第9章64話 星は青く輝き、そこには邪神しかいなかった

*  *  *  *  *




 ……常々『魔法』の凄さは感じていたけど、ルナホークの使った宇宙航行用魔法 《アストロノート・デバイス》は別格の凄さだった。


”……ほんとに宇宙に来ちゃったんだ、私たち……”

「ん……」


 飛び立ってからそこまで時間は経っていないはずだけど、もう私たちは星の重力を振り切り、大気圏を突き抜けて宇宙――と呼んで差し支えない位置までやってきていた。

 スペースシャトルとか、搭乗者にとんでもない負荷がかかるとは知識としては知っていたけど、魔法である故か私たちは特に大きな負荷も揺れも感じない。

 ただまぁ予想はしていたけどこれだけの速さで飛んでも、すぐにはラグナ・ジン・バランの中枢へは追いつくことができないみたいだ。


「中枢までもうしばらくかかると推測されます」

”うん、わかった”


 流石にテレポートできるわけではない。だから、宇宙空間を物凄い速度で公転しながらも自転している星に追いつくためには、どうしても速度を出さなければならないのだ。

 飛び立つ前に楓たちが時速30000km以上必要と言ってたけど、本当にそれくらいの想像もつかないくらいの速さでなければどうにもならないスケールだ……。

 ともあれ、到着までまだ時間はかかるようだし、今のうちに相談できることはしておかないと。




 まず考えなければならないのは――中枢突入後、ヘパイストスとの戦闘についてだ。

 ……正直、どんな戦力が待っているのか想像もできない。どこまで考えられるかは微妙なところだけど……。


「彼奴に残された戦力はそう多くないと推測します」


 私の不安に答えてくれたのはルナホークだ。

 彼女は基本的にはルールームゥの変形した戦艦とかの中に閉じ込められていたみたいだけど、それでも『外』の状況を把握して脱出しようとか試みてはいたらしい。

 もちろん外を自由に歩けたわけではないので正確なところを自分の目で見たわけではない。

 ……と、そのことを前置きしつつ、幾つかルナホークが掴んだ情報を私たちに伝えてくれる。


「ラグナ・ジン・バランの中枢については、対ユニットとして使える戦力は残されていない――と推測されます。

 当機らがこの世界へとやってくるのに使用した『宇宙船』から、必要な資材は全てルールームゥへと移されました」


 エル・メルヴィンでのナイアたちの話しっぷりからして、必要なものは全て『宇宙船』からルールームゥの空中要塞へと移されたのは間違いないだろう。

 となると、先ほどまでの戦いで奴の戦力はほぼ使い果たしたと思っていいのだろう。

 んで、ラグナ・ジン・バランの中枢はどうかというと……。


「推測ですが、200年前の侵攻時に建設された施設ということは、対ユニットを想定した戦力は有しないと思われます」

”うん……確かにその通りだ”


 全くのノーガードとまでは思わないけど、200年前の侵攻時に造られた施設であるということ、そして重要なのは200年前に『バランの鍵』によって封じられた施設であるということだ。

 つまり、200年前から変わってないんじゃないか、っていうのがルナホークの見解だ。

 これは私も同意だ。

 想定しているであろう敵対戦力としては、結晶竜インペラトールになるんじゃないかな。あるいは下手すると『襲われるわけない』と高をくくってノーガードの可能性もありうる。

 まぁ、流石に甘い想定はするべきではないだろう。ある程度は防衛装置はある、しかしそれは対ユニットを想定してはいない……この考えは間違ってはないと思う。


”問題は、がどの程度の戦闘力を持ってるか、だね……”

「……そこについては、当機も情報を持っておりません。申し訳ありません……」


 ルナホークが謝るが、当然彼女が責められるいわれはない。むしろ、知ってたらそれはそれでびっくりだ。

 『バランの鍵』で封印されていた以上、おそらく200年前からの戦力と大きな違いはないはずだ。これはほぼほぼ間違いない。

 かといってヘパイストスが中枢へと逃げ込んだ以上、奴にとって何のメリットもないわけではないはず……。

 ――あ、そうか。


”少なくとも、ナイアみたいなボディはない……と思っていいだろうね”

「はい。当機もそう推測します」


 仮にナイアのスペアボディをジュウベェの時のように持っていたとしたら、地上の戦いで私の勝利で終わることはなかったはずだ。

 だから中枢にあるのはユニットに類する戦力ではないのはやはり確定だろう。

 ……故にますます戦力が読めないのだけど……。


「んー……多分、問題ないと思う」

”ありす?”


