第9章76話 エピローグ ~未来へ -5-
後の憂いはこれで完全になくなったと思っていいだろう。
……この世界の今後がどうなるかは、もはや私たちが関わるべきことではない。
ま、ピッピに言った通り、彼女たちではどうにもならない強大なモンスターが出てきたりとかしたら、その時はクエストを出してもらって解決するというのは吝かではない。
エル・アストラエアや他の街や国がどうなるかは――彼女たち自身にのみかかっている。
”それじゃピッピ”
「きゅ、了解よ、ラビ」
今回皆でこっちの世界にやってきたのは、あやめの件だけが原因ではない。
元々の『ピッピのお願い』の報酬――そのためである。
事前に皆には説明してあり、全員がそのつもりだ。
「前にも言ったけど、結構色々と条件があるから覚えるの大変だろうけど……」
「モーマンタイ」
「外付けHDD部隊にお任せにゃー」
……外付けHDDて。
いや、まぁそういう役割を期待してるのは否定できないけどさ。
ピッピも苦笑する。
「……まぁ楓と椛がいれば大丈夫かもしれないけどね」
「俺らもちゃんと聞くっすよ」
そうだね。全員が全員しっかりはっきりと正確に覚えていられるかはともかくとして、互いに記憶の内容をチェックするのは重要だね。
なっちゃんを除いて7人、私をいれて8人もの記憶であれば、整合性チェックはより正確なものになるだろう。
「きゅふふっ、本当に頼りになる子たちね、ラビ」
”ふふふ、でしょ?”
ピッピから受け継いだ子たちも含めて、私の自慢の子たちだ。
まぁまさか異世界を本当に救うまでに成長するとは思っていなかったけどね。
それはともかく――
「じゃあ、『ゲーム』のクリア条件……もっと言えば『ラスボスの出現条件』について話すわね」
私たち『ゲーム』の深奥――最後に戦うことになる敵までの道のりを聞くことになるのだった。
「まずラスボスだけど――ごめんなさい、これについては私から説明できることは何もないわ」
っていきなりかい!?
「ラスボスについては完全に運営側で秘匿していて、私も掴めていないのよ……」
……きっとゼウスが絡んでるんだろうな。
おそらくラスボスについて知っているのもゼウスただ一人なのだろう。
そこまでして隠すことに何か意味があるのか、それとも――実はまだラスボスが完成していないのでお披露目できないだけなのか、後者なら笑い話で済むんだけど……。
「だから、私が教えられるのはさっきも言った通り『ラスボスの出現条件』だけになるわね。これ自体も結構大変なんだけど……」
そう前置きしつつ、ピッピは語り始める。
「まず、前提としてあなたたちは『三界の覇王』と呼ばれる三体の強大なモンスターを倒さなければならない」
”三界の覇王……”
むぅ、仰々しい二つ名だ。
「んー、三体の大ボスを全部倒せば、ラスボスが出てくる?」
「そうね、その考えで間違いないわよ、あーちゃん。
それで『三界』というだけあって――その力は並大抵のものではない、と言っておくわ」
『界』――世界とか、そのレベルのモンスターってことだろうか。
……なるほど、確かに一筋縄ではいかない相手っぽいな。
「三つの世界――『天』『地』『魔』を統べる覇王たち、それらを全て倒して称号『三界を征する者』を持つことがまず第一の条件」
「ピッピ、ちなみにその『三界の覇王』ってどんなモンスターにゃ?」
……聞きたくないくらいとんでもないんだろうけど、聞かざるを得ないかな。
ありすは微妙に不満そうだったけど、私たちの最終目標は期限内の『ゲームクリア』なのだ。
ちょっとずるいかもしれないが有利になる情報は可能な限り得ておきたい。
「……私も実際にどんなモンスターかまではわからないわ。これもラスボス同様に運営が隠しているからね……。
ただ、名前だけはわかっているわ」
実際にどんなモンスターかは戦ってみないとわからないってことか。これもゼウスが隠してるんだな……名前だけピッピが知っているってことは、少なくとも実装はされているのは確実っぽいけど。
「天界には『インティ』、地界には『オオカミ』、そして魔界には『アンリマユ』――モンスターの分類としては、神獣の更に上……『界獣』と言う特殊なものとなっているわ」
神獣の上かぁ……。
今まで戦ってきた神獣は、規模は違えどどれも『自然現象の擬獣化』と言った存在でありとてつもないパワーを秘めていた。
……で、『三界の覇王』は分類上は神獣の上位互換ということらしい。
…………うん、これは本当に気合をいれてかからないとダメだな。
今までだったら危険は避けようと言っていたところだが、『ゲームクリア』を私たちの手でしなければならないとわかった以上、逃げてもいられない。
どんなモンスターなのか事前にわからないのは痛いけど……まぁこれもいつものことと言えばいつものことか。
「そしてここからが難しいところなんだけど、設定上『三界の覇王』の配下にいることになっている各11体のモンスターを全て倒さないと、出現しないようになっているのよ……」
”各11体って……33体も!?”
