第9章45話 敗北の淵で

『ふふ、いいのもらっちゃったねぇ~』


 《怒羅號怨薙琉ドラゴンナックル》をダブルで食らい、私たちは大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。

 咄嗟にアリスが自分で後ろに逃げようとし、かつ《硬小片ハードレット》を出して受けたため直撃は避けられたが、それでも受けたダメージは大きい。

 ……直撃だったら、たとえ《邪竜鎧甲ファヴニール》を纏っていたとしてもやられていたかもしれない。そうならなかっただけ幸運ではあったが……ナイアの元へと向かう階段からは遠ざかってしまった。

 かといって壁際では脱出することもできない――霊装並の壁を完全に破ることは難しいし、できたとしても外にもピースたちがいるのだ。

 皆と合流したとしても……どうにもならないかもしれない。

 くそっ、弱気になってる場合じゃないのはわかってるけど、考えれば考えるほど悪いことしか頭に浮かばない……!


「ちく、しょう……!」


 アリスも立ち上がろうとするものの、その顔にはいつものような笑みはない。

 彼女にもわかっているのだ、この状況はどうしようもないということは……。

 諦めてはいないけど、かといってどうすることもできない――神装を使っても、《星天崩壊エスカトン天魔ノ銀牙ガラクシアース》を使っても、ピース軍団を突破することは不可能なのだ。

 どうすればいい……!? 私も諦めてはいない、必死にこの場を切り抜ける方法を考えるが……独力でどうにかする方法が全く思いつかない。

 ……唯一ありえるとすれば、ナイアの【支配者ルーラー】の影響をアリス同様に受け付けない、かつピース軍団とも戦えるほどの戦闘力を持った『誰か』が助けに来てくれる、ということだが――選択肢に入れる余地のない馬鹿げた考えだ。

 【支配者】はユニットにもピースにも効果を及ぼしてしまう。だからユニット以外の援軍となるが、そうなるとノワールたち結晶竜インペラトールぐらいしか思いつかない。でも、彼女たちが駆け付けてきてくれたとしても、とてもではないがピース軍団に対抗できるとは思えない――それに【支配者】を避けられたとしても魔眼に取りつかれたらアウトなのには変わりない。


『あーあ、よねぇ~?』

「貴様……!」


 完全にこちらを見下し、勝利を確信した嘲りの笑みを浮かべるナイア。

 ……悔しいが、奴の準備は私たちの想像以上に周到だった。

 最初からやろうと思えばピース軍団を出して押し潰すことは簡単だったのに、それをやらなかったのは――これは私たちが想像した通り、ナイアの『見せびらかしたい』という虚栄心からだっただろう。

 でも、いざ自分の身が危うくなればなりふり構わずこちらを圧殺できるほどの戦力は準備していた……それを見誤った私たちの『読み』負けだった。


『一生懸命がんばって、作戦考えて、努力して、やっとの思いで「勝てる」って思えたのにさ、全部ぜぇんぶあたしの手のひらの上で転がされてただけって気付いた気持ちはどう? ねぇどうなの?』

”……くっ……”

『あははっ、ほんと、ずっと笑いを堪えるのに必死だったよ~。皆して必死こいて戦ってるの見てるのはさ。うんうん、十分楽しませてもらったわ』

「……クソ……ッ」

は楽しませてもらったし、次は――もっと嗤えるもん見せてもらおっかな☆

 た・と・え・ばぁ~……あんたたちが絶望して、泣き喚いて、命乞いするとかね!』


 ……っ!

