第9章65話 神を穿つ一撃
一切の抵抗もなく、私たちは無事にラグナ・ジン・バラン中枢内へと突入することができた。
無理矢理壁に穴をあけずとも、地上へと『敵』を降下させるための『口』があったので、そこから簡単に侵入できたのだ。
”これは……”
中枢内部はかなり奇妙な作りになっている。
表から見た時には『心臓』みたいな肉の塊だったし、実際に中に入ってしばらくはまるで生き物の内臓の中を進んでいるような感じだったのだが、徐々に金属的な――SFに出てくる宇宙基地みたいな感じに変わっていった。
……そうか、ラグナ・ジン・バランの『進化』の順と同じなのか。
中心部分の方は初期型に近づくように機械化、外側は後期型と同じ生物的な作りになっているのかな。
となれば、機械っぽいところを目指していけば『中心部』にたどり着けるはず。
私の考えを聞いてルナホークとありすは二人ともうなずく。
『中心部』にヘパイストスがいるかは賭けではあるが、そこまで大きな施設ではない――もちろん地上にある建物とは比較にならない大きさではあるけど、内部はそこまで入り組んでいないし防衛設備のようなものもない。とにかく中心部を目指して、そこにいなければしらみつぶしに回っていけばいい。
……まぁ高確率で一番安全であろう中心部にいるとは思うけど。
そのまましばらく進んで行くと、やがて他よりも大きな部屋へと出てきた。
位置的には予想通りの『中心部』だろう。
『貴様ら……ここまで来るとは……』
”ヘパイストス……!!”
その部屋の中央に、異形の『怪物』がいた。
「なんて――悍ましい……」
ルナホークも嫌そうに顔を歪ませる。
……それだけ醜く、悍ましい――『異形の邪神』としか言いようのない怪物だった。
……ヘパイストスの今の『肉体』は、一言で表せば『巨大な脳みそ』だった。
部屋の中央付近に、直径数十メートルにもなろうかという赤黒い『脳みそ』が四方八方へと触手――『神経』か……?――伸ばしてへばり付いている。
右脳と左脳の狭間付近、もし頭蓋骨の中に納まっているのであればちょうど眉間辺りから『女性』の上半身が生えている。
……ただ、全身が骨と皮だけで異様にやせ細った、干からびたミイラのような怪物じみた風貌だ……落ちくぼんだ眼窩から濁った黄色の瞳が、私たちの方をぎょろりと向いている。
『脳みそ』から繋がっている目玉の部分には魔眼が嵌っており、『脳みそ』のあちこちから枯れ枝のような幾つもの節を持つ腕が生えている。
「どうやら、この中枢と一体化しているようですね」
”うん……”
ルナホークの言葉に私は同意する。
機械と肉が交じり合ったこの中枢――その肉の部分の中心が、あのウルカヌスなのだろう。
『どこまでも……私の邪魔を……忌々しい……』
地の底から響くようなおどろおどろしい声が広間中に響き渡る。
見た目の不気味さもあり、正しく『邪神』としか言いようのない悍ましさだ。
だが、奴に対して『恐れ』はなかった。
「ヘパイストス……今度こそ、終わらせる」
『アリス……貴様さえ……いなければ……』
奴の視線はありすへと注がれている。
……それはそうだろう。色々と邪魔は入ったけれど、それらは本来だったら問題なかったはずなのだ。
アリスさえいなければ――絶対の勝利を約束するはずの【
【支配者】こそが奴の勝利の根拠だった故に、それを無効化できるアリスを軸に私たちは道を切り開いていったのだ。
奴の考え自体は間違っていない。確かにアリスさえいなければ、紆余曲折はあったろうが奴が最後には勝利していただろう。
「……わたしがいなかったとしても、お前はいつか負けていたと思う」
『何を……言っている……』
「
ルナホークに抱きかかえられたまま、真っすぐに
「
『……貴様……この私に向かって……』
「お前がどれだけ強くなったって、かわいそうなピースたちを操ったって、最後には絶対に負けていた」