そ、それは確かに難しいところだ……。
少なくとも一日一体ペースで倒したとしても、ラスボス到達までかなりギリギリになってしまう。
できれば余裕をもってラスボスに挑めるようにしたいところなんだけど……。
「大丈夫、この33体については私が全部把握しているから教えられるわ。
それにそのうち何体かはもう倒していると思う」
”そ、そうなんだ……”
「じゃあ33体について説明するわね――」
”……ど、どう、皆?”
私の言葉に対して、
「オッケー。全部覚えた」
「倍くらいいても全然余裕だにゃー」
楓と椛は余裕の表情で、
「……帰ったら覚えてる限りメモしないとダメっすね、これは……」
「う、うん……僕も自信ないや……」
千夏君と雪彦君は『うへぇ』って感じの顔で、
「んー……片っ端から全モンスターやっつけてけば良くないの?」
バーサーカーなありす、
「ぜ、全然わからないですわ……」
「暗記教科は苦手です」
かなりダメっぽい桃香とあやめ……。
とまぁ、やっぱり楓たちに頼らざるを得ない感じだね……。
ちなみに私は千夏君たちと同じ感じかな。元々ゲームとかそんなにやらないし、似たような名前のモンスターとかレア敵とか、全然覚えられる気がしないや……。
かなり面倒なのが、『特定の手順を踏まないと出てこないモンスター』がちらほらと混じっているところだった。
手順を満たしていないといつまでたってもクエストとして出てこない……って、これ知らないと絶対に詰まるやつだね。
「……そうね。ブランにお願いしてどこかにあなたちが読める形で残してもらうことにするわ。もちろん、あなたたちの言語でね」
”う、うん。そうしてもらえると助かる”
こっちの世界との行き来は今後もできるけど、ピッピと毎回会えるとも限らないしね。
それにその程度の確認のためにしょっちゅう顔を出すのも……こっちの世界の人からすればウザイだろうし、紙なり石板なりに記載してそれを『英雄門』の内側にでも置いておいてもらえればブランたちを煩わせないでも済むかな。
「まぁ、他にも条件があるから、それを聞いて最後に帰る前にもう一度復習しましょうか」
あやめの言う通り、これはもう暗記科目の領域だね。
しかも学校の授業とは違っていわゆる『短期記憶』でどうにかするしかない――人によってはどれだけ頑張っても難しい領域の話だ。
とりあえず私たちはピッピの言葉に甘えさせてもらうことにした……。
「他の条件としては、ユニットの内誰か一人でいいから称号『
”あー、それは大丈夫だね”
アリス、ヴィヴィアン、ジュリエッタが所持しているのは確認済みだ。
ちなみに今改めてステータスを確認すると、ガブリエラ、クロエラ、ルナホークも所持している。
……おや? 今称号を見てちょっと気になるものが増えてたけど――いや、それは後で聞こう。
”この『資格者』って何なの? 称号が実装された時から気にはなってたんだけど……”
他の称号と違って、何がきっかけで得られたものなのかがさっぱりわからない。
ラスボスに挑むための『資格』を持つ者……というのは、ピッピの説明からしてわかるんだけど。
「……ちょっと『ゲーム』のシステム的な話になるから、聞き流してくれても構わないんだけど――」
少し考えつつ、ピッピは続ける。
「ユニットの持つ『魔法』――これがシステム上では『スキル』と呼ばれるものだということは知ってるわよね?
それで、スキルの中には自身の肉体や精神を限界まで使う……死力を振り絞るようなものがあるの。
『
へぇ……?
