第9章63話 ドクター・フーの最期

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くくっ、『納得がいかない』という顔だな。

 いいだろう、これから仲間になるのだ。答えられる疑問には答えようか」


 エキドナ――いや、ドクター・フーは低く笑いながらいつものようにタバコらしきものに火を点けようとする。

 が、手に持ったタバコが跳ね飛ばされる。


「……」

「勘違いするんじゃないわよ? あんたは質問に答えるんじゃなくて、洗いざらい白状する立場よ!

 ……後、タバコなんて口にしないで」


 一瞬で振り上げられたフランシーヌの槍の穂先がタバコの先端を斬り飛ばすと同時に、首元へと突きつける。

 余りにも速く、ドクター・フーには捉えられないスピードだった。

 ドクター・フーは切られたタバコを投げ捨てると、芝居がかったように肩を竦めてみせる。


「ふっ……どうやら気付いたようだな」

「ええ――まさかとは思ったけど、消去法であんた以外にありえないからね……」


 消去法――マサクルのユニットは2人。ルナホークとエキドナドクター・フー

 そのうち片方のルナホークは『鷹月あやめ』が正体であることを、この世界に来る前に聞かされていた。

 よって、残るエキドナの方が――


「……一体どうしちゃったのよ、……」

「! く、くくくっ……」


 辛そうなフランシーヌの表情とは真逆に、一瞬だけ驚いたような顔をしたドクター・フーだったがすぐに愉快そうに笑みを浮かべる。

 喉元に刃を突きつけられているにも関わらず、明らかにドクター・フーの方が余裕を持っている。


「なぜ気付いたのかね?」


 答える立場のはずが逆に質問をしている――その不自然な状況にもちろんフランシーヌも気付いてはいたが、素直に答えた。

 ……話を進めるためにも、そして状況を整理するためにも。


「…………亜理紗が『眠り病』になったよ」

「ほう?」

「『眠り病』が一斉に発症した時よりも、亜理紗が『眠り病』になったのは遅かった――そして、亜理紗以降に新しい患者が出たとは聞かなかったわ。

 だから……その時には確信はなかったけど、亜理紗が被害者じゃなくて加害者側なんじゃないか……そう思ったのよ!」


 そう複雑な事情ではないが、ある意味では『黒堂』の家であるが故に気付けたとも言える。

 『眠り病』患者が大量に発生し世間が大混乱に陥ったのは当然のこととして――『黒堂』に連なる者にはもう一つ大きな出来事があった。

 それが、亜理紗も『眠り病』に罹ってしまったことだ。

 インパクトのある出来事が――連続していたが故に、時系列を明確に記憶できていたことが原因と言える。

 『黒堂』に連なる者たちは、亜理紗の『眠り病』発症に伴い少なからず影響を受けた。

 だからこそ、『眠り病』の大量発生→亜理紗の発症という順序がフランシーヌ凛子の中で明確に記憶に残されたのだ。

 それだけで亜理紗が『加害者側』である確定にはならなかったが、『眠り病』の原因が『ゲーム』であることが確定していたため疑いを持っていた。

 ……裏付けとなるのは、亜理紗より後に『眠り病』の患者が増えなかったことだろう。

 単にフランシーヌ凛子が情報を得られなかっただけなのかもしれない、とは本人も思ってはいたが――あれだけの大ニュースだ、患者が増えたらその都度ニュースで報道されていただろう。

