第9章56話 閃光のオーバード

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ありすの提案した『最後の切り札』――ガブリエラとのリュニオンには、一つ大きな欠点がある。

 リュニオン中には魔力の回復ができないというのがそれだ。

 回復のためにリュニオンを解除するのは危険を伴う。その隙をナイアに狙われたらひとたまりもない――特にリュニオンを使うガブリエラが操られてしまったらどうしようもなくなってしまうだろう。

 その欠点を、ありすは異なる発想を以て克服しようとした。

 すなわち、魔力が尽きたら別の仲間へとリュニオンを切り換える――悪く言えば『切り捨てる』方法で克服しようとしたのだ。

 ラビは当然渋ったものの、当のメンバーが『それでいい』と決断した以上、強く反対することはできなかった。


 この作戦で重要な点として、リュニオン使用時の『魔力消費の仕様』の特徴がある。

 リュニオンは複数ユニットのステータスを合算するという性質から、『負債を誰かに押し付ける』ことが出来てしまうという特徴があるのだ。

 つまり、大量の魔力を消費したとして、リュニオン解除時には消費を等分するのではなく、誰かに纏めてしまうことが出来るのである。

 この仕様をし、全ての魔力消費をウリエラ・サリエラにだけ押し付けてアリスとガブリエラは魔力を温存。すぐさま他のメンバーと新たにリュニオンする――それがリュニオンの欠点の克服方法であり、ナイアに勝つ唯一の手段だとありすは判断した。




『こ、こんな短時間で……!?』


 『魔力が尽きたら回復が必要』という『ゲーム』の大原則を、アリスたちは仕様の裏を突くことで克服。

 ナイアが【支配者】を使うよりも速くリュニオンし直した。


「ふん、だったが上手くいったな」

<うふふっ、私は上手くいくと最初から思ってましたよ?>

<……能力への『確信』、か……うん。りえら様が大丈夫って思ってるんだったら、きっと大丈夫だったんだね>


 神装三つに四人分の魔力を解放した《ネツィブ・メラー》、その全ての消費をウリエラたちに押し付けてしまったことで、二人はもう戦線復帰することはできないだろう。

 魔力を完全回復させるには10分間ではあるが、マイナスになった魔力を回復させるには更に時間が必要となるし、他のユニットよりも高い魔力量を持つアリスの分の負債まで背負わされたのだ。1時間くらいは回復には必要かもしれない。

 だが、二人が抜けた分を埋めて余りある戦力――クロエラをリュニオンしたことにより、アリスたちは更なる力を得ることができた。


『くっ……!』


 ナイアからは理屈はわからないが、アリスたちが依然驚異的な戦闘力を持ったままだということだけはわかる。

 『ハスター』の機動力で引っ掻き回して隙を作っていくしかない――何よりも魔眼に覆われている限りは自分は傷つくことはないのだ。

 そう考え、ナイアはその場から飛び立ち攻撃を開始しようとする。


「遅い!」

『は……!?』


 だが、飛び立とうとした瞬間、離れた位置にいたはずのアリスがまるで瞬間移動でもしたかのような速さで頭上へと回り込み、再び『アルアジフ』を叩き落す。


 ――な、なんなの、一体……!? 全く見えなかった……!


