第9章41話 Breaking soul, Blazing heart

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 真の姿を露わにした『破壊王』クリアドーラ――アビサル・レギオン序列一位、つまりはナイア側の最高戦力。

 アリスとの戦績は一勝一敗とは言えるものの、実のところ二人の戦いは互いにとどめを刺せたことはない。

 一度目の『封印神殿』では『バランの鍵』の間まで到達してしまったため、完全な決着はつけられていない。

 二度目のエル・メルヴィンではルールームゥが途中で救助したため、やはり決着はついていない。

 ……どちらも実質的には勝敗は決していたとも言えるが、『確実に相手を倒した』という実感をどちらも持っていないのも確かである。

 だからこそ、この三度目の、最後の戦いに二人は己の総てをつぎ込むつもりで臨んでいた。


「――っ」


 襲い掛かるクリアドーラの拳をギリギリで回避して、カウンターに《焦熱矮星プロキオン》を撃ち込もうとしたアリスだったが、その場から跳び退る。

 入れ替わりにクリアドーラが床へと拳を叩き込み――床が爆発、破壊されてしまう。


「……おい、貴様。ちょっとやそっとじゃ壊れないんじゃなかったのか?」


 クリアドーラに向けてなのか、それともどこかで聞いているであろうルールームゥに向けてなのか、ともかく聞いていた話と違うぞ、とアリスは思わず文句を言ってしまう。

 ラビが捕まっているとはいえ安全自体は確保されているからこその戦いなのに、これでは話が違うと言えるだろう。


「ぐははは、悪ぃな。ちょっと強くなりすぎたみてぇだ。

 だから、あんま使い魔の方に近づくなよ? 勢い良すぎて止められねぇかもしれねぇからなぁ!」

「……ったく」


 呆れるアリス。

 元から戦闘の最中に隙を見てラビを救出、とは考えていなかったものの、これでは迂闊に近くに寄ることもできない。

 幸いラビは壁際、それもかなり高い位置にいるため狙って攻撃しない限りはクリアドーラの攻撃は当たらないであろうが……気を付けるに越したことはない。

 ……うっかりクリアドーラの攻撃でラビが解放されないか、という期待はしない。


 ――真面目に『親切心』のつもりだったんだな……。


 ラビを巻き込みかねずアリスがそちらに気を取られるかもしれないから、というのが本気で『親切心』だというのがよく理解できた。

 霊装すらもあっさり破壊する攻撃力だ。背中にラビを背負っていたら、ほんのわずか掠った程度でやられてしまうことを危惧し、どうしても庇いながらになってしまっただろう。

 ほんのわずかでも他のことに気を取られたら殺られる――それを再認識し、アリスはクリアドーラへと全神経を集中させる。


 ――……これはマジでナイアのことを考えてる余裕はないな。


 ラビのことはともかく、後に控えるナイアとの戦いももはや考えている余裕はない。

 アイテムも温存して戦える相手ではない――ラビを解放できれば回復だけは後でもできる。

 この戦いが『最終決戦』のつもりで戦っても尚勝敗がわからない相手だ。


「cl《神性領域アスガルド》!!」

「はっ、その魔法か!」


 アリスが本当に自分一人に集中した、ということを悟りクリアドーラは獰猛に笑う。

 自分たちを取り巻く反射板――これも既に一度見ている。


「燃えろ、剛拳 《覇威波怒羅號怨鏖羅ハイパー・ドラゴンオーラ》!!」

「うおっ!?」


 黄金の光と同時に、触れるもの全てを焼き尽くす《ドラゴンオーラ》が周囲に嵐を巻き起こす。

 熱風が渦巻き《アスガルド》を巻き込んで吹き飛ばしていく。

 触れるものを強制的に弾き飛ばす『板』だが、目に見えない熱風に煽られていってしまう――反発していないのではなく、熱風自体を反射してしまっているのだ。熱風もあとからあとから吹き付けてくるため、反射させたところで焼石に水となっている状態だ。


