第9章8節 紡いだ絆の協奏曲

第9章46話 過去からの救援

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ルールームゥは混乱していた。


 ――な、なにが起きている……!?


 ルナホークあやめを救うという彼女の衝動は満たされた。

 後はナイアの命令に従い、『アビサル・レギオンの一員』として淡々と活動するだけ……と思っていたし、実際にそのように行動していた。

 クリアドーラの戦いが終わった後、気は進まないがナイアの命令によってアリスを攻撃――が、クリアドーラによって庇われ失敗。

 その後、クリアドーラが壁――ルールームゥにとっては内臓に等しいが――を破壊。一応一言謝られはしたが、だからと言って痛くないわけではない。怒ってはいないが。

 ラビは取り返されたが、彼女にとっては『どうでもいい』ことだ。言われたことしかもうやるつもりもない――ただし言われたことは全力で対処するつもりだった。


 ナイアの『悪意』によってアリスとラビは追い詰められていった。

 流石にルールームゥのコピーは創ることは出来ない――『中身』のあるピースとないピースは同時に動かそうとすると、『中身』が引っ張られあって共倒れする可能性があるからだ。ちなみにベララベラムは敵味方無差別にゾンビ化させてしまうため『中身』の有無関係なしに使えない――が、他のピースたちだけで十分すぎる脅威になるのは疑いようがない。

 《バエル-1》深部にある『ピース製造工場』で造られたピースたちを『ゴエティア』広間、そして《バエル-1》外周へと送り込み続ける……単純作業で後は全て終わると思っていた。




 彼女が異変に気付いた時には遅かった。

 遥か彼方――ルールームゥの探知範囲外から、超高速で飛来してきた二つの『流星』……その存在に気付いた次の瞬間には、『流星』は『ゴエティア』外部の壁をあっさりと破壊し内部へと侵入してしまっていたのだ。

 霊装は確かに硬いが、絶対に壊れないというわけではない。現にルールームゥ自身もかつてジュリエッタに強化魔法ライズで砕かれている。

 『流星』の正体はすぐわかる。

 2体のユニットだ。

 超高速飛行能力も異常だが、『ゴエティア』の壁を勢いそのまま破壊する攻撃力も何もかもが異常だ。


 ――……いや、他にも侵入者……!?


 2体のユニットについて対処が必要かどうかは、ナイアから指示がない限りは特に動くつもりはない。たとえそれで自分が傷つくとしても。

 それよりも別の違和感をルールームゥは明確に感じ取っていた。

 《バエル-1》の内部に、いつの間にか

 『流星』とは別口で内部に入り込むまで全く存在を気取らせず侵入した『何か』がいる。

 しかも、その『何か』が目指す方向は――


<ピー……ピプピピー>


 どうすべきか、、ルールームゥは考えをめぐらす……。




*  *  *  *  *




「闇夜に響く、混沌からの喚び声――ケイオス・ロア、参上!」


 ……お、おう……。

 私たちの目の前に降り立った2体のユニット……その片方に私は見覚えがあった。ていうか、名乗り聞いたら一瞬でわかる。

 全身に包帯を衣装替わりに纏った『悪堕ち魔法少女』――ケイオス・ロアだ。ていうか、美鈴だ。

 …………ってそうじゃない!


”な、なんで……!?”

「助けに来たわ!」


 ……お、おう……?

 見た目『悪堕ち魔法少女』なのに、なんか前に会った時より生き生きとした――私たちの知るホーリー・ベルと同じようなノリで軽く答えてくる。

 状況に全くそぐわない緊張感に欠ける声音だけど、彼女たちの目は私たちの方ではなく前、ピースたちとナイアの方へと向けられたままだ。


「……」


 もう片方の全身を黒い鎧で覆った騎士……の姿をしたユニットは初めて見た。

 ……ケイオス・ロアと一緒に来たってことはナイアの仲間ではないはずだが、念のためスカウターで能力を確認――うん。名前だけでなく能力まで見えるってことはピースではなくユニットなのは確定だ。

 私たち……というよりケイオス・ロアを庇うように最前線に立ちピースたちと対峙している。


「…………」


 あ――そうだ、アリス!

 彼女にはケイオス・ロアのことを今まで秘密にしてたんだった……話すきっかけがなかった上に美鈴から事情聴取する暇もないまま、私も半分忘れかけてた……!

 呆然としたような感じでアリスはケイオス・ロアたちの方へと視線を向けている。

 まずい、どうしよう……!? 私も今の状況が全く飲み込めてないけど、この上更に美鈴がユニットとして復活しているという事実をアリスに知らせるというのは、彼女を混乱させるだけなんじゃ……!?


