第9章9節 七彩のオーケストラ
第9章55話 熾天のアルペジオ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビたちにとって嬉しい誤算だったのは、もちろんトンコツたち他の使い魔たちが助けに来てくれたことだった。
彼らと共に戦えばもしかしたらナイアを押し切れたかもしれない……という思いはないわけではなかったが、《
戦っている最中にトンコツたちから軽く事情を聞き、また彼らの『作戦』も聞いた上でラビは10分間を任せることにした。
その10分間でアリスだけでなく、他のメンバーの魔力体力も完全回復させたのだ。
そもそも、実は『アルアジフ』と外で戦うようになってから裏で遠隔通話で話をしていたのである。
だからラビは全員が無事なこと、ルナホークの洗脳が解けていること、ブランが生き返ったこと、ルナホークに全員保護されてピースたちに襲われてはいないことを確認できていた。
そこで二人は戦いながら作戦を立てた。
ありすが提案した『最後の切り札』――ガブリエラとのリュニオンを使わなければ、独力でナイアに勝つことは無理だ、と結論は出た。
故に、ガブリエラたちを強制移動で呼び出す必要があるがタイミングが難しい。ナイアに見える位置だとすぐ【支配者】で操られてしまう可能性が高いのでただ呼び出すだけではダメだ――どうしても一度ナイアからアリスへのロックオンを外す必要が出てきてしまっていた。
だから、アリスは一度は大人しくナイアの攻撃を受けて
連戦で受けたダメージもリスポーンすることでリセットできるし、一時的にでもロックオンを外すことはできる……もちろん危険はあるが、そこにラビは『ある仕掛け』をしていたのだが、トンコツたちが来てくれたおかげで仕掛けは温存できた。
プラムたちが《
後はプラムたちが奪い返した『神核』を確保しつつ、全力でナイアをぶっ飛ばすのみだ。
『こんな……馬鹿なこと……!?』
アリスとガブリエラのリュニオン――今まで試したことはなかったが、理論上はもちろん可能だった。
意外なことに、これをやろうという発想自体が彼女たちの中になかったのだ。
……そこにはもしかしたら『ラビのユニット』『元ピッピのユニット』という区別が心のどこかで皆持っていたからなのかもしれない――とラビは少し反省する。あるいは単に、リュニオンを使わなければならないような強敵と出会わなかったからという理由かもしれない。
ともあれ、今までやらなかった最終手段をラビたちは使わざるを得なかった。
ナイアからどのような姿に映っているのか……今までとは比較にならないほどの力を放っているアリスに対して、明らかに『恐れ』を抱いている。
それはそうだろう。プラムたちが極大魔法を放ってようやく倒せた『アルアジフ』を、素手で殴り倒したのだから。
ユニットとしてはありえないパワーだ。例えるなら、人間が素手で戦艦を殴り飛ばしたようなものだろう。
「ふん、ここから先は小細工無用の殴り合いだぜ。立ちな、ナイア」
『くっ……』
「立たないっていうなら、まぁそのままブン殴るだけだがな」
別に『正々堂々』と戦いたい、というわけではない。
これまで散々好き放題やられたナイアに対して、もはや心情的には『何をしても構わない』くらいの気持ちでいる。
動けなくなろうがなんだろうが、倒しきるまでもうアリスは止まる気はない。
それでも『立て』と言っているのは――単純に
『こ、の……調子に、乗ってんじゃないわよ!』
アリスの挑発に恐れよりも怒りが勝った。
『エクスチェンジ《クトゥルフ》! ロード《クタニド》!!』
立ち上がると共に打撃無効、再生能力強化の『クトゥルフ』へとエクスチェンジ。更に『クタニド』を纏ってより万全の態勢を整える。
「使い魔殿、しっかり掴まっててくれよ! ガブリエラ、ウリュサリュ、頼むぞ!」
<はい♪ 全力でいきますよ、アーちゃん!>
<ウリュにお任せみゃー>
<サリュにお任せにゃー>
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!!」
立ち上がった『アルアジフ』へと向かって、矢のように突進――
『ぐふぉあっ!?』
ナイアには全く捉えられない速度でアリスが『アルアジフ』の胴体へと突進、同時に拳を突き出し吹き飛ばす。
軟体動物のような装甲を得たことで本来は打撃は効きにくいはずなのだが、それでも突進とパンチの衝撃がナイアまで伝わる。
……装甲で受けきれる許容量を遥かに超えた攻撃力が、防御を完全に貫いたのだ。
『あ、ありえない……! たかがいちユニットがこんなパワー……!?』
強化魔法を使って、というのであればまだわかる。
繰り返すが、アリスは強化魔法を一切使っていない。素のステータスの暴力だけで強化魔法以上のパワーを発揮しているのだ。
ナイアにはわかっていないだろう。
元々限界近くまで育っているアリスに、それ以上のステータスを持ったガブリエラが融合しているのだ。