――『正義は勝つ』、なんて子供じみた絵空事だと思う。
けど、ありすはそれを本気で信じている。
この子が本気で言っていることを私も、ルナホークも、そしてヘパイストスでさえも理解し――笑い飛ばすことはしない。
「まぁ、わたしがいるから……お前はここで終わり」
……倒しても倒しても形を変えて蘇ってきたヘパイストスだけど、もう後はない。
ありすの宣言通り『ここで終わり』……いや、ここで終わらせるのだ。
『おのれ…………下等生物が…………』
紛れもない『異世界の神』であろうヘパイストスは、こちらを『下等生物』と見下している。
しかし、驕りと同時にありすに対して『恐れ』を感じているのもわかる。
たった一人の、小さな女の子のせいで奴の計画は綻び、仲間たちの力も借りて完全に崩されたのだ。
最大の脅威を見誤っていた――それゆえに、敗北まで追い込まれることになった……私はそう思う。
『消えろ……イレギュラー共……』
「! 来ます!」
「ん、ルナホーク、お願い!」
もはや語り合うことはなにもない。
お互いに決着をつけるために、後は戦うだけだ。
張り巡らされた神経網が蠢いてあちこちから伸びた触手が迫ろうとしてくる。
「イエス、サブマスター!」
ありすはまだ変身しない。
ルナホークに回避と反撃を任せ、ウルカヌスを『視』ることに集中している。
私も同様にウルカヌスを観察することに集中――同時に当然のことだけどルナホークの魔力量にも注意し、死角からの攻撃が来ないかも警戒する。
最後の戦いは静かに進行していった。
四方八方から襲い掛かる攻撃を、ルナホークは巧みに回避し続けていた。
当然のことだがこの場は宇宙――無重力だ。
普通の飛行魔法だと上手く飛べず、その場でひっくり返ってしまったりするかもしれない。
でもルナホークが装着しているのは《アストロノート・デバイス》――『宇宙用』の兵装だ。体の各所にある姿勢制御用のブースターを巧みに使って姿勢を保ちながら、無数の触手を回避し続けている。
ただ《アストロノート・デバイス》自体には強力な攻撃方法が存在しない。まぁ名前からして『宇宙飛行士』だしそれは仕方ない。
別の無線砲台の兵装を呼び出して、それを使って回避しながら砲撃を繰り返してウルカヌスを削ろうとしている。
『ルナホーク……貴様も……邪魔をするのか……』
……因果なものだ。
奴が
そして彼女がいなければ、私たちはこうしてヘパイストスの元にたどり着くことはできなかっただろう。
欲をかかずにルナホークをユニットにせず、あるいは適当なところで見切りをつけてユニットを解除していれば……奴はここまで追い込まれることはなかったかもしれない。
ま、今更な話だ。
私たちの手の出せないところで好き勝手やられて、アストラエアの世界が滅茶苦茶になるどころかいずれありすたちの世界にまで手を伸ばしてこられる方が迷惑なのだ。
いずれにしろ、現実はもう変えられない。
私たちとヘパイストス……どちらが勝者となるか、最後の勝負はもう止まることはない。
「――やっぱり、
しばらくしてありすはどこを攻撃すべきかを見極めたみたいだ。
当然というべきか、ウルカヌス本体の『脳みそ』部分……その中心部分に狙いを絞るべきだ、と見定めたようだ。
張り巡らされている神経網にこっそりと本体を隠している、というのも考えていたみたいだけど、ルナホークの攻撃によってあちこち寸断されてしまっている。
すぐに再生を開始してはいたけど、どうやら『脳みそ』の方から新しい神経が伸びていってるみたいだった。
だから、やっぱりいかにもな本体を狙うべき、とありすは決めた。
……魔力回復に余裕があればよかったんだけど、ここに来る前に話した通り『一発勝負』を仕掛けるしかない。
その一発で確実に決着をつけるためにも、いつもより慎重に『視』ていたのだ。
