第9章71話 新たな夢が始まる時

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 異世界での戦いが終結し、ケイオス・ロアたちがマイルームへと戻った直後のこと――


「ふぅ……終わったわね。お疲れ様、パイセン」


 湖と草原のマイルームへと戻った後、自分たちしかいないことを確認した後に変身を解き、大きく伸びをして美鈴ケイオス・ロアはそう声を掛ける。


「……う、うん……お疲れ様、堀之内さん」


 オルゴールも変身を解いて入院着姿の少女へと戻る。

 彼女たちは時々こうして元の姿で会話をしているのだ。

 ただし、『アル』と呼ばれる人魚姫だけは頑なに元の姿を晒すのを拒むため、彼女がいない時に限られているが。


「『アル』は既にいないのです。薄情なのです。でもいつものことなのです」


 美鈴の足元からそんな声が聞こえてくる。


「ふふっ、まー……無理強いはできないしね」


 苦笑しつつ、ぷんすかと怒っている小さな子供の頭を優しく撫でる美鈴。

 ……彼女の腰の高さにも満たないくらいの幼い少女……幼稚園児くらいであろう少女こそが、BPブラック・プリンセスの正体なのであった。

 本体の声と変身後の可愛らしい声が全く同じという、割と珍しいユニットである――見た目の割に声音が変わらないという意味でとても珍しいと言える。

 彼女の名は『月宮茉莉』という。


「で、どうだった、パイセン? っしょ?」

「…………」


 美鈴の問いかけに、マキナは言葉を詰まらせ少し考え込み、


「……そうだね。大変だったけど、楽しかった、かも」


 そう答えた。

 振り返って考えれば大変なことは多かったが、今までにないほど『ゲーム』を楽しんでいた自分がいたのは確かだ、とマキナは思う。


「ふふん、でしょ?」

「……な、なんで堀之内さんが自慢気なの……?」


 そこは謎だった。


「それに、入院中のいい暇つぶしになったっしょ?」

「それは――まぁ……」


 本体の顔を見せていることから、お互いのおおよその事情は理解している。

 当然マキナが受験生でありながらもこの時期に入院していることは美鈴も理解していた。

 美鈴本人は今まで入院したことはなかったが、マキナの愚痴を少し聞いていたので理解したつもりではいる。




 ……今回、使い魔の指示に従って『天空遺跡』に向かうメンバーを決める際に、マキナオルゴールを強く推薦したのは美鈴ケイオス・ロアだった。

 どういうわけか彼女たちの使い魔・ミトラは状況をよく把握しており、『天空遺跡』に重要な『鍵』がありそこへとラビたちが向かうであろうことまで知っていた。

 なので本音では自分が行きたい気持ちでいっぱいだったが美鈴は行くことが出来ない――結局あとでラビたちの前に姿を現すことになったが。

 BPは戦力としては申し分ないが、見た目にそぐわない可愛らしい声が嫌なのか、基本的にはあまり喋らないためラビたちに不審がられるだろう。

 だから、消去法的にもマキナが適任だったのだ。

 そうした理由も力説しつつ、『絶対楽しくなるから! 入院してて暇だって言ってたじゃん!』と押し切ったという経緯があった。


「美鈴ちゃんの方が楽しそうなのです」

「そう?」


 ……というものの、実際に美鈴が楽しくなっているのは確かだ。

 ラビとアリス――あの二人と共に『ゲーム』に挑んた時の『ワクワク感』を今も美鈴は覚えている。

 普通に『ゲーム』に挑んでいるはずなのに、なぜか普通ではない体験をさせられる――本人たちが果たしてそれを望んでいるかは別として――それはきっとマキナも『楽しい』と思ってくれるはずだ、と思って推薦したのだった。

 そして自分の狙い通り、マキナも楽しんでくれたことは、つまりは自分の目が確かだったこと、そしてラビたちをマキナが評価してくれたことを意味すると考え、彼女の方が嬉しく感じられているのだ。

