第9章57話 獣魔のカプリチオ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 リュニオンにはもう一つ制限がある。

 許容量キャパシティを超えた融合は出来ないというのがそれだ。

 何でも無制限に融合できるわけではない。敵と融合できないのは当然のこととして、たとえ味方であっても融合できない――許容量を超えたら融合はできなくなる。

 この許容量は、ガブリエラではなくリュニオンのベースとなるユニットのものとなる。今ならばアリスが対象だ。

 もっとも、アリスであろうとガブリエラであろうと、リュニオン許容量には大差はない。

 おおよそユニット三人分が限界となる。ウリエラ・サリエラの場合はサイズの小ささのせいかあるいは能力のせいか、二人で一人分だ。

 だからそれを除けば、『アリス+ガブリエラ+もう一人』がリュニオンの限界となる。


 これがあるため、敢えて《バエル-1》突入時からリュニオンするという選択をしなかったという事情もある。

 もちろん地上を侵攻するラグナ・ジン・バランの大群を別働隊で迎撃するという理由もあったが……。

 仮にラビのユニット全員でリュニオンが可能だとしても、アリスたちはその手段を選ばなかっただろう。

 なぜならば、『いかに強大な力であっても、相手に観察されたら負ける可能性が高くなる』からだ。

 確かにリュニオンしたアリスならば、ピースの大群だろうがラグナ・ジン・バランであろうが問題なく蹴散らせたかもしれない。

 しかし、ナイアにしろ他のピースやエキドナたちにしろ、いずれ攻略法を見出してくるかもしれない――よほどの馬鹿でもない限り、まず間違いなくそうなるとアリスたちは考えていた――そうなったら、敗北は必至だ。なにしろ『最後の切り札』を切ってしまっているのだから。


 故に、アリスはこの『最後の切り札』をナイアとの決戦時のみに使うことに決めていた。

 『最後の切り札』を切った以上、それで決着を決めねばならない――そうでなければ敗北することになると思って。

 また、リュニオンした仲間を『使い捨てる』ような戦いも、心情的にはともかく今回はしなければならないことであると全員が認識していた。

 重要なのは勝つこと。

 勝つためには『最後の切り札』への対抗策を編み出される前に決着をつけなければならないこと。

 だから対抗策を思いつかれる前に、次々とリュニオンの対象を切り替えていく必要がある。

 そして一度リュニオンを解除して待機する仲間が操られて障害になっては拙い――だからこそ、魔力消費の負債を全て押し付けて『使い捨て』なければならなかったのだ。




「……ジュリエッタの魔法、やっぱいいな。オレも欲しいぜ」

<そう?>

<私も欲しいですねぇ~>

<…………御姫おひぃ様はともかく、ガブリエラには怖くて使わせたくないな……>

<えぇ~? なんでですか?>


 『アルアジフ』を一撃で砕いたのは、リュニオンした超ステータスだけのものではない。

 ジュリエッタの魔法・ライズで強化したためだ。

 瞬間的な強化ではあるものの、元のステータスを引き上げる効果のため、ただの《ストレングス》であってもとてつもない威力へと跳ね上がっている。

 ただでさえジュリエッタが使った時点で凶悪な強化を持っていたのだ。

 リュニオンしたアリスが使ったら――ただの拳が、霊装をも砕きかねない。


『こんな……こと、ありえない……!! ロード《ダークヤング》、オペレーション《グリード》!』


 砕けた腕を再生させ立ち上がった『アルアジフ』が、周囲に『黒山羊ダークヤング』の群れを呼び出す。

 ……もはやピース軍団を呼び出したところで結果は同じだと、流石に理解しているのだろう。

 呼び出したブラックゴートが『アルアジフ』へと殺到、更なる巨体へと変貌してゆく。

 ――この選択は間違いではないが、

 強化魔法を持っていない、ウリエラ・サリエラとかクロエラとのリュニオン時にすべき選択であったと言えるだろう。もっとも、だからといってナイアが優位に立てたかというと――全くそんなことはなかったと思われるが。どちらにしろ、速さに翻弄されるのには変わりない。


