第9章75話 エピローグ ~未来へ -4-

 それにしても10年か……。

 割と何でもありな、現実を超越した『ゲーム』なのはわかっていたし、ピッピもとんでもない力を持っているのはわかっているつもりだったけど、流石に10年ものタイムラグが発生するってのはぶっ飛びすぎていると思う。

 ……いや、まぁエル・アストラエアの住人全員をテレポートで避難させたりとか、現実にはありえないことは今までにも起きていたけど。


”そういや、時間の調整はしたけどこっちの世界は大丈夫なの?”


 朝から昼までで10年もの時間が過ぎていたのだ。

 調整の結果、夜にまた来ることになったんだけど、これで再び10年以上時間が経過したりとかは……まぁ知り合いはそこまで数多くもないし、ピッピやブランたちと話すだけなら問題ないかもだけど。


「きゅっ? ああ、時間のことね。それは大丈夫。次にあなたたちがゲートをつなげるときは、そんなに間を開けない時間につなげるから」

”……お、おう……”


 さらっと言うけど、本当にとんでもないことをやってるんだな……。

 簡単に説明を受けたが理解できているかは怪しい。

 どうやら『時間の流れ』をまるまる弄っているわけではなくて、ゲートの接続時点での『時間』を都度都度調整している……みたいだ。

 今回10年も経過しているのは、アストラエアの世界の時間が加速したわけではなくて、10年後の時点にゲートの出口をつなげたということらしい。

 で、今後はそんなに長い期間を開けずにゲートをつなげるつもりとのことだ。

 ……それはそれで、あんまり頻繁にならないように気を付けないといけないかもね。そのつもりはなくても、『恩の押し売り』に感じられちゃうかもしれないし。


”それじゃ、一旦解散しようか。また後で来るよ”


 今度は皆揃ってかな……あやめを連れてくるかどうかはちょっと悩みどころなんだけど……。


「きゅきゅ、鷹月あやめさんについては――そうね、私たちから直接話してあげるのがいいかもしれないわね」

”うーん……悩ましいけど、本人の中でケリをつけるためにも、一度来た方がいいのかな”


 『ゲーム』を続けるにせよ辞めるにせよ、あやめの気持ちに決着をつけてあげたいというのには変わりない。

 本人に確認を取って、それからかな。




 その後、ありすたちを呼び戻してから私たちは一度現実世界へと戻った。

 ゼウスからの妨害を警戒して今回は『ポータブルゲート』でだ。

 ピッピと調整した時間帯の直前に一度行ってクエストをクリア、その直後にピッピの新クエストを受領して向かう――そういう手はずとしている。

 まー、おそらくは大丈夫だろうとはピッピも私も思ってはいるけど、念のためだ。




 戻ってきた後は自由時間だ。

 ……向こうに結構長い時間いたと思うんだけど、現実世界の時間はほとんど進んでいなかった。これなら皆ですぐに行っても問題ないかもしれないけど、まぁ調整済みだし急ぐ必要もあるまい。

 それよりも現実世界の情報収集を今は優先しよう。




 夕方まで楓たちに加えて私も情報収集をしていたが――結果、『眠り病』患者は一人残らず目覚めたというのが確定した。

 あやめみたいに入院せずに保護されている子は稀だろう。というか、あやめだって『眠り病』になったと保健所? とかに報告はされているはず。

 ……流石に誰にも連絡せず、自宅で眠り続けている子はいないだろう。大人ならともかく、基本的には皆未成年だし保護者と同居していると思うし……絶対ないとは言い切れないけど、かなり確率は低いはずだ。

 なので、ヘパイストスを倒したことでピースにされた子たちは全員救出された、そう判断して間違いないと思う。

 これで今回の件は完全解決かな?