『脳みそから生えてるミイラはフェイク。本体は……やっぱり脳みその奥だと思う』
遠隔通話でありすはそう語り、この先の『作戦』について私たちに説明する。
……元より直接的な戦闘については私から言えることはない。ありすの作戦に従うのみだ。
『イエス、サブマスター。お任せください』
ルナホークにも否はないようだ。
ありすの作戦――『ヘパイストス一撃必殺作戦』にはルナホークの協力が不可欠だ。
「ん。ごー!」
「イエス!」
迫る触手を回避、私たちとウルカヌスの間に『道』が出来上がった。
……こうなるように、今までルナホークは立ち回っていたみたいだ。流石というか……。
ともあれ、ありすのGOサインも出たことだ。ルナホークは全ブースターを噴射、一気に『道』を駆け抜けてウルカヌスへと急接近しようとする。
――だがそれをウルカヌスは読んでいたのか、『脳みそ』から生えた何本もの腕がルナホークを捕らえようと襲い掛かってくる。
『……ぬぅ……』
しかし、腕はルナホークを捕らえることは出来なかった。
速さだけで切り抜けたわけではない。
左腕一本でありすを抱きかかえつつ、右腕に握った剣型の兵装で迫る腕を断ち切っていたのだ。
姿勢が不安定になる無重力空間で、かつ高速で飛行しながら片手で相手を切り刻む……流石としか言いようがない。
桃香のお世話役というだけではない、『護衛』も務めているという話だったし、剣道・柔道・空手etc...様々な武道に加えて運動神経も優れているときた。
……現実世界で色々と物申したいことはあるんだけど、基本的にあやめって『超人』の部類に入るんじゃないかなって思う。千夏君同様に、現実での『技』を如何なく『ゲーム』内で発揮することでスペック以上の実力を出せるタイプだ。
加えてルナホークのスペックは『ハイスペック』と言っても差し支えない上に持っている魔法もアリスたちのような『万能型』だ。
彼女が私たちのユニットとなってくれたのは、本当に感謝しかない。洗脳されたのではなく、本気で私たちの『敵』として立ち塞がっていたとしたら……空中要塞での勝敗はきっと変わっていたことだろう。
それはともかく、もはやウルカヌスを守るものはなく、私たちはすぐ近くまで接近する。
「これで決着つける――エクストランス!!」
『下等生物ごときが……』
ルナホークに抱きかかえられたまま変身――既に魔力は完全回復している状態だ。
最後の一撃……神を穿つ一撃をアリスは発動させる。
「ext《
アリスの手に、『
が、これは神装ではない。
本命は他の神装同様、『
『杖』の先端が鋭い『槍』状へと変化――それを『矢』として構える。
『やめろ……私は……神だぞ……』
「ふん、だからどうした」
その『矢』に何かを感じたのか、間抜けなことをヘパイストスは言うが、アリスがそんなものを聞き入れるわけがない。
《ミストルテイン》――それがアリスの第四の神装である。
『杖』を矢として番え発射する……それだけの神装だ。
その威力は、以前に述べた通り、
しかし、実はこの神装には『隠された効果』がある。
……いや、隠された、と思っているのは私たちだけで、最初から『その効果』のためだけに存在する神装なのかもしれない。
『おのれ……おのれ……』
アリスを近づけまいと滅茶苦茶に腕と触手を振り回すが、そのことごとくがルナホークによって回避、あるいは迎撃されてしまう。
そして、回避しながらルナホークが『脳みそ』の上側へと回り込み、絶好の射撃ポイントへと移動する。
――もはや奴の抵抗は、文字通りの『悪あがき』にしかならなかった。
「貴様の面は二度と見たくねぇ……消えろ、ヘパイストス!!」
アリスの第四の神装――メガリス一匹すら殺せない最弱の、しかし
『あ……う……』