その説明を聞いて割とすんなりと納得がいった。
アリスは――まぁ正直心当たりが多すぎて何とも言えない。
ヴィヴィアンは多分だけど、最初に戦ってた時に使った《アングルボザ》、ジュリエッタは《
ガブリエラとクロエラはちょっとわからないけど、もしかしたらピッピのユニットだった頃からかもしれないし、ナイアとの最終決戦の時だったかもしれない。まぁ今となっては……という感じではある。
ふむ、だとするとウリエラ・サリエラが『資格者』を持っていないのは当然と言えば当然か。魔法の性質からして早々『極限』状態にはなれないだろうし。
……そう考えると、この『資格者』ってユニットの性能によっては絶対に得られないまたは得にくい称号だよなぁ……ラスボスに挑む資格すら得られない可能性があるわけだ。
まぁ私たちに関しては大半の子が持っているし、心配する必要はないか。
「ラスボスには関係ないけど、『極限魔法』の更に上――『
これはまぁ……勝利条件の一つではあるけど絶対条件というわけではないわね」
なるほど、正に今称号を見て気付いたことに関連している。
『
……極限すら超越した魔法を使っていたってことか……そこまでしないと勝てない、いやそこまでしてでも勝てたかどうかはかなり怪しい戦いだったのだ。文句を言えることではないか。
で、勝利条件ではあるけど必要条件ではないということは、おそらく『ゲーム』の勝者を決める際の『加点ポイント』として扱われるということかな。
例えば私たちがラスボスを倒し、他の使い魔も同様にラスボスを倒した。そうなった時にどちらが勝者かを判定する際に、『超越者』の有無で決める――そんな感じだと思われる。
”ありすたちが一応持ってるね、それ”
「! 本当に……? あーちゃんたちがすごいのは知っていたけど、本当に……なんて言うか……すごいわね……」
語彙力を喪失しておられる……。そこまですごいことなのか……。
「と、とにかく……折角だから他の勝利条件についても触れておきましょうか」
気を取り直してピッピが色々と語ってくれる。
要約すると、大体以下を満たした上でラスボスを撃破できれば、私たちが『ゲームクリア』かつ最終勝者となれる……と思っていいようだ。
まず、称号『超越者』をとにかくいっぱい持っておくこと。通常の使い魔であれば4人までなので、仮に他のチームで『超越者』持ちがいたとしても私たちが不利になることはないだろう。
次にレア称号をいっぱい持つこと。これは強力なモンスターを倒していけば自然と稼げるだろう。
『超越者』もそうだけど、どうやら称号にはレア度によってポイントが決められているようだ。だから、称号をとにかくいっぱい持っておけば、それだけ最後の判定に有利になれるということらしい。
他には『モンスター図鑑』の網羅率を上げてること。称号と同じく自然と上げられるとは思う。特に33体の特殊モンスター撃破のためにかなりの種類と戦わないとダメだろうしね。
後、ジェム……この累計数がかなり物を言うらしい。
”そっか……ジェムは集められるだけ集めた方が良さそうだね。まぁどっちにしても買い物とかレベルアップに使うから今後も集めるのは変わらないけど”
「そうね……まぁあなたの場合はジェムは他の追随を許さないくらい集めたとは思うけど」
”ははは……”
うん、まぁ否定できない。
多分累計で1000万はもう超えたんじゃないかな? ジェム稼ぎに奔走していたというわけではないが、自然と強力なモンスターと戦うことが多かったので結果的に稼げたのだ。
……もし私たち以上にジェムを稼いでいたとしたら、それはきっと私たちと同等以上の力を持っているのと同義だと思う。
「最後にもう一つ――ユニットの性能があるわね」
”? どういうこと?”
「なんといえばいいのかしらね……最終的なユニットの成長度とか? も判定要素として考えられるわ。
まぁこれは……リエラとアーちゃんがいれば問題なくクリアできると思うけど……」
ふむ……?
とにかくユニットが成長していればいいのかな? ラスボス倒せるくらいに成長したのであれば、まぁあんまり考慮する必要はない気はするけど……一応頭に入れておこう。
……なにせ、ピースたちを見てわかる通り、私たちが『最強』とはとても思えないしね。ケイオス・ロアたちもそうだし、どんな強敵が残っているのか――いや、ここまで来たら強敵しか残ってないと思った方がいいだろう。
「…………言うべきか迷うところだけど、一応言っておくわ」
”え、なに?”