今のアリスのステータスは完全に限界を超えている。それこそ、ライズを使ったジュリエッタと同等以上――しかもそれを常時発揮しているのである。
『最強』のステータスを持っている上に、『戦闘経験』という点で他の追随を許さないアリスをベースとしている……それが何を意味しているのかを。
「チッ、ぬるぬるして掴みにくいな……まぁいい」
『!?』
殴り飛ばされたのがやはり信じられない、と呆けたナイアはすぐに我に返る。
アリスは近づくと両手で『アルアジフ』の脚を掴むと、力任せに振り回し、
『ぐあっ!? がっ!?』
とにかく滅茶苦茶に《バエル-1》へと叩きつけまくる。
……超高ステータスという『純粋な暴力』を以て『アルアジフ』を完全に制していた。
やがて、ぶちっという嫌な感触と共に掴んでいた部分が引きちぎれる。
「ふん、まぁこんなもんか」
千切れたことで逃れることは出来たが、何の解決にもなっていない。
すぐさま装甲が再生し立ち上がろうとした『アルアジフ』だったが、もう立つのをアリスは待たない。
とにかくひたすらに『アルアジフ』へと殴りかかり、一切の反撃を許さない。
『こ、このっ!?』
<オープン>
『ぎゃあっ!?』
何とか反撃しようとしても、アリスの攻撃と同時にオープンを使って強制的に弾き飛ばし、あるいはクローズを使って強引に距離を詰めさせてバランスを崩し……。
そもそものスピードが全く違う。
百戦錬磨のユニットであればともかく、自分は一切傷つかずに戦うことしか考えていなかったナイアには、アリスの今の動きは全くついていけなかった。
『ぴ、ピースたちよ!』
「……またそれか」
オープンで弾かれ、『ゴエティア』外壁へと叩きつけられたナイアは慌ててピース軍団を呼び出し、自らの身を守らせようとする。
先ほどまでは脅威でしかなかったピース軍団も、ガブリエラたちと融合している今ならば問題ないだろうとアリスは判断。
同じことを繰り返すナイアに少し呆れたような表情を浮かべるだけで全く動じることはない。
「頼むぜ、ウリュサリュ!」
何よりも『最強の頭脳』が今は近くにいるのだ、中身のない
『そいつの動きを止めろ!!』
「アンティ」
「オーダー《アリス:停止せよ》」
一人で戦えば、また以前のように押し潰されていたことだろう。
しかし今は違う。
<【
<【
<ブラッシュ>
『なにぃぃぃぃっ!?』
アリスの動きが止まったのはほんの一瞬だけ。
すぐさま【消去者】がオーダーを消去、更に【贋作者】でアンティを真似してピース軍団諸共『アルアジフ』を凍らせ、それをブラッシュで強化。より分厚い氷で完全に動きを止める。
ほんのわずかな時間で、あっさりとピース軍団たちは無力化されてしまった。
それだけではなく『アルアジフ』自体も凍ってしまい動けない――『水』の属性を持つ『クトゥルフ』にとって、凍らされることは致命的であった。
「凍り付いたら、そのぬるぬるの装甲も意味ねーだろ」
『……!』
慌てて脱出しようにも完全に凍り付いてしまっていて『アルアジフ』は動くことができない。
ピースたちも凍り付いているため魔法すら使えない。
それでもクリアドーラやエクレールならば氷を砕いてすぐに脱出できるだろうが、そんなことはアリスたちは承知の上だ。
「全員纏めて――吹っ飛ばしてやる!」
翼を広げたアリスが上空へ――『アルアジフ』とピース軍団を睥睨する。
「来い、聖斧ジェネシス、魔槍アポカリプス、神鍵ハロウィン!」
ガブリエラたちの霊装を呼び出す。
普通ならば使えない、超極大魔法も今ならば使える――アリスにはその確信があった。
アリスの考えに呼応し、【
<ext《
<ext《
<ext《
三つの霊装に三種の神装の力が宿る。
アリス一人では絶対に使えない、三神装――神話にも存在しえない究極の力がここに顕現する。
<オープン>
<アニメート>
<ブラッシュ>
「pl!」
最後に残った魔力を全て解放――神装と纏めて一つに
アリスの三神装とガブリエラたちの奥義 《ネツィブ・メラー》……ラビのユニットの中でも一・二を争う最大の魔法四種を一つへと纏めた
「ext《
ありとあらゆるものを破壊する、魔力の柱がピースたち諸共『アルアジフ』を飲み込んでいった。
『あ、あああああああっ!!!』
凍結していた『アルアジフ』は光の柱をかわすこともできず、正面から浴び――瞬時に『アルアジフ』の装甲が溶け落ちてゆく。
『こんな……もの……っ!!』
しかし、それでも魔眼は砕けない。
ナイアは魔眼の中でひたすらに光を耐え凌ごうとする。
これだけの大魔法だ、魔力消費は尋常ではなはず。
であれば、二度も使うことは不可能だろう――事実、リュニオンしている間は魔力回復はできないのだ。回復させるためにはリュニオンを解除する必要があるが、その隙を逃しさえしなければ今度こそ【支配者】で止めることができるはず。
――……拙い!? 《バエル-1》が……!!
