第9章49話 最終決戦~"殲滅の狂姫"アリスvs"魔眼の支配者"ナイア(後編)

 希望が見えてきた――というのは私の思い違いではないだろう。

 確かにナイアの能力や霊装は厄介だし、一度はアリスも敗北している。

 でも、今の攻防では全くの互角……。

 圧倒的な破壊力でアリスの魔法のことごとくを叩き潰してくるクリアドーラとは違って、自分の魔法や霊装で『受けている』だけのナイアの方がむしろ『やりやすい』とさえ言えるのではないかと思える。

 もちろんまだまだ油断はできない。

 まだ奴にはダメージらしきものを与えられていないのだ。

 反対に、こちら側はというと――


『”アリス、拙いかも。回復回数が……”』

『……仕方ないこととはいえ、消耗が激しかったからな……後何回だ?』

『”完全回復できるのは――4回くらい”』


 隠す意味は全くない。正直に残り魔力の回復回数を告白する。

 これは普段だったらともかく、ナイア戦では心もとないとしか言えない。

 なぜならば、アリスの魔力量を上回る消費を強いられる《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》を使うためには完全回復数回分が必要となってしまうからだ。

 ……《エスカトン・ガラクシアース》は後1回しか使えない。


『その回数で何とかするしかないな。まぁいつものことさ』


 アリスは動じない。

 《エスカトン・ガラクシアース》は使おうと思っても事前に潰される可能性がある。下手に使うよりは、他の魔法や神装で戦った方がマシかもしれない。

 ……アリスが考えていた『切り札』以外にも、私の方でも『切り札』は準備してはいるんだけど――今のところ使えるかどうかは微妙なところだ。タイミングが難しい。

 ナイアの方も細かい回復回数は数えていないだろうが、残り少ないことは流石にわかっているだろう。ピース軍団との戦いでもかなり消耗してしまったのが痛いな……回復しなければケイオス・ロアたちが来てくれる前に終わっていただろうから仕方ないけど……。


「……叩き潰してやるわ」

「やれるもんならやってみろ」


 ナイアの表情から『余裕』が完全に消えた。

 『遊び』がなくなったと言ってもいい。

 私たちの方も余裕はもうない――いや、まぁ元々余裕なんてなかったが。


「潰せ、『アルアジフ』!!」


 腕だけが出現したロボット型霊装『アルアジフ』――その両腕が大広間内を薙ぎ払う。

 動きは速いが、やっぱり《神馬脚甲スレイプニル》を装着したアリスであれば回避は容易だ。

 ……が、やっぱり場所が狭すぎる。


「ロード《ダゴン》!」

「チッ、また手下を呼ぶか!?」


 振り回される腕に加えて、今度はやや大きめの人型――ただし身体のあちこちからタコのような触手が生えている――が3体呼び出される。

 ……いや、よく見るとあまり生物っぽくはない。小型の人型ロボットという感じだ。触手に見えるのも、コードのようなものだった。だからどうしたって話ではあるが。

 出現した3体のダゴンは、『アルアジフ』の腕を回避しようとするアリスを狙ってコードを伸ばしてくる。

 狭い場所で巨大な腕を回避し続けるのも難しいし、隙を埋めるように3体のダゴンが追い打ちをかけてくる……かなり厳しい。

 ダゴンの方は魔法で撃退できるかもしれないが、ダゴン相手に魔力をあまり使いたくないというのが本音だ。


「……ふん、問題ない!」


 が、私の心配をよそにアリスは打開策をもう思いついていたようだ。

 ……考えようによっては、テュランスネイルの触手を回避しながら他の中型モンスター3体を相手にしているのと同じではある。

 そういう戦いは今までにも何度も行ってきている。アリスが恐れるようなものではない。


「cl《黒・三連巨星トリリトン》!」


 迫ってこようとするダゴンたちを纏めて吹き飛ばしつつ、『アルアジフ』の腕を掻い潜ってナイアへと一気に接近しようとするが、


「オペレーション《ブラスター》!」


 吹き飛ばされたダゴンたちが不安定な姿勢のまま、触手コードの先端から光線――いや、圧縮された粘液を噴き出して狙撃してこようとする。

 やはり、やつのオペレーションはロードで呼び出した魔法生物に『何か』をさせる魔法……なのだろう。

 となると、ナイア本人自身は『アルアジフ』以外に実は攻撃も防御もできない……? 期待しすぎは禁物だが、一度懐に潜り込んでしまえれば攻撃し放題になるかもしれない。

 ますます『アルアジフ』を纏われる前に決着をつけたくなってくるが、そんなことはナイア自身も理解しているはずだ。


「おっと」


 ともかく、後ろ側から撃たれた粘液レーザーをアリスは難なく回避し、『アルアジフ』の腕もかわしながらナイアへと接近しようとする。


「ロード《ショゴス》、オペレーション《ディスパート》!」


 接近させまいとダゴンをショゴスへと変更、最初と同じようにまた分裂させたミニ・ショゴスたちが地面を這い、ナイアを守ろうと壁を作る。


「邪魔だ! cl《赤爆巨星ベテルギウス》!」

「エクスチェンジ《シュブニグラス》! ふふっ、潰れるのはそっちよ!」


 『アルアジフ』の腕が今度は青黒く変色、更に腕自体が幾つもの小さな腕に枝分かれする。

 まるで腕の壁だ……!