微妙にバッドニュースくさい言い回しなのが気になる。
「フレンドの有無については、それ自体は勝利条件には関わらない――正確にはポイントにはなるんだけど他の要素に比べたら小さいから気にするまでもない――けど、状況次第ではあなたではなくフレンドが勝者となりうる可能性もある、と覚えておいて」
”え、マジで? じゃあ私じゃなくてトンコツが勝者になる可能性あるってこと?”
……まぁあいつなら悪いようにはならないだろうとは思うけど……。
「うーん、まぁ本当に『可能性の話』よ。ありうるとすれば、あなたが勝者確定になった後に何らかの理由でゲームオーバーになった……とかでもない限りはないと思う」
”…………そっか、わかった”
皆の手前ピッピがわざとぼやかして言ったのがわかった。
まぁ介入するなら、私の勝利が確定するより前ではあると思うからそんなに高い可能性ではないとは思うが……もしものことは覚悟しておいた方がいいだろう。
……結構難しいな。ゼウスが介入してくるよりも速く勝利を確定させないと拙い、ということを意味しているわけだし。
ま、今考えても仕方のないことか。まずはラスボスまで無事に到達できるかどうかが問題となってくるし。
他の子たちが不思議そうな顔をしていたものの、私もピッピもそれについてはこれ以上の話はせずに濁しておくしかなかった……。
「残りの情報については調べられたら調べておく。それで何か有益なものがあれば――そうね、撫子を通じてまた合図を送るわ」
”了解。そしたら『ポータブルゲート』を使って私……一人じゃ来れないから、誰かと一緒に来ることにするよ”
ピッピにお願いしている調査については、できれば結果が欲しいけど贅沢は言えないかな。調べれば確実に答えが出るようなものでもないし、これはまぁ情報がもらえたらラッキーくらいに思っておこう。
”後は、まぁなっちゃんがピッピに会いたいって時とかに遊びに来るよ”
「きゅふふ、そうしてちょうだいな」
「うむ。ブランも喜ぶであろう」
ブランも、前はだらーっとしていたいって子だったけど、すっかり成長して『巫女様』やってるしねぇ。
ピッピやノワールたちだけでなく、私たちみたいに気安い相手と接するのはいい息抜きになってくれるだろうと思う。
……あんまりお仕事の邪魔しちゃ悪いから、そこまで頻繁に顔を出すわけにはいかないかなとも思うけどね。
”それじゃ、あまり遅くもなれないし今回は帰ろうか”
夜20時に出発してそこそこの時間話もしたし、何よりも33体の情報を皆忘れないうちに戻ってメモっておきたいしね……楓と椛ばかりに頼ってられないし。
皆も表情は様々――暗記に必死なんだろう……――だけど、とりあえず今回はここまでということには異論はないようだ。
ゲートの位置から『英雄門』へと移動しがてら、33体の情報についておさらいしておく。
位置的にはエル・アストラエアの南に少し行ったところ――多分、ガブリエラたちがラグナ・ジン・バランの大群と戦っていた平原の端っこ辺りかな?
