第9章61話 希望の空へ

 前に私がピッピから話を聞いた時、ラグナ・ジン・バランの中枢が『宇宙』にあると聞いた。

 確か、『人工衛星とかがあるような距離』とも言っていたかな。

 そのことをアリスたちに話す。


「むぅ? 宇宙か……飛んでいけば何とかなるのではないか?」


 アリスのシンプルな疑問を否定したのは、私ではなく頭脳班楓と椛だった。


「飛ぶこと自体は不可能じゃないかもしれない。アーちゃんの《神馬脚甲スレイプニル》とかでも厳しいかもしれないけど……」

「なら――」

「問題山積みにゃー。例えば、『距離』」

「??」


 簡単にだが椛が説明する。

 『人工衛星のある場所』と一口に言っても相当な範囲だ。

 近いところだと、私の世界でいう『国際宇宙ステーションISS』が浮いている場所が大体地上から400kmくらい。通信衛星とか気象衛星とかが飛んでいるのは、楓たちによれば大体35000kmくらいなのだとか。

 ユニットの速度だと、肉体も魔力も精一杯まで振り絞っても音速くらいが限界だろう。


「ちなみに音速が秒速340m、時速にすると1200km」

「な、なら頑張って音速を出せば、一番近い距離なら何とか――」

「単純な距離だけなら400kmは20分くらいで確かに着けるんだけどにゃー……」


 そう、本当に一直線の距離を突き進むだけでよければ――音速を維持し続ける難しさを考慮しなければ――不可能ではないかもしれない。

 でも話はそう単純ではない。

 この世界の物理法則が現実世界と同じだとすれば、『この星は公転と自転をしている』ことになる。

 星の上に乗っかっている私たちには感じられない速さなんだけど、言ってしまえばとんでもないスピードで回転しながら宇宙空間を飛んでいる状態なのである。

 だから、ただ星の重力を振り切って宇宙空間に行けたとしても、あっという間に星から振り落とされてしまうことになってしまう。


「参考までに、地上400kmの宇宙ステーションに行くためのスペースシャトルは――時速30000kmは出さないといけない」

「…………そ、それは……」


 音速の300倍近い速さだ。

 どう頑張ってもユニットの魔法で実現できる速さではない。


「……僕でも、無理かも……」


 最速のクロエラ雪彦君であっても、これは無理な速度だろう。

 それほどまでに宇宙のスケールは巨大なのだ。ある程度は物理法則を無視できる魔法とは言っても、星の自転・公転をも無視できるとは思えない。

 ジュリエッタ千夏君のライズで一瞬だけの加速を長時間できるようにしたとしても無理だろう。《アクセラレーション》の100倍くらいまでやればいけるかもしれないが、多分身体が持たない。

 200年前に結晶竜インペラトールたちがラグナ・ジン・バランの中枢へと乗り込み停止プログラム『バランの鍵』を作ったとピッピは言っていたが、多大な犠牲を払ったことだろう。

 そのほとんどは、もしかしたら宇宙へと飛び出す時点での犠牲だったかもしれない――彼女たちのジェット噴射でなら確かに宇宙にまでいけるほどの加速を頑張ればできたかもしれないけど……。

 残念ながら、今この場にいる結晶竜たちでは無理だ。ノワールとブランは竜体を失った状態だし、ルージュとジョーヌも修復中とのこと。

 どうにかして私たちの自力でたどり着くしかないのだが……。


「「「……」」」


 これには全員が押し黙ってしまう。

 それでも私たちは考えるのを止めてしまうわけにはいかない。

 楓たちの推測では、ラグナ・ジン・バラン中枢は概ね『同じ位置』にいると考えられると言う。かつ、地上にラグナ・ジン・バランを送り込んだり指示を出すために比較的近い距離にあるとも。

 だからおそらくは宇宙ステーションと同じような距離にあるのではないか、と推測していた。これは私も同意だ。

 彼女たちの知らない情報ではあるが、ヘパイストスもこの世界で何もかも自由にやれるわけではない。色々と制限があること、その制限を掻い潜るために色々と無茶をしていることを考えれば……現代の通信衛星とかみたいにとんでもない距離から電波のようなものを地上に放ったり、ラグナ・ジン・バランそのものを送り込んだりはできないと思う。