 それらの理由を以て、フランシーヌは亜理紗が『加害者側である可能性が高い』と思っていたのだった。


 ――まぁ確信を持ったのはこのクエストに挑むことになった時だけどね……。


 『加害者側のユニットがいる』と聞かされたことから、あらためて確信しただけではある。

 後はルナホークとエキドナのどちらが、という二択だけが残っていたが、それも成り行きで確定した。


「くく……あぁ、まぁそこまでわかっているのなら隠す理由もないな。

 その通り、私の本体は玖墨亜理紗だ」

「……っ」


 確証というほどの確証もない、ほぼほぼ状況証拠と推測だけではあるしとぼけることはできただろうが、あっさりとドクター・フーは自身が亜理紗であると認めた。


「ああ、そうだな。中身が亜理紗だとわかっていたら――くくくっ、タバコを吸っているのを見るのは気になるよな、『お姉様』?」

「くっ……あんたは……!!」


 刃を突きつけられても尚余裕で揶揄ってくるドクター・フーにフランシーヌは気圧されてしまいそうになる。

 それでも今の――ドクター・フーの動きを止められている状況を崩してしまうわけにはいかない。

 何にしても千載一遇のチャンスなのには違いないのだ。

 必死に虚勢を張り、槍を少し深く突き出す。


「……あんたの能力のはわかっているわ。下手なことはしないことをオススメするわよ」

「くくく……いいだろう」


 正体が知られたことなど大した問題ではない、とドクター・フーは思っているのだろう。

 最初に言った通り『質問には答える』――そのつもりだった。


「……~っ!」


 一方でフランシーヌからすると、ドクター・フーのこの不気味な余裕は全く理解できない。

 『タネはわかっている』と言ったのも嘘ではない。以前は翻弄された『謎の能力』も正体さえわかっていれば対応策はある――そして実際にドクター・フーに気付かれないようにフランシーヌもをしていた。

 その『仕込み』にはドクター・フーも気付いている。

 迂闊に動けば抵抗する間もなくやられる……そう思ったが故の『質問に答える』というなのだ。




「……あんた、一体いつからうちのリュウセイと組んでたの……!?」


 最初にして最大の疑問をフランシーヌはぶつけた。

 そもそもこの世界にフランシーヌが送り込まれた理由は、『エキドナを迎えに行く』というものだったのだ。

 エキドナを戦場から連れ出し、離れた安全な場所に隠れているリュウセイの元へと連れて行き――そのための『護衛』兼『リュウセイの元への案内役』としてやってきたのである。

 だからこそリュウセイは案内役として他の使い魔をこのクエストへと連れてきた後、『別行動』してナイアとの戦いに参加しなかったのだ。

 そうなると大きな疑問が出てくる。

 『いつ』『どこで』リュウセイとエキドナが知り合ったのか……元々リュウセイも不在がちでフランシーヌとコンタクトを取っていないことも多く、時間自体はいくらもあったのだが……。


だ」

「…………なんですって?」


 ドクター・フーの返答があまりに予想外過ぎて思わず聞き返す。

 その混乱も見越しているのだろう、ドクター・フーは笑い続ける。


「言葉通り、最初から――『ゲーム』のだ」

「なっ……!?」

「そう難しい話ではないさ。、そういうことだ」


 玖墨亜理紗は、マサクルよりも早くリュウセイと出会っていた。

 そして、そのまま敢えてユニットとならずに手を結んで『計画』を立て、敢えてマサクルのユニットとなったのだ。


「最初から裏切るつもりで……!?」

「それは違う。彼はあくまで支援者パトロンであって仲間パートナーではない。利用価値のなくなったパトロンを切り捨てただけさ」

「……あんた……!」


 マサクルの方がどう思っていたかはわからないが、最初からドクター・フーはマサクルのことを『パトロン』と呼んでいた。

 おそらくはその言葉通りだったのだろう。

 『計画』のために必要な情報や技術を得るためのパトロンとしてマサクルを利用……もう必要がなくなったため、『計画』通り真の使い魔であるリュウセイの元へと赴こうとしていた。

 だからこそ、のだ。

 この戦いでマサクルが負け、アリスが生き残ったのであればリュウセイの元で戦えば良いし、マサクルが勝ったとしても――かつて彼に語った通り『現実世界で遊べば』良いだけ。