 変身を解いて回復していたありすが少し考え込んでそう言う。


「わたしの魔力が完全回復したら、後は――多分と思う」

”……その心は?”


 一発、とは随分大きく出たもんだ。

 いやまぁ正直なところ、ナイアよりも強力な隠し玉を持っているとは私の思っていないし、アリスとルナホークのダブル攻撃で倒せない相手とは思えないけど。

 私の疑問にありすは応える。


「『ヘパイストス』って……なんでしょ?」

”え? ……あー、まぁ……そうだね”


 確か『鍛冶の神』だったかな? まぁ神話に出てくる『神様』とは同じ名前なだけだとは思う。

 ……ありすたちには話せないけど、ある意味でガチの『神様』的存在なのは間違いない。私は否定しなかった。


「なら、大丈夫。で勝てる。

 だからルナホーク、フォローをお願い。ぶっ飛ばせそうならぶっ飛ばしていいから」

「は、はぁ……」


 う、うーん……説明したつもりなのはわかるんだけど、いきなりルナホークに言っても伝わらないだろう。


”えっと……要するにアリスにはヘパイストスに対して特攻があるってことね。だから、それを撃つためのフォローと、やれそうなら遠慮なくルナホークも大技でぶっ飛ばして頂戴ってことね”

「……なるほど。理解しました」


 理解できたんだ……まぁルナホークあやめもぶっちゃけかなり脳筋寄りな気はしてたからなぁ……。

 それはともかくとして、ありすの言う『あの神装』について私は心当たりがあった。

 アリスの切り札的存在の三つの神装――《嵐捲く必滅の神槍グングニル》《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》《万雷轟かせ剛神の激槌トール・ハンマー》は、『ゲーム』開始当初……ホーリー・ベルとまだ一緒に遊んでいた頃に作ったものだというのは過去に語ったことがあると思う。

 ありすが言っているのは、その時に開発した『ある神装』のことだとわかった。

 ……三神装以外に、実はもう一つ攻撃用の神装を創り出してはいたのだが――ぶっちゃけ、神装だったのだ。試し撃ちした時、メガリス一匹ですら倒すことができなかったということもあり、『失敗作?』として今まで忘れていたのだが……。

 でも、その神装こそがヘパイストスに対してはこの上なく有効、という話である。

 ……そうか、確かにあの神装、そしてを考えれば……確かにアレは対ヘパイストス用の特攻神装と言えそうだ。


”……うん、よし。ありすの言うことは分かった。確かにアレ一発で片が付くかもしれない――っていうか、魔力量的に一発でないと私たちの負け、と考えていいと思う”


 そう、一番の問題は魔力量だ。

 中枢にたどり着くまでにありすが変身を解いて回復できたとして――私からの回復は後は1回分くらいしかない。ナイアとの戦いで結局かなり使っちゃったしね……。

 で、アリスのことだけ考えているわけにもいくまい。

 私のユニットとなったルナホークの魔力回復も考える必要がある。

 特に、エル・アストラエアへと戻るにはルナホークの魔法が絶対に必要になるのだ。帰り道の分の魔力回復は絶対に必要だ。流石に今回の件に決着がつけばゲームオーバーになっても構わない、とまでは思わないし。

 奴は倒さなければならない『敵』であることは間違いないが、だからと言って私たちの全てを犠牲にする価値のある相手だとも思っていない。

 ……私たちの最終目標は『ゲーム』のクリアなのだ。それを投げ捨てるだけの価値は見出せない。許せないし倒さなければというのは確かなんだけど。

 というわけで、実は魔力回復についてはかなりギリギリなのだ。

 ありすは今変身を解いて回復できているけど、ルナホークはそうではない。だから、回復は帰り道の分に回さなければならない可能性が高い。

 どっちにしろ、ありすの言う通り『一発』勝負になるのは間違いないというのは私も思う。


”だから、ごめんだけどルナホーク。帰り道の分は私が回復するから、その分だけ残して戦ってもらうことになると思う”


