第9章48話 最終決戦~"殲滅の狂姫"アリスvs"魔眼の支配者"ナイア(前編)

 紆余曲折はあったが、私たちが最初に望んだ通りの形には落ち着いた。

 だからと言って余裕があるわけがない。

 元々ナイアと一対一で戦えたとしても勝てるかどうかはわからなかったのだ。

 当然アリスも油断などしていないだろう。いや、アリスの場合は相手が誰であっても油断なんてしないけど。


「ロード《ショゴス》」


 ナイアが魔法を唱えると、手に持った杖――『ネクロノミコン』の『本』部分が発光。


「うおっ!?」


 まるで『本』から召喚されたように、どす黒い不気味な『泥』が溢れ出す。

 ……いや、『泥』ではない。

 巨大な『軟体生物』が現れた。

 ヴィヴィアンみたいな召喚系の能力……!? ホーリー・ベルの霊装変換魔法ロードとは全く異なる能力なのか……?


「チッ、気持ち悪ぃ! cl《赤爆巨星ベテルギウス》!!」


 速攻で《ベテルギウス》を発動、狙いは呼び出された『軟体生物』ではなく当然本体のナイアの方だ。

 しかし、『軟体生物』――ショゴスが突然壁のように変形して《ベテルギウス》を替わりに受けて爆散する。

 見た目通り柔らかいようであっという間に爆散してしまうが……。


”再生能力か!”


 見た目通りの柔軟さであっという間に元通りになってしまう。

 質感はぬめぬめとした肉っぽいんだけど、不定形の『スライム』みたいな奴らしい。


「ぬぅ、めんどくさいタイプだな……」


 斬っても殴っても堪えないタイプのモンスターは確かに面倒くさい。

 アリスならば大火力で押し切ることは不可能ではないが、効率はそこまで良くはない。

 ……っていうか、本来ならば倒す必要もない。本体のナイアを倒せば、流石にショゴスも消えるはず……だけど、ショゴスがいる限り攻撃を防がれてしまう、か……。


『”……アレしかない、かな……?”』

『……だな』


 アレ、とはついさっき初お披露目となったアリスの最大最強の星魔法 《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》だ。

 あの大魔法ならばショゴスの再生能力を余裕で上回りつつナイアまで攻撃を届かせることは可能。

 唯一の欠点は、魔力消費量と発動までの時間の長さだ。

 特に後者が問題になる――発動までの間無防備になるということはないが、敵と戦いながら『星の種』をばら撒き続けなければならないので、戦いの流れ次第では余計な時間がかかってしまうのだ。

 ……とはいえ、選択の余地はないか。


「ふふふっ……クリアドーラを倒した魔法かな? いいよ、やってごらんよ。ま、馬鹿正直に撃たせるつもりはないけどね♪」

「……っ」


 くそっ、訂正。もう一つ欠点があった――ナイアは既に《エスカトン・ガラクシアース》の存在を

 これに限ったことじゃないけど、魔法にしろ技にしろ『正体』が知られてしまうということはそれだけ対策を立てられやすくなるということを意味している。

 巨星魔法とかシンプルな攻撃魔法ならばともかく、《エスカトン・ガラクシアース》みたいな特徴的な大技にとってはかなり致命的なことになりかねない。

 ……ええい、やるしかないのには変わりはない! とにかく魔力の回復をし続けなければ……!


「オペレーション《ファランクス》!」


 ナイアが新たな魔法を使うと、ショゴスが分裂――幾つもの小さなショゴスへと分裂する。

 どうやらナイアのオペレーションは、これまたホーリー・ベルとは違いロードで召喚した魔法生物? に対して効果を発揮するものであるようだ――それだけであるとは断定するのは禁物だが。

 分裂したショゴスがジリジリと距離を詰め……。


「!? 危ねぇっ!?」


 急速に変形、まるで大きな『槍』のようになり一斉にアリスへと射出された。

 間一髪、気づいたアリスが横へと跳んで回避……ここに来るために《神馬脚甲スレイプニル》を装着しておいて良かった……そうでなければ、ハチの巣にされていたかもしれない。


「くっ……スライムどもも放置しておくわけにはいかんか!?」

”厄介な魔法だ……!”


 たくさんのショゴスたちから、断続的に『槍』が射出されてアリスは徐々に追い詰められていく。

 直撃を食らうほどのスピードではないが、とにかく数が多い。

 その上、分裂したショゴスの中には平べったく地面にへばりつくような形状のものもおり、予期しない場所からいきなり『槍』を撃ってくるやつもいる。

 ――あ、拙い!


”アリス、上にもいる!”

「!? うおっ!?」


 いつの間にか天井にも張り付いていたショゴスが、真下のアリスに向かって『槍』を撃ってきた。


「助かった、使い魔殿! おっと」

「ちぇー。残念」


 私が言わずとも、壁側に張り付いていたショゴスからの『槍』を回避。

 ……四方八方、いつの間にかショゴスが広がり全方位からの攻撃に気を付けなければならなくなってしまった……。

 拙いな、ここまでの戦いで圧倒的にこちらが不利ってわけではないけど、ナイアにかすり傷一つ与えられていない。それどころか、ナイアは玉座の前から一歩も動いていない。

 クリアドーラやジュウベェとは質が異なるが、ナイアの『力』もやはり侮れるものではない。わかってはいたけど……。

 そんなことを私が考えた時だった。

 部屋のあちこちで爆発が巻き起こる!


