は完璧に覚えているとのことだが、まぁやっぱり複数人での記憶のチェックはしておいた方がいいだろうということで、なっちゃん以外はメモを必死に書き出していた。

 ……ま、端から諦めてた桃香とあやめは別だけど。

 あやめについては『眠り病』患者ということもあり、色々とあるのかなーと思ってたけど……これまた他の患者たちと同じく、あっさりと解放されて自宅へと戻ることになったみたいだ。

 本人も、桃香も不思議そうな顔をしていたし、お見舞いにやってきた海斗かいと君とかも『え、なんで!?』と驚いていたらしい――これらは後から聞いた話だけど。




 昼ちょいすぎからは、トンコツがメンバーを集めてくれたおかげで無事使い魔座談会を開くことができた。

 唯一タマサブローだけが所在不明でつかまるか不安だったけど、頑張ってくれたらしい。いざとなったらあやめ経由で海斗君に話をつけてもらうつもりだったけど。

 まぁとにかく無事に面子も集まり、その場で改めて皆にちゃんとお礼を言うことができた。

 そしてその場で『眠り病』についての不自然な状況についても一応共有しておいた。

 ……皆の言葉を濁すような反応を見る限り、やっぱりなんだろうなぁ……。

 いつも通り対戦フィールドで話しているため、近くにユニットの子たちもいる。あんまり詳しい話もできないし……これは機会があったら前みたいに直接トンコツたちと顔を合わせて、使い魔だけで会話するしかないかな。


 ゼウスについても情報共有したいかも、と少し思ってたけど……これについては使い魔オンリーでないと会話できないし、使い魔に対してでも難しいかもしれない。

 ピッピ曰く、今回助けに来てくれた5人は『シロ』だとのことだし、私自身も彼らの人格や性格は信じられるとは思っている――まぁ付き合い短いのもいるけど、共に死闘を潜り抜けた仲なのは間違いない。

 心配しているのは、使い魔の身体も『ゲーム』の管理下にあるものだ、ということだ。

 以前『盗聴』を警戒したことがあったけど、使い魔の肉体自体が盗聴器になっちゃってるとしたらもう防ぎようがない。

 私の心配のし過ぎかもしれないが、正直この『ゲーム』の運営が相手だ。警戒してもしすぎるということもないだろう……打開策が思いつくまでは、ゼウスのことは私の中に秘めておくしかないか……。


 今回は皆へのお礼がメインだったし、特に情報共有とかはなしだ。

 皆も急に呼び出されてクエストに参加したからね。むしろ私の方が今回は説明できることの方が多い――とも思ったけど、私が知ってることって大体他の使い魔は知ってることなんだよね……。

 というわけで今回はいつもみたいに長っ尻せずに解散だ。

 一応、知り合いの『眠り病』患者の様子は見ておこう……ということにはなった。ちなみに、アンジェリカの姉――ヒルダも無事に目が覚めたということはヨームから聞いて安心できた。




 ……とまぁ、昼間は色々とあり皆で集まれる機会もなかったわけだけど、昨日と同じく夜20時ころになって全員集合することができた。

 なっちゃんはちょっとお眠っぽかったけど、『めーたん!』とはしゃいでいたため楓たちが連れてきていた。

 ……随分前のような気もするけど、あやめが『元気ない』ということで似顔絵書いてたよね。それがきっかけでアストラエアの世界へと行く手がかりを得たわけだけど……。それは置いておいて、なっちゃん的にはあやめは『美味しいご飯を作ってくれた優しいお姉ちゃん』という位置づけっぽいし、元気になったあやめに会いたい気持ちはわかる。

 ま、今回の機を逃せば次に全員揃えるのはまた週末になるかもしれないしね……そんなに長時間集まるわけではないし、なんか長期間アストラエアの世界にいたせいで私も含めて時間感覚おかしくなってるし……。

 …………うーむ、『ゲーム』の攻略を急ぐ必要もあるけど、まずは皆にきっちりと時間感覚を取り戻してもらうことも優先してもらわないとな――特になっちゃん以外は皆学生なわけだし。




 そんなこんなで、ともかく私のユニット全員がようやく揃う時が来た。


”いやー……何というか、やっぱ8人もいると手狭になっちゃうねぇ……”


 それが最初の感想ってどうなんだって思うけど、事実だから仕方ない。

 元々最大4人用の部屋だしね、マイルームって。うちの子たちはなっちゃんはともかく、後は10歳以上の子ばっかりだし……ちょっと狭くなるのは仕方ないけどさ。


「ん。そーかん」


 ……前にも聞いた気がするなぁ、ありすのその感想。


「……早めに家具を揃えた方が良さそうですわね」

「だなぁ。せめて人数分の椅子かソファは欲しいな」


 ごもっとも。

 元ピッピチームが加わった後に大きめのソファ1個は買ったんだけど、それじゃ全然足りないや。

 家具よりもアイテム補充とレベルアップに費やしたいっていう意向が皆強かったし、結果としてそれが正解だったから何とも言えないけど……拠点となるマイルームの快適さってのはそろそろ重視しないと拙いかな。『ゲーム』も終わりに近づいてなんだけどさ……。