『……何なの、あんたたち……?』


 と、余裕綽々のにやけ面だったナイアが眉を顰め、ケイオス・ロアたちの方へと注意を向けている。

 奴の疑問は私たちの疑問でもある。

 どうしてここに彼女たちが現れたんだ……?


「……――はぁ、想像以上にムカつくわね、これは」


 ケイオス・ロア美鈴にとっては・自分のアバターだ。

 今のアバターケイオス・ロアとは衣装の違いはあれど同じ容姿をしているということも加わって、彼女には思うところがあるのだろう。いや、何も思わないのはそれはそれでどうなんだって感じではあるけどさ。


「『BP』、いける!?」


 言いながら上――天井の方を見上げる。

 多分、ナイアのいる方向だろう。

 『BP』はもう一人の鎧のユニットの愛称というか略称かな。

 言われた『BP』は天井の方を見向きもせず、


「無論」


 おう!? 何か見た目にそぐわない滅茶苦茶可愛らしい声で返答した。

 彼女たちが話している意味はわかる。

 天井を見上げての会話ということは――


『……《跪け》! ――あぁ、くそっ、ダメかー』


 うおっ、危ない!? 私たちもちょっとぼうっとしてたけど、ナイアのやつ躊躇なく【支配者ルーラー】の力を使いやがった!?

 だが、ケイオス・ロアも『BP』もどちらも跪くことはせずに平然とその場に立っている。

 ――……あ、か! 何で今まで気付かなかったんだろう……! まぁ私たちには関係のないことではあったけど……。


「アリス」

「! お、おう!」


 自分たちが操られることはないと確信していたのだろう、全く動じることなくケイオス・ロアはアリスへと背を向けたまま語り掛ける。

 そうだ、今は色々と考えている余裕はない。

 最優先はナイアの打倒、これに変わりはない。


「あたしたちが道を切り開く。だからあなたは――」

「……あのクソったれをぶちのめす、だな。頼むぜ、ベル……じゃなくてロア!」


 迷いのひとかけらもなく、アリスはそう返した。

 あまりにも迷いがなさすぎる。その態度にケイオス・ロアもちょっとだけ意外だったのか一瞬言葉に詰まるが、小さくうなずくと、


「『BP』、お願い」


 傍らの『BP』へと言葉をかける。


『チッ……【支配者】が通じないとしても、ピースの攻撃なら――! やりなさい、皆!』

「おっと。オペレーション《メタ・スワンプ》」

『!? なに、この魔法!?』


 ナイアの号令と共に、一斉に全ピースが襲い掛かろうとするが、それに対応してケイオス・ロアも魔法を使う。

 すると、全てのピースの動きがなった。

 ナイアの驚きと同じく、私も驚いた。

 拘束魔法……とも違う。まるで泥の中を進んでいるかのように動きが緩慢になり……更にそれだけではなく、魔法の発声をしようとしている――動きを封じるためだろう――動きまでもが遅くなる。まるでスローモーションのように……。

 ナイアが驚くのもわかる。私もこんな魔法を見るのは初めてだ……。


「『BP』、今」

「承知しました」


 ケイオス・ロアの魔法は一緒に来た『BP』にはわかっていたのだろう。

 私たちと違って動揺することなく小さく頷くと空手家のように深く腰を落として拳を構え、天井を見上げる。

 そして――


「吠えろ、『ライオンハート』! マーシャルアーツ《46・トライアド・メガキャノン》!!」


 叫び、いや魔法の発動と共に腰だめに構えた拳を天井めがけて突きを放つ!


”うわぁっ!?”


 鼓膜が破けるかと思えるほどの轟音と共に、突き出した拳から光の柱……いや、とんでもない大きさと勢いの『砲弾』が放たれ――天井に穴が開いた……。

 ……い、いや、なんだこの威力……!? クリアドーラでもギフトと魔法を合わせて壁一枚ぶち壊すのが精一杯だったというのに、難なく数階分の床をぶち抜いていきやがった……!


「行け、勇者よ」

「お、おう!?」


 霊装と同程度の『塔』をぶち抜いた『BP』が相変わらずの可愛らしい声で語り掛けてきた。


「貴女の戦う意思が折れぬ限り、決して敗北はないと知りなさい。

 我が名は『ブラック・プリンセス』――あきらめるな、勇者よ。私が貴女の楯となろう」

「……お、おう!?」


 なんだ……その……厳つい見た目と仰々しい言葉遣いに比べて、異様に可愛らしい声なので脳がバグる……。

 ともあれ『BP』ことブラック・プリンセスの切り開いてくれた『道』を通っていけば、ピースたちに妨害されることなくナイアの元まで一直線に進んでいくことができる。


「……任せるぜ」


 どういうわけか傷どころか魔力まで回復し、万全の態勢となったアリスが立ち上がりケイオス・ロアたちに声をかける。

 彼女たちの行動の意味は私にもわかる。

 無限に湧き出てくるピース軍団をここで足止めし、アリスをナイアの元へと送ろうとしているのだ。

 ……いかに彼女たちが強いとは言っても、数の暴力は脅威であるはず。ただで済むとは誰も思っていないだろう。

 アリスの声にケイオス・ロアは最後まで振り返らず、だが右腕でガッツポーズを取って『任せろ』と無言で語っていた。


「よし、行くぞ使い魔殿!」

”うん。ケイオス・ロア、ブラック・プリンセス、二人ともありがとう!”