”え、なに!?”

「しまった……!」


 私たちにまで爆風が届くわけではなかったが――爆発の原因はすぐにわかった。

 アリスがばら撒いていた『星の種』だ。

 それがショゴスの槍によって貫かれ、爆発させられてしまったことによるものだ。


「キミのあの大魔法――確かに発動すればショゴスを吹き飛ばすだけでなくあたしにもダメージを与えられるかもねー。

 で・もぉ……なんも怖くないよねぇ」


 ……くっ、やっぱり《エスカトン・ガラクシアース》を事前に見られたのは致命的だったか……!

 確かに最強最大の魔法ではあるんだけど、事前に『星の種』を用意しなければならないという致命的な欠点がある。

 どういうことかというと、ばら撒いた『星の種』を潰されてしまったら《エスカトン・ガラクシアース》は発動できない、あるいは発動したとしても敵を倒すに十分な数の星を作れないということなのだ。

 奴がショゴスを分裂させたのも、その欠点を突く――分裂したショゴスで『星の種』を潰すためだったのだ。

 クリアドーラ戦の時は巻き込まれないように離れた位置にこっそりと配置していたのだけど、それを読んでいたのだろう。ショゴスで出鱈目にあちこち攻撃して『星の種』に当たれば良し、アリス本人に当てられれば尚良し……という感じなのだろう。

 《浮遊フローティング》《不可視アンシーン》をかけているので、強烈な爆風とかは問題ないんだけど、ショゴスの『槍』みたいなピンポイントの攻撃には弱い。

 ……ふざけた態度と他人を前に出して自分は後ろに隠れている小心者で卑怯者……という評価があるが、こいつ自身の戦闘力もやはり侮れない。

 特に、『後ろに隠れている』という性質上、相手の動きをよく『視』ていると言える。その点だけはヴィヴィアンにも近いものがある――『視』る理由や視点はヴィヴィアンとは似ても似つかないのはわかっているが。


「前に戦った時は『アルアジフ』に乗ってたから、ひょっとしてって思っちゃったかなぁ?

 ピース共がいないから! エキドナを呼ばないから! ルールームゥを使わないから! だからあたしが弱いとでも思ったぁ!?」

「うおっ!?」


 ショゴスの一斉槍撃がアリスを襲う!

 回避できない速度ではないが、とにかく数が多い……!

 厭らしいのは、それはってことだ。

 こちらが回避できる程度に『手加減』しつつ、けれども『星の種』を確実につぶせるようにタイミングをズラしているのだ。

 くそっ、ほんと厄介なやつだな、こいつ……!

 アリスの切り札を着実に潰しつつ、着実に倒すために追い詰めようとしている……。


『”どうする、アリス!?”』


 情けない話だけど、正直私には打開策は思いつかない。

 短時間で《エスカトン・ガラクシアース》に並ぶ超火力で吹っ飛ばす――たとえば《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》でこの大広間を炎で包んで全て焼き尽くすとか――くらいしか思いつかないが、それでどうにかなるかは不確定だ。


『大丈夫だ、! 魔力の回復任せたぜ!』


 ……流石、頼りになる!

 一応の保護者としてどうなんだって思いはあるけど、直接戦闘に関わるところはいつも通りアリスの主体性に任せた方がいいだろう。……言い訳か。

 ともかく、アリスが何か打開策を思いついたというのであれば、私はそれを全力でバックアップするのみだ。


「あんまり時間かけるのもなんだし、そろそろ決めようかなっと!」


 分裂していたショゴスが再度結合――やや大きめのショゴスが幾つも現れる。

 攻撃の数は減ることになるが、その分『槍』の一撃が大きく重く、そして鋭くなる……!

 いっそ最初の巨大ショゴスになってくれれば楽だけど、そんなことは当然ナイアはわかっているはずだ。だからこそ、こちらがやりづらい大きさと数にとどめているのだから……。


「まずは――ext《灼熱巨星シリウス》!!」

「それも知ってるよん! オペレーション《ディスパート》!」


 《シリウス》の範囲内に閉じ込められようとしたショゴスたちが再度分裂した。

 やつらの『体積』を減らさないことにはどうしようもないってのに……!


「!?」


 が、これはアリスの『罠』だ。

 ナイアは確かに良く『視』てはいるが――奴の根本は『戦士』ではない。

 身を削ってでも相手を倒すために『視』ているのではない。そこが、クリアドーラたちとの大きな違いだ。

 《シリウス》は連星魔法――つまり、だ。


「ab《焦熱矮星プロキオン》!!」


 《シリウス》を構成する複数の星を一気に《プロキオン》へと変換、範囲内にいるショゴスを大きく焼き抉る。

 ――ナイアはよく『視』ているが、自分で戦う者ではないが故に、本質を見誤る。

 アリスの魔法はマジックマテリアルが残っていれば何度でも上書き可能。

 その特性を知識としてはナイアも知ってはいるだろうが、それをどう活用するかまで理解が及んでいない。


「へっ! ab 《シリウス》!!」

「!? あ、ヤバい!?」


 気付いた時にはもう遅い!