「ふん、苦し紛れの巨大化か」

<定番ですねぇ~>

<うん。よくある展開>


 倍以上に膨れ上がった『アルアジフ』を見てアリスは鼻で笑う。

 その様子を見て恐怖を怒りで吹き飛ばしたナイアが叫びながら拳を振るって叩き潰そうとする。


「チッ……さすがに体重ウェイト差はどうにもならんか」


 受け止めること自体は不可能ではないが、『重さ』だけはどうにもならない。

 ライズで重量を増す……というのは出来るがやる意味を感じない。

 だからやるなら別の手段だ。


「だが、デカくなったところでどうということはないな!」

<メタモル《竜帝顕現イグジスト・インペラトール》>


 アリスの声に応え、ジュリエッタがメタモルを使用、アリスの姿が変わる。

 ――それは《邪竜鎧甲ファヴニール》にも似ていた。

 竜鱗を全身に鎧のように身に纏い強化。手足には鋭い爪が生え、角も槍のように鋭く伸び、長い尻尾が生える。

 《ファヴニール》との違いは、全身を覆う竜鱗が輝く『結晶』でできていることだった。


「……ノワールたちの力か。そうだな、あいつらの分までナイアの野郎はぶっ飛ばしてやらねーとな」

<落とし前ってやつですね♪>

<うん。皆にもらった力……叩きつけてやる>


 ジュリエッタが【捕食者プレデター】で吸収した結晶竜インペラトールたちの力が結実した姿だ。

 尚、ジュリエッタはルナホークに匿われている間にノワールから了解を取り、ナイアに気付かれないようにノワールの結晶も吸収している。

 全ての結晶竜の力を兼ね備えた、この世界の人類の力の極致と言えるだろう。


『……亡者の力が何よ! いつまでもこの世にしがみつくゴミ共の力なんて!!』


 ナイアの視点からすればそうだろう。

 死して尚立ちふさがる『邪魔者』以外の何物でもない。

 地上のエル・アストラエア侵攻軍に結晶蟲ダムナティオを加えたのも、200年前の侵攻を防いだ結晶竜たちへの意趣返しの側面もあったのかもしれない。

 いずれにせよ、今更結晶竜の力があったとてナイアに抵抗できるとは思えない――が、それを扱うのがアリスたちである、というのが問題だ。


「本当に学ばないやつだな、貴様は」

『なにを……!?』


 アリスの言葉の真意をすぐにナイアは

 だんっ、と《バエル-1》を踏み砕く勢いでアリスが踏み込み、一気に間合いを詰め『アルアジフ』中央の魔眼――ナイアの隠れている場所へと向かって拳を放つ。


『ぐはぁっ!?』


 これだけで魔眼は砕けないが、『アルアジフ』は為す術もなく吹っ飛ばされる。

 ライズを使って強化していないにも関わらず、明らかにライズ並みのパワーである。

 結晶竜たちの力がメタモルで上乗せされたことで、今まで以上のステータスとなっていることは明らかだ。


『う、ぐ……この程度! ロード《ダークヤング》!』


 ナイアは『ダークヤング』の群れを更に呼び出して吸収、『アルアジフ』の質量を増加させる。

 何にしても今のアリスならパワーは互角に近いし、『質量』の差で押し切ることができるはずだと信じて。


<またおっきくなりましたね~>

<ほんと、学習しない……>

「ま、は増えたがな」

『! こ、の……!?』


 更に倍以上の巨体へとなったにもかかわらず、アリスたちは全く動じていない。

 それどころか、むしろますます馬鹿にしたような態度を見せている。

 ……確かに今のアリスのパワーであれば巨大化したところで『的が大きくなった』程度の意味にしかならないかもしれない。


『捻り潰してやるわ!!』


 『アルアジフ』の膨れ上がった両腕がバラバラに裂け、無数の腕へと分裂する。

 大広間でやったのと同じことを、更に質量を増やした状態で行ったのだ。

 アリスに逃げ場を与えずに質量とパワーで押しつぶす……『シュブニグラス』であればそれができるはずと信じて。


「大きくなったと思ったら、今度は数が増えたか。面倒な」

<大丈夫、問題ない>

「……だな」


 逃げ場なく押し寄せる腕の『壁』にも動じず、


「凍り付け」


 アリスがそう一言呟くと共に、周囲へと強烈な冷気が立ち込め一瞬で腕を氷漬けにしてしまう。


『!?』


 アンティで凍らされた時とは比べ物にならない、まるでその場だけ氷河期になったかのような冷気に細くなった腕は為す術もなく全てが凍らされてしまう。


「消し飛ばせ」