 また、この大陸へと執拗に攻撃を加えられるところを見る限り、『同じ位置』にい続けるということも必要だ。

 人工衛星に詳しいわけじゃないけど、同じ位置を維持し続けるには距離が開けば開くほど難しいんじゃないかと思われる。

 もちろん仮定の話なので、これを根拠に楽観はできない――元より宇宙ステーションの距離だとしてもユニットの力ではほぼ解決不可能なのではないかという状態だ。プラスの材料とは言い難いけど……。


「……む。アストラエアの遣いよ、悪い報せじゃ」

”うぇ……なに、ノワール?”


 ここでラグナ・ジン・バランたちの様子を探っていたノワールから悪い報告とやらがやってくる。

 ……勘弁してほしい……。


「後期型に、例の魔眼がついておる」

”うげぇ……ってことは――”


 戦闘力が跳ね上がっているというだけではない。

 魔眼を操る存在、つまりヘパイストスが健在だということがこれで確定してしまったということだ。

 ……中枢へ向かうのを諦め、とにかく地上のラグナ・ジン・バランを全滅させていけば何とかなるかもしれない、という希望はこれで潰えてしまった。

 中枢を潰すのはすぐには難しそうだし、一旦地上の安全を確保した後にゆっくりと方法を考えて……と少し考えてたんだけど、ヘパイストスが残っている以上それは危険だ。

 何としても、ここで片を付けないとこの世界は滅亡するのに変わりはない。


”……ヘパイストスも必死だろうさ。俺たちに見られちまった以上な”


 トンコツも苦々し気にそう言う。

 ……そうか、これも前にピッピが言ってたことだったな。

 ヘパイストスの侵略行為は『犯罪』に、それも人間の法律とは違って『死刑』に相当するような超重罪だと。

 アストラエア一人だったら何とか誤魔化すことは出来るみたいだったけど、同じくS■■の住人だと思われるトンコツたちに見られてしまった以上、このまま逃げ帰るわけにはいかないのだろう。

 一体どういう理屈で口封じをするつもりなのかは私には見当もつかないけど、トンコツたちにはわかるのだろう。


”どっちにしろ俺たちも奴ももう引けねぇ……ラビ、すまんが指示をくれ。俺には打開策は思いつかねぇ”

”くぅ……わかった”


 丸投げされた、とは思わない。

 助けてくれたことには感謝しているし、今も尚手助けしてくれようとしているのは本当にありがたい。

 そして私のことを信じてくれているのだ。

 気が付けば、アリスたちも私の方を見ていた。

 ――……正直何も思い浮かばない。けど、期待は裏切れない。




 でもどうする……? どうやってラグナ・ジン・バラン中枢へと向かえばいい……!?

 アリスの《スレイプニル》では無理だろう。他の魔法でも最速は《天翔脚甲スカイハイランナー》だけど、あれは短距離の急加速用だ。今回の場合には使えない。

 ジュリエッタのライズも同じ理由でダメ。仮にやろうとしたら肉体がもたない。

 ヴィヴィアンの召喚獣ならもしや、とも思ったけど……神話や伝説を紐解いても『宇宙を駆ける』能力ってちょっと思いつかない。

 最速のクロエラでも、流石に宇宙は無理だろう――ドライブに合わせてバイクが変形するようになったとは言っても、『宇宙船』にまでは変形できない。

 ガブリエラとリュニオンし、かつクロエラともリュニオンすれば…………いや、これも結局は同じだ。

 というか、そもそもアリス以外のメンバーは全員まだまともに戦える状態にない。回復を待つほどの時間は果たしてあるか……?


「…………ラビ、様」


 必死に考える私の前に、ルナホークがやってきた。

 彼女のことは気にはなっていたけど、色々あって全然会話できていなかった……一足先に桃香たちとは隠れている間に会話できていたんだけど。


”ルナホーク?”


 でも今無事や再会を祝う余裕はない。

 もちろん安心してはいるんだけど――そりゃ当然だろう。彼女を助けるため、というのが元々の私たちの戦いの原動力だったのだから。

 彼女は躊躇いながらも、やがて意を決し私へと真っすぐに視線を向けて言った。


「当機であれば、宇宙へと飛び立つ魔法を使うことができます」

”!!”