 マサクルの元での決着に拘る理由は何一つとしてなかった。それだけのことだった。


「くくっ、おかげで良いデータは取れた。それに、も手に入れることができた。

 であればもうアレは――『ゲーム』の進行を邪魔するだけの存在だ。消えてくれた方が私たちにとっても助かる」


 彼女の目的はあくまでも『ゲーム』の攻略にある。

 そのためにリュウセイと手を結んで『計画』を立てていたのだ。

 マサクルが生き残ってしまったら『ゲーム』の進行は滅茶苦茶になってしまうだろう。下手をすればそのまま勝者になってしまいかねない。

 あくまでもドクター・フーはリュウセイと勝利することを目的としている。

 マサクルから得られるだけのものを得た以上、生き残ってもらっては困る。

 故に、最も効果的であろうタイミングで『エキドナ』を葬り『ピース製造装置』の破壊を許したのだ。

 ……狙い通り、エキドナと装置両方を失ったことでナイアマサクルは混乱し、その後アリスによって倒されている。


「い、一体何を考えてるのよ……あんたたちは!?」

「何、とは? 私とリュウセイの目的は単純だ。そう、『ゲーム』の完全クリアに他ならない。

 そのために必要な技術を得るために、敢えて危ない橋とわかっていながらもマサクルのユニットとなった……それだけのことさ」


 もしもマサクルがもっと早い段階で倒されるようなことがあれば、『計画』自体が頓挫する可能性があった。

 事前にリュウセイが得ていた情報からして、おそらくはマサクルは後半戦までは生き残る――積極的に『ゲーム』に参加せず裏で暗躍するためだ――とは踏んでいたが、賭けには違いない。


「いよいよ、となったのでリュウセイと会話するために一日遅れで『眠り病』となったのだが――くくっ、それが原因で正体を見破られるとはな」


 亜理紗が他よりも遅れて『眠り病』となったのも、リュウセイと『打合せ』をするためだった。

 ……この場でフランシーヌには語らなかったが、実は彼女は時々現実世界へと戻っていたのだ。起きているのを他人に見られないように注意しつつ、病室でリュウセイと密かに会話してタイミングを見計らい……更にはナイアやアビサル・レギオンの情報を流していた。フランシーヌ凛子がリュウセイと碌に連絡が取れなかったのも、亜理紗と接触するために自分の所在を不明にしていたことが理由だった。

 全ては『この瞬間』のためである。


「さて、他に聞きたいことはないか? なければそろそろリュウセイの元へと案内してもらおうか」

「くっ……!? でも、あんたはもうユニットじゃないはず……!」

「ああ、そのことか」


 確かにユニットなのはエキドナの方であり、『ドクター・フー』というのは一種のピースに過ぎない。

 だからこのままリュウセイの元へと赴いてもユニットとなることはできないはず、そうフランシーヌは言っているのだ。


。実証はしていないが、ドクター・フーをユニット化することは理論的に可能なのはわかっている。

 ……まぁ失敗したとしてもさしたる問題ではないさ。ピースとして、そのままリュウセイの『所有物』にすればそれで十分だ。復活はできないが、表に出なければ問題ないだろうさ」


 ユニットであるかどうかは問題ではないのだ。

 マサクルの持つ全ての技術力を手にしたドクター・フーが、形はどうあれリュウセイの陣営に加わることこそが重要なのである。

 ピースのままだとしても何の問題もない。

 ……強いて問題があるとすれば、ユニットと異なりリスポーンができないということ。そして、新しい『ピース製造装置』を作らない限りドクター・フーも復帰することはできないということだ。