 ともあれ、今はありす、桃香、なっちゃんを抱きかかえた椛の3人がソファに並んで腰かけている状態だ。


”ま、その辺は落ち着いたらにしようか”


 家具なんかは好みもあるし、私が勝手に買っちゃうのもちょっとね。

 ……っと、今日のメインの話題はそれではない。


”えっと、それじゃ、あやめ”

「はい――」


 もちろん、メインは新しく私たちのユニットとなったあやめのことだ。

 既に顔見知りだし、改めの自己紹介は必要ないだろうが……私のユニットして続けていく以上、『通過儀礼』だと思ってもらいたい。けじめ――いや今回の場合はちょっと違うかな――は必要だしね。

 私に促され、あやめがみんなの前へと出る。


「鷹月あやめ――ルナホークです。皆様、改めましてこれからよろしくお願いいたします」


 もはや言い訳や申し開きも、前説も何もかも必要ない。

 ただ『事実』のみを告げ、あやめは皆に礼をする。


”――うん、改めて。これからもよろしく、あやめ”


 皆もわざわざ今更余計な言葉は不要、とばかりにあやめを速攻で受け入れてくれた。

 特に桃香は本当に嬉しそうだ。今までもずっと我慢していたのだろう――お互いに。

 ……今後はあやめも『ゲーム』に参加することになるってことは、桃香の身体の面倒を見てくれる人がいなくなっちゃうのはデメリットと言えばデメリットかなぁ。むしろメリットというか良いことの方が大きいのは当然なんだけど。


「ん、……よろしく」

「! はい、ありす様」


 ――今までありすのあやめへの呼び方は『鷹月おねーさん』だった。

 美鈴や楓椛には『〇〇姉』だ。

 まぁ別に差別していたわけじゃない。初対面の時――美鈴と初めて直接顔を合わせた時だ――からの呼び方だったので、変えるタイミングがなかったのだろう。

 それが今変わった。

 ちょうどいいタイミングだったし、何よりも本当の意味で親しい『仲間』となった証と受け取ったのだろう。あやめも笑顔を浮かべている。


「今後は私も皆さまと共に『ゲーム』へと挑ませていただきます。

 ただ、桃香のこともありますので常に参加できるとは限らないこと、ご認識いただければ幸いです」


 っと、あやめもその辺のことはよくわかっているみたいだ。自分から報告してきた。

 高校は既に自主登校の期間に入っているから時間はむしろ有り余ってる方なんだろうが、あやめには他にも桜家で色々とやることがある。

 まぁあやめならうまい具合に調整つけて、桃香と共に普通に『ゲーム』に参加するだろうと思える。

 更にあやめは続ける。


「それと、もしよろしければ次の週末に皆さまをお招きしようと思うのですが、どうでしょう?」

”ふむ……?”


 中途半端に終わってしまったお泊り会の続き……というつもりかな? それと、お礼とお詫びも兼ねているのかもしれない。


「バレンタインデーもごたごたのまま過ぎてしまいましたしね」

”! ああ、そういえば”


 こっちの世界にもバレンタインデーはある。

 で、それが先週――『眠り病』で世間が大騒ぎだった頃だ。私たちも解決方法を探して奔走していた頃で、すっかりと忘れていた。そんな雰囲気でもなかったしね。

 …………あ、なんかあやめが私の方に訴えかけるような視線を送ってきてやがる……。

 き、気付かなかったことにしたい……けど、そういうわけにもいかないかぁ……。


『”……はいはい、お料理教室ね……わかったよ”』

『流石ラビ様と私の仲ですね、以心伝心ですね!』


 と、珍しく私に向かってウィンクしてきおった。

 ……調子のいい奴め。でも、本当にあやめが吹っ切れたようで良かったな、と思うのも確かだ。

 …………まぁ期間が一週間しかないお料理教室は地獄の戦場になりそうだけどね……。何作るつもりなんだか。バレンタインだからチョコ関係……お菓子系かなぁ……と遠い目をしてしまいながらも何を作るか色々と考えてしまう。

 それはともかくとして、週末の集まりだけど皆大丈夫みたいだ。


”じゃあ、細かい時間とか場所はまた後で決めよう。

 で、それと並行して今週から『ゲームクリア』に向けて動き始めたい”


 私の言葉に皆の表情が引き締まる。

 ……そう、今まで私たちの障害となっていたクラウザー、そしてヘパイストスがいなくなったことでいわゆる『悪質なプレイヤー』はいなくなったという認識だ。

 だからここからは『ゲームクリア』を目指して動いていくことになる。

 もちろん今まで通り、ムスペルヘイムみたいな現実に影響を与えかねないモンスターが出てきたり、困っている使い魔がいたら助けるつもりではある。

 ナイアとの戦いでつくづく実感した。『情けは人の為ならず』――ほんと、その通りだった。いや、別に見返りが欲しくて他の使い魔を手伝うというわけではないけど。


「あ、それについては1日時間が欲しい」

「あたしとフーちゃんで攻略チャート作ってる最中にゃー」


 おお、流石!