 そして、凍り付いた両腕へと手を掲げると、光の粉が舞い――次の瞬間、爆発が巻き起こり『アルアジフ』の両腕が粉々に爆破される。


「焼き尽くせ」

『ぐあっ!?』


 更には火炎が『アルアジフ』の残った身体を焼き尽くさんと燃え上がる。

 ただの炎ではない。アンジェリカの点火魔法イグニッション同様の、一度点いたら決して消えることのない地獄の業火だ。


『い、インペラトールの力如き……!』


 炎ならば『クトゥルフ』で防げる、と思いたいがそうすると今度は再び凍結させられる。

 全身を凍らされてしまったら、爆裂の力で今度こそ全身を粉々に吹き飛ばされてしまうだろう。

 ならば、大地の生命力――強力な再生能力を持つ『シュブニグラス』で炎で焼かれた端から再生し続けて耐える、そうナイアは判断し燃え盛る『アルアジフ』でアリスを叩き潰そうとする。


「滅ぼせ!!」

『は、速……ッ!?』


 ……そんな相手の再生を、アリスが待つわけがなかった。

 速攻で再度『アルアジフ』の懐へと潜り込み、両手に纏った黒炎――滅びの力を魔眼へと叩きつける。

 ……が、それでも魔眼は砕けなかった。


「チッ……硬いな」

『ふ、ふふふっ! その程度で砕けるわけがないわ!』


 本来のノワールの力であれば、ありとあらゆるものを腐食・風化させて消し飛ばすことができる『滅び』の力であったが、アリスが使うことによって『ゲーム』のシステムが処理してしまっている。

 だからシステム外の存在である魔眼を一撃で葬り去ることができなくなってしまっているのだ。

 もっとも、仮にノワールが健在だったとしても、自身を守る『最後の砦』である魔眼には何重もの防御を施している。無抵抗で何度も、あるいは長時間『滅び』の力を浴びない限りは魔眼が砕けることはない。


『ふふふ……そうだわ! エキドナ!! あんたにかけた【支配者】を解除する――こっちに来て加勢なさい!』

「! あいつか……!?」


 どこかにいるはずだが一向に姿を見せないことを不気味には思っていたが、アリスたちの知らない事情があった。

 最終決戦を前にナイアの【支配者】によってラビたちに一切の手出しを封じられ、『ピース製造装置』の防衛に回っていたためエキドナは今まで表立って動いていなかったのだ。

 そのエキドナへの【支配者】を解除、更に『ピース製造装置』の防衛もやめさせて自分の手助けに呼び出す――判断としてありえないわけではないが、な判断だとしか言えない。

 自分の身を守るために、先ほど破損を心配した『ピース製造装置』の守護を放棄させようとしているのだ。中途半端としか言いようがない。

 ……もっとも、その判断の是非を問う意味もないことにすぐにナイアは気付かされた。


『……? エキドナ!? どういうこと……!?』


 

 慌ててステータスを確認しようとして、あることに気が付く。


『!? エキドナが…………』


 ――ナイアがもっと『普通の使い魔』として普段から振る舞っていれば、もっと早くに異変に気付けただろう。

 エキドナが『何らかの理由』で体力がゼロとなってリスポーン待ちの状態に陥っていたことに気付けたはずだ。

 しかし、ナイアは気付けなかった。

 エキドナのステータス確認を怠ったが故に、いつの間にかやられていたエキドナをにしたも同然となってしまったのだ。


「なんだ、奴ともケリつけたかったが」


 エキドナがアリスに執着する理由もわからずじまいだったが、いないのであれば構わない、とアリスはすぐに忘れることにした。

 今はナイア以上に重要なことはないのだ。

 そして、エキドナがいなくなった――その理由は不明だが――ことにより、ナイアにとって最も恐れていたことが起きようとしていたことにすぐに気付く。


『ま、拙い……』

<ピ、ピ、ピ……ピガガガガガガガガッ!?>

<[システム:メインシステム...ダウン]>

<[システム:深刻な異常を検知しました]>

<[システム:当機はこれよりします]>

<[システム:各乗員は衝撃に備え所定の位置に避難してください]>

<[システム:不時着まで残り300秒]>

『あ、あ……』


 何が起こったのか、ナイアは明確に悟った。

 『ピース製造装置』が破壊されたのだ。

 もはやピースを作り出すことは出来ず、現在活動しているルールームゥもまた『元の魂』が戻ったことによりバグったのか、あるいは本人の意思なのか、【支配者】以外での命令を受け付けなくなり勝手に不時着――というより『墜落』を始めてしまった。


