第9章11節 夢見た世界の終曲

第9章70話 全ての夢が醒める時

*  *  *  *  *




 私たちが地上へと戻ってきた時には、もう全てが終わっていた。

 入れ違いで中枢へと向かっていったピースたちが、どうやら中枢を破壊してくれたらしい……。

 ……きっと、彼女たちなりの『贖罪』だったんだろう。そうする以外に報いることができない……そう思って。


 本当に、今回の戦いは私たちだけではどうにもならないものだった。改めてそう思う。

 私のユニットたちには言うに及ばず。

 ケイオス・ロアたちがいてくれなければナイアの元にたどり着くことすらできなかった。

 トンコツたちが協力してくれなければ、『アルアジフ』の取り込んだ『神核』を奪い返すことは出来ず、奴の力は削れていなかった。

 オルゴールだって最後の『詰め』として危険を顧みず戦ってくれたし、ルナホークがいなければヘパイストスの元へ向かうことはできず中枢はエル・アストラエアへと正確に落下してきたかもしれない。

 ……そして、ピースたちが命を捨てて中枢を破壊してくれたおかげで、この世界は守られた。


 …………振り返ってみれば、結局のところヘパイストスには『味方』なんていなかった。

 奴のために全身全霊で戦おうとする子は、誰一人としていなかった。

 私自身に人徳があるから皆助けてくれた、なんて欠片も思っちゃいないけど――私たちと奴との一番大きな差は、結局なんだろうと思わずにはいられない。




 さて、とにもかくにも私たちは地上へと戻ってこれた。

 中枢でヘパイストスを撃破した時点で、ラグナ・ジン・バランたちは完全に動作を停止したらしい。

 ……見た目不気味なモンスターじみた兵器が、まるで死体のようにぐったりとしてあちこちに転がっている様は目を覆いたくなっちゃうけど……。

 二度と動くことがないのであれば、まぁこの後始末はあとでゆっくりとやることにしよう。どうせしばらくはこっちの世界と現実世界を行ったり来たりになるだろうし。


”トンコツたちの方はどう?”


 どう、とは先ほど気付いた違和感――『クエストクリアになっているか』ということについてだ。

 私の方はヘパイストスを倒した時点でクリアとなっていることを確認した。


”あー……実は俺たちの方は、ナイアを倒した時点でクリアになってたんだよな”

”え、そうなの!?”


 申し訳なさそうにトンコツは言うが、むしろ私の方が申し訳ない気持ちだ。

 ナイアを倒した時点で皆が撤退してしまっても本来は文句の言える立場じゃない。それでも危険を承知で残ってくれたのだから感謝しかない。

 ……って、あんまりこの場で話し込んでもいられないか。


”トンコツ、ヨーム、バトー、タマサブロー、ライドウ……皆助けてくれて本当にありがとう!

 ちょっと状況が状況だし、一旦この場は解散して後でまた改めてお礼させて”


 いつもの癖で長々と話してしまいそうになるのを自制。

 今回に限ってはとにかくまずは現実世界に戻って状況を確認しなければならない。


”トンコツ、悪いけど――”

”わかってる。連絡役は任せとけ”


 いつもいつもすまないねぇ……。


”ブラン、ノワール。私たちは一旦戻るよ。しばらくしたら戻ってくるつもりだけど……”

「わかったー。ぼくたちもとーぶんはエル・アストラエアにいる」

「うむ……我らのうち、誰かしらは残るようにしておこう」


 私たちがこっちの世界に戻ってくるにしても、誰も知り合いがいないとなると困るしね。

 ……けどまぁ、何から手を付ければいいのか……やることが多すぎて逆に迷う事態だ。


”うーん……ピッピがいればなぁ……”


 動くにしても方針やらが定まらないからなぁ。

 今までだったら、まぁとにかく『敵と戦う』で大体の問題は解決するか先に進むかしてたし……。

 と、私のぼやきに対してトンコツが首をかしげる。


”うん? ピッピ――アストラエアなら、そこにいるじゃねーか”

”へ?”


 彼の指す方には――ブランがいた。

 いや、確かにブランはどうやら巫女アストラエアと融合したことで復活したので、ある意味で『アストラエア』と言えないわけではないが……。


「きゅー……気付かれちゃった……?」

”……ふぁっ!?”


 ブランの頭の上に乗っかっていたキューが、突然喋り始めたのだ。


”え……ピッピなの!?”

「きゅきゅっ」


 ま、マジかー……。

 …………言っちゃなんだけど、ヘパイストスもえらいしぶとかったけど、ピッピも同じだなー……いや、無事? でいてくれたのはもちろん嬉しいんだけど。何か複雑な気分だ。

 というか、謎の存在だったキューだけど、ピッピ関連だったのか……?


「きゅっ、ま、まぁ細かい話はまた後でやりましょう。

 今はとにかく、あなたたちの世界の確認をしないと」

”そ、そうだね”


 ヘパイストスを倒し、ピースたちも全員解放されたはずだ。

 『眠り病』解決のことを確認してから、またこっちへ戻って落ち着いて会話……今後の方針をピッピを交えて決める、って感じかな。


”トンコツたちはどうする?”