 『かつての相棒』であり『自慢の友達』が褒められたようで嬉しいのだろう。


「……ぶぅ」


 茉莉はそれが少し面白くないのか、今度は美鈴に対してふくれっ面を晒す。


「……ま、まぁ確かに堀之内さんの言う通り、今までにない経験だった……かな。

 …………お、男の子とお話できたし……ぐふっ」


 最後の言葉は小声過ぎた上に友達が褒められて上機嫌の美鈴には聞こえなかった。

 ……が、茉莉にはばっちりと聞こえていたようで、


「マキナはだからダメなのです」


 と年齢に見合わないクールさで切り捨てるのであった。




「えっと、それじゃ……今回は、もう解散かな……?」

「はいなのです。茉莉はおっきする時間なのです」

「そうねー。もう向こうの世界に行けないわけだし、ミトラも特に何も言ってこないし――いつも通りかねー」


 一応この場での年長者であるマキナが大体まとめ役となっている。

 彼女の言葉に、茉莉も美鈴も否はない。


「でもさ、これであたしたちも普通に『ゲーム』できる機会も増えるんじゃない?」

「……かもね」


 ミトラの指示に従って、昨年末からよくわからないクエストに挑まされ続けていたという経緯がある。

 それはそれで『ゲーム』をしていたのには違いないのだが、美鈴たちからしてみると『クリアを目指していない』という思いはあった。

 今までの『よくわからないクエスト』も、結局はヘパイストスの仕掛けていた様々な『罠』クエストだということはもうわかっている。

 元凶であるヘパイストスはもういなくなったのだ。

 ならば、これからはクリアのための攻略に乗り出すのではないか、そういう期待が美鈴にはあった。


「茉莉は遊べればなんでもいいのです。でも、気持ち悪い敵とはあんまり戦いたくないのです……」

「ふふふっ、それももう大丈夫じゃないかな、きっと」


 ヘパイストスの『罠』クエストに出てくるモンスターは、いずれも不気味なものばかりであった。

 ……もっとも、最たるものたるラグナ・ジン・バラン後期型に比べれば……と戦ったものは言うであろうが。


「堀之内さん……その、もしクリアを目指すとしたら――ラビさんたちとも戦うことになるかもしれないけど……いいの?」

「! 茉莉もそれは気になるのです。茉莉が全力でぶっ飛ばしてもいいですか?」


 少しだけ顔を輝かせる茉莉に苦笑いしつつも、美鈴は正直に思ったことを伝える。


「アリスはダメ。あの子とは、あたしが戦う」

「……ぶぅ」

「いいの……? 友達、なんだよね……?」

「友達だけど、いいんスよ」


 晴れやかな――しかし、どこかアリスのような獰猛さを滲ませた笑みを美鈴は浮かべて答える。


「あたしたち、対戦が始まる前に別れちゃったからね。

 ――きっと、あの子もそう思ってるわ」




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 一方、ファンタジーな城の謁見の間を模した、リュウセイのマイルームにて――


”……フランシーヌ、君ねぇ……”


 呆れた、と言ったようにため息を吐くリュウセイであったが、フランシーヌは全く怯まずむしろ逆に睨みつけてくる。

 本気の怒りを感じ取り、リュウセイも黙り込む。


「あんたには色々問い詰めないといけないことがあるみたいね」

”……エキドナのことについては――ごめん。ずっと黙っていて”


 流石にリュウセイもフランシーヌ凛子の感情を思えば『悪いことをした』という自覚はあったらしい。素直に詫びる。




 エキドナ、そしてドクター・フーを確保することができなかった、とフランシーヌは素直にリュウセイに報告をした。

 もちろん自分がとどめを刺したとは言わなかったが……。

 使い魔のオーダーをこなせなかったという引け目は全く感じていない――他のことならともかく、今回のことは見過ごすことはできなかった。

 ……親戚の亜理紗が絡んでいるのだ。しかもそれが決して『良い』目的ではない……ヘパイストスの元で亜理紗がエキドナとしてどれだけのことをしてきたかを思えば、ここでゲームオーバーに追い込むという判断をせざるをえないだろう。

 『暴力的なゲームだから……』とよくある意見とは次元が違う。

 既に『眠り病』という事件を起こしたことに加担していているのだ。

 責任など取りようもない。

 良い悪いはともかくとして、凛子としてはもう亜理紗に全てを忘れさせて闇に葬るしか手がなかったのだ。


 問題なのは、ヘパイストスの元で知識や技術を得たエキドナをユニットに引き込もうとしていたことから、リュウセイが新たな『加害者』となる可能性があることだ。

 エキドナがもういなくなったことから、少なくともヘパイストスと同じようなことはできなくなったはずだが……。


「…………まぁ、エキドナももうゲームオーバーになったことだし、悪いけど諦めて」

”はぁ……そうだね……”