流石に10年経ってると激戦の跡もなく、更に昔のような荒地から背の低い草が生えていて天気のいい昼間とかなら気持ちよく散歩できそうな場所になっている。
で、しばらく歩いているとエル・アストラエアの近く……『英雄門』へと辿り着いた。
「ラビ、皆……何度も言うけど本当にありがとう。
直接『ゲーム』に介入することは今の私には難しいけど、それでもあなたたちが困った時には私が力を貸すと約束するわ」
”ピッピ……ありがとう”
今回もらった情報だけでも値千金、と言えるものだろう。
……まぁ流石にピッピがゼウスのように『ゲーム』に直接介入するのは難しいだろうし、気持ちだけもらっておこう。
”それじゃ、今日はこの辺で”
「ええ。続報があれば私から連絡するわ。そうでなくても、たまには顔を見せにきてちょうだい」
……田舎のおばあちゃんかい。
「うむ。神殿には我がおるでな。遠慮せずに来るがよいぞ」
”うん、ありがとうノワール”
彼女も竜体を失い仮体も傷ついてたみたいだけど、今はなんか前より元気になったように見える。
……200年前からずっと戦い続けてきたのだ、彼女たち
”じゃ、ピッピ、ノワール。またね”
「きゅっ、またね」
「達者でな」
アストラエアの世界から私たちは現実世界へと戻る。
……これで今回の件全てについて完全な決着がついた。
ここから先は、私たちの最終目的である『ゲームクリア』及び『ゲームの勝利』を目指して邁進していくことになるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビたちが『英雄門』より自分の世界へと戻った後――
「きゅふっ、これで一段落ね」
「うむ。次は『英雄門』に其方らの話を刻めばよいかの」
「そうね……他の人に頼むわけにはいかないから、ノワールお願いして良いかしら?」
「ふふふ、良かろう」
33体のモンスターについての記録は誰に頼んでも構わないとは言えるが、一般人にはあまりに理解不能で訝しがられるだろう。
その点ではノワールも同じとは言えるのだが……。
「其方らの事情全てを理解してはおらぬが、彼の者らの戦いはこれからが本番なのだな」
「……ええ」
アストラエアの世界の存亡を賭けた戦争ではあるが、ラビたちにとっては『ゲームクリア』というあまりに巨大な目標の前にある『通過点』でしかない。
そのことをノワールも話の流れから何となく読み取っていた。
世話になった分、今度は恩返しをしたいという気持ちは強いが、ノワールが『ゲーム』に参加することはできないし仮に参加できたとしてもユニット相手にはもはや力にはなれないだろうと自覚している。
だからこそ、ラビたちのためになるのであればどんな小さなことでも自分の手でやろう――そう思っているようだ。
「あとは――そうさな、顔を見せに来た時に上手い茶と菓子を振る舞うことくらいか」
「……きゅふふ、貴女も大分所帯じみてきたわねぇ……」
「うむ。何せ子供二人の面倒を見ておったからのぅ……」
そのうち一人はまず間違いなく『エア』のことなのはわかる。もう一人は成長して手はかからなくなったが……。
「私が――エアが成長して新たな巫女となれば、ブランも貴女も解放してあげられるわ。もう少しだけ待ってて……」
「良い良い。我もブランも、今の生活は気に入っておるでな。
じゃが――ふむ。ブランが暇になったら、『
「…………いや、ほんと貴女所帯じみたっていうかおばあちゃんっぽくなったわねぇ」
まるで自分の娘に『孫の顔が見たい』とせがむ老親のような言いぐさにピッピも流石に呆れる。
「うーん、けど確かに……今のブランは半分が結晶竜、もう半分は人間だから――子供作れるわね」
「! ほほう? それは良いことを聞いた。では早速見合い相手を見繕って――」
「いやいや……絶対本人に嫌がられるわよ、それ……」
どこまで本気で言っているのか読めず、ピッピも困惑気味だ。
「冗談はともかくてしてだ」
結晶竜ジョークは難しい。
「彼の者らの『未来』が輝かしいものであることを願うばかりじゃ」
「そうね……困難は多いかもしれないけど、そうであって欲しいわ」
ピッピは本気でそう思っている。
自分の願い――アストラエアの世界の救済は叶った。
ならば次はラビたちの番だろう。
「困難か――ふふっ、彼の者らならば乗り越えられると信じられるな」
「ええ、全くね」
自分たちが手も足も出なかった異世界の邪神を退けたのだ。
その戦いも困難と絶望の繰り返しだった。
しかしそれら全てを乗り越え勝利したのだ。
きっとこれから先の困難も乗り越えていけるだろう――ラビたちも、ユニットたちも。そう、ノワールもピッピも不思議と信じられた。
――が、続くノワールの一言はピッピにとっては理解しがたいものであった。
「……それに、どうも彼の者らには『星の加護』があるようじゃしのぅ……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これは遠い未来の話。
誰が書いたかもわからない、古いおとぎ話に曰く。
この世界はかつて『邪神』によって滅ぼされようとしていた。
しかし、邪神の企みは女神アストラエアと、彼女によって召喚された異世界の英雄たちによって阻止され、世界の平和は守られたという。
いつかまた世界に邪神の魔の手が伸びる時、古都エル・アストラエアの外れに今もまだある小さな祠――『英雄門』から再び異世界の英雄がやってくる……そんなおとぎ話。
「これがその『えーゆーもん』? ……なんかおもってたよりちゃっちぃ……」
「あはは……」
そんな『英雄門』も今では古都エル・アストラエアの観光名所の一つである。
そこへ小さな女の子と母親と思しき女性の観光客がやってきていた。
「おや、観光ですかな?」
散歩中でたまたま近くを通りかかった地元の老婆が声を掛けてくる。
「ええ。昔、このあたりに住んでいたのですが懐かしくて」
そう言って老婆へと女性が振り返り微笑みかける。
「……!」
その美貌に、老婆がわずかに気圧された。
艶やかな黒髪に雪のように白い肌。
そして透き通るような青い瞳――まるで伝説にある『巫女姫』のような……。
「かーさま、なかにはいっていーい?」
一方で子供の方はというと、肌の白さは母親と同じだが、太陽のように輝く黄金の髪に深い紫色の瞳をした、これもまた美しい少女だった。
「
「あーい!