 《シリウス》を構成する星々を《プロキオン》へと変換、それを更にもう一度 《シリウス》へと変換することで『星』の元となる魔法のは確保できた。


「ab《星片スターレット》、awk 《エスカトン・ガラクシアース》!!!」


 《シリウス》を構成する連星を《プロキオン》に、更に《シリウス》に上書きして連星の数を一気に倍化させることで無理矢理 《エスカトン・ガラクシアース》を発動させる!

 魔力消費は急激すぎるし、星の数もちゃんと発動させた時よりも大分減ってしまっているが、それでも普通の相手なら圧殺することが可能な威力だろう。


「オペレーション《ガードナー》!!」


 アリスの魔法と同時にナイアも身を守るための魔法を使用する。

 ショゴスたちの表面に金属的な光沢をもつ『楯』が現れ、降り注ぐ星から身を守ろうとする。

 ……だんだんわかってきた。ホーリー・ベルと違って、オペレーションはRPGとかでよくある属性魔法ではなく、ショゴスに対して何かしらの操作をする魔法なんだろう。同じベースのユニットでも、中身が全然違っているからなのかはわからないけど……いや、どうでもいいと言えばどうでもいいか。

 降り注ぐ星々からナイアを守るようにショゴスたちが壁となり受け止めようとする。

 ……完全な防御形態に移行したショゴスなら、フルパワーではない《エスカトン・ガラクシアース》なら受けきれるかもしれない。

 が、


”アリス、回復!”

「おう! 行くぜ――ext《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》!!」


 今のアリスは一人じゃない。私が傍にいるのだ。

 《エスカトン・ガラクシアース》で減った魔力を速攻で回復、間髪入れずに《レーヴァテイン》でショゴス共を焼き払う。


「くっ……!?」


 いかに防御形態になろうとも、あらゆる存在を耐性関係なく『焼き尽くす』性質を持つ《レーヴァテイン》の炎は防ぐことはできない。

 加えてスライムっぽい見た目通りなのか炎に弱いのか、ショゴスはあっという間に燃え上がり溶け落ちていく。

 ショゴスの壁がなくなり、星がナイアへと殺到する――が、


”!? 霊装!?”


 突如何もない空間から、巨大な腕が出てきてナイアを庇う。

 黒い、金属質の……けれどもどこか虫の甲皮のような生々しい光沢をした腕だ。


「ふん、腕だけでも出したか」


 アリスの言葉からして、アレが件の『ロボット型霊装』――の腕か!

 星を受け止め、更に、


「エクスチェンジ――《クトゥルー》!」


 ロボットの腕が変化した。

 黒から白へ、光沢はそのままだがぬめぬめとした粘液に覆われたような不気味な光を放つようになる。

 その腕に炎が触れると、激しく水蒸気? のような煙を出して《レーヴァテイン》の炎が遮られてしまう。

 ……なるほど、エクスチェンジはナイアの霊装――『ロボット』の属性を切り換える魔法か。

 どれもホーリー・ベルと少し通じているようで全く似ていない。

 悍ましい、化け物のような魔法だ……。


「チッ、効率が悪いか」


 ショゴスを焼き払えはしたものの、ロボットの腕は完全に焼き尽くすことは難しいと判断。《レーヴァテイン》を中断する。


「ふふふ……これで切り札も通じないってわかったかなぁ?」


 ……確かに。

 不完全とは言え《エスカトン・ガラクシアース》は防がれ――というか完全に放つのを妨害されるだろう――《レーヴァテイン》も無効化とまではいかないが倒すには至らないくらいまで軽減されてしまう。

 この調子だと他の神装も奴の『ロボット』には防がれる可能性が高いな……。

 だが、魔法が通じなかったことを気にもせず、アリスは笑って返す。


「どうした? そのオモチャ霊装は使わない――いや、使う必要はないんじゃなかったのか?」

「……っ、この……!」


 ……はは、確かにその通りだ。

 腕だけであっても相当な大きさだ、それなりに広いとはいってもこの大広間では全身を出して戦うことはできないだろう。

 だが、今まで使って来なかったのはそれが理由ではない。奴自身が『使う必要ない』と言っていたのだ。

 使う必要ないと宣言した霊装を使わされた。

 また一つ、奴の自信の源が揺るがされたのだ。

 ……ダメージは与えられていないけど、精神的にはこの攻防はアリスに軍配が上がった、と言っていいだろう。


「貴様は必ずオレがぶっ飛ばす――諸々の落とし前、つけてもらうぜ」

「くっ……こんなくらいで……!」


 段々とナイアの化けの皮が剝がれ始めてきたな。

 長く続いた奴との戦いも、決着の時は近い――きっと、私だけでなくアリスもナイア自身もそれを感じていただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る