 本当にリュウセイが何を考えているのかがわからない。

 『冥界』の件のように、ヘパイストスの妨害をしようとしていたのは間違いない。彼女が知るところではないが美鈴たちと同様だった。

 何にしても、今まで以上に信用ならないとも思っている。


 ――だからと言って、こいつから離れるというのもね……。


 『加害者』になることは避けたい。

 そのためには亜理紗同様、自分もゲームオーバーになればそれでいいのだが、それにもいくつか問題はある。

 リュウセイが素直にユニット解除するかどうか。

 前述の通りヘパイストスの策を裏で潰そうとしていたのを見る限り、完全に『悪』とも言いきれないこと。

 ……悩んだ末、フランシーヌは少し態度を和らげてからリュウセイに向かって言った。


「リュウセイ、あんたの目的は『ゲームクリア』――というか『ゲームの勝者になる』ことなのは間違いないわね?」

”う、うん……”

「そう――」


 具体的にどうすれば『勝者となる』のかまではフランシーヌには知らされていない――これも問い詰めたいことのうちの一つだ――が、確実に必要となるものはわかっている。

 それは間違いなく『ユニットの強さ』だ。


「なら、問題ないわ。あたしの力であんたを勝たせてあげるから」

”! フランシーヌ……”


 ドクター・フーへと言った通りのことをするまでだ。

 それが絵空事にはならないだろうということも自覚している。

 対ユニットの経験こそ少ないが、数々の巨大モンスターと戦ってきた経験から、自分が『強い』ということを理解していた。

 ならば、エキドナの力を使わずとも『ゲーム』の勝者となることも不可能ではないはず……そう考えていた。


「……」

「そうね、ゼラも手伝ってくれるのよね」


 黒い泥――ゼラが抗議するようにフランシーヌの脚に縋り付くのを見て、ようやく彼女の顔に笑みが浮かんできた。


”…………わかったよ。フランシーヌ、ゼラ。本当にすまなかった……君たちの力をこれからも貸してほしい”

「ええ、いいわよリュウセイ。

 ――ただし、もう変な隠し事はなしにしてよね」

”善処するよ”

「善処じゃなくて……はぁ、まぁいいわ」


 ――互いに互いを『利用』しているのは理解している。

 リュウセイは『ゲーム』に勝利するためにフランシーヌの力を頼りにしたい――今からフランシーヌと同等以上の力を持つユニットを探すのは現実的ではない。

 フランシーヌはリュウセイの『監視』をしたい――放り投げてしまいたい気持ちよりも、第二の『眠り病』のような事件を引き起こさないように監視しなければならないと思っている。

 変な意味で利害は一致していると言えるだろう。

 亜理紗の件についてはまだ納得のいっていないところはあるが、後始末は済んだのだからこれ以上は問い詰めても無駄だろうとフランシーヌは割り切ることとした。

 考えるべきは今後のことだろう――その結果、リュウセイが『加害者』となるのであれば、ユニットの身ではあるがそれを妨害するだけだ。


「とにかく、今回の件は終了ね。

 あたしも戻るわ」


 そう言い残し、フランシーヌはマイルームを去り、続いてゼラもいつの間にか姿を消していた。




 一人マイルームに残ったリュウセイは内心で考える。


 ――エキドナの力を失うのは惜しいけど……案外とフランシーヌの力だけで済むかもしれないね。


 フランシーヌ本人は他人と比較した自分の力がどの程度なのかはいまいち理解していないようだが、リュウセイは違う。

 彼は正しくフランシーヌの実力を把握しているし、それが『トップクラス』と言っても過言ではないものであるとも理解している。

 だから『計画』が狂ったとしても、そこまで問題はないだろうと考え、怒りに任せてフランシーヌに当たり散らすということはしなかったのである。


”……ま、多少狂ったとしても、ボクの『計画』にしね”


 そうリュウセイは笑うのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 そして――異世界からの英雄ユニットたちが去った後の平原にて。