 ……いや、残っている問題は一つある。

 あやめの件だ。

 彼女の心情についての件だけが残っている……と言えよう。

 まぁあやめをユニットにするときに考えたように、いっそのことユニット解除して『全てを忘れる』……というのも選択肢の一つではあるんだけど、できればあやめ自身にすっきりとしてもらいたいというのが本音だ。私の勝手な思いであることもわかっている。

 だから……ちょっとずるいかもしれないけど、ここはあやめの意思に任せようと思った。

 あやめ自身が、彼女の思う『罪』と向き合うつもりであれば――私は全力であやめを助ける。

 逆にやはり耐え切れないというのであれば、ユニットを解除する……それは単に『逃げ』とは取られないだろう。元より責任は彼女にないのに責任を感じさせられてしまう事態だ、いっそのこと全部投げ出すというのは普通に『あり』だと思う。

 ……これがなぁ……ありすたちくらいの子供だったら、強権発動させて――と考えなくもないんだけど、流石にあやめくらいの年齢になってしまうとちょっと躊躇われる。

 ずるいかもしれないけど、これだけは本人の意思を確認しないとね……。




 んで、ピッピとの約束の時間――夜の20時ちょっと前。

 予定通り一旦『ポータブルゲート』を潜ってから『離脱リーブ』を使ってクエストをクリアして、それからピッピの出してくれたクエストを受領しなおす。


”さて――”


 この時間帯なら皆自由に動けるだろう、ということで設定させてもらった。

 ……まぁ、なっちゃんだけはお眠の時間なのでお留守番だけど。

 マイルームに集ったなっちゃん以外の面子――特に、あやめへと視線を向けて私は言った。


”……それじゃ、エル・アストラエアへ向かうけど、いいかな?”

「…………はい」


 少し緊張しているのは伝わるけど、『恐れ』は見えなかった。

 あやめの返事を以て、私たちはエル・アストラエアへと向かう――本当の意味で、今回の戦いに終止符を打つために。




*  *  *  *  *




 クエスト――『未来への道』を受領、私たちは再びアストラエアの世界へとやってきた。

 場所はちょっとエル・アストラエアから離れた、人気のない場所である。『ゲーム』の仕様上、どうしても『人』に類する知的生命体の近くにはゲートを創ることはできないみたいだ。無条件でなんでもできるのは、運営……ゼウスくらいなのだろう、きっと。

 まぁ間違ってクエストのゲートをくぐってクリアにしちゃうのもアレだし、それはそれで構わない。ピッピの提案通り、『英雄門』の方に『ポータブルゲート』を開いて今後は出入りするようにしよう。


 時刻は夜……一日に何度も『異世界の英雄』がやってくるのも、一般人は気を遣うだろうということで現実世界と合わせてもらった。まぁおそらくこっちは真夜中になっているだろうけど。

 さて、ここからエル・アストラエアまで皆で向かうか……というところで、


「きゅっ、皆来てくれたのね」

”ピッピ。そっちから来てくれたんだ”

「きゅきゅっ、こっそり忍び込むってのも難しいでしょうしね」


 ゲートの近くに待機していたのだろう、ピッピとノワールが待っていてくれた。

 まぁ確かにエル・アストラエアに忍び込むのもちょっとアレだし、何よりも『エア』は確実にお眠の時間だろうしね……。

 ブランは現在の巫女様なのだ、深夜に外に出るわけにもいかないだろうし。


「すぐ近くに小屋があるでな。そちらで腰を落ち着けて話をしようぞ」


 ピッピがあらかじめゲートの位置を調節し、その近くに小屋を建てていたようだ。

 私たちはノワールに案内されてそちらへと向かっていった。




 小屋は結構広く、食糧さえあれば何日か普通に暮らせるような意外としっかりとした作りであった。

 まぁ今回に限ってはそんなに長居するつもりはないけど……。


”さて――”


 一同が小屋の居間……というかメインとなる部屋へと集まっている。

 モンスターの気配も何もなく、『安全が確保されている』ことはわかっているため、皆変身を解いてリラックスしている状態だ。

 この世界にやってきた目的はピッピと『報酬』について話すことがメインではあるんだけど……どう切り出したらいいもんか。


「ピッピ様」

「……きゅ、鷹月あやめさん」


 私が悩む間もなく、あやめが意を決し一歩前へ出てピッピ――を抱えたノワールの前へと踏み出す。

 ……出遅れてしまったとは思うが……うん、ここはまずあやめの問題を解決した方が良いな。

 私も、他の皆も下手に口を出さずにあやめのことを見守る。


「……この度は、多大なる迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って深々とあやめは頭を下げた。