 ……奴を一番ぶっ飛ばしたい気持ちはわかるんだけど、私がピッピから聞いた情報が正しければアリスの『あの神装』以外にヘパイストスにとどめを刺せないとは思う。

 だから悪いんだけど、帰り道分を考慮した戦いをルナホークにしてもらうことになる。


「イエス、マスター。問題ありません――マスターたちを無事に帰すこと、それこそが最重要事項と当機は判断します」


 本当に申し訳なく思う。

 が、ルナホークは冗談めかしてではなく本気で続ける。


「マサクル……いえ、ヘパイストスに『落とし前』を付けられるのであれば、当機は満足です」

”……そ、そっか……”


 うーむ、どこまで本気かはわからないけど……最重要の目的は理解しているみたいだ。

 できるだけルナホークの色々を解消させてあげたいけど、正直これはヘパイストスと実際に対峙してみないとどうなるかわからない。

 申し訳ないけど、ここは出たとこ勝負だ。

 ……出たとこ勝負を仕掛けて負けないように、と願うばかりだけど……。


「当機が気がかりなのは、ヘパイストスが中枢にいるとして――それで一体何をするつもりなのか、です」

”……それは――確かに……”


 奴が生きている、というのは確実だし中枢にいるのも確かだと思う。

 でも……だからそれで奴が何をするつもりなのか? という点には疑問が残る。

 確かにラグナ・ジン・バラン後期型を操って攻めてくるのは脅威ではあるし、魔眼によるパワーアップも果たしている。

 ただ、それでも戦力としてどこまで脅威か? と問われれば……正直そこまでではないかな、という思いもある。

 トンコツたちの『口封じ』をするための悪あがきをしているだけなら杞憂に終わってくれるかもしれないが……。


「ん、問題ない」


 が、私たちの心配をよそにありすは『問題ない』と言い切る。

 それどころか、この子の視線は眼下に広がる『星』へと注がれている。


「あいつをぶっ飛ばせばそれで済む話」


 ……シンプルだが、正しい……かな?

 奴が何をしようとしているのかわからなくても、とにかく倒してしまえばそれで良い。

 ……うん、相変わらず狂戦士バーサーカー思考だがあれこれ考えこんで悩み続けるよりは、やれること――ヘパイストスをぶっ飛ばす――へと集中しよう。

 で、ありすと同じく私も眼下の光景へと目を向ける。


「星はやっぱり青かった」

”ふふっ、そうだね”


 有名な言葉だ。

 アストラエアの世界はかつて私が写真で見た地球のように青かった。

 ……確かガガーリンだったっけ。あの有名な言葉には続きがある。


 ――『けれど、神はいなかった』


 だったと思う。

 果たして前世の地球に『神』が実在したのかどうか……私にはわからないし今更調べることはできない。

 けれども、少なくともこの世界には『神』は

 今いるのは異世界からの侵略者――『邪神』がいるのみだ。

 ……世界を救う、なんて大仰なことを言うつもりはない。

 私たちは私たちなりの『正義』……いや『信念』に沿って戦うだけだ。


「マスター! 見えてきました」

”! あれが……”

「ラグナ・ジン・バランの中枢……!」


 地上から飛び立ち、わずか10数分くらいだろうか。

 私たちの目指す先に異様な物体が浮かんでいるのが見えてきた。

 ……それは、まるで『心臓』だった。

 赤黒い肉塊が宇宙空間に浮かび、不気味に脈動を繰り返している。

 明らかな『異物』だ。衛星ではないしスペースデブリでもない。

 段々と距離が近づいてくるにつれ、『心臓』を取り囲むように細かい『結晶』が浮かんでいるのがわかる。

 ――そうか、おそらくあの『結晶』が『バランの鍵』……の残骸なのだろう。

 200年前の大戦の際、結晶竜たちがその身を封印へと変えて中枢を封じ込めた。しかし、封印は解かれてしまったために結晶の残骸が浮かんでいる……ということなのだろう。


「突入します。準備はよろしいですか?」


 ぐんぐんと中枢との距離は縮まっていく。

 この勢いのまま突入、一気にヘパイストスの元へと向かう。


「ん、大丈夫」

”行こう、二人とも!”

「了解――ラグナ・ジン・バラン中枢突入開始」


 ルナホークが更に加速、中枢へと私たちは乗り込んでいった……。

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