 ナイアの戦闘経験の不足がどうとかいう話ではない。

 ユニットでは捉えることのできない、正しく『神速』だった。

 もはや見切るとか見切れないとかの次元ではない。

 アリス+ガブリエラの超ステータスに加えて、クロエラという全てを凌駕する『速さ』が加わったのである。

 ――今アリスはその言葉を体現しているのだ。


「何を呆けている?」

『!? こ、この――っ!?』

「そらそらそらぁっ!!」


 戸惑っているナイアに構わず、アリスは更なる連撃を加える。

 アリスとガブリエラの超パワーを、クロエラのスピードで絶え間なく、全身を滅多打ちにされて『アルアジフ』は飛ぶことすらできない。

 飛ぼうとすればその瞬間に叩き落され、あるいは足を掴まれて投げられ床に叩きつけられる。

 手も足も出ない、とは正にこのことだ。


『ぴ、ピースたち!』


 このままだと拙い、魔眼が砕かれることはなくとも『アルアジフ』をまた破壊されかねない。

 そう思ったナイアは堪らずピース軍団を呼び出すが、


「……本当に懲りない奴だな、貴様は」


 呆れたようにアリスが呟くと共に、


<ドライブ《フォーミュラ・エクシーズ》>


 クロエラの超越魔法が発動。


『……嘘でしょ……!?』


 誇張なしのほんの一瞬で、ピースたちが蹴散らされていった。

 アンティやオーダーどころか、動き出す前に次々と殴り飛ばされて倒されたのだ。

 ――ナイアが必ず勝つ理由であったはずのピースが、もはや足止めすらできないレベルにまで落ちていったのを信じられないでいた。

 ……ピースが弱いのではない。リュニオンした

 ウリエラ・サリエラとリュニオンしていた時でさえ、戦闘経験の少ないナイアでも動きは一応見えていた……対抗できていたとは言い難いが。

 しかし、スピード特化のクロエラに入れ替わったことでただでさえ見えるのがやっとだったのに、もはや影すら捉えることができない速度となっている。

 その上で全防御力を全て機動力へと変換する《フォーミュラ・エクシーズ》まで使っているのだ。

 ナイアでなくとも捉えることはまず無理だろう、その点は責めるべきではない。

 ……問題なのは、そんな相手と事を構えることになった今までの行動自体にあるだろう。

 諸々の悪行はともかくして、『ここまでしなければ勝てない』とアリスたちに思わせたことこそが失敗なのだ。


『がっ!? あぁっ!? く、くそっ……!?』


 最速の『ハスター』であっても、別に動体視力が優れているわけではない。

 単に動きが速くなるだけであって、クロエラやジュリエッタのようにスピードに対応できるようになっているわけではないのだ。

 辛うじて腕を振り回して反撃しようとしても、その腕を取られ強引に投げつけられ、叩きつけられ動けなくなったところを滅多打ちにされ――


 ――い、一方的すぎる……!!


 プラムたちが現れるまでは、自分が一方的に蹂躙する側だったというのに、今は逆に自分が一方的に蹂躙される側に回ってしまっていることが信じられない。

 敵対者を一方的に蹂躙するために長い時間をかけて準備していたはずなのに、現実は真逆となってしまっている。

 つまり、今までの『努力』が水泡に帰そうとしているのだ。現実を認められないまま――だが、現実は非常にもナイアを追い詰めてゆく。


『ふ、ふざけんなよ……!! あたしが今までどれだけ――』

「知るか、阿呆が」

『ぐあっ!?』


 ……そんなナイアの想いや事情はアリスには全く関係ない。

 ただひたすらに力を揮って敵対者を倒す――それだけが今のアリス、そして仲間たちの目的なのだから。


「クロエラ、いいな?」

<――うん、もちろん!>


 その言葉が何を意味しているのか、ナイアも理解した。

 ウリエラ・サリエラの時と同様に全魔力を使った最大の攻撃をする、という宣言に等しいということに。

 自分ナイアにできるのは、『ハスター』の機動力を使ってこの場を切り抜けるか、あるいはエクスチェンジして別の属性で切り抜けるか――だが、咄嗟の判断がナイアには

 だからとにかくその場から逃げるという選択しかナイアには取れなかった。

 そして、その選択は『悪手』に他ならないことに気付けないのだ。


『く……とにかく、距離を取らないと……!』

「逃がすかよ! cl《神性領域アスガルド》!!」

<クローズ>


 『アルアジフ』とアリス自身を取り囲むように《アスガルド》の反射板が展開。

 逃げようとしても弾かれて思うようにはいかないだろう――どちらにしろ、クローズで引き寄せられてしまうのだから、そもそも距離を開けること自体が不可能だったのだが。


<cl《屍竜脚甲ニーズヘッグ》>

「ext《世界に仇なす災禍の牙ヴァナルガンド》ッ!!」


 クロエラの神速に加え、《アスガルド》による反射による加速が加わり、《ヴァナルガンド》は軌道上にあるもの全てを抉り潰す凶器と化す。


『ちく、しょう……!?』


 ナイアはもはや抵抗することもできず、アリスに翻弄され『アルアジフ』の全身が次々に抉られていくのを見ることしかできない。


『こんなっ、バカな……あたしは「最強」の力を手に入れたはずなのに……ッ!?』

「考えが甘かったな、ナイア」

『!?』


 最後の一撃――頭上から地面へと一直線に落ちてくるように放たれた決め技ヴィクトリー・キックが『アルアジフ』を粉砕、魔眼を勢いそのまま地面へと叩きつけた。

 その時、かすかに『ビシッ』と何かが軋む音がナイアの耳に聞こえてきた。


 ――ま、魔眼に……ヒビ!?