「ぐははははっ! オラよぉっ!!」


 『力』で強引に突破するのは難しいのは前回で理解し、対策を考えたのだろう。

 ……それがより強い『力』で押し通す、という点は脳筋の極致としか言えない。


「ちぃっ……脳筋が!」


 自分のことを棚に置いてアリスは毒づくが、それで相手が手を緩めてくれるわけでもない。

 再び襲い掛かってくる――それも近寄るだけで蒸発させられそうなほどの熱を纏って――クリアドーラへと星魔法を放って牽制しつつ距離を取ろうとする。

 流石にこの状態で接近戦をするには分が悪すぎるのはアリスにもわかっている。

 だが、いくら魔法を放っても、旭光に加えて《ハイパー・ドラゴンオーラ》を纏ったクリアドーラに取っては足止めにすらならない。

 わずかずつでも《ハイパー・ドラゴンオーラ》を削ることは出来ても、旭光の効果でいくらでも魔法を使えるのだ。

 『無敵』……そう言いたくなる手の付けようのなさだ。

 本格的な最終戦が始まってから数分たつが、アリスは防戦一方……いや、逃げまわることしかできていない。


「どうしたアリス!? てめぇ、まさかその程度かぁっ!?」


 アリスが手も足も出せないのを見て、クリアドーラはそう挑発する。

 自滅上等の切り札を使ったのだ、

 そう言外の意味をしっかりと理解し、


「なめるなよ、クリアドーラ!」


 返答と同時に散らばされた『板』に対して重ねて魔法をかけ、《灼熱巨星シリウス》を放ちクリアドーラを包み込む。


「! 野郎……てめぇこそなめんじゃねぇぞ!」

「ふん、流石に一撃では終わらねぇか。互いにな」


 連星の範囲内にあるもの全てを焼き尽くす《シリウス》は、一度範囲内に囚われてしまえば回避不可能な凶悪な魔法だ。

 しかし、全身をオーラで包み込んでいるクリアドーラ自身にはダメージはない――が《ハイパー・ドラゴンオーラ》は着実に削れていってしまう。

 もちろんそれだけでは終わらない。

 逃げ回るだけだったアリスはここで自分から前進、《竜星剣シューティングスター》を連打、本体へとダメージを与えようとする。

 クリアドーラもオーラを纏いなおす暇もなく《シューティングスター》を迎撃しながら、自ら接近してきたアリスを迎撃――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 二人の戦いは一見すると互角のまま進んでいった。

 どちらも互いに致命的なダメージを与えることは出来ず、地味な削りあい……になっているように見える。

 もちろん、実態は違う。

 アリスは一撃でも直撃を受けたら致命傷……どころか一撃必殺になりかねない攻撃を何とか捌いている状態だ。

 クリアドーラの方もまた、時間制限付きの『無敵』を活用してアリスを追い詰めているように見えるものの、とどめを刺しきれていない。

 これはアリスとクリアドーラの『戦闘経験』の差が大きく開いていることが原因だろう。

 いかにクリアドーラが規格外の破壊力を備え、アビサル・レギオン『最強』だとしても、『ピースである』ということもあって戦闘経験があまり積めていないのは他のピースと同じだ。

 それでも何とかなっているのは性能でのごり押し、だけではない。


 ――こいつ……っ!?


 戦いながら、アリスはクリアドーラが徐々に『強くなっている』のを敏感に感じ取っていた。

 旭光の累積強化の効果ではない。

 徐々にアリスの動きに対応できるようになってきただけでなく、先読みして魔法を潰しにかかってくるようになってきている。

 ……自分と同じだ。とアリスは思う。

 戦いの最中に成長している。

 こんな相手は初めてだった。一番近いのはジュリエッタではあったが、最初からある程度『完成』されていたジュリエッタと違って、腕力に任せた稚拙な喧嘩殺法だったのがしっかりとした『格闘』になってきているという点では成長しているとしか言えない。

 時間をかけるほど、どんどんと不利になっていく……焦りが芽生え始めているのは自覚しているものの、それを意思の力で押し込め冷静になろうと努める。


 ――大丈夫だ、オレは負けねぇ……!


 自分が勝つための道筋はある程度見えているし、

 しかし、果たしてまでもつかどうか、クリアドーラの成長速度を考えると一瞬たりとも油断できない。

 元より一挙手一投足全てが一撃必殺となりうる相手でなくとも、油断するアリスではないが。


「くそっ……!」


 少しでもダメージを与えたいところだが、アリスの魔法は全て迎撃されてしまっており、せいぜいがかすり傷程度のダメージにしかならない。

 反対にアリス自身は『食らったら終わり』ということもあってノーダメージを維持してはいるが……だからといってアリスが有利とは到底言えないことは自覚している。

 おそらくは待っていれば勝手にクリアドーラは自滅する――というのは、かつてのホーリー・ベルのことを知っているため予想はついた。

 ……だが、それをアリスは狙わない。

 時間切れでの勝ちは、対クリアドーラにおいては『勝ち』とは言えない、と思っている。

 『ゲーム』に参加してから初めての、真正面からの殴り合いで打ち負けた相手がクリアドーラなのだ。

 ここで時間切れで勝ったとしても『クリアドーラを乗り越えた』とは到底言えない……そんな気持ちなのである。


 ――今回の戦いだけじゃない。これから『先』……『ゲーム』のクリアのためには、こいつを乗り越えなきゃならないんだ……!