 そうか、彼女の換装魔法コンバートならば様々なパーツを作ることができる。

 『宇宙用』として専用の兵装を作ることも可能、ということか!


「です、から…………」


 再び言い淀む。

 ――彼女が何を思い、口を噤んでしまったのか、何となくだけど想像できる。

 きっと、自責の念に囚われてしまっているのだろう。もしも私が同じ立場だったら、きっと彼女と同様だっただろうから。

 だから……私が彼女にかける言葉は決まっている。


”ルナホーク――君の魔法で、?”

「……っ。ひ、一人だけなら……」

「一人か。ふん、ならオレと使い魔殿が行くぜ! ……いいよな?」


 躊躇うことなくアリスが言い、周囲のユニットたちに有無を言わさぬ口調で問いかける。

 誰も反対することはない。流石にまたナイアが出てくるとは思わないけど、魔眼が健在である以上【支配者ルーラー】同等の脅威は残っていると見るべきだ。

 ……アリスすらも操れる能力があるなら、空中要塞の戦い前に準備していたはずだ。だからアリス以外がヘパイストスの前に立つことはできないのに変わりはない。


”わかった。私とアリスをルナホークが運んで欲しい。

 ……もちろん、ルナホーク。君自身が良ければ、だけど”

「当機は……」


 ――状況は逼迫しているけど、誰もルナホークのことを急かすことはしない。

 はルナホーク自身の決断が必要な場面だ。

 ……何があったのかはわからないけど、クロエラ雪彦君も同じような状況で吹っ切れたのは見て取れる。

 厳しいかもしれないけど、彼女自身が決断し、自分で納得しなければならないことなのだ。


「――私は……操られていたとはいえ、許されないことをしました」


 泣きそうな顔でルナホークはポツリポツリと心情を吐露する。


「償いきれない『罪』を犯しました……」

”……”


 言わんとしていることは痛いほどわかる。

 ナイアたちが洗脳してやらせたこととは言え、確かに『ルナホーク』の手によってエル・アストラエアは破壊されたのだ。

 ……正直ルナホークあやめに責任なんて一切ないと私は思う――これはまぁ身内贔屓もあるかもしれないけど……。

 敢えて彼女に対して石を投げられるのは、まぁ家とか壊されたであろうエル・アストラエアの住人くらいじゃないかなとは思っている。それについては、ルナホークあやめと一緒に私も誠心誠意謝るつもりだし、ウリエラの力を借りて街の修復を行うことで償いとしても良いと思っている。

 それはそれとして、だ。


「……この『罪』の重さに私は耐えきれない。……そう思っていました」


 ……彼女の考えを『無責任だ』と責めることはできない。

 被害はあまりに大きいが、かといって『自分の責任である』と明確に言えるものでもない。しかし、やったのは自分の身体である――というどうしようもない状況だ。

 適切かはわからないけど例えるならば、夢遊病とか二重人格とか……本人の意識がないのにやらかしてしまったことへの責任を取れるか? という話に近いかなと思う。この辺、きっと法律的には色々あるんだろうし、『被害者』の方からしたら意識があろうがなかろうが心情的には関係ないだろう。

 難しい話だ。

 皆神妙な顔――特に桃香は一緒に泣きそうな顔になっている――でルナホークの言葉を聞いていた。


「けれど――」


 ルナホークは涙を零さず、大きく息を吸った後――私の前に片膝をつき首を垂れる。

 ……まるで『臣下の礼』を取る騎士のように。


「けれども、私に罪を、汚名を雪ぐ機会をいただけないでしょうか!?

 ナイア――いえ、マサクルめを打ち倒すために、私は全ての力を注ぐことを誓います!