 ほんのわずかではあるが、確かに魔眼にヒビが入っていた。

 『ゲーム』のシステム外の存在であり、システムに則っている限りいかなる魔法やギフトであっても魔眼を壊すことはできないはず。そのようにナイアは魔眼を『設定』していたはずだった。

 なのに、その魔眼にわずかであっても傷がつけられた……それが何を意味しているのか悟り、ナイアは恐怖する。

 リュニオンしたアリスの力は、もはや『ゲーム』のシステムすらをも超越し始めているのだ。

 《四神降臨・天地魔崩テトラグラマトン》に加えて今のヴィクトリー・キック……どちらもシステムの限界を超えかねない威力をもっており、それを連続で叩きつけられたことによって魔眼が壊れ始めている。


『ありえない……! 絶対にありえないわ、そんなこと……!!』


 

 いかなる魔法やギフトを与えられたとしても、アバターの『限界』を誰よりも理解しているのがナイアヘパイストスなのだ。

 だからこそ、アバターの『限界』を超える性能の魔眼を造り、『アルアジフ』を造ったのだ。自分の絶対の安全を確保するために。

 それが崩れようとしている……保証されていた最後の安全すらも、今や脅かされている。


『……エクスチェンジ《シュブニグラス》! ロード《トラペゾヘドロン》、オペレーション《デアボリックユニオン》!』


 再生した『アルアジフ』を再度エクスチェンジ、今度は『力』と『防御』両方を兼ね備えた『シュブニグラス』だ。

 それだけではなく、『トラペゾヘドロン』を呼び出すと武器としてではなく『アルアジフ』自体へと融合――上半身だけが異様に膨れ上がった『パワー形態』へと変化する。

 一見するとパワー偏重で動きは鈍そうだが、『重量で鈍くなる』という概念は霊装にはない。

 背中に生えているブースターと機動力を保ったままの脚部で十分な速さは得ることができる。

 今の一撃で、ウリエラ・サリエラの時同様に魔力が尽きたはずだ。

 余波の爆炎の中に人影を認め、叩き潰そうと拳を振り下ろす。


『こうなったら力押しよ! 力押しなら負けないわ!』


 『シュブニグラス』に加え、『トラペゾヘドロン』を合成して強化した状態であれば、腕力だけならばアリス+ガブリエラの状態よりも上回れているはずだ。

 いかに強大な力を持っていようとも、ユニットであることに変わりはない。

 つまりそれは『体格』の差を覆すことは出来ないということを意味している。

 アリスがどれだけ強い力を持っていたとしても、それ以上の力、そして体格を以てすれば『力押し』で叩き潰すことは可能のはずなのだ。

 ……が、


『――は?』


 振り下ろされた拳が途中で止まった。

 回避されて《バエル-1》の床に当たったのではない。

 途中で止められてしまったのだ。


『な……な……!?』


 爆炎が晴れ、アリスの姿が露わになる。

 振り下ろされた『アルアジフ』の拳を、その場で片手一本で受け止めているアリスの姿がまた変わっていた。

 濃紺の和装に、翼爪の生えたドラゴンの翼、頭からは同じくドラゴンの角が生えている。


<ふふふっ、力押しですか?>

<誰が、誰に、力押しなら勝てるって?>

「ライズ《ストレングス》!」


 拳を受け止めた手と反対の手で、『アルアジフ』の拳へとカウンターのパンチを放つ。


『ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?』


 ただの腕力強化ストレングスをかけただけのパンチで、強化を重ねたはずの『アルアジフ』の身体が吹き飛び――それだけでなくパンチを食らった『アルアジフ』の拳が腕ごと砕け散った。

 再生はもちろん可能だが、再生したところで――とナイアが後ろ向きなことを考えているのを余所に、アリスは言う。


「力押しでオレたちに勝てると思うな?」


 アリス、ガブリエラ、そしてジュリエッタ――ラビのユニット中、最強の身体能力フィジカルを持った三人の融合体に対して、『力押し』がどれだけ愚かな、そして無駄な足掻きであるのかをナイアはまだ理解できていない……。

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