直撃したものの意外にもダメージを受けていないことをヘパイストスは怪訝に思っていることだろう。
……が、もちろんそれだけで終わりではない。
矢が突き刺さった部分から、徐々にウルカヌスの身体がドロドロと溶けて消えていく。
『なん……だ…………これ……は……』
ウルカヌスの崩壊は加速度的に進んでゆく。
『脳みそ』部分は溶け落ち、ミイラ女も、腕も溶けて消えていく。
部屋中に張り巡らせている神経網も本体から《ミストルテイン》の魔力が伝播、次々と消えていった。
『消える……私が…………神が……』
そして最後に残ったのは――『脳みそ』の中心に隠れ潜んでいた、人間大の……真っ黒い『芋虫』のようなものだった。
こんな……こんなちっぽけな存在が、邪神として世界を蝕んでいたのか……。
拍子抜けというか、何というか……やりきれない。
「神がなんだって? ふん、オレは『神殺し』だぜ」
もちろん奴に対して哀れみなど一片も抱かない。
『神殺し』であるアリスは容赦することなく、両足に《
「行くぜ、ルナホーク!」
「イエス、サブマスター!」
『やめ……ろ…………やめろ…………』
懇願するヘパイストスの声を無視し、アリスとルナホークが『矢』へと拳を叩き込み――辛うじて残っていた肉を抉りながら『矢』が勢いよくヘパイストス本体へと突き刺さる。
『ばか……な……神が……下等生物……などに……』
緑色の体液を撒き散らしながらもがいていたヘパイストスが、やがてその動きが止まり……。
「終わったな」
「はい。終わりました」
完全にこの世から消滅したのだった……。
《ミストルテイン》は
他の神装同様、abやmkでは実現できない特殊効果があるのだ。
その効果とは『
アリスの神装の元ネタとなっている北欧神話曰く、あらゆる存在に傷をつけられないと誓われた神・バルドル――しかし、唯一トネリコの若木だけは例外であった。
悪神ロキの姦計により、その若木を撃ち込まれたことでバルドルは死に、それがきっかけとなり『ラグナロク』が起こったという。
このエピソードを再現する神装が《ミストルテイン》……無力な若木故に普通のモンスターには何ら効果を持たず、しかし不死不滅の神にのみ必殺の効果を持つという特殊すぎる神装なのである。
……おそらく、この神装が効果を発揮するのは、後にも先にもヘパイストスだけだろう。ピッピ曰く、『ユニットの力では殺せない』はずの存在――それが、自らの欲望のために『ゲーム』の中に現れた結果、本当なら使い道のなかった神装が刺さるという事態に陥ってしまっただけなのだから。
……ナイアが敗れた時点で大人しく引いて、自分の世界で裁かれていればこうはならなかっただろう。
下手に悪あがきをしたがために、最後に残された中枢にまで乗り込まれ、文字通り『全て』を失うことになってしまったのだ。
奴の敗因は――まぁ色々あるけど、根本的なところは大小さまざまな『判断ミス』の積み重ねにあると言える。
引き返すところ、計画を変更するところは幾つもあった……けど、奴は自分の目的に固執し続けてミスを犯し続けた。
その結果が、最後に残されたラグナ・ジン・バランの中枢さえも失い、アストラエアの世界への足がかりを完全に失うはめになった現状だ。
同情する気は全くないし、同情の余地もない。
でも、もしも奴に意見してフォローしてくれる『仲間』がいたとしたら――結果は変わっていたかもしれない。
奴と私の一番大きな違いはそこにあるのだろう……そう思う。
『自分のものではない強い力』に溺れたその時、私も同じ運命を辿るのかもしれない……。
”……今度こそ、ヘパイストスは完全に消えたみたいだね”
そんなことを思いつつも、私は視界の隅に映る『クエストクリア』の通知を確認し、そう呟いた。
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