 ここを逃せば、二度とクリアドーラと決着をつける機会は訪れないだろう。

 だからこそ、本当の意味で『クリアドーラに勝つ』とは、時間切れなどではなく自分の実力での勝利でなければならない。

 ……そうでなくては、アリスの最終目標である『ゲーム』のクリアなど到底できない、そんな思いがあった。


「どうしたぁっ!? 防戦一方じゃねぇか!」


 決してアリスのことを侮っているわけではないだろう。クリアドーラの挑発は、アリスが『何か』を隠していることをわかった上で『出せるものなら出してみやがれ』と言っているのだ。『全部叩き潰してやる』とも。


「……そうだな。貴様の時間切れの前に、徹底的に叩き潰してやらないとな」

「! 言うじゃねぇか……てめぇ」


 現時点でアリスは神装を使ってはいない。

 最大火力が神装だということはクリアドーラにもわかっている。『封印神殿』では正面からねじ伏せたこともあったし、それを思い出してアリスが出し惜しみしている……とも思っていない。

 確実に命中させる隙を狙っているのか、あるいは他にも何かあるのか――いずれにしろ、まだアリスは『本気の全力』を出し切っていないことはバレているのだ。

 同様に、アリスもクリアドーラが『本気の全力』ではないことはわかっている。

 使っているのも《ハイパー・ドラゴンオーラ》だけで他の剛拳は使っていない――巨星魔法をオーラを込めた拳一発で破壊するのだから他の魔法は必要ない、ということもあるが、やはり神装を正面からねじ伏せようと狙っているのだと思われる。

 クリアドーラの方も同じく、完膚なきまでに叩き潰すことを考えているのだろう。


「ふん……cl《屍竜脚甲ニーズヘッグ》!」


 だがまだアリスは攻撃型の神装を使おうとしない。

 脚力強化の《ニーズヘッグ》を纏い、後ろに下がる――と見せかけ、バックステップから一気に前へと出て距離を詰める。

 クリアドーラの纏う『熱』を堪えつつ、至近距離で《アスガルド》を展開。

 熱風に巻き込まれ吹き散らされてしまうが、構わずそれを足場に超高速でクリアドーラの周囲を飛び回って翻弄しようとする。


「……へっ! 来な!」


 いかに身体強化をしているとはいえ、動体視力まで強化されているわけではない。

 《アスガルド》の反射による高速移動は流石に見切れない。

 ……が、焦ることなくその場でどっしりと構えアリスの攻撃を『受ける』という意思を示している。


 ――やるしかねぇな。


 クリアドーラの成長速度は予想以上に早い。

 今はまだ《アスガルド》の反射スピードを見切れるほどではないようだが、そのうちきっと見切れるようになるだろう――ステータスの話ではなく『技術』によって。

 そうなる前に決着をつける、あるいは大ダメージを与えておかなければ勝ち目はない。


「ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》、pl《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》!!」


 『ザ・ロッド』に対して二種類の攻撃型神装を使う。

 嵐と炎を纏った、あらゆる存在を貫く災禍の槍――


「ext《世界に仇なす災禍の牙ヴァナルガンド》!!!」


 アリスの使える神装の中では、おそらくは最大威力となるであろう《ヴァナルガンド》をクリアドーラ……ではなく、《アスガルド》へと向かって放つ。

 そのまま放ってもきっと通じない。

 だから《アスガルド》で反射・加速して更に威力を高めてぶつける――もう一つの最大威力の神装 《世界を喰らう無窮の顎ヨルムンガンド》では《アスガルド》で反射できないので、一直線に相手を貫く《ヴァナルガンド》だ。