 二人には色々聞きたいことはあるけど、それは後で無事に再会できた時にでも聞こう。

 今最も優先すべきこと……ナイアを倒す、私たちが集中しなければならないのはそれだけなのだ。

 《神馬脚甲スレイプニル》を纏って一直線に『塔』を私たちは駆け上る――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「さてと……それじゃ、後はこいつらを上に行かせないようにしましょうか」

「ええ、心得ております」


 残ったケイオス・ロアとBPはゆっくりと動くピース軍団にのみ意識を集中させる。


『……くそっ、ぬかったわ……!』


 一方でナイアは悔しそうに顔を歪ませ吐き捨てる。

 は完全に予想していなかった。

 【支配者】が通用しないイレギュラーはアリスだけ……それは事実ではあるが、ある意味では間違っている。

 なぜならば、ナイアは『ユニット』である以上システム上の制約から抜け出すことは基本的には出来ない。

 『敵味方関係なくユニットを操れる』という規格外の能力ではあるが、敵ユニットに対して命令を無条件に下せるわけではない。

 すなわち、のだ。


 そもそもラビたちですらも、本来の計画からすれば予定外の乱入者だった。

 まさか更に別の使い魔のユニットが来るとは、ナイアは全く考慮していなかったのだ。


「あたしの元・身体――本当はあたしがぶっ飛ばしてやりたいところだけど……仕方ないわね」


 ケイオス・ロア美鈴の気持ちとしてはかなり複雑だ。

 自分の手で始末をつけたいという想いはあるが、対戦状態にならない限り互いに手出しはできないし、対戦状態になってしまったら為す術なく倒されてしまうのはわかっている。

 ならば、自分のやるべきことは決まっている、と割り切った。


「アリスなら……うん、まぁいっか」


 他の誰でもない。かつての『相棒』に倒されるのであれば――それはそれで悪くない、と思えた。

 ……そこに『何となくこういうドラマチックな対決って、魔法少女とかレイダーっぽくない?』というごく個人的な嗜好が含まれてもいるのだが、それは秘めておく。


「彼女が……貴女のかつての仲間……」


 BPの方は何か思うところがあるのか、少し口ごもっている。

 そんなBPが何を考えているのか何となくわかっているのだろう、少し悪戯っぽい笑みを浮かべるケイオス・ロア。


「ふふふっ、妬いちゃった?」

「……少し」


 BPはかつてのケイオス・ロア、いやホーリー・ベルとアリスとの話を聞いていた。

 アリスにとっては本当に予期せぬ再会、加えて異様で危機的状況であったにも関わらず、互いに多くは語らずにわかりあっているように見えたことに、少しだけ嫉妬してしまっていたのだ。


「あははっ、大丈夫よBP。あたしの今の『相棒』は、貴女なんだから」

「! ……光栄だ」

「それじゃ、元・相棒のために――あたしたちも全力で行くわよ!」

「ええ」

『くそっ、ピースたち、とにかくまずはその二人を倒しなさい!!』


 ナイアの顔に、初めて本気の『焦り』が浮かび始めていた――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《バエル-1》に降り立った二つの『流星』――ユニットたちが誰かを知り、エキドナはひそかに笑う。


「くくっ、楽しいなぁ」


 これはナイアにとっては想定外の『招かれざる客』以外の何物でもないだろう。

 しかも、ラビたちを追い込んで『いよいよ』というタイミングでの乱入だ。


だな」


 そう呟くとエキドナはその場から離れようとする。

 『ピース製造工場』はエキドナがいなくてもナイアが遠隔で操作することは可能だ。

 ……というよりも、エキドナの不在を悟られないように『ナイアからの命令』があり次第勝手にピースを製造し、送り出すように秘密裡に改造してあった。

 いや、そもそも『ピース製造工場』を造ったのはエキドナなのだ。仕組みなどいくらでも換えることは可能だ。


「……む?」

「あ」


 《バエル-1》最深部の部屋からエキドナが出ていこうとしたその時、部屋唯一の入口から侵入しようとした人物と目が合ってしまう。

 それは――空中を泳ぐ人魚姫のような姿をしたユニットであった……。

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