だが、ナイアはより拙い事態に気が付く。
アリスの放った《テトラグラマトン》の光は、『アルアジフ』だけでなくその足元……《バエル-1》すらも穿っていたのだ。
幸い、位置のおかげで最深部の『ピース製造装置』は無事ではあったが、《バエル-1》いやルールームゥの受けた傷は大きい。
このままではそう遠くないうちにルールームゥの体力が尽きて《バエル-1》自体が消滅。内部にある『ピース製造装置』諸共全員地面に落下することになりかねない。
……そんな心配をする以前に、ナイア自身が果たして生き残れるかが問題なのではあるが……。
『くっ……ふふっ、あはははははっ!!』
やがて光が止んだ。
アリスの魔力が尽きたのだろう、《テトラグラマトン》の光が消えた。
ピースたちはあっさりと消滅、《バエル-1》にも甚大な被害が及び『アルアジフ』も再び全身が焼け落ち魔眼を残した状態ではあるが――耐えきってみせたのだ。
「うぅ……」
見れば、離れた位置に二人の少女が倒れ伏している。
楓と椛だ。
二人とも魔力全てを失い変身が解けただけでなく、肉体的にも大きな負荷がかかっているのか倒れたまま呻いているだけであった。
『「アルアジフ」、再生しなさい!』
魔眼を中心に『肉』が再生――
だから他の魔眼種モンスター同様に、魔眼による無茶苦茶な再生が可能となっている。
加えてナイア自身の魔力を使って再生を加速させることもできる。
全身を吹き飛ばされたにも関わらず、『アルアジフ』は再び蘇ってしまった。
――……けど、このままでは拙いわね……。
ナイアも馬鹿ではない。
これ以上 《バエル-1》にダメージを与えるわけにはいかない。
『エクスチェンジ《ハスター》!』
故に、まずは相手の追いつけないであろう
そして距離を取って攻撃しようとしていた。
倒れている楓たちの始末は後だ。魔力が尽きて変身が解けている状態だと【支配者】の効果は及ばないし、始末するだけならいつでもいくらでもできる。
とにかく安全な距離まで逃げ、それから順番に始末していく……と、そこまで考えてようやくナイアは気付いた。
『!? あ、
同じく魔力を使い果たしたであろうアリスの姿が見当たらない。
離れた位置にいる……とも思えないし、変身解除の勢いで落下していったわけでもない。
どこへ行った、とアリスの行く先をナイアが知るよりも速く、
「どこへ行こうってんだ、ナイア?」
『!? ぐぁぁぁぁぁっ!?』
声はナイアの頭の後ろから聞こえてきた。
その声の持ち主が誰かを認識するのと同時に、すさまじい衝撃が『アルアジフ』を襲い、飛び立った勢いそのままに《バエル-1》へと落下、叩きつけられてしまう。
『な、な……!?』
<お前がどれだけ速かったとしても――『
『アルアジフ』を蹴り飛ばし落下させた人物の姿を見て、ナイアは言葉にならず口をぱくぱくとさせるのみだった。
黄金の髪に白い服、白い翼だったはずのアリスの姿が変わっていた。
髪は漆黒に染まり、服も同様の黒尽くめ。
そして背の翼は一対二枚へとなり天使の翼から鋼鉄と歯車でできた機械の翼へと変じている。
「行くぞ、ガブリエラ、
<ええ!>
<うん!>
『な……な、なんですってぇぇぇぇぇっ!?』
それは、ウリエラ・サリエラに替わって新たにクロエラをリュニオンしたアリスであった。
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