 ですから……操られたとはいえ、敵対した私を――」

”わかった。頼むよ、ルナホーク”

「――信よ…………え?」


 ルナホークの言葉を遮り、私はうなずき、ルナホークの力を頼らせてもらうことをお願いした。

 むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。

 食い気味どころか遮る勢いの私の即答に、ルナホークは顔を上げ『理解できない』という表情を浮かべる。


”私は――いや、私たちは君を信用するし信頼する。君の力を頼らせてほしい”

「……し、しかし……」


 折角のルナホークの『懺悔』だけど――私たちはもう聞きたくない。

 もう

 私たちが聞きたいのは『懺悔』なんかじゃない。

 ルナホークあやめ自身の『意思』なんだから。


「ふん、当然だろう?」

「……アリス、様……?」


 戸惑うルナホークに対し、不敵な笑みを浮かべアリスは言う。


「信用するもへったくれも――

「……っ」


 そういうことだ。

 今更な話だ、ルナホークあやめ

 仲間を助けに来るのは当たり前のことだし、仲間が操られて悪いことをさせられたというのであれば一緒に謝って責任を分担するし、仲間が必死に訴えかけているのであれば全力で信じるだけだ。

 そんなルナホークあやめがやれることをやろうとしている、そしてそれを『信じてくれ』と言っているのだ。

 私たちには手放しで信じる以外の選択肢はない。


「…………ありがとう、ございます……っ!!」


 跪いたまま顔を上げ、自分を取り囲む『仲間』の顔を見て――ルナホークは今度こそ涙を浮かべて首を垂れた。

 ――うん。これで、本当に私たちの最初の目的、『あやめの』は完全に達成されたと思っていいだろう。

 後は、諸悪の根源にして今なお私たち、そしてこの世界に仇なそうとするヘパイストス異世界の神を倒すだけだ。

 そのために必要なことを、私は彼女にしなければならない。


”ルナホーク……いや、

「――はっ」


 私の言葉に、ルナホークは跪いたまま畏まる。

 ……きっと、これは『運命』だったのだろう。私はそんなことを考える。

 予想外のアクシデントでピッピのユニットたちが私のユニットにはなったが、元々私のユニット枠には空きがあった。

 後一人分、ユニットにすることができたのだ――その枠がずっと空いていたのは、きっとだったのだろう……そんなことを私は考えていた。

 私は一呼吸置き、宣言する。


「……! はいっ」


 ……この判断が正しいかどうかわからない。

 場合によっては――具体的にはやはり『罪』の意識にあやめが耐えられなかったとしたら、ユニットを解除することは厭わない。まぁこれはあやめに限らず、ユニットを止めたいとなったら誰であっても止める気はないけど。

 でも、今だけは……あやめの気持ちを『利用』させてもらわないと、ヘパイストスを倒すことができないのだ。

 打算的な自分の思考に若干の嫌気を感じつつも、私はそれを押し込めてルナホークを見る。

 ――うん、想像通りだ。彼女をユニットとして選択することができるようになっている。ヴィヴィアン桃香ジュリエッタ千夏君の時と同じ、ユニットが生存しつつ使い魔がユニットを解除……今回は使い魔が敗退した状態、過去アンジェリカが陥った状態と同じだ。

 これなら問題なくルナホークを私のユニットとできる。

 ルナホークを私のユニットとして選択――予想通り問題なくルナホークは私のユニットとなった。

 ほんの一瞬、私たちの間に光の線が走り……すぐに消えた。

 私は続ける。


”ルナホーク”

「はっ」

”君の力を貸してほしい。

 私とアリスをヘパイストスの元へ――ラグナ・ジン・バラン中枢へ連れて行って!”


 自分がマサクルヘパイストスのユニットからラビのユニットへと移ったことがわかったのだろう。

 私の言葉に、顔を上げたルナホークがニヤリと悪戯っぽい笑みを――まるで現実世界のあやめのように――浮かべて応えた。


でよろしいのでしょうか?」

”! ふ、ふふふ……そうだね。!”


 全く……調子のいい!

 でも、そうだね。一番奴をぶっ飛ばしたいのは、ルナホークあやめなのは確かだ。

 贖罪とか諸々のことは、とにかくあいつをぶっ飛ばして全部終わらせてからだ。

 色々とすっ飛ばし、ルナホークあやめの気持ちを汲んだ私の言葉に、顔を上げた彼女の表情は――とてもすっきりとして、そして決意が見て取れた。


「イエス、マスター!」


 そう決然と言った彼女の表情に、憂いは一片も見当たらなかった。

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