 一本一本は細い――それでもユニットの胴体より太い――が、霊装なのには違いはない。生半可な魔法では壊すことはできないだろう。

 その腕の壁がアリスを掴まえ……いや潰そうと迫り、回避のしようのないアリスが捕まった。


「終わりね!」

「何がだ?」

「……はっ!?」


 腕に掴まり潰されたはずのアリスが、ナイアの横へといつの間にか回り込んでいたのだ。ナイアは間の抜けた声を上げる。

 ……やっぱり、直接戦闘の経験の有無は大きい。

 アリスはショゴスたちが呼び出されるのとほぼ同時に、《影分身ドッペルゲンガー》を作りだしてそちらにターゲットを引きつけつつ大きく回り込んでいたのだ。

 それにナイアは気付かず、目の前のアリスドッペルゲンガーに飛びついたというわけだ。

 うーん、《ドッペルゲンガー》も多分ナイアは知っているはずなんだけど……《エスカトン・ガラクシアース》という『大技』に気を取られて、『小技』の方に意識が向けられていないみたいだ。

 やっぱりこれが『戦闘経験』の差なのだろう。

 相手の能力がわかっているのであれば、ありとあらゆる可能性を考えて行動するのだが、どうもナイアはそういう対応ができていないようにしか見えない。

 ――ま、そここそが私たちが突ける『隙』なのだけど。


「cl《灼熱巨星シリウス》!!」


 予想外の方向からアリスが急接近してくるのに対応できず、呆けるナイアを包み込むように《シリウス》を発動。

 周辺を固めるショゴスごと焼き尽くさんとする。


「ぐぁっ、くぅっ……!? エクスチェンジ《クトゥルー》、戻れ!」


 使い魔の超体力なら《シリウス》一発では流石に倒せないだろうが、ようやく奴にダメージを与えることができた。

 ナイアは再度 《クトゥルー》にエクスチェンジ、《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》の炎ですら防いだ属性で《シリウス》を耐えようという魂胆だろう。

 ……ここでもアリスとナイアの判断の差が出てくる。


「ext《七連煌星グランシャリオ》!!!」


 《シリウス》を構成する連星が燃え尽きる前に上書き、ナイアを取り囲むように七つの巨星が出現――


「ぶっ潰せ!!」

「……ッ!?」


 炎の属性を《クトゥルー》で防ごうとしたのが裏目となった。

 アリスの作り出した七つの巨星は、炎だけではなくその名の通り『七つの属性』を兼ね備えたものだったのだ。

 炎だけは防げても、他の属性は防げない――そして何よりも巨星の突進、つまり『物理攻撃力』を防ぐことができていない。

 ぬめぬめとした生物的な見た目だと思っていたが、性質もそうなっているのだろう。霊装とはいえども、硬さを維持したまま特定属性の防御まではできないみたいだ。


「ぐはっ……う、うぅ……」

「チッ、ジュウベェと同じか。タフだな」


 《グランシャリオ》はある程度は『アルアジフ』の腕で防げたみたいだが、それでもナイアに大きくダメージを与えることはできた。

 ついに玉座の前から吹き飛ばされ、膝をついていた。

 やはりと言うべきか、中身が使い魔だとかなりタフだ。

 ……ダメージを与えられたと言っても手放しで喜べる状態ではない。奴の体力を削り切ることができるかどうかが問題となる。それも、こちらの回復アイテムが尽きるまでに、相手の攻撃を回避し続けて無駄なくダメージを与えていかなければならない。


「こ、の……!」

「cl 《ベテルギウス》!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」


 そして、アリスの追撃は容赦がない。

 ここがチャンスなのはわかりきっている。

 《エスカトン・ガラクシアース》を使わずとも、とにかく近距離から巨星魔法を放ち続け反撃をさせないまま一方的に攻撃を仕掛け続ける。

 ショゴスがいようがいまいが関係ない。『アルアジフ』で防御されようとも、アリスはすぐさま隙間から抜けてナイアに張り付き攻撃の手を緩めない。

 ……むかつくくらい余裕だったナイアは、今やアリスに手も足も出ずに吹き飛ばされるだけのサンドバッグと化している。

 反撃で魔法を使おうとするも、そのタイミングを見計らない巨星ではなく弾速の早い流星を放って妨害、むやみやたらに『アルアジフ』の腕を振り回すことくらいしかできていない。


『”残り3回くらい!”』

『おう、このまま押し切るぞ!』


 アリスも確かな手ごたえを感じているようだ。

 このまま一気に押し切り倒す――倒せる、そう思っていた。

 が、


”!? 天井が!?”


 大広間の天井が

 いや、天井だけではない。壁までもが消え――吹きっ晒しに変わってしまった。

 ……ルールームゥに変化させたのか!