 私だけを殺さないように気をつけて、そうナイアが言っていた真の意図がわかった。

 奴は、自分の計画を邪魔した私たちをとことんまでいたぶってから始末するつもりなのだ。

 ……最終的に無限のピース軍団があるので『敗北』はないとわかりきっていたが、かといってアビサル・レギオンという折角作り上げた『おもちゃの軍勢』を台無しにされた憂さ晴らしをしようとしている……。

 だから私一人残して――つまりユニットはリスポーンできるようにしておいて、何度でも、徹底的に、私たちの希望を完全にへし折って絶望するまで潰し続ける……そういうつもりだったのだ……。

 完全にの思考だ。

 自分の面子を潰した私たちへの徹底的な報復を優先し、それを実行しようとしている……他のことに目をくれず、ひたすらに報復を行おうとしている、常人には理解不能な『悪』の思考の持ち主――それがナイアなのだ。

 ……奴がまともな人格ではないのは理解していたつもりだったけど、これもまた私たちの想像を超えていた……。


 …………どうする!? このままじゃ、奴の思惑通り私だけでなくアリスたちも嬲り殺しにされるだけだ……。

 ならば――


『やめろ、使い魔殿!』


 私の考えを見抜いているかのように、アリスが片手で私をしっかりと掴んで押さえつける。


『まだだ……まだ終わってねぇ!』

『”で、でもこのままじゃ……”』


 アリスたちを苦しめることなく終わらせるには、――そう考え、敵の前に飛び出そうとしたのをアリスは先読みして止めた。

 敵の攻撃をわざと受けて私が倒されれば――


『貴様が真っ先に諦めてどうする!?』

『”……っ”』


 アリスの叱咤にはっとなった。

 ……確かにその通りだ。奴の一言で、あっさりと私は諦めてしまっていた。

 打開策は全く見えない現状だが、だからといって諦めちゃいけない――『眠り病』の子たちを助けるためにも、ピッピの世界を救うためにも、諦めて敗北を受け入れてはならないのだ。

 勝ち目が見えずとも、完全に敗北するまでは絶対に諦めない。それが私たちのいつもの流儀だったはずだ。


『……ふーん、まだやる気あるんだ?

 じゃ、そんなアリスちゃんたちに更にプレゼントしてあげよっかなー』


 私たちが折れなかったのを見て、嘲笑しながらナイアが指を鳴らすと――


”……はは”

「ふん……」


 もう笑うしかない。

 ピース軍団が更に1セット、魔法陣の中から現れてきたのだ。

 1セットで19名、現状3セットなので57名……戦力差57倍か……。

 これがメガリスの群れとかだったら、いい意味で笑い飛ばせるレベルなんだけど……正直この状況は乾いた笑みしか浮かばない。

 広間を埋め尽くしかねない勢いでピースたちが犇めいている。


「動き回るのも限界か……だが」

”……うん。諦めるのは。とことんまでやろう、アリス!”

「おう!」


 どっちにしたって負けたら終わりの戦いなのだ。

 だったら、最後の最後まで諦めずに戦う――諦めちゃったら、もしかしたらどこかにあるかもしれないチャンスを掴み損ねるのは確実なんだから。


『あははははっ! すごっ、まだやる気なんだぁ!? 意地でも泣かしてやりたくなっちゃたわ』

「ほざけ……貴様は必ずオレがブチのめしてやる!」

『ふふ、うふふっ。きゃーこわーい負け犬にかまれちゃーう♪』


 自分の絶対的優位を確信し、またそれが覆ることはないと信じているのだろう。

 こちらを負け犬と蔑むナイア――絶対に奴に吠え面かかせてやる……!




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 戦いにおいて最も重要なのは『質』ではなく『量』である。

 幾度も繰り返し語られたことではあるが、ここにきてナイアの手勢は『質』『量』を共に兼ね備えた正しく『無敵』の軍団と化した。

 無限に呼び出されるピースたちは個々の意思はなくとも十分な戦闘力を持っているし、加えて魔眼による強化までされている。

 メジャーピースだけではない。マイナーピースでさえも同じく無限に呼び出すことが可能――ということは、メジャーピースたちは無限に魔力を回復する術を持っているということになる。