”俺たちは流石にもうクエストクリアして戻るぜ。ここに来たこと自体がイレギュラーだったし、頻繁に来ない方が良いだろうしな”

「きゅぅ~……そうね。まぁあなたたちには、『ゲーム』終了後にでも改めてお礼をさせていただくわ」


 ……事後処理全部私たちに丸投げされているような気はするけど、まぁこれは仕方ないか。


「ラビ……私、は……今日明日は、桃園台にいる、わ……」

”わかった。こっちには?”

「状況が、落ち着いたのを確認、したら……伺う、わ。いい、かしら……ヴィヴィアン?」


 桃京にいるはずのプラム海斗君がクエストに参加しているのは、今更だけど驚いたがこちらへと来ていたのだろう――まず間違いなくあやめの状態を聞いてのことだろう。

 ということは、言葉通り落ち着いたら桃香の家に来るつもりなのだろう。


「はい。大丈夫ですわ」


 桃香もOKみたいだ。ま、拒否する理由もないしね。


「くくく……もしかしたら我らも行くかもしれぬ」


 キンバリーもそう言う。

 ……だよね。あやめのクラスメイトだし、状況はわかっているよね。


「? かしこまりましたわ」


 まぁ桃香はキンバリーたちの正体を知らないし、首を傾げたけどこちらにもOKを出した。

 プラム海斗君はともかく、キンバリーたちは桜家がバタバタしてる間は来れないかもしれない――まぁクラスメイトだし、あやめが目覚めれば連絡は容易だろう。


”よし、そんじゃ俺らは一足先に引き上げるか”


 いつまでも話していてもキリがない。私たちの悪い癖だ……。

 トンコツが号令をかけ、新生エンペルシャークに乗り込んで皆は空中のゲートから帰っていくのだった。




 そして、私たちも帰ろうか、というところでオルゴールが戻ってきた。


「ただいま戻りまシタ」

”オルゴール、お帰り……っていうのも変かな。大丈夫だった?”


 結構時間かかったみたいだけど。


「ハイ、大丈夫デス。『眠り病』の件にツイテ、情報を調べテおりまシタ」

”! どうだった!?”


 そうか、入院患者だし同じ病院に『眠り病』患者がいたのかもしれない。


「ニュースでも速報ガ流れてまシタが、次々と目覚め始めているようデス」

”よ、よかった……!”


 成り行きでヘパイストスを全力でぶっ飛ばす方向で話が進んじゃったから、実は少し不安だったんだよね……。

 どうやら『眠り病』患者が目覚め始めた、ということを知って病室のテレビとかで情報収集をしていたために時間がかかったみたいだ。


”ありがとう、オルゴール”

「イエ……。他の皆サンは戻られたようデスね」

”うん。私たちも一度戻って諸々状況確認してから、またこっちに来るつもりだけど――オルゴールはどうする?”


 トンコツたちと違ってオルゴールは私たちと同じクエストに来ているはずだ。

 同じくクエストクリアになってはいるだろうけど――あ、よく考えたら私たちのゲートって『天空遺跡』にあるんだった……まぁここは何か手段を考えよう。

 オルゴールは少し考え込んだ後、首を横に振る。


「ワタクシは、ここマデにしておきマス。

 ――『仲間』も待たセテいますノデ」


 そう言って向けた視線の先には――やはりと言うべきか、ケイオス・ロアとBPブラック・プリンセスがいた。

 やっぱり、オルゴール関係だったか。


”……そっか、わかった。君にも色々と話したいことやお礼が言いたいところだけど――”

「ソレについてハ、イズレ……また会うことになるでショウし」


 ……だね。

 彼女に聞きたいことはあまりに多すぎる――特に最初にこの世界へとやってきた経緯について、具体的には彼女たちの使い魔の思惑についてだ。

 まぁそれ以上に感謝の方が大きいのは確かだ。

 あちらさんの意向もあるだろうし、ここで無理に引き留めたりまた呼び寄せたりは難しいだろう。

 ……果たして次に会う時にも協力関係になれるかどうか……。


「ありす」

「ん……ロア」


 一方で、問題のありすとケイオス・ロアだったが――


「やったわね」

「ん、やりきった」


 互いにぱしん、と手を合わせるだけでその場は終了した。

 ……ふふっ、やっぱりなんだかんだで二人は通じ合ってるみたいで良かった。

 …………まぁ、なんだか桃香とBPの方から不穏な気配が漂っているような気はするけど……まぁ見なかったことにしておこう……。


「じゃ、あたしたちも一足先に戻ろっか」

「承知」

「ハイ。『離脱リーヴ』を使いまショウ」


 そっか、クエストクリアしたから脱出アイテム使えばいいのか。ボックスに確かあった覚えがあるし、もうこの世界に来る必要もないとなったらそれを使うとするかな。流石にここからまた『天空遺跡』に移動するのは大変だしね。


”オルゴールたち、本当にありがとう”