……かーさま! なんかいっぱいかべにもじがかいてある! でもよめないや! あはは、へんなもじー」
『ちゃっちぃ』と言っていた割には興味津々らしく、『英雄門』の中へと入りきゃっきゃとはしゃいでいる。
「……言い伝えによれば、異世界の英雄たちへと向けた『巫女姫』様からの伝言だとか。異世界語で壁に刻まれとるので、ワシらも読めないのですじゃ」
「ええ、そういえば
「……ふむ?」
母親の微妙な言い回しに少し首をかしげるが、『昔このあたりに住んでいた』ということはある程度は聞いたことのある話なのだろうと勝手に納得する。
「かーさま、かーさま!」
中で子供――『オール』が母親を呼ぶ声がする。
「ほほほ、今や古いだけでなーんもない街じゃが歴史だけはあるでな。
ゆっくりとしていってくだされ」
「ええ、ありがとう、おばさま」
母子の観光を邪魔するほど野暮でもない。
老婆はそのまま日課の散歩へと戻る。
――いやはや、まさかな……。
『巫女姫ブラン』――異世界の英雄とセットで語られる伝説の存在とよく似た容姿の母親に少し疑問を持つものの……とりあえず『ええもん拝ませてもらった』と思うことにするのであった。
「ねーねーかーさま、これってなんてかいてあるのー?」
壁に刻まれた文字が全く読めず、オールは母親へと尋ねてみる。
問われた母親は困った顔……をすることもなく、懐かしむような優しい笑みを浮かべその文字を見ている。
「……ふふ、
「かーさま?」
「これはね、忘れっぽい異世界の英雄さんたちに向けてのただのメモなのよ」
「えー? ……なーんだ、ぼく、きたいしてそんしたー」
異世界の英雄に関する重大な情報でもあると期待していたのだろうか、あからさまにがっかりした様子のオールだったがすぐに気を取り直して母親に言う。
「じゃあさー、はやく『しんでん』にいこー?」
「はいはい。神殿ではちゃんといい子にしてるのよ?」
「わかってるよー。
「……だといいんだけどねぇ……」
果たしてこのやんちゃな少女が何分大人しくしていられるか……まぁ多少うるさくしても、きっと『彼女』は微笑んで『元気な子ねぇ』と言うだけだろうが。
母子で手を取り、『英雄門』から古都エル・アストラエアへ。
「……ねー、かーさま」
「どうしたの、オール?」
道すがら、ふとオールが『英雄門』を振り返り、そして母親の顔を見上げて訊ねた。
「ぼく
「……そうね。いい子にしてたら、いつか会えるかもね。
それより、神殿に行って巫女に挨拶したら――次はどこに行ってみたい?」
「うーんとね、えっとねー……!」
観光地なだけあって見回る場所は沢山ある。
オール自身はどこまで理解しているのかわからないが、『伝説』の舞台となったエル・アストラエアだ――伝説にある異世界の英雄のファンでもある彼女は、とにかく所縁の地を片っ端から回ってみたいらしくあれこれ母親に言っている。
「ふふ、一日じゃ回り切れないね。
……ま、時間はいっぱいあるし――ゆっくりと『平和になった世界』を見て回りましょう、オール」
「うん、かーさま!」
――そんな話をしながら、仲の良い母子はエル・アストラエアの中へと向かうのであった。
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