「危ねぇっ!?」


 場所が広くなったということは、狭くて使いづらかった『アルアジフ』が自由に使えるということだ。

 カウンターでアリスへと『アルアジフ』が両腕を叩きつけようとするのを何とか回避。

 しかし回避のために後ろに下がってしまったため攻撃が途切れてしまった。

 いや、それよりも拙いのは――


「……調子に乗りすぎだよ、あんたたち……!」


 ナイアの顔に『怒り』が浮かぶ。

 それだけ奴を追い込んだ証とは言えるが……『本気』になった証とも言える。

 私の予想を裏付けるように、今まで腕だけだった『アルアジフ』がその全身を露わにする。


”あれが……『アルアジフ』……!”


 事前に『人型ロボット』とかいうふざけた姿をしていたのは聞いていたけど……実際に見るとその威圧感はとてもではないが笑い飛ばすことは出来ない。

 頭部からは二本、大きな山羊の角のようなパーツが生えており、全身の至るところに同じように角や棘が生えた鋭角的なフォルムをしている。

 背中にもやはり二対、折りたたまれた翼――ロボットだと『ブースター』というのだろうか――がある。

 それと背中の中央部には何に使うのか用途不明の、巨大な『円』状のパーツがあり、まるで後光を背負っているかのようだ。

 一番特徴的なのは、胸部中央に埋め込まれた赤い宝石のようなパーツ……とてつもなく巨大な『魔眼』だ。

 ……よく見ると、関節部とかあちこちに装飾のように小さな魔眼らしきものが埋め込まれているのが見える。


「チッ……!」


 追撃を仕掛けようとしたアリスだったが、手を引っ込める。

 ナイアが胸部の大魔眼へと吸い込まれて消えていってしまったためだ。

 ……拙い、乗り込まれてしまった……!

 に決着をつけたい気持ちはあったけど……狭い場所では攻めきれなかったのも事実だ。


『遊びはもうおしまい――』

”!? こ、これは……!?”


 『アルアジフ』の周囲に6つの『光の玉』が現れる。

 ……『光の玉』には実体がある。よく見ると、『何か』が発光して『光の玉』のように見えているのだ。

 『光の玉』はそのまま『アルアジフ』へと吸い込まれていく。

 両腕、両足、胸部、そして頭部――吸い込まれると共に、『アルアジフ』の全身が禍々しい赤黒い光に包まれる。

 今の光は……!?


『ふふ、ふふふふふっ! あたしが奪ったこの世界の魔力の源――「神核」全部使った「アルアジフ」完全体……エル・メルヴィンの時と同じと思わないことね!』


 ……『神核』……まさか、『神樹』の……!?

 確かピッピアストラエアの話によれば残っていたのはエル・アストラエアと南の国の2本……そして多分南の『神樹』は奪われたと思われる。

 で、残る7本のうち『エン』と『テン』の樹はこの世界から消えて……奴の手には渡っていない。

 5本は奴に奪われた……そういうことなのだろう。

 『神樹』はこの世界の魔力を生み出している存在……ピッピはそう言っていた。そして、重要なのは『神樹』そのものよりも『種』――つまりは『核』の方であると。

 その『核』をナイアは奪い、自分の力としてしまっている、ということか……!


『もうガラクタラグナ・ジン・バランオモチャピースもいらない……! あたし一人で、全部キレイに片付けてやるわ!!』


 ……ナイア一人で私たちを全滅させる。

 それが実現不能な絵空事だとは思わない。

 ナイア本人は霊装の中に隠れてしまい、その霊装は元々の性能に加え6つの『神核』の力までをも得ているのだ。

 誇張抜きに、かつて戦ったあらゆる敵を凌駕する恐るべき相手なのは間違いない。


『あっははははははっ! でも褒めてあげるよ! まさかあたし自身が――「アルアジフ」を使って戦うことになるとは本当に思ってなかったからねぇ!

 降参するなら今のうち……なんて言わないわ。もう苦しめて殺すなんて回りくどいこともしない。

 見せてあげる――あたしの絶対的な力をね!!』


 ……

 確かにナイアは、というか『アルアジフ』を使っての『本気』の力はとてつもないものなのだろう。

 かつてはアリスも一瞬で倒されてしまったという話だし、この状態になってしまったことはイコール私たちの敗北を意味しているのかもしれない。

 けれど――私たちは今までも圧倒的な不利を覆してここまでたどり着いたのだ。

 ナイアの計画を引っ繰り返して、奴ののど元に刃を突きつけるところまで来たのだ。


「諦めるかよ」


 言葉を交わさずとも、アリスも私と同じことを考えていただろう。

 それを裏付けるように、その顔には『絶望』など欠片もない。

 むしろ、いつも通り――相手を食いちぎってやるという戦意の漲った獰猛な笑みを浮かべていた。


「オレも、使い魔殿も、オレの仲間たちも――何度も死ぬ思いをしてここまで来たんだ。

 貴様は必ずぶちのめす!!」


 残り回復回数は僅か――だけど、考えようによってはかもしれない。

 なぜならば、だ。

 条件を整えることができず保留にし続けていたが、ここならば最終手段が使えるかもしれない……!




 ナイアとの決戦、その最終ラウンド――必ず私たちが勝つ!

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