 ヘパイストスに操られていたから、というような言い訳は一切せず、『己の過ち』としてあやめは受け止めそれを素直に謝罪する。

 ……何度も言うように、私たちからしてみればあやめの『責任』なんて一切ないとは思うんだけど……あやめ自身がどう思うかこそが重要だ。

 だから、彼女の気が済むようにしてあげたいし、できればすっきりとしてもらいたい。

 『償い』として考えていたエル・アストラエア修復は、10年の時を経てもはや私たちが手を出せることは何もなくなってしまった。

 あやめにやれることは……本当に謝罪して気持ちの整理をつけることしかない。


「きゅぅ~……頭を上げて、鷹月あやめさん」


 そんなあやめに、少し困ったような、けれども優しい口調でピッピは語り掛ける。


でしょう? だから、貴女を責めることなんて絶対にありえないし、貴女に一切の責任がないこともわかっている」

「しかし……」


 ふむ? ピッピの言い方にはちょっと引っかかるものはあるけど……まぁいいや。

 当然と言えば当然だけど、ピッピもあやめに責任はない、と断言してくれている。


「むしろ、あの時――ルナホークとルールームゥが街を破壊したことには『意義』があると私は考えるわ」

「それは……どういう……?」


 細かい流れはわからないけど、あの時ジュウベェの言い草から考えると――ジュウベェの襲撃とルナホークたちの襲撃は別々の命令系統からのものだったと思われる。

 多分、ジュウベェがエキドナ、ルナホークたちがナイア……じゃないかなと思う。

 私たちを直接狙わせたエキドナの命令を察知し、ナイアがルナホークたちに止めさせに向かわせた……そんなところじゃないかな?

 ……あれ? 確かにちょっと変な感じはするな。

 私の推測通りだったとして、ルナホークたちが街を破壊する理由はこれっぽっちもない気がする。

 ……『神樹』の避難所に隠れている私たちをおびき出すため、ではないだろう。なぜならジュウベェは普通に侵入してきていたわけだし、ルナホークたちだって同じように潜り込むことは可能だったはずだ。

 なのに不必要と思われる街への攻撃を行ったのには――何かしらの『意図』があったように思える。

 これが自分の意思を持つピースであれば、単純に破壊活動をしたいから……という動機もありえなくはないんだけど、『ナイアの命令』でジュウベェを迎えに来たのであればそれを最優先とするはずだ。

 ルールームゥはともかく、『洗脳』状態であるルナホークはナイアの命令には絶対服従だっただろう。あまり余計なことをする余地はないんじゃないだろうか?


「あの時の攻撃は、街に対してが目的ではないと私は考えるわ。

 あれはだったのよ」

「え……!?」

妖蟲ヴァイスが残ってたってこと!?”


 私たちの驚きの反応に、ピッピは小さく頷く。


「うむ。ガブリエラたちとの戦いが終わったと、ルージュとジョーヌが街へと戻ったことは知っておろう」

「うん。『神樹』の防衛と修復のために戻ったはず」


 このあたりは楓たちの方が詳しいか。私も軽く聞いただけだし。


「その際に、『ぞんび』ではない蟲の死骸を幾つも発見しておったのじゃ」

”ま、マジか……”


 蟲なだけに本当にしぶとく隠れて生き残ってたのがいたってことか……。

 ――ああ、なるほど。ピッピの言いたいことがわかった。


「きゅ……というわけよ。

 もしあの時にルナホークたちが街を攻撃して隠れていた妖蟲の生き残りを潰していなかったら――」


 避難させていた人々が帰ってきても、妖蟲に襲われて命を落としていた可能性がある……。

 そこまでルナホークが考えていたとは流石に思えないけど……結果としてそうなったわけだ。


「……ルールームゥ、っすね。多分」


 何やら思い当たる節があるのか、千夏君がそう言った。


「……ルールームゥならば、ルナホーク私の身体をある程度操れたかもしれませんね……」


 こちらも心当たりがあるのだろう、あやめもうなずいた。

 ふむ――流れとしては、こういうことか?