 対するアリスは、ラビが傍にいるからとはいっても回復回数は有限だ。

 そう遠くないうちに魔力は尽きるのは目に見えている。


「awk《エスカトン――!」

「オーダー《アリス:魔法を停止せよ》」

「オーダー《アリス:動くな》」

「オーダー《アビサル・レギオン:全能力強化》」


 ――もっとも、魔力が尽きるよりも早く、その命は尽きるだろう。

 ようやく準備を整え終わった《エスカトン・ガラクシアース》を放ち、敵を一掃しようとしたタイミングを見計らいヒルダのオーダーがアリスを止める。

 いかに強力な魔法といえども、発動させられなければ何の意味もない。

 動きの止められたアリスに向け、エクレールの棍棒が叩き込まれ――再びアリスは壁へと叩きつけられてしまう。


「うぐ……」


 既に何度か攻撃を受け、身に纏った《ファヴニール》も砕け散ってしまっていた。

 もはやアリスの身を守るものは何もない。

 体力だけは何とかアイテムで回復できてはいるが、積み重なったダメージはどうしようもない。

 立ち上がろうとしたアリスの膝がついに本人の意思に関係なく崩れ落ちてしまった。


「くそっ……!?」


 どれだけ戦意が残っていようとも、それだけで戦いに勝てるわけがないのだ。

 『質』も『量』も劣るアリスには勝ち目はない。

 それが客観的にみた評価であり、『事実』だ。

 気合だの想いだの、そんな目に見えないものは勝敗を左右することは決してないのだ。


 ――立ち上がれねぇ……!?


 いくら戦意を失わずとも、肉体の限界は必ず訪れる。

 常人ならざる精神力を持っているアリスだとしても、動かせないほど肉体のダメージが積み重なってしまっているのだ。

 『精神が肉体を凌駕する』――凌駕した上で尚勝てない相手に、ついにアリスは限界を迎えた。


 ――負けてたまるか……!


 それでもアリスの戦意は消えず、いたぶるようにじわじわと包囲網を縮めてくるピースたち――そしてディスプレイの向こう側でにやにやと笑うナイアを睨みつけようとする。

 ……だが、その視線にも力はなく、意識が薄れかけていることにも気付いていた。

 このままでは確実にアリスは負ける。

 アリスが負けたらラビが捕まる。

 ナイアの言葉通りになるとしたら――それは絶対に避けたい事態ではあったが、もはや避けられないとも心のどこかでわかっていた。

 己の力で突破することも、仲間の力を頼ることもできない最悪の状況。

 その最中に、




 ――




 の声が聞こえた気がした。


「…………exdイクシード……」


 不意に頭に浮かんだ――それを使うしかない、アリスは意識朦朧としながらも全てを終わらせる最後の魔法に賭けようとした時だった。




『……なに!? え、なに、嘘!?』


 ナイアの驚いたような声は、に紛れてかき消された。

 閉ざされていたはずの『ゴエティア』の壁に大穴が開き、夜明け前のわずかな光が差し込んできた。


”え……、は……!?”


 ラビの驚いたような声を聴いて、アリスの意識も覚醒する。


「貴様らは……」




 動けなくなったアリスとピースたちの間に、二つの人影が遮るように立っていた。


「…………」


 一人は異形。

 全身を漆黒の鎧に身を包んだ大柄な人物。

 何も言葉を発さず、アリスに背を向けピースたちから守るように立ちはだかっている。

 そしてもう一人は――


「オペレーション《リカバリーライト》」

「! 身体が……」


 優しい白い光がアリスの身体を包み、体中から痛みが消えた。

 癒しの魔法――その使い手を、アリスは一人しか知らない。


「まさか――」


 その人物もアリスに背を向け、ピースたち――いや、ナイアの方へと顔を向けると、堂々たるポーズを取って名乗った。


「闇夜に響く、混沌からの喚び声――ケイオス・ロア、参上!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る