「ブチ砕いてやるぜ! 剛拳 《愚麗斗怒羅號怨薙琉グレイト・ドラゴンナックル》ッ!!」


 超高速で自身の周囲を跳ね回る槍の動きは見切れない。

 それでも打ち砕くという強い意思を込め、クリアドーラが右拳に魔力を集中――《ヴァナルガンド》が身体に触れた瞬間に反応し、迎撃する。


「!? なんて反射神経だ……!?」

「くく、ぐははははははははっ!!!」


 どこから来るかわからない《ヴァナルガンド》を敢えて身体で受け、その瞬間に迎撃するという捨て身のカウンターを仕掛けてきたのだ。

 しかもそれを成立させるだけの反射神経とスピードを持っている。

 代償として直撃した左の二の腕にダメージを受けたものの、それでも致命傷には程遠い。


「砕けやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」


 そして――ついに《グレイト・ドラゴンナックル》の威力が《ヴァナルガンド》を上回った。

 右拳が砕けるのと同時に霊装が粉々に砕け散る。

 勢い止まらず、砕けた拳を振り抜き、周囲に熱風をまき散らしながらアリスへとドラゴン型のオーラが襲い掛かる。


「くっ……cl《赤爆巨星ベテルギウス》!」

「もうそんなもん効くかよぉっ!!」


 パンチの余波だけで《ベテルギウス》は砕かれ、更に衝撃波がアリスを大きく吹き飛ばす。

 ……爆風に紛れ、一瞬だけアリスの姿が隠れ――その時に『黒い影』が見えたような気がするが、それはクリアドーラの意識からすぐに消える。

 それよりも重要なことがあった。

 一際強い輝きが、クリアドーラの全身を覆った。


「――だぜ、アリス」

「なに……!?」


 時間が来たのだ。

 ただしそれは当然クリアドーラの魔力が尽きたのではない。

 時間が経つごとに強化をしていく旭光――それが最大限までクリアドーラを強化し、『完成』したことを意味している。


「こいつ……本当に元ユニットか……!?」


 黄金のオーラの密度、漂う魔力が一気に跳ね上がった。

 直接対面したことはないものの、話に聞いたムスペルヘイム本体――小型太陽の時同様に、もはや近づくだけで『死』を意味するかのような、圧倒的なパワーがクリアドーラから放たれている。

 流石にアリスもここまでのものとは予想できていなかった。


 ――……エル・メルヴィンの時に使おうとしていた魔法か……!


 《超重巨星ジュピター》で押しつぶそうとしていた時に、クリアドーラが何か魔法を使おうとしていたのはわかっていた。

 それがおそらく『旭光』だったのだろう。

 ……あの時にもし使っていたとしても、《ジュピター》が潰す方が早かったかもしれないが、もしかしたら耐えきり勝敗を逆転させていたかもしれない。

 だとすると――クリアドーラに勝つためには、とにかく旭光を使われる前に決着をつけなければならなかったのかもしれない、と思う。今回に限ってはどうにもならないことはわかっているし、お互いに『本気の全力』で戦うと言った以上妨害するつもりもなかったが。


「てめぇの霊装は砕いた。もう何一つ攻撃は通さねぇ」


 クリアドーラも無傷ではないが、両腕はまだ動かすことができる――元より、かつては壊れた腕を無理矢理振るって戦っていたのだ。切断でもしない限りはクリアドーラにとっては『ノーダメージ』も同然なのだろう。

 反対にアリスは霊装を砕かれ失った。もう神装を使うこともできないだろう。『麗装ドレス』に《ヴァナルガンド》をかけたとしても、もうクリアドーラに通用するとは思えない――それどころか、迎撃されたらアリスの足どころか全身を砕かれて終わってしまう。

 

 そうとしか思えない状況だ。

 唯一のアリスの勝ち目は、旭光の時間切れまで逃げ回ることくらいだろうが、それにしてもギリギリで旭光を解除すれば消滅は免れてしまうし、そもそも逃げ回り続ける……ということも難しいだろう。逃げ回ることをアリスが今更選択するとも思えないが。


「霊装戻すならさっさと戻しな――まぁ、俺様は待たねぇけどなぁっ!!」

「チッ……だろうな!」


 触れるだけで相手を破壊する暴威が、無手となったアリスへと襲い掛かる。

 アリスの使う神話の武具――『神の力』すらをも上回った破壊の化身・クリアドーラ。

 彼女こそ、紛れもなくありとあらゆるものを打ち砕く『最強』なのだ――

 神すら超えるクリアドーラの力には、誰であっても抗しえないだろう。

 けれども――


「なめるなよ――この戦い、必ずオレが勝つ!!」


 燃え盛るアリスの戦意は、ほんのわずかの揺らぎもなかった。




 全てを破壊するものクリアドーラ全てを殲滅するものアリスの最後の戦いは、もう間もなく決着がつく。

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