 楓と椛が33体を効率よく倒すためのチャートを作っているらしい。

 若干運が絡むところはあるんだけど、可能な限り『確実』に倒せるように彼女たちなら組めるだろう。

 既に倒してあるモンスターもいるけど、それ込みで全体チャートを作り不要なルートを削っていく……という形になるみたいだ。


”じゃあ、チャート作ったら……雪彦君経由でありすと桃香、そこからあやめに渡す感じかな”

「バンちゃんにはあたしが直接学校で渡すにゃー」

「…………まぁいいけどさ」


 『ゲーム』内でメモ作って渡すとかできないからね。こういう時、ユニットが身内だったり顔見知りだったりすると現実世界でやり取りできてスムーズだ。


「作ったチャートで間違っているところがないかは、皆でクロスチェックよろー」


 ……やはり全員の記憶でチェックは必要らしい。まぁ『ポータブルゲート』を消費しちゃうけど、『英雄門』に行けば再度チェックもできるからテストみたいに気負う必要もあるまい。

 ちょっと悩ましいのは、複数のルートを分散して潰していくかどうかってところかなー。

 ヘパイストスがいなくなったことだし、『冥界』や『眠り病』のようなことはもうないとは思うが……ちょっとこの辺はピッピにも意見を聞いてみよう。


「ん……いよいよって感じ」

”うん、だね”


 『ゲーム』に私たちが参加してから半年くらい――美鈴との別れの時に決意した『ゲームクリア』という目標がかなり近づいてきた。

 私もありすも、それを実感している。

 ……加えて、『ゲームクリア』だけでなく『勝者となる』という新しい目的が私にはある。

 まだ道半ばなのはわかっている。

 けれども、全く見えなかった『ゴール』が今ははっきりと見えているのだ。

 ならばあとは『ゴール』に向かって突き進んでいくだけだ。


”皆、これからもよろしく。

 『ゲーム』のクリア――それを目指してがんばろう!”


 私の宣言に皆は元気よく応えるのだった。




 『ゲーム』の残り期間は約一か月半……。

 その期間、かつ可能な限り早くに私たちは『ゲーム』のクリアを達成しなければならない。

 ピッピから聞いた『ラスボスの出現条件』を考えてもかなり厳しい……正体不明のラスボスはともかく、その前座となる『三界の覇王』たちも尋常ではない相手だろう。

 だけどもう止まるわけにはいかない。

 『ゲーム』に勝利すること――皆には話せないけど、ができてしまったからだ。

 そのためにはありとあらゆる手を……私にできることならなんでもする。

 そう密かに決意を固めるのであった。




第9章『魔法大戦』編 完












◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ヘパイストスの邪悪な舞台の幕は降りた。

 『ゲーム』を利用した陰謀は失敗に終わり、これでもはや『ゲーム』の進行を邪魔するものはなくなったことだろう。

 ヘパイストスの巻き起こしたことの爪痕は、現実世界にも異世界にも大きく残しはしたが――それも時間が解決することであろう。


 彼に囚われた数多くの人間は一人残らず解放された。

 それは、彼のユニット――エキドナだった玖墨亜理紗も同様だ。例外はラビのユニットとなったあやめだけだろう。

 日常は戻り、再び『ゲーム』は進み始める。




「……」


 目覚めた翌日には、亜理紗は自宅へと戻されていた。

 それについて、病院の医師たちも母親も『不自然』とは感じていないようだった。

 唯一首をかしげていたのは親戚の凛子だけであったが――原因が原因なため目覚めれば後は問題ないだろうとわかっていたため、彼女も特に口をはさむことはなかった。

 当の亜理紗本人も目が覚めたのであれば退院して家に戻るのは当然と思っていたし、他の『眠り病』患者同様に何事もなく自宅へと戻っていった。


 それなりに長い時間眠っていたためか、微妙に身体が痛い。

 おそらくは寝ている間に介護士か誰かはわからないが、最低限身体を動かしてくれたのだろう。

 少し関節が固まり筋力が落ちているせいだろう、と亜理紗は納得する。


「……」


 今彼女は自室でゆっくりとしている。

 入院していたのは一週間にも満たない期間だったが、随分と久しぶりに戻ってきたような気がする。

 自室にある姿見に映る自分の姿を見て、心なしか痩せたように思う。


「ふふふ……」


 亜理紗が小さく笑う。

 しかし――鏡に映っている少女は全く笑っていない。

 むしろ今にも泣きそうな表情で、鏡の中から亜理紗のことを見つめていた。


「全く……ですねぇ……」


 鏡の外の亜理紗は、そう言うと共ににぃっと笑うのであった。

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