 その問題も、ドクター・フーが前面に出て戦わない限りは影響は出ないだろう。


「――つまり、あんたを倒せば亜理紗はゲームオーバーになって、ってことね」

「…………待て、何をするつもりだ?」


 フランシーヌが纏う気配が変わったことをドクター・フーは察した。

 今まであった戸惑いが消え、明確な『敵意』を放っている。


「決まってるでしょ? あんたをここで倒す。リュウセイの元へは行かせない!」

「……自らの使い魔に逆らうのか?」

「ふんっ、別にあんたがいなくたって、あたしの力で『ゲーム』クリアまであいつを連れてってやるわよ。

 リュウセイには、『ドクター・フーは既にやられていた』って報告しておくわ。文句は言われるだろうけどね」


 この場にリュウセイがいないのが幸いした。

 万が一にも戦いに巻き込まれないように、と離れた場所で待機し更にナイアへと対戦依頼も投げていない。

 だから、もしもこの場にドクター・フーではなく『エキドナ』がいたとしたらフランシーヌは攻撃する術はなかったのだが……。


「チッ……」


 どうやらフランシーヌが本気でドクター・フーを倒そうとしている、ということを悟り舌打ちしながらその場から離れようとする。

 しかし、


「ゼラ!」

「!? いつの間に……」


 逃げようとしたドクター・フーの身体を、黒い泥が縛り付ける。

 泥状の奇怪な姿のユニット・ゼラだ。


「会話している間にね。言ったでしょ、あんたの能力はわかっているって」

「……ふ」


 自分の影に潜ませていたゼラを、話をしている間にひっそりとドクター・フーへと這わせていたのだ。

 『意識の外からの攻撃』には対処できない――それが、ドクター・フーの唯一の『弱点』だ。もっとも、これはどんなユニットであろうとも同じことであろうが。

 ある意味で【遮断者シャッター】の絶対防御同様に、『防ぐ』と意識したものでなければ防げないのである。


「【改竄者オルタラー】――それで『ゲーム』のシステムを歪めてどんな攻撃も無効化したり、ありえない魔法を創り出したり……一見無敵に見えるけど、わかっていれば対処のしようはあるわ」

「……全く……リュウセイめ、仲間になるからと言って簡単に漏らすとは……」


 やれやれ、とドクター・フーは苦笑いを浮かべる。

 おそらくはフランシーヌが『奴を仲間にするなら説明しろ』と詰め寄ったために、ある程度の情報を流したのだろう。

 その結果がだ。


「いいのか? 私をここで倒して」

「言ったでしょ、あたしの力でクリアしてみせるって。あんたの力は――


 確かに戦力としてはドクター・フーは大きい。

 しかし、本人の力以外、具体的にはマサクルから得た力が『邪悪』だ。

 それは決して使ってはならない、『ゲーム』の参加者を巻き込むあってはならない力なのだ。

 そうフランシーヌは判断した。

 故に、彼女は彼女なりの『正義』に従いドクター・フーをこの場で排除することを決心した。


「ふん……ゼラ、君はどうだ? フランシーヌに従い、使い魔を裏切るか?」


 言葉を発さずとも、自分を拘束するゼラがわずかに震えて動揺したのは伝わる。

 使い魔を裏切ることをこの謎のユニットが良しとするか、あるいは――

 ゼラの決断を待つことはしなかった。

 ほんのわずかな動揺の隙を突き、ドクター・フーが拘束から抜け出す。


「くくっ……」


 意識さえしていれば、ほんの少しの隙だけあれば十分だ。

 この場を切り抜け、リュウセイの元へは自力でたどり着く――フランシーヌをどう処分するかはリュウセイ次第ではあるが、『ピース製造装置』を作り直せばいくらでも替わりは効く。

 そう思ったドクター・フーだったが、すぐに違和感に気付く。


「…………そうよね、ゼラは迷うわよね」


 妙にフランシーヌが落ち着いている。

 一度脱出されたら二度と捕まえることは出来ないとわかっているはずなのに……。

 その理由をドクター・フーは身をもって知ることとなる。


「ブラッディアーツ《心臓破りの杭ハートブレイカー》」

「がっ、あぁっ!?」


 ドクター・フーの無数の『杭』が生え、身体を内側から突き破ったのだ。


「い、いつの間に……!?」

よ」

「! く、くくっ……」


 身体を内側から破壊されるのは回避は出来ない。

 おそらく、ドクター・フーを連れ出す時にフランシーヌは自らの『血』を密かに忍ばせていたのだろう。

 先ほどまでの会話はゼラに拘束させる時間を作るためではない。むしろ、ゼラすらもフェイク――本命は、アバター内部へと浸み込ませた『血』による内部からの一撃必殺だったのだ。


「もう『ゲーム』はおしまいよ、亜理紗」

「く……あぁ……」

「悪いことは全部忘れて――元に戻って。お願いよ……」


 崩れ落ちるドクター・フーを見て、切実にフランシーヌはそう願った。




 いかに【改竄者】で防御できるとは言っても、一度受けたダメージをなかったことにすることはできない。

 ドクター・フーはそのまま崩れ落ち、光の粒子となり消えていった……。







「…………面白いなぁ……」


 消える寸前、微かにドクター・フーがそう呟いたのを、フランシーヌもゼラも聞き逃していた。

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