 まずルナホークたちがエル・アストラエアへとやってきたのは、私の推測通りジュウベェを連れ戻すため。

 で、その時にルールームゥが妖蟲が残っていることをどういうわけか察知し、殲滅するためにルナホークと共に街へと攻撃を仕掛けた――ピンポイントで妖蟲だけを殲滅するには時間がかかるし、何より『ジュウベェを連れ戻す』が主目的なのだ。あまり不自然な行動を取るわけにはいかない。

 だから『街への無差別爆撃』という、少し命令からずれていてもナイアが文句を言わないような行動をとって、密かに妖蟲を倒していた……。

 私がまとめた推測を皆に話すと、


「なるほどにゃー。うーちゃんの言う通りっぽいにゃ」

「ん。わたしもそう思う」

「……うぅ、だとするとわたくしの吶喊は……あうぅ、恥ずかしいですわ」


 桃香だけはちょっと反応が違うけど、まぁ皆同意してくれたと思っていいだろう。


「そ、そんな――」

「信じられないかしら? でも、妖蟲の死骸があった――そしてそれは前日の戦いのものでも、ベララベラムのゾンビでもないということは……そうとしか説明できないわね」


 多少強引な節も否めないけど、ピッピは笑いながらそう言う。

 ……ま、ナイアたちが何を考え、実際にルナホークたちをどういう意図で動かしていたのかまでは流石にもうわからないし、どうしても私たちの希望的な推測が混じってしまうけどね。

 結果として潜んでいた妖蟲を倒した。それが確たる結果なのだ。

 呆然とするあやめに向かってピッピは続ける。


「だから、貴女が謝る必要はその意味でもないわ。

 貴女たちが街ごと妖蟲を駆除していなかったら、戦いが終わった後にも犠牲者が出てしまっていたことでしょう――むしろこちらが感謝すべきことよ」

「…………」


 どう反応していいかわからず、あやめが混乱しているのが見て取れる。

 まぁだからと言って『なら良かった、存分に感謝してください!』なんて言えるような性格じゃないしね……いくらなんでもそんなこと言ったら私も怒らざるをえない。

 あやめも色々と想定外の事実を聞かされて混乱しているのはわかっているのだろう、ピッピはこの機に畳みかける。


「故に、この世界の神として鷹月あやめ――汝に告げます。

 。汝もまた、この世界を救った英雄であると」

「…………!」


 ふふ、そうだね。

 妖蟲の生き残りの件を別にしても、ルナホークがいなければラグナ・ジン・バラン中枢へと向かってヘパイストスを倒すことはできなかったんだし。

 そういう意味では、ピースたちだって英雄の一員であると言える。

 ……仮にピッピがそう言わなかったとしても、私たちだけはそう言うだろう。


「きゅふっ、もしそれでもまだ貴女が気に病むというのであれば、続けて告げましょう。

 貴女の後悔や罪の意識は、『未来へ』向けなさい」

「未来へ……」

「そう。これから先の未来――貴女たちが挑む本当の戦い、『ゲーム』のクリアへと向けて貴女の全てを使うことこそが、きっと『罪滅ぼし』になると思うわ」


 ……。


「どうかしら、鷹月あやめさん?」

「…………寛大なる沙汰、感謝いたします」


 そう言ってあやめは深々とピッピに向けて頭をもう一度下げると、今度は私たちの方へと向き直り再度頭を下げた。


「ラビ様、皆様――ピッピ様より『汝に罪なし』と言われましたが……それでもやはり私自身はこのままでは納得できません。

 ですので、どうか私にも皆様の手助けを行わせてください」


 ……もし彼女が『ゲーム』を辞める、と言ったなら躊躇わずにユニット解除するつもりではいたんだけど……。

 ピッピめ、あんなこと言ったら誰でも無理言ってでも『ゲーム』を続けるって言わざるを得ないじゃないか……。

 私の無言の抗議の視線を受けても、ピッピは楽しそうに笑うだけで一向に堪えていないようだ。

 ……まぁ、でもあやめの言う通りか。

 『このままでは納得できない』――その気持ちも理解できる。

 私たちは互いに視線を向けあい、皆してうなずいた。

 仕方ないか、とは言うまい。

 むしろ本音としては大歓迎なのには違いないのだから。


”うん、もちろん。これからもよろしく、あやめ”

「――はい!」


 頭を上げたあやめの顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。




 ――こうして、私たちの今回の戦いは、ようやく本当の意味での終わりを迎えられたのだった。

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