「……ふん、哀れなものだな」

『な、なんですって……!?』


 アリスの顔には笑みはなく、吐き捨てるようにナイアのことを『哀れ』と断じた。


「何から何まで他人頼り――貴様の力すらもホーリー・ベルからの借り物。そういや貴様の『無敵』もジュウベェのやつのパクリだったな……何一つとして自分のモノがない。

 ……ああ、まぁラグナ・ジン・バランくらいか。それもガブリエラたちがぶっ潰したけどな」

<ふふっ、がんばりました♪>

『く……うぅ……』


 『借り物の力』――という点では自分たちも似たようなものだ、と自覚はしている。

 しかしそれはあくまでも『ゲーム』のルールに則った、全員同じ条件のものだ。

 ナイアの持つ力は、それを逸脱したものであり何から何までインチキチートの産物としか言えない。

 ……そのほとんどを失ってしまったことになる。

 後はナイア自身の能力と『アルアジフ』で何とかするしかない状況であり、当のナイアは今やアリスに手も足も出せない。

 『哀れ』とは言うものの、同情は一切ない。

 仮初の『無敵』で調子に乗っていたのを『哀れ』と思っているにすぎない。


「まぁいいさ。どっちにしろ、

『何を!?』

「やるぞ、ジュリエッタ!」

<がってん>


 メタモルで四結晶竜の力全てを使っただけで終わりではない。

 だ。


<ライズ《ストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション》>

「はぁっ!!」


 リュニオン後の超ステータスに加えて四結晶竜の力をメタモルで得た状態――ただでさえ相手をほぼ一方的に蹂躙できるほどのパワーが、ライズによって更に強化される。

 一瞬で姿を消したアリスが回り込み『アルアジフ』の脚へとライズを乗せた拳を叩き込む。


『ぎゃっ!?』


 拳を当てると同時に凍結、次いで爆破で装甲を破壊。

 バランスを崩した『アルアジフ』の胴体部分……魔眼へとアリスは攻撃を集中させる。


「そらぁっ!!」

<ライズ《ストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション》>

「おらぁっ!!」

<ライズ《ストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション》>

『がっ、あっ……ちょっ……!?』


 強化されたスピードはクロエラとの融合時にも引けを取らない。

 そんな瞬間移動にも等しい速さで、強化された腕力での打撃、しかも結晶竜たちの力を込めた『一撃必殺』級の攻撃が絶え間なく『アルアジフ』を襲う。


『さ、再生が追い付かない……!?』


 どれだけ魔力を注ぎ込んで再生能力を加速させても、アリスの攻撃一発で破壊される箇所の方が大きい。

 それ以上に……。


『!? 再生できない……!?』


 『滅び』の力が『アルアジフ』の装甲を伝って浸食、そもそも再生できないように侵しているのだ。

 浸食された箇所は更に脆くなり、直接殴られなくても衝撃だけでボロボロと崩れ落ちてゆく。


「オラオラオラオラッ!!」

<ライズ《ストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション》>

『こ、この……!?』

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!」

<ライズ《ストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション》>

『ちょっ……待っ……!?』


 そしてついに――『アルアジフ』から魔眼が無理矢理引きはがされる。

 アリスの魔法を乗せた超連撃だけで、『アルアジフ』は木っ端微塵に破壊され、無防備となった魔眼がそのまま滅多打ちにされる。


『ひっ……ひぃ……!?』

<ライズ《ジリオンストレングス》>

<ライズ《アクセラレーション・オクタプル》>

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇっ!!」


 無限強化ジリオンのパワーを8倍速オクタプルで超加速。

 まるで時が止まったかのようにアリスには見え――1秒にも満たないわずかな間に数十……いや数百発もの拳を魔眼に叩き込む。


『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


 砕けた欠片を撒き散らしながら、ナイアごと魔眼は遥か上空へと吹き飛ばされていった……。

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