「きゅー……ひとまず終わったわね」

「うむ。ラグナ・ジン・バランの脅威もなくなり、後は荒廃した世界を復興させるだけじゃな」


 ヘパイストスがいなくなり、中枢も破壊されラグナ・ジン・バランの脅威は完全になくなったと言える。

 世界のどこかにはもしかしたらまだ動いている『はぐれ』がいるかもしれないが、それでも以前のような脅威であるとは到底言えないだろう。

 ノワールの言葉通り、ここから先は『世界復興』のための戦いになるのは間違いない。


「そうね。ある意味で、前よりも大変な戦いかもしれないわね」


 そう言うキューであるが、侵略者との戦いとは違い『未来』へと向かうための戦いだ。

 苦労は多いであろうが決して辛いだけの戦いではないだろう。


「……ぼくつかれたー……」


 本当に戦いが終わったことを理解し、ブランは今度こそ脱力してその場でゴロゴロしようとする。

 まぁ土の上なので本当に寝転ぶわけにもいかず、とりあえず腰を下ろすだけに留まるが。


「きゅ? ……ねぇブラン」

「……いや」


 キューの言葉に嫌な予感がしたブランは先読みでNOを突きつけるが、構わずキューが続ける。


「今の私の身体だと、前みたいに上手く『力』を使えないのよ……貴女に手伝ってもらわないと」

「えー……じゃあ、『ちから』かえすよー……」

「きゅぅ~……そうしたら貴女、死んじゃうわよ?」

「うぐ……」


 流石にそれは嫌だ、と言葉に詰まってしまう。

 ブランの今の命は、元のブランに加えて巫女アストラエアから受け継いだ『力』によって保たれているものだ。

 その『力』だけを返すことは出来ない――返したとしたら、ブランはまた元の結晶に戻ってしまうことだろう。


「ヘパイストスの戦いをラビたちに任せてしまったのですから、せめて世界の復興は――私たち、この世界の住人で行わないとならない……そう思うのよ」

「うー……」


 キューはラビたち――特にあやめの『罪悪感』――がどう考えているのか、想像はついている。

 だから復興の手伝いを願えばきっと力を貸してくれるだろう。

 復興においては特にウリエラの構築魔法ビルドが役に立つし、超常の力を持つ彼女たちからすれば大きなものを移動したり砕いたりは片手間でもできてしまうだろう。

 しかし、キューはそこまでラビたちにつもりはなかった。

 あやめの『罪悪感』にしても、ラビ同様にあやめが感じるべきものでもない、と思っていたし手伝ってもらうというのはそれにつけこむように思えてしまうのだ。


「お願いよ、ブラン。

 ……そうね、『新しい巫女』が生まれるまででいいから。ね?」


 永遠に巫女アストラエアの代理をせよ、とキューも言っているわけではない。

 今まで通り、巫女アストラエアが生まれてくるまでの代理で良い、と言っているのだ。


「……むー……しかたないなー……」


 巫女アストラエアによって自分が生かされている、命を救われたということに自覚はある。

 ならばせめてやれるだけのことをやらなければ仁義に反する、とブランも思った。

 ……尚、『新しい巫女が生まれるまで』とキューは言っているが、それが一体どれくらいの期間になるのかについては濁しているのだが……ブランはまだそのことに気付いていなかった。


「ねー、おーさま。てつだってー?」

「む?」


 ブランは自分が『無知』であることも自覚している。

 ノワールたちと異なる純粋な結晶竜インペラトールであり、今回の件まで『天空遺跡』から外に出たこともなく、またノワールたち以外の者ともほとんど触れ合ったこともない。

 だから人間社会のことなど全く知らないし、『巫女の代理』をすることなど自分一人では到底不可能だとわかっている。

 素直に傍らのノワールへと助けを求めるブラン。

 求められたノワールはと言うと、今回の戦いで『寿命』を迎えようとしていることを理解していた。

 戦いの結末を見届けられ、ブランも無事だったことで『自分の役割は終わった』と思っていたのだが……。


「……ふ、ふふっ」

「?」


 純粋な目で助けを求めてくるブラン。

 自分の『子供』のように思っていたブランに助けを求められたのであれば、ノワールも全力で応えるべきだ、と決意を新たにする。


「どうやら、まだまだ我も退できぬようじゃのぅ」

「ふふふ、そうね、ノワール。私が言えた義理じゃないかもしれないけど――わね」

「やれやれじゃな」


 言葉とは裏腹に嬉しそうに笑みを浮かべ、ノワールは言う。


「ふむ、まずはエル・アストラエアの民たちを呼び戻し、街を再建するところからじゃな。

 ブランよ、しばらくの間は其方が『巫女アストラエア』じゃ。我も、ルージュもジョーヌも、それからアストラエアも手伝う。

 だから……頼むぞ」

「うん。おーさまたちがいてくれるなら、ぼくがんばる!」




 アストラエアの世界は異世界からの侵略者の脅威より完全に解放された。

 ここから先は、壊された世界を復興するための戦いが始まるのだ。

 それは今までのように現在を守るための戦いではなく、未来へと続く道を創るための戦いなのである。

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