「ん……ロア、後で話がある」

「…………そーね、まぁそっちも落ち着いたらってことで」


 微妙に目線を逸らしながらケイオス・ロアは言った。

 オルゴールに聞くよりも、後で美鈴に直接問い詰めた方が早いか。

 きっと話せない事情もあるんだろうけど――まぁその辺は割り切って、お互い言いたいことはいっぱいあるだろうし、話せることだけ話せばいいか。

 ケイオス・ロアたちもまたこの世界から抜けていった。

 ……できれば次に会う時も友好な関係でいたいもんだけど、こればっかりはどうなるか全くの未知数だ。




「それじゃ、私たちも撤収?」

”そうだね。家のこととか諸々片付けて、落ち着いたらまた連絡取りあって集まろうか”


 最後に残った私たちも一旦解散することにした。

 予定していた時間よりだいぶ遅くなってしまったことだし、早めに現実世界には戻った方がいいだろう。特にいつも朝それなりに早いらしい楓たちは『眠り病』と勘違いされやすいかもしれない。


”じゃ、ピッピ、ブランたち。私たちも一度向こうに戻るよ。

 こっちには――今日中には一度顔を出せると思う”

「きゅっ、了解よ」


 ……違和感半端ねーな、キュー=ピッピって……。

 次に来る時は、なっちゃんも目を覚ましているだろうし、ピッピとの再会もできるだろう。


「おっし、んじゃ帰りますか」

「う、うん!」

「帰ったら、まずはニュースのチェックからかにゃー」


 流石に今度こそ戦いが終わったことを皆も実感しているのだろう、完全に緊張感は抜けてしまっている。

 ま、元凶のヘパイストスも完全に倒したことだし、これ以上問題は起きないとは思うし、実際私も結構張りつめていたものが弾けた自覚はある。


”よし、それじゃ『ポータブルゲート』を開くよ。

 ピッピたち、また後で!”

「ええ、本当にありがとう――皆。また後でね」


 私たちもアストラエアの世界を去り――いつもの殺風景なマイルームへと戻ってきたのだった。




 ルナホークも変身を解き、あやめの姿へと戻っている。

 その場で再び皆に頭を下げたそうな気配を察し、私が先に言う。


”あやめ、まずは現実世界に戻って鮮美さんたちを安心させてあげよう”

「…………はい」


 ここであんまり長時間話してしまうと、『他の子が目覚めたのに……』となって余計な心配を与えてしまいかねない。

 何はともあれ、まずは『眠り病』が完全解決したことにしなければならないだろう。

 私が言わなくても皆それはわかっているようで、うんうんとうなずいている。


”――っと、そうだ。桃香”

「はい、なんでしょうか?」


 とはいえ、一言だけあらかじめ言っておかないとね。


”私たちへの連絡は、でいいからね”

「……っ! はい!」


 私の言わんとしていることがわかったのだろう、ちょっと照れくさそうな、でも満面の笑みを浮かべて応えた。


”よしっ、それじゃ皆お疲れ様! また後でね!”


 現実世界のことは気になるし、皆も最後の方は戦い続きで疲れているだろう。

 さっさと解散して戻ることにしよう。

 有無を言わさぬ私の宣言に、皆も揃って頷くのであった。




 ――こうして、私たちの長い……本当に長い戦いは終わりを迎えたのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 現実世界での午前7時を少し過ぎたころ――ベッドの中で桃香は目を覚ますと、着替えもせずにコートだけを手に取り家から飛び出す。

 家の中には他に誰もおらず、普段なら不安に駆られるそれこそが、正に桃香の待ち望んでいたことが叶えられたことを意味している……と思うと居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。

 パジャマのまま上着を着て一目散に駆けだした先は、桃園の領域内にある高雄の診療所だ。

 ――そこに、あやめはいるはずだ。




 予想通り、桃香の家の者たちは診療所にいた。

 きっと眠っている桃香を起こさず、まずは様子を見てから……というつもりだったのだろう。

 伝言役に誰か一人残せば、とは誰も頭が回らなかった――実は桃香の兄がいたはずなのだが、部屋で眠りこけているので何の役にも立たないと判断されたのだが……。

 それはともかく。


「お、お姉ちゃん!」

「……桃香……」


 病室へと飛び込み叫んだ桃香の声に、少し弱弱しくはあるがしっかりとあやめは答えた。

 皆が泣いていた。

 けれどもそれは悲しみではなく喜びの涙だった。


「う、うぐっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! おねえちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 堪らず桃香も大粒の涙を零しながらあやめへ突進。

 未だ寝込んだままのあやめに縋り付いてわんわんと泣き声を上げる。

 ……体感時間でほんの少し前にも同じようなことがあったなぁ、とあやめは苦笑いしつつも――自然と彼女の目からも涙が零れ落ちた。


「……本当に、ありがとう――桃香」

「うばぁぁぁぁぁん! よがったよお゛ぉぉぉぉぉぉっ!!」


 色々と言いたいこと、言わなければならないことがあるとは思っていたが、これだけは必ず言わねばならないと思っていた言葉を――本当なら一週間前に言わなければならなかった言葉を、あやめは口にした。


「……、桃香」

「! う゛んっ、お゛